続きです。







「本当に、よくお似合いですよ」


満足げに頷きながらヨーデルが言う。

「これならフレンもきっと、やる気を取り戻してくれる事でしょう」

「……正気かてめぇら……」

何のやる気だ、と言いそうになった自分が嫌になる。

三人がかりで無理矢理着替えさせられたオレは、もう縄で縛られてこそいないが動く気力もない。

絨毯の敷かれた床で胡座をかいて項垂れるしかないオレの目の前には、さっきソディアとエステルが二人がかりで運んで来た姿見が置いてあった。
どうやらここは衣装部屋の一つらしい。落ち着いて……心は落ち着いちゃいないんだが、とりあえず辺りを見渡してみると、部屋の中には所狭しと服やら靴やら帽子やらが置かれている。

ただし、全部女物だ。

普通、常識的に考えてオレには縁のない物の筈だ。

そしてオレが着せられたのは、煌びやかなドレスでこそないが間違いなく女物の服で。

改めて鏡見るまでもない。
だってのに、エステルがちゃんと見ろってあまりにはしゃぐから、仕方なしに立ち上がって……すぐに後悔した。

鏡に映る、自分自身の姿。

オレは、既にこの感覚を二度、味わっている。
凄まじい敗北感と言うか、何と言うか…。
ここまで来ると、自分がいわゆる『女顔』なのだと認めざるを得なかった。
…段々と違和感を感じなくなって来てる自分が恐ろしい。


オレが着てるのは、黒一色のシンプルなワンピースと、肩紐が付いていて腰の後ろで結ぶタイプのエプロン。
ただし、一般的なワンピースじゃない。

ハイネックカラーの前をボタンで留め、肩口が大きく膨らんだ袖。袖口には幅広の白いカフスがあしらわれていてる。
丈は足首近くまでと、かなり長い。内側には薄いレースが縫い付けてあって、それが裾から覗くのがお洒落……なんだろう、多分。
この格好する意味から考えれば必要ないと思うんだが。

エプロンは胸元を覆わない、前掛けに近い形だ。だが後ろで結ぶ紐はかなり幅広で、デカいリボンを腰の後ろに引っ付けてるみたいに見える。
しかし、何より肩紐にはフリルがたっぷり付いていて、ちょっと顔を動かすだけで触れるのが鬱陶しいことこの上ない。

インナーまで変えさせられた。
女物のパ……下着を穿くのだけは必死の抵抗で阻止したが……あの時のこいつらの眼は、まるで獲物を狩る猛獣のようだった。

…フレンとはまた別の意味で恐怖を感じた。

下着の上に白いタイツを穿かされた時のオレの気持ちが分かるか……!?
前の時だってここまでじゃなかった。あれがまだマシだったと思えてしまうほど、この格好は有り得ねえ、と思う。


だって『メイド服』だぞ!?

メイドだ、メイド!!
オレがこの格好でフレンの所に行かされる意味、分かってるのか!?


「……やべ、泣きそう……」

「フレンに会えるのが泣くほど嬉しいんですっ?」

「…そう、見えるか…?」

「フレンは泣いて喜ぶと思います!」

「エステル…暫く会わねえうちに性格変わったんじゃねえか?」

エステルがきょとんとして小首を傾げる。こういう仕草は変わってないが…。

「そうです?わたしは別に変わっていませんよ?」

「どうだか…」

何が『泣いて喜ぶ』だ。なんでそんな事が分かる……ん?
なんかおかしい。オレがこの前やった『仕事』について、エステルは知らない筈だ。それに、オレとフレンの関係だって、知らない、筈……。

そこまで考えて、オレは改めて何故ここにエステルがいるのか疑問に思った。
ソディアは分かる。こいつは一応、オレとフレンの事を知っている。
ヨーデルにしても、こないだの事を全く知らない筈はない。フレンはきっと、オレの事を報告してただろう。

報告。

まさか、とは思うが。


「…おい、ちょっとこっち来い」

「どうかしましたか?」

「いいから!」

オレはヨーデルの腕を引いて、少し離れた衣装棚の陰へと連れて行った。ソディアが何か言いかけたのは、ヨーデル自身が手を挙げて制した。


「色々と聞きてえんだが」

「何でしょう?」

「何でエステルがいる?」

「彼女は副帝です。時々こちらに来ていますよ」

「そういう意味じゃねえ!!」

笑顔を絶やさないまま、ヨーデルがゆっくりと口を開く。

「…言ったでしょう、我々はこの三ヶ月、大変に苦労した、と」

「……それで?」

「フレンは騎士団に…いえ、この国にとって、なくてはならない人です。彼を失う訳にはいかない。その為にはあなたの存在が必要なのです」

「それとこの格好とエステルがどう関係あるんだ!?」

「会えば分かると思いますが、最早今のフレンには普通の癒しでは無理なのです」

「…無理、って」

ヨーデルの笑顔が輝きを増した。…こいつ、黒すぎる。

「三ヶ月も会っていない可愛い『恋人』が、甲斐甲斐しく身の回りのお世話をしてくれたら…さぞや癒されると思いませんか?」

「…………!!!」

予想はしてたが、言葉が出ない。さっきから汗が止まらない。着替えたほうがいいんじゃないかってぐらい、背中なんてぐっしょりだ。

「私が知らない筈がないでしょう?フレンからちゃんと聞いていますよ。前回のお仕事のことも含めて、色々と」

色々、のところを強調されて、顔が熱くなるのが分かる。
…あの野郎、どこまで喋ってんだか知らねえが、段々と腹が立って来た。さっきまでは会うのが嫌で仕方なかったが、会って一発殴るぐらいしないと収まらねえ。
しかし。

「…エステルの事がまだだ」

「彼女は何も知りませんよ。純粋にフレンを心配しているだけです」

「あれのどこが純粋だ!?」

「着せ替えを楽しんではいるみたいですが」

「………………」

オレは人形か。

「彼女はあなたに言う事を聞かせ……失礼、より円滑に物事を進める為の潤滑油のようなものです」

「さらっと何か言わなかったか…?」

「気のせいですよ。…つまり、私やソディアならともかく、エステリーゼに無体な事は出来ないでしょう?それに、女性の服の事はよく分かりませんから。やはり女性に手伝って頂かないと」

「てめぇ………!!」

「それとも、普通に城の侍女を呼んだほうがよろしかったですか?」

「ぐっ……!」

それは嫌だ。
これ以上、妙な姿を知る人間を増やすのなんて御免被る。
悔しくて歯噛みするオレとは対照的に顔色一つ変えないまま、更にヨーデルが続けた。

「それと、今回の事はきちんとこちらから依頼を出させて頂きましたから」

「…なん、だと…?」

「ユニオンを通じて、あなたの首領には連絡済みです」

全身から血の気が引く。
依頼?ユニオンに、って…こいつ一体、何て言いやがった!?

「依頼って、どういう事だ!!いやそれより、どんな内容で依頼したんだ!?」

「心配しなくても、あなたがこのような姿をする事は伏せてありますよ。前回の仕事のアフターケアとして、一週間ほどあなたにフレンの仕事を手伝ってもらいたいので、と」

「何だって!?」

「既に了承のお返事も頂きました」

「…また事後承諾かよ…!!」

つか、何でオレには何も言わねえで話を進めるんだ?おかしいだろ絶対。
帰ったら一度、カロルとは腹を割って話す必要があるな。

「そういう訳ですので、フレンの事は頼みます」

「ちょ…ふざけんな!!頼むって、どうしろってんだよ!!」

「詳しい事はソディアに聞いて下さい。…ああ、一つ、忘れていました」

「…何だ」

「依頼を遂行して頂けない場合、何故フレンがあのような状態になってしまったのかをエステリーゼに説明しなければなりません。それはもう、詳しく」

「…なに、言ってんだ…」

「いくら何でも、ただの友人と会えないぐらいでああはなりませんよ。あらぬ誤解を抱いたエステリーゼを説得するのは大変でした」

「それはつまり、エステルも気付いてる、って事か…?」

「危ないところでしたが、今はまだ、何とか。『誤解』を『確信』に変えたくなければ、頑張ってフレンを癒してあげて下さい。そうすればエステリーゼも納得するでしょうし」

「何に納得すんだよ!?この格好な時点で色々おかしいだろうが!!コレで癒されるって、オレ達に変な趣味があるみてえじゃねえか!!!」


「違うんですか?」


心底意外だ、とでも言わんばかりに目を見開かれて、オレは文句を言うのを諦めた。

…はいはいどうせオレは女装が似合ってフレンはそんなオレを見て喜ぶ変な趣味の持ち主だよちくしょう!!もう好きにしろ!!

…オレ、やっぱり何か憑いてんのかな…。





ではこれで、と言ってヨーデルは部屋を出て行き、後に残されたオレはエステルに髪を結われて飾りまで付けられた。ヘッドドレスとか言うらしいが…どうだっていいわ、そんなもん。

楽しそうなエステルと、終始仏頂面のソディア。
居心地の悪さに耐えかねて、オレは自分からソディアに、さっさとフレンの所に行こうと言っていた。
まだ何か説明があるらしいが、それは歩きながらでも出来るだろう。
どうせ逃げられないなら、さっさと用事を済ませるに限る。
ついて来ようとしたエステルを何とか帰し、オレはソディアの後に続いてフレンの部屋に向かった。




「……あのさあ」

「何ですか」

「フレンの奴、そんなヤバいのか?」

「…私に言わせる気ですか」

「言いたくなきゃいいけどよ…」

ソディアが足を止めてオレを振り返った。
あー…なんか覚えがあるなあ、この光景…。


「正直、あなたにこのような事までさせるのは反対なんです」

「まあ普通はそう…」

「これに味を占めてクセにでもなったらと思うと……!!」

「…………」

なんつーか、こいつもいい感じに壊れてんな。
クセになるとか、とんでもない事言いやがって。
そんなのオレだって嫌だっての!!


「しかし、私ではあの方を救えない…!」

「…ここで言うなよ」

拳を握り締めるソディアに、オレは何とも言えない微妙な気分になる。

「…あなたに頼むしかないんです。仕方がないので今回もフォローはしますが」

仕方ない、ね。
思いっ切り本音がだだ漏れてんじゃねえか。


「…とりあえず、また暫く世話になるわ」


再び歩き出したオレ達は、図らずも二人同時にデカい溜め息を吐いていた。




ーーーーー
続く
▼追記