7/11 緋鶴千歳様よりリクエスト

フレ♀ユリでユーリ遊女パロ
女体化なので苦手な方は閲覧にはご注意下さい。






自分は酔っているのだろうか。


そんな筈はない。酒の強さには自信があった。

実際この場所に連れてこられてから相当量の、しかもかなり強い酒を勧められてきてはいたが、思考は至って冷静なままで何の変化もなく、むしろ飲めば飲む程に気持ちは冷えびえとするばかりだった。

派手に飾られた遊郭は悪趣味としか思えず、絢爛豪華な装飾や調度品もまるで心打つものはない。
このような建物に金をかける事が、心底馬鹿らしいと思う。

女達の化粧の匂いが鼻について、出された料理に手を付ける気にもなれない。
全てが無駄で、不必要だ。

確かに、そう思っていた。



酒に溺れさせて懐柔するつもりなのは分かりきっている。彼らは作戦の選択を誤った。

どうやらそれを悟ったらしい男の一人が、半ば諦め顔で軽く手を叩く。すると少しの間の後、音もなく開いた引き戸の向こうから一人の女性が現れた。

その姿を見た瞬間、周りから全ての音が消えたかのような感覚に陥って、呼吸すら忘れてただ彼女を見つめている自分は一体どんな顔をしていたのだろう。
先程の男が、自分の様子を見て満足げに表情を歪ませている。


―――あれは、この廓…いや、この国で一番の大夫にございます。


この国で、一番?
確かに美しいけれど、そんな人が何故、僕の所に。


――我々からの、心づくしでございます。どうぞ、朝までごゆるりとお過ごしを。…よろしく頼みますぞ、フレン殿――


酔ってなどいない。

だというのに、男の言葉は自分の耳に遥か遠く、身体は急激に熱を帯びて呼吸が浅くなっていた。

男達が部屋を出て行った事にも気付かずに、フレンはその場で硬直したように動かない。その女性に間近に迫られて、漸く我に返ったのだった。



「……っっ!き、君は…?」

「オレ?ユーリって言うんだ。あんたは…フレンだろ?よろしく」

身体を擦り寄せて微笑む姿は酷く妖艶で美しいのに、それに似つかわしくない粗雑な言葉遣いにフレンは知らず眉を顰めていた。
先程感じた熱が、徐々に引いて行く。

「ん?どうしたの」

「…オレ、なんて男みたいな喋り方、するものじゃない」

「……はあ?」

「君みたいな綺麗な女性が、そんな言葉遣いをしないほうがいいと言ったんだ。品位を疑われてしまうよ」

フレンは当たり前の事を言ったつもりだったのに、ユーリはフレンの胸にしなだれかかったまま、ぽかんと口を開けて見上げてきた。心底意外だ、という様子に見える。その表情は最初にこの部屋へ現れた時よりもだいぶ子供っぽくて、フレンはこの反応こそ意外だ、と思っていた。

「…どうかしたかい?僕は何か、変な事を言ったかな」

「ふ…ふふ。はははは!」

「なっ…」

「噂通りの奴だな、あんた」

「噂…?」

すい、と身を離したユーリが、すぐ目の前に座り直してフレンをじっと見つめている。その視線に、どこか冷たいものを感じてフレンは知らず身体を固くした。

「そう、噂。今度の司法長官様は、若くて有能で、しかもとびきりイイ男で…」

白くて長い指先が、無遠慮にフレンの顔に突き付けられた。
フレンが口を開くより早く、ユーリが一言。


「とんでもなく頭が固い」


二の句が継げないでいるフレンの様子に、ユーリはまた可笑しそうに笑っていた。




「…いつまで笑ってるんだ」

「だって面白いからさ。それに…あんた、気付いてる?」

「なん…」

何の事だ、と言いかけて、フレンは自分の置かれている状況にやっと気がついた。
部屋には自分とユーリの二人きりだ。自分をここに連れて来た男達の姿はとうにない。

しまった、と舌打ちして腰を上げかけたところを、伸ばされたユーリの手に腕を掴まれて体勢を崩し、無理矢理座らされる。

「何するんだ!彼らを追わないと…!」

「もうとっくに帰っちまってるよ。どんだけ時間経ってると思ってんの」

「だが…!!」

「それに」

ふふ、と笑って再びユーリが身体を寄せて来る。甘えるように胸元に頬擦りをして見上げる瞳と真正面から視線がかち合ってしまい、フレンは思わず腰を引いた。

まるで挑むように妖しい光を湛えて見つめる瞳から目を逸らす事が出来ないまま、知らず喉を鳴らしたフレンを見るユーリはどこか満足げだった。

「…っ!は、離…」

「それに、オレの仕事がまだだし…」

「し、仕事?」

「そ。あんたに精一杯尽くして、骨抜きにして…」

「…………!!」

ユーリの瞳がすっと細くなる。今度はまるで射竦められたかのような思いでフレンは身体を強張らせた。


「ここを潰そうなんてバカな考え、吹き飛ばしてやる」







それはフレンにとって、予想外とも言える言葉だった。


「何故…そんな事を」

「何故?あんた、どっちの意味で言ってる?」

ずい、と顔を近付けられて、思わずフレンは顔を逸らしてしまった。彼女に見つめられると、酷く落ち着かない。

ついさっきは逸らすことの出来なかった、紫水晶を思わせる瞳。

それが今では何故か恐ろしい。声が上擦ってしまったのを、気付かれていなければいいが。


「どっち、って…」

「まず一つめ。あんたとさっきのおっさん達の話をなんでオレが知ってんのかって事」

「……」

「答えは簡単、聞いてたから」

「何だって!?」

「そんな驚くことかよ。オレ、ずっと隣の部屋にいたんだぜ?もう出番ナシかと思ったよ」

ユーリがうんざりしたように肩を竦める素振りをする。
だがそれよりも気になる事があった。

「出番って、何だ。君は最初から彼らに呼ばれていたのか?」

これにはさすがに呆れたらしく、ユーリがわざとらしい溜め息を吐く。

「…あんた、ここを何処だと思ってんの?接待すんのに女が付かないわけないだろ」

「そ、それはそうだけど。でも僕はそんなつもりは」

「そんなの分かってる。最初からオレが出てったら、あんたあいつらの話なんか聞かなかっただろ。…まあ酒もあんま効果なかったみたいだけど」

その顔で酒豪なんてなあ、とこぼすユーリに、フレンは納得がいかない。

「酒の話と、君の盗み聞きに何の関係があるんだ。…言葉遣いだけじゃなくて、客に対する礼儀もなってないんだな」

「ふうん…言ってくれるじゃん。ま、正確に言うと、聞くまでもなく知ってはいたんだけどな。まずは酒で気分良くさせて、次にオレが『気持ち』よくさせる」

「きっ………!!」

「いちいち赤くなってんなよ、かわいいなあ。で、きっちり堪能したからにはそう簡単に潰すとか言わせねーよ、ってのがあいつらの考え。代金、こっち持ちだし」

「僕はそんな事をするつもりはない!!」

「しようがしまいが変わらねえよ。『ここ』で夜を明かして、何もしなかったなんて誰が信じるかっての」

「そんなの分からないだろう」

「分かってねえなあ。その為にオレなんだよ」

「どういう…!」

ユーリの腕が首に回され、そのままぐっと引き寄せられる。耳元に息を吹きかけられて、何とも言えない感覚にフレンは全身が粟立つのを感じた。

慌ててその腕を掴んで引き離すが、ふと見たユーリの顔が近くて心臓が跳ね上がる。落ち着け、と懸命に自分に言い聞かせてなんとか言葉を搾り出したものの、語調が不自然に荒くなったのは何処か後ろめたいところがあるからなのだろうか。


「っ、何するんだ!!」

「なあ…何も感じない……?」

「なん…」

うっすらと開いた唇からほんの僅か舌先を覗かせ、ゆっくりとなぞる動きに目を奪われていると、ふいにその唇が笑みの形に歪む。

「…そんなはず、ないよな…。オレが入って来た時のあんたの顔、なかなかの見物だったぜ?」

「う……」

見蕩れてしまったのは事実なので、言い訳できない。しかも、そのせいで男達が退室したことにすら気が付かなかったのは不覚としか言いようがなかった。

「酒じゃ駄目だったけど、これならいけると思っておっさん達も安心しただろうぜ。…まあオレもそう思ってるけど?なんたってオレ、ここで一番の大夫だし」


だから、と言ってユーリはフレンに掴まれたままだった腕を自分のほうへと引いた。それ程強い力ではなかったが、不意を突かれたフレンはそのままユーリの胸元に顔を埋める格好になってしまった。



「オレを袖にする男なんていない。だから、あんたの言う事なんか誰も信じない。そういう事」



大きく開いた胸元はただでさえ直視に堪えないのに、今フレンの視界は白くて柔らかな肌で覆われている。

鼻腔を擽る甘い薫りは、着物に焚きしめられた香なのか、それともユーリの身体そのものから発せられているのか分からない。
ともすれば溶けてしまいそうになる意識を必死で手繰り寄せながら、自分はこんなに誘惑に弱い人間だったかと思ってフレンは愕然としていた。


しっかりしろ、何をしている。
何故この場所に来たのか思い出せ。


…そうだ、自分はこのような場所をなくして、そして―――



身じろぎひとつしないフレンに不審なものを感じ、ユーリが訝しげに尋ねた。


「…何やってんの?それだけで満足?そんな筈ないよな。なあ、もっと…」

「しないよ」

顔を上げたフレンがはっきりと言う。

「はあ…?何言ってんの。無理してんの丸わかりなんだけど」

「…無理してるのは君のほうだろう」

「なんで?」

「何でって…。好きでもない男に、金のために身体を好きにさせるようなことを喜んでやる女性がいる筈ない。僕は、君達がこんな事をしなくて済むようにしたいんだ」

「……………」

「その為に僕はここに来たんだ。それなのにこんな―」

「…あんた、ほんとに何も分かってないんだな」

「え…」


まただ。
また、この瞳。
鋭く突き刺すような視線。
明らかな敵意。

何故。

自分は彼女を、彼女達を救いたいと思っているのに、なぜユーリはこんなにも冷たい目で自分を見るのか。

軽く混乱するフレンに追い打ちをかけるように、ユーリが冷たく言い放つ。



「――偽善者」



言われた言葉の意味が理解できなかった。



ーーーーー
続く
▼追記