【The First Mouse】

世界を何度も繰り返した。

1度目は、生を受け、純真に生きた。
2度目は、人を愛し、その喪失を嘆いた。
3度目は、夢を抱き、その実現に努力した。
4度目は、燃えるような恋をした。
5度目は、子供を育み、その将来に胸を撫で下ろした。
6度目は、曾孫に絆され、血の脈々たる繋がりに感銘を噛み締めた。
7度目は、絶望した。独り取り残される孤独に嘆いた。
8度目は、怒りに身を任せた。力の限りに破壊した。
9度目は、技を磨いた。高みへと突き抜けることだけに執着した。
10度目は、勝ち誇った。それから、足元を掬われた。
11度目は、失望した。力の限界を身をもって思い知った。
12度目は、笑った。とにかく面白おかしく生き抜くことを心に決めた。
13度目は、繋がりを絶った。絶ってなお、切れない関係性の不思議を想った。
21度目は、病に臥せった。力などより強力な、生の天敵を知った。
55度目は、義に生きた。生の奇跡に恩を返さんと正義を掲げた。
198度目は、悪に染まってみた。牢も絞首刑もいとも容易く逃れられてしまった。
1549度目は、偏屈の真似をした。理屈を捏ね、自論だけを叫ぶ日々。
2311度目は、森を愛した。小鳥の囀りと歌い、切れ間のような星空を眺めた。
3445度目は、神のフリをした。冒涜というものに自ら飛び込んでみた。
****度目は……、…………、

何度となく止めどなく。
重なる景色はやがては類似し、どの瞬間も既視感を伴う。
世界が、色褪せる。
感情が、鈍化する。
音が無意味となり、言葉が陳腐となり果てる。
あと、何度続けようか?
あと、何度試そうか?
無感動な世界で呆気ない刺激だけを追い求め、その先に、あるは絶望か希望か。

面倒だ。
考えるのさえ面倒だ。
死ぬ事の方が簡単なのに、
生にしがみつくのも面倒だ。
このまま消えてしまえばいいじゃないか。
見飽きた演目ばかりの舞台など、座り続ける価値もないだろうに。
規則的な世の中の、当たり前のような不文律。
決まりきったおべっかも、変化も進歩もないヒトの歩みも置き去りに。
世界の最果てで朽ち果てるなら、いっそ本望だった。

そんな時に猫に出会った。
そしてその後は弟に。

自分にアトランダムと名を付けた彼。
なんて素晴らしい名前だろうか。アトランダム!
なんて悲しい名前だろうか。支離滅裂な世界の異児よ!
終わりかけた世界を繋ぎ止め、楽しもうと呼びかける歌声。
いいよ、乗ってやろう。
キミのその壮大で滑稽な群青劇の脇役を演じてやろう。
誰もがデタラメでムチャクチャだと、ヤジを飛ばすような、そんな幕を上げようじゃないか。
卑怯で無意味だと怒るような。
馬鹿でどうしようもないと悲しむような。
そして楽しんでから我に返る、そんな幕になればいい。

点と点を繋げて線だ。3人で1人、3匹は1匹だ。最後からの尻尾繋ぎ。そんな歌があっただろう?
孤独な少年にそう語れば、とてもとても楽しそうにした。
記憶の彼方に忘れ去ったその純真さでもって、大いにはしゃいでいた。
まるで兄弟っすね!!アネキとアニキが出来たみたいっす!
まるで、家族みたいっす!

家族、感情、悪。
フィナーレには丁度いい。
そういう幕引きにしようじゃないか。
TbMというのが演目さ。

いくつもいくつも点を並べ、辿る先に世界を作ろう。
キミの庭を少し借りて。
お前の喜怒哀楽に励まされながら。
3人の願いを叶える為に、さぁ世界を愚弄しよう!
盲目ネズミの始まり始まり――。

【The Second Mouse】

それまでも、何度か人は落ちてきた。

虐げられた者
罪から逃れたかった者
生に飽きた者
責任を受け止められぬ者
退屈な日常を拒む者
諦めた者

絶望と倦怠に濡れた目を、大概はしていた。
だから最初は、丁寧に殺してあげていた。
丁寧に。丹念に。等しく平等に。
望むように。望まないままに。
でも、それが自分のやりたいことのようには思えなかった。
それで、満たされはしなかった。

ある日、また人が落ちてきた。
飽きた顔をして。
何の期待もしない、つまらなそうな、よく見る顔だった。
気紛れに、声をかけた。
どうせなら楽しもう、と持ち掛けた。
世界が変わらず、落ち続けるなら。
月が変わらず、嗤い続けるのなら。
変えてやる何かを仕掛ける――自分には持ち得ない、その力が欲しかった。
――彼女は乗った。
彼女は自分が犠牲になるのを知った上で、手伝ってやろうと言ってくれた。
だから、彼女を歌になぞらえ「Lady」と呼んだ。
大事な大事な人柱殿。
大事な大事な我が君。
お互い解りきった役柄だったが、それでも演じるのは楽しかった。

そんな時に、また一人、落ちてきた。
無邪気な、喜怒哀楽のはっきりした子供。
ここに落ちてくるにしては、珍しいタイプだった。
だから、最初は観察のつもりだった。
飽きればLadyの目を盗んで、殺すつもりで好きにさせた。
好きにさせたら「パフェ」を食べたいとねだってきた。
煩わしいはずのワガママだったが、何度もせがまれる内に、気付くとパフェを食わせていた。
気付いたら、彼のたわいもない嘘に乗って、からかわれてやっていた。
そんなことが何度か続いて――諦めた。
あれは「Puppy」だ。
アニキだなんだとじゃれついてきたら、遊んでやらなきゃならない。
でも、そうして遊んでやることが、意外と嫌いじゃなかった。
――ついでに「遊び方」も教えてやった。

三人は三匹の盲目ねずみ。
それは制約。
子供じみた約束。
でも、自分の一番の「望み」を打ち明けるくらいには、気に入っていた。

「望み」を解ってくれたから、Ladyは魔法をかけてくれた。
「望み」を感じてくれたから、Puppyは泣いてくれた。
だから、もう、独りにはしない。
「望み」を叶えた次は、また三匹でやらかそう。

また、三匹で楽しもう。

【The Third Mouse】

"狼少年"のその後を知ってるかい?
隣人、仲間、親友に家族
愚かな嘘で皆に捨てられた彼の末路を?


少年は馬鹿だったからさ
何が悪かったのかを悟る事も無いまま"落ちた"のさ
向き合うのが怖かったんじゃないかって?
へえ、上手い事言うね

落ちた先で出会った異端がいてさ
子供の悪戯に飽きもせず付き合ってくれてさ
それならもっとこんなやり方がいい、なんて余計な助言までくれるような奴らだった

少年は馬鹿だったからさ
偽りも真も、怯えも無鉄砲さも一緒くたに掌上で転がしてくれた
奇妙で破茶滅茶な、そんな2人に心底惚れちまったのさ


約束された「終焉」は、
彼にとっちゃ永遠を意味する「絆」だった
契約に裏付けられた、誰も偽る事のできない、ね

また「家族」ができた
たくさんのヒトと「遊べ」た
みんな自分を「見て」くれた
それが今度こそずっと続くと猫は「約束」してくれたんだ
そりゃあ幸せだっただろうね

少年は本当にそれを信じていたかって?
そうだよ、彼は馬鹿だったんだから

それは本当に幸せなのかって?
さて、あんたらには絶対分かるまいよ
あのFibberだって涙を流すんだから


さあて、いよいよお立会い
嘘も真も道化の内に
猫と魔法の煙に巻いて
どうせ全員盲目だ
精々楽しく行こうじゃないか

【Lady's magic】

Let the pipe stab'm through the night, through the night,
Let the pipe stab'm through all night, My fair lady.

(むかしむかし、月が落ちては街が変わる世界の果てでエルフが言った。)
それがキミの望みかい?ならば私が魔法をかけておこうじゃないか。数千年の魔力にかけて、その線が――パイプが――キミの点を――心の臓を――必ずや貫き切るように。それがせめてもの、恩返しというものだろう?
(終わりかけた世界を繋ぎ止め、目まぐるしいアトランダムな日々を見せてくれた愛しい猫への。)

【TbM】

盲目ネズミは、盲目だから目的しか見ない。
盲目ネズミは、前を行くネズミのしっぽだけが命綱。
しっぽを切られたら、一匹残らず行き先を見失って逝くことに。

一人でも欠けたら、それでおしまい。