続きです。
フレンは出て来ません。









恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないんだ。

第一、相手なんて……









あれ以来、フレンの様子に特に変わったところはなかった。
仲間達の前では。


あの日、真剣な様子のフレンに話し掛けられたユーリは、仲間には聞かせたくない何か大事な話があるんだろう、と思った。
だからわざわざ一人、森の奥でフレンを待っていたというのに、その話の内容といったらあまりにもくだらない、取るに足らないものだった。

ユーリに、意中の相手がいるかどうか。

ただ、そのようなことを聞く為だけに、フレンがあんな面倒な手段を取るとは思えなかった。
知りたければ、普段の軽口ついでにでも聞けばいい事だ。勿論、フレンがいきなりそんな話をすることもないし、ユーリにしてもさほど興味のない話題だ。恐らく会話が発展することもなく、忘れてしまう程度の内容にしかならなかっただろう。

では、何故わざわざ。
どうやら仲間の誰かに強制されたらしい、という事はユーリにはすぐに分かった。その『誰か』は主にエステルで、他のメンバーも便乗したというのは後から聞いた。
適当にあしらえばいいものを、エステル相手だとフレンはそれが出来ない。ユーリがその場にいたなら、いつものように彼女を諌めてこの話はもうおしまい、となっただろうが、ユーリが会話に参加していなかった事がフレンにとっての不幸の始まりだった。

結局押し切られたフレンはユーリに話を聞きに行ったものの、途中でなんとなく事情を察したユーリは面白くなかった。
一応、真面目に話をする心積もりだったからだ。
しかも、どうやらフレンがちゃんと『命令』を果たしているかどうかの監視まで潜んでいるのに気が付いて、だったら逆に遊んでやろう、と一芝居打つことにした。

自分が好きなのはフレンだと言って、からかおうと思ったのだ。

仲間の誰かが見ているのも承知の上で、ユーリはわざとらしくしなを作ってフレンに迫ってみた。本当なら同じ男を誘惑するような真似など頼まれても御免なのだが、それよりも悪戯心のほうが勝っていた。
今となっては、魔が差したとしか言いようがない。

とにかく、自分の一挙一動にあたふたするフレンの様子があまりに面白かったので、ユーリも調子に乗ってはいた。そうしていよいよ『告白』、というところでフレンが思いも寄らない行動に出たため、このお芝居はなんとも後味の悪い幕引きとなってしまったのだった。


あれ以来、フレンの様子に特に変わったところはないように見えた。
…ユーリ以外に誰かいる場合には、一応、だが。
分かる者には分かってしまうものなのだ。








「…悪ふざけが過ぎた、とは思ってるんだがな」

カウンターでショット・グラスを傾けながらちびちびとその中身を啜るユーリは、その隣でグラスにワインを注いでいるレイヴンに事の顛末を語ると、最後にぼそっと呟いた。

「まさかあんな反応されるとはなあ…」

「あんな反応、ねえ」

野郎の話に興味はない、と言って『監視』に参加しなかったレイヴンは、何があったのかを知らなかった。何やら二人の様子に不自然なものを感じてユーリに話を聞こうとしたところ、酒場に誘われてこうして飲んでいる。

はあ、と溜め息を吐いてユーリが続けた。

「だってそうだろ?あんなマジに取るなんて思わねえよ。絶対、人をからかうのもいい加減にしろー、とか言って怒り出すと思ってたのによ」

「うーん…。でもフレンちゃん、真面目だからねぇ。そうやって積極的に迫られて、混乱したんでないの?」

「それが分かんねえって言ってんだよ。大体、おっさんだって知ってんだろ?あいつがそのテのあしらい、上手いって事を」

「あー…。思い出したくないわねー、あれは…」

以前、フレンを連れて酒場に行った際の出来事をレイヴンは思い出していた。
呼んだ女性従業員全てがフレンに構い切りになってしまい、レイヴンには見向きもしなかった。
しかもフレンはその女性に対して非常にそつのない、紳士的な対応で通したため、凄まじい敗北感を感じたレイヴンは、以来フレンと二人でその手の店には行くまいと固く心に誓ったのだった。

それはともかく。

つまり、怒るのでなければ何故その女性達と同じような対応がユーリには出来なかったのか、という事が気になっているのだ。

「…まあ確かに、それだけ考えるとちょっと意外っちゃ意外なリアクションよね」

「だろ?その上あの妙な態度……。一体何だってんだか」

「そりゃあフレンちゃん、確実に青年の事、意識してるからなんじゃない?」

「……意識ぃ…?」

グラスを持ったまま、顔だけをゆっくりとレイヴンに向けてユーリは呻いた。苦々しい表情は、レイヴンの言葉の意味を『理解』しているからだろう。

「青年だって気付いてんでしょ?だからおっさん誘って愚痴聞かせてんじゃないの?」

「おっさんが気付くぐらいだからな、ジュディだって気付いてんだろ…ったく、たまんねーよ、あの生温い視線……。大体、なんだってあんな、いつまでも気にしてんのかが分かんねえ。ちょっと考えりゃ分かるじゃねえか、冗談に決まってるって事ぐらいさ」

「……フレンちゃんも気の毒にねえ…」

「おっさん?」

「冗談だと思ってないから余計に意識しちゃって悩むんでしょーよ。罪作りだねえ、青年も」

「…なんかさっきから微妙に引っ掛かるんだが…」

ワインを揺らしながら、レイヴンが続ける。

「まあともかく、誤解を解きたいんなら早いほうがいいんでない?あれは冗談だった、ってさっさと言っちゃえばいいじゃないのよ」

「何度も言おうとしたよ。あの野郎、その度に逃げやがって話になりゃしねえ」

二人きりになると途端に落ち着かない様子になるフレンの態度に、ユーリも少々参っていた。だから、フレンが本気で怒るのを覚悟で真相を話そうとした事は何度かあった。本気で怒ったフレンは色々な意味で面倒だが、この際そうも言っていられない。

ユーリとしても、いつまでも自分がフレンを『そういう意味で』好きだなどと誤解されたままでいたくないのだ。そっちの趣味がないのはユーリも同じだった。

それなのに、自分が『あのさ、こないだの話なんだけど』と言って話を切り出そうとすると、途端に顔を赤くして逃げ出すので、一向に話が進まないのだ、とユーリは説明した。

だがそれを聞いたレイヴンは、何故か違和感を感じた。ほんの些細な事かもしれないと思いつつ、ユーリに問い掛けてみる。

「顔を赤くして…?照れて逃げるってこと?それ、なんかおかしくない?」

「おかしい?何で」

「いやおっさん、今までの話聞いててっきりフレンちゃんは青年を振った事に罪悪感を感じてるんだと思ってたのよね。意識してるってのは、そっちの意味で。普段、すごい辛そうに青年の事見てるからさ」

「…そう、か?いや、振ったって何だ。別にそこまでの話、あいつとはしてねえぞ」

「青年の話だと、最後にごめん、って謝ったきりで帰っちゃったんでしょ?だからフレンちゃんは青年をそういう意味では振ったつもりで、でも親友なわけだし、かと言って受けるつもりはないから青年にまた迫られたくなくて逃げてるのかと思ったんだけど」

よく分からない、といったふうにユーリが首を傾げる。

「そうなんじゃないのか?振ったとか思ってんなら尚更なんじゃねえの。下手にオレの話を聞こうとして、またそういう話になったら困ると思ってるから逃げんだろ?」

「いやそれだったら、顔赤くして、ってなんか変じゃない?普通、振った相手にしつこくされたら迷惑そうな顔すんじゃないの?少なくともおっさんはそうよ」

フレンちゃんならそんなあからさまじゃないだろうけど、というレイヴンの言葉に、ユーリは少なからず混乱していた。

確かに、レイヴンの言う通りなのかもしれない。だが二人きりになった時のフレンの態度が、どうにもその話とは合わなかった。

そわそわと落ち着かない様子でユーリのことを窺うように見る、あの眼差し。それでいて目が合えば思い切り逸らされてしまい、そういう時のフレンは決まって顔を赤くしている。
そのせいで、自分に迫られ、身体を密着させられた時のことを過剰に『意識』するあまり、仲間の目がないところではそれを余計に思い出しているのだろう、と思っていた。何せ、あの時の慌てっぷりといったら凄まじいものだった。

それに、普段のフレンが『辛そう』だというのもよく分からなかった。避けられているような気はしていたが、それだってまあ、あんな事したし仕方ないか、ぐらいにしか思っていなかった。

つまり、ユーリとしてはそれ程深刻に考えてはいなかったのだ。


「…あのさあ、青年」

「……何だよ」

「おっさん今まで、あくまでもフレンちゃんも迷惑してんじゃないか、って前提で話してたんだけどー…」

「……………」

「もしかして…違うんでない?」

「…だったらどういう意味だってんだ…?」

「恋愛対象として、好意的に『意識』してる、としか」

「冗談じゃねえ!!!」

だん!とカウンターにグラスを叩き付けてユーリが叫ぶ。心なしか、その声もグラスを握る手も震えていた。

「お、落ち着きなって!」

「これが落ち着いてられるか!オレはそっちの趣味はねえんだよ!!」

「そんなの分かってるって!でも半分、自業自得でしょ!?フレンちゃんだってノーマルだって言ってんのに、青年がその気にさせちゃったんでしょーが」

「んなっ……!!」

その気。
一体どんな気だというのか。
確かに幼馴染みで親友で、大切な相手ではある。でもだからと言って、ちょっと迫られたぐらいでそんな事まで受け入れられるか。少なくとも自分には無理だ。
ユーリはそう思っていた。

「青年だって言ってたでしょ、フレンちゃんが怒って終わりだと思ってたって。でもそうじゃなかったって事は、少なくともその時点からもう『意識』してたって考えたほうが自然……」

「やめろって言ってんだろ!?頼む、もう勘弁してくれ。有り得ねえ…マジ有り得ねえから!!」

脂汗を流して『有り得ない』と繰り返すユーリの様子に若干不安になりつつ、レイヴンはユーリを落ち着かせるために殊更平静を装って話をまとめる事にした。
レイヴンとて少なからず動揺はしていたのだが。


「ま、まあとにかく。逃げるっていうなら取っ捕まえてでもちゃんと話をしなって。でないとお互いのためにならないわよ、多分」

カウンターで固まっているユーリの背を軽く叩き、自分はまだここで飲んでいるから先に宿に戻れ、と言うと、ユーリはぐったりした様子で店を出て行った。
心なしか足元がふらついているように見えるのは、酒のせいか、それとも別の理由か。


「どーなっちまうのかねえ……」

どこか遠い目をしながら一人ごちるレイヴンに、あんたも大変だな、とバーテンが声を掛けた。




ーーーーー
続く
▼追記