「招きの実と返魂樹の迷宮」イベにおける、熊の日記。
2015-11-30 22:50
熊日記4(12/1〜12/3)
2月3日
夢は見ない。
「夢」のない生活。
…全て元通り。
…昨日、ツネさんにはああ言われたが、それを実行するにも、何か踏ん切りが欲しかった。
「日常」に戻るための「何か」を。
…ヤドリ樹が浮かんだ。
だから小雨の中、シュークリームとマカロンを持っていく。
…シュークリームはトランクさんに。
マカロンはロイさんに。
…ロイさんの訃報を知ったのは新聞だった。
水難事故の記事に、彼の名前があった。
同姓同名の別人の可能性もあったが…想像は出来る。
…彼の片足は、俺が彼から色々と聞き出したことで…ケジメとして組織に差し出した。恐らくは。
もう片方の足は…足の健は、俺が切った。
彼の足で海に放り出されたのなら、……。
……だから、彼を殺したのは俺だ。
そんな俺に冥福を祈られても、とは思うが…それでも。
…ヤドリ樹に突き立てたショットガンは、錆びてボロボロになっていた。
彼女のいた証拠は、もう、これしか残っていない。
トランクさんは、シュークリームが好きだった。
…俺は彼女のことは、それくらいしか知らない。
ロイさんのこともだ…俺はほとんど知らない。
それが悔やまれる。
シュークリームとマカロンを供えて、ぼんやりしていたら、声が聞こえた。
懐かしくて、クソやかましい…
三人の声。
振り返って…我が目を疑った。
夢で散々見た、アイツらが、…いた。
死んだ彼らがそこにいて、いつもの調子で声をかけてきて…
正直、勘弁して欲しかった。
ディア中毒が治まっているハズなのに、どうして今更、彼らを視るのか。
俺は「その程度」なのか…
そうしたら、アイツらは口々に残りの二人を示して
「 こんな奴らの幻を見たいのか?神経を疑う」
なんて…生前と変わらないことを言うから…
思わず、笑った。
笑って…俺が作り出した幻にしても、生前と変わらなさ過ぎる、なんて俺の記憶力と想像力にどこかで感心して…
そうしたら、ガーランドが俺の知らないことを言い出した。
「ラミアの洞窟」で、ヘマをやらかしたのは、俺だ。
それは、しっかり覚えてる。
でも、それの悪口を…アルタダスのギルド受付に書いたとか…
俺は知らない。
だから…
アイツらが本物かも、と思えたら…
泣けてきた。
アイツらが、あまりにも生前と変わらなくて…馬鹿で…うるさくて…笑っててくれて…
俺のことを恨むのも面倒臭いと。
俺がアイツらの死肉を食べた かもしれないのに、そんなの興味ないと。
アイコンタクトもなく「俺を逃がす」という目的のために、人生最高の連携が出来たと。
…そう、言ってくれて、
涙が止まらなかった。
俺が、まだ泣けるなんて、意外だった。
…もう、散々、泣き尽くしたと思ったのに。
…そういえば、ラゼットが居た、ような気がする。
残念ながら、俺は…目の前の現象に驚いて…余裕がなくて、ラゼットが視界に入ってたのに、無視をした。
……変な話だけど、気付けなかった。
今度…詫びをしないと。
アイツらと、話をして…
アイツらが、消えて…
しばらくしてから、煙草の匂いに気付いた。
樹の反対側に、アズライトさんがいた。
彼女は彼女で、トランクさんとロイさんに花を手向けに来たらしい。
…偶然にしては、出来すぎているようにも思う。
もしかしたら…パズルバンクルのせいかもしれない。
……ディア中毒の最中に、俺はアレを左手首にはめ直してしまったから。
…どちらにせよ、フードをめくってまで、泣き顔を確認される。
趣味が悪い。
彼女に確認を取られた。
「許し」は得られたのか、と。
俺は、死んだ彼らからの「許し」しか、受け取る気がなかった。
本来なら叶うことがない、「許し」を。
そうでなければ、俺は俺が許せなかった。
巻き込んだのは俺だ。
救えなかったのも俺だ。
判断を間違えた、と…ずっと思っていた。
…ミドラーは、あの状況で自分達が助かるはずないだろ、と悪態混じりに言ってくれたが。
それでも…ずっと、悔いていた。
ユングを斬る暇に、アイツらを救えたんじゃないか、と。
…でも、彼らは許してくれた。
何より、笑って俺の前に現れてくれただけで…それだけで…もう…
アズライトさんは「良かったな」と言った。
相変わらずの鉄面皮で、素っ気なく。
…でも、皮肉も交えない言葉だったから、きっと…本当にそう思ってくれたんだろう。
…呑みに誘った。
なんだか、呑みたい気分だった。
彼女がそれに応じてくれたから、ひたすら呑んで、生前の彼らとした馬鹿話をした。
20代の俺が、馬鹿をどれだけしてきたか、を。
彼女は俺が酔い潰れるまで、ずっと付き合ってくれた。
…感謝しかない。
…アズライトさんに、一つ言いたいことがある。
そう、彼女自身に言ってから、一年が経とうとしている。
言ったところで、馬鹿なことを、と鼻で笑われるのは解っているが。
……少し、あの時と今とでは、気持ちが変わってきた。
俺は、アズライトさんに、一つ、言いたいことがある。
…この提案を、いつ、言おう。
12月2日
もう…夢は見ない。
…見ない。
倉庫警備の仕事に行く前に、広場の掲示板を確認しに行く。
ディア騒動で、長く広場の方の掲示板は確認していなかった。
途中で華中のお店で肉饅頭を買って、広場へと。
…「肉」が食べられるかどうか。
「肉」を「ヒトの肉」と錯覚せずにいられるか。
その為にも、肉饅頭が丁度良かった。見た目は白くて、肉の欠片も見えない。
だが齧って見えるのは、何の肉か解らない挽き肉。
……丁度良かった。
掲示板を確認し、どこかに座って肉饅頭を食べようと噴水の縁を見たら、角の生えた獣人に手招いてもらった。
お礼に、一つ、肉饅頭を渡す。
…意気込んで三つ買ってはみたが、多分、一つ食うのが限度だ。
彼の名前は、ツネツグ。アサイ・ツネツグ、と名乗ったが、桜花の人らしい。
東の方は、ファミリーネームが前に来るから、呼び方は「ツネツグ」でいいんだろう。
彼は三年程、こっちにいるみたいだけど、未だに西世界の名前は発音しにくいらしい。
だから、好きに呼んでいいと言ったら「パケ」と呼んでもらうことに。
俺も、呼びにくいから「ツネさん」と呼ぶことになった。
…「ツネツグ」の「ツグ」って…なんだか、言いにくい。
肉饅頭の話から、俺の食欲がないことに話が及んだ。
…憂い事があるなら、そちらから片付ける方が先決。
まさに、その通りだ。
そもそも、どうしてこうも虚しいのか。ディア騒動は片が付いた。夢は見なくなった。
…なのに、どうしてこうも寂しいような気持ちになるのか。
胸にぽっかりと穴が空いた感覚は、それこそ10年前に経験したもの…だった気がする。それに近い気がする。
どうしたらいいものか。
それをなんとなしにツネさんに相談したら「そのままでもいいのではないか?」と言われた。
穴を埋めようとすれば、ぽろぽろと隙間から零れていくのではないか、と。
…なるほど。
無理に原因究明なり、対応策を考えず、このぽっかりとした穴も、そのまま受け止めればいいのか。
そのまま受け入れて、ただ時が過ぎるのを待てば…いいのだろうか。10年前の時のように。
…忘却こそが救いだ。それは間違いない。
それでも、何年経っても、昨日のように思い出される。
あの時の「痛み」を、そのまま思い出すことは出来ない。それでも、今でも思い出せば「痛む」。
「痛む」。
……そうか。「痛い」のか。
俺は、「痛い」と感じているのか…。
ツネさんと話していると、ロンさんを見かけた。
相変わらず、可愛らしい恰好をしている。
彼女は俺が入院している時、お見舞いに来れなかったことを気にしていた。
…俺からすれば、その気持ちだけで十分なのだが。
数度しか会ってない俺のことを気に掛けてくれるなんて、やはり優しい子だ。
そんなロンさんから「ユングに会ったか」と問われた。
…真意が解らず、少し困惑した。
彼女は単純に、ユングが元凶なら、俺にきちんと謝ったかどうか、それを知りたかったようだ。
そして、謝っていないなら、それが「悪いことだ」と教えて叱るべきではないか、と。
…彼女の言っていることは、間違っていない。
それでも、散々、ディア騒動で「夢」を見させられていた俺にとっては、少々、キツい話だった。
俺は、…少なくとも今は、ユングの顔も見たくない。
叱ることは必要だろう。だが、それは俺の役目じゃない。俺の役目にしたくない。
…当事者だからこそ、ユングを叱らねばならぬ立場であるだろう。
それでも、今はまだ、ユングを叱ってやれるほど、彼女に愛情を持って接してやれない。
…怒りをぶつける、憎む…それと「叱る」は違う。
俺が目指す所は、ユングを叱るなり、許すなり、…どちらにしろ愛情を持って接してやることだ。
でも、今はそれが出来そうにない。
…もしかしたら、一生、出来ぬことなのかもしれない。
それでも、………「それでも」。
俺は、実際に目の当たりにした。人が許されるところを。
だから、…きっと、…俺にも、…出来るハズだ。
…出来る。出来ねばならない。
でも、今は…もう少しだけ、距離を空けておきたい。
…きちんと、全てを呑みこめるまで。
少なくとも、ユングにはユングを心配する人たちや、義母のアイニィさんがいる。
今までのユングが「良くない」というのは、…きっと、彼らも解っていることだろう。
だからこそ、もう少し…時間が欲しい。
そんな話をしたら、泣き出されてしまった。
俺の踏ん切りがついてないのに、こんな話を振ってしまったことを、悔いたらしい。
…気にしなくてもいいのになあ。
むしろ、反対にこんな話をしてくれたからこそ、今の俺が「どんな風に感じているのか」、きちんと把握することが出来た。
それは、とてもありがたかった。
……俺は鈍いから。
きちんと、自分で自分を見張らねば、俺は何をするか、わかったもんじゃないから。
きちんと自分の状態を把握しないと。
…肉饅頭は、一つ、食べられた。
でも、何を食べたか解らないくらい、俺が「味わう事」を拒否していた。
12月1日
夢を、見ない。
いつもの眠りがやってくる。
いつもの朝がやってくる。
いつもの…
メフルザード商会の竜舎に行く。
仔ドラは今日も元気だ。
…正直、少し、この子と触れ合うのも辛かった。
人懐こく、俺の心配もしてくれるが、魔物というだけで、俺の身体が拒否反応を起こす。
やらねばならいこと、とはいえ、必要以上に仔ドラに厳しく当たった。
それでも、未だに俺が行けば、鼻先を押し付けてこようというのだから…どれだけ疑うことを知らないのか。
残っていた鮭と鹿肉ジャーキーを、少し多めにやる。
…「鬼ごっこ」と称して、口笛の合図で「捕まえる」と「離れる・逃げる」を教え込むことは出来た。
倉庫の警備監督に、これを教えて…今日から、倉庫に警備としてこの子を置いてもらえれば、ここを借りている名目も立つ。
…やることが、一つ、終わった。
夜、倉庫警備に当たる。
しばらく、休んでいたこともあって、知った顔から久しぶりだの、どこ行ってたんだだの、声をかけられる。
それらに応じはしたが、詳しい話はしなかった。
…聞かされても迷惑なだけだろう。だが、それぐらいの関係性が、やはり、楽だ。
しかし…どうしてこうも、矛盾しているのか。
もう、友人も仲間も親しい人も、作るのはこりごりだと思っていたのに。
どうにも、人恋しくなる。
その場限りで人恋しさを埋めてきたハズなのに、今、俺の周りには親しい人が多くいる。
その癖、今もこうして、その場限りの軽い関係に、安堵している。
…ヒトが愛しいのも、ヒトが憎いのも、同じように矛盾しながら、俺の中にある。
俺は、
夢は見ない。
「夢」のない生活。
…全て元通り。
…昨日、ツネさんにはああ言われたが、それを実行するにも、何か踏ん切りが欲しかった。
「日常」に戻るための「何か」を。
…ヤドリ樹が浮かんだ。
だから小雨の中、シュークリームとマカロンを持っていく。
…シュークリームはトランクさんに。
マカロンはロイさんに。
…ロイさんの訃報を知ったのは新聞だった。
水難事故の記事に、彼の名前があった。
同姓同名の別人の可能性もあったが…想像は出来る。
…彼の片足は、俺が彼から色々と聞き出したことで…ケジメとして組織に差し出した。恐らくは。
もう片方の足は…足の健は、俺が切った。
彼の足で海に放り出されたのなら、……。
……だから、彼を殺したのは俺だ。
そんな俺に冥福を祈られても、とは思うが…それでも。
…ヤドリ樹に突き立てたショットガンは、錆びてボロボロになっていた。
彼女のいた証拠は、もう、これしか残っていない。
トランクさんは、シュークリームが好きだった。
…俺は彼女のことは、それくらいしか知らない。
ロイさんのこともだ…俺はほとんど知らない。
それが悔やまれる。
シュークリームとマカロンを供えて、ぼんやりしていたら、声が聞こえた。
懐かしくて、クソやかましい…
三人の声。
振り返って…我が目を疑った。
夢で散々見た、アイツらが、…いた。
死んだ彼らがそこにいて、いつもの調子で声をかけてきて…
正直、勘弁して欲しかった。
ディア中毒が治まっているハズなのに、どうして今更、彼らを視るのか。
俺は「その程度」なのか…
そうしたら、アイツらは口々に残りの二人を示して
「 こんな奴らの幻を見たいのか?神経を疑う」
なんて…生前と変わらないことを言うから…
思わず、笑った。
笑って…俺が作り出した幻にしても、生前と変わらなさ過ぎる、なんて俺の記憶力と想像力にどこかで感心して…
そうしたら、ガーランドが俺の知らないことを言い出した。
「ラミアの洞窟」で、ヘマをやらかしたのは、俺だ。
それは、しっかり覚えてる。
でも、それの悪口を…アルタダスのギルド受付に書いたとか…
俺は知らない。
だから…
アイツらが本物かも、と思えたら…
泣けてきた。
アイツらが、あまりにも生前と変わらなくて…馬鹿で…うるさくて…笑っててくれて…
俺のことを恨むのも面倒臭いと。
俺がアイツらの死肉を食べた かもしれないのに、そんなの興味ないと。
アイコンタクトもなく「俺を逃がす」という目的のために、人生最高の連携が出来たと。
…そう、言ってくれて、
涙が止まらなかった。
俺が、まだ泣けるなんて、意外だった。
…もう、散々、泣き尽くしたと思ったのに。
…そういえば、ラゼットが居た、ような気がする。
残念ながら、俺は…目の前の現象に驚いて…余裕がなくて、ラゼットが視界に入ってたのに、無視をした。
……変な話だけど、気付けなかった。
今度…詫びをしないと。
アイツらと、話をして…
アイツらが、消えて…
しばらくしてから、煙草の匂いに気付いた。
樹の反対側に、アズライトさんがいた。
彼女は彼女で、トランクさんとロイさんに花を手向けに来たらしい。
…偶然にしては、出来すぎているようにも思う。
もしかしたら…パズルバンクルのせいかもしれない。
……ディア中毒の最中に、俺はアレを左手首にはめ直してしまったから。
…どちらにせよ、フードをめくってまで、泣き顔を確認される。
趣味が悪い。
彼女に確認を取られた。
「許し」は得られたのか、と。
俺は、死んだ彼らからの「許し」しか、受け取る気がなかった。
本来なら叶うことがない、「許し」を。
そうでなければ、俺は俺が許せなかった。
巻き込んだのは俺だ。
救えなかったのも俺だ。
判断を間違えた、と…ずっと思っていた。
…ミドラーは、あの状況で自分達が助かるはずないだろ、と悪態混じりに言ってくれたが。
それでも…ずっと、悔いていた。
ユングを斬る暇に、アイツらを救えたんじゃないか、と。
…でも、彼らは許してくれた。
何より、笑って俺の前に現れてくれただけで…それだけで…もう…
アズライトさんは「良かったな」と言った。
相変わらずの鉄面皮で、素っ気なく。
…でも、皮肉も交えない言葉だったから、きっと…本当にそう思ってくれたんだろう。
…呑みに誘った。
なんだか、呑みたい気分だった。
彼女がそれに応じてくれたから、ひたすら呑んで、生前の彼らとした馬鹿話をした。
20代の俺が、馬鹿をどれだけしてきたか、を。
彼女は俺が酔い潰れるまで、ずっと付き合ってくれた。
…感謝しかない。
…アズライトさんに、一つ言いたいことがある。
そう、彼女自身に言ってから、一年が経とうとしている。
言ったところで、馬鹿なことを、と鼻で笑われるのは解っているが。
……少し、あの時と今とでは、気持ちが変わってきた。
俺は、アズライトさんに、一つ、言いたいことがある。
…この提案を、いつ、言おう。
12月2日
もう…夢は見ない。
…見ない。
倉庫警備の仕事に行く前に、広場の掲示板を確認しに行く。
ディア騒動で、長く広場の方の掲示板は確認していなかった。
途中で華中のお店で肉饅頭を買って、広場へと。
…「肉」が食べられるかどうか。
「肉」を「ヒトの肉」と錯覚せずにいられるか。
その為にも、肉饅頭が丁度良かった。見た目は白くて、肉の欠片も見えない。
だが齧って見えるのは、何の肉か解らない挽き肉。
……丁度良かった。
掲示板を確認し、どこかに座って肉饅頭を食べようと噴水の縁を見たら、角の生えた獣人に手招いてもらった。
お礼に、一つ、肉饅頭を渡す。
…意気込んで三つ買ってはみたが、多分、一つ食うのが限度だ。
彼の名前は、ツネツグ。アサイ・ツネツグ、と名乗ったが、桜花の人らしい。
東の方は、ファミリーネームが前に来るから、呼び方は「ツネツグ」でいいんだろう。
彼は三年程、こっちにいるみたいだけど、未だに西世界の名前は発音しにくいらしい。
だから、好きに呼んでいいと言ったら「パケ」と呼んでもらうことに。
俺も、呼びにくいから「ツネさん」と呼ぶことになった。
…「ツネツグ」の「ツグ」って…なんだか、言いにくい。
肉饅頭の話から、俺の食欲がないことに話が及んだ。
…憂い事があるなら、そちらから片付ける方が先決。
まさに、その通りだ。
そもそも、どうしてこうも虚しいのか。ディア騒動は片が付いた。夢は見なくなった。
…なのに、どうしてこうも寂しいような気持ちになるのか。
胸にぽっかりと穴が空いた感覚は、それこそ10年前に経験したもの…だった気がする。それに近い気がする。
どうしたらいいものか。
それをなんとなしにツネさんに相談したら「そのままでもいいのではないか?」と言われた。
穴を埋めようとすれば、ぽろぽろと隙間から零れていくのではないか、と。
…なるほど。
無理に原因究明なり、対応策を考えず、このぽっかりとした穴も、そのまま受け止めればいいのか。
そのまま受け入れて、ただ時が過ぎるのを待てば…いいのだろうか。10年前の時のように。
…忘却こそが救いだ。それは間違いない。
それでも、何年経っても、昨日のように思い出される。
あの時の「痛み」を、そのまま思い出すことは出来ない。それでも、今でも思い出せば「痛む」。
「痛む」。
……そうか。「痛い」のか。
俺は、「痛い」と感じているのか…。
ツネさんと話していると、ロンさんを見かけた。
相変わらず、可愛らしい恰好をしている。
彼女は俺が入院している時、お見舞いに来れなかったことを気にしていた。
…俺からすれば、その気持ちだけで十分なのだが。
数度しか会ってない俺のことを気に掛けてくれるなんて、やはり優しい子だ。
そんなロンさんから「ユングに会ったか」と問われた。
…真意が解らず、少し困惑した。
彼女は単純に、ユングが元凶なら、俺にきちんと謝ったかどうか、それを知りたかったようだ。
そして、謝っていないなら、それが「悪いことだ」と教えて叱るべきではないか、と。
…彼女の言っていることは、間違っていない。
それでも、散々、ディア騒動で「夢」を見させられていた俺にとっては、少々、キツい話だった。
俺は、…少なくとも今は、ユングの顔も見たくない。
叱ることは必要だろう。だが、それは俺の役目じゃない。俺の役目にしたくない。
…当事者だからこそ、ユングを叱らねばならぬ立場であるだろう。
それでも、今はまだ、ユングを叱ってやれるほど、彼女に愛情を持って接してやれない。
…怒りをぶつける、憎む…それと「叱る」は違う。
俺が目指す所は、ユングを叱るなり、許すなり、…どちらにしろ愛情を持って接してやることだ。
でも、今はそれが出来そうにない。
…もしかしたら、一生、出来ぬことなのかもしれない。
それでも、………「それでも」。
俺は、実際に目の当たりにした。人が許されるところを。
だから、…きっと、…俺にも、…出来るハズだ。
…出来る。出来ねばならない。
でも、今は…もう少しだけ、距離を空けておきたい。
…きちんと、全てを呑みこめるまで。
少なくとも、ユングにはユングを心配する人たちや、義母のアイニィさんがいる。
今までのユングが「良くない」というのは、…きっと、彼らも解っていることだろう。
だからこそ、もう少し…時間が欲しい。
そんな話をしたら、泣き出されてしまった。
俺の踏ん切りがついてないのに、こんな話を振ってしまったことを、悔いたらしい。
…気にしなくてもいいのになあ。
むしろ、反対にこんな話をしてくれたからこそ、今の俺が「どんな風に感じているのか」、きちんと把握することが出来た。
それは、とてもありがたかった。
……俺は鈍いから。
きちんと、自分で自分を見張らねば、俺は何をするか、わかったもんじゃないから。
きちんと自分の状態を把握しないと。
…肉饅頭は、一つ、食べられた。
でも、何を食べたか解らないくらい、俺が「味わう事」を拒否していた。
12月1日
夢を、見ない。
いつもの眠りがやってくる。
いつもの朝がやってくる。
いつもの…
メフルザード商会の竜舎に行く。
仔ドラは今日も元気だ。
…正直、少し、この子と触れ合うのも辛かった。
人懐こく、俺の心配もしてくれるが、魔物というだけで、俺の身体が拒否反応を起こす。
やらねばならいこと、とはいえ、必要以上に仔ドラに厳しく当たった。
それでも、未だに俺が行けば、鼻先を押し付けてこようというのだから…どれだけ疑うことを知らないのか。
残っていた鮭と鹿肉ジャーキーを、少し多めにやる。
…「鬼ごっこ」と称して、口笛の合図で「捕まえる」と「離れる・逃げる」を教え込むことは出来た。
倉庫の警備監督に、これを教えて…今日から、倉庫に警備としてこの子を置いてもらえれば、ここを借りている名目も立つ。
…やることが、一つ、終わった。
夜、倉庫警備に当たる。
しばらく、休んでいたこともあって、知った顔から久しぶりだの、どこ行ってたんだだの、声をかけられる。
それらに応じはしたが、詳しい話はしなかった。
…聞かされても迷惑なだけだろう。だが、それぐらいの関係性が、やはり、楽だ。
しかし…どうしてこうも、矛盾しているのか。
もう、友人も仲間も親しい人も、作るのはこりごりだと思っていたのに。
どうにも、人恋しくなる。
その場限りで人恋しさを埋めてきたハズなのに、今、俺の周りには親しい人が多くいる。
その癖、今もこうして、その場限りの軽い関係に、安堵している。
…ヒトが愛しいのも、ヒトが憎いのも、同じように矛盾しながら、俺の中にある。
俺は、
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