「ねえ。傷が癒えた後でいいからさ、あの時のこと話してくれる?」
ミレイユと霧香が自らの過去に決着を着けた後のこと。
霧香の傷も大分癒え、普段の行動にも何の支障もなくなり、今は今までの勘を取り戻すためにトレーニングに勤しんでいた。
「さすがね、霧香。もう私では太刀打ち出来ないわ」
肩で大きく息をしながら、ミレイユは目の前で銃を構えている霧香を見やる。
実戦を想定した戦闘訓練であり、組手で数手打ち合った後、霧香の足払いで態勢を崩されて、起き上がろうとした時にはすでに先ほどの光景という訳である。
「ありがとうミレイユ」
穏やかに微笑んでミレイユの手を取ると、ゆっくりと起き上がらせる。
やれやれとため息を吐いて、ミレイユは苦笑混じりに立ち上がった。
「まったく…。本当に病み上がりなのかしら?」
「あの…、ごめんミレイユ」
普通の人間がこんなことを言ったら嫌味になってしまうが、不思議と霧香が発すると素直に受け入れてしまう。
それだけお互いに信頼出来ていると言い聞かせて、ミレイユは自分の銃を構えていた。
「…冗談よ。さっさと射撃訓練を済ませて帰るわよ」
「…うん、分かった」
まずはミレイユが的に向けて1マガジン発砲し、続けざまに霧香が同じように発砲していく。
「調整が甘いわね。後でメンテナンスしないといけないわ」
「…うん」
そう独り言のように呟いて、ミレイユは下水道から外に向けて歩き出す。
霧香はそれに応えるみたいに頷いて、ミレイユの後をつけるように歩き出していった。
…コトコトコト
帰り道にショコラケーキを買ってきて、今は霧香が紅茶を淹れようとお湯を沸かしている。
あの時以来、二人でお茶にする時は霧香が淹れるようになっていて、ミレイユは買ってきたケーキを切り分けて、霧香が紅茶を淹れるのを待っていた。
「お待たせ」
すぐにキッチンから霧香が姿を現して、カップにお湯を注いでいく。
蒸らした茶葉から程よく紅い色が溶け出していき、ほのかに香りが立ち込めていった。
「いただきます」
「いただきます」
霧香に倣うようにミレイユも口調を合わせてから、一口ケーキを放り込む。
鏡を見ているような錯覚がなんだか可笑しくて、二人とも声を押し殺して笑っていた。
「その様子だと、大分傷は癒えたみたいね」
「…ミレイユのおかげだよ」
はにかんだような霧香の微笑みに、一瞬ミレイユの心臓が跳ね上がってしまいそうになるが、どうにか平静を装っている。
「それだけなら、もう大丈夫かしら?
霧香、あの時のことを話す気になった?」
霧香が行方不明になってからのことをミレイユはまだ知らない。
あの時はただああ告げて、いつか霧香が口を開いてくれるのを待っていた。
真のNOIRがどういうものだったのか知りたかった。自分達の運命を狂わせたものの正体を知りたかった。
たとえ、再び霧香が傷つくことになっても。
我ながら愚かなことだとミレイユは思う。
しかし、自分と霧香の過去を精算するには知らなければならないと覚悟を決めていた。
「…いいよ。ミレイユも知らないといけないよね」
そうして霧香はミレイユと別れた後のことをゆっくりと話していく。
ミレイユは身動きせず、ただひたすらに耳を傾けていた。
「…ということなの」
「そう…、ありがとう」
霧香から知っていることの全てを聞いて、ミレイユは深くうなだれてしまう。
想像以上のことに言葉を失ってしまったが、それ以上に自分のせいとはいえ霧香のことが気になり顔を上げた。
「…霧香、ごめん。私のせいだわ」
「…ミレイユ?」
何のことかわからないと霧香はきょとんとしている。
ミレイユは聞いてしまって霧香を傷つけたこと。しかし、霧香から聞いた真実を知ってしまった不思議な安堵感を半々に抱きながらも、真っ直ぐに霧香を見据えて、口を開いていった。
「その…、悪かったわ。思い出したくもなかったでしょ?」
霧香はしばらくミレイユの言葉が浸透していくまで、不思議そうに眺めていたが、ミレイユの謂わんとすることを理解すると、ふんわりと優しく微笑んでいた。
「そんなことないよ。同じNOIRとして、ミレイユにも知っていて欲しかったし、ミレイユがNOIRでいてくれるから嬉しい」
「そう…。アンタがそう言うなら、それでいいわ」
どこかほっとした表情でミレイユは霧香を見つめている。
それに応えるように霧香も見つめていたが、あることに気がついて困ったように表情をしかめてしまった。
「…でも、どうしようミレイユ。私達はもうNOIRでいられないんだよね?」
霧香に言われて、ミレイユは今までは保護を受けていたことを思い出す。
あの一連の騒動があった以上、NOIRとして動くことは難しいだろう。
しかし、そんなことにも動じずに、ミレイユは楽しそうに唇を歪めていた。
「だったら、また私達で新しいNOIRを作ればいいのよ。とりあえず、なんでも屋から始めてみる?」
そう言って瞳を瞬かせて霧香に合図を送ると、霧香の表情がみるみる晴れ渡っていく。
まるでプロポーズみたいなミレイユの言葉に満面の笑みを浮かべて頷くと、ミレイユは照れたように視線を反らしてしまった。
「まあ、その、やることは決まりね。なんだか急に霧香の淹れたお茶が飲みたくなったわね」
「うん、分かった」
この後も二人は楽しそうにお茶の時間を過ごしていく。
あとはただ時が過ぎていくのを忘れてしまうくらいに幸せそうにおしゃべりに興じていた。
補足すると最終話から大体二、三ヶ月経ったあとのつもりで書いてます
もちろん、あの時とは霧香がミレイユの前から姿を消した時のことです
あの後二人はどんなふうになったのかと考えるのはとても楽しかったです