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全裸で周り全員おんにゃのこ(※ニョタイカ使用含)。
明け方までお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました(平伏)
6/21のログ後の幕間。
「――目下、おっけぇ…」
なんでも屋の低いかすれ声が告げるのは、裏通りの外れ、森にほど近い場所だった。
時分としては、夜に差し掛かる頃。
昼であろうと夜であろうと、この街は常夜。ゆえに景色の何が変わるでもないが。
路地の隅。つい今しがた後にしてきたのは、まるで落書きのように「診リョ所」と書かれた掘っ立て小屋だった。
「…どこらへんが、『オッケー』なんだろうね?」
一緒にその掘っ立て小屋から出てきた熊獣人が呟く。その顔には、わずかに呆れがあった。
この場所を指定してきたのは、なんでも屋の方だ。熊獣人の方は、いわゆる「お姫様だっこ」でここに運び込んでからは、することもなくただ施術を見ていた。
医師を名乗る老人は、手術と称する物理的な荒治療でもって肋骨の位置を矯正。傷口にはたんまりと薬と呼ばれるリザードパウダー配合らしい軟膏を擦り込む。
乱暴にも思える施術ではあったが、スラムという場所柄に対して施術室の清潔さと、医者の腕は熊獣人の目からしても感心するものがあった。
同時に、そんな場所に目星をつけておいたなんでも屋にも、感心とわずかの呆れが混じる。
対して、なんでも屋としても、自身への「自己暗示」にすらツッコミを入れられて、閉口していた。
その口がおもむろに、包帯を巻いた右手の布の具合をいじりながら開かれる。
「今日明日で出るなら、見送るよ。野宿の場所は、どこだい?」
愛想と同じだけ疲れが滲む声は、それでも笑みと共に向けられる。
その対応に、わずかに熊獣人は眉を上げた。
「…その怪我なら、野宿じゃなくて…きちんとベッドで寝た方がいいんじゃない?」
絶対安静の重傷とは言えずとも、軽い怪我でないのは明らかだ。
宿へ、と再三に薦めてはみたが、なんでも屋はそれまでと同じように首を横に振る。
「お上品なところだ。このナリで、戻るつもりはないよ」
言うが早いか、森の方向へと覚束ない足取りが向かい出す。
それに熊獣人は溜息を吐いて、ついて行くことにした。
「……欠片は、変わらずに集めるよ。
一度ペティットには戻るかも知れねぇけど、遠隔でも出来る事はあるし、アズライトは説き伏せたから、彼女と一緒にどっかの時点ではイルクセルに向かう。
……自警のものも、どっかでやり込めて回収しないといけないんだろう?
『イルクセルの錬金研究機関が「研究材料」として欲している』っつーシナリオも、検討に入れてみてもいいかも知れねぇぜ。」
すぐに木のひとつに身を預け、何でも屋は口にする。
そこに座るにしても折れた肋骨が痛むのだろう。ぎこちない動きに、熊獣人はなんでも屋の前にしゃがみこんだ。
腰後ろのポーチをあさり、中から木の皮のようなものを取り出す。
「その話の前に…痛み止め。
噛むと、苦い液が出てくるから…それを舐めてりゃ、少しは痛みが引くよ。
タバコが吸えるなら…タバコに混ぜてあげるけど?」
わずかなランタンの明かりの中、見えるなんでも屋の顔には血の気がない。
出血多量による貧血、というよりは痛みによる貧血症状だろう。
実際、なんでも屋の視界は飛びかけていた。それを、黙殺しタバコの方を貰う事にする。
注文を受けた熊獣人は、自身のポーチからタバコを取り出し、一本取り出した。
タバコの葉をを巻いてある紙を丁寧に開き、先ほど取り出した木の皮を薄く削ぐ。
そうして、葉に混ぜた後、再度、丁寧に紙で巻き直す。その手つきは、やけに手馴れていた。
ついでに、なんでも屋が咥えたタイミングで、マッチで火も点けてやる。
なんでも屋はゆっくりと紫煙を吸い込んでは、溜めて吐き出す。胸のムカツキまでは取れないだろうが、少しはマシになるだろう。
夜空にたゆたう紫煙を、薄青の目が追う。その様子を、マッチの火を処理しながら熊獣人はじっと見つめた。
「…欠片の方は、頼むね。アズライトさんのことも。
多分…アクセルもどこかのタイミングで、イルクセルに行くと思うから。鉢合わせしなきゃいいけどね。
まあ、俺が『人質』持ってるワケだし、牽制もかけたから…すぐにはペティットには行かないだろ。
その間にでも、ペティットの分を回収できりゃ上々だけど…」
熊獣人の呟きに、なんでも屋はぼんやりとした様子で、周囲へと視線を巡らせる。
熊獣人が野営地に案内する気がないなら、そのままその場で夜でも明かそうと思ってのことなのだろう。
そんななんでも屋へと、熊獣人は言葉を重ねた。
「…それにしても、『イルクセルの錬金研究機関』か。
うーん…そういうシナリオは、コールさんの方が得意じゃない?
俺は頭使うの…苦手だし、筋書が出来て…人手がいるなら、手伝うよ」
へらっとした笑みを浮かべての、丸投げ。
それに、視線を戻したなんでも屋は、仕方なしに口を開いた。
「俺の仕事に…、自警の保管分の回収は、含まれていないよ。筋書きはサービス。
自警を丸め込んだり、ペティットで動く必要があるならまぁ、追加依頼はやぶさかじゃぁねぇけど」
『対価』は等価。それ以外は認めない、とばかりの口振り。
その返答に、熊獣人はそうは都合よくいかないか、と苦笑めいた笑みを浮かべた。
そんなやり取りの中、ふと、なんでも屋は面倒を見てもらっていることへの非礼と罪悪感を思い出したらしい。
視線を外し、ふてくされたような声が洩れる。
「サンキューな。助かったわ。…なんつーか、…サーセンもちっとしっかりシマス」
薄青を周囲へと巡らせたままのなんでも屋に、熊獣人は不思議そうに目を瞬かせた。
「『依頼』でもねートコで、こんなんじゃ。ガキじゃねーんだからっつー話だよな…、」
どこか心許無いような、呆れたような、苛立ち混じりの呟きは、どちらかと言えば自身に言い聞かせているようにも。
「……、いいんじゃない? ガキで。
どんなことにも、『依頼』で片付けて、何事も計算ずくでやってたら…人の信用を失うよ。
信用第一の仕事…なんだろ?」
そうして続く、熊獣人の少しのズレと手痛さを伴ったいつも通りな答えに、なんでも屋の口から思わず苦笑が零れた。
それに気付いているのか、いないのか。
熊獣人はしゃがんだままの姿勢から、立ち上がった。
「…痛みは、どうかな。落ち着いたら…移動するよ」
移動先は熊獣人の野営先。
とはいえ、目的の「家」を最後に見て、そのまま街を立ち去るつもりではあったから、せいぜい荷物が木のウロに隠されているぐらいである。
それでも、拾っておいた薪などはそのままにしておいたから、茶ぐらいはすぐに出せるだろう。
なんでも屋は紫煙を最後にひと吸いしてから、吸殻をポーチに押し込んで身を起こした。
言葉もなく、森の奥へと歩を進める。
その、なんでも屋の頬を、脂汗が流れていく。
幸いにして、熊獣人は「依頼人」ではあるが、「一般人」ではないし「お得意様」でもない。
それゆえに、取り繕う必要もなく歩くことだけに専念出来た。
その身体を、ふいに熊獣人が支えた。
しんどそうに歩くなんでも屋に、手を貸さない理由が熊獣人にもなかった。その顔は相変わらずもの言いたげだったが。
***
野営地と言っても、そこは火を焚いた跡が残るくらいの場所だった。
熊獣人は手近の木になんでも屋を寄りかからせ、黒く灰と炭の残る地面に残しておいた薪を組んで焚き火を作る。
初夏になりつつあるとはいえ、日の差すことのない森だ。常に肌寒い。
まして、怪我をしている身に低温はキツい。
隠しておいた荷物から毛布を引っ張り出す。それをかけようと振り返れば、なんでも屋は手紙を書いていた。
屋外で、しかも机もないというのに、文面は整い、字にも乱れた様子がない。染みついたプロ根性が成せる技なのだろう。
なんでも屋が左手片手で器用にインク壺の蓋を閉じ終わったタイミングで、熊獣人は口を開いた。
「そうだ。
…もし良ければ、俺が来る前に、アクセルと何を話してたか
…教えてもらってもいい?」
しばしの間。
それは、なんでも屋を襲う眠気のせいか、そうでないのか。
じっと言葉を待つ熊獣人へと、口を開いたなんでも屋は簡潔に話した。
モルンニアのアクセルはライナスによって殺された事。
アクセルの母親は健在ながら、息子の中身が入れ替わった事には勘づいている事。
ライナスは『左の爪』にされた一家の長男だった事。
その意識はもはや爪となった事で元の彼とは同じではありえない事。
そして、『アクセル』は剣である己の存在意義をかけて、『爪』を解放しようとしている事。
そこまで話し終えた頃には、ほんの少しだけ、なんでも屋の呂律もおかしくなり始めていたか。
痛みを緩和したことによる、強い睡魔。
それに身を任せることにしたらしい。語り終えたとほぼ同時に、寝息を立てている。
その冗談のように警戒心が薄い様子に、熊獣人は嘆息一つして毛布をかけた。
それから、考え事の癖であるのか、真っ黒な空を見上げては、自分の熊耳を引っ張る。
熊獣人の耳にぱちぱち、と焚き火からは木がはぜる音が響いていた。
脳裏では、確率と危機回避とお節介心とが秤にかけられ、悩んでいた。
だが結論は、あっさりすぐに出た。そもそも、考える間などなかったかのように。
結局のところ、怪我人を放ってその場を去るなど、熊獣人には出来やしなかった。例え、それで自分の身が不利になったとしても。
焚き火にほど近い木に寄りかかると、目を閉じる。
熟睡するつもりもなかったが、仮眠は必要だった。
翌朝。
なんでも屋が目を覚ました時、まだそこに熊獣人がいた。
それが意外だったのか、笑い声を洩らして起き上がる。すると、熊獣人も起きたことに気付いたようだった。
すぐにも準備をし、いつものお節介精神でなんでも屋に簡単な食事と水分を摂らせる。
その間も相手の様子を密かに観察したが、調子は熊獣人から見ても良さそうだった。
「ひとまず…街までは送るよ」
それは熊獣人にとっては、当然の言葉だった。一晩、世話をみたからには、街まで送るぐらい大した問題じゃない。
だが、言うなりなんでも屋は笑い出した。
「それじゃぁ、あべこべじゃねーか! 観光客に見られるぜ?」
それに熊獣人の眉が上がる。間を空けて、苦笑が洩れた。
なんでも屋が熊獣人の何を知ってるわけでもないだろう。
それでも、自分の行動から予想がつかれても仕方がない。
ただ知られたとしても、何も問題はない。もうすでに、釘は刺してある。
「いいから。街までは…送るから」
元気だというアピールは散々見せられたが、昨日の今日で折れた肋骨がくっつくはずもない。
その証拠に、なんでも屋が自前の鎮痛剤を飲むのを熊獣人はしっかり見逃さなかった。
それからは、少しの世間話と、談笑を織り交ぜて夜光祭の朝を歩く。
そもそも、朝なのか夜の続きなのか、闇しかない街では判然としなかったが。
祭り気分に賑わう街並みの少し手前で別れに手を振るまで。