重なる想い、ひとつの願い

「寒いね…」

「……そうだな」

「もう一枚ぐらい、何か羽織るものを持って来ればよかったかな…毛布とか」

「……そうかもな」

「わかった、取りに行っ…」

「うわ、ちょっと待て離れるな……!!」

「わあ!?」

ベンチから立ち上がりかけたフレンの腕にユーリが縋り付き、白いダウンに指を食い込ませた。驚いて中途半端な姿勢のまま見下ろした先には、ユーリがやはり驚いた表情で固まっていた。


「…………どうしたの」

「う、あ、…あーその、とりあえず座れ」

「…?」

言われるまま、フレンは再びベンチに腰を下ろした。離れて行くユーリの腕に少しばかりの名残惜しさを感じて、その動きをじっと見つめる。厚手のジャケットのポケットに無造作に両手を突っ込み、ユーリは自らの足元に視線を落とした。
やはり寒いのか、一度小さく震えて膝を身体に引き寄せる様子にフレンがユーリの顔を覗き込む。気遣わし気な眼差しに気付いてちらりとフレンを見たユーリだが、またすぐに俯いてしまった。
長い髪が遅れて流れ落ち、表情を見ることが出来ない。そうでなくとも僅かな月明かりが照らすだけの今、黙り込まれてしまうと何もわからなくてほんの少しだけ、不安になる。

吐き出される白い息だけが僅かに見えて、すぐに消えた。


「ユーリ…?」

フレンが更に顔を寄せると、ユーリがのろのろとフレンを見上げた。


「…寒いんだよ」

「うん?だからちょっと待ってて…」

「…このままでいい…」

自分の腕にかかる重さが増して、触れている部分からゆっくりと熱が伝わるような、そんな気がする。離れるな、と言われた意味を理解してフレンが微笑むと、ユーリはふて腐れたように目を逸らしてしまった。


素直じゃない。
でも、それが堪らなく愛しくて仕方ない。
ユーリのこんな表情が見られるなら、本来の目的さえどうでもいいと思えた。

ユーリの左ポケットに自分の右手を滑り込ませて指を絡ませてみる。
吐き出される溜め息が白く霞んで消えていったが、振りほどかれはしなかった。
フレンもユーリに寄り掛かり、夜空を仰いで呟いていた。


「……寒いね」

「そうだな」

「でも、こうしていると暖かいね」

「…そうだな」

「もっとくっついてくれてもいいよ?」


調子に乗るな、と言ったユーリの表情はよく見えなかったが、声は穏やかだった。



流星群が見られるらしい、とフレンが知ったのは少し前の事だった。

はしゃいでいるクラスメイトに何事かと聞いてみると、どうやら今回は観測をするのに数年に一度の好条件らしい。
家族や友人、中には恋人と。
誰と一緒にこの天体ショーを観るかという話題でそれなりに賑わう昼休み、フレンはユーリを誘った。他に声を掛ける相手などいないが、ユーリは寒いのが苦手だ。だから半分以上ダメ元だったのに、意外にもユーリからはあっさりとOKの返事を貰ったものだから驚いた。
何か文句があるか、と頬を膨らますユーリに『そんな事はない』と慌てて否定し、待ち合わせの約束をして迎えた今夜。
フレンの住むアパートから少し離れた公園のベンチに並んで座り、時折空を見上げるユーリはやはり寒そうだったが、フレンが想像していたほど不満そうな様子は見られなかった。

最初はそれがどうしてなのか不思議で仕方なかったが、もう、どうでもいい。
流星を観るという目的すらぼやけてしまったかのようだった。


「ユーリ…」

学校では纏めている髪の毛も今はそのまま下ろしている。同じ色のマフラーに無造作に包まれた髪を、フレンは繋いでいない左手でそっと掬い上げて鼻先を擦り寄せた。自然、ユーリの身体を覆うような体勢になり、顔を上げたユーリと視線が重なる。

僅かに眉を寄せたユーリの、その額にキスをした。


「ん……」


仕方なさそうに、しかしそれでも大人しく瞳を閉じたユーリの頬に、長い髪を絡めたままの指を添えてそっとなぞりながらフレンは更に距離を詰めた。

二度、三度。

二人にしか聴こえない小さな音を立てて繰り返されるキスに、ユーリの身体がふるり、と揺れた。


「寒い……?」

「…………」


ユーリは答えない。
寒さで震えたのではない事は、間近で触れているフレンにこそよくわかっている。敢えて聞いて、その反応が見たいだけだった。
ユーリもわかっているから何も言わず、フレンを見上げる瞳にはどこか拗ねたような、それでいて甘えるような、そんな感情が揺れているように見えた。

こんなユーリを知るのは自分だけだとフレンは思っている。ユーリ本人でさえ気付いていないのかもしれない。だから、嬉しくてしょうがなくて、つい口元が綻ぶのを抑えられない。

それを見てますますむっとしたユーリが何か言おうと開きかけた唇にフレンが自らの唇を重ねようとした、その時だった。


「あ…!」


小さく、だがはっきりと声を上げたユーリが見ているのは既にフレンではなかった。

「…どうしたの」

不機嫌を隠そうともせずにフレンが尋ねても、ユーリはそれを気にする素振りもない。上がりかけた『熱』を持て余しているのは、どうやらフレンだけのようだ。
先程までの様子はどこへやら、ユーリはやや興奮気味に言った。


「見えた!結構デカかったぜ!」

「何が……あ、もしかして」

「おまえ…もしかして、じゃねえだろ。そもそもこれを観るためにオレのこと誘ったんじゃねえの」

「そうだけど…でも今は」

「お、また…今度はちょっと小さかったな……フレン、とりあえずどけ。見えねえだろ」

「………………」


フレンが渋々ユーリから身体を離し、再び肩を並べて座り直した。
横目で見たユーリは驚く程に真剣な眼差しで夜空を見上げ、流星を逃すまいとしているようだった。

ついさっきまで、あの瞳は自分だけを映していた筈なのに―――

くだらない。
馬鹿馬鹿しい。
誘ったのは自分なのに。

「…は…」

胸の内を占めた考えがあまりに情けなくて、つい吐き出した息が思ったよりも広く辺りを白く包む。頬を撫で上げる微かな温もりが通り過ぎると、余計に真冬の空気が冷たく感じられて仕方ない。

(流れ星に嫉妬なんて…どうしようもないな、僕は…)

ユーリと一緒に星を観る事が出来ればそれで良かったんじゃないのか、と思っても、一度ざわついた心はなかなか収まってくれそうになかった。

フレンは軽く頭を振り、俯いていた顔を上げるとユーリと同じように空を仰いだ。少しの間、黙ってそうしていたが一つも星は流れない。
雲のない『晴天』で、下弦の月が仄かに照らす夜ではあるが辺りはそれほど明るくはない。周囲の民家の灯りもほとんどないし、街灯も邪魔にはならない程度だ。防犯上どうかと思わなくはないが、今は考えない事にした。

つまり、ただの住宅街からの観測にしてはそこそこの好条件なのだ。事前に方角も確認した。間違いない。ユーリは実際に流星を見たのだから。


「…思ったより、流れないものだね」

「んー…そうだな…。今回のはなんか、ちょっと物足りない感じだな」

「今回?」

ユーリを誘ったのは今日が初めてだったし、今までにユーリからどこかへ星を観に行ったという話を聞いた記憶もない。何の事かと首を傾げるフレンに、ユーリは星空を見上げたまま話し始めた。


「ガキの頃に観たのがさ、凄かったんだよ。十年ぐらい前だったか…。それ以来『流星群』って聞くと妙にわくわくするのは確かだな。別に、普段は星だの星座だの気にしてねえんだけど」

「十年前…小学生か。僕はちょっと、記憶にないな…」

「そっか。…まあそれで、その時のはほんとに凄くて、流れ星、ってあっさり言えるようなもんじゃなくてさ」


十年前のその夜、幼いユーリは今日と同じように夜空を見ていたらしい。
季節は正反対だったが、夜風が涼しくて暑さは気にならなかったと言う。


最初に現れた流星に驚いて目を見張った。想像していたのは銀色に尾を引いて消えてゆく『流れ星』だったが、それはまるで火の玉のように赤く、最期の瞬間に鮮烈な輝きをユーリの瞳に焼き付けて漆黒の中に吸い込まれて行った。


息を呑む間に、もう一つ。

更に一つ。


文字通り『燃え尽きて』ゆく星を、ただひたすら数えていた。
幼かった夏の夜の、忘れ難い思い出。


「…音まで聴こえた気がした。流れる度に、ひゅん、ひゅん…って。いつか、また見たいと思ってた」

「そうなんだ…だから今日は何だか乗り気だったんだね。寒いのに意外だと思ってたんだ。でも…」

フレンは未だ流星を見ていない。先程から空を見つめたままのユーリの様子にも変化はない。
やはり、市街地からではこの程度なのだろうか。


「…ごめん、ユーリ」

「は?何で謝るんだよ。て言うか、何に対して謝ってんだ」

「だって、君の記憶にあるような流星は見られそうにないから。なんだか申し訳ない気がして来た」

「何言ってんだ?おまえのせいでも何でもないだろうが、そんなの。規模が違うんだろ……あ!」

「え、見えたのか……!」

ユーリの視線を追ったフレンが見上げた先で、白く長い尾を引いて星が流れた。一瞬で消えたその場所からそう離れていないところにまた、一つ。

「お…、もしかしてやっとピークの時間か?」

「そう、みたいだ」


二つ、三つ。


数分に一つのペースではあるが確実に数を増した流星を見逃すまいと、ただひたすらに二人は夜空を見つめ続けていた。

互いに無言のまま、ゆっくりと、静かに時間が流れていく。そう、この瞬間を共有したかった。

赤く輝いて燃え尽きるようなものではない。
でも、ユーリの言う『音が聴こえた気がした』の意味はフレンにも理解出来る。
瞬きをする間に闇に吸い込まれてゆく軌跡はどこか儚く、いっそ切なさすら感じさせた。

「願い事をする余裕なんか、全然ないね…」

「願い事?相変わらずそういうの好きだな、おまえ」

「む…別にいいだろ。ユーリは何かないの、叶えて欲しいことは」

「んー、三回唱える余裕なさそうだけどなあ」

「え、あるのか!?」

「おまえ…聞いといてそれかよ」

「いや…普通に返されると思わなかったから」

少々呆気に取られたフレンがまじまじとユーリを見ると、意外にもユーリはしっかりとフレンを見つめ返した。こういう場合、決まり悪そうに視線を逸らすのが常なのに、と思わずにいられない。
更にユーリが身を乗り出すようにしてきて、フレンも左手をその背に回して引き寄せた。ひんやりと冷たい背中をそっと撫で、ポケットの中で右手を握り直すと、不意にユーリが小さく呟いた。


「…聞かねえの?」

何を、と尋ねることはしなかった。

「聞いたら、教えてくれるのかな」

「さあ?…やっぱ別にいいか、半分叶ってるようなもんだしなあ」

「…じゃあ、残りの半分を確認する為に口に出してみるっていうのはどうかな。叶うかもしれないよ」

「オレだけ言うのか?なんか不公平じゃねぇの、それ」

「そう?なら僕も一緒に言うよ」

「しょーがねえなあ…」


ぐっと伸び上がったユーリが、フレンの耳元に唇を寄せる。
ユーリの髪に鼻先を擽られながら、フレンはユーリの耳朶に軽く唇で触れた。

「おまっ…!フライングすんなよ!」

「はは、ごめん。つい…。それじゃ、せーの、で一緒に言おう」

「ったく……」


一呼吸置いて、同時に言った。

「「せーの!」」


それぞれに囁かれた言葉に、二人は思わず吹き出していた。
ある意味想像通りで意外性のない、だが何度でも聞きたい。
確かに、半分叶っているのかもしれない。でもこの先もずっとそうであるように、と思わずにいられない切実な『願い』だった。


「なんだかなあ…」

「僕はとても嬉しいよ。…ユーリは違うの?」

「…ま、悪い気はしないけど、さ」


そう言って笑ったユーリの瞳が間近に迫り、唇が重ねられた。一瞬驚いたものの、フレンもユーリの背中に回した腕と繋いだ掌に力を込めてその身体を抱き締める。
自らの胸にかかる重さと温もりが心地好かった。


「…お預けのままだったからな」

唇を離したユーリの言葉に苦笑して、もう一度フレンはユーリにキスをした。


『また、一緒に流星を探したい』


重なる想いを、夜空に託した。
▼追記

欲求を満たす方法



「寒い」

「………」

「さ」

「少しは黙ってられないのか?」

「寒ぃんだっつってんだろ!?おまえコタツの使い方知らねえのかよ!!」


そんなわけないだろ、と返したフレンの表情はあくまでも涼しげで、むしろ暖房など必要ないのではないか、とさえ感じられる。

実際、部屋がそれほど寒いというわけではない。さほど広くもないアパートの一室にそこそこの体格の男子が二人いれば、体温だけで自然と室温も上がろうというものだ。
それがないにしても、今日は外の陽射しも穏やかで随分と過ごし易い陽気となっていた。さすがに夜になると冷えるので先日フレンも炬燵を出しはしたが、昼のうちから電源を入れることは滅多にない。

つまり、ユーリはそれが不満なのだった。

寒いのがあまり得意でないユーリにとっては、現状も『凍えるほどではない』だけであって『寒くない』ではないのだ。大袈裟だと言われても、こればかりはどうしようもなかった。


「コタツ出したってスイッチ入れなきゃ意味ないだろ!…コードどこやったんだよ」

「片付けたよ。だってユーリ、すぐ点けようとするじゃないか。まだ全然大丈……いたっっ!!」

ご、と鈍い音がすると同時にフレンが顔を顰め、ぱきん、と音を立てて手にしているシャープペンシルの芯が飛ぶ。

炬燵の中でユーリがフレンの足を蹴飛ばしたのだ。
痛みに思わず顔を歪めたフレンだったが、両手を炬燵布団に突っ込み、顎を台上に乗せた姿勢のまま上目遣いで睨みつけてくるユーリの姿に、思わず溜め息を吐かずにはいられないのだった。



期末試験を控えたこの時期、休日はフレンの部屋で共に勉強をするのが常となっている。それ自体は何も、今の関係になってからのことではない。入学後、最初の期末でユーリが赤点を取ってからはこうしてフレンがユーリの勉強を見てやるようになった。勿論、大切な幼馴染みが留年や落第などといった事にならないようにする為、だ。

ただ、あくまでもこれらは最悪の場合という意味であって、残念ながら力及ばず補習の憂き目にあったことは一度や二度ではない。

どちらの力が及ばなかったのかはまた別の話ではあるが。


フレンにとって、ユーリにこうして勉強を教える事に去年までは他意はなかった。だが、今年は違う。何せ、赤点の場合の補習は冬休みに入ると同時に始まるのだ。
教科や教師によって多少の違いはあっても、ほぼ毎日。カレンダー上の休日も関係ない場合すらある。

つまり平たく言うと、クリスマスを二人で過ごすことが出来なくなる可能性がある、ということだ。それは絶対に嫌だった。

だからいつも以上にフレンは気合いが入っていたし、ユーリもその事はちゃんとわかっている。二人でゆっくり過ごせるならそのほうがいいと思ったので、ユーリもそれなりに今回は勉強に身を入れるつもりだった。

が、この数日でめっきり冷え込んできたというのにフレンは暖房を入れようとしない。炬燵も出しはしたものの、初日にユーリが爆睡して以降こちらも勉強中は決してスイッチを入れず、コードそのものを片付けられてしまうという状況になったという訳だ。

おかげでユーリは縮こまって炬燵に入ったまま、広げたノートに顎を乗せ、両手を出す事もなくただひたすら『寒い』と繰り返していた。
当然の事ながら、勉強は全く進んでいない。
フレンがもう一度小さく息を吐いて言った。


「いい加減、手ぐらい出したらどうなんだ。それじゃ何もできないだろ」

「コタツ入れてくれたら出す」

「寝るから駄目だ」

「だったらエアコンの暖房入れろ」

「なおさら駄目だよ。絶対寝る。昔から言うだろ?『頭寒足熱』、って。暖かすぎても頭が働かなくなるし、足元を暖めるのがい…」

「だ・か・ら!!暖かくねえだろ!スイッチ入ってねえのに何言ってるんだよ!」

「うわ…っと!」

炬燵の中の気配を察知して、今度は蹴られる前にフレンが慌てて腰を引いた。ユーリの足先が覗く場所を見て、フレンの口元が引き攣る。
避けていなかったら、確実に『急所』に当たっていたと思われた。


「ちょっ…危ないな!当たったらどうするんだ!」

「ちっ…」

「舌打ちするな!君にだって理解できるだろ、どれだけ痛いかぐらい!!」

「そんな事より寒い」

「そんな事!?……全く…仕方ないな」

「お、コタツ点ける気になったか」

「ならない」

「……………………」

「でも、ほら」


炬燵からはみ出たユーリの両足先をまとめて自分の掌で包み、顔を上げてにっこりと微笑むフレンに今度はユーリが顔を顰める番だった。


「…ほら、って…何やってんだ」

「寒いって言うから、暖めてあげてるんだけど」

「ピンポイントでそこだけ、ってわけじゃ…」

「じゃあ全身を暖めて欲しい?」

「んなっ……普通に暖房つけろよ!!」

「陽が落ちて寒くなったらね。それより、少しは暖かくなったかい?」

「どっちかってーと冷たいのは手のほうなんだけ、ど…」


そこまで言って、ユーリがはたと口を噤んだ。足を暖めると言ってこれなのだから、手の場合なんてわかりきっている。
案の定、フレンは今までユーリの足を包んでいた手を離すと炬燵の上にその両掌を広げて見せた。


「……なんだよ」

「手、出して」

「い…いや、いやいやいや。そうじゃなくて根本的な解決をしろって言ってんだよ」

「手が冷たいから勉強に取り掛かれない、って言いたいんだろう?だから暖めてあげる、って言ってるんだけど」

「部屋を暖かくしてくれりゃ済む話だろ!?根本的ってのはそういう意味で言ってんだよオレは!」

「根本的って言うなら、そもそも何の為にここに来てるんだ君は。眠りこけて結局勉強にならないなら意味がないだろう」

「…そりゃあまあ、そうなんだけどさ…いやだから、足を暖めるって言うならコタツ」

「手。出して」


一見すると穏やかな微笑みと柔らかな口調なのに、何故か逆らい難い。これ以上問答を続けるのも不毛な気がして、ユーリは渋々ながら両手を炬燵の中から出すと目の前のフレンの掌にやや乱暴に重ねた。

軽く音を立てた掌が、ぎゅっと握り締められる。自分よりも高めに感じる体温に包まれてどことなく安心感を覚えてしまう事に心の中で少し呆れながら、ユーリはぼんやりと自分達の両手を眺めていた。






「――じゃあ、今日はこれぐらいにしておこうか」

「……おー…」

「疲れた?」

「寒いから余計な力が入るんだよなー」

「はいはい…ちょっと待ってて」


立ち上がったフレンの動きを、ユーリが首を巡らせて追う。再び両手を炬燵に突っ込んだスタイルに戻っているユーリにフレンは苦笑しつつ、押し入れの中からコードを持って来るとそれを取り付けてスイッチを入れた。エアコンも点けてやると程なくして暖かな風が流れ出し、振り向くと早くも瞳を閉じてうとうとしているユーリの姿が目に入った。


「ユーリ、寝るなってば」

「寝てねえよ。疲れただけ」

「寝るならベッドに行く?なんなら連れてってあげようか」


どこまでが冗談でどこからが本気なのか、と考えながら、ユーリがじっとりとした視線をフレンへと向ける。


「…寝ないって言ってんだろ。それより腹減ったんだけどなんかねえの、菓子とかさ」

「……眠いとか疲れたとか腹減った、とか…どこのおやじなんだ君は」

「こないだ来た時はなんかあった気がすんだけど?今日まだ何も食ってねえし。部屋は寒いわ腹は減るわ、おまえはやけに冷たいわでもうオレ帰りてえなー」

「暖かくして空腹が満たされたら寝る、なんて子供みたいな真似を君がするからだろ!…何度も言うけど、目的が別にあるんだからもう少し危機感を持ってくれないか」

「…わかってるって…それはそれとしてなんかくれってば」

「はあ…わかったよ」


そのままキッチンへ向かったフレンはすぐに戻って来て、手にしていた皿を炬燵の真ん中に置くと先程までと同じようにユーリの向かいに座った。


「お隣りさんに貰ったんだ」

「へー、ミカンか。…そういやオレ、今年初めてかも」

少し深めの皿に山盛りにされたミカンを見て、ユーリが少しだけ顔を上げた。


「昨日幾つか食べたけど、甘くて美味しかったよ。たくさん貰ったから好きなだけどうぞ」

山から一つを手に取って皮を剥くフレンの手つきをじっとユーリが見つめる。
一つずつ丁寧に白い筋を除いていくのを見て、『まあこいつはそういうやつだよな』と思う。
その反面、あの白い部分に栄養があるとか聞いたことがあるような、だったらそういうところは食べろと言いそうなのに、と考えていると、視線に気付いたフレンが手を止めた。


「何?食べたいの?」

「………へ?」

「じゃあ、はい」

「………………」


目の前に差し出された一粒を暫し凝視して、ユーリは仕方なしに口を開ける。どうせ、何か言っても切り返されてしまうだけだ。やっと暖まってきたばかりの両手を出すのも億劫だった。
何より、勝ち誇ったようにも見える笑顔が何となく気に入らない。
少し、からかってやろうと思った。

顔を傾けてフレンの指先に食いつき、わざと軽く舐めるとその指先が小さく震えたのがわかって思わず笑いが込み上げる。
口を離しながらちらりと見上げたフレンは、僅かに眉を寄せてどこか憮然とした様子だった。


「ん、確かに甘くてうまいな。…どうした?フレン」

「…別に」

一言だけ呟いて再び黙々と筋を取る姿を黙って見つめ、綺麗になったところを見計らって今度は自分から口を開けてみた。


「あ」

「……何やってるの」

「一つじゃ足りねえ」

「随分可愛らしいことをしてくれるね。まるで餌をねだる雛みたいだ」

「何とでも言え。…ほら、早くくれよ」

「…じゃあ、僕も親鳥の真似をしないとね」

「あ?」

言うが早いかフレンは手にしていた一粒を自らの口に放り込み、すかさずユーリの顔に両手を伸ばすとしっかりと掴んで上向かせ、驚くユーリの瞳を見据えたまま唇を重ねた。


慌ててユーリが両手を引き抜き、フレンの肩を押して逃れようとするが一層強い力で引き寄せられてしまう。
強く押し付けられたまま、更にフレンの舌先がユーリの唇をなぞる。擽ったくてほんの僅か開いた部分から一息に舌が侵入し、同時に口の中に押し込まれた柔らかいものの感触にユーリが眉を寄せた。

口の中いっぱいに広がる甘酸っぱい味も、フレンの舌で掻き回されて味わうどころではない。なかなか飲み込む事も出来ず、唇の端に薄い橙色が滲んでユーリから鼻にかかった苦しげな吐息が漏れた。


「んンっ……!!ん、ん――!!」

「…ふ…」

漸く唇が離れても、フレンは身を乗り出したままユーリを離そうとはしない。至近距離で見詰める蒼い瞳に、ユーリは僅かに背筋を震わせた。

恐怖などである筈もない。
『期待』を感じる自分に、少しだけ呆れていた。


「…普通に食わせろよ」

「餌付け、ってこうやるものだろう?…まだ足りない?」

「いや、もう充分」

「そう……ねえユーリ、人間の三大欲求って知ってる?」

「……何だよ、急に……食欲と…何だっけな、ッて!!」

向かい合ったまま顔に添えられていたフレンの両手がユーリの肩を掴み、力が込められたと思う間もなく横向きに引き倒されて反射的にユーリは固く目を閉じてしまった。

再び開いた先にはやはり視界いっぱいにフレンの顔が映し出され、ユーリは『やれやれ』といったふうに息を吐くしかない。


…口元が微かに笑みを浮かべていた。


「三大欲求はね、ユーリ」


耳元にかかる息にユーリが身じろぐ。


「食欲と、睡眠欲…あと、性欲だよ」

「…それで?」

「君の食欲は満たされたかもしれないけど、僕は何一つ満たされてないな」

「オレだって足りてねえよ」

「…誘ったの、君だから」




だから容赦しないよ、と囁けばゆっくりと閉じられた瞼にフレンが口付ける。


(…ちょっとからかうだけのつもりだったんだけどなあ…)


まあこいつに喰われるならいいか、と思ったユーリの身体に、心地好い暖かさが重なった。




ーーーーー
終わり

どっちもどっち!後(※)

続きです。
裏ですので閲覧にはご注意下さい。








「…まだ、余裕ありそうだな」

肩で息をするユーリの上から意地悪く言うと、恨めしげな視線だけがフレンに向けられた。顔を動かす『余裕』はないようだ。涙と、半開きの口元から零れた涎で色を濃くしたマットが僅かに覗いた。

掌に受けたユーリの精液を後ろに塗り込むと、びくりとユーリの身体が揺れ、瞳が見開かれる。
口を開いて何か言いかけたのが見えたが、フレンは身体を起こしてズボンの前を寛げるとユーリの尻を両手でしっかりと掴み、白濁で濡れるその場所へと一息に自分自身を突き入れた。




「あ、うンああァあ!!!」

イったばかりなのにすぐさま強烈な刺激を与えられて、堪らずに声を上げた。まだもう少し待ってくれ、と言うつもりだったのにフレンはわざとそれを無視したようにしか思えない。

自分の出している筈の声を、ユーリはいつも誰か別の人間のものなんじゃないか、と思いながら聞いていた。
フレンに抱かれるようになって初めて自分がこんな声を出す事を知ったが、今でも慣れない。

だからあまり声を出したくないのだ。もちろん、場所が場所だから聞かれては困る、という場合も(不本意ながら)多い。それでも最近は、抵抗なく声を上げる事もあった。ぐっと我慢して堪えるより、肉体的にも精神的にも楽だと気付いたからだ。
声を抑える必要のない場合、自分で耳を塞ぎたくなるような甘ったるい喘ぎは比較的少ないような気がしていた。全くない、とは言わないが。

無理をして抑えようとするから、不意に強い刺激を受けるととんでもない声が出る。
だがフレンはユーリが必死で堪えている姿や、普段とまるで違う高い響きの嬌声を好きだと言って憚らない。ユーリが堪えようとすればするほど、フレンの責めは執拗で予測のつかないものになり、結局は陥落させられてあとはもうされるがまま、というのが常だった。
悔しいと思うが、どうしようもない。冷静に考える事の出来ないこの状況で、ずっと我慢し続けるのはもう、無理と言うものだ。

「ッあ、はぅ、ん、くァ…あ、あッッ!!」

「ユーリ…っ、なんか、それ…いやらしい、な……」

「んンう!な、に…言って、ッッはああぁ!」

ガツガツと叩きつけるような激しい責めに、声も途切れがちになる。いやらしい、とはどういう事なのか。

少し不安定な跳び箱にしがみつくような格好で、後ろからフレンが腰を打ち付ける度に身体が前に押し上げられるような感じだ。その度に自分の性器が跳び箱の本体に擦れて、正直なところ気になっている。
別に気持ちがいいわけではない。時折先端が当たると痛いので、無意識のうちにそれを遠ざけようと腰が引け、尻を高く掲げてフレンに押し付けるような姿になっていた。

…もしかすると、いやらしいというのはこの格好のことか。
自分の姿を想像して、一気に顔に熱が集まるのを感じた。

「……………ッッ!!」

「…どう…したの?」

「う…ッ、あ、く…」

何でもない、と言ってやりたくてもうまく言葉が出ない。フレンの動きは全く容赦がなくて、しかも一点を的確に抉って来るから堪らない。もう、声は抑えられなくなっている。こうなれば、後は早く解放して欲しいだけだった。
膝がガクガクと震える。
腰はフレンによってしっかりと固定されているが、もう自力で上半身を支えるのが辛い。


「は……ッ、あ…ふ、フレ…ン…!」


名前を呼んだら、何故か頭の芯が、じん、と痺れた気がした。


(あー―――もう、どっちでも、いいや――)


埃っぽい空気を忙しなく吸い込んでは吐き出し、だんだんと考えるのが面倒になってくる。
そう、どちらでもいい。
自分はフレンの事が好きで、フレンになら抱かれてもよくて、フレンとだったら、どちらでも―――


だから今は、もっとフレンを感じたいと思った。


「あ、も、…い、…ッく…」

「…ッ、ユー、リ、っちょ、キツ……っっ!!」

くぅ、と切なげな声を漏らしたのはフレンだった。締め付けが急に強くなって、ユーリの腰を掴む手に力が入る。指の食い込んだ肌が白く、痛々しい。


「もう、イき、そ……ッ!っ、だか、らぁ………!!」

「ゆ、ユー、リ……?」

舌足らずな声にフレンは困惑気味のようだ。行為に夢中になって甘い声をさんざんに上げることはあっても、ユーリが積極的に話し掛けて来ることは少ない。
以前、ユーリの家でした時は少々特殊な状況だったので、随分とユーリも饒舌であったが。


肩越しにフレンを見るユーリの瞳は、しっかりとフレンを捉えているのにどこかぼうっと蕩けて潤みきっている。息を呑んで喉を鳴らしたフレンには、隠れて見えない筈のユーリの口元が笑みを浮かべたように思えた。

「は…ッ、やく……ぅ、イか、せろッッ、て!!」

「う………、っくぁ、……っの…!!」

「あ………!?」

意図的に込められた力で一層強く締め付けられて一瞬動きを止めたフレンだったが、それならばと強くユーリの腰を引き付け、また抉るように突き上げた。

射精感を何度もやり過ごし、幾度めかの突きでユーリが身体を大きく震わせて背を反らした時、フレンもユーリの中に全てを注ぎ込んで荒い呼吸を繰り返すばかりだった。







「あー…シャツがシワだらけだ」

「………………」

「こりゃあもう、戻っても客の前になんか出られねえな。…ってか、今何時だ?」

「…もう、午後を過ぎてる」

「ふうん。…ところでおまえ、なんでそんな不機嫌そうなツラしてんだよ」

「別に、不機嫌なわけじゃ」

「んじゃあなんなんだよ」

「…いや、……」

見上げたフレンは微妙な表情のまま、ユーリをじっと見つめてその頬を撫でた。

行為の後は暫くユーリが動けない。フレンは積み上げられたマットレスに寄り掛かって座り、投げ出された脚をユーリが枕にしている。妙にすっきりした様子のユーリとは対照的に、フレンはどこか思案顔だ。

「…なんだか、途中から様子が変わったな、と思って」

「そうか?どのへんから?」

にやにやしながら聞くユーリに、フレンは眉間の皺を深くする。
…何か、面白くなかった。

答える代わりにユーリの頬を軽く摘んでやったら、ユーリは大袈裟に顔を顰めてその手を払い除けた。

「何すんだよ!」

「どうして君のほうが余裕ありそうなんだ。いつもはもっとこう、切羽詰まったような感じなのに…」

「………なんだそりゃ。オレに余裕があったらダメなのかよ。おまえ、どんだけSなんだ」

「そんなことないと思うけど。…もしかして、外でするのに慣れた?」

「……」

呆れたように溜め息を吐いて睨みつけるユーリの頬にもう一度手を伸ばし、今度は優しく撫でて言った。

「困ったな…お仕置きのつもりだったのに。反省してもらえないんじゃ、意味ないじゃないか」

「…どこまで本気だ?つか、丸っきり変態だな。お仕置きとか言ってんじゃねえ!おまえこそ、アシェットにまでつまらねえ嫉妬してんなよ!!」

む、と頬を膨らますフレンを見ていると、早くも先程の考えを改めたくなる。


フレンになら、抱かれてもいい、と思った。
その事自体は別に、今になって急に思い付いた訳ではない。むしろ、最初からそうだった。
今日の事は、確かに自分が悪かったと思う。だが、そもそもどうして素直にフレンを待つ気にならなかったかと言えば、それはやはりフレンのせいだからと言いたくなる。




「…やっぱ、オレばっかって不公平じゃね?」

「いつも僕からばかりって、不公平だよな…」


同時に呟いて、顔を見合わせる。


「何が不公平なんだよ」

「…君のほうこそ」


今度は同時に黙り込んだ。


「…とりあえず、アシェットに謝っとけ、オレもついてってやるから」

「ついてって何……なんで僕まで?むしろ一発殴ってやりたいぐらいなんだけど」

「あーもう!!まだ時間あんだろ!今から付き合ってやるからなんか食いに行こうぜ!!」

「そうだね……」

勢いよく立ち上がったユーリだったが、やはりまだダメージが残っているのかふらついている。

「う、お………っ」

「ユーリ!!」

歩き出そうとしたところで膝から崩れ落ちそうになったユーリを、後ろからフレンが支えた。今度は、しっかりと。

「危ないな、やっぱりもう少し休んだほうがいいよ」

「…………」

「ユーリ?」


振り向いて仰ぎ見たフレンは、本当に気遣わしげな表情をしている。

(裏の顔、なあ)



何が裏で、表なのか。

自分にだけ見せる表情が果たしてどちらになるのか、気にしているのは二人とも同じだと言えるのかもしれない。




ーーーーー
終わり

どっちもどっち!・中(※)

続きです。
裏ですので閲覧にはご注意下さい。





もう一度ユーリを探して校内に戻ったフレンだったが、今度はすぐにユーリを見つける事ができた。
アシェットと共にいるのを見た、と教えてくれた生徒がいたので、もしかしたらという思いで屋台の並ぶ辺りを見に行けば、困り顔で佇むユーリの姿があった。
すぐ隣にはアシェットがいるが、何より二人の周囲の状況に呆れて脱力する。


どういう訳だか、二人は複数の女性に囲まれていた。
服装からすると一般客や他校の生徒まで様々なようだが、皆一様にはしゃいだ様子でユーリにしきりに話し掛けている。隣に立っているアシェットには見向きもせず、徐々に輪の外へと押し出されて行くアシェットに何か哀れなものを感じるものの、それもほんの一瞬で怒りへと変わった。

ずんずんと大股で近付いて来るフレンの姿に気付いたユーリは慌てて一歩下がるが背後の人垣(と言う程でもないが)に阻まれて動けず、半ば諦めたように肩を竦めてフレンを見返し『お手上げ』のポーズを取る。その手にはしっかりとクレープが握られていた。すぐ隣の屋台で買ったのだろうか。


「ユーリ!!」


周囲の視線が集中するのも気にせずに鋭く名前を呼ぶと、いよいようんざりとした様子でユーリがそれに応える。

「……デカい声で呼ばなくたって聞こえてるっての…」

「何してるんだ、こんなところで!」

「…屋台見に来たら駄目なのかよ」

「…っ!そうは言ってない!君も自分のところの役割があるだろ!殆ど教室にいなかったらしいじゃないか!!」

「ちょ、おいフレン、押さえて押さえて!」

フレンの剣幕に圧されて一人、また一人とユーリの周りから去って行く女性達に目もくれない二人とは対象的に、アシェットだけがおろおろと視線を彷徨わせていたが、それでも二人を仲裁しようとするあたりに彼の人の好さが窺える。しかしそれは、言い換えると『貧乏クジを引きやすい』という事で。

「……なんで君がユーリと一緒にいるんだ、アシェット」

鋭く睨まれて固まるアシェットの隣で、ユーリが深々と重い息を吐いていた。

「いや、あの…まあ、ちょっと抜けよう、って言っ」

「ユーリ、戻るよ」

言うが早いかユーリの腕を取って引き摺るようにしながらその場を去ろうとするフレンに、何故かユーリは抵抗らしい抵抗をしない。

食べかけのクレープを押し付けられて驚くアシェットにひらひらと手を振って見せるユーリの姿に、アシェットだけではなく周りにいた生徒らも意外、といった様子だった。




屋台の並ぶ校庭を抜け、校舎脇までやって来ると人影もだいぶ少ない。

「…いい加減離せよ」

「………………」

「悪かったって!」

「なんの事?何に対しての謝罪なんだ、それ」

「…昼メシの約束してたのに待ってなかったからな」

「それだけ?」

腕を掴んだままでじっと睨むフレンに、ユーリは言葉が返せない。

「…そんなに思い当たる事があるのか?」

「は!?別にそんなんじゃ……!!」

「……」

腕を掴む力が強くなる。無言でまた歩き出したフレンに焦ったのはユーリだ。
このパターンはまずい。

「おい、離せよ!悪かったってば!またどっか連れ込む気じゃねえだろうな!?」

思わず、というか、つい口から出た言葉にフレンが足を止めた。ゆっくりと振り返ったその笑顔に、ユーリは背筋が凍りつく思いがした。

「…『どこか』?どこかって、何処だい?僕はただ、普通に僕らのクラスに戻って今からでも昼ご飯を食べようと思ってたんだけど?」

「んなっ………!!」

「ユーリ、何を考えてたんだ?」

何、と聞かれても答えられない。というか、言いたくない。ちょうど、少し前にこれまでのフレンの『所業』を思い返していたので、つい口をついて出てしまったのだ。

「なんでもねえよ!き、教室戻ろうぜ!」

「………やめた」

「な、ん」

「そういうの、期待してるんだ?だったら………」

「う、むぅ!?」

素早く辺りを確認したフレンに腕を引かれてキスをされ、全身の血液が冷えるような錯覚に陥る。
ここはまだ校庭の片隅で、人気がないとは言え遮る物もない。

「…………ッッ!!」

がしゃん、という音と共にそのまま背後の壁へ押し付けられ、後頭部をぶつけた時に上がったコンクリートの壁では有り得ないほどやかましい音に驚いているユーリを更に『壁』と自分の身体で挟み込むようにしながら、唇を離したフレンがズボンのポケットから何かを取り出した。
ちゃりん、と軽い音を立てた何かが視界の端に一瞬だけ映るが、それが何であるかは判らなかった。

「お、い…!」

「ユーリ、動くな」

「は……」

フレンは身体を密着させ、ユーリの肩に顔を乗せて何やら下のほうでごそごそと手を動かしている。
まさか本当にこのまま、と思った瞬間に腰のあたりから軽い音が響き、同時に『壁』が勢いよく左右に開かれた。支えを失ったユーリが背中から倒れ込むのをフレンは助けるでもなく、尻餅をついたユーリが顔を上げた時に見たのは後ろ手に扉を閉めて自分を見下ろすフレンの姿だった。


薄暗いその場所を見回すと、畳んで積み重ねられたマットレスやパイロン、ハードル等の他、跳び箱やライン引き等が置いてある。
一瞬で場所を把握し、ユーリが苦虫を噛み潰したような顔をした。

ここは体育用具室だ。
壁だと思っていたのは入り口の扉だった訳だが、それにしてもまたベタな場所に、と思わざるを得ない。フレンの背中だけ見ていたせいで、周りなど見えていなかった。


先程と同じ軽い音が響く。後ろ手のまま、どうやらフレンが鍵を掛けたようだ。


「ユーリ、大丈夫か?」

「おまえ…支えもしなかったくせによく言うぜ…」

「ああ、ごめん。ほら、立てるかい?」

「痛って…!」

フレンが手を伸ばしてユーリの腕を取り、半ば無理矢理立たせる。ほぼ同時に、ユーリの口から小さな悲鳴が上がった。


「う、わッッ!!」

ぐるっと身体を回転させられて、思わず抱き付いたのはさっきも見えた跳び箱だ。固いマットに鼻を擦り、少し黴臭い。間髪を入れずに伸し掛かられて呻くユーリの耳元でフレンが囁いた。

「…お約束すぎて、何だか笑ってしまうな」

「てめ……!何で鍵なんか持ってんだよ!!…あ、ちょっ…、触んな!!」

「見回りをするのに必要だから、今日だけスペアを預かってるんだ」

「ふざけ…ッ、やめ、脱がすな!!」

跳び箱にユーリの上半身を押し付け、体重を掛けて押さえ込む。左手で腰を抱えるようにしながら右手でベルトを抜き去り、ユーリのスラックスと下着を器用に下ろすと曝された尻をするりと撫で上げた。
ひ、と小さく声を漏らすユーリの耳の中に舌を差し入れると更に身体を震わせる。
固く瞳を閉じた表情を見つめていると、身体の芯が熱を持つのをフレンは感じていた。

「…ユーリが悪いんだ、いつも…」

いつも、求めているのは自分だけなのか、と思ってしまう。そうではないとわかっていても、どうしても。
少しは罪悪感があるのか、今日のユーリは大人しい。
…それとも、抵抗しなければすぐに事が済むと思ってのことか。

「うァ………ッく」

外気に曝されて少し冷たくなった尻を掴んで掌全体にに力を込める。中心部分に触れた指先を押し込もうとして、ユーリの苦しげな声に動きを止めた。

ユーリと身体を合わせるのは久しぶりだ。本来、性行為に使う場所ではない『そこ』はきつく閉じていて、このままではフレンを受け入れるのは難しいだろう。
だがそれも、ここに触れる事が出来るのが自分だけだと思えば喩えようのない悦びになる。それでも敢えて意地悪く囁けば、ユーリは一層身体を固くして悔しそうにマットに顔を埋めて呻いた。


「ユーリが、抱かせてくれないから」

再び指を動かし、押し拡げるように指の腹で丹念に捏ね回す。

「んンッ…!」

「…時間を掛けないと、入れるのは無理みたいだ」

「あ、…ッ、ぐ、ぅ……!!」

指先が少しだけ入った。だが、そこからなかなか進まない。

腰に回していた腕をずらしてユーリの腹を撫で、更にその下で緩く頭を擡げている性器に触れると、それだけでユーリの全身が大きく震えた。

「あれ…ユーリ、感じてるのか?」

「あ、ア!!……ッッふ…!」

「…濡れて来たよ」

「っく……!!」

いちいち言うな、と言いたいのだろう。マットに埋めた顔を僅かに浮かせて懸命にフレンを見ようとする瞳には涙が浮かんでいる。

いつもユーリは行為の始めには声を抑えようと歯を食いしばり、きつく目を閉じるが、毎回その表情がどれだけこちらの加虐心を煽るか理解しているのだろうか、と思う。
別に、肉体的に酷い事をしようとは思わない。だが、フレンはその表情を崩した『先』を見るのが堪らなく好きだ。
それでも少し手つきが乱暴になるのは仕方ない。何せ、今日は約束をすっぽかされそうになった挙げ句、自分以外の誰か(よく知ったクラスメイトではあるが)と共にいるところを見つけてしまった。

「一緒に回るの、諦めてたんだ。なのに…」

「はッあ、ふぅ…ッッん、だ…っから、悪かっ……!?あ、あァッ!!」

後ろに入れた指を少しずつ押し進めながら、同時に前も刺激する。
溢れ出す先走りを絡めて上下に動かし、時折濡れた掌で後ろを撫で付けて湿り気を与えてはゆっくりと撫で付ける事を繰り返していくと、次第に柔らかくなる肉の感触を確かめつつ更に奥まで侵入させた指がとうとう根本まで埋まった。

「…やっと、一本だね」

「ぅく…う、おまえ、なんなんだよいちいち……っ!!」

「長いことしてないと、どれだけ大変か知ってもらおうかと思って」

「な、長いっ…て、たかが一ヶ月てい、ど……あ、あア!!」

ユーリが上体を大きく反らせ、高い声を上げた。しがみついていた跳び箱が大きな音を立て、辛うじて崩れるのは避けたが不安定な状態で軋む音が聞こえる。

全て埋めた内側で、人差し指の先だけを曲げてぐにぐにと押す。ユーリが声を上げたのは、一度『イイ場所』に当たったからだ。
確かめるようにもう一度軽く押すと、ユーリが小さく息を詰める声を漏らした。

「っ……!う、く!!」

「ユーリは、ここがいいんだよな…」

「んぅ、ッ!んなの、オレだけ、じゃ……!!ッア…!!」

「そう?」

「くっ……そ、だっ…たら、おまえにもし、てや……ッッんンああぁ!!」

「…僕は遠慮するよ」

『イイ場所』であるところ、つまりユーリの前立腺を強く押す。面白いほどに身体を跳ねさせ、嬌声を上げるユーリに覆い被さるようにしながら耐えず刺激を与え続けるフレンだったが、頬を紅潮させ、額に汗を浮かべてしきりに喘ぐユーリを見て少しだけ考えてみた。

ユーリの言う通り、何もそこはユーリだけが感じるという場所ではない。およそ殆どの男性にとって、最も強烈な快楽を得られる場所と言っていいだろう。
それでもやはり、排泄器官に直接指やらを入れられるという経験はなかなかあるものではない。フレンも、興味はあるが自分がされたいとは思えなかった。

何より、ユーリの表情を見ていると『自分もあんなふうになるんだろうか』と思ってしまう。以前、ユーリが攻め手側まがいのセックスをした事があったが、色々と集中できなかった記憶しかない。快楽と羞恥に耐えるユーリを見るのは好きだが、その逆を考えると微妙な気分になる。


「僕は、気持ち良さそうにしてるユーリを見たいんだ。だから…」

拡げた後孔に指を二本増やした。まだかなりきつい。しかし、これが無理ならとても自分自身のものを入れるなどできないので、ユーリにも慣れてもらうしかない。

「う、あ、ア……ッッ!!」

「余計なこと、考えなくていいよ」

「んあァあ!っや、あ、だ……ッッ!!」

ぐちぐちと粘つく音を立てるようになった場所を指で掻き混ぜ、例の場所を強く擦り上げた瞬間、前を握っていた掌に脈動を感じてフレンはその先端を包むように指を滑らせた。

薄暗い体育用具室の中に、くぐもった悲鳴が上がる。
声を聞かれるのを恐れたユーリが、顔をマットに強く押し当てて苦しげに息を吐いていた。


ーーーーー
続く

どっちもどっち!・前

ヴェ学プチオンリー記念、学園祭のお話です。





「どこに行ったんだ、全く……!!」

学園祭で賑わう校内を駆けずり回ってユーリの姿を捜し、結局会えずに戻って来た生徒会室で、フレンは壁を殴りつけていた。

ネクタイが苦しい。
外してしまいたかったが、父兄や他校の生徒も来ている手前、示しがつかない。喉元を少し緩めて溜め息を吐けば、一気に疲労感に襲われてフレンは傍らの椅子に座り込んだ。
パイプ椅子が軋む音が耳障りで、ますますフレンの表情が厳しくなる。


「…本当に…どうして大人しく待ってられないんだ」

ユーリとは、昼になれば一段落するから一緒に何か食べよう、という話をしていた。ユーリは微妙な反応を示したが、本当は二人で色々と回ってみたいぐらいだった。それが無理だからせめて、と言ったのに、いざ教室に戻ってみればユーリの姿はどこにもない。クラスメイトに聞けば、ろくに顔を出していないという。

一体どこに行ったのかと思いながら、フレンは誰もいない生徒会室でぐったりと椅子に身を投げ出していた。



今年の学園祭で、自分達のクラスではカフェをやっている。ある意味定番で人気の模擬店は他のクラスからも出店希望があり、それ以外のクラスが五名ずつ代表者を決め、その生徒による投票という形で最終的にフレンとユーリのいるクラスに決まったという経緯があった。

決め手はたった一つ、二人のギャルソン姿が見たい、という理由だったかららしいというのは後から聞いた。男子生徒にとってはどうでもよい事のように思えるが、何故かそこそこ票が入っていたらしいので不思議だった。だが、もし自分が投票するならやはりユーリのクラスにしただろうと思う。

だがフレンは生徒会長として学園内の見回りやトラブルの対応という役目があるため、模擬店には参加していない。その事を知った女子生徒の落胆ぶりは凄まじいものだったが、こればかりはどうしようもなかった。


「なんだ、おまえはやらねえのかよ」

「君までそんな…残念だけど、仕方ないよ」

「おまえのコスプレも見たかったけどな」

「コスプレじゃないだろ…そんな話も確かに出てたけど」

クラス会議で企画を募った際、メイドだの執事だのと言ったいわゆるコスプレカフェをやりたい、という案も出ていた。
意外にも生徒の大半はコスプレに好意的でフレンも驚いたものだったが、やはり男女で意見が分かれるのと、やりたくない者に無理強いさせるのはよろしくない、という事で無難に普通のカフェに決定したのだった。


「何にしろ、面倒臭えったらねえよ。なんでオレ、接客する側?まだ作る側のがマシだぜ…」

うんざりした様子で文句を言っているユーリを見てフレンが苦笑する。

「君が接客してくれるカフェがあったら、毎日通うかもね」

「へっ、よく言うよ」

「本当だよ。見回りついでに寄れたらいいんだけど」

「…ま、おまえはおまえの仕事するんだな。運が良けりゃ来れるだろ」

「運、ね…。ねえユーリ、その時は昼ぐらい一緒に食べないか?それぐらいの時間は作れると思うし」

「一緒にって、どうすんだよ。当日は屋上も立入禁止なんだろ?」

部外者が来校するため、校内はあちこちに立入禁止になる箇所がある。普段解放されていて、多くの生徒が利用する屋上もその対象だ。

「別に屋上じゃなくても、自分のクラスでいいだろ?可愛いギャルソンもいるんだし」

フレンの言葉にユーリが鼻を鳴らす。

「へー…、誰の事だそりゃ。つうか何でおまえにオレがなんかしてやるみたいな流れになってんだ」

「だって、せっかくの機会だし」

「……当日に覚えてりゃな」



そんな話をユーリとしたのが、学園祭のクラス出店が決まった今から二ヶ月前のことだ。夏休み明けから本格的な準備に入って今日を迎えた訳だが、ユーリはとにかく気乗りしないようだった。

ギャルソンの制服に着替えたユーリは普段より少し大人びて、すらりと長身なスタイルが強調されていた。
普段ハーフアップ気味に纏めている髪の毛も後ろで一つに結び、全体的にすっきりとした印象だ。真っ白なシャツと黒のベスト、同じく黒のスラックスのコントラストはまるでユーリの肌と髪を思わせて、ぼうっと見つめていたら視線に気付かれ、鋭く睨まれてフレンは仕方なく顔を逸らすしかない。

似合っている、と褒めたのにユーリは終始仏頂面で、あっという間にタイを外して衿元を緩め、袖を捲って『いつも通り』のスタイルにしてしまった。

ユーリらしいな、と思いながらも一応型通りの注意だけはして、その時に昼食の話を改めてきっちりしておいたのに、何故。


ただでさえ、学園祭の準備期間中は生徒会の仕事が忙しくてあまり会えなかった。
いや、同じクラスだから毎日会ってはいるが、要するに『共に過ごす』時間がない。こういう時、ユーリからは何のアクションもない事に慣れつつあるのがフレンは面白くないのだが。


「……もう一度、探しに行くか……」


鞄はまだ教室に置きっぱなしだった。屋上にも行ってみたが、鍵はしっかりと掛かっていた。それでも念のために確認してしまったが、やはりそこにユーリの姿はなかった。

そんなに接客が嫌だったんだろうかと思いつつ、立ち上がって一つ息を吐く。
とにかく、このままここにいてもユーリが来てくれる可能性は低い。心当たりをもう一度捜そう、と気合いを入れたい気持ちと、どうしていつも自分ばかりがと思うほんの少しの苛立ちを抱え、フレンは生徒会室を出た。

扉を閉める手に力が篭って、廊下に響いた音に驚いて振り返った生徒の姿は全く見えていなかった。







「なー、そろそろ教室戻んなくていいのか?」

背後から掛けられた間延びした声に、ユーリは足を止めて振り返る。

「なんだよ…おまえだってたりー、って言ってたじゃねえか。オレ、おまえに付き合ってやってんだろ?」

「ええー!?俺はただ、ちょっと抜けよう、って言っただけじゃんか!」

「行くとこ行くとこ、女に声掛けまくっといて何言ってんだ。ナンパに付き合わされんだったら教室で大人しくしときゃよかったぜ…」

廊下の壁に寄り掛かると、ユーリは『はああぁぁ』と盛大な溜め息を零して腕を組む。
追い付いたアシェットもその隣に並んで壁にもたれ、こちらもやはり溜め息を吐いた。

尤も、前者はどうでもいい事に付き合わされて自分の行きたかった模擬店に未だ辿り着けないことへの呆れと空腹による肉体的な疲労、後者は悉くナンパに失敗した事による精神的なダメージの蓄積による疲労だったので、意味合いは全く異なる。

「もー…、おまえ連れて来んじゃなかったぜ。失敗した!」

「あのな……」

「だってさ、みんなおまえしか見てねえじゃん!声掛けてんの俺だぜ?おまえ後ろでつまんなそうにしてるだけなのにさ」

「知るかよ!オレはさっさと屋台回りたいんだっつってんのに、いちいち立ち止まって手当たり次第に声掛けやがって…」

「何言ってんだよ!学園祭っていやナンパだろ?女の子と知り合うチャンスじゃねーか!!」

「……おまえ、毎年同じこと言ってるよな」

「仕方ないだろー彼女欲しいんだからさー!!」

「…………………」

いつの間にかユーリの正面に立ってぎゃあぎゃあと騒ぐアシェットの後ろを、くすくすと笑いながら他校の生徒と思われる女子グループが通り過ぎて行く。そのうちの一人と目が合ったが、すぐにユーリは視線を逸らした。

フレン同様、入学時からずっと同じクラスであるアシェットとは時折こうしてつるむことがあった。最近では専らフレンといる事のほうが多いので、フレン以外の誰かと二人で行動するのは久しぶりだ。

(それもどうなんだ、って話だよなあ……)

ぼんやりと考えながら窓の外へと視線を移すと、カップルと思しき男女が楽しそうにはしゃいでいる姿が目に映った。


別に羨ましいと思う訳でもなければ、彼女が欲しいと思う訳でもない。

が、それとは別に思うところはある。

今の自分とフレンの関係だと、どう考えても自分が『女役』、つまり彼女の立場ということで。

「彼女……」

思わず口に出してしまって、更に『うげ』と小さく呻く。
そもそも男同士なのだから、その辺りの括りにこだわる必要もないのかもしれないが、一応『男役』『女役』を表す言い方があることぐらいは知っていた。そして、自分は間違いなく後者だ。
嫌な訳ではない。そっちのほうが合ってんのかな、と思わないでもなかったが、やはり男としては受け身ではないほうをやってみたい、という気持ちもあった。だがフレンはそれを嫌がるし、自分も無理をしてまで、とは思わない。

だが、自分が攻め手に回った時の事を考える場合の相手もフレンであり、女性が対象になっていない事に気が付いて自分自身に呆れてしまった。別に、男が好きな訳ではないのに。


「…まあ、今さらなんだよなあ…」

また、ぽつりと呟く。

「何が今さらなんだ?…そういやユーリは好きな子とかいないのかよ」

「…どうだっていいだろ」

「良くねーよ!おまえとフレンがフリーなせいで俺らは迷惑してんだからな!」

「意味分かんねえんだけど。んな事より、いい加減オレのほうに付き合えよ」

「んーまあそろそろ何か食いたいかもなあ。じゃ屋台見に行くか、外にも女の子はいるしな!」

「…もう別行動でいいか」

一人であちこち行く気にならなかったのでアシェットの誘いを受けたが、結局無駄に時間ばかり食って一向に校舎から出られない。飲食物の屋台の殆どは校庭にある。

「あ、待てよ!俺も行くって!」

既に歩き出したユーリの後を、アシェットが慌てて追いかける。ナンパの邪魔だと言うならどうして自分について来るのか、と思うユーリだったが、アシェットのような『普通の』クラスメイトとつるむのはフレンと共に居るのとはまた違い、はっきり言って気が楽だ。特に、不特定多数の人間が集まるような場所ではそうだった。

これが普通の男女だったら、むしろここぞとばかりにいちゃついたりもするところなのかもしれない。だが、いくら自分とフレンの関係が既にただの幼馴染みではないとは言え、それを第三者に知られたいとは思っていないユーリとしては、逆にこのような賑やかな場では普通の友人として振る舞いたい、というのが本音だ。でないと、素直にイベントを楽しめない。

フレンにはあまりそういったところが見受けられなかった。
自分達の関係がバレてもいい…とまでは思っていないようだが、それにしてはギリギリの行動を取ったりするように思えた。

いつ誰が来るか知れない教室、何処から見られているかわかったものではない屋外の公園。
すぐ目の前には知り合いがいるかもしれない祭り会場の裏薮や、あろうことか満員電車の中、なんてこともあった。

冷静になって思い返すと冷や汗が出る。よくもまあ、今まで気付かれずに済んだものだ。

(ヤロー同士、ってのを抜きにしたって、普通じゃねえよなあ…)

深刻に悩んでいるわけではないが、たまに思い出して頭を抱えたくなる時がある。今またこんな事を考えているのは、今日もフレンから昼食を共にしようと言われたからなのかもしれない。
フレンは自分の姿を見て、妙に落ち着きのない様子だった。浮かれて誤解を招くような事を口走りはしないか、不安で仕方ない。本当なら教室で待っていてやるべきなのだろうが、はっきりと時間を決めた訳でもないし、何より客としてやって来る女性達への対応が煩わしい。じっとしていたくなかった。


「フレンがもうちょっと、節操を持ってくれりゃいいんだけどなあ…」

「…何言ってんのおまえ、フレンなんてガチガチの堅物だろ?何、それともあいつ、裏の顔かなんかあんの!?」


裏の顔ならあるかもしれない。


そう思いつつ、無意識に呟いた言葉に食いつかれてユーリは黙り込んだ。

「なあどうなんだよ、気になるじゃんか」

「気にすんな」

「何だよ〜…つかおまえ、最近独り言増えたんじゃね?」

「…………」




どうやら、発言に気をつける必要があるのはユーリも同じ事のようだった。



ーーーーー
続く
▼追記
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