これは何の冗談だ。


オレは命の危機より、もっとこう…、オレという人間の根幹に関わるんじゃないかという部分に危機を感じていた。

死にかける以上の危機なんかあるのか、って感じだが、『死んだほうがマシだ』って事だってある。今までにも何度か、そう思うような出来事がなかったわけじゃない。

…そうだな、一番最近でそう思ったのは三ヶ月ぐらい前か。
オレの、男としての矜持というかなんていうか、色んなものを失った。まあ…得るものがなかったとは言わないが、とにかくその時の事はあまり思い出したくない。なんであんな依頼を引き受けたのか、他の奴らに説明もできねぇし。

それにしたって、今のこの状況はあの時の比ではない。はっきり言って、あんまりだ。あの時の格好のほうがまだマシだ。

二度と着たくもない女物の服を無理矢理着せられ、オレはもう、この世の終わりが来たかのような気分になっている。
いや……もういっそ、この世の終わりが来たらいい。今すぐ。そうすりゃこんな格好であいつに会わなくて済む。


こんな、…こんな格好をあいつが見たら、絶対に無事じゃいられない……!!








今から三ヶ月前、フレンの『依頼』を済ませて戻ったオレを待っていたのは、ギルドの首領であるカロルやジュディからの熱すぎる抱擁だった。
どうやらオレがやっていた事については『アレ』を除いて説明されたらしい。まあ元々、新人の指導、っていう依頼内容についてはカロルは聞かされてたんだろうけどな。

『アレ』ってのは、オレが女の格好して、女として仕事してた事だ。
そのあたりだけうまい事ごまかして、あとは概ね実際にあった通りの説明だったみたいだが……カロルはともかく、ジュディはどう思ったんだか。絶対、素直に信じてねえと思うんだよな。

…実際のところ、オレは依頼以外のさらにフレンの個人的な頼み事までやらされたんだが…。


当初の依頼期間を少々オーバーした理由について、怪我したからだ、っていう事もフレンがきっちり話しちまったらしく、随分と心配したらしい二人からの再会の挨拶がさっきの抱擁だったってわけだ。

そういう事こそ適当にごまかしとけばいいものを…オレが怪我したのは自分のせいだ、っていう思いは拭えなかったらしい。フレンのやつ、わざわざカロル宛てに謝罪の手紙まで送って来たんだぜ。ま、あいつらしいっちゃあいつらしいけど。
大変だったんだね、と言うカロルの頭をぽんぽんと叩いてやりながら、オレは『そのぶん報酬の上乗せ交渉しとけ』とだけ言った。一応、あいつにも言ってはあったがまあ、ちゃんとした話は首領にしてもらうのが筋だからな。

カロルが手紙で交渉したらしい報酬は、その後オレ達のもとへと届けられた。しかも驚いたことに持って来たのはソディアだった。
オレは何かのついでにでもフレンのところに顔を出して、その時に受け取ればいいか、ぐらいに思ってたし、それにしたってソディアがわざわざダングレストに来るなんて思わなかった。

…だが、城に行きたくなかったってのはある。城というか、あいつの部屋というか…。何と言うかオレはフレンと顔を合わせづらかった。
別に、喧嘩して仲違いしたとか、そんなんじゃない。むしろ逆なんだが……まあ、その。
とにかく、そういう事でオレは下町にも戻らず、ダングレストで暫くうだうだしていた。半月ぐらいして、そろそろ顔を出しとかねえとマズいかな、と思った頃、ソディアがやって来たというわけだ。

しかもその理由を聞いて、オレは真剣に騎士団の未来を心配した。

フレンのやつ、オレからの連絡がないんで自分から適当に理由つけてダングレストに行こうとしたらしい。

普段ならまあ、ユニオンに用事があるとか言えるかもしれないが、まだあっちもゴタゴタしててフレンも城を離れる訳にはいかない状況だ。確かに報酬の受け渡しはあるが、別にフレンが直々にしなきゃならないわけじゃないし、何より『依頼』の真相を知るのはごく一部の人間だけだ。オレが城にいた事が依頼だなんて知ってるやつのほうが少ない。

で、その一部の人間であるところのソディアが来たってわけだ。理由はひとつ。

フレンがオレに会おうとする原因を処理してしまうためだ。
とりあえず、報酬の受け渡しが完了すればフレンがバカなことをしようとする理由がなくなる。
それをダシにして休みを取ったり出来ないからな。


帰り際、たまには顔を見せてやるようにとオレに告げたソディアの表情といったら……。

尊敬してる相手が『唯一』と言って憚らない相手がオレだって事が我慢ならなかったのに、百歩譲って友人である事に納得した…と思ったら、いきなりそれ以上の存在になられたんじゃ、心中穏やかじゃないに決まってる。
だってのに、あいつはフレンのためにその感情を押し殺して、わざわざオレにフレンに会いに行けと言った。
心底申し訳ないと思ったよ。

……この時は、な。





あれから三ヶ月。

まあ、オレも悪かったと思わないでもない。
だがな、オレにだってやる事があるんだ。
下町でふらふらしてた頃とは違う。ちょっとぐらいはこの世界に対して責任っつーか、そんなことを考えることだってある。
だからあちこち飛び回って、自分達に出来る事を精一杯やってたら、いつの間にか三ヶ月経ってた。


決して、別に、断じてフレンに会うのを避けてたわけじゃない。


何度か行ったんだぜ一応。

でもあいつのほうがいなかったり、下町で他の連中に捕まって話し込んでたら次の依頼が入ったり、とにかくタイミングが合わなかったんだ。
ほんとにそれだけなんだよ!!





「なるほど。言いたい事は、それだけですか」

「フレン、可哀相です…」

「ええ、本当に。彼がこの調子では、フレンも全く報われませんね」

「はい、甚だ不本意ではありますが……」

「どういう意味だ!!!」



オレは今、ザーフィアス城のとある一室にいる。
…いるっつーか、拉致られてる。
全身を縄でぐるぐる巻きにされて絨毯の上に転がされてる、そんな状況だ。
さすがに不憫に思ったのか、白い手がオレを助け起こして座らせた。

「ごめんなさい、ユーリ…。でもこれもフレンの…いえ、この世界の為なんです!!」

「そんなわけねえだろ!!何が世界だ!!……ちょっと、落ち着け。怒らねえから状況説明しろ。つか、この縄どうにかしろ!」

「縄を解いたら、あなたはまた何処かへ行ってしまうでしょう?」

「行かねえって!あんたも何でこんなとこにいんだよ!?」

「貴様ぁ、陛下に向かってなんて口の利き方を!!」

「…喋り方、戻ってんぞ」

「今までが我慢していただけだ!!」

「……………」


…もう分かるだろ。

オレの前には三人いる。
こないだダングレストまで来たソディア。
かつての旅の仲間で、絵本作家兼帝国副帝というなんだかよく分からない肩書きを持つお姫様、エステル。
そしてこの帝国の頂点に立つ若き皇帝、ヨーデル。

三者三様の表情で見下ろされて、オレは不自由な身体を震わせた。


「…あれほど、団長に会ってあげてくれと言ったのに……!」

最初に口を開いたのはソディアだった。

「あなたがこの三ヶ月もの間、一度も団長に会わなかったせいで、すっかり団長はふさぎ込んでしまわれて、仕事も手につかないご様子で…」

「…大騒ぎした割に普通の症状だな」

「これを見てもそんな事が言えるかっっ!?」

ソディアがオレの眼前に書類の山を置き、そこから一枚取り出して突き付ける。
…どうでもいいが、どっから出したんだ、これ。

「あー…と、『来年度議会における議院定数の縮小とそれに伴う予算の…』…何だよこれ、フレンの仕事関係の書類か?こんなの、オレに何の関係があるってんだよ」

「問題は内容ではありません。一番下を見て頂けますか?」

ヨーデルに促されて視線を下ろす。一番下…決裁のためのサイン、欄……!?

「な…何だよこれ、ワケわかんねえんだけど!!」


そこにあるのは紛れもなく、オレの名前。ただし、筆跡はフレンのものだ。間違いない。前にここにいた時、散々見た。


「この書類だけじゃないんです。ここにあるもの全部、ユーリの名前でサインされてるんです!」

「へ……?」

「口を開けば二言目にはユーリの話、ペンを持てば書くのはユーリの名前ばかり…。このままでは、フレンが壊れてしまいます!フレンがいなければ、騎士団は成り立ちません!そうなれば帝国の危機です!帝国の危機は世界の危機なんです!!」

「お…落ち着けって!!…てかそれ、もう壊れてんじゃ」

「なんて事言うんです!?」

自分で言ったんじゃねえか。
そんなツッコミを必死で飲み込んだ。

「…つまり、オレのせいでフレンがおかしい、と」

「その通りです」

「その通り、じゃねえだろ!!」

何考えてんだこいつら。
フレンがおかしい理由がオレってのも納得いかな……いや、……でもいくらなんでも、なあ…。

「…とにかく!オレがあいつに会ってやりゃいいんだろ!?だったら早く縄解いてくれよ!」

「勿論、そのつもりです。ですが、この三ヶ月というもの、我々も大変に苦労したのですよ」

にっこりと笑うヨーデルの体から、何やら黒いものが見える気がする。…こいつ、フレンの上を行く腹黒さだよな。さすがあいつの上司なだけはあるっつーか…。

「…そりゃ悪かったな。あいつの友人として、一応謝っとくわ」

「貴様…!!」

「いいんですよ、ソディア。…ふふ、友人、ですか…」

「な…何だよ」

ヨーデルがエステルをちらりと見て、再びオレに笑いかける。
…何だこのプレッシャーは。物凄い勢いで全身から汗が吹き出すのが分かる。

「いいえ、別に。そうですね、久しぶりに『友人』と再会するとなればやはり、サプライズのひとつやふたつ、あってもいいと思いませんか?」

「サ、サプライズ?」

「ええ。エステリーゼ、『あれ』を持って来てくれませんか」

「はい!!ここにあります!!」

満面の笑顔で立ち上がったエステルが、自分の体の前で何か黒い物を翻した。
それがどうやら服であるらしい、と思った次の瞬間、オレは全力で後ろに飛び退った。

…つもりだったが、なんせ全身縄で縛り上げられてて満足に動けない。だから実際はほんの僅か後ろに動いただけで、両脇をエステルとソディアにがっしりと固められ、目の前にはエステルから黒い『あれ』を受け取ったヨーデルが立ち塞がり、どこにも逃げ場がなくなっていた。

………つか、反則だろこのメンバー!?


「今から、あなたの縄を解いて差し上げます。…大人しくして、下さいますね…?」

「なんっっ……!!」

「動くな。少しでも逆らってみろ、ヨーデル陛下とエステリーゼ様に対する不敬罪で即刻逮捕する」

「てめっ…!卑怯だろそれ!!」

「ユーリ、ごめんなさい…。でもフレン、絶対喜んでくれますから!」

「…エステル、おまえは何をどこまで知ってる…?」

「何の事です?わたしはユーリに、ちょっとしたお仕置きをしたいだけですよ?フレンを悲しませた、お仕置きを…」

「お…お仕置き、っておまえ…」

「ユーリは恥ずかしいし、フレンはきっと楽しんでくれるし、一石二鳥です!!」

「ちょ……!やめ、触んな!!脱がすんじゃねえ!!」

「…ユーリさん」

「何だよ!!?」


にこやかな表情のまま、身を屈めて目線を合わせたヨーデルが口を開いた。


「腹、括って下さい」



女子供相手にろくに抵抗できないまま、オレは身ぐるみ剥がされて無理矢理服を着替えさせられた。






これは何の冗談だ?

頼む、マジで勘弁してくれ…!!

三ヶ月会ってないんだ。
それだけでも恐ろしいのに、こんな姿を見たらあいつ、何するか分からない。

いや、分かる。
分かるというか物凄い予想がつく。


「うわぁ…!似合いますよ、ユーリ!!」

「ええ、…さすがですね」

「くっ…!男に負けるなんて……!!」



…言いたい放題言われながら、オレはこれから向かう場所が死刑台と大差ないということに激しく打ち沈んでいた。




ーーーーー
続く
▼追記