7/2 ちろる様よりリクエスト
フレユリでギャグです。
ユーリが酔っ払いです。







ユーリは困っていた。

はっきり言って、この場から逃げ出してしまいたい。

それぐらいには、困っていた。




ギルドの仕事は、そこそこ順調と言える。メンバーの得意分野がバラバラな為、請ける仕事も偏らない。
個々の能力が高いので、とりわけ戦闘関連の依頼においては他の同業ギルドの追随を許さなかった。
今回も魔物退治の依頼を終え、依頼主からは大変喜ばれた。

その依頼主は、目の前で爽やかな笑顔を浮かべているこの男。
幼馴染みで騎士団長、ついでに恋人という間柄の、フレンだった。

ユニオンとの折衝の為にダングレストを訪れていたフレンに依頼完了の報告をした後、フレンから酒場に行かないかと誘われた。
こんなことは初めてだ。理由を聞けば、君と差しで飲んだ事がないから、という、至極真っ当な答えを返された。


賑やかな酒場の端のほうのテーブルに、差し向かいで座るフレンは何故かやたら嬉しそうだ。

「…なあ」

「どうしたんだい、ユーリ」

「なんでまた、いきなり飲もうなんて言い出したんだ」

「君と二人で飲んだ事がないから、って言ったよね」

「本当にそれだけか」

「酔った君も見てみたいなあ、と」

「…………」

やっぱりかこの野郎。
ユーリは内心で舌打ちした。

恋人のほろ酔い姿が見たい、と言えばまあ可愛らしいが、どうせ酔わせてあんな事やこんな事をしようとか妄想しているに決まってる。フレンはユーリが酒に弱いと考えているようだった。
そしてそれは当たらずも遠からずで、ユーリは極力、飲酒を強いられるような機会を避けていた。

何故なら、飲むと完全に記憶をなくすからだ。

二十歳になった頃、一人で酒を飲んだ事がある。その時は自分の部屋のテーブルで、ほんの一口ワインを飲んだだけだった。
なのに目が覚めた自分は床に全裸で転がっていて、部屋はまるで強盗にでも入られたのかといった有様だった。
数少ない調度や衣服の散乱する中、まさか誰かに薬でも盛られて何かされたか、と青くなったが、幸いにしてそのような形跡はなかった。この場合の『誰か』なんて、一人しかいないが。

ともかく、どうやら自分は激しく酒に弱いらしいという事を自覚した。そしてそれ以降、酒には手をつけていない。
下戸の甘いもの好き、とはまさに自分の為にある言葉だと思っていた。

ちなみに、菓子に酒が入っていても酔わない。なんでだ。


ユーリは黙って、目の前のグラスを見つめた。淡い桃色の液体の中で、炭酸の泡が弾けている。よく冷えているのだろう、グラスについた水滴が流れて、テーブルの木目に吸い込まれていった。

「…これは?」

「ピーチネクターをスパークリングワインで割ったカクテルだよ。甘くて飲みやすいし、これなら飲めるかと思って」

フレンの言葉に、ユーリの眉がぴくりと動く。
…『これなら』?

「オレ、おまえに酒の話した事あったか?」

「いや?でもユーリ、なんとなく弱そうだよね」

「…何でだよ」

「食事の時も、宴会の時も、全く手をつけないだろう?ひょっとして、あまり飲めないのかな、と」

そこまで分かってて誘ってんじゃねえ、と思うと腹が立つが、飲めないと思われて(実際そうなのだが)最初から優位に立たれるのはもっと腹が立った。
頭のどこかで鳴り響く警鐘はとりあえず無視して、ユーリはグラスを手に取るとその中身を一息に呷った。

「あ、ユーリ…」

「…甘い」

空のグラスを見つめてユーリが呟いた。












アルコール度数は低く、酒が苦手な女性にも人気のあるカクテルだ。弱くても飲めるだろう、と思ったのは本当だ。
だがいきなり飲み干すとは思わなかったので、フレンは少々驚いた。

「あ、ユーリ…」

「…甘い」

「そう?それぐらいなら飲めそう?」

「……んー……」

グラスを持つユーリの頬が、ほんのり桜色に染まる。

(…嘘だろ?こんな弱い酒の一杯で…)

「ユーリ?」

「ん?あー…大丈夫だって!それより、もう一杯くれよ…ああ、もうそれでいーや」

「え、これ普通のワインだけど」

「大丈夫だって言ってんだろ!ほら、注いでくれよ!」

ユーリは大層陽気になっていた。にこにこしながらフレンにグラスを差し出している。弱いのは確かなようだが、とりあえず言葉もしっかりしているし、会話も成立している。

(なんだ、普通に酔うんじゃないか)

少々残念な気もするが、それなら普通に楽しもう。
そう思ってフレンはユーリのグラスにワインを注ぐと、自分のグラスも顔の高さに掲げた。

「じゃあ、改めて。乾杯」

「乾杯!」

次の瞬間、フレンは目の前の光景に絶句した。



ぱりーーーーーーん!!



軽い音を響かせて合わされる筈のグラスは跡形もなく砕け散り、テーブルはワインでびしょ濡れになっている。

…え、なにこれ。
何が起きたんだ一体。

固まるフレンの前で、ユーリが可愛らしく首を傾げている。

「あれー?何だよこのグラス、脆すぎんじゃねーのー」

「あの、ユーリ」

「ああ?ほら、もう一回乾杯しよーぜ」

「う、うん」

再びワインで満たしたグラスを掲げ……

「かんぱーい!!」

「か、かん……うぅわあああっっ!?」


がしゃーーーーーん!!


またしても目の前でグラスは粉々になり、勢い余って飛び散ったワインが辺りに降り注ぐ。ユーリはモロに顔にワインを被って、顰めっ面をしている。白い胸に流れ落ちる赤いワインがいやらしい…などと思っている場合では、ない。

…周囲の視線が痛い。

「ちょっ、ユーリ!力入れすぎだよ!!何やってるんだ!!」

「あはははは。わりーわりー。なー、もっかい乾杯…」

「も、もういいよ!!それよりほら、顔拭いて!ああもう、びしょびしょじゃないか…」

割れた破片を隅にやりつつ、ユーリの顔に手を伸ばすと、その手をがっちりと掴まれる。

「いたたっ!ちょっと、離し…」

「びしょびしょーとか、相変わらずスケベだなーおまえ」

「は!?な、何言ってるんだ!!」

「なに、って。おまえがいっつもオレに言ってる事だろー?こないだもベッドで…」

「わーっ!!わーっ!?ストップ!!」

慌てて大声を出してごまかす。ここは他にも客がいる酒場だ。既にかなり注目を集めてしまっている。


…最悪だな、これ。
まさかこんな酒癖が悪いなんて。
これはもう、帰ったほうがいいかも。うん、そうしよう。部屋ならまだ、何とでも…

「フレ〜ン?…オレもう、あつい……」

「は、え、何……ちょ、ちょっとユーリっっ!?」

フレンの手首を掴んだまま、ユーリはよっこいしょ、と言いながらテーブルの上に乗り上げ、その真ん中にぺたりと座り込んだ。

「はふぅ……」

「ゆ、ユー、リ?」

気怠げな吐息が悩ましい。いつの間にやら周囲の客もユーリを凝視している。

「あちーから…脱ぐ」

ユーリが腰帯の後ろに手をやり、身体を捻ってもぞもぞしている様子につい見入ってしまい、我に返った時には遅かった。

「っあああ!!ユーリ、服!早く服着て!!ダメだって、それは!!」

「なんだよ…あついんだってば。こないだもベッドで」

「それはもういいから!!とにかく早く服を……」

するとユーリが身を屈め、フレンの鼻先に自分の顔を思い切り近付けた。

「なんだよ……おまえ、そんなにオレの裸、見たくないのか……?」

「見たいです。…じゃなくて、ここじゃダメだって言ってるんだ!!」

「ああん?なんでいちいちそんなのおまえに言われなきゃならねーんだよ!?」

「ひいっっ!?」

いきなり胸倉を掴まれ、乱暴に引き寄せられて更に間近に迫ったユーリの瞳は、完全に据わっている。

「ムカつく……だいたいおまえ、いっつも細かいことばっか言いやがってよー…」

笑っていたかと思えばいきなり服を脱ぎ、今度は絡み酒か。酔っ払い方の見本市だ。そんな事を考えていたフレンだったが、急にユーリが俯いてしまったので不安になった。胸元の手はそのまま服を掴んでいるが、力は弱くなっている。

「…ユーリ?どうし…」

「…そんなに…オレってだらしないか……?」

「…………………」

この状況でそんなこと言われても。
思わず見渡した周囲では、客がみな一様にうんうんと頷いている。そりゃそうだ。だらしないというか、みっともないったらない。

「えー…と、ユーリ、とりあえず、服を…」

「そーだよな…こんなだらしないやつのことなんか、もう嫌いになったよな……」

「いや、だからそうでなく」

俯いたまま、ぽろぽろと涙を零すユーリの姿が堪らなく可愛らしくて色っぽい。しかも半裸だ。思わず喉を鳴らしてしまったが、ギリギリのところで踏み止まる。

何と言っても、目の前のコレはただの酔っ払いなのだ。
とうとう泣き上戸まで加わった。次は何だと構えていたら、ふいにユーリが顔を上げた。

「フレン……」

「な、何?」

「きらいにならないで…」

「な………」

「オレはこんなにフレンがすきなのに…」

「え…ん、むーーっっ!?」

上目遣いで擦り寄られて、その表情に目を奪われた次の瞬間、唇まで奪われた。

くどいようだがここは酒場だ。一斉に悲鳴やら歓声やらが上がる。さすがにフレンも、このような衆人監視の中で恋人と熱い口づけを交わす勇気はない。
男同士だし。
ていうかどうやってごまかせばいいんだこの状況!?

「っぷは、ちょ…っとユーリ、離れて!!」

「いーやーだ」

「いい加減に……っわああっっ!!」

ユーリが勢いよく首にしがみついてきて、フレンはそのまま床に倒されてしまった。背中と後頭部を強く打ち付け、息は詰まるし目の前がチカチカする。テーブルからダイブする格好になったユーリの身体が覆い被さり、重くて苦しい。
こんな状況でなければ大歓迎だが、さすがにこれ以上はマズい。

なんとか上半身を起こし、今もなお自分の胸に顔を擦り付けるユーリの肩を掴むと、ユーリがゆっくりと顔を上げる。眠いのか、瞼は半分落ちている。

「……んー…ふれん…?」

「ユーリ、もう帰ろう?」

「うー………」

「うー、じゃなくて。ほら、立っ…」

「………………う」

「…ユーリ?」

胸元で服を掴んでいたユーリの手に力が入る。どうしたかと思って覗き込んだその顔は、まるで死人のように色を失っている。

…なにか、とんでもなく嫌な予感がした。ここまで来たら、お約束なんてアレしかないではないか。

「ゆ、ユーリ?大丈夫か?」

「う……ん、だめ、かも…」

「ダメってどういう事だ!?ちょっと、離し……!!」

「…きもち、わる………」

「―――――――!!!」


かくして、最後のお約束はしっかり実行され、酔っ払いの見本市は終了したのだった。









その晩ダングレストの酒場にいた客は、滅多な事ではお目に掛かれないであろう光景をたった数時間のうちに見る事が出来たので、それなりに楽しんで帰ったという。
特に、帝国騎士団長の断末魔にも等しい悲愴な叫び声は、二度と聞くことはないだろう。

ユーリに酒を飲ませない限りは。





翌朝、宿で目を覚ましたユーリは、やはり記憶がないことに頭を抱えた。だが自分も隣に眠るフレンも全裸だったので、結局こういう事か、と納得し、フレンをベッドから蹴り落としたのだった。


部屋の片隅に干してある、自分達の服には気付いていなかった。




ーーーーー
終わり
▼追記