続きです。







ソディアの後に付いて城の廊下を歩きながら、オレは今までに何度感じたか分からない居た堪れなさに、恥ずかしいのを通り越して不機嫌極まりなかった。
最初は顔を上げるのすら嫌だったが、もうどうでもいい。多分今のオレは、限りなく無表情に近いだろう。


たまにすれ違う奴らが、必ず振り返る。
あれはきっと、あんなデカい侍女がいたっけ、っていう好奇の目に違いない。
そうじゃなきゃやってられるか。

女装した自分が、周りからどう見えるのか。情けない事に、女にしか見えない…らしい。
どいつもこいつも、いっぺん医者に行って来いってんだ。ちょっと見りゃ分かるだろうが、ってのがオレの意見なんだが…。
今回だって胸はまっ平らだ。体型はだいぶ隠れちまって、何とも言えねえが。

勿論、こんな格好でいる以上、正体をバラしたい訳でもバレて欲しい訳でもない。だが、すれ違った奴らが背後で『ちょ、あんな娘いたか!?』『知らねーよ!初めて見るぞあんな美人!!』……なんて言っているのが聞こえた日には、オレは男だ!!…と思い切り叫びたくなって当然だろ!?
嬉しくも何ともない。気色悪いだけだ。
だからオレはそういう奴らを無視することにした。逃避?何とでも言え。いちいち気にしてたら身が持たねえんだよ。
下手に挙動不審なほうが目立つ。前回の『仕事』でもそう思った。

…決して、女装する事に慣れたわけじゃないからな!!

それにしても、このルートだと、向かうのは…


「…なあ」

「何ですか」

「もしかして、フレンの部屋じゃなくて執務室に行くのか?」

「当然です。今の時間、団長は執務中ですので」

「まあ、そうか。…って、仕事は大丈夫なのか?あいつ」

重要度がどの程度か知らないが、さっきソディアに見せられた書類には本来フレンのサインがあって然るべき場所に、オレの名前がデカデカと書いてあった。
無意識なんだろうが、それだけに余計マズいんじゃないか。
そう思って聞いてみれば、ソディアが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「大丈夫じゃないからあなたがここにいるんでしょう。…先程の書類は、一週間ほど前の物です。それ以前はまだ、書類の隅にあなたの名前やら…何やら書いてあるぐらいでしたが」

「いや、『ぐらい』じゃねえだろ。試験中の落書きじゃねえんだから!それに何やらって何だ」

「言いたくありません。知りたければ団長に直接聞いたらどうですか」

「……」

何、書いたんだ…あの野郎。聞かないほうが精神衛生上いいような気もする。

「…それがサインは全てあなたの名前になり、今ではもう……!」

ソディアが顔を背けて肩を震わせる。今では…良く分からねぇが、もっと酷いって事なんだろうな、やっぱり。

「おかげで我々は書類の修正や検閲に莫大な時間をかけるハメになったんです!それもこれも…!!」

びし、と音がしそうな勢いでオレに突き付けた指先がブルブル震えている。

どうやら今まで溜め込んだ何かが爆発寸前らしい。
堪え切れなくなったのか、ついにソディアは大声でオレを怒鳴りつけた。


「ユーリ・ローウェル!!貴様が、貴様が団長のこ…『恋人』という立場でありながら団長を放置し…っっ!?」

「ちょ、待っ!!てめぇ何考えてやがる!?」


オレは大慌てでソディアの口を両手で塞ぎ、そのまま廊下の隅っこに引きずって行った。素早く辺りを窺うが、とりあえず人の姿はない。
とはいえ、誰がいるとも限らないってのに何てこと言うんだこいつは!!


「むぐうぅっ!?」

「おい、落ち着け!!」

手を離したら、物凄い勢いでソディアがオレから飛びのいて、そして…

「貴様、何をする!!」

「そりゃこっちのセリフだ!剣に手をやるな!落ち着けって言ってんだろ!?」

オレは丸腰だ。元々の服と一緒に愛刀も取り上げられちまってる。…これはすぐにでも取り戻しとかねえとヤバいな。
とにかく今はこいつだ。

「あのな、デカい声でとんでもねえ事言ってんじゃねえぞ!」

「私だって認めたくない!でも事実だろう!!」

「そうじゃなくてだな。…知られて困るのはフレンだって同じだろ、って言ってんだよ!」

だから落ち着け、と繰り返すと、漸く少しは頭が冷えたのかバツの悪そうにオレから顔を背けた。
全く…勘弁しろよマジで。

とりあえず、今のうちに色々聞いとくか。詳しい事はこいつに聞けとは言われたが、今んとこ何も聞けてないからな。

「ちったぁ落ち着いたか」

「…はい。…すみません」

「んじゃついでに色々聞きたいんだが、いいか?」

「……何でしょうか」

「まず、おまえらオレに何させる気だ?それに、期間が一週間とか言ったな。その間どこにいりゃいいんだよ」

するとソディアが一枚の封筒を取り出し、オレに見せた。

「これを団長にお渡しします」

「…はあ?どういう事だよ」

「あなたへの指示の内容等は全てその中に記してあります。あとは団長に確認し下さい」

何だそりゃ。何でフレンに?

「…それまでオレに、何も知らないままでいろってのか?無茶苦茶だな。オレが見たら駄目なのかよ、それ」

封筒を睨みながら聞くと、ソディアはふん、と鼻を鳴らしてそれを再び自分の懐に入れちまった。
…マジで見せねえつもりか。

「サプライズですから」

「…は?」

「知った所で変わらないと思うんですが、陛下がそうしろと。心配しなくとも、妙な仕事はない筈です」

「妙、ってとこが物凄い引っ掛かるんだが…」

「……団長の受け取り方次第ですね」

「な…おい!!どういう意味だ!?」

それは、フレンの解釈によってはとんでもない事をやらされる可能性があるって事だ。冗談じゃない。

大体、これを『依頼』だって言うなら、オレが何も知らされないままなんてバカな話があるか。
そんな依頼、普通受けたりしない。悪事の片棒担がされるかもしれないだろ?
こっちには内容を確認させてもらう権利がある。

そう言って食い下がるオレを、しかしソディアは完全に無視しやがった。もうユニオンを通じて了承されたからとか何とか言うが、あっちに行ってる内容と違うんだったら詐欺じゃねえか!!

「…話にならねえな。悪ぃが、一旦帰らせてもらうぜ」

「その場合、契約不履行として損害賠償の請求があなたのギルドに行くことになりますが」

「ああ!?ふざけんな!!」

オレの抗議をさらに無視して、ソディアが再び歩き始めた。慌ててその後を追う。

「エステリーゼ様にも、真相を説明してさし上げないと…きっと当分の間、根掘り葉掘りあれこれ質問責めですね。私は一向に構いませんが。ただ…」

ソディアは肩越しにちらりとオレを見て、忌々しげに眉を寄せるとこう言った。


「この機会を逃せば、ますます団長に会いづらくなるだけですよ。…あなたが」


…たった三ヶ月でコレなんだ。それ以上の場合どうなるかなんて考えたくもない。
オレは大人しく、フレンの元に向かうしかなかった。






「…何をしてるんですか」

執務室に着いたオレは、扉の横の壁に張り付いていた。そんなオレにソディアがじっとりとした眼差しを向ける。
扉が開いた途端にフレンに抱きつ…タックルかまされる可能性を考慮しての防御策だ。

「気にすんな。さっさとノックしろ」

「……」

溜め息を吐いて、ソディアが目の前の重厚な扉を二度、ノックした。

「………」

「………」

返事はない。

「…?いないのか?」

「…いいえ」

ソディアがもう一度ノックする。すると今度こそ、聞き覚えのある声で返事が返って来た。


『………ユーリ……?』


…は?何でオレ…?

知らないんだろ?気配で分かったとかいうんじゃねえだろうな。

「…失礼します」

ソディアが構わずに扉を開けたので驚いていると、一緒に入るよう目で促される。仕方なしに入り口に立つと、三ヶ月ぶりに目にする金色の髪が揺れた。

ぼんやりとこちらを見る瞳がくすんで見えるのは、多分気のせいじゃない。
オレの姿は見えてる筈だが、フレンは微動だにしなかった。
…少しばかり、意外な反応だ。

「団長、少々お時間を…団長?」

ソディアが声をかけたら、やっとフレンが立ち上がった。そのままゆっくりと近付いて来る。


…ヤバい。

本能が、『逃げろ』と叫んでいる。
気付けばどこか虚ろな眼差しのままのフレンが既にオレの前に立つソディアの目の前にまで迫っていて、思わず一歩後ろに下がった、その時だった。

「団ちょ……ぇ、えっ!?」

フレンは無言のまま腕を伸ばすとソディアを押し退け、そのまま部屋の外に突き飛ばすとすぐさま扉を閉めて鍵まで掛け、オレを扉に押し付けて顔の横に手を突いた。

まさか、フレンが女にあんな事をするとは思わなかったせいで反応が遅れた。
背後から激しく扉を叩く音がする。オレは背中に嫌な汗が流れるのを感じつつ、扉にへばり付いていた。


「…ユーリ…?」

「よ…う、フレン。久し振り……っ、ひ!?」

なんとか言葉を絞り出したオレは頬を両手で包まれて、情けない声を出した。
こいつ、目の焦点が何だか合ってない。
マジで怖ぇんだけど……!!


「…すごい」

「へ…?」

「最近の幻って、触れるんだな…」

「……………」

「温かいし柔らかいし…本当にユーリに触れてるみたいだ」

ゆっくりと頬を撫でられて全身に鳥肌が立つ。…ちょっとこれ、シャレになんねえだろ!?
オレはフレンの腕を掴んで激しく揺さ振った。

「おいフレン、しっかりしろ!真っ昼間から寝ボケた事言ってんなよ!!」

「…え…」

「全く、たかだか三ヶ月で腑抜けてんじゃねえぞ!?何やってんだてめえは!!」

正気を取り戻す為にわざと強く言ってやると、少しずつフレンの瞳に光が戻って来る。
あと少しか?


「幻じゃねえよ。わざわざ来てやったのにご挨拶だな、フレン!!」


「あ…え?ユーリ?ほんとにユーリ…なのか!?」



信じられない、といった様子で聞き返したその顔は、やっとオレの知っているフレンに戻ったようだ。え?何で!?と繰り返しながらぺたぺた触ってくる手を叩き落として、漸くオレも身体の力を抜いた。

「…いつまで触ってんだ。本物だよ。久し振りだな、フレン」

「……………」

「フレン?」

少し身体を離したフレンが、まじまじとオレを見つめている。
頭の先から爪先までゆっくりと見下ろし、再びゆっくりと上げた顔は……何とも、微妙な表情だ。

今の今まで忘れてたが、そういえばオレはメイドの格好してたんだった。フレンもさっきは気付いてなかったのか、少々困惑気味に見える。
…あれ?もっと…


「あの…ユーリ?」

「な…んだ、よ」

どこか不安そうな瞳でオレを見ながら、あろう事かフレンはとんでもない台詞を口にした。



「気は、確かだよね…?」



その瞬間、オレの中の何かがブチ切れた。


「…おまえのせいだろうが!!!」



あまりに予想外な反応ばかり見せられて、オレも混乱して腹が立ってたんだよ!
手加減も忘れてフレンの腹を殴りつけ、しゃがみ込んだその頭を思い切りはたき倒した。


…誰だよ、『泣いて喜ぶ』なんて言ったのは。
わざわざこんな格好してやってこれじゃ、バカみてえじゃねえか、オレ。


…契約不履行でも何でもいい。
やっぱ帰っときゃよかったぜ……




ーーーーー
続く
▼追記