光射す庭・6

続きです。








「…こんなものかな?」


ぐるりと部屋を見回してフレンは呟いた。

今日はユーリが家に来る。
朝から張り切って掃除をして、なんとか小綺麗にすることは出来たように思うが、如何せん古い家だ。煤けた壁の汚れや建て付けのあまり良くない扉などはどうする事もできず、フレンはこの家に住むようになってから初めてそれらを少しだけ不満に感じた。

奥に寝室があるだけの、小さく狭い家。
だがフレンはそれで充分だと思っている。多少、隙間風が入っては来るものの、自分一人に家が一軒あるなんてとんでもない贅沢だとすら思っていた。

今もそれが変わったわけではない。
ただ単に、ユーリを迎えるのに『もうちょっと綺麗にできたらな』と思っただけだった。

あまり物がないだけに、模様変えのしようもない。せめてもと思って摘んで来た花をテーブルに飾ってみた。花瓶などないので、ガラスのコップに生けただけの白い花は、殺風景な部屋に少しだけ明るさをくれた。

それと、もうひとつ。今日は『とっておき』があった。


「ユーリ、喜んでくれるといいな」


再び、誰とはなしに呟きながらフレンは頬が緩むのを抑えられなかった。




例の場所に向かい、木の周囲を窺うが、ユーリの姿はない。約束の時刻にはまだ少し早かったので、フレンはそのまま幹にもたれてユーリを待つことにした。

ユーリから自分の家に来たい、と言われ、わくわくすると同時にほんの少し不思議な気持ちだった。

ユーリを自宅に招くのにやぶさかではないが、大したもてなしができるわけでもない。今まで他の友人達と遊ぶ時も、あまり家の中で、というのはなかった。

ユーリも言っていたが、親に会わせるのが気恥ずかしいと思っている友人も確かにいる。下町の住民は皆、大体が気心の知れた者同士だったが、それだけに遠慮がない。わざわざ言わなくていい事を親が暴露したせいで揶揄われた…などという話も、言われてみれば聞いた事があったような気もする。

だが、特にそういった理由がなくても子供は基本、外で遊ぶものだ。フレンもそうだった。だからユーリを色んな場所に案内し、友人にも紹介して仕事のない時には一緒に遊び、早く下町に馴染んで欲しいと思っていたのだが。


(…そういえば、ユーリは僕以外の誰かに会ったことあるのかな)

越して来た初日から、ユーリは一人であちこち行っているようだった。そしてフレンが見つけた後はずっとフレンと共に過ごしている。同じ年頃の他の友人から、ユーリについて聞かれたこともなかった。
という事は、恐らくユーリは自分以外の子供と会っていない。それどころか、あまり姿を見られてもいないのではないか、と考えて、フレンは昨日ユーリの言っていた事を思い出していた。


自分は人見知りではなく、『相手の出方を見ている』


意味がよくわからなかった。結局、人見知りと何が違うのだろうか。
初対面の相手に一歩引いてしまい、距離を取ろうとしてなかなか親しくなれない事を指して人見知りと言うなら、フレンもそう大して違わない部分があった。

誰に対しても礼儀正しく笑顔で接する為にそうとは思われないが、初見の人間に対しての警戒心は強いほうだ。
特に、大人に対してはそうだった。
下町の大人達はともかく、バザールで仕事をするようになってからはあまり『良くない』大人と関わることもあった。

関わる、と言っても、何もフレンが『良くない』事をする訳ではない。いわゆる柄の悪い余所者や、貴族に仕えているだけで何故か高圧的な下男などといった者がフレンが働く店を利用しているという意味だ。
戦争が終結してからは、そういった者が増えた、と世話になっている店の主人が以前話していた。同時に、気を付けるように、とも言われた。

だからフレンは『気を付けて』いた。それこそ、ユーリの言うように相手の出方を窺っている、と言ってもいい。

だが、何故ユーリにその必要があるのか。
周りを大人に囲まれて育った、と言っていた。その大人は、ユーリにとってあまり良くない大人だったのだろうか。そうでなければ、別に相手の出方など窺う必要はない。

そんな生活が当たり前だったから、今も積極的に誰かと関わろうとしないのだろうか。


(なんか……そんなの、寂しい)


ユーリ本人がどう感じているのかわからないが、フレンはそう思った。
それに、理由は分からないがユーリは自分の事に興味を持ってくれた。
自分とユーリはもう友達なんだし、決して友人が欲しくない訳ではないだろう。

ユーリの『今まで』の事はまだ色々と分からないしどうにも踏み込めない部分もあるが、『これから』は自分も一緒だ。この下町での生活が、ユーリにとって楽しいものになって欲しい。
今日これから自分と過ごす時間を、ユーリも楽しいと思ってくれたらいいな、と考えていたら、背後に気配を感じてフレンは振り返った。



「悪い、ちょっと遅れた?ごめんな」

「…ううん、そんな事ないよ」

「……?」


ばつが悪そうに、少し俯き気味で上目遣いにフレンの顔色を窺う様子はやはり『可愛い』ものだったので、フレンは知らず知らずのうちに顔が綻ぶのを抑えられない。

遅刻をしたのに咎められないばかりか笑顔を向けられ、ユーリは首を傾げるのだった。








「へー……」


フレンの家に入ると、ユーリは興味津々といった感じで中を見渡した。
フレンが言っていたように、確かに家具も殆どない。だがこざっぱりとしていて、不快な感じもしなかった。ユーリは感心しきりなのだが、フレンは少し恥ずかしかった。きちんと掃除をしたとはいえ、あまりじろじろ見られたくなかったのでユーリの手を取って半ば強引にテーブルへと案内する。


「どうしたんだよ、フレン」

「あんまり見ないで…恥ずかしいよ」

「何で?キレイにしてんじゃん。オレ、片付けが苦手で怒られてばっかだからさ、すごいと思うぜ」

「そ…そう?」

「うん。それに、一人で暮らしてるのがやっぱすごいよな」

「そうかな…もう慣れたし、そうでもないよ」


物心つく前に両親を亡くし、ハンクス夫妻の世話になっていた時も家事の手伝いはしていたし、掃除や片付けは嫌いではない。その作業を苦に思ったことはなかったので、あまり褒められると少し居心地が悪かった。


椅子に座るユーリに背を向け、飲み物を用意していたフレンにユーリが声を掛けた。


「こういうの、いつも飾ってんの?」


振り返ると、テーブルに両膝を突き、掌に顎をのせてユーリが花を眺めている。


フレンの目に花は映っていなかった。


その仕種も、足をぶらぶらさせている様子も、少し傾けた顔の横で揺れる髪も、いつまでも見ていたい愛らしさを感じる。

この時初めて、フレンは『自分は一体どうしたんだろう』と思った。ユーリ本人が怒るから口に出さないようにはしているが、ユーリの何気ない仕種や表情が可愛い、と思う気持ちが止まらない。


ユーリは女の子じゃないのに、どうしてだろう


同じ年頃の女の子に対しても、このような気持ちになった事はない。
ぼんやりとユーリを見ていると、視線に気付いたユーリが花からフレンへと顔を向けた。


「…何してんの。オレの話、聞いてた?」

「え……あ、ごめん。花が、どうかした?」


テーブルに戻り、飲み物の入ったカップを手渡すフレンを見るユーリは呆れ顔だ。

「毎日、こういう花とか飾ってんのか、って」

「ううん、今日は特別だよ。せっかくお客さんが来るんだから、と思ったんだ」

「ふーん。いいんじゃねーの?なんか明るくなってさ」

「ユーリ、花は好き?」


再びユーリに背を向け、今度はフレンが尋ねた。フレンは何やら片隅の戸棚の前でごそごそやっている。


「…今度は何やってんだよ」

「ちょっと待ってて。それで、ユーリは花が好きなの?」

「んー、まあ嫌いじゃないかな。いつも部屋に飾ってあったし」

「へえ。じゃあユーリは花の名前とか、詳しい?」

「何で?」

戸棚から小さな包みを取り出したフレンが戻って来る。その動きを目で追いながらユーリが聞くと、向かい合って座ったフレンも聞き返す。


「何でって。いつも花があるんなら、興味持ったりしないの?」


ごく当たり前の事を聞いたつもりだった。
毎日同じ花でも、日毎に違う花だったとしても、それぞれに興味を持つのではないか。

「別に。綺麗だな、とか匂いの好き嫌いとかは気になるけど、名前とかどうでもいい」

ユーリは本当に興味のない様子だ。家にやって来た時とはまるで瞳の輝きが違った。


「興味、ないの?でも飾ってあるといいって思うんだよね?」

「…名前なんか覚えたってしょうがないだろ、どうせ何日かで枯れて捨てられるんだ」

「それは…そうかもしれないけど」


意外な答えだった。
物事に執着しない性質なのかとも思ったが、あまりに寂しい物言いではないか。


―――寂しい


もしユーリが積極的に友人を作ることが『出来ずに』いるのなら、それは寂しい事だとフレンは思った。

だが、今の物言いはどうだろう。

友人の存在に潤いは感じても、それを失う事にこだわりはないと言っているように感じられ、何故かフレンは言いようのない不安を感じていた。

どうして、花と人間を重ねてしまったのかは分からない。ただ、そう思えてしまった。


「ユーリ、あの」

「そんな事よりさ、コレ、何?」


何か言わなければと思ったフレンが口を開かけたところでユーリに遮られてしまった。
やや強い口調で言うユーリが指差したのは、フレンが棚から持って来たままずっとテーブルに置いてあった小さな包みだ。
それ程に気になっていたのかと思いながら、包みを開いてユーリの前に寄せる。

その途端、ユーリの表情がぱっと明るくなった。


(…ほんとに猫の瞳みたいだなあ)


先程までのつまらなそうな表情はどこへやら、この家へ来た時以上に瞳を輝かせるユーリの様子に、フレンは思わず吹き出した。


「ユーリ、甘いものは好き?」

「えっ!?あ、うん…」


包みの中からは、飴玉が数個転がり出していた。
少し大きめで様々な色をしたそれは、少し前にハンクスから貰ったものだった。バザールで仕事をするようになったフレンへの労いと、非常時の蓄えとしての意味もあった。


「よかったら食べて」

「え、でもいいのか?なんか大切そうにしまい込んでたみてーだけど」

仕事をするようになって、苦しいながらも自分一人食べていけるだけの日々の糧は得ている。非常時…という訳ではないが、こういう時でもなければなかなか取出す事はないと思ったのだ。

「ユーリが喜んでくれるんならいいんだ。…ほら、これなんかユーリの目の色みたいだよ」

薄紫色の一粒をつまんで見せると、ユーリも一粒、フレンの目の前に飴玉を掲げた。

「じゃあ、これはおまえだな」

水色の一粒を陽に透かして笑うと、ユーリはそれを口に放り込んだ。


「おいしい?ユーリ」

「うん、甘くてうまい」



フレンも飴玉を口に含んだ。
にこにこと笑うユーリの笑顔は目の前の花よりも明るく部屋を彩り、口の中で溶けてゆく飴玉よりも甘い気がした。


(……花と人は、違うよね……?)



ユーリはちゃんと、自分の名前を呼んでくれる。いつか失くなるから、覚える必要がない、なんて思っていない。


「…ユーリ、僕たち、友達だよね?」

「何だよ急に。オレはそのつもりだけど」

「そっか。そうだよね!」

「…??」



違う。大丈夫。

幼いフレンはユーリの言葉を信じ、花の事は本当にただユーリにとって興味の対象外だったのだ、と思う事にした。

そしていつの間にかこの話のことは完全に記憶の彼方へと投げ遣られて、花を見て思い出す事もなくなっていった。




ーーーーー
続く

光射す庭・5

続きです。







丘を渡る風に吹かれながら、ユーリは『外』の景色に目を細めている。フレンはそんなユーリの横顔を見つめ、風に揺れる髪を眺めていた。


「…で、何処に案内してくれんの?」


顔を上げたユーリがフレンに尋ねた。
フレンはユーリをずっと見ていたのだが、いきなり話を振られて少々面食らってしまい、思わず『え、何が』と聞き返した。するとユーリがむっとしたように頬を膨らませて一歩フレンに歩み寄り、腕を組んでフレンを睨みつけた。
…だが、その頬は赤い。


「オレに下町を案内してくれるんだろ?そのために捜してた、って言ったじゃねえか」

「え?」

「違うのかよ!?」

「あ、ううん。もちろん、喜んで案内するよ!…ユーリ、なんで怒ってるの?何だか顔も赤いけど…」

「別に怒ってねえよ!」

でも、と不安げに眉を下げるフレンからユーリは視線を外し、そしてぼそぼそと呟くように言う。

「…あんまり、じっと見んなよな」

「…ん?どういうこと?」

「だからぁ、おまえ何かってーと真っ正面から人の顔ジロジロ見るけどさ、それをやめろ、って言ってんの」

不思議に思ってユーリを見ると、『ほら、それ』と言ってまたしてもユーリはそっぽを向いてしまった。

怒っているわけではなさそうだ。だがやはり少し顔が赤い。照れているのかな、とは思ったが、それが何に対してなのかがよくわからなかった。

「僕、人と話す時にはちゃんと目を見て話しなさい、って教わったんだ。だからそうしてるんだけど…ユーリ、何か気に入らない…?」

「…オレは、あんまりそういうのに慣れてない」

「どうして?」

「…………」

答えたくないのか、今度は本当に不機嫌な様子だ。
どうも、ユーリにはよくわからない部分がある。
しかしそれを知るにはまだ、お互い知り合ってから日も浅い。第一、フレンも自分の事を全てユーリに語り聞かせた訳でもない。

人見知りだと言っていたから、そういう事なのだろうか。

そう思っても、やはりフレンは誰かと話す際に相手の顔を見ずに、というのに抵抗がある。それでは互いの表情もわからないし、相手を無視して一方的に会話を進めてしまう事もあるかもしれない。

それに何より、フレンはユーリともっと仲良くなりたいと思っている。そんな相手だからますます見てしまうのかもしれないが、自分の視線が不快だと言うならそれも考えなくてはならない。ユーリにそのような思いをさせたい訳ではないのだ。

だから、思い切って聞いてみる事にした。


「…ユーリ、僕に見られるの、嫌?見られてると話しづらい?」

こちらを向いたユーリが困惑しているのが伝わって来る。
今の自分はやはりユーリを真正面から見ているのだが、今度はユーリも視線を外さなかった。

「…嫌って訳じゃ、ない。さっきも言ったろ?慣れてねえんだよ」

「だったらこれから慣れていけばいいと思うよ。そのほうが、絶対いい」

「そうか?何で?」

首を傾げる姿にフレンは思わず笑みを零す。

「だって、お互いの顔がよくわかったほうが話してて楽しいじゃないか」

「う…ん?」

「僕、ユーリの笑ってる顔、好きだよ」

「はあ。…ありがと」

「だから、ちゃんとユーリの顔を見て話したいな。ユーリは笑うととっても可愛いから」


自然に出た言葉だった。

しかし、ユーリはみるみる表情を曇らせ、フレンにまた一歩詰め寄ると今度は明らかに怒りを滲ませた声で、それこそ真正面からフレンの目を見据えて言った。

「今、何つった」

「え?」

更に近付いたユーリが腰に手を当てて身を屈め、見上げるようにしてフレンを窺う。視線は鋭く、フレンは何が何だか分からず逆に一歩引いてしまう。今度は確実に怒っているようだが、一体何が彼の逆鱗に触れたのか。

「今、何て言ったのか、って聞いてんだよ」

「え…えっと、僕はちゃんと、ユーリの目を見て話したいな、って」

「その後だよ!」

「…ユーリは、笑うと…」


そこまで言って、漸くフレンもユーリの怒りの理由を理解した。

出逢いの時も、一瞬ユーリを女の子だと思った。
性別は既に聞いていたが信じられなくて、本人に聞いてみようとして…さすがにやめた。もし自分が女の子に間違われたら嫌だな、と思ったからだ。

話をしてみれば確かにユーリは男の子だったが、その笑顔は素直に可愛いと思う。
だがやはり『可愛い』という形容詞はどちらかと言えば女の子に対して使われることが多い筈で、これまた自分が言われたら、と考えたら複雑だった。

なので、ユーリの気持ちは理解出来た、のだが。


「ユーリ、もしかして…僕が『可愛い』って言ったから、怒ってる?」

「当たり前だろ!そんな事言われたって嬉しくねえよ!」

「でも…本当に可愛いと思うよ」

「はあ!?まだ言うのかよ!!」

「だって…」

怒っているのが分かっても、では他にどう言えばいいのか分からない。フレンも大人から可愛いと言われる事はあったが、ここまで怒るものではない。

すると、オロオロとするフレンにくるりと背を向け、ユーリは下町のほうに向かって一人で勝手に歩き出してしまった。
慌ててフレンがその後を追う。

「ま、待ってよ!ごめん、そんなに嫌ならもう言わないから!!」

「うるさい!言わなくたって思ってんだろ!」

「そんなの仕方ないよ!だってほんとに可愛いと」

「また言った!!」

「ご、ごめ…あ、ユーリ待って!!」


何やら言い争うようにしながら下町に戻って来た二人を、大人達は暖かい眼差しで見守っていた。
戦争と重税で疲弊した生活の中で、子供達の元気な姿というのは町に明るさをもたらす数少ない要因だ。

それが、普段から年齢の割に大人に対して遠慮をする事を覚えてしまったフレンであれば尚更だった。フレンの『子供らしい』振る舞いを久し振りに見た大人は頬を緩ませ、何やら必死な様子で言い訳らしきものをしているフレンの隣で唇を尖らせる仏頂面のユーリにも柔らかな視線を向けた。
雰囲気の全く違う二人だったが、良い友人になるだろう、と誰もが感じていた。


結局ユーリの機嫌は直らないまま、臍を曲げた彼が家に帰ると言い出したので、フレンは仕方なしにユーリを彼の家まで送ったのだった。
入り口の扉の前で『明日は必ず一緒に下町を案内する』という約束だけはなんとか取り付け、また迎えに来るというフレンにユーリは一瞬眉を寄せたかと思うと、じっとフレンの瞳を見た。

明るいところで見るユーリの瞳は薄紫の中で様々な光が反射して、何か、見たこともない宝石のようだと思った。同時に真っ直ぐな視線に何故か耐え難くなり、気が付けばフレンはユーリから視線を外していた。


「…何で目ぇ逸らすの」

「え…その」

「おまえが言ったんだろ、目を見て話せ、って」

「そう、だけど。ユーリ、何か話したい事があるの?」

「…まあいいや。明日なんだけどさ、案内は適当でいいぞ」

「な、何で?」

「今日、だいたい見て回ったし」


川に近付くなとか色々言われたけどなー、と言ってつまらなそうにするユーリに、フレンは今朝この家へユーリを迎えに来た時以上の切なさを感じていた。

「…僕、君を連れて行ってあげたい場所、たくさんあったんだけど…」

「ほんとは黙っとこうと思ったんだけどな、おまえ、何かやけに楽しそうだったし。でももう帰って来ちまったし、めんどくさくて」

「…めんど…。そ、そう…」

がっくりと肩を落とすフレンを見て、ユーリはにやにやと笑っている。どうやら機嫌は直ったらしかったが、今度はフレンが沈む番だった。
そんなフレンを暫く楽しげにユーリは見ていたが、フレンが『そろそろ帰る』と言うとそれを引き止めた。

「何?」

「案内は適当でいいよ、おまえがどうしても見せたい場所とかあるなら別だけど」

ユーリの言葉に、フレンは少し考えた。
どうしても見せたい場所、と言われると、強いて言うなら今日も行った木のある場所か、丘からの眺めぐらいしか思い付かない。

フレンが首を捻っていると、再びユーリから視線を感じた。見ると、先程までの揶揄うような笑みはもうない。どこか真摯な眼差しに、フレンも今度はきっちりとユーリの目を見て答えた。

「お店の場所とか近道とか、教えてあげたい場所ならたくさんあるけど…どうしても、っていうのとは違うかも」

「だったらそっち後回しでいいから、行きたい場所がある」

「どこ?」

「おまえの家」

「……え!?」

「一人で暮らしてんだろ?おまえの家、見てみたい」

ダメか?と聞くユーリに、フレンは首を振った。

「僕は構わないけど、でも何もないよ?それでもいい?」

「ああ」

「じゃあ、明日はこのあたりを少し回ったら僕の家に案内するよ」

「それなんだけど、おまえの家ってどの辺にあるんだ?」

「あの空き地より、少し下町寄りだけど…ユーリ、どうして?僕、ちゃんと迎えに来るから大丈夫だよ」

しかしユーリは、家にわざわざ迎えに来なくていい、と言う。
不思議に思って聞くと、渋々といった調子で理由を説明し始めた。

ユーリの母親は、フレンを随分と気に入ったらしい。それは今朝の様子から、フレンにも伝わった。仲良くしてやってくれと言われて嬉しかったし、勿論そのつもりだった。昨日、ユーリも同じ事を言われたらしい。
フレンと仲良くしろというのは構わないが、礼がしたいから家に連れて来い、というのがどうもユーリは嫌なようだった。

「どうせおまえ、今朝もうちに来たんだろ?今日も絶対言われる、おまえを家に連れて来い、って」

「…ユーリがそんなに嫌なら、僕は無理にお邪魔するつもりもないけど…」

泣きそうな顔で俯いたフレンに、ユーリが慌てて手を振る。

「違うって!別に、おまえがうちに来るのが嫌なわけじゃねーんだよ」

「そうなの…?」

一つ溜め息をついて、ユーリが続けた。

「その…オレの母さん、ちょっとオレに甘いっていうか…べったり、なんだよな」

ユーリには、フレンと同じく今まで年の近い友人がいなかった。周りは大人ばかりで、どちらかと言えば彼らの顔色を窺うような暮らしをしていたのだと言う。詳しい事は話せないが、自分は母親の言うような、いわゆる『人見知り』ではなく、単に相手の出方を見ているだけなのだ、と。

だが母親はそれには気付かず、ユーリの人見知りのせいでこの下町で友人が出来るかどうか、とても気にしていたらしい。
失踪騒ぎを経て早々に友人になったフレンを好意的に見るのはいいが、会わせるとどうも余計な話までされそうで、それが嫌だから迎えには来なくていい、と、そういう事らしい。


「余計な事って?」

「…よくあるだろ、親しみを持たそうとして昔話したりとかさ」

「例えば?」

「もっとちっちゃかった頃の話とか、ドジ踏んだ時の話とか…そういう話されんの苦手なんだよ、オレ」

「…そういうもの?…よく、わかんないや。でもユーリが嫌なら、僕はそれでいいよ。どうする?どこか他のところで待ち合わせする?」

「教えてくれたら一人で行くって」

「ダメだよ、迷ったらどうするんだ?……そうだ、だったらこうしない?」

あの木の下で待ち合わせをしよう。
それなら自分の姿をユーリの母親に見つかる事もないだろうし、フレンの家からそこまで遠いわけでもない。少し行きすぎてはしまうがどうだろう、と言うフレンの提案に、ユーリも笑顔で頷いた。




家へと戻るユーリを少し離れた場所から見送り、フレンは帰途で今日の出来事を思い返していた。
人見知りというのとは違う理由は何となく分かった。むしろ、ユーリの機嫌や表情はころころとよく変わる。
それこそ、猫の瞳のようだ。

だが、ユーリがこれまでどのような生活をしてきたのか、想像できない。

帝都に住んでいて、下町の情勢には明るくない。周りを大人に囲まれて育ったらしいという話からは、やはり裕福な環境だったのでは、という事しか思い付かなかった。

貴族というものに、あまり良い感情は持っていない。

詮索するのはよくないと思いながらも、それらはフレンの心にいつまでも引っ掛かったままだった。




ーーーーー
続く

光射す庭・4

続きです。







その日、フレンはユーリを捜して下町中を走り回り、確実に普段よりも身体は疲労していた。
それなのに、ベッドに潜り込んでもなかなか眠気がやって来ない。
理由なら分かっていた。
ユーリと出逢って、気分が高揚していたからだ。

フレンには、同い年で同性の友人というものがいなかった。歳が近い友人はいたし、普段そのような事を気にしたこともない。だが、ハンクスからユーリの話を聞いた時には何故か強い興味を覚えた。
大人になってしまえば一つ二つぐらいの年齢差など、友人付き合いをする上ではさほど気にせずに済むようになる場合が殆どであるし、立場によっては年齢など意味を成さない事もある。
バザールで仕事をしていて、そのような関係の者達を見る事は多かった。

だが、少年期において年齢差というものはある意味絶対的なヒエラルキーを形成していて、一つでも上の者は年長者として自分に接し、また自分も年下の者にはそのように振る舞う事が必要とされる部分があった。

それは決して悪い意味ではなく、下町の苦しい生活の中で互いが助け合って生きていく為のごく自然な人間関係ではあったが、どこか「対等」ではないような感じは否めなかったのだ。
何の遠慮をする事もなく、肩を組んで共に笑い合えるような、そんな友人が欲しいと思っていた。
ユーリがそのような友人になり得るかどうかというのは本来ならば全く別の話ではあるのだが、フレンはその点に関しては何ら不安を感じていなかった。

それはまだ話で聞いただけの、ユーリと会ってもいないうちから薄らと抱いていたものだったが、実際にユーリと話をして確信に変わった。

ぶっきらぼうな口調ではあるが、それをフレンは好ましいと感じた。自分ばかりが舞い上がっていたような気もするが、それはハンクスが言っていたように、ユーリが少々人見知りだからなのだろうと思えば何の不思議もなかったし、むしろそれにしては会話が出来たほうではないか。
何よりユーリは笑うととても可愛らしく、少し長めの髪のせいもあるかもしれないが事前に聞いていなければ、自分と同じ男の子だとは信じられなかった。

ユーリと友達になって仲良くなったら、もっとあの笑顔が見られる。
どうやって仲良くなろう、どこに連れて行ってあげようと考えれば考えるほど、当然の如く意識は覚醒するばかりで、結局フレンは殆ど一睡も出来ないまま朝を迎えたのだった。







「……いない?」

ハンクスからユーリの家の場所を聞いて来たものの、出迎えた彼の母親から告げられた言葉にフレンはきょとんとして首を傾げた。
と同時にまさかまた行方不明になっているのかと不安になるが、今日は大人達が誰も騒いでいないし、何より目の前の母親の様子も穏やかだ。
断りなく何処かへ行った訳ではない、ということにすぐ思い到ったが、ならば一体何処へ。

「ごめんなさいね、あの子が何処へ行ったのかは分からないの」

困ったように笑う母親は、ユーリの行き先が分からないというのに昨日のように取り乱した様子がない。
不思議に思っていると、それを察したのか続けてフレンに話してくれた。

今朝早く、朝食を食べてすぐにユーリは『遊び』に行ってしまったのだという。
普段から活発で、ひとところにじっとしていない性質らしかった。それでも出掛ける前には必ず母親にきちんと言っていたのに、昨日は黙って姿を消したからとても心配したのだ、と。

「昨日は本当にありがとう」

改めて礼を言われ、フレンは恥ずかしくて俯いてしまった。どこか儚げな笑顔と美しい黒髪がユーリの姿と重なる。
よく似てるな、と思った。

「あの子と仲良くしてあげてね?」

顔を上げたフレンが勢い良く頷くと、母親はとても嬉しそうに笑ってフレンの頭を撫でた。






ユーリの家を後にしたフレンだったが、そのまま自宅に帰る気にはなれなかった。やはりユーリの事が気になる。
越してきたばかりでまだ友達もいないのに、一人で一体何処へ遊びに行ったのか。人見知りだというなら尚更だ。そもそも、この下町のことだって詳しくない筈なのに。

フレンは今日、元々ユーリに下町を案内するつもりだった。特にそんな話をしたわけではないが、友達としてそうするのが当たり前だと思っていたし、ユーリと会うのが楽しみで眠れない程だった。
しかしユーリは別段フレンを待ってくれているでもなく、とっくに一人でどこかへ行ってしまっていた。


(約束してた訳じゃないけど、こんなに会いたいと思ってたのって、僕だけ…?)


友達になったはずなのにな、と思うと少し寂しくて、やはりユーリに会いたいと思ってしまう。
ユーリの行き先は分からなかったが、フレンの足は自然とある場所へ向いていた。







「ユーリ、こんなところで何してるの?」

思っていた通りの場所でユーリを見つけたフレンは、その隣に腰を下ろしながら尋ねていた。

昨日ユーリと出逢ったこの場所で、ユーリはぼうっと結界の外に広がる景色を眺めている。
フレンに気が付くと少し驚いたように目をぱちくりとさせたが、すぐに視線を戻してまた眼下を見つめた。

下町でも外れのほうにあるこの辺りは、崩れた家の瓦礫だらけだ。長年放置されて雑草も生え放題だが、そんな中で唯一、今ユーリとフレンが寄り掛かっている楡の木だけが青々と繁り、力強い姿を見せている。

遮るもののないこの場所からは、帝都をぐるりと取り囲む平原の様子がよく見えた。

フレンはこの場所が嫌いではなかった。
昔はよく木登りをして遊んだりしたが、最近はそんな暇などないために、こうして続けて来るのはとても久しぶりの事だった。


「ユーリ、ここが気に入った?」

「…どうして」

「昨日もここにいたし…それに、遊びに行った、って聞いたのにこんなところにいるから」

楡の木以外、何もない。
あまり人も寄り付かないこの場所は、一人で遊ぶには不向きだと思われた。
ユーリはフレンの質問には答えず、辺りを見渡して独り言のように呟いた。

「何で…こんなに荒れてるんだ」

「え?」

「どうしてこんな、崩れたままで放ったらかしてあるんだ、と思ってさ」

フレンも辺りを見る。
その景色は、自分がもっと小さかった頃から変わらない。フレンは以前、ハンクスから聞いた話をユーリに教えることにした。

「昔はたくさん家があったらしいよ。でも大きな火事があって、みんな燃えちゃったんだって。…この木だけ、燃えなかったんだね」

「ふうん…。それっていつの話?」

「僕達が生まれる前、って聞いたけど…」

「そんな昔からこのまま…?住んでた人は?」

「知り合いとか、親戚のいる人はそっちに行ったりしたみたいだけど、僕も詳しくは知らないんだ」

生まれる前の話だ。知らなくて当然だが、ユーリはなおも質問を重ねて来た。

「で、なんで新しく建て直したりしないんだ?」

「…よく分からないけど、そんな余裕はなかったんじゃないかな」

「下町の暮らしって、そんなにヤバいのか?」

ユーリの言葉にフレンは違和感を覚えた。
今までの口ぶりだと、どうやらユーリは下町の状況というものをまるで知らないように思える。そういえば、ユーリがどこから越して来たのか、といった事もまだ何も知らなかった。
一瞬、ユーリはどこか裕福な―――もしかしたら貴族の子供なのではないか。そんな事を考えた。そう言われても何の不思議もない程ユーリの容姿は整っていて、品があるといえばそのような気もする。

だが、ユーリの母親は昔、下町に住んでいたとハンクスは言っていなかったか。だとすれば貴族ではない筈だし、今ユーリが身につけている衣服も自分のものとそう変わらない。

ユーリは、どこに住んでたの?

フレンがそう聞こうとするより早くユーリがフレンの顔を覗き込んで不安そうに眉を寄せたので、慌てて顔を上げて笑顔を作る。

「な、何?」

「いや…変なこと聞いたかな、って」

「そ…んな事、ないよ」

「………」

ユーリが黙ってしまったので、フレンはとりあえず自分の疑問は置いておき、先にユーリの質問に答えることにした。

「下町の生活は、いつでも大変だよ。昔の事はよく分からないけど、その頃も新しく家を建てたりできなかったんだろうね」

「その頃、も?」

「少し前に大きな戦争があったの、知ってるよね?戦争中からだんだん税金が上がって来たんだけど、最近また上がったんだ」

フレンの話を、ユーリは黙って聞いている。

「皇帝陛下も亡くなってしまって、これからますます大変になるんだろうな…」

「……皇帝……」

「うん。跡継ぎがいないからとかなんとか、大人の人達が言ってた」

「跡継ぎがいないと下町が大変なのか?」

ユーリの質問に、フレンは困惑した。直接どう、というのはフレンにも分からない。政治の話には詳しくなかった。

「ごめん、僕にもよく分からない。でも今バザールが閉まってて仕事がないから、そういう意味では大変かも」

「仕事?おまえの親父さんとかの?」

「ううん、僕の仕事」

フレンが、自分の両親が亡くなっていてハンクスに世話になった事や、自分がバザールで仕事をしたりしながら一人で暮らしているとユーリに話すと、ユーリはとても驚いた。
と同時にしきりに感心されて、フレンは照れ臭くて堪らなかった。

「すげーな、おまえ一人で生活してんのか…」

「う、うん。でもみんなすごく良くしてくれるし、すごくなんかないよ」

「いや、すごいって。…オレ、そういうの全然分かってなかった」

先程の疑問が、フレンの頭に蘇る。今度こそフレンはユーリに聞いてみる事にした。


「ねえ、ユーリ。ユーリはどこに住んでたの?」

「え…」

「下町…じゃ、ないよね。帝都?それとも、どこか他の街から来たの?」

「……帝都」

「帝都のどこ?」

「…っ!どこだっていいだろ!!何でそんなこと聞くんだよ!?」

「え、何でって…ただ、君のことが知りたかっただけで…」

突如厳しい表情で声を上げたユーリに、フレンは戸惑いを隠せなかった。
だがすぐに自分の質問が無遠慮だったと思い、俯いてしまったユーリに謝っていた。


「あの…ごめん、ユーリ」

「………」

「何か事情があるなら…」

「…母さんに、迷惑かかるから」

「え?」

「だから言えない」

「…そう、なんだ。じゃあ、僕ももう聞かないよ」

「いいのか?こんな怪しいやつ、嫌じゃねーのか」

「ユーリは怪しいやつなんかじゃないよ」

そう言ってフレンが笑って見せると、ユーリもそっか、と言って安心したように笑顔を見せる。
疑問は解消されていないが、これ以上聞くのは躊躇われた。何よりユーリがとても辛そうな様子だったので、フレンはとりあえずこれに関しては自らの胸に封印しよう、と心に誓った。
誰にでも、言いたくない事の一つや二つ、ある。
いつかユーリが話してくれる日が来ればそれでいいと、この時のフレンはそう思ったのだった。




「そういえばフレン、仕事してるって言ったよな。今日はいいのか?」

「うん。陛下が亡くなって、喪に服してるお店が多いんだ。今ちょっと、仕事なくって」

「ああ…閉まってるって、それで」

「だから僕、今日はユーリに下町を案内してあげようと思ってたんだ。でも家に行ったら、いないって言われて」

「また捜してくれたのか?つか、よくここだって分かったな」

「うーん…何となく、ここに来れば会える気がして」

「…そっか」

ユーリが立ち上がり、木を見上げる。



「なあ、フレン。オレ…この場所、好きだぜ」


唐突に言われて少しだけ驚いたものの、フレンも立ち上がるとユーリの横顔を見ながら言った。


「僕も。ユーリに逢えたから、ますます好きになった」



フレンを見てユーリは顔を赤くしたが、それが何故なのかフレンには分からなかった。



ーーーーー
続く

光射す庭・3

続きです。








ユーリは困惑していた。

自分のことを抱き締め、良かった、と繰り返すこの少年は一体誰なのか。
会った事などない筈だ。一度でも会っていれば、きっと覚えている。


今、自分達を照らす太陽の光よりも眩しく輝く金の髪、その太陽を浮かべる青空よりも澄んだ蒼穹の瞳。

何もかもが自分とは違う。
違いすぎて強烈な印象を与えたその姿を、忘れる事なんて絶対にないと思った。

受け止めるから、と広げられた腕に、その笑顔に不思議と心が安らいだ。
こいつなら大丈夫。信じられる。
根拠もなくそんなことを考えて、いつの間にか彼の胸へと身を踊らせていた。

本当は、降りられない高さではなかった。でも何となく、彼の言う通りにしたかった。何故と聞かれても答えられない。ただ、そうしたいと思った。ごく、自然に。

自分を受け止めた少年は、結局支え切れずに派手にひっくり返って、その瞳がこぼれ落ちるんじゃないかと思うほど目を見開いて、口をぱくぱくとさせて驚いて、かと思えば真っ赤な顔でこちらを見つめたきり黙ってしまって。


…まさかこいつ、オレのことあの猫なんじゃないかとか思ってたりして。


信じられない、といった様子でじっと見てくる視線があまりに真っ直ぐすぎて、ユーリはついそんな事すら考えてしまうほどだった。
遅れて木から降り立った子猫を見て『あの猫だと思った』と呟く彼の姿に、やっぱりそうだったかと思うともうおかしくて、笑いを堪えることが出来なかった。

声を上げてこれほど笑ったのは、久しぶりのような気がする。
笑われて我に返った金髪の少年は少し腹を立てたようだったが、すぐにまた先程と同じ真っ直ぐな瞳でユーリを見つめ、その名を口にした。


ユーリは困惑していた。

自らをフレンと名乗った少年に、やはりユーリは覚えがない。
だが今こうして自分を抱き締めて『良かった』と繰り返すフレンは本当に嬉しそうで、こんなに喜んでいる理由も分からないというのに、何故かそれはユーリに非常に心地好い感覚を与えている。

だから知りたいと思った。

このふわふわした感覚の正体を。

フレンという人間のことを。


首に回された暖かい腕を手離すのは名残惜しかったが、ユーリは自由にならない両手をなんとか上げてフレンの肩を掴み、少しだけ力を入れてその身体を押し返した。

そこで漸くユーリから身体を離したフレンと真正面から向き合うと、瞬く間にフレンの顔が真っ赤になる。
何事かとユーリが思う間もなくフレンが勢いよく頭を下げたので、ユーリは呆気に取られてただ目の前に揺れる金色の髪を眺めていた。
少しの間そうしていたが、フレンはそのまま動かない。

痺れを切らしたユーリが僅かに身を乗り出したのと、フレンが勢いよく顔を上げたのはほぼ同時だった。



「何やってんの、おまえ」
「ご、ごめん……!」

「…………」
「…………」


お互いの言葉が重なってしまい、同時に沈黙する。

先に口を開いたのはフレンだった。

「……えっと、ユーリ、だよね?」

ユーリが怪訝そうに眉を寄せる。

「おまえ、さっき自分でそう聞いたじゃん。オレも、そうだって言ったよな」

「う、うん…あの、ごめんね、何度も抱きついちゃって」

「……別に」

それで『ごめんね』か。
しかし、改めて言われてしまうとどうにも気恥ずかしくてつい口調が素っ気ないものになる。それをまた、フレンは気にしたようだった。

「ううん、本当にごめん。……でも、あの、ユーリって…」

「なに?」

「…何でもない」

「何だよ、気になるだろ。言いかけてやめるなよ」

「ごめん、ほんとに何でもないんだ!」

「嘘くせーなあ」

「そ、それより!ユーリはなんで、大人の人達から逃げてたの?みんな心配して、ずっと捜してたんだよ」

僕もね、とフレンが言うと、ユーリは表情を曇らせた。

「それは…」

「…ユーリ?」

俯いて下唇をきゅっと噛むユーリの姿に、フレンは胸を締め付けられる思いだった。何気ない質問のつもりだったのに、ユーリは何故か苛立たしげで、それでいて酷く辛そうな様子だ。

こんな顔をさせたいわけじゃない。
こんな顔が、見たいわけじゃない。

フレンは慌ててユーリの手を取り、俯くその顔を覗き込みながら必死で謝っていた。

「ごめん、ごめんねユーリ…言いたくないなら無理に聞かないよ。何か理由があるんだよね?だから顔を上げて…!」

「…フレン…?」

「ごめんユーリ、もう聞かない。君が無事だったからいいんだ」

「うん…」

「でもね、みんなが心配してるのは本当だよ。お母さんもとても…不安そうだった」

泣いていた、とは言えなかった。そんな事を言ったら、余計ユーリを困らせてしまうと思ったからだった。

「だからもう、みんなのところに帰ろう。僕も一緒に行くから」

「…わかった」

ユーリが顔を上げて頷いたので、フレンはほっと胸を撫で下ろした。
しかし、ユーリは何故かまだ微妙な表情のままでフレンを見つめている。

「ユーリ?どうしたの?」

「あのさあ」

「うん?」

「いい加減この手、離してくんない?」

「え…」

そこでやっと、フレンは自分が先程からずっとユーリの手を握りっぱなしだったことに気が付いた。慌てて離した両手を後ろに隠し、またも赤面して俯くフレンにユーリは少々呆れた様子だ。

「おまえさあ…何?スキンシップ不足?触るの好きなの?」

「ち、違っ…!あ、ご、ごめんっっ!!」

「いやいーんだけどさ…。さっきからそればっかだな、おまえ。謝んなくていいってば。…変なやつ」

「へ、変?」

「うん、変。勝手に人の心配して、勝手に喜んでさ。最初はどっかで会った事あったっけとか思ったけど、初対面だよな、オレ達」

「…うん、そうだよ」

「何でそんなに必死でオレの事捜したりしたんだよ。別に関係ないじゃん、おまえに」

「僕もよくわからないけど…。同い年って聞いてたし、引っ越して来たばかりなのに何でいなくなったんだろうとか、お腹空いてないかなとか考えたらなんだかとても心配になったんだ。だからパンを取りに帰って、そしたら…」

フレンが目の前の楡の木を振り仰ぐ。つられてユーリも背後の木を見上げた。

「そしたら、家の前にあの子猫がいたんだ。まるでついて来い、って言ってるみたいで……子猫を追いかけたら、ここに着いた。この木の上から鳴き声が聞こえて」

「猫の、だろ?…おまえ、オレを捜してたんじゃないのか?」

「そうなんだけど…。何でだろう、その時は子猫を捜さなきゃ、って思ってたな…」

「何なんだよ、テキトーだな」

「でも、結果的には君を見つける事ができた。だからあの子猫には感謝してるよ」

そう言って笑うフレンは、ユーリを見つけられたのが本当にあの子猫のおかげだと思っているのだろう。

それにしたって、こいつは猫に向かってあんなに必死に呼び掛けていたのか、と思うとユーリは少しばかり残念な気持ちだった。
てっきり自分に向けて言ってくれたんだと思っていたのに。

初めの頃のふわふわした感覚は、すっかり鳴りを潜めてしまった。ユーリは目の前で笑うフレンに聞こえないように、小さく溜め息を吐いていた。


「ほんと、変なやつ…」

「何?ユーリ、何か言った?」

「何も言ってねえよ。…腹減ったな、って思っただけだ」

「あ、そうだった!やっぱりお腹空いてるよね?良かった、パン持って来て!」

この辺に置いた筈だけど…ときょろきょろし始めたフレンだったが、すぐに目的のものを見付けるとそれを手に取り、包んでいた紙を開いて中身を取り出して見せた。

「ごめんね、これしかないんだけど…」

手にしたパンを半分に割り、片方をユーリに差し出す。

「はい、半分こして食べよう」

笑顔のフレンからそれを受け取り、ユーリは神妙な面持ちで掌の中の小さな塊をじっと見つめた。

「ユーリ、どうしたの?食べていいよ?」

「…ん」

一口囓ったそのパンは少し乾燥気味で、ユーリの口内の水分を容赦なく奪っていく。一度にあまり口に入れられなくて少しずつ食べていたら、フレンがじっとこちらを見ている事に気が付いた。

「何だよ、じろじろ見んな」

「あ、うん…。ユーリ、もしかして美味しくない?」

「…そんなことない。ちょっと、パサパサはするけど。おまえは食べねーの?おまえだって腹減ってんだろ」

「うん、じゃあ僕も」

いただきます、ときちんと言ってパンに囓り付いたフレンを見て、ユーリは今更ながらに少しだけ恥ずかしくなった。

いただきますの挨拶どころか、自分はフレンに礼すら言っていない事に気が付いたのだ。顔が熱くなるのを感じた。
見ず知らずの自分を探し回り、食べ物まで分けてくれたというのに。
とにかく、礼だけは早くしてしまおう、と思った。

「あのさ、フレン」

「何?ユーリ」

「…ありがとな。その、色々と」

「そんなの、気にしなくていいよ。それよりも、お願いがあるんだけど…いい?」

「え?お、お願いって、オレに?」

「うん」

既にパンは食べ終わってしまった両手をはたくと、フレンは右手をユーリに差し出した。
少しはにかんで、でも真っ直ぐにユーリだけを空色の瞳に映している。



「僕と、ともだちになってくれる?」


同い年の友達、欲しかったんだ、と笑うフレンが眩しい、とユーリは思った。

「――ああ、いいぜ。てか、わざわざそんな事断るなよ。真面目だなあ、おまえ」


ほんと、面白いやつだな、と笑うユーリがとても可愛らしい、とフレンは思った。

二人共、友達になってこれからもっと、お互いの事を知りたいと思っていた。






その後フレンがユーリと共に下町に戻ると、ユーリの母親が駆けて来て強く彼を抱き締め、それから何度もフレンに礼を言った。ユーリはそれが恥ずかしかったのか、母親の腕から逃れると少し離れたところからフレンに軽く手を振り、さっさと背を向けて行ってしまった。

ユーリがどこに住んでいるのか聞きたかったが、何やら忙しそうな大人達の輪の中にはそれ以上入る事ができず、仕方なくフレンも家に戻る事にした。



明日、朝一番でハンクスさんのところに行って、ユーリの事を聞いてみよう。そうしたら下町を案内してあげるんだ。



そんなことを考えながら歩いていると自然に笑みが零れ、石畳を蹴る靴の音すらも耳に心地好い。
きっと仲良くなれる、もっと仲良くなりたい。


「早く、明日にならないかな…」


これ程までに、明日を待ち侘びた事はないように思った。





ーーーーー
続く

光射す庭・2






フレンがユーリと出逢ったのは、今から十日ほど前だった。



先帝が崩御してから数日、国民には服喪令が発せられていた。バザールは一週間の開催自粛となり、多くの店が臨時休業の看板と半旗を掲げていた。

その日も仕事のなかったフレンは何か下町で出来ることはないかと思い、ハンクスの元へ向かっていた。
この辺りの自治を任されているハンクスは、早くに両親を亡くしたフレンにとっては育ての親とも言うべき存在だった。優しくも厳しく自分に接してくれるハンクスの事がフレンは大好きで、こうして一人で暮らすようになっても毎日彼の元を訪れ、時に彼の手伝いをするようにしていた。


そもそも、今フレンが一人で住んでいる家もハンクスが世話をしてくれたものだった。
自分の存在が負担になっているのではないかと考え始めたフレンに、ハンクスは子供がそんなことを気にするな、と言った。だが、気にするなと言われれば益々気に病む性質であるフレンに、ハンクスは驚くべき提案をした。
下町の一角に、古い家がある。居間と寝室だけの小さな家で、もう十年以上空き家になっているその家を、好きに使っていい。ただし、毎日必ず自分に顔を見せに来ること――――

まだやっと十一になったばかりのフレンに一人暮らしをさせることを心配する大人達も少なくなかったが、なによりもフレンがこの提案に大いに乗り気だった。

こうしてフレンはその家に住むようになり、約束通り毎日ハンクスの元へ通っている。
仕事があればそのまま彼の家を後にするが、今日もそのような予定はなかった。顔見せついでに何か手伝えそうなことでもあればと思っていたのだが、噴水広場が見えて来たあたりから、何やら周囲が騒がしいのに気が付いた。

数名の大人達が不安げに眉を寄せ、落ち着かない様子で話をしている。
何かあったのだろうか。
そう思って辺りを見回すと、見慣れない女性と共にいるハンクスの姿を見付けた。ハンクスは目の前の女性を落ち着かせるかのように優しく肩を叩き、何か話し掛けている。フレンはハンクスの元に駆け寄ると、何があったのかを尋ねていた。


「おお、フレンか」

フレンの姿に老人は笑みを浮かべたが、すぐに困ったように息を吐いて女性の顔を見た。つられてフレンもその女性を見上げる。
見た事のない女性だった。
美しい黒髪のその女性は、胸の前で両手をしっかりと握り締めている。よく見ると、その手は小刻みに震えていた。


「あの…どうしたんですか?」

「ん?おお、この人は昨日、下町に越して来たんじゃ。といっても、昔住んでおったから戻って来た、と言ったほうがいいかの」

「そうなんですか。あの、僕はフレンと言います。よろしくお願いします」

律儀に挨拶をしたフレンを女性はちらりと見ると、ぎこちない笑みを浮かべた。どうやら泣いていたようで、フレンもそれ以上何も言えなくなってしまった。

「…えっと、あの…」

「実はの…こちらの息子さんの姿が見当たらんのじゃよ」

「息子さん?」

「うむ。…そうじゃの、確かおまえさんと同い年じゃったか」

この親子は、昨晩遅くに下町へと越して来たらしい。それが、朝になったら子供の姿が見えない。今まで探していたのだが、未だ見付けられずにいるという事だった。

「少しばかり人見知りのきらいがあるようじゃからのう、あちこち逃げ回っとるのかもしれん」

「ハンクスさん、僕もその子を捜すの、手伝います」

ハンクスはフレンを見ると顎に手をやって暫し考え、それからひとつ頷いて言った。

「…そうじゃの。年の近いおまえさんなら、向こうもあるいは…」

ハンクスから子供の名前と特徴を聞き、フレンは考えつく限りの心当たりを捜すことにしたのだった。


それからフレンは、下町中を走り回って子供の姿を捜した。
隠れんぼをした路地裏や、空き家の中。
危ないから近付くな、と言われていた川岸の辺りも念入りに捜した。そんな所で見付けたくはなかったが、大人の目線では分からない事もあるかもしれない、と思ったからだ。幸いにして子供の姿も、川に落ちたような形跡もなかった。

隠れることが出来そうな場所はあらかた捜したつもりだったが、子供は見つからない。朝早くに家を出たのに、気が付けば既に太陽は中天に差し掛かっていた。



「…お腹すいたな」

朝食に少しばかりのパンをミルクで流し込んだだけで走り回ったため、フレンはいつもより強い空腹感を感じて立ち止まった。
一度、家に帰って食事をしようか。
そう思ったが、まだ見つからない子供の事を考えるとそういうわけにはいかない、とも思う。

(でも…、その子も何も食べてないんじゃないのかな)

ふと、そんな事を考えた。昨晩遅くにやって来て、朝にはいなくなっていたのだ。少なくとも、朝から何も食べてはいない筈だ。

何故、姿を隠しているのかは分からない。だが、空腹は余計に人を不安にさせる。人見知りで、頼る相手が誰もいないなら尚更なのではないか。
それなのに、母親の元を抜け出してまで何がしたかったのだろう。どこか行きたい場所でもあったのだろうか。
考え出したら止まらなくなって、フレンはまだ見たこともないその子供の事が気になって仕方がなくなっていた。捜して見つけ出す、というより、会いたい、と思う。会って、色々と聞いてみたい。
それなら、少しでも早く打ち解けるにはどうすればいいだろう。
そうするとやはり、何か食べる物を用意したほうが良いように思われた。自分が空腹だったからかもしれないが、他に話し掛けるきっかけが思い付かなかった。
一度思い込んだらもう、それが最善の方法としか考えられなくて、フレンは急いで家に帰る事にした。



自宅に戻ったフレンはパンを一つ持って、再び子供を捜すために家を出た。

「うわっっ!?」

扉を締めて振り返った足元に何かが触れ、思わず声を上げてしまう。
声に驚いたのか、『何か』が勢い良く離れていく。見ると、それは黒い毛並みの子猫だった。
長い尻尾を揺らし、翠色の瞳がじっとフレンを見つめている。フレンが一歩踏み出すと、子猫は背を向けて逃げて行ってしまった。

黒く艶やかな毛並みが、泣いていたあの女の人の髪の毛みたいだ、と思った。
子供も同じ黒髪だと聞いている。何か不思議なものを感じつつも敷地の外に出たフレンは、そこでまた足を止めた。

先程の子猫が、道の真ん中に座ってこちらをじっと見ていたのだ。

子猫はフレンが姿を現すと、再び背を向けて逃げる。しかし、少し走ると立ち止まり、振り返ってまたフレンを見る。

「…僕に、何か教えたいの…?」

何故かそんな気がして、フレンは子猫を追いかけていた。






「ま、待って……!!」

いつの間にか全力で逃げる子猫を追って辿り着いたのは、フレンの家がある辺りからさらに街外れの空き地だった。
昔は家屋が何軒かあったらしいその辺りには、今は家の基礎と崩れた瓦礫しかない。
雑草が生い茂るその空き地に、一本の楡の木が生えている。もっと幼かった頃、フレンもその木に登って遊んだ記憶があった。

全力で走ったために今だ乱れた呼吸のまま、辺りを見回してみるが、子猫の姿は見当たらない。


「ねえ、どこにいるの!!」

大声で呼んでみる。すると、楡の木のほうから微かな鳴き声が聞こえた気がした。
木の下まで歩いて行くと、上に向かいもう一度声を掛ける。

「そこにいるの?」

今度は鳴き声はしなかった。その代わり、葉陰に何か黒いものが揺れる。真昼の太陽が逆光になって良く見えず、額に手を翳して目を細めたその時、再び子猫の鳴き声がした。

「やっぱり、そこにいるんだね。…おいで?」

手に持っていたパンを置き、両手を木の上に向かって伸ばす。
がさり、と葉擦れの音がした。

「どうしたの?…もしかして、降りられなくなっちゃったのかな」

背の高い木ではない。それでも一番低い枝は、フレンの伸ばした手の少し先にある。相変わらず逆光で眩しいその先に、フレンは声を掛け続けた。

「大丈夫、君ぐらいなら受け止めてあげるから。だから、こっちにおいで?」

黒い影が揺れ、先程よりも葉擦れが騒がしくなる。飛び下りるかどうか迷っているように感じて、フレンは目一杯背伸びをし、両手を更に大きく広げ、木の上の影に向かって笑いかけた。

「僕がちゃんと、受け止める!だから心配しないで、降りておいで!!」


一瞬の静寂の後、葉陰から姿を現した『影』が勢い良くフレンに向かって飛び付いて来て、その予想外の質量を支えきれずにフレンは『影』を抱き締めたまま、思いきり後ろにひっくり返っていた。



「い…ったあー…」

背中やら尻餅をついたあたりやらを強く地面で打ってしまい、痛くて涙が出そうになる。衝撃で強く閉じてしまったままの瞼をそろそろと開けて、目に映ったものに更に強い衝撃を受けた。
驚きのあまり、声も出ない。

フレンが胸に抱いていたのは、子猫ではなかった。






自分と同じぐらいの年頃の子供が、顔だけを上げてじっとこちらを見つめている。
肩の辺りまである艶やかな黒髪が微かな風に揺れて顔にかかるのを、フレンはただ息を詰めて見ていた。

透き通るように白いその顔に、形の良い鼻がちょこんと乗っている。きゅっと結ばれた薄い唇を見た瞬間に何故か胸が苦しくなって、慌てて視線を上げた先にある瞳と視線がかち合った。

子猫とは違う、薄紫色をした、意志の強そうな瞳。 少し吊り気味の目はやはり猫を思わせたが、腕の中の存在は確かに人間だった。


猫が、人に?


そんな有り得ない事まで考えて、身じろぎ一つできないままじっと見つめるフレンの視線に耐えられなくなったのか、その子供が恐る恐ると言った感じで口を開き、漸くフレンは我に返ったのだった。



「…なあ、大丈夫か?」

「…え、う、うん」

「大丈夫だって言うから飛び降りたんだけど…」

「あ、いや、まさか人だとは思わなくて…」

「はあ?…どういうこと?」

その時、子猫が木から飛び降りて来た。
フレンの頬をひと舐めし、背を向けて去っていく。

「…あの子猫だと思って…」

小さく呟かれたフレンの言葉に、黒髪の子供の瞳が大きく見開かれる。と、次の瞬間には声を上げて笑い出したので、フレンは急に恥ずかしくなって思わず声を荒げてしまった。

「わ、笑うな!!」

「だっておまえ、猫が人に、とか……あ、あるわけないだろ!はは、あははは!」

「も、もう…!」

あまりの恥ずかしさに耐えられなくなり、胸の上の存在の肩を掴んで引き離す。起き上がって横に座り、落ち着いてその子供を見てみると、フレンはやっとある事を思い出した。

ハンクスから聞いていた特徴と、同じだ。


「ねえ…君、もしかして、ユーリ…?」

「…え?」

笑い続けていた子供が、きょとんとした様子でフレンに聞き返した。

「確かに、オレの名前はユーリだけど……。なんで知ってんの?…おまえ、誰?」

「僕?僕はフレン。フレン・シーフォ。良かった、ずっと君を捜してたんだよ…!!」

「え!?ちょっ、ちょっと!!」


良かった、と繰り返すフレンに再び抱き締められて、ユーリは訳が分からずにその腕の中で固まるばかりだった。




ーーーーー
続く
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