身体が心地よく沈むベットで、うとうとと惰眠を貪ろうかと、まだ働かない頭でぼんやり考えていたが、耳元で鳴る金属音ではっきりと目が覚めた。
人工的なその音に、明らかなる敵意を感じて目を開くことをやめた。敵が傍にいるのであれば、寝たふりをしている間に状況を把握するのが有効な手立てだからである。



眠っていた身体の感覚を取り戻すように、そっと手に神経を張り巡らせると、明らかに何かが手首に取り付けられている。どうやら足にも。
先程の金属音から予想して、恐らく手錠の類だろうと検討をつけ、音がならないよう、そっと手の筋を動かす。
……当てたくはなかったが、どうやら手錠で正解なようだ。



それにしても、昨晩はしっかり戸締りはしていたハズ。どこのどいつか知らないが、夜な夜な勝手に部屋に入って、この俺に手錠を4箇所も掛けるなんて余程の手練だ。油断はできない。



もしかしたら複数犯の可能性もある。
目を開けるのは危険なので、閉じたまま気配で探る。明らかな殺気はない、今のところは。
人の気配は……よく探さないと分からないくらい薄いものだが、すぐ傍……寝室に一人いる。他はいないだろう。


殺気はないが両手足を封じるくらいだ、何か俺に恨みでもある奴の仕業だろう。ただ、恨みを買うようなことは日常茶飯事だ。心当たりがありすぎるが、気配から察するに恐らく男。
まー、女に両手足縛られるなんて、普通じゃありえないしな。



だが、誰だ?
薄い気配に、敵だと決め付けていたが。この気配、俺は知っている。
知っているなんてもんじゃない。正直、コイツじゃないかっていう目星はついているが……ま、まさかな。
いくらアイツでも、夜這いかけて両手足拘束するなんて変態的なこと……あってほしくない。しかも今日(昨日か)は別に喧嘩もしてねぇし。
ただ、アイツの気配に似てるっつーか。……いや、そのものっつーか。うーん、やっぱり間違いないような。




「いつまで待たせるの。いい加減、僕だって分かれよ。」



バチーンと容赦なく額を叩かれて目を開けば、真っ黒なVネックシャツに、黒のジーンズを履いた、雲雀が案の定ベット脇に立っていた。



「……お前、どうやって入った。」
「合鍵。キミがくれたんでしょ。」
「そうだった。いつ来た?」
「結構前だよ。1時は回ってた。」
「……今、何時だ」
「4時。」
「3時間も経ってんじゃねーか。」
「うん。キミよく起きなかったよね、それでもマフィア?」
「お前が気配消すの上手すぎんだよ!」



なんでコイツに合鍵渡しちまったんだ俺のバカ!っていうか、合鍵渡すくらい信用してるっていう俺の気持ちを踏みにじるような使い方すんなよな!


ただ、気配の件といい、流石リボーンさんが見込んでいるだけのことはある。普段からの身のこなしを見ても、コイツほど裏家業に適している人間は、世界中を探しても希少だろう。そこは、評価しよう。そこだけ!



「つーか今まで何してたんだ。」
「本読んだりしてた。……っていうかキミ、その他のことに疑問はないの?」


馬鹿なの?あぁ、ただの天然か。って呆れた顔してんじゃねぇ。
聞きたいことはある。ただ現実逃避してんだよ。怖くて聞けねぇの。お前、凶暴っつーか狂悪だから。



「聞いてよ。話が進まない。」
「……じゃぁ聞くけど、何怒ってんだよ。」
「…ワォ、そっちを先に聞かれるとは思ってなかったよ。」
「拘束されてる理由は、『怒ってるから』って答えるだろ?」
「ん、キミにしてはなかなか頭が冴えてるじゃないか。まぁ、いいや。教えてあげる。」



満足気に笑ったが、目が据わってやがる。怖ぇぇ。


「ぐふっ!」
「今日の授業後にね、」
「ってめぇ、何の断りもなく勢いつけて腹の上に乗るんじゃねえよ!」
「うるさい。」
「ごほっ、」
「だいたい7時過ぎくらいだったかな、部活動の連中が帰った後、校内の見回りをしたんだ。」
「加えて殴るんじゃねぇ……それで?」
「なんとなくだけど、キミのゲタ箱が気になって開けてみたんだ。そしたら、コレ……」



おいおいおい、コイツ勝手に人の靴箱漁んのかよ…!随分と変態じゃねぇか。


そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、雲雀が後ろポケットから取り出したのは、白い封筒。



「なんだと思う?」
「…手紙。」
「そうだね、しかもどうやら恋文だ。」



ベタなことにハートマークのシールで止めてある。つーか恋文って…せめてラブレターって言えよ。江戸時代の人じゃあるまいし。江戸がどんなだか知らないけど。



「俺宛の?」
「そう、不愉快なことにキミ宛だ。」
「……しょーがねぇだろ。俺らがそういう関係なの、学校ではバレないようにしてるし。」



俺も雲雀も不本意ながら、よく呼び出されたりもする。
そういうのは面倒だが、10代目に迷惑をかけないためにも、雲雀に頼み込んで学校では内緒にしてもらっている。



「そういう関係って?」
「はぁ!?言わなくても分かるだろ!」
「分かるけど、言って。」
「〜〜〜っ!恋人だよ!コ・イ・ビ・ト!」
「うん。そうだね。」



わざわざ確認するように、どうして言わせるかなコイツは!―――――っまぁ、普段は素直に言えない俺にも非はあるから、しょーがねぇけど。


「っつーか、それ俺のせいじゃなくね?」
「そうだね。八つ当たりだ。」
「いやそれ、八つ当たりっつーか……」



嫉妬だろ。と思ったけど、言うのはやめた。
こうやって独占欲剥き出しな雲雀のこと、嫌いじゃねーし。ただ、拘束はどうかと思うが。



「何処の馬の骨だか知らないけど、やっぱりキミのことを僕と同じ目で見てるヤツがいると思うと、腹立たしいね。」
「そりゃ、俺だってそうだ。」
「そう。ならいい。」
「………」
「………」
「……いいなら外してくんねぇ?」
「それとこれとは話が別だ。」
「は?…まだなんかあるのか?」
「無い。ただ、せっかくのこの美味しい状況を逃すのが惜しいだけ。」
「とても最低な理由ですね雲雀先輩。」
「どうも、後輩。」



ニヤリと笑んだ雲雀の目は、先ほどとは違って、口元と一緒に笑っていた。
現金なヤツめ。



ただ、このままヤるとなると、ちょっと体勢が辛いだろうから、足だけでも外してくんねぇかなぁ。どうせ俺、そんなに抵抗するつもりないし。



「――――ってお前、何してんの?」
「見て分かるだろ?」
「…読むの?手紙。」
「うん、読み上げてあげる。」
「――――っ、やめろバカ!相手の女が可哀相だろ!」



なんてデリカシーのないやつ!!
確かに気の無い相手からもらっても、どうしようもないっていうのは分かってるけど、俺は誠意を持って毎回読んでるぞ!返事はほとんどしてねーけど!
こいつ絶対、自分がもらったのは読まずに捨てるタイプだ!!




あ、くそっ!止めようにも両手足動かせねぇから、止めらんねぇ!
しかも唯一(意味は無いけど)動かせる場所だった腰も、コイツに腹の上乗られてるから動けねぇ。細いくせに、ほとんど筋肉だから重いんだよコイツ!



「獄寺隼人様へ、」
「あ〜〜、もう……」



どうせ、何言っても聞きゃしないか。



「ずっと貴方を見ていました。初めに貴方を綺麗だと思ったのは、銀色の髪が夕日に染まって、金色に輝いているように見えた時でした。
喧嘩して切れた唇や頬を、手当てしたいと目で追う様になってから、貴方以外見えなくなりました。好きなんです。本当に貴方が好きなんです。
無邪気に笑う笑顔も、窓の外を眺める横顔も、体育ではしゃぎ時折裾から覗く腹筋も、雨に濡れてシャツから透ける乳首も、愛しくてし仕方がありません。」




うわ、自分で読むのと他人に読み上げてもらうのとじゃ、全然恥ずかしさが違う。
なんだか、雲雀に言われてるみたいでちょっと嬉し………ん?
なんか途中からおかしくなかったか?
乳首?乳首っつった?
俺の聞き間違いか?もしくは雲雀の頭の中か…いや、それはねぇか。コイツ俺の乳首にそんな執着ねぇし。多分。



つーかどうしたんだ、雲雀のやつ続き読まねぇし。
……っていうか雲雀の眉間が凄いことになってんだけど。



「おい、続きは?」
「…読みたくない。」
「は?気になるだろ。」
「………。―――――そして愛しい貴方を見つめていて、気付いてしまいました。できれば知りたくありませんでしたが、貴方と雲雀恭弥に肉体関係があるだなんてこと。
このことは秘密にしていますよね?バラされたくなければ、僕とも肉体関係を結んでください。明日の授業後、体育倉庫で待っています。
……―――――恋文か脅迫状か、半々ってところだね。」
「結論だけ見れば脅迫文だな。」



「………」
「………」
「……相手、男だね。」
「言うなよ。考えないようにしてたのに。」



最悪だ。ただの果たし状や脅迫文の方がどれだけいいか。しかもこういう稀少な部類に入る手紙を、どうして読んじまうかな。コイツ。

ちくしょう、この差出人、一生恨むぜ。このホモ野郎って直接罵ってやりたいけど、悲しいことに俺も同類だ。



「ちなみに、キミの精神状態を考えて、省略して読んであげたけど、もっとエグイこと書いてあるよ。」
「……例えば?」
「そうだねぇ、例えば『嫌がるキミに顔射したい』とか『腫上るほど揉みしだきたい』とか」
「変態じゃねぇか」
「うん。とりあえず明日は学校には行かせられないね。一日動けなくなるように酷くシてあげるね。」



いや、それとこれとは話が別だろう!!
ただヤりたいだけじゃねぇの!?しかも、手紙読み返してやがる……まさかそこに書いてあること全部ヤるんじゃねーだろうな…。



「全く、この僕に嫉妬させるなんて、つくづくキミも罪作りだ。」



それ嫉妬じゃねーし!ただマジで手紙の主に腹立ててるだけだし!
つかそもそも俺、何もしてねえだろうが!!



「キミって男からもこういう手紙もらったりするの?」
「ふざけんな!滅多にねえよ!」
「ふーん、あるんだ。」



って服脱がすな!お前も脱ぐな!!
てか今、ボソっと「ビンは可哀相だからやめてあげよう。」って、マジかよテメェこの野郎!!





End





あとがき

50000ヒット記念でaiko様に頂いたリクエストで『委員長の嫉妬話』でした。
遅くなって大変申し訳ございません!!!

もう弁解の余地もないほどの大遅刻です。
aiko様がまだ雲獄スキー様でいらっしゃることを願って捧げます!


夕菜