恋せよオトコノコ・3

続きです。







「……いつまでそうやってんの…?」

「…………」

「…なんならおっさんが行って来てあげよっか?」


レイヴンの提案にユーリは渋い顔をした。

あれから一夜明け、ユーリはレイヴンと共に下町へと抜ける坂道の手前まで来ていた。この坂を下れば下町だ。暫くダングレストの拠点で生活し、下町へは戻らない事を決めたユーリだったが、何せ手ぶらで部屋を飛び出して来てしまった。
大した荷物もないが、愛用している刀ととりあえずの生活資金は取りに戻りたい。
だが、ユーリの足は坂の手前で止まってしまっていた。

もし、まだ部屋でフレンが待っていたら。諦めて戻ろうとしているところを、途中でばったり出会いでもしたら。

そう考えると、どうにも足が動かない。まだかなり早い時間のために辺りにあまり人影もないが、それだけに見つかる可能性も高い。
ダングレストへ発つ為、早々に宿を出て来たのだったが、もしフレンが昨晩のうちに城に戻っていなかったとしたら、今頃の時間にはユーリの部屋を出なければ仕事に間に合わないと思われる。ちょうど、その時間に重なってしまったのだ。


飛び出して行ったきり戻らない自分を、恐らくフレンは捜した事だろう。宿には訪ねてこなかったから、そこは想像の範囲外だったのかもしれない。


(…いや…もしかしたら、下手に動き回ってないかも、な…)


あの後フレンはどうしただろう、と考えてみる。


『あの状況』で、男として次にどんな行動に出るかなんて簡単に想像出来る。自分も『男』だったのだ。身体はともかく、今でも意識的にはユーリは『男性』のままのつもりだ。

だから、受け入れられなかった。


フレンの、自分に対する見方は変わってしまったのだろう。だが、ユーリにとってフレンという人間は何一つ変わってはいない。フレンが女性になったわけでも何でもないし、幼馴染みで親友、というポジションに変化はない。
当然の事だがフレンは男性のままで、ユーリは自分が女性になったからと言ってフレンを『異性』として意識してはいないのだ。


そんな相手に抱き締められ、あろうことか愛の告白まで受けてしまった。
嫌悪感こそないが、かといって嬉しい訳でもない。何より完全に腕力では敵わなくなっており、抵抗できない事に恐怖すら覚えた。

なんとか逃れはしたものの、手加減なしで力一杯殴りつけた顔はおそらく酷い有様になっているだろう。その状態でユーリを捜すためにあちこち行けば、行った先々で事情を心配される事は容易に想像できる。
まさか本当の事を話しはしないだろうが、面倒を避ける為にフレンが取るであろう行動は二つ。

顔の腫れが酷くなる前に、さっさと城へ戻る。
もしくは、ユーリの部屋でギリギリまでユーリの帰りを待つ。

しかしフレンの性格上、前者は考えにくかった。例え顔を合わせづらくとも、ユーリを捜すか待つかするだろう。
後者の可能性のほうが高いと思われたので、ユーリは下町に戻るのに二の足を踏んでいるのだった。


建物の陰に身を隠すようにしながら黙って坂を睨み続けるユーリに、いい加減痺れを切らしたレイヴンが背後から再度声をかけた。
ユーリがレイヴンを振り返る。


「ちょっと〜、マジでどうすんのよ?ここでフレンちゃんが通り過ぎるまで待つつもり?もしとっくに帰ってたら馬鹿みたいでしょ、俺ら」

「そうなんだけどなあ」

「だからさ、俺様が荷物、取って来てやるって。どうせ大したもん、ないんでしょ?」

「…あいつに会ったらどうするつもりなんだよ。下手な事言ったら、余計ややこしいことになりそうなんだが」

「うーん、そりゃわかんないけど」

部屋の主であるユーリが戻らないのにレイヴンが現れたのでは、あらぬ誤解を招きかねない。これ以上の面倒事はごめんだ、と言うユーリに、何故かレイヴンはにやにやと笑っている。

不機嫌を隠す事なく、ユーリがレイヴンに聞く。


「…何がおかしいんだよ、おっさん」

「いやね、せ…ユーリもしっかり、気にしてるんだなあ、と思っただけよ」

「気にしてる?何をだよ」

「だって、ユーリは別にフレンちゃんの事は何とも思ってないんでしょ?」

ユーリがますます渋い顔をする。

「…あいつが思ってるのと同じようには、な」

「だったら別にどうでもいいじゃない。俺様との仲を誤解されたくないなんて、随分可愛らしいこと言ってくれるなあ、と思ってさ」

ユーリが眉を跳ね上げた。

「ああ?誰と誰の仲がどうだって!?バカ言ってんじゃねえぞ、おっさん!」

「だからさあ、それが嫌ならもう、ユーリが一人で部屋に戻るしかないでしょうが。おっさん、ここで待っててやるからさ。フレンがいたら全力で逃げて来……」

言葉を切ったレイヴンの表情が変わった。

「おっさん?………うわっっ、何すんだよ!?」


突如、建物の柱の陰に押し込められたユーリが声を上げた。
レイヴンがユーリの腕を引っ張って壁側に引き倒し、自らの背にユーリを隠すようにして立つ。元々ユーリのほうが高かった身長が、今ではレイヴンとほぼ同じか若干低いぐらいになっているために、何とか頭が出ない、といった感じだ。


「…おっさん、まさか」

「しーっっ!!絶対喋っちゃ駄目だからね!!」

「…………」


目の前にレイヴンの背中を見つめながら、ユーリはそろそろと身体を縮こませた。ゆったりとしているレイヴンの服のおかげで、身体は完全に隠れている筈だ。
状況は察していた。今、レイヴンがこのような行動を取る理由は一つしかない。
己の予想のあまりの的中ぶりに、ユーリは内心うんざりしていた。
やがて近づいて来た足音に、レイヴンの身体から緊張の色が滲み出るのがわかる。


足音が止まった。
聞こえて来たのは予想通りの、嫌というぐらい聞き慣れた声。



「……そんなところで何をなさってるんですか、レイヴンさん」



やや低い声は、レイヴンの様子を訝しんでの事なのか、それとも…


「よう、フレンちゃん。そっちこそどうしたのよ、こんなとこで」

「城に戻ろうとしたら、あなた方の姿が見えましたので」

レイヴンの背中が強張るのが分かった。恐らくは表情もだろう。
ユーリも同様に身体を強張らせていた。


フレンは今、何と言った?

聞き間違いでなければ、あなた『方』と言わなかったか。
まさしくそれを裏付けるかのように、一層低いフレンの声が頭上から降って来た。


「……ユーリ、君もだ。隠れてないで出て来なよ」


その瞬間、ユーリはレイヴンと壁の間から素早く抜け出し、同時に叫んでいた。


「おっさん、走れ!!」

「へ、ちょっと!?」

下町への坂へ向けて全力で駆け出したユーリをレイヴンが慌てて追い掛ける。
虚を突かれたフレンも大声でユーリを呼びながら後を追った。

「ユーリ!!」

「うるせえ、ついて来んな!!」

「どれだけ心配したと思ってるんだ!!それに何でレイヴンさんと……!?」

「着いて来んなっつってんだろ!?」

「ちょっ…と、走りながら大声で、痴話喧嘩しないでよ!!」

「何が痴話喧嘩だ!!」

坂を駆け下りながら怒鳴り合う二人を、少ないながらも外を歩く住民は皆何事かといった様子で振り返る。ユーリとフレンだけならまだしも、そこへ加わったレイヴンは自分に突き刺さる視線に嫌な汗が止まらない気分だった。

「ちょっと…!後でちゃんと、下町の奴らに説明しといてよ……!?」

「何の話だよ!!んな事よりおっさん、少しあいつの足止め、頼む」

「へ?」


気が付けば、ユーリの部屋がある宿屋のすぐ手前の路地まで戻って来ていた。
足を止めたユーリが振り返るなり、フレンに向けてレイヴンを蹴り飛ばす。
すぐさま背を向けて走り出すと、遅れて悲鳴が響いた。


「ぐっはあああ!?」

「え、ちょ…う、わあぁっっ!!」


腹を蹴られたレイヴンが後方に吹っ飛び、フレンを巻き込んで転がりながら壁に激突するのを肩越しに確認し、心の中でレイヴンに詫びながらユーリは部屋への階段を駆け上がって行った。






「う、うう…青年、酷い…」

「どいて下さい!!…それと、もうユーリは青年じゃない!!」

「しょーがないでしょーよ、癖になってんだから」


フレンはレイヴンを膝に抱えるような格好で尻餅をついていた。普段ならとりあえずレイヴンの身を案じるところだが、まるでそのような様子は見受けられない。レイヴンを押し退けて立ち上がろうとしたフレンだったが、下から腕を引かれて再び尻餅をついてしまった。

「何するんですか!」

「…足止め、頼まれちゃったからねえ」

「……………」

鋭い視線を向けるフレンだったが、レイヴンはそれを受け流して軽く笑った。

「追い掛けてどうするつもり?」

「それは…いや、それよりも何故あなたがユーリと一緒にいるんですか」

「昨日、ちょっとね。傷付いたユーリを、おっさんが優しく慰めてあげたのよ」

「……なん……です、って……?」


フレンの声に怒気が篭り、顔色が変わる。レイヴンの言葉の真意は計りかねるが、気分のいいものではなかった。


「で、ユーリは今から、俺と一緒にダングレストに行く。当分こっちに戻らないとさ」

「は!?だって戻って来たばかりですよ!!」

「…おまえさんのせいでしょうが」

「……………!!」


「おっさん、行くぞ!!」


ユーリの声に、レイヴンが素早く立ち上がる。勿論、フレンを再び突き飛ばす事は忘れない。

「!!何す……」

「ちょっと頭冷やしなさいよ」


それだけ言うとユーリの元へ向かうレイヴンの姿を、フレンは呆然と見つめていた。
ふと、ユーリと視線がぶつかる。手には見慣れた刀を携え、小さな荷袋を持った姿はあまりに軽装で、いつものこととはいえ堪らなく不安で仕方ない。


「ユーリ!ちょっと待ってくれ!!話を……!!」

しかしフレンの声を無視し、背を向けてユーリはレイヴンと共に外へと走り出て行った。


声を聞き付けて外へ出て来た下町の住民に囲まれながら、フレンはただ、二人が消えた門の向こうをいつまでも見続けていた。







「…追っ掛けてこないねえ」

「さすがに無理だろ、戻らないとまずいだろうからな、あいつも」

「結局、一晩中待ってたみたいだけど」

「知るかよ。戻らなくて正解だったぜ…」

「……まあ、いいけどね」


ユーリと並んで歩きながら、レイヴンは帝都を振り返ると深々と溜め息を零した。


「…なに、くたびれてんだよ、おっさん」

「いや、ちょっと煽りすぎたかなー、と」

「何話してたんだか知らねえけど、フォローはしねえからな」

「酷っっ!?おっさんこれでもユーリの事を心配してだね…」



ユーリは既にレイヴンを見ていなかった。
その横顔を眺めながら、またしてもレイヴンは深い溜め息を吐いたのだった。




ーーーーー
続く
▼追記

恋せよオトコノコ・2

続きです。







フレンに腕を掴まれたまま、ユーリは動く事ができない。自分を見上げてくる蒼い瞳は恐ろしくなるほど真剣で、それでいて堪らなく不安げに揺れている。
泣きそうな顔にも見えるその表情に、何故か熱いものが見え隠れしている気がしてならない。

だが、それが何なのかを知るのが怖かった。

掴まれた腕には徐々に力が込められ、痛い程だ。


「……離せよ」


掠れた声に自分自身で驚いたが、フレンが腕を離す気配はない。それどころかますます強くなる力と視線にユーリはとうとう耐えられなくなった。


「離せ!!!」


しかしフレンの取った行動はユーリの叫びとは全く逆だった。
左手首も掴んで思い切り引っ張ると、ユーリの身体がよろけながらフレンへと倒れ込む。腕を取られている為に受け身を取る事ができなかったユーリが顔をフレンの肩に打ちつけ、小さな呻き声を上げた。

更にもう一度、今度は声にならない悲鳴を上げる。

「っ……!!」

顔を上げた先には、今までの記憶にない程の至近距離で二つの空色がユーリを見下ろしていた。


ユーリは腕を取られた形のまま、ベッドに腰掛けたフレンにまるで引っ張り上げられるような不自然な体勢だ。床に突いた膝が濡れる感触があったが、そんな事よりもとにかくこの体勢をどうにかしたい。

息がかかる程の近さに躊躇しながらももう一度離すように言おうとしたユーリだったが、先にフレンが口を開いたためにそれは叶わなかった。


「……ユーリは、もう…この先、男に戻れなくてもいいんだ?」

「は…、いや、戻れるならそのほうが」

「でも、リタにはもういいって言ったんだろう?」

「わざわざ別個で研究……っっ、近い近い!!何なんだよ!?」

フレンがぐっと身を乗り出したので、思わずユーリは身体を逸らす。まるで下手くそなダンスを踊っているかのような姿勢に、腰が痛む。痛いのは、姿勢のせいだけではなかったが。

ユーリの苦しそうな様子に漸く気付いたのか、フレンの力が少し緩む。が、腕は解放されず、そのまま降ろされて身体ごと、一層力強く抱き締めた。
膝立ちのまま上からフレンの重さが加わり、ますます身体に負担が掛かる。状況は全く好転していない。

それどころかフレンはユーリの肩に顔を擦り寄せるようにしてきた為、ユーリの身体は強張るばかりだった。

「別個で研究が、何?」

「そ…そこで喋るな!い、息が、かかっ…!!」

「答えてくれるまで離さない」

「おまえな……!!」

フレンを振り返ろうとしても、見えるのはふわふわとした金髪だけだ。
どんなにユーリが身体を捩ってもフレンの腕からは抜け出す事が出来ず、それどころか本当に離すまいとするようにフレンの腕がぎゅっと締まる。

「あぅ……!!」

今度こそ本当にユーリが悲鳴をあげると、顎の下でフレンの肩がびくりと震えた。

「…ユーリ…」

「く、苦し…っ!マジ離せってば!!」

「……………」

「この…!答えりゃいいんだろ!?別個で研究しなくてもいいが、何かのついでに方法が見つかったら教えろ、ぐらいは言ったよ!」

「…それって、ほとんど期待してないって事だよね」

「だからそう言ってるだろ!もういいんだって!なんでおまえがそんなに怒るんだよ!?」

「怒る……?怒ってなんかいないよ」

一連の乱暴とも言える振る舞いを、どうやらユーリはフレンが怒っているものだと思っているらしい。
勿論、フレンは怒ってなどいない。振る舞いの原因は、別の感情によるものだった。


「オレが元に戻るのを諦めて、腹を立ててんじゃないのか…?」

「…ごめんユーリ、全然違う。むしろ僕は、ユーリがずっとこのままだったらいいと思ってる…」

ユーリの身体が震え、息を呑むのが肩越しに伝わった。


「……聞こえてた?」


何が、とは怖くて聞き返せなかった。

やはり聞かれていたのだ、とフレンは思う。返事が返って来ない事が、肯定しているようなものだった。
だがあえてそこには触れず、淡々とフレンは話し続けた。

「ユーリが女の子で、子供も作ることが出来て…それが誰の子供なんだろう、って考えたら、何だかとても不安になった」

「な、何言ってんのおまえ…」

「いつか誰かを好きになって、それで誰かの子供を」

「何言ってんだ、いい加減にしろ!!何の心配だよ!?訳分からな……」

「嫌なんだ!!そんなの、絶対嫌だ……!!」

身体を締め付ける力は強さを増し、決して万全とは言い難いユーリを気遣う様子はまるで見られない。
切羽詰まった叫びと同時に離れたフレンの顔は再び触れそうなほど近かったが、ユーリは身じろぎ一つ出来なかった。

いつの間にか腕を掴む手は離れ、掌全てで覆い尽くすかのように背中を抱いている。布越しに伝わる熱は、そのままフレンの激情を顕しているかのように感じられた。


「僕にとって、ユーリは大切な存在なんだ」

「ふ、フレン?」


「……………、…だ」


僅かに聞こえた、絞り出すかのようなフレンの言葉にユーリが目を見張る。
それはユーリにとって、今、最も聞きたくない言葉だったかもしれない。

だから、否定する事しかできなかった。


「い……嫌だ、聞きたく、ない…!」

「ユーリ、どうして…!」

「嫌だ…、離せ、離してくれ、頼むから」

「ユーリ!!」

もう一度、今度ははっきりと耳に届いたその言葉に、ユーリは世界がぐらりと歪んだような錯覚に陥った。


「君のことが、好きだ」




限界だ、と思った。






開け放たれた扉の向こうから、騒がしい足音が聞こえる。先程遠ざかって行ったものとは違う足音に顔を上げたフレンの目の前には、自分とユーリにとても懐いている少年の姿があった。

「フレン、さっきユーリが…!!」

「…テッド」

「ど、どうしたの?またケンカしたの…?」

フレンの様子に、テッドも戸惑っているようだ。


ベッドに腰掛けたフレンは右頬を押さえ、力無く笑っている。良く見れば右肩の布地も荒れ、切れているようだった。

「ホントにどうしたの?フレン、大丈夫?」

「…大丈夫。僕は大丈夫だ。それより、ユーリは?」

「あ、そうだった!もうユーリ、どうしちゃったの?僕、思いっきりお尻打っちゃったんだよ!」


目の前で騒ぐテッドの声も、どこか遠く感じられた。
扉から、窓へと視線を移す。
既に陽は傾きかけている。暗くなる前に追い掛けるべきだと思ったが、身体を動かすことができなかった。






部屋を飛び出し、転がり落ちるように階段を駆け下りた。何かにぶつかったような気もしたが、構っている余裕などない。

広場を全力で駆け抜け、市民街へと続く坂を一気に上りきったところで目の前が真っ白になった。
比喩的表現ではなく、本物の貧血だ。
もともと体調不良で伏せっていたのに急に走った為に貧血を起こし、ふらつく身体を引きずって何とかベンチに辿り着いた。

隣に座る男女が、何事かといった視線をユーリに向ける。
だが、ベンチの背もたれに頭を投げ出し、蒼白な顔に脂汗を浮かべるユーリを見ると彼らはそそくさとその場を去って行った。


(あー……くそっ……)


天を仰ぎ、両腕で顔を覆う。少し吐き気もした。
先程の出来事を考えて悪態をつかずにはいられなかった。



フレンの様子がおかしいのは分かっていた。

だがつい先日、ハルルに向かう前に会った時はそうでもなかったように思う。
フレンが自分を『女性』として意識しているのにはうっすらと気付いていたが、それ以上の…平たく言うと『恋愛対象』としては見ていないと思いたかった。

フレンもそれを否定した筈ではなかったか。
だが、冷静に思い返してみるとどうだっただろうか。

(…いや、あいつは違うともそうだとも言ってない)

友人として、ユーリが傷付く姿を見たくないとは言っていた。
それを聞いたユーリは、酒場で絡んで来た男達のような邪な目でフレンが自分を見てはいないと思ったのだ。
しかしそれは、フレン自身がユーリをどう思っているのか、という事とは別だった。


「……友人じゃ、なかったのかよ……」


顔を覆っていた両手を投げ出し、ゆっくり目を開けると既に辺りは黄昏も終わろうかという様子だった。
暮れていく空をぼんやり眺めながらユーリは考える。

どう考えても、先日会った時から今日までの間に何かあったとしか思えない。だがその『何か』については全く想像ができなかった。

呼吸は落ち着きを取り戻し、脂汗も引いて吐き気も治まった。だが下腹部はキリキリと痛むし、生理痛は悪化したような気がする。

勢いで飛び出して来てしまったが、一体どんな顔をして戻れと言うのか。
怒りのぶつけどころがなくてうなだれていると、視線の先に影が落ちた。


フレンが追い掛けて来たのか、それにしては遅かったな、などと思いながら顔を上げたユーリだったが、そこに立っていたのは思っていたのとは違う人物だった。


「何やってんの青ね…っと、ユーリ、こんなとこで」

「……おっさん」



飄々とした笑みも見慣れたその男の姿に、ユーリはどこか安堵しながらも言いようのない複雑な気分を味わっていた。






「……はあ。あのフレンちゃんに襲われるなんてねえ…」

「…ヤな言い方してんじゃねぇよ……」

「似たようなもんでしょうが。よく逃げられたもんだわ」


市民街の片隅にある宿の食堂で、ユーリはレイヴンと食事を取っていた。普段あまりこの辺りの店で飲食する事はない。
だが下町の部屋には戻りづらいし、レイヴンの連れとして出入りできるにしても城には行きたくない。
だからといっていつまでベンチに座っていても仕方ないという事で、レイヴンに連れて来られたのだった。

フレンが自分を捜し回っているかもしれない、という考えは、頭の隅っこに放り投げていた。


「でもどうすんの?これから」

「……そんなの知るかよ」


むすっとしてジュースのグラスを握り締める姿はなんとも可愛らしいものだったが、そんな事を言えば自分もフレンの二の舞になることは分かりきっていたので、レイヴンは口をつぐむしかない。
むしろフレンよりも容赦なく叩きのめされる可能性は高かった。


「…まあとりあえず、帰りたくなきゃ今日はここに泊まれば?」

「金なんか持って来てねえけど」

「食事してる時点で分かってんでしょ!ちゃんと俺様が出しといてあげるって」

「……………」

「…で、どうする?」

もう一度聞かれて、ユーリの出した結論にレイヴンも頷いた。


「ダングレストに行く。暫くこっちには戻らない」


「…ま、今はそれしかないかもね」

「そういやおっさんは何であそこにいたんだ?」

「俺?普通に飯食いに出ただけよ。城の中ばかりだと息が詰まるしね」

「…ふうん」

「で、そのままここに泊まって俺様も明日はダングレストに行く予定なんだけども」

「何だって?」

「あ、勿論部屋は別々よ?フレンちゃんと違って、おっさんまだ死にたくないし」

「…あいつも死んじゃいねえよ」


逃れるのに必死だったので手加減はしていない。歯の一本ぐらいは折れてるかもな、とユーリが言うとレイヴンが引き攣った笑いを浮かべた。



結局、体調の優れないユーリはレイヴンを残して宿の部屋へと早々に引き上げ、シャワーも浴びずに ベッドに身体を投げ出した。

肉体的にも、精神的にも疲労している。眠気はあっという間に襲って来た。


どちらにしても、一度下町の部屋には戻らなくてはならない。まさかフレンがいる事はないだろうと思いつつも、酷く憂鬱な気分のままユーリは瞳を閉じたのだった。




ーーーーー
続く
▼追記

恋せよオトコノコ・1

続きですが、内容は「オンナノコは大変です・2」の続きになります。





その言葉をとうとう口に出してしまい、フレンは自分で自分の言った事に頭を抱えたい気分だった。

湯気の立つカップを見つめ、自分の台詞を反芻する。

女の子のままがいい。

そうすれば――――


二、三回軽く頭を振って、肩越しにちらりとユーリの様子を窺った。ベッドに横たわり、頭からシーツを被って丸くなっているために表情などは見えない。 だが、先程感じた気配から、起きているのは確実だった。


(…聞かれた、かな…)


全くの無意識だった。だからこそそれは『本音』なのかもしれないが、一足飛びにそこまで考える自分に冷や汗が出る。


どうやら、自分はユーリを女性として好きらしい。しかしフレンは、いつからそれを意識していたのかをはっきりと思い出すことが出来なかった。

共に育った幼馴染みで、背中を預け合うことのできる親友。フレンにとって、ユーリはとても大切な存在だ。二十数年という長い年月の大半を一緒に過ごしたと言えるユーリだが、当然の如く『男性』であった彼を、そのような対象として意識した事はなかった筈だ。

それが、ユーリが女性になってもさほど違和感を感じることなく受け入れ、あろう事かはっきりと、恋愛対象として意識している自分がいる。
それを自覚し、仲間にまで図星を指された今となっては否定するつもりもないが、それならそれで手順を踏むべきなのではないか。
何かにつけ、最終的な結末ともいうべき二文字が頭をよぎるのは何故なのか。

自分がそうしたいから、というのは確かにあるが、ユーリはよくこう言う。

『たった一ヶ月やそこらで、そんなに意識が変わるものなのか』

…と。
これは何もフレンだけに言っている訳ではなく、ユーリに関わる人間、特にあからさまな態度の変化を見せた者全てに対して向けられたものだ。

その言葉やこれまでの態度から察するに、ユーリのほうの『意識』は変わってはいないのだろう。だが、本当に一ヶ月という間だけのことなのか、というのがフレン自身には分からないのだ。

これはきっかけに過ぎない。

もしかしたら、自分はずっとユーリの事が好きだったのではないか。
だから、積み重ねた年月があると思っているから、とりあえず世間体を気にする必要のなくなった途端にこんな事を考えるようになったのではないか。

つまり、『ユーリと結婚できたらいい』と。


(…だからって、どうすればいい?大体、ユーリのほうは…)


キッチンに突っ立ったまま、悶々とする思考の渦に呑まれそうになっていると、不意に背後の気配が動くのを感じた。

「…フレン?何やってんだ、そんなとこでいつまでも…」

身体を起こしたユーリが、怪訝そうに眉を寄せてフレンを見ている。
自分が一体どれ程の時間そうしていたのかわからないが、手にしたカップからは既に湯気は消え、生温い温度が僅かに触れる指先に伝わるだけだった。







「何やってたんだよおまえ、ほんとに」

「…ごめん、ちょっと考え事」


温めなおしたココアのカップを手渡し、苦笑混じりに言うフレンを、ユーリは相変わらず疑わしげな視線のままで見上げていた。

ベッドサイドに立ったまま、フレンはユーリのことを見下ろしている。カップに口を付けようとしたユーリだったが、すぐ隣でいつまでも立ったままのフレンの事が気にならない筈はない。

「…で、今は何やってんだ」

「どうしようかな、と思って」

「?…何だよ、帰れって言ったの気にしてんのか?突っ立ってるぐらいなら座れよ、落ち着かねえから」

別に帰ってもいいけどな、と言いながらユーリがカップに口を付けようとして一瞬躊躇し、ふうふうと息を吹きかけて湯気を掻き消している。

もっと近くで見たい、と思ったら、自然と体が動いていた。


「……なんでこっち座るんだよ」

「何となく?」

「狭いだろ、あっち座れ」

ユーリが顎で指す先には、普段話をする時に座る小さなテーブルと椅子がある。
ユーリは起き上がってベッドに腰掛けているが、フレンはその隣に座ったのだ。しかも、少しでも動いたら肩が触れてしまいそうなその距離にユーリは居心地悪そうに身じろぎ、縮こまるようにしながら両手でカップを持っている。

ちらちらとこちらを窺うようにするユーリを、フレンは不思議な気分で見つめていた。




(……落ち着かねえ……)


一方、ユーリはどことなく、フレンの態度が今までと違うような気がしていた。

体調を気遣っているから、というのもあるのだろうが、自分と違って妙に落ち着いているのが気になる。

ユーリが女性になってからというもの、フレンは時に異常とも思える程の過保護っぷりを発揮している。
その行動は本人が無意識の時は大胆で、大いにユーリを慌てさせた。
いきなりユーリを横抱きにして家まで連れ帰ったり、今日のように半ば押し倒すような格好で下半身(正確には腹部だが)に触れたりと、第三者から見れば一体何事かと思われるようなことも少なくない。

そうかと思えば妙なところは純情で、ユーリの胸元を正視することも出来ない様子だ。うっかり裸を見られでもした日には、そのあまりの狼狽ぶりにユーリのほうが思わず謝りたくなる。

実際、無防備だ何だと言われ続けているにも関わらずユーリもあまり生活態度を改めないせいもあるが、とにかくフレンが自分の事を過剰に『意識』しているのは分かっていた。


『ユーリとフレンは、お似合いのカップルになると思うんです』


ハルルでエステルに言われた言葉が脳裏に甦る。

(なにがカップルだよ……)

それは恋仲の者に対してのみ、当て嵌まる表現ではないのか。なると思う、という事は、今後自分とフレンがそういった関係になり得るとでも言いたいのだろうか。

「…冗談じゃねえぞ…」

思わず声に出してしまって、慌てて隣のフレンを見る。
その途端に視線はばっちりと合い、フレンがずっとこちらを見ていたことに気付いてユーリは息を呑んだ。


「どうしたんだい、ユーリ」

「…は…」

「甘さ、足りなかった?」

「あ…いや、大丈夫だ」

「そう?良かった」

優しい微笑みは、昔から変わらない。
……変わらない筈なのに、何かがやはり違って見えた。
居心地の悪さは頂点を極めている。フレンといると落ち着く事のほうが多かったのに、今ではそれがすっかり逆になっていた。


「…ユーリ、僕の顔に何か付いてる?」

困ったように笑うフレンに言われて初めて、ユーリは自分がフレンの顔を凝視していた事に気が付いた。何が違うのだろうかと思っていたら、そのままジロジロと見続けていたらしい。

何でもない、と言ってカップを口元に運ぼうとするユーリだったが、フレンの言葉に手が止まった。


「で、なにが『冗談じゃない』んだ?」


「…聞こえてたのかよ」

再びゆっくりと顔を上げるユーリに、フレンはやれやれといった感じでわざとらしく息を吐いた。

「そりゃあね。この距離で聞こえないほうがおかしいよ」

「だったら最初に言えよ。何聞こえないフリしてんだ」

「聞こえないフリなんかしてないよ。ココアが不味いんじゃなければ何なのかな、と思ってね」

嘘をつけ、と思いながらユーリはそのココアを一気に煽ったが、予想外の熱さに小さく声を上げる。俯くユーリをフレンが覗き込む。

「あ……っち!」

「ちょっ、何やってるんだ!熱いに決まってるだろう!?」

「うるせえな、もう冷めてると思ったんだよ!」

湯気は消えている。掌に伝わる温度もそれ程ではない。
だが厚手で大振りのカップにたっぷり入っていた中身はまだ充分な熱さで、飲み干す前に口を離したものの舌先を火傷したらしい。

「大丈夫?水、持って来ようか」

「あー…いや、いい。大丈夫だよ、こんぐらい」

小さく舌先を出してしきりに痛む箇所を気にするユーリだったが、やがて手にしたカップに視線を落として黙り込む。溜め息を吐いて、ボソボソと話を始めた。


「…ハルルに寄って、エステルとリタに会って来た」

「え?あ、ああ。知ってる」

ハルルにユーリを迎えに行くジュディスに、一緒に帰るかと誘われた。だが都合が合わなかったのでフレンは同行せず、ユーリに二日ほど遅れて帝都に戻って来た。その足で、そのままユーリの元を訪れたのだ。
その辺りの話をユーリは何も聞いていないらしい。
軽く説明すると、少し驚いたようにフレンに聞き返してきた。

「なんだ、それでオレの体調知ってたのか」

「…今まで何の疑問も持ってなかったのか?」

「下町の誰かから聞いたかとも思ったが、まあどうせどっかから耳に入れて来たんだろう、ぐらいにしか」

「誰かに言ったのか?その、体調悪いって」

「女将さんには言った」

世話になっている手前、言わない訳にはいかない、とユーリは言う。

「…まあそれで、リタとも話をしたんだけどな」

「どうだった?何か手掛かりは…」

「ない。今のところ、解決策は見つかってないみたいだった」

「…………」

何と言っていいのか分からずに言葉に詰まるフレンにユーリが笑顔を向ける。

「そんな顔すんなよ、大して気にしてねえから」

フレンはユーリに女性のままでいて欲しい。だが、それはフレンの勝手な願望で、ユーリ自身は男性に戻りたいと思っている筈だ。だからフレンは『手掛かりがない』ことに安堵し、同時に自己嫌悪に陥っていた。何も言うことが出来なかったのは、そのどちらをもごまかしてくれる都合のいい言葉が咄嗟には出て来なかったからに過ぎない。

決してユーリの心情を慮ってのことではなかっただけに笑顔を向けられてさすがに心苦しい思いをしていたフレンだったが、続くユーリの言葉に耳を疑った。


「…もう、このままでもいいと思ってさ」

「なんだって!?」

掴みかからんばかりに身を乗り出して来たフレンに若干身を引くようにしながらユーリは話を続けた。

「リタにはもっと、優先しなけりゃならない事がある。オレの事をあれこれ考えてる余裕なんかねえ筈だ。だから、もう原因を探ろうとしなくていい、って言って来た」

「な…ユーリはそれでいいのか?リタは何て言ってるんだ」

「おまえと同じ事言われたよ、それでいいのか、ってな」

はあ、と一息ついてココアを啜る。僅かに表情が渋くなるのは、もう熱くはない筈だが火傷した舌先には染みるのか、それとも話の内容に依るものか。

「さっきも言ったが、リタには精霊魔術の研究やら新しい動力の開発やら、やる事がたくさんある。研究者は一人じゃないにしても、中心になるのはリタなんだ。おまえだって、とりあえず治癒術くらいは何とかしてもらわなけりゃ困るだろ」

「それはそうだけど、」

「それに」

フレンの言葉に被せるように、ユーリが語調を強くした。

「とりあえず何の問題もないってハッキリしちまったからな、誰かさんのおかげで」

「…どういう意味?」

「健康なんだろ、オレ。体調が悪いったって、これは女なんだから仕方ねえんだし。リタも言ってたよ、ある意味何の問題もない、ってさ」

「ある意味って、何のことなんだ」

「その…ちゃんと生理が来てる事が、らしいけどな」

言いにくそうに目を逸らすユーリの姿に、フレンはジュディスに言われた事を思い出す。


「…その気になれば、子供も作れる、か…」


隣に座るユーリが明らかに身体を強張らせるのが伝わった。これでもかと言うほど大きく見開かれた瞳がフレンを見据えている。

「その気って…おまえ…」

「生理っていうのは、妊娠の為の準備なわけだから」

「あ、まあ、そうなんだろうけど」

「…いつか、ユーリにも子供が出来たりするのかな」

「は!!!?」

ユーリがまだ飲みかけのカップを取り落とし、床にココアが散る。更に立ち上がったユーリの足に蹴られたカップが鈍い音と共に床を転がり、反対側の壁に当たって止まった。

フレンがユーリの右腕を掴んでいた。

「ちょ…!!」


激しく動揺するユーリに何故か胸が騒ぐ。
ユーリを見上げるフレンにも、自分が何をしたいのか分からなかった。



ーーーーー
続く
▼追記

オンナノコのままで

「彼はオンナノコ」の続きです。







テーブルの上に所狭しと並べられた色取りどりの菓子に、ふわりと芳しい湯気を漂わせる紅茶。
大好きな筈の甘い香りに包まれているというのに、ユーリの気持ちはどんよりと曇ったままだった。
菓子に手を伸ばす気にもなれない。


「…ユーリ、大丈夫です?」

心配そうに尋ねるエステルに無理矢理笑顔を返すものの、『大丈夫だ』の一言が出ない代わりに溜め息が漏れる。
そんなユーリの様子に、手にした書類とユーリを交互に見ながらリタが言った。

「まあ、ある意味何の問題もないっちゃないのよね」

あっけらかんとしたその物言いに、更にユーリは憂鬱になるのだった。



ユーリは今、ハルルの街にいる。
旅の商人達から護衛の依頼を受け、無事彼らを目的地まで送り届けた帰りにこちらに寄ったのにはちゃんと理由があった。

先日、ユーリは医師の診察を受けた。といっても別段どこか体に不調を来たした訳ではなく、『他に異常がないか』を調べる為だ。
他に、というのは本来なら男性であったユーリが今は女性の身体である事について、外見的特徴以外に何か問題はないか、という事で、結果的には『何の問題もない』という診断だった。

つまり、『健康な女性以外の何者でもない』というお墨付きを専門家から貰ってしまったのだ。

好き好んで女性になったわけではないユーリにとってこの結果は甚だ不本意であったが、異常があるよりはマシなのだと思うしかない。
ユーリの変化の原因を探っているリタにこの結果を知らせる為に先にアスピオに行くつもりだったが、リタもハルルに来ていると知ってそのままハルルに向かう事にした。リタはいつもエステルの家にいる。

ちなみに護衛にはカロルとジュディスも加わっていたが、『事情』を説明した後彼らはダングレストへと戻って行った。


リタに診断結果を知らせる以外に、ユーリは早急に彼女らに会わなければならなかった。
護衛の仕事を終えたあたりから、どうにも体調が悪い。どこが、というわけではなかったが何となく怠いし軽くのぼせたように身体が熱かった。診断では異常なし、という事だったから風邪でも引いたかと思ったが、すぐにそうではない事に気が付いた。

今までに経験した事のないその感覚に思わず下着に手を突っ込んだユーリは、引き抜いた自分の指を見て愕然とした。体調不良の原因は理解したが目眩のする思いで、実際貧血を起こしてジュディスに支えられてなんとか宿屋に辿り着くという醜態を晒し、ジュディスから連絡を受けて飛んできたエステルに『対処法』を教わって、とりあえず落ち着いたのでエステルと共に彼女の家へと向かい、今こうして『女三人』でお茶をしている…という訳だ。


「ま、順調みたいで何よりね」

「……何がだよ」

「約一ヶ月後にきっちり生理が来るなんて、不順で悩んでる人達からしたら羨ましい話よ」

「そういう問題じゃねえよ!」

「リ、リタ…。いきなりだったからユーリもびっくりしたんですよね?」

どうぞ、と目の前にケーキの皿を差し出され、やっとそれを一口食べる。優しい甘さに、少しだけ陰鬱な気持ちが和らいだ。

「…原因のほう、何か分かったか」

そう聞くとリタは表情を曇らせた。

「今のところ、はっきりしないわ。あの時、大量のエアルとマナの奔流を身体に受けたからかも、とも思ったけど、だからってそれを性別が変化した理由にするにはまだまだ研究の余地があるわね」

「ユーリ、あまり思い詰めないで下さい…。きっと、元に戻る方法が見つかりますよ!あ、そうだ、今度みんなでスイーツの食べ放題に行きません?新しいお店が…」


慰めてくれているのだろうエステルに苦笑しつつ、実のところユーリはもう、それほど男性に戻る事に執着していなかった。

出来ることなら戻りたいが、無理ならもうそれでいい、と思うようになっていた。完全に諦めた訳ではないが、この事でいつまでも仲間に心配をかけている、という事のほうが嫌だった。リタにしても、他にやるべき研究は山のようにある。それこそ自分一人にかまけている余裕はない筈だ。

「なあリタ。もうオレの事は気にしなくていいから、自分のやりたい研究してくれ」

「…何よそれ?」

「オレはもうこのままでもいいと思ってる。だから無理して原因究明に時間かけなくていい、って言ってんだよ。エステルもそんな気ぃ使う必要ねえよ。逆に疲れっから」

リタとエステルが顔を見合わせる。

「……あんた、本当にそれでいいの?」

「ああ。ま、なんかのついでにでも戻る方法が見つかりゃそれでいいさ」

「ユーリ、でも…」

「だから、いいんだって。気を使われるのは…」

フレンだけで充分だ。

そう言おうとして、何故か躊躇われた。
フレンの名前を口にするのが妙に恥ずかしかった。

「…気を使われるのは、苦手なんだよ」

ケーキをつつくユーリの様子に、リタとエステルは再び顔を見合わせた。
口を開いたのはエステルだ。


「ユーリ、フレンはどうしてます?」

ユーリが顔を上げた。
一瞬だけ軽く眼を見開いたが、すぐに普段の表情に戻る。

「元気だよ。相変わらず忙しいみたいだぜ」

「もう…、そうじゃありません」

「じゃあ何なんだ?」

「ユーリはフレンと会ってないんですか?」

「下町に戻った時は大概会ってるぞ。まああいつが勝手に来るんだが」

やっぱり、と言ってエステルが嬉しそうに両手を合わせる。意味が分からずきょとんとするユーリだったが、リタも何やら複雑な表情だ。

「…何なんだ。フレンがどうかしたか?」

「フレン、ユーリの事をとても心配していました。今回、お医者様の手配をしたのもフレンなんですよね?」

「みたいだな。全く、余計な事してくれるよ」

「ですから、ユーリを心配しているんですよ」

にこにこしながら話すエステルに、ユーリはますます訳が分からない。確かにフレンは度を越していると思うほど自分を心配しているようだが、それが何だと言うのか。

「実はこの前、少しだけリタと話してたんですけど…」

「ちょっとエステル!」

いいじゃないですか、と言ってエステルが微笑むと、リタは黙ってしまった。

「…何を話してたんだ?」

「フレンとユーリはとてもお似合いのカップルになりそうですね、って」


きらきらと眩しい笑顔で言われて、ユーリは今度こそ倒れるんじゃないかと思うぐらいの目眩に襲われた気がした。

実際、フレンの態度に妙なものを感じる事はあった。
だが何故、あまり会ってもいないエステルにこんな事を言われなければならないのか。
フレンの顔を思い出したら急に恥ずかしくなり、俯くユーリをエステルとリタが笑顔で見つめていた。







一方、フレンはダングレストにいた。

ユニオンへは度々足を運んでいるが、今回は先日の酒場での一件についてハリーと話をしに来たのだ。

ユーリが酒場を訪れる度に男性客に絡まれ、結果店を破壊し怪我人が出るというならユーリを出入り禁止にしてくれて構わない。ユーリは腹を立てるだろうが、フレンにとってもその方が心配事の種が一つ減る。
その代わり、もっとそういった事に目を光らせて欲しいと言わずにはいられなかった。それは何もユーリの為だけではない。騎士団とギルドが共に活動する機会も増えつつある中で、最低限のルールは守ってもらわないとお互い困るのだ。

ハリーはそれに納得し、素直に詫びてくれた。
他にも今後の事についていくつかの話し合いをしてユニオンを後にしようとした時、凛々の明星が戻って来ていると知った。

「丁度いい。報告がてらユーリに会って行けよ」

ハリーに声を掛けられ、フレンは頷いた。

「そうですね。せっかくだから顔を出してから帰ろうかな」

「ユーリの顔を見に行く、だろ?」

どこか含みのある言い方に、フレンが眉を寄せる。

「…ユーリにはつい先日、会ったばかりですよ。他の仲間とは久しぶりですが」

ふうん?と言ってハリーが笑う。それが少し不愉快だった。

「まあこっちの事は心配するな。その代わりユーリの事はあんたに任せた」

言われなくても分かっている。

だがその言葉は飲み込んだ。
相変わらず笑っているハリーに軽く頭を下げ、フレンはユニオンを後にするとユーリ達の元へと向かう事にした。





「……あら」

フレンを出迎えたジュディスは少し悪戯っぽい笑顔で言った。

「ごめんなさい、ユーリはここにはいないの」

「そうなのかい?帰って早々、何か用事でもあったのかな」

「いいえ、彼女ならハルルにいるわ」

「…ハルル?」

そこでフレンはジュディスから事のあらましを説明された。明日、ハルルへユーリを迎えに行って一旦ダングレストに戻り、その後帝都に送るつもりなのだと言う。

「さっきまでおじさまもこちらに来ていたのよ」

「レイヴンさんが?知らなかったな」

「あなたが気になるのはユーリの事だけですものね」

「…そんな事はないよ」

「でもおじさまもユーリを心配していたわ」

そう言ってジュディスはフレンに小さな紙袋を手渡した。

「何だい?」

「おじさまからユーリへのプレゼント。でも恥ずかしいからあなたから渡してくれ、って」

何の事だ、と思って袋を覗いてみるが、すぐには意味を理解できなかった。

「えっと…これは?」

「女の子は、腰を冷やしたらいけないの」

「な…」

漸く意味を理解して、一気に顔が熱くなる。と同時に、ユーリの『体調』についてジュディスがレイヴンに話してしまった事を悟って何とも言えない気分になった。

「…ジュディス、こういう事は、その…あまり本人のいないところで言い触らすものではないんじゃないかな」

「あら、あなたはいいのに?」

くすくすと笑うジュディスにフレンは眉間の皺を少しだけ深くし、ばつが悪そうに視線を逸らすしかなかった。

「……ところで、カロルはどうしたんだい?姿が見えないようだけど」

「カロルなら、魔狩りの剣の子に会いに行ったわ。素直でかわいいわね?…あなたと違って」

「…どういう意味かな」

「ユーリ、とても人気があるのよ」

「知ってるよ」

「今回の依頼でも、護衛した男の人達にモテモテだったの。食事のお誘いを断るのに苦労していたみたい」

「…それで?」

何故そんな話を、わざわざ。
知らず眉間の皺が深くなっている事に、フレンは気付かない。

「わかっているのでしょう?…ちゃんと掴まえておかないと、後悔するわよ、あなた」

「何を…」

「その気になれば、子供だって作れるのに」

「なんっ……!!」


ジュディスは笑っていない。目に見えて動揺したフレンに、どうやら自らの考えに間違いはないと確信したようだった。


「好きなんでしょう?一人の女性として、ユーリの事が」


ユーリはどうか知らないけれど、と言われて胸が苦しくなる。それにしても何故、大して会ってもいないジュディスからこのような事を言われてしまうのか。
どうして、と小さく呟くフレンに、ジュディスは再び微笑んで言った。


「だってあなた、わかりやすいんですもの」


呆然と立ち尽くすフレンに、『これは私からユーリに』と言ってまた袋を渡すとジュディスはさっさとフレンを追い出し、扉を閉めてしまった。




自分でも自覚したばかりの想いを他人から指摘されるのは、あまり気分の良いものではない。
だが、どうすればいいのか分からなかった。

ユーリには悪いと思うものの、フレンはユーリにこのまま女性でいて欲しいと思う気持ちのほうが強かった。
男でも女でも、自分にとってユーリが大切な存在である事には変わりない。だが、自分の中で日に日に大きくなる気持ちは、既に『親友』に対するそれとは明らかに異なっていた。

ユーリと共に在りたいと思う気持ちにしても、ユーリが女性であればこそ、現実的に叶える方法が一つだけあった。
今まで何度かそれを思い浮かべては否定してきたが、先程のジュディスの言葉で分からなくなった。


「僕は…ユーリを…」


押し付けられたユーリへの見舞いの品を抱え、フレンはじっと考え込んでいた。


ーーーーー
続く
▼追記

彼はオンナノコ

「オトコノコとオンナノコの違い」の続きになります。








「とりあえず、それが今回の診察結果だよ」

手渡された書類にざっと目を通して、ユーリは大袈裟な溜め息と共にテーブルに突っ伏した。
向かいに座るフレンはその様子に慌てて立ち上がり、ユーリの隣で膝をついて気遣わしげに彼女を見上げ、力無く垂れ下がる掌を自分の両手で優しく包む。

それをちらりと見遣り、ユーリが再び大きな溜め息を吐いた。


「ユーリ!?大丈夫か?何か良くない事でも書いてあったのか?いやそれより、具合でも悪いのか?」

「……別に」

「じゃあどうしたんだ?僕はまだ詳しい話を聞いてないんだ。だからユーリ、何かあったんならちゃんと僕にも」

「ああもう、うるせえ!!説明するから手を離せ!さっさと座れ!!」

「あ、ああ」

渋々と言った感じで自分の向かいの椅子に戻って座り、真剣な表情でじっと見つめるフレンの視線に、ユーリは三度目となる溜め息を吐いたのだった。




ユーリが女性の身体になってから、そろそろ一ヶ月になろうとしていた。

初めの一週間ほどは大人しく経過観察をしていたものの、これといって体調に異常はない。星蝕み撃破後の事後処理をいつまでも他のメンバーに任せているのも心苦しいし、ギルドに依頼も入って来るようになった。
原因の究明はとりあえずリタ達に任せ、ユーリも仕事を再開したのだが、ただ一人、フレンだけがそれに良い顔をしなかった。


変化直後の不安定な様子のユーリを知るのは、フレンだけだ。

だからこそ、フレンは誰よりもユーリを心配している。恐らくは誰にも見せたことのないであろう弱い部分を見た事で、ユーリに対して今まで抱いたことのなかった庇護欲が生まれ、とにかく自分がユーリを守ってやりたい、という思いを強くしたのだ。

ユーリの「大丈夫」は信用できない。
そう言ってフレンはユーリに、医学的な見地から一度、きちんと診察を受けるようにと何度も言ってきた。だがそれをユーリは嫌がり、ギルドの依頼や下町の復興作業の手伝いにかこつけて逃げ続けていた。
しかし、先日下町の井戸が完成した際にとうとう約束をさせられ、その後診察を受けた結果を今日、ユーリの部屋までフレンが届けに来ている。

その事すら、ユーリは不満だった。

「…全く、何だってわざわざおまえが来るんだよ。こんなもん、誰かに持って来させりゃいいじゃねえか」

「だってユーリ、あれから全然城のほうに来てくれないじゃないか。だったら僕から会いに行くしかないだろう」

「こんなナリで城になんか行けるかよ。ルブランやらデコボコやらに見られたら、何を言われるか…」

「ユニオンには行ってて、何でこっちは駄目なんだ」

「仕方ねえだろ、オレにだって仕事があるんだよ。それにハリーはあの戦いの事情を知ってるしな。何か突っ込まれても話を合わせてくれるし」

「…それぐらい、僕にだって出来る」

フレンがむっとして頬を膨らませる。

「それでも、城とダングレストじゃどっちが気楽かぐらい分かるだろうが。おまえの事なら、何処にいたって聞こえて来…」

「僕も、君の活躍は耳にしたよ」

ユーリの話を遮ってフレンが口を挟む。その表情は厳しく、ギルドでの活躍について等の良い話、ではなさそうだと予想できた。

「…どんな『活躍』だよ」

「ユーリ、ダングレストの酒場から出入り禁止を食らっただろう」

「あー…その話か」

「ユニオンを通じて、僕のところにも話が来た。大体の事情は理解したけど、もう少し手加減というか、どうにかならないのか」

「しょうがねえだろ!?あいつら、人の身体をべったべたべったべた触りやがって!!何が『ほんとに女なのか確かめさせろ』だ!見りゃ分かんじゃねえか!!」

「…べ、べたべた…」

「ああそうだよ!元からチンピラみてぇな奴らだって少なくねえ。しかも酒が入ってっからますますタチが悪ぃ。手加減してたらこっちがやられちま」

「ヤラっっ……!?だ、大丈夫だったのか!?何かヒドいことされてないだろうな!!?」

「……………」

「ユーリっっ!?」

一人熱くなるフレンに対してユーリは非常に冷めた眼差しを向けた。

「…事情は理解したんじゃねえのかよ」

「何度も酔っ払いと喧嘩して、その度に店を破壊するのと大量の怪我人を出すのをどうにかさせろとは言われたけど、それなら立派に正当防衛じゃないか!!」

「…ふーん。じゃあ今後一切手加減なしでいいんだな?」

「い、いやそれは…ああ、でも…!!」

ユーリは決してフレンが考えているような意味で『やられる』と言ったのではなかったが、フレンは勝手に深読みして頭を抱え込み、何やら一人でぶつぶつ言っている。
それを横目で見ながら、ユーリはテーブルの上の書類をもう一度手に取った。


今回の診察は、単純に医師にユーリの身体を診てもらい、異常がないかどうかを知る為のものだったが、その結果を気にしているのはフレンだけではない。
ユーリの変化の原因を究明しようとしているリタも、その一人だ。

リタは魔導研究の第一人者であり、精霊や術の事であれば彼女の右に出る者はいない、と言っていい。
医学的な知識もゼロではないし診察にも立ち会っていたが、その後すぐにアスピオに戻っている。


「この結果、リタはどう思うかねえ…」

ユーリの言葉に、フレンが顔を上げる。

「…そうだ、それ。そもそもそれを聞こうと思ってたんだよ!どうだったんだ?」

「どうもこうも…」

ユーリが書類をフレンに渡し、テーブルに頬杖をついて言った。


「身体は完全に女、だとよ」

「…そうか」

「なんかなあ…そんなの分かり切ってたつもりだけどさ、改めて言われるともう、トドメ刺された気分だな」

「でも、それ以外は何の異常もないんだろう?特に何か負担があるという訳じゃないなら、とりあえず一安心だな」

「だから大丈夫だって言ったじゃねーか…」

「そんなの分からないだろ。見た目以外に、何か異常がないとは限らなかったんだから」

「リタもそんな事、言ってたな。結果が出たら知らせろってさ。…ほら、それよこせよ」

「…君が持って行くのか?」

「明後日から護衛の依頼が入ってんだよ、ハルルの近くまで。だからついでにな」

書類を渡そうとしていたフレンの手が止まった。
眉間に皺を寄せてユーリをじっと見るその瞳が、物言いたげに揺れている。

「…何だよ」

「ユーリ、もう…あまり危険な事は」

「いい加減にしろよ!!」

「ユ、ユーリ?」

突然ユーリが立ち上がり、呆然と見上げるフレンの手から書類を乱暴に奪い取る。事態が飲み込めずに目をしばたたくフレンを見下ろすその表情は、明らかに怒りの色を湛えていた。

「何なんだよ、おまえは!おかしいだろ、こないだから!!何かってえとそんな事ばっか気にしやがって…!」

「こないだ?何の事か分からないよ」

「井戸掘ってた時だよ!いきなり人の事…か、抱えて運びやがって、オレがあの後どんだけからかわれたか分かってるのか!?」

「だ、だってユーリがあんな、はしたない格好してるから!」

「気にしすぎだって言ってんだろ!!おまえが……!」

「ユーリ?」

「……おまえに必要以上に心配される度、逆に嫌になるんだよ。もう…男だった時みたいな付き合いは出来ないのか、って」

「それ…は」

「トドメだって言っただろ、さっき。はっきりとあんなもん見たら、もう『女扱いするな』って言っても無駄だろ?おまえの性格じゃ」


フレンは答えられなかった。
結果が出る前から、別にユーリが女性になっている事を疑っているわけではなかった。それでも確信が欲しかったのは事実だったからだ。

「もう『男』じゃないんだからとか、そう言われる度に情けなくなる。ほんの少しでも望みがあるならと思ってたから、医者に診せるのだって嫌だったんだよ。だから『トドメ』だ」

「ユーリ…」

「…もう仕方ねえけどな、なっちまったもんは。でもまだ可能性がないわけじゃないんだ。だからそんなに意識しないでくれねえか。…物凄く、やりづれぇ」

そう言って再び椅子に座ったユーリは、酷く疲れた様子だった。
だが、フレンにも言いたい事はある。ユーリが無自覚すぎるせいで、余計な心配事が増えるのだ。


「…そんなに言うなら、君がもう少し『女性』としての自覚を持ってくれ」

「何だと?」

「意識するなって、そんなの無理な話だ。だって…」

言葉を切ったフレンは一度俯き、すぐに顔を上げた。そして真っ直ぐにユーリを空色の瞳に映し、ゆっくりと静かに、思ったままを口にした。


「だって、君はとても魅力的な女性になってしまったんだから」


「なっ………」

「それなのに君はあまりにも自覚がなくて無防備で、見ていて不安で仕方ないんだ。現に危険な目にあってるじゃないか!」

「危険って…」

「…ダングレストで」

「あのなあ、あれはそういう意味で言ったんじゃ」

「大して違わないよ。たまたま君のほうが勝ったから良かったものの、もしそうじゃなかったらどうなるか考えた事ないのか?…殴られて終わりじゃないかもしれない。……意味は、分かるだろ」

「………」

「その服だって、ほ…殆ど見えてるじゃないか、胸が!サラシを巻くのが嫌なら、せめてもっと隠してくれ!そんなんじゃ、その…」

何か言い辛そうに口篭り、目を逸らしたその顔が、徐々に赤くなってゆく。

「…また妙な事でも考えたか」

「違う!…その、誘ってる、とか…誤解されても仕方ない、というか…」

「…あのなあ…」

既に何度目か知れない溜め息と共に、ユーリがフレンに指を突き付ける。

「それ、痴漢の被害者に『あんたの服の丈が短いのが悪い』って言ってんのと同じだろ」

「う……」

「いやそれよりもっとタチ悪ぃな。騎士団のトップがそんな考えでいいと思ってんのか」

「僕が被害者をそんなふうに思う訳じゃない!!だけど、自衛は必要だと言ってるんだ!…無用な誤解と危険を避ける為にも、もっと慎みを持ってくれないか」

「慎み、ねえ……」

ふ、と息を吐いて視線を落としたユーリに、フレンはどこか居心地の悪さを感じてしまう。

「…何?」

「それは、おまえもオレを見てそう思うって事か?…こないだまで男だったオレに?」

「……………な…」

「ガキの頃から知ってるのに…一緒に戦って来たのに、そんなにすぐに意識が変わるもんなのか…?」



自分は、ユーリをどう思っている?

意識…意識はしている。でもそれは危険な目に遭わないように気に掛けている、そういう意味で『意識を向けて』いるんであって、特別な意味は、何も…。

でもそれじゃ、この前一瞬よぎったあの考えは?

……言えない。


「…違うよ。僕は君の友人として、君が傷付くのを見たくないだけだ。それは、今も昔も変わらない。ただ…」

「ただ、何だよ」

「…ただ、心配事の内容が以前と違うのは仕方ない。それだけは、ちゃんと理解して欲しい」

「…分かったよ。…とりあえず、そういう目では見てねえ、って事か…」

後半部分は殆ど独り言だった。

「え?ごめん、よく聞こえない」

「何でもねえよ」


「…窓の鍵、開けておくよ」

「何の話だ」

「僕の部屋の、窓の鍵を開けておく。いつでも来ていいから」

「あのな…」

「いいね?何かあったら、僕に言うんだ」

「……とにかく過剰な心配は無用だ。オレもちっとは気ぃ付けるから」

「…本当に?」

「言ってるそばからそれかよ…しつこいぞ」

「今までが今までだからなあ」

「うるせえな!…ほら、これでいいんだろ!!」


ユーリが上着の合わせを鎖骨のあたりまで上げ、苦しそうに顰めっ面をする。
大きめの胸も押し潰されてはち切れんばかりになっており、これでは激しく動いたら弾けてしまうのでは、と考えてフレンはまた顔を赤くした。



「…服、変えたほうがいいんじゃないか」

「オレはこれが気に入ってんだよ!…ったく、女ってのは面倒臭えなぁ…」

「……そう、だね……」

「フレン……?」



ちりちりと、胸の奥で何かが燻っている。

その場所をぎゅうっと押さえて、今は何も考えないようにした。




ーーーーー
続く
▼追記
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