「おかえりなさい。お風呂にする?ご飯にする?それとも、わ・た…」

帰って玄関を開けるなり、エプロン姿でいきなりこんなことを言われてしまえば、大抵の人は驚いて玄関を閉めてしまうだろう。
巡音ルカもその一人で何かの間違いではないかと表札を見てみる。

『巡音ルカ・初音ミク』

確かに表札にはこう書かれており、自宅であるのは間違いないはずだ。
とりあえず、バタンと大きな音を立ててしまったので近所迷惑ではないかと周りを見やる。
幸い、どこのご家庭も騒がしい時間帯であるらしく、出てくる様子は見られない。ただ単に、面倒事に巻き込まれたくないという可能性もあるが。
改めてルカは表札を確認して大きく息を吸い込んだ。玄関のドアをしっかりと握り締め、ゆっくりと扉を開けていく。

「…ただいま」
「ルカちゃんひどい!せっかく新婚生活の定番で気分を和ませようと思ったのに!」

案の定、玄関を開ければ目の前の彼女―初音ミクは相当おかんむりのようで、頬を膨らませていた。

「帰ってきていきなりあんなこと言われたら誰だって驚くわよ」

しかし、そんなミクの怒りを前に特に気にした様子もなく、ルカはミクの前に立つと額に唇を落としていく。ついばむようなキスは怒りで真っ赤になっていた表情を洗い流し、みるみるうちに程よい紅色に染め上げていた。

「ルカちゃんはずるい。そんなことされたら怒るに怒れないじゃん」
「誉め言葉として受け取っておくわ」

流すようなさっぱりとした笑顔でルカはミクの頭を撫でて、玄関から上がっていく。ミクと視線を合わせると、ミクもまた満面の笑みを返してくれた。

「おかえりなさい!」
「改めてただいま」

お互いの笑顔が一日の疲れを吹き飛ばす特効薬となって、二人はリビングまで寄り添って歩き出す。

巡音ルカと初音ミク。二人は様々な出会いを経て、同棲という形に納まっていた。もちろん、万事上手くいっているわけではないが、良好な関係を築いている。些細なケンカも愛情を育む一種のスパイスだ。
リビングに入れば温かい潮の香りが漂ってくる。どうやらルカの帰りに合わせて夕食を作ってくれていたらしい。

「ミク、今日の夕食は?」
「簡単に魚介のスープパスタにポテトサラダ。ルカちゃん疲れてると思ったから」
「助かるわ」

お互い歌う仕事をしているので、仕事帰りのあっさりとした食事という気遣いはとても嬉しい。
二人は夕食を並べられたテーブルに着くと、お互いに向き合い、たわいもないおしゃべり、和やかな雰囲気でするりとパスタを喉に通していく。

「うん、美味しい」
「ありがと。今度はルカちゃんの作る甘口シーフードカレーが食べたいな」
「覚えておくわ。今度、一緒に買い物にでも行こうか」
「やった!ルカちゃんとデート!」

嬉しそうに手を合わせるミクが可愛くて、ルカは自然と頬を緩める。そんなルカの表情に気付いたのか、ミクはルカの表情を覗き込むようにじっと見つめてきた。

「うん、やっぱりルカちゃんの笑顔は可愛い」
「…なっ」

無自覚なのか、たまにミクはこちらをドキリとさせる一言を放ってくる。こういうことに幾度となくやられてきたルカは思わず赤らめた顔を誤魔化すように、残りのパスタを一気に平らげてしまった。

「あ、ルカちゃん照れてる」

そんな反応に気を良くしたらしく、ミクは実に楽しそうな笑みを浮かべて、最後の一口を喉に通す。

「…ごちそうさまでした」

どちらの意味でも通じるような台詞を残して、ミクは食器を片付けていく。なんとなく問い詰めたい複雑な気分ではあったが、諦めてしまったのかルカは言葉を飲み込んでミクを手伝おうと後を付いていた。





その後、ミクより先にお風呂で身体を休めて、今はリビングのソファーに身を沈めている。心地よい眠気がルカの意識にちまちまと襲いかかってきていた。

「ルカちゃん、隣いい?」

このまま眠気に身を任せてみようかと思っていると、湯上がりの寝巻き姿で、ミクが様子を伺うように問いかけてきた。ルカは身体をずらすとポンとソファーを叩いて座るように促していく。

「ええ、いらっしゃい」

返事をする間もなく、ミクは嬉しそうにルカの隣に飛び込んでくる。湯上がりで温まったミクの体温と同じシャンプーの香りが穏やかな安息をもたらしていた。

「ルカちゃんの身体、ふかふかだ」

そんな中、ルカの胸元に身を寄せて、ミクは甘えた声を上げる。心臓の音が聞こえるように耳を当ててくるものだから、鼓動の加速が止まらない。

「ルカちゃんの胸、どきどきしてる」
「…ミクのせいよ」

急激に込み上げてきた愛しさのあまり、思わず力一杯ミクを抱き締めて、ミクはルカの胸元に顔を沈めてしまう。ミクから伝わる温もりを感じて、ルカはミクの表情を見つめていく。
とろんとしたミクの上目遣いがルカの目に写し出された。

…やばい。

そのままミクの身体を抱き抱え、ルカの真正面に持ってくる。感情の高揚していく中、ミクの後ろから手を回して抱き締めた。

「その…、ミクの身体が湯冷めしないように」

我ながら下手な言い訳だとおもったが、ミクにとってそんなことはどうでもよかったらしい。
後ろから回された手を包み込んで、俯いている。耳まで真っ赤にしていることはすぐに分かった。

「…ううん、嬉しい」

ミクは包み込んだ手をそっと自分の胸に当てていく。ミクもまた張り裂けそうなくらい心臓がばくばくと鳴り響いていた。
考えるよりも先にミクの顔に手を伸ばし、顔が覗き込めるように上げていく。すでにルカの瞳にはミクの愛らしい姿しか写し出されてなかった。

「ミク、愛してる」

ルカはそう言うと唇を落としていく。…ミクの額ではなく、今度はミクの唇に。触れた瞬間、胸が締め付けられていた感覚が溶けてしまうように解き放たれていた。
お互いの柔らかい唇の感触と甘い吐息が混ざり合って、二人は感情を昂らせていく。

「わたしもルカちゃんのこと愛してる」

唇を離して、今度は熱い眼差しでお互い見つめ合う。時計の針はただ黙々と刻んでいて、過ぎ去ることを忘れてしまうくらい二人はまじまじと視線を交わしていた。
やがて、ミクはルカに倒れ込むように身体を預けて、そっと瞳を閉じていく。それを合図にルカもまた瞳を閉じてミクの唇に自分の唇を重ねていた。
先ほどとは違い、ルカはきゅっと優しく包み込むように抱き締める。愛しくて恋しくて、ミクの体温を確かめたくて、ミクの背中に自らの胸を当てて身体を触れ合わせていた。
ミクもまたルカの心音を感じようと身体を預ける。ルカの冷たくなった手を温めようと自らの手をそっと包み込んでいた。
二人だけの静かな時間は胸いっぱいに幸福感を満たしていく。どれほどの時間が過ぎたのだろうか。ようやく二人は唇を離すと、お互いに顔を合わせて笑い合っていた。

「ねえルカちゃん、今日はずっとこうしていようよ」
「あら、寝かさないつもり?」
「たまにはこういうのもいいんじゃないかな」
「…それもそうね」

静かな笑い声が部屋中に響いている。お互いひとつになりたい想いからか、触れ合ったままなかなか離れない。

「なんか離れるのが億劫ね」
「うん、もうちょっとこうしていたい」
「なんかこうやってミクが欲しい気分」
「そうだね。わたしもルカちゃんがもっともっと欲しい。だからきゅって抱き締めて」

始めは温もっていたミクの体温もルカに奪われて、今ではお互いの体温を共有している。
それを幸せであると実感しながら、二人は恋人の時間をゆったりと過ごしていた。









今日はいい夫婦の日ということで、新婚さんなネギトロを書いてみました

さすがにちょっとやり過ぎたかもしれないです。新婚さんみたいな雰囲気が出せてたらいいな

あと、その後の展開とかは心の眼でご覧になってください