ただ一人のためだけに・14

続きです。







物音に目が覚めて、ゆっくりと起き上がる。真っ先に注意を向けたのは窓だ。

抱いていた刀を持ち直して柄を握ると、隣で布の擦れる音と小さな金属音が聞こえた。…フレンも起きたみたいだな。あいつも剣を手に取ったんだろう。
普段はそれぞれすぐ手の届く位置に武器を置いてるが、今日は昼間の事もあって用心の為にオレもフレンも自分の相棒と添い寝してた、ってわけだ。


真っ暗な部屋の中、恐らくあいつも同じ場所を注視してるに違いない。隣の部屋へと続く扉に全く注意を払ってない訳じゃないが、侵入するなら窓のほうがまだ楽だ。いつだったかみたいに、内部に手引きしてるやつでもいるなら話は別だが…。

「……ユーリ」

息を殺してまんじりともしないまま、暗闇に目も慣れた頃にフレンがオレの名を呼んだ。
と同時にオレも緊張を解いて小さく息を吐いた。気のせいか、それとも向こうが気付いて逃げたか。どっちにしろ、何かしらの気配も感じなければそれ以上の物音もしなかった。

オレとフレンで窓を挟み、身を隠すようにしながら近付いて外を窺ってみる。が、今夜は月も出てないせいでとにかく見通しが利かない。

…開けるしかないな、これは。このままじゃ何もわからないし、それに多分…。

目で合図をするとフレンも頷いた。
慎重に窓を開けて、暗闇の中へ視線を走らせる。
が、思った通り何も…誰もいない。僅かな風に揺れる木の枝が見えるだけだ。オレがフレンの部屋にやって来る時に、足場にすることもある。結構な高さもある上に不安定だ。

「…素人がここから入るのは結構骨が折れると思うんだが」

開かれた窓に手をかけて地面を見下ろすオレに、フレンはあっさりと返した。

「完全な素人と決まった訳じゃないだろう」

まあそうなんだけどさ。
物音を聴いて目が覚めたのは確かだ。侵入者じゃないとすれば、風で窓枠が揺れたか、目の前の枝が窓を叩いたか…そんな音で起きるほど、オレは神経質になってるとでも言うんだろうか。

「フレン、おまえも何か聴いて起きたのか?」

「…いや、僕は君の気配で目が覚めた。その前に何か聴いたりはしてない」

「そうか。…んー、やっぱ気のせい、か…」

フレンが気付かなかったという事は自分の気のせいなのか…なんてことを考えるのは癪だったが、こいつがそういった気配に全く無反応ってのもまあ、ないだろう。

開けっ放しの窓から外の様子を見ていると、フレンがその窓を静かに閉めた。鍵を掛けて二、三度確認し、カーテンも引くと薄暗かった部屋が更に暗くなる。目が慣れてるから様子はわかるが、フレンは明かりを点けようとはしなかった。

「どうした、暗いまんまでいいのか?明かり点けたほうがいいんじゃねえの、一応」

「確かに、明るかったらいきなり飛び込んでは来ないかもしれないけど、もしそうなった場合相手からも僕らの姿がまる見えだろう?」

「まあそうだけど…」

どのみち、用心しといたほうがいいに越したことはない。勝手がわかってるぶん、確かに暗闇も有利かもな、こっちにとっては。

…にしても、今何時ぐらいだ?さっき見た外の様子からだと、夜明けまでまだありそうだ。
寝ずの番には慣れてるし、もうこのまま起きとくか?問題はその必要があるかどうか、ってだけなんだが…

「ユーリ、もう休まないか」

「ん…?あ、そうだな…」

「どうしたんだい?まさか、目が冴えて眠れそうにないとか」

「まさかってどういう意味だ…。冴えてっていうか、完全に目が覚めちまったからなあ。このまま起きててもいいんだが」

どうするかなと思いながらソファーに足を向けたところで、ふと視線を感じたて振り向いた。勿論、視線の主はフレンだ。窓辺に突っ立ったままじっとオレのことを見て、何か言いたそうにしている。

……なんだかなあ、なんとなく想像つくけどな、何が言いたいのか………

「…どうしたよ」

それでも一応聞いてやると、案の定フレンはオレにこう言った。

「眠れないんだったら、一緒に寝ないか?」

やっぱりな…。
眠れないなら、ってどういう理屈だよ。余計寝られないに決まってんじゃねえか!別にその、何かするしないに関わらず!

「嫌だって言われるの、わかってるだろ?なのになんでそんなこと言うんだよ」

「嫌なのか?どうして」

「ど……嫌に決まってんだろ!」

「だから、どうして?」

何故かフレンは妙に楽しそうで、にこにこしながらオレに質問を繰り返す。

どうしてって、そりゃ…

「僕と寝るのがそんなに落ち着かない?」

「わかってんなら聞くな!!」

ああそうだ、落ち着かない。今までだって何度も言ってる。なんだってんだ、わざとらしい。思わず声が大きくなっちまったじゃねえか…!
なのにフレンは随分と落ち着いてて、ますますニヤつきながらオレを見つめている。
にこにこなんて可愛らしい笑い方じゃねえぞ、ニヤニヤとしか言いようのない顔だ。

「ユーリ、どうして落ち着かないんだ?」

…改まって聞かれると、めちゃくちゃ答えにくいんだが…

「当ててあげようか」

「は?…ちょ、寄るな!!」

大股で近付いて来たフレンについ後ずさったが、何かに当たって反動でつんのめったところで腕を掴まれた。『何か』はソファーだ。ほんとはこの寝室じゃなく、隣の部屋にあったやつなんだけどな。今はオレのベッド代わりになってる。

で、そのソファーが邪魔をして逃げられなかったせいでオレはフレンに両腕を掴まれて、身動き取れなくなってんだけどな…この体勢がもう既にツラい、色々と。

「おい、離せよ!」

「今離したらそのまま後ろに倒れてしまうよ」

「…別に構わねえし」

やたらでかくて上等なソファーだ、何の支障もない。ぶっちゃけ下町のオレの部屋にあるベッドより柔らかいし、一応毎晩これで寝てるが身体が痛くなるだとか、そんなこともない。フレンがこっちに潜り込みさえしなければ、の話だけどな。
そう思ったから『構わない』と言ったんだが、フレンは意外そうな顔をした。…なんでこんな顔されるのか、さっぱりだ。

「おい?」

「いや…一緒に寝るのを恥ずかしがる割に、大胆な誘い方をするな、と思って」

「………はあ?何言って…って、構わないってのはそういう意味じゃねえっての!」

「そう?残念だな。…ユーリ、僕と一緒に寝るのがそんなに恥ずかしい?」

「は」

…ずかしい、と言おうとしてオレは口をつぐんだ。恥ずかしいっていうのとは少し違う気がしてたからだ。全く恥ずかしくないかと言われるとそれもまた違うんだが…。
そんなことを考えていたらフレンがぐっと顔を近付けて来たから、反射的に思い切り仰け反っちまった。

いや、だってこれ絶対キスしようとしただろこいつ!?

もうこれ以上後ろに下がれず、上半身を殆ど仰向けに近い状態にして見上げたフレンはそりゃあもう不満げにオレを睨みつけていたが、次の瞬間には掴んでいた腕に更に力を込めてオレの身体を引き寄せた。
…今度は避けられなかった。

「ん、っふ……!!」

「……ん…」

目を閉じると互いの僅かな息遣いだけが漏れ聴こえて、それこそ堪らなく恥ずかしくなる。…直接頭の中に響いてくる音に落ち着かない。

落ち着かなく、なる。

唇を離したフレンがオレを抱き締めて、いつもするように髪を撫でる。…ほんと好きだな、髪に触るのが。オレもこうされるのが好きで、落ち着く…筈だった、こないだまでは。

それがここ最近、逆に落ち着かなくなるから困るんだ。最近って言っても、今回ここに来てまだ一週間経ってない。いつからこうなったのか、自分じゃはっきりわからない。
でも、今こんなに落ち着かなくて困ってるのは確実にフレンと夕方にした話のせいだと思っていた。

結婚云々の話なんか出されて、本当はかなり動揺した。別に今日の話じゃない、最初からだ。…改めて意識したのは今日だけどさ。
今はそんなこと考えてない、ってのは本当だ。
だけど下手に意識させられたせいで、何でもない瞬間にふと思い出したりする。別に、結婚に夢を見てる女が思うような可愛らしいことなんか考えちゃいない。
…考えるのは、もっと別のことだった。


「ユーリ」

「な、んだよ」

フレンがオレの髪に顔を埋めるようにしながら話すから、時々息がかかって擽ったい。わざとなのか、そうじゃないのか…身長が変わらないせいで、大体いつもこの位置だ。
これがまた、落ち着かない。

「…なんだか、そわそわしてるね」

「だから、落ち着かねえんだって言ってるだろ!?」

「それがどうしてなのか当ててあげる、って言ったよね、さっき」

そういやそうだったな。
今度は何を言われるか想像もつかないから、黙ってフレンの言葉を待っていた。

「…あのさ、ユーリ。僕ら、恋人同士だろ?」

「まあ……そう、だな……」

「身体を重ねたこともあるよね?」

「う………」

「でも、全然足りないんだ。もっと、ユーリが欲しい」

「おまえ何言ってんだよ!!?」

…あまりの恥ずかしさに声が裏返りまくった。
いや、言いたいことはわかる……わかるが、オレは、その……


「ユーリも、そうなんだろ…?」


フレンに抱き締められたまま、オレは何も言うことができずに固まっていた。

オレも、ってのはつまり、フレンと同じようにオレもフレンと

もっと


「そ………んなわけ、ないだろ!!!」

油断してたんだかなんだか知らねえが、フレンの腕の力が少し緩んでたのが幸いだった。
脇から手を入れてフレンの胸を力一杯突き飛ばす。そのまま一発殴ってやろうかと思ったが手が出なかった。
目の前のフレンは相変わらずニヤけてるし、オレは死ぬほど恥ずかしくて口元を覆うのでいっぱいいっぱいだ。…明かり、点けなくて正解だったな。酒呑んだ時より赤くなってんじゃねえの、オレの顔…。


フレンの言ってることは、当たらずも遠からずだ。
…ソレばっか求めてるわけじゃねえけど、確かにもっと、こう…その『先』に行ってもいいか、と思うことは…ある。
だから、一緒に寝たら落ち着かない。
勿論、翌日の仕事のことやら、今はそんな場合じゃないってことやら考えれば、はっきり言って手を出されたら困るのは事実だ。

手を出されたら、って言う時点で自分が受け身の側だっつうのを完璧に認めてるってのにも、まだ抵抗がある。…今さらとか言われてもこればっかりは如何ともし難い。オレは別に、元々『そっちの』趣味の持ち主じゃねえんだから。

でも、どこかで期待してるんだ…認めたく、ないが。


落ち着く筈の場所が落ち着かなくなって、触れて欲しいけど今は駄目だと自分に言い聞かせて、しかもそれをフレンに気付かれてるってのがもう、いろいろ終わってる気しかしねえよな。

…こんなんで一緒になったりしたらとか、さすがに考えたくないぜ…今はそのつもりがない、っていうのは別にこんな理由じゃねえけどさ。


「……それで、一緒に寝る?」

「ニヤニヤしやがって……寝ないっつってんだろ」

「護衛なんだし、少しでも側にいたほうがいいんじゃないか?」

「同時に襲われる危険性が高まるだけじゃねえか。何言ってんだ」

「とりあえず、今夜は君を襲うつもりはないけど」

「おまえの話じゃねえよ!!」


護衛なんかいらないんじゃないか。
割と真剣にそう思ってるぞ…。
あと一日、ほんとに何事もなきゃいいんだが。こんなに緊張感のない護衛は、相手がフレンだからなのか、なんなのか。

……どうにも、嫌な予感がするなあ……。


フレンに背を向けてソファーに横になり、頭から毛布を被って暫くすると、フレンの気配も少し遠くなった。どうやらあいつも大人しくベッドに戻ったみたいだな。

目を閉じてもなかなか眠る事が出来ず、とにかく無事にこの仕事を終えて早く自分の生活に戻りたいと、そんなことが頭の中でぐるぐると繰り返すばかりだった。




ーーーーー
続く

ただ一人のためだけに・13

続きです。




本当に知りたかった事の確認はできたのかもしれないが、とりあえず今は目先の危険をどうするか。

オレがここに呼ばれた本当の理由は、フレンの護衛のためだ。だったら普通に頼めってのはもう、さんざん言ったんでこの際置いておくが…。

大体、オレが来ればフレンも立ち直るだろうと踏んでヨーデルはオレにこんな事をさせたんだ。立ち直ったなら護衛の必要もなさそうなもんだが、まあフレンだって何事にも完璧というわけじゃない。

ヨーデルの話から察するに、フレンの邪魔をしたがってる奴が雇ったのはどうも素人臭い。…一般人、てことはないだろうが、例えば海凶の爪の赤眼とか、あんな奴らじゃない筈だ。もしあの手の奴なんだとしたら、いくらなんでも無用心すぎる。
だが、相手がプロじゃないほうが厄介かもな。行動の予測がつきにくいんだよ、素人ってのは。そのあたりは前回の仕事で嫌というほど思い知った。
行動そのものも、その動機も、知ってもなお理解不能だ。気持ちはわかる…というのともまた別だ。普通、実行しないだろうと思う事を実行したりするからな…。

護衛をしてやるのは構わない。が、実際のところはどうなのか。どうしてもフレンの邪魔をしたいという人間が、何故そんな不確実な手段を取ろうとするのか謎だ。

オレは常にフレンに張り付いてるわけじゃないからな。どっちかって言えば一緒にいない事のほうが多い。今回は城の中をうろつく事も出来ないし、不審者を見付けるにはなかなか難しい状況だと言える。

…むしろメイドなんかじゃなくて普通の格好のほうが堂々と出来るのかもしれないが、それはそれで余計な面倒が増えるだけだ。城の中で、フレンの側にオレがいても何も言わない奴もいるだろうが、そうじゃない奴のほうが多いと思ってるからな、オレは。
そうなるとフレンの立場が悪くなるだけだ。

フレンは『そんなことはない』って言うんだろうが、そうじゃないからオレは城に来るのが嫌なんだ。
だからって女装も御免なんだが…。隠れてあれこれ探るにしては動きにくすぎるし、場所によっては不自然極まりない。
着替えた後、夜のうちに行動するのもあまり意味がなさそうだ。部屋にフレンを一人にするぐらいなら、いっそ大人しくここで襲撃を待ったほうがいいだろう。そのほうが何かと都合もいい。わざわざ『戦力』を分散させる必要、ないだろ。

「で、ちょっとぐらい心当たりは探ってみたのか?」

想像でばかりものを言ってても仕方ない。こっちは反対派の奴らが全員怪しく思えるぐらいなんだ。片っ端から吊るし上げる訳にもいかないし、絞り込みぐらいしてくれなきゃ困る。

未だ不機嫌そうな様子のままのフレンが、じっとりとした眼差しをオレに向けて言った。

「昨日の今日で、なかなか無理を言ってくれるね」

「何でだよ?元々ヨーデルには心当たりあるみたいだったし、さくっと聞いちまえばいいだろ」

オレはヨーデルから、フレンの邪魔をしようとする奴がいるという話を既に聞いている。それに関してヨーデルに確認したい事がある、とはフレンも言っていた。
明後日はもう議会当日なんだし、さっさと聞いてもらわなきゃ困る。

フレンが小さく息を吐いた。


「…反対派の誰か、というのは分かってる。その誰かが、不穏な動きをしてるらしいという事も。だが、実際にその中の誰が行動を起こすかなんて特定はできない。そういう事だよ」

「それにしたって、何人ぐらいいるんだ、それ」

「…はっきりとした人数は把握してない」

「してない、って…」


返答に呆れ返るオレを見て、フレンが説明を付け足した。

一言で反対派と言っても様々だ、とフレンは言う。
あからさまにフレンやヨーデルを気に入ってないようなのは言わずもがな、そうじゃないのも中にはいる。法案そのものに反対なだけ、って奴も少なくはない。それだってとにかく否定的な意見もあれば、好意的に見てはいるが不安があるとか、そんな感じの奴もいるらしい。

確かに、政治の話に明るくないオレにだってその程度は理解できる。ギルドにも色んな奴がいるからな。複数のギルドで一つの依頼を請けたりする場合に、そんな感じで意見がぶつかる事だってある。
特に最近、騎士団と一緒に何かする機会も増えたしな…。

「言ってる事はわかるが、この辺が怪しいとかねえのかよ?おまえの邪魔を誰かに依頼した奴がいるんだろ、確実に」

「それ自体、どういう経緯で陛下の耳に入ったのかという事は教えて頂けなかった。もしかしたら、ほんとはそんな奴らはいなくて単に相手の立場を悪くしたいがためにそういう噂を流してるのかもしれない。ただ、不穏な動きがあるので用心するようにと…まあ…注意すべき人物というのは確かにいるけど」

「足の引っ張り合いは相変わらず、か……じゃあ何か、噂の段階で具体的に動く訳にいかねえからってんで、警備の強化したりしてないのかよ」

「こちらが動揺する様子を見せる訳にもいかないからね」

だから君に声がかかったんだろう、と言われて閉口する。
…こんな差し迫った状況で、体面を気にしなきゃならないってのはほんと面倒だよなあ…。ビビってる、と思われるわけにゃいかないんだろうが、いい加減そういう部分も変えていったほうがいいんじゃないかと思わずにはいられない。

ま、それはフレンに任せるとして、だ。

さっきのフレンの言葉には、一つ間違いがある。
もう、噂の段階じゃないだろ?


「…おまえ、実際に見たじゃねえか。不審者の姿をさ」


オレの言葉にフレンが表情を曇らせる。
…何となく、言いたいことの察しはついていた。

「……はっきりと、顔を見た訳じゃない」

思った通りの答えに、オレは小さく溜め息を吐いた。

「まあ、そうだろうとは思ったけどな。あの時点で誰かわかってたら、今ここにおまえがいるとも思えねえし」

「もう、こんな時間だ。そうとも限らない。でも、対応に追われてはいただろうね」

「だけど、不審者を見たって報告はしたんだろ?ヨーデルは何も言わなかったのか?」

手合わせの後、フレンはヨーデルの元へ行くと行って先に城の中へと戻って行った。オレは一旦城を出て、いつもの手順でフレンの部屋に戻って来た。オレは普段の…メイド服じゃない格好してるし、手合わせを誰かが見ていても不思議じゃない。どうやら手合わせの為にオレを呼んだ、って事にしたらしいな。だから普通に帰るフリをして正門から出て、わざわざまたここに帰って来てフレンを待っていた。
いつの間にそんな根回しをしたのか、呆れるやら申し訳ないやら複雑な気分だ。

「噂で動く訳にいかないってのはわからないでもないが、顔を見なかったにしてもおまえは怪しい奴を見たんだろ。だから攻撃を仕掛けたんじゃねえのか」

「ああ、その通りだ」

フレンが頷く。

「だったらさすがにヨーデルも何か考えたんじゃねえのかよ。つまんない事気にして、おまえの身に何かあったらどうするつもりなんだあの天然陛下は」

「……ユーリ…、本当に申し訳ないと思ってる」

「…は?何が」

いきなり頭を下げられて驚いた。別に、謝られるような事をされた覚えは………あー、色々とあるが、とりあえず今に限って言えば、ない。
意味がわからずに首を傾げると、フレンがやや疲れたように少しだけ肩を落としてこう言った。

「今回の事は、元はと言えば僕のせいだ」

「…はあ」

「僕が不甲斐ないばかりに、大勢の人に迷惑を掛けた。勿論、君にも」

何を今更。
そう思ったが、とりあえず黙ってフレンの話を聞く事にした。

「明後日の議会で成立させたい法案は、どれも急を要するものばかりだ。この国を、世界を変える為に」

「…そうでなきゃ困る」

「でも、一つだけ。それとはあまり関係ないものがある」

「そうなのか?」

「……覚えてないかな。君もその草案を見ている筈なんだけど」

………思い出した。が、なんで今その話なんだ。
フレンには悪いが、完全に忘れてた。と言うより、覚えていたくなかった。

「あったな。なんか、よくわからねえのが」

…同性婚を可能にするとかどうとか。そんな法案をフレンに見せられた。全くもって、緊急度も重要性も感じない。今すぐ同性と結婚出来なきゃ困るなんて人間が、一体どれ程いるってんだ。

「随分な言い方だなあ」

「どうでもいいんだよ。なんか関係あんのか、今」

「…陛下は、今回は見送ったほうがいいと仰しゃられたんだ」

「まあ…そうだろうな、普通は」

ヨーデルは、『議会は日々紛糾している』と言っていた。きっとそれは本当だろう。
ただでさえまとまらない議会に、無関係…というか、どう考えても今変える必要のなさそうな法案を持ち込んで、無用な混乱を招くような真似はしてもらいたくはない筈だ。

「陛下個人としては、法案の主旨そのものには賛成して下さっている。でも、立場上は…」

「反対せざるを得ないだろうな。議会でおまえを援護するのも難しそうだ」

「そう。だから、今回この案を議会に提出するつもりなら、それに伴う一切の面倒を自分で処理するように、と言われてしまったよ」

何だ、そりゃ。
フレンは苦笑していたが、オレは笑えなかった。
そんな…つまらない事の為に敵を作って、そうまでしてその法案を通すなんて馬鹿げてる。
そう思うと、無性に腹が立った。

だけど…

「………仕方ないな、それじゃ」

今度はフレンが驚いてオレを見た。

「何だ?オレ、そのためにここにいるんだろ。さっきおまえも自分でそう言ったじゃねえか」

「そう、だけど。…ユーリは、陛下の味方をするかと思った」

「言ってる事は間違ってないと思うぜ。ヨーデルの言う通りにしたほうがいいんじゃないかとも思ってる」

オレを見るフレンの表情が悲しげに歪んで、そのまま視線が床に落ちた。
フレンがこの法案に拘る理由なんか、言われなくてもわかりきっている。勿論、自分達の事だけを考えてる訳じゃない、というのも理解は出来るが、一番の理由は…まあ、オレが思ってる通りなんだろう。実際、フレンも『割と本気だ』なんて言ってたし。

馬鹿だよほんと。

形に拘る必要なんかないって、何度か言った覚えもあるんだがな。別に、結婚云々に限らないが。

「ま、おまえがそうしたけりゃ好きにしろよ。オレには関係ない」

「ユー…」

「…依頼じゃなくても」

「え?」

顔を上げたフレンに笑いかけながら、言ってやった。

「依頼じゃなくても、おまえの力になれる事があるならそうしてやりたいと思ってるよ、一応な」

必要があるかどうかは知らねえけど、と付け足したらフレンが凄い勢いで首を横に振ったので、思わず吹き出した。
表向きに援護出来なくても、ヨーデルだってフレンの事を心配してるんだ。やり方はどうかって気もするが、任されたと思って何とかするしかないだろう、ここまで来たら。

「だからおまえは、やりたい事をきっちりやればいいさ。ああ、最低限の自衛はしろよ。オレの目の届かないところでどうにかされたらただじゃおかねぇからな」

「あ、ああ。…わかった」

「それと」

「…何だい」

「法案が通ったところで、『オレ達には』関係ない。通るように願うぐらいはしてやる。……なんだよ、その顔は」

フレンは納得行かないといった様子でオレを見ていた。
ほんとはわざわざ言いたくないが、仕方ない。
でも、いい加減こっちの気持ちも理解しろと言いたかった。
オレは、そういう性分なんだ。


「何度も言っただろ、オレはそういうのに興味ない。…一緒にいたけりゃそうするし、そうじゃないほうがいいと思えばそうする。それだけだ。で、今はそうじゃないほうがいい、と思ってる。だからその法案が通っても関係ない。…おまえがオレに何を言っても、受ける気はないからそのつもりでいろよ」

「………酷いな。まだ何も言ってないのに、先に断られなきゃならないのか」

「言って断られるよりマシだろ」

「そういう問題じゃ…!!」

「だから、その気になったらオレから言ってやるよ」


今にもオレに掴み掛かりそうな勢いだったフレンがぴたりと動きを止めた。
目を見開いて、何か言いかけた口は半開きのままで、なんとも間抜けで…そんなに驚かなくてもいいだろ、と言ったらフレンは我に返ったようだったが、それでもどこか信じられない、といったふうにまじまじとオレを見返した。

結婚なんて、考えたこともない。
ましてや、相手がフレンだなんて。
でも、他のやつが相手の場合なんてもっと考えられない。そう思えるぐらいには、オレもフレンを好きなんだ。
だけど、この先どうなるかなんてわからない。今の関係になる前も、なってからだっていろいろあったんだ。ずっと今の気持ちのままでいられるかなんて、全く自信がなかった。それは、フレンだってそうなんじゃないか。
そう思うと不安になった。
こんな事を気にしてるなんて、出来れば知られたくない。フレンはきっと、同じ事しか言わないんだろう。嘘じゃないとわかっていても、それでも素直に全部受け入れられるような人間じゃないんだ、オレは。

だから今、そんな話をされて、それをオレが断って、そのせいでこの関係が終わるのは嫌だ。今はまだ、そんなことを考えたくない。もう少し、今のままでいたい。

だって、やっと今の関係が心地好いと思えるようになったばかりなんだからさ…。


「…もしもこの先、おまえと『そうなりたい』と思えるようになったら、その時はオレから言う」

「…逆プロポーズ?」

「プ……口に出すな!わざわざ言わないようにしてたのに…!それに逆って何だ、どっちからでも構わねえだろ別に!!」

「いつかユーリが言ってくれるのか?僕に?…いつまで待てばいい?」

「いつまで、って」

「君からの行動を待ってたら、三ヶ月どころか三年ぐらい先になりそうな気がする」

「…とにかく、そんな話もまずは議会を無事に終わらせてからだろ。フォローが期待出来ないとはっきりわかった以上、ちっと気合い入れ直さねえと…」

「…………そうだね」

フレンはどこか適当というか曖昧な様子の相槌を打ったが、気にしなきゃならない事の優先順位を間違ってもらっちゃ困る。
諸々の法案が通る通らないより先に、オレの仕事はフレンの護衛だ。議会当日、何事もなくフレンを見送ってやる事ができなければ何の意味もない。

「とりあえず、今の話は忘れろ。それよりもお互いきっちりとやることやって、胸張ってヨーデルんとこに報告に行ってやろうぜ」


そう言うと、やっとフレンも笑って頷いた。

しかし…相手側の具体的な情報、マジでなんもなし、か…。
自分達だけで何とかする自信がないわけじゃない。だが向こうの出方を待つしかない状況に、オレは内心で密かに溜め息を零した。



ーーーーー
続く
▼追記

ただ一人のためだけに・12

続きです。





「精霊魔術の研究が進んでるんだ」


その日の晩、食事を終えて部屋に戻って来たフレンに昼の事を尋ねるとこんな答えが返って来た。
まあ、ある程度は予想出来たことだ。


やけに広い部屋にあるにしては、控えめな大きさに感じるテーブルに向かい合って座る。隣の寝室にあるベッドはやたらでかいってのに、この違いは何なのかと思って聞いてみた事があるが、返って来た答えは『どうせ来客も殆どないし』だった。

私室だから、自分一人が使うのに不便がなければそれでいい、ってのはまあ、そうだよな。オレが来てからはこのテーブルで一緒にメシ食ったりしてっから、正直ちょっと狭いと感じる事もある。食器がさ、並びきらねえんだよ。
でもフレンは『これぐらいのほうが顔がちゃんと見える』とか何とか…そういう事を唐突に言う。すっかり調子と余裕を取り戻しやがって、また振り回されてる自分がいる。だいぶ慣れたつもりだったのに、やっぱり調子が狂うんだ。

そんなオレを見る度に嬉しそうに笑うフレンに、ますます複雑な気分になる。常に精神的優位に立たれてるような気がして、面白くない。
…仕方ないだろ。どういう関係になろうが、ヤなもんはヤなんだよ!こんな事を気にする自分が嫌なんだ。むしろ、こうなる前はいちいちそんな、気にしてなかったように思うんだが…。

そこへ来て、昼のアレだ。手合わせに勝って気分が良かったのなんか、吹っ飛んじまったよ。
…ほんと、なんでこんな事気にしてんだかな、オレ…


とりあえず、どうして精霊魔術なんてものを研究してるか、って話だ。

以前、オレ達は術技を使うために必要な魔導器…というより、魔核を全て精霊へと変化させた。必要なことだったんだ。その事自体は別に後悔してない。
派手な属性効果がなくたって、戦う事は出来る。そもそも、みんながみんな魔導器を持ってたわけじゃないからな。己の身一つで戦うやつならごまんといたさ。

不便は多くなったが、それなりになんとかなるもんだ。機械の動力なんかも少しずつ新しい技術が開発されてるみたいだ。いいことだと思うぜ。
だが、一つだけ…と言うとなんだが、使えなくなった影響が余りにも大きいものがある。

治癒術だ。

術士の力量にもよるが、怪我をすぐに治すことの出来る治癒術が使えないというのは、特にオレやフレンのように戦闘の機会がある人間にはかなり厳しい。怪我をしないように立ち回るったって、不測の事態ってのはどうしてもあるもんだ。

そう、ちょうど今日の昼の出来事みたいにな。

まさかいきなり魔神剣をかまされるとは思わなかったオレは、なんとか直撃は免れたもののそりゃあもう、いろんな意味で衝撃を受けた。フレンのやつ、いつの間にそんな鍛練してたんだか知らねえが…なんか悔しいだろ?
あの後、少しオレも刀を振るってみたが衝撃波を出す事は出来なかった。まあ…そりゃそうか。
更に、フレンは治癒術を使って見せた。
…どういう事なんだ、これ…


「…そんなに意外かな」

「いろんな意味でな。精霊魔術の研究してるのは知ってたが、まさか実用化されてるとは思ってなかったぜ」

「使えるようになった人間はまだごく少数なんだ。威力や効果も安定しないし、まだまだ実用的とは言えないよ。…いろんな意味、ってどういうことかな」

「いや、さすが騎士団長様は勉強熱心だと思ってさ。書類溜めまくってたくせにそういう事はしっかりやってんだなあと」

「そういう、って…」

「ま、体動かすほうが性に合ってるよなおまえも。書類仕事なんて後からどうとでもなるもんな、実際ソディアやらが処理してたわけだし?まさか一日中机に座ってボケッとしてたわけでもねえんだろ、だから」

「ちょっ…と、何言ってっていうか、どうして不機嫌になってるんだ」

「不機嫌?」


不機嫌そうに見えるのか。…不機嫌、なあ。

オレは元々、術のほうはさっぱりだ。素質がどうだか知らないが、勉強する気もなかった。使えればよかったと思う事はなくもないが、今でも改めて勉強し直したいとは思わない。…なんか、確実に昔より習得すんの難しそうだしな。

そんな事を考えながら、顔を上げてふとフレンを見る。それこそこちらの機嫌を伺うような表情でじっと見つめられて、何だか居心地が悪い。


「…なんだよ」

「それはこちらの台詞だよ。僕が魔神剣を使ったの、そんなに気に入らなかった?」

「べっ…!つに、そういうわけじゃねえよ!」

一瞬驚いた後、フレンは急ににやにやしだした。
やべ、悔しがってるのバレたか、これ…ったく!


「いいじゃないか、手合わせはユーリが勝ったんだから。ほんとは基礎ぐらい教えてあげたかったけど、必要なさそうだね」

「何笑ってんだ…必要になるかもしれない、って言ったのはどこのどいつだよ」

「あれ、教えて欲しいのかい?珍しいね、ユーリがこんなに勉強熱心だなんて」

「誰が術のほうだっつったよ。技のほうだ、技!実技!そっちならまあ、付き合ってやらないこともないぜ」

「だめだよ、前とは基礎理論体系が全く違うんだ。きちんとその辺りを理解してからじゃなきゃ無理だね」

「じゃあ別にいいわ。どうせ術は昔から使えなかったし、今更…」

「ユーリ」

「ん?何だよ…」


立ち上がってオレの横まで来たフレンに向き直る。少しの間そのままじっとオレを見下ろしていたフレンだったが、黙って手を伸ばすとそっとオレの前髪を掻き上げ、額に指で触れた。

…何故か『触るな』と言う気にはならなかった。


「痕が、残ってるね」

「わざわざそうやらなきゃ見えないぐらいの痕なんか、気にする必要ないだろ」

オレの言葉にフレンはふるふると首を振り、親指で傷痕に触れながら残りの指を髪に絡ませてきた。…やっぱり、触らせないほうが良かったかもしれない。何でって、何となくわかるだろ、この後のパターンがさ…はあ。

額の傷痕は、前にここで『仕事』をした時についたものだ。普段は前髪で隠れてるし、こうして見たところですぐには分からないぐらい小さい。オレは全く気にしていないし、誰かに気付かれた事もない。
気にしてるのはフレンぐらいだ。

気にするなと言っても無理なんだろうが、そう言うしかない。
何故なら…


「僕のせいで、君を危険な目に遭わせた」

「…あのなあ…」

予想通りの言葉に溜め息混じりで言うオレを見るフレンは真剣な様子で、何を言いたいのかは何となく分からないでもない。

「いつまでも気にされるほうが嫌なんだって言ってるだろ。おまえ、逆にオレがそういうのを会う度いちいち言ったらどうなんだよ」

「…申し訳ない気持ちにはなるね」

「だろ?わかってんなら言うな。それに、オレとしちゃもっと別の事を気にしてもらいたいね」

「別の事?」

「危険な目がどうこう言うんなら、そもそもオレがおまえを手伝わなきゃならないような状況を作んなきゃいいだろ。…前の時はともかく、今回はおまえのせいでオレはこんな事してるんだしな。それに、治せるんなら自分が怪我させてもいいってのか?なんか違うだろ、それ」

「………ごめん」

「う…ま、まあもういいけどな。だいたい、なんだって急に傷の話になるんだ。話の流れが全く分からねえんだけど。…いい加減手ぇ退けろよ」

「術を学ぶ学ばない、って話をしてたろう?あと、僕がいつそれを身につけたとか」


手を退けろ、というオレの言葉を無視し、額に触れたままフレンが身体を屈めた。
顔が近付いて反射的に身を引こうとしたが、テーブルに背中が当たって逃げられない。テーブルとフレンに挟まれるような格好だ。

…あー、ヤバいなこの体勢。
やっぱりこうなるのか…いや、でもここで流されたら負けだ。何が負けって言われると答えにくいが、とにかく負けなんだ!
フレンを押しのけようと腕を突っ張ると、手首を取られて余計に距離が縮まった。振りほどけない力の差に苛つく。腕力はフレンのほうが上な事ぐらい分かりきってるってのに、どうして…。


「ちょ…離れろって!わけわかんねえよ!」

「君こそ、どうしてそんなに嫌がるんだ。恥ずかしいにしたっていつもこうだと、さすがに自信をなくすんだけど」

「自信?何の自信だ」

「君が僕の恋人で、ちゃんと僕を好きだって事に」

「は!?いや、だから何でそんな話に……っ!!」


フレンの顔が更に近付いて、思わず身体を固くしたオレの様子に苦笑したフレンの唇が、額の傷に触れた。

「……っ」

「…よく、『これぐらい、舐めときゃ治る』なんて言うけど」

「な…ん、く、擽ってえな!ほんとに舐めるなよ!」

「実際はそんな訳にいかない。あの時、本当に後悔したんだ。自分が治癒術を使えない事に…」

「………」

「だから、あの後で必死になって勉強し直したんだ。せめて初歩ぐらいは習得して、次に君が来たらこの傷を少しでも綺麗にしたいと思ってたのに」


そう言ってやっと顔を離した…と思ったらすぐに抱き締められて、もう怒る気も失せた。
同時に、何だかもやもやとしていた感情も収まっていくような、そんな感じがする。

溜め息を零したら、フレンの腕に少しだけ力が込められた。


「溜め息を吐きたいのはこっちだよ、全く…。そう思って待ってたのに君はちっとも来てくれないし、もう怪我そのものは完全に治ってしまっているから痕を消す事も出来ない」

「またその話かよ!もういいだろ、それに気にすんなって何べん言わせりゃ気が済むんだよおまえは。そんなにオレに謝らせたいのか?」

「まさか。謝らないといけないのは僕のほうだ。本当に…いろいろとごめん」

「だからもう…」

「だから、治癒術を身につけて技も取り戻したかった。君のためにも、自分自身のためにも」

「わかった、わかったよ!おまえの努力はわかった、何かあった時には頼りにしてっから…傷のことはもう、ほんとに気にすんな。どうせおまえにしか見られる事もねえしな」

「………え?」

唐突に身体を離したフレンがまじまじとオレを見る。
え、って…なんでこんな驚かれんのかわからねえな。

「だってさ、ここまで近くでよく見なきゃ気付かねえぐらいの傷なんだぜ。実際、誰にも言われた事、ないしな。だからおまえしか―――」


そこまで言って、ふと考えた。フレンはじっとオレを見たままだ。

「…あれ、やっぱなんかおかしいな。傷を見る度に罪悪感を覚えるならおまえにこそ見えないほうがいいんだよな…」

でもこんな至近距離でしかわからないようなもの、オレはほんとに気にしてない。そもそもここまで顔を近づける事がある相手なんてフレンしかいないんだから、余計に普段は忘れてんだよ。だからやっぱり、気にすんなとしか言いようがない。

「僕にしかわからない、か」

「あ?ああ、そうだろ?どうしても気になるってんなら、考え方を変えたらいいんじゃねえの」

「考え方…?」

「自分のせいで怪我させた、って思うんじゃなくて、この傷に命を救われた、って思うとかな。…ちょっと大袈裟か。別に感謝しろとか言うつもりもねえけど」

でもそれなら、少しは前向きにならないか?

そう言うとフレンはまたオレを抱き締めて、額に顔を擦り寄せた。擽ったくて逃げても、それを追うようにして何度も何度も…。
その間中ずっと髪を撫でられて、恥ずかしくて逃げ出したいのと…気持ち良くてこのままでいたいのとがごちゃ混ぜで、動くことが出来なかった。


「ありがとう、ユーリ。うん、そうだね…そう思う」

「そうそう、何事も前向きにだな…」

「本当に、君には敵わないよ」

「それはオレの台詞……」

「…ユーリ?」


そう、敵わない。敵わないんだよなあフレンには。そんなのは昔からわかってた事じゃないか。何をやっても勝てなかった。悔しかったが、どこか誇らしかったんだよ。

あの頃とは違う感情にいつまでも拘って、後ろ向きになってたのはオレのほうだ。
先を越されて、何だか余裕のある態度を見せつけられて少し焦ったのかもしれない。そんな必要、ないのにな…。


「敵わない、か。ま、そう思っとけ」

「…?僕はいつでもそう思ってるけど」

「ふうん…そんなことより、いい加減離れろ。調子乗ってんじゃねえよ」

渋々といった様子で身体を離したフレンに、笑いが堪えきれない。

オレの為に頑張ってくれるってんなら、それでいいと思う事にするか。守られてるとか、そう思うのが何となく嫌だった。
でもまあ、オレも考え方を切り替えたほうがよさそうだ。そのほうがきっと、自然に付き合える気がする。

付き合うってのは別にその、恋人だとかそう意味だけじゃないしな。


「…何笑ってるんだい、ユーリ」

「別に?」

まるでさっきまでのオレのように不機嫌な顔をするフレンを見て、結局オレ達は似た者同士なんだと改めて思う。


「…まあ、悪くないよな、こういうの」

「だから、何が」

「ダメならもう終わってるわけだしなあ」

「ユーリ!何の話だ!?」


自分だけあんな気持ちになったなんて癪だから、暫く放っとくか。

とにかく、あと一日だ。フレンが見た『不審者』の話も聞いておきたいし、適当なとこで機嫌取りでもしておかないとな。


どうやって機嫌取るのかって?

……色仕掛けでもしてみっかな……はは。




ーーーーー
続く
▼追記

ただ一人のためだけに・11

続きです


『五日目・本気の息抜き』




ひゅ、と軽い音を響かせてフレンが剣を振り下ろした。


「…遅いじゃないか。何をしてたんだ」

手にした剣はそのままに、オレに向き直って不機嫌そうに眉を顰めながらフレンが言う。怒られるほど遅れちゃいないが、午後を知らせる鐘が鳴ってから少しばかり経っていた。
午後、って言っただけではっきり時間を決めてた訳でもないのに、ほんと細かいやつだよ全く…。


「ユーリ?何か言いたい事でもあるのか?」

「あのな…オレだって仕事して来たんだぞ、おまえと違って別に午後から休みとかじゃなかったんだし」

「それで遅れたって言うのか?…しっかり着替える時間はあったみたいで、何よりだね」

「当たり前だろ…」

「さあ、君も早く準備してくれ。時間が勿体ないだろう?」

抜き身の剣を下げたまま、フレンがオレに笑顔を向ける。…全く、やる気満々だな。


別にフレンの部屋の掃除なんかどうでもよかったんだが、こいつはこういうとこうるさいからな。やらなきゃやらないで後から何か言うに決まってる。適当に済ませて、一張羅に着替えて来た。もちろん、自分の刀も持って来ている。

メイド服のまんまでこいつとやり合うとか自殺行為だ。第一、誰かに見られたらどうすんだよ。明らかに不自然だろうが。
前にここでフレンと模擬戦をやった時は、一応『騎士』の格好だったからまあ、まだなんとかなった。が、あんなひらひらした服のままでフレンと剣を交えて勝てる気なんかまるでしない。息抜きったって、『手』まで抜くつもりはないからな。


…そう、これがオレ達の『息抜き』だ。


まさかフレンのほうからお誘いがかかるとは思わなかったが、結局こいつもオレと同類なんだ。どいつもこいつも、見た目に騙されすぎだよな。

穏やかに笑う様子は確かに品があって、いかにも王子様顔ってやつなのかもしれない。だが、こいつが腹に一物抱えてる時はすぐにわかる。目が笑ってない。

今もそうだ。

何か企んでるのはわかっても、それが何かまではさすがにわからない。
…まあ、いいさ。

とにかく身体を動かしたい。そりゃあたまにはのんびりしたい時もあるが、城にいるとストレスばかり溜まってくからな。発散させるって言ったら、これだろ?


歩きながら鞘を弾き飛ばして刀を持ち直す。振り返ってフレンを見ると、やつもオレを正面に捉えて剣を構えた。


「…なんか、やけに嬉しそうだな」

「君と剣を交えるのは、随分と久しぶりのような気がする」

「そうだな」

「君しかいないんだ、全力で当たれる相手が」

「そうか?そんなんじゃ困るだろ、もっと人材育成に力を入れたらどうだ」

ちょっと前の仕事を思い出す。新人の女騎士の指導をやらされたんだが、確かに騎士団はまだまだ人手不足だ。だからオレが引っ張り出されるんだろうが、いい迷惑だよ。…あいつら、元気でやってんのかね。


「……僕の相手をするのが騎士団の仕事という訳じゃない。そんなのは一人いれば充分だよ」

意識をフレンに戻す。


「一人、ね…」

「そう、一人」

「しつこいやつは嫌われるって、オレ、言わなかったか?」

「へえ、自分の事だと分かってるんだね、嬉しいよ」

「うるせえ。…ほら、そろそろ始めんだろ?かかって来いよ」


ふん、ちょっと調子が戻るとすぐこれだ。実際、こうやって付き合ってやってるのに何で満足しないんだか。…まあ…こんな事言ったらすげえ勢いで嫌味が返ってきそうだが。


持ち直した刀をフレンに向けたまま、片方の手でくいくいと挑発してやる。


「ほらほら、時間がなくなるぜ!!」

「君のせいだと思うんだけどな………じゃあ、遠慮なく行くよ!!」


元から遠慮なんかするつもりないくせに、何言ってやがる。
言うと同時に踏み込んで来たフレンを迎え撃つべく、オレも体を開いて腰を落とした。






「はあああぁぁっ!!」

耳元を掠めた剣先が、低く唸るような音を残して振り抜かれる。…少しギリギリすぎたか、斬り落とされた髪が目の前で散って行った。

身体を捻り、一回転してフレンを躱すとその勢いを利用してそのまま刀を振り上げる。のけ反るような体勢で、フレンもまたギリギリのところでオレの攻撃を躱した。
払った切っ先から、金色の光が流れて行く。フレンの前髪に引っ掛けちまったが、まあ仕方ない。オレのほうはどうなってるんだかな。


既に幾度か、間合いを詰めては打ち合い、また離れては飛び込んで斬撃を繰り出す事を繰り返していた。


何でお互いこんなギリギリで攻撃を凌ぎあっているのかと言えば、それは実力がほぼ同じだからだ。間合いに入ったら畳み掛ける。だが、スタイルが違う。

フレンは一撃が重い。全て受け止めていたらそれだけでダメージが溜まっていくから、避けるか受け流すのが基本だ。そうやって躱しながら、タイミングを図る。
自分の攻撃が軽いなんて思ってないが、オレはどっちかって言えばスピードタイプだ。一撃を躱したら倍の攻撃を叩き込んでやる。初撃を避けられても次を受けさせられりゃいい。
さっき言ったろ?受け止め続けてもダメージは溜まるんだ。

まあ、フレン相手だとそう上手くはいかないんだけどな。鬱陶しい甲冑を着込んでるくせに、しっかり避けてくるから大したもんだぜ。…どうせ、フレンも考えてることは同じなんだろう。


今は盾こそ持ってないが、フレンは甲冑を身につけている。ヘタな攻撃じゃダメージにならないから、その隙間や甲冑のない部分、つまり身体の正面を狙うわけなんだが…

「普通、ガードするってんならまずはここ、だよなあ…!!」

「何だ?ガードがどうかしたかい…!?」

間合いを取り直して刀を繰り出すが、当然のように弾かれる。引き戻した刀を腰の後ろに下げた時、フレンの剣が再び振り下ろされた。

「っと……!」

僅かに右へ跳んでそれを避け、膝を折り腰を落とす。オレを追ってフレンの軸足………左足の爪先が動いた。そのままフレンが剣を払おうと、手首が反される。

――――今だ!


「ふッ……!!」

「!!?っっぐ、…!!」


息を吐いて脚に力を込め、踏み込んでフレンの胸に打撃を加えた。クリーンヒット!!…と言いたいところだが、そうはいかなかったようだ。咄嗟に上体を引いて衝撃を抑えたあたり、さすがの反応の良さと言うしかない。

それでもフレンは後方に跳び、胸元を押さえている。そこはかつて、フレンの魔導器があった場所だった。


「勝負あり、か?」

「…何言ってるんだ、まだだよ」

「そんな事言っておまえ、もし『逆』にしてなかったら大ケガしてんぞ?」

手にしていた刀をくるりと回して肩に担いだオレを、フレンは悔しそうに睨んでいた。


フレンの手首が反った瞬間、オレは後ろに回していた刀を右手に持ち替え、更に逆手に構えて『柄』をフレンの胸元に向けて突き上げた。僅かに腕が下がって空いた部分を狙ったんだが、実戦だったら当然刃のほうで攻撃を仕掛けてるんだから、一撃食らった時点でオレの勝ち、という訳だ。


「やっぱ腕、落ちたんじゃねえの?やる気満々だったくせに、大した事ねえじゃん」

「そっ……!!…いや、……!!」

…ほんと悔しそうだな…。
何か言い返したくても、言葉が出て来ないんだろう。

とは言え、恐らく鍛練にも身が入ってなかったであろう期間があった事と、オレがここに来てからは溜め込んだ仕事に追われてそんなヒマ、なかった筈だ。
それを思えばまあ、さすがと言うかなんて言うか。
…オレも悔しいから言ってやるつもりはないが。


「まー、また機会があったら相手してやんよ。オレもたまには体動かしたいしなあ」

「……ほんと、嬉しそうだな……」

「嬉しいからな、実際」

「………………」


オレとの距離を取ったまま、フレンは不満気に首を捻ったり剣を振ったりしている。そこまでされると何となくイラつくが……まあいい。


「いつまでふて腐れてんだよ!それよりこの後どうすんだ、まだ時間あるんだろ」

「そうだね……」

「…そんなに不満ならもう一戦いっとくか?」

担いでいた刀を下ろして切っ先を向けてやると、フレンはわざとらしい溜め息と共にやっと剣を鞘に納めた。

「今日はやめておくよ」

「別に、普通の鍛練でもいいんだぜ?『普通』の」

「いい加減その笑い、やめてくれないかな…君が相手じゃ、『普通の』鍛練は無理だね。どうしても力が入る」

「なんだ、つまらねえな」

どうやら、フレンはもう手合わせを続ける気がなさそうだった。結構ノリノリな感じで誘って来たくせに、やけにあっさりしてるな。何かあるんじゃないかと思ってたんだが、気のせいか…?
それなら仕方ない、オレは自分の鞘を拾おうと、少し離れた場所に転がっているそれに足を向けた。



かがんで鞘に手を伸ばした瞬間の事だった。


「ユーリ!!!」


鋭い声に顔を上げ、刀を握る掌に力を込めて立ち上がろうとしたオレに、もう一度、フレンの声が飛んだ。


「―――魔神剣!!!」



「なっ…………!!」

鋭い衝撃波がオレ目掛けて放たれる。上体を限界まで仰け反らせ、あっという間に眼前に迫ったそれを後ろに倒れ込みながらも寸でのところで躱したオレに、フレンが駆け寄って来るのが見えた。


「…っ、な、何しやがるフレン!?いやそれより、今の……!!」

「大丈夫か、ユーリ?」

「てめぇ……」

地べたに座り込むオレにフレンが手を伸ばす。が、その手を取らずに立ち上がるとオレはフレンをこれでもかという程睨みつけてやった。

「いきなり人に魔神剣ぶっ放しといて、大丈夫もくそもあるか!!」

「す、すまない…いや、君にじゃないんだ、向こうに不審な人影を見たものだから」

「人影?」

フレンの視線を追って背後を振り返るが、その先には既に何の気配も感じられない。衝撃波で散らされた木の葉が舞っているだけだ。

「…誰かいたのか?」

「ああ、間違いない。だけど、まだまだだな…届かなかったみたいだ」

届かなかった、ってのは攻撃が、って事だろう。確かに、かつて見慣れた技よりはだいぶ威力が劣っていた。でなきゃ、あんな至近距離で避けて無傷な筈がない。
て言うか、もし以前の威力だったらどうなってたか、わかってんのかこいつ……

「…威力のことはともかく、なんでおまえ、その技使えるんだ。新しい魔導器でも開発されたのか」

「いや、そういう訳じゃない。ほんとは、手合わせで君に見せて説明もしたかったんだけど…タイミングを逸してしまったから」

「だから自分からオレを『息抜き』に誘ったのか?何かあるだろうとは思ってたが、自慢したかっただけかよ」

「そうじゃない。君だって、この先こういった技が使えたほうがいいだろう?だから…」

フレンが話をやめ、じっとオレを見ている。…何だ、急に顔を顰めて…?

「…顎のところ、血が出てる」

「顎?」

言われて確かめると、確かに左顎の下に少しだけ痛みを感じる。指先にもちょっと血が付いた。さっき、魔神剣を避けた時だな。
でもまあ、言われなければ気付かなかった程だ。大した事はない……


「!?」

「じっとしてて」

フレンがオレの顎に手を伸ばす。傷のないほうを左手で固定して右手を傷口に翳すと、一瞬だけ白い光が現れてすぐに収束し、最後には霧散して消えた。

…これ、は…

「はい、治ったよ」

「…治癒術も使えるようになったのか?」

フレンは笑顔で頷いたが、オレは面白くなかった。

「おまえ、オレを実験台にしてんのか?」

「違うって言ってるだろ!手合わせでも掠り傷ぐらいするだろうし、そうなってもちゃんと治してあげられるって知って欲しかったんだ」

「怪我させる為に魔神剣使ったんだろうが」

「だから!本当はちゃんと手合わせの中で使うつもりだったんだ!それだって不意打ちする気はなかったんだよ」

「…いいけどよ…」



何だろうな、この微妙な敗北感は…。勝負に勝って、何かに負けた気がする…。
フレンが見たと言う不審な人影とやらも気になるし、とりあえず色々と聞きたい事がまた増えてオレはつい溜め息を零していた。

ーーーーー
続く
▼追記

ただ一人のためだけに・10

続きです。




フレンの身に、危険が迫っているらしい。

…って言うと大ごとに聞こえるが、なんだか実際はそこまでのものじゃないんじゃないか、という気がして仕方なかった。

もし本当にそうなら、いくらなんでもヨーデルが何もしない訳がない。目立たないようにでも何でも、護衛を付けるとか、城内の警備を強化するとかの動きがある筈だ。
オレも一応、仕事で城の中をちょろちょろしてるがそんな様子は感じなかったし、大体それならそれでこっちにも言ってもらいたい。連携が取れるならそのほうが楽だからだ。


今回オレが城に呼ばれた本当の理由は、フレンの護衛というか襲撃者への牽制というか、そんなところだったらしい。昨日のヨーデルの話からの推察だが。

…どういう訳だかオレは、普通に呼び出したんじゃここに来ないと思われてるらしい。いやまあ…実際そうだったんだが。
フレンとどうこう以前に、何度も言ってるがオレは城にあまり来たくないんだよ。元々苦手な上、昔よりも顔が知れちまったからな。

が、わざわざ半強制的に依頼を請けさせられてこんな格好するぐらいなら、これからは普通に…頼むから普通に話を持って来い、と言いたい。むしろ今ならそのほうがいい。…自分の身の安全を確保する意味でも…。
その上でまだ女装だなんだ抜かすならその時はマジでぶん殴るだけだが。

いちいち尤もらしい理由をつけちゃいるが、結局あいつらオレで遊んでるんだろ!?そうとしか思えねぇよ。…特に今回は。

どうにも緊張感に欠けるまま、オレはフレンの身の回りの世話に加えて護衛までする事になっちまった。
それ自体に不満はないが、ギルドの仕事として、っていうならこれは当初の契約には入ってない。絶対、後で追加の報酬請求してやる。

まあそれも、明後日の議会とやらを無事に乗り切れれば、の話だ。とりあえずそれまでは身の回りの世話ってやつをしなきゃならないんだが……

あー……面倒くさ……






「…すっかり使用人ぶりが板につきましたね」

「……そりゃどーも……」


替えのシーツやカーテンの布を抱えているオレに、開口一番ソディアが言った。

…一応、ちゃんと『メイド』としての仕事はしてる。とは言え、逆に何でオレがこんなことまで、って思う事のほうが多い。
普通、こういうところはそれぞれ無駄に仕事が分担されてるもんじゃないのか。
ベッドメイク専門とか、部屋の掃除専門とか。よく知らないが。それをオレの場合、一人でやらされてる。
フレンの部屋はなかなか広いから結構骨が折れるんだが、なんと言ってもフレンがうるさい。
あいつ、自分でもマメに部屋の掃除してるんだよな。だから、はっきり言って掃除の必要ないんじゃないか、ってぐらいに部屋は綺麗な状態だ。それなのに、やれどこを拭いてないだの位置が違うだの細かいことを……


「何を一人でぶつぶつ言っているんですか」

「ん?あ、ああ、ワリ」

…ソディアを放ったらかしだった。
初日以降、毎朝こうして使用人部屋でオレはソディアからその日のフレンのスケジュールを確認して、ついでに新しいシーツなんかを持ってフレンの部屋に戻るのが日課になっている。

「なあ、今さらなんだが一ついいか」

「なんですか」

「あんたがフレンの部屋にスケジュール伝えに来ればいいんじゃねえの?今までとかそうだったんだろ」

「…本当に今さらですね…」

「最初はフレンに聞かせたくない話もあったかもしれねえけど、それももうないんだし」

「確かにそうですが。こちらももう、これで動く流れが出来ていますので」

「…そういうもん?」

「ええ。それと、あなたは一応特別扱いになっていますので、こうして私と共にいるところを見せれば何かと牽制になるでしょうから」

「牽制、ねえ……大体、特別扱い?あいつらにオレは何て説明されてんだ?今まで誰ひとり話し掛けて来ねえし、オレが来るまでフレンの部屋の担当だった奴らとか、どうしたんだよ」

「担当者が固定だった訳ではありませんが…そのあたりはあなたが知る必要のない事です」

「………………」

そう言ってソディアが視線をやった先には、何人かの使用人がちらちらとオレ達を窺っている。…どう考えても好意的には見えない感じだ。

まあ、何かしら圧力みたいなもんがあったんだろうが…フレンよりオレの身の心配してもらいたいぜ、全く。
…目の前に『前例』がいるしなあ…。


「…何か思いましたか」

「いいや、別に」

「……………」

「で?今日の予定はどうなってんだよ?そろそろ腕もダルいし腹減って来たから戻りてえんだけど」

「…使用人の分際で…!!」

「おまえらのせいだろ!?」

「全く、こんな事なら…」

何が『こんな事』なのか、ぎりぎりと歯噛みするソディアだったが、とりあえず確認だけはしとかねえと…。
聞いてるかもしれないが、と前置きして昨日のヨーデルとの話を簡単に説明すると、やはり知らなかったのかソディアの表情が厳しくなる。

「…分かりました。こちらも気を付けておきます」

「ああ、頼む」

ついでにスケジュールの確認も済ます。…ふうん、今日は午後の予定はナシ、か。そんな事もあるんだな。

「どうしてこう、いつも事が面倒になるのか…」

ぶつぶつ言っているソディアを置いて、オレはさっさと部屋を後にした。居心地悪いったらねえよ、全く…。






「…遅かったね。何かあったのかい?」

部屋に戻ったオレに、フレンが声を掛けた。朝メシはもう運ばれて来てるな…別に待ってなくていいんだけど。
…よく考えたら、オレの分の食事もあるってすげえ不自然だよな。この辺もどうなってんだか…

「ユーリ?」

「いや…何でもない。落ち着いたら色々と気になっただけだ。悪かったな、待たせたみたいで。先食ってて構わねえぜ」

「君は食べないのか?」

「食うに決まってんだろ。とりあえず、コレ置いて来るから」

手にしている真新しいシーツを見せてやると、フレンが妙にニヤニヤしながらオレを見る。…何だ、一体。

「何だかんだ言って、すっかりメイドさんらしくなったね」

「………ぶん殴られたいか」

「どうして?褒めてるんだけど」

「あのな…とにかく、すぐ戻るから先に食ってろって。オレのぶんまで食うんじゃねえぞ」

「そんな事…すぐ戻るなら尚更、待ってるから一緒に食べよう」

「…わかったよ」


朝からご機嫌な奴だな…まあ、いい。こっちも今さらだ。
寝室の扉を開けて、そのままシーツをベッドに放り投げた。振り返って見ればフレンが顰めっ面をしている。…なんだよ、ちゃんと後で直しとくって。




「へえ、ソディアがそんな事を」

「裏で何やってんだか知らねえが、その手間を他に回せってんだよ」

「まあ…彼女が、と言うより陛下が気を遣って下さってるんだと思うけどね」

「だったら尚更だろ…」

パンを齧りながら溜め息混じりに言うオレを、フレンはさっきからずっとふわふわした笑顔で見ていた。

「…何だよ、気持ち悪ぃな…」

「いや、ちょっと思った事があったんだけど」

「どうした?」

「こうやって二人だけで食事するの、久しぶりだね」

「…そうか?」


少し思い返してみた。

旅をしていた頃、確かにフレンと二人だけで、ってのはなかったような気がする。大体の場合、誰か他にいたからな。特に朝は宿にしろ野営にしろ、殆ど全員集合だったし。
今回ここに来てからは、フレンに何か都合がある日以外はこうやってフレンの部屋で朝メシを食ってる訳だが…二人だけで、か…。
フレンの奴は妙に感慨深げだ。

「何だか、こうしてると…」

ガキの頃を思い出すな、と続けようと思って口を開きかけたオレだったが、フレンの台詞にそのまま固まった。


「新婚さんみたいだな」


……………………。
また、寝ボケたこと抜かしやがって………!!


「ユーリ?」

「………………」

「割と本気なんだけど」

「聞いてねえよ」

「…なんだか最近、リアクションがつまらなくなって来たなあ」

「いい加減慣れた」

「ふうん……耳まで真っ赤だけど」

「うるせえな!!さっさと食ってスケジュール確認して出てけ!!」


くっそ……!!
本調子(?)になってから、毎回こんな感じだ。多少慣れたのは本当だが、このくそ恥ずかしい台詞をいきなり素で言ってくるんだから心臓に悪い。
…ぽろっと他の奴の前で言ったりしないか、本気で不安になるんだが…。


「出てけって…ここは僕の部屋なんだけど。…あれ、今日は午後から何もないのか?」

「そう書いてあるんならそうなんだろ。ソディアも特に何も言ってなかったぜ?いいんじゃねえか、たまには」

「休みを申請した覚えもないし、こんな状況でのんびりする訳にも…」

「こんな状況だからこそ、何か有効に使えって事じゃねえの?」

ここに来てまだ一週間経ってないってのはあるが、フレンはまだ一度も休みを取っていない。
定期的に休むのは難しいだろうから、取れそうなところで都合をつけるしかないんだろう。今回のは何だか、意図的なものを感じないでもないが…。


「うーん、いきなり言われてもな…」

「どっかで息抜きでもして来たらどうだ」

「…君がここにいるのに、わざわざ一人で?嫌だよ」

「……あっそ」

「大体、君は僕の護衛も兼ねてるんだろう?僕を一人にしていいのかい?」

「そこらの奴におまえがどうこうされるとも思ってねえからな。それに、城の中でだって四六時中、おまえに張り付いてる訳じゃないだろ」

「ここには他にも騎士がいるし、相手も警戒するだろう。外に出たら誰かを巻き込むかもしれないし、やっぱり軽々しく出歩くわけにはいかないよ」

「そんじゃ、城の中で出来る息抜きを探すんだな」

「結局、息抜きからは離れないんだね…」

「おまえは放っとくと根詰めすぎっから、休める時に休んどけ、って言ってるだけだ」

「…ユーリ…ありがとう」

…なんだよ、オレは思った事を言っただけだ。それに、最近はちゃんと寝てるみたいだが仕事が溜まってると徹夜続きも当たり前みたいだし。いくら慣れてるとは言え、体にいいわけないしな。


「別に、いちいち礼を言われるような事、言ってねえよ」

「はは、そうだね。でも…息抜き、か…」


視線を伏せて何か考えていたフレンだったが、ぱっと顔を上げると何故か満面の笑顔を浮かべていた。

こいつがこういう顔をすると、最近は何だか嫌な予感しかしない。…またなんか、妙なことにオレを付き合わせようとか思ってるんだろうか。


「ユーリ、君も今日は午後から休みでいいよ」

「…言うと思ったぜ…んで?何企んでんだよ」

「人聞きが悪いな、一緒に息抜きしよう、って言ってるだけだろう」

「おまえの『息抜き』が、オレにとってもそうだとは限らねえんだよ」

そう言ってやると、フレンは少しテーブルに身を乗り出してオレを見上げるようにしながら、口の端を上げて笑った。

…珍しいな、こいつがこんな表情、するなんて…

「大丈夫、君にとっても最高の息抜きになる」

「へえ?何すんのか教えてもらおうじゃねえか」

「…せっかくの休みだ。たまには『恋人らしいこと』、してみないか」


…どっかで聞いた台詞だな…。
はん、そういう事か。


「…いいぜ、付き合ってやる」

「そう言ってくれると思ったよ」

「当然、着替えていいんだよな?」

「その格好のままでもい」

「着替えて集合な。裏庭でいいか」

「…なら聞かないでくれ。いいよ、待ってるから」



そう言って立ち上がり、手甲を付けているフレンにオレはひとつ、気になっていた事を聞いてみた。


「……さっきのアレ、もしかしてオレの真似か?」

「あれ、気付いた?自覚があるとは思わなかったな」

「おまえらしくねえ、って感じただけだ!くだらねぇことしてんじゃねえよ」


似てるかどうかなんてどうでもいいが、大して気分のいいもんじゃない。


「嫌だったかい?まあ、僕も自分でやっても仕方ないし、君の表情を見てるほうがいいな」

「…午後を楽しみにしとけよ」


フレンを見送って、自然と顔に笑みが浮かぶのがわかった。

…マジで、楽しみだ


ーーーーー
続く
▼追記
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