2017-6-5 23:39
――――そうして、夜が来た。
凪子は昼間のうちに、大聖杯のある地点を中心に、半径3キロの円を描くようにルーン石を適当に設置しておいていた。本来なくても平気なものだが、念には念を、というやつだ。
そうしてその作業を終えたあとは、事が起こるのを寺に続く参道の下で姿を隠し、待っていた。
夜もふけた頃、セイバーが一人姿を見せた。そのまま参道をかけあがって寺に向かったように見えたが、そのセイバーの行き先を塞ぐようにアサシンが姿を見せた。
「(…あいつまだ生きてたんか。タフだな……)」
キャスターはとうの昔に倒れている。いくら契約のよりしろがキャスターというより山門であり、ここが魔力に満ち溢れている場所であるとはいえ、単独行動スキルを持っているわけでもなく、マスターを失ったサーヴァントがまだその存在を保っているというのはいささか驚きだった。
どうやらアサシンはかつてセイバーと誓った再戦の時を待っていたらしい。セイバーにしてみればそれどころではないだろうに、どうやら受けてたつようだ。
「(まぁ、こうやって私がいるわけだから、万が一ということはないけども)」
凪子は階段で戦闘を始めた二人を遠目に見ながら、小さくため息をついた。今はあまり観戦をしている気分ではなかったし、それで肝心のものを見落としても困る。
凪子はあくまで、意識は寺の方へと向けていた。
――事が起こったのは、それからそう幾ばくも経っていない時のことだった。
「―――始まったか」
空にぽっかりと、暗い穴のようなものが開く。そしてそこからあふれでる、泥。
間違いない。ギルガメッシュが大聖杯の起動を始めたのだ。
「(…さて、セイバーがアサシンに捕まっちゃった以上、恐らくギルガメッシュの相手をしているのは少年一人。凛ちゃんは聖杯の起動を止めるべく動いてるだろ。小聖杯の器が誰になったのかは知らんが…どうせ凛ちゃんのことだ、それがなんであれ、器の人間そのままに壊すことはできないだろうからな。全く、確率よりも自分の信念を大事にするんだから世話がやける。まぁ…そういう若さ、嫌いではないけどさ)」
凪子はそんなことを思いながら目眩ましの魔術を解き、腰をあげた。そのまま戦闘を繰り広げるセイバーとアサシンに構うことなく、階段に足をかける。
「…ッ!?一般人?!」
先に気がついたらしいセイバーがぎょっとしたように凪子を見、動きを止めた。それでアサシンも凪子に気がついたらしい、おお、と小さく声をあげた。
「今宵は姿隠しもしないのか?春風殿」
「!?貴様の仲間か、アサシン」
「いいや?」
「やぁ、頑張るねぇ佐々木の小次郎。まぁでも気にしなさんな、私が用があるのはアッチだ、今日は観戦じゃない」
「…!何者かは知らぬが貴様、聖杯に何の目的がある」
ふられた言葉に返しながら横をすり抜けようとした凪子に、セイバーが剣を向けた。凪子はそれを見下ろしたあと、ちら、とセイバーを見た。
「そう威嚇しないでも、私は聖杯を横取りしようとかはかんがえちゃあいないよお嬢さん」
「なっ――」
「君らはあの金ぴかを阻止するためにきてんだろう?でもはっきり言わせてもらって、凛ちゃんとあの少年程度じゃ例え最終的なものは防げたとしてもそれまでの周辺への被害は絶対に防げない。私はとりあえずそれを防ぎに来た、ただの通りすがりの凪子さんだよ」
「…………貴様…一体何者だ?なぜそこまで知っていて、」
「君にそこまで説明するつもりはない。ああ、安心するといい、万が一君のご主人たちが失敗したとしても奴の企みはちゃんと止めてやる。これは、私が奴に売られた喧嘩でもあるから」
「!」
「が、だからといって君のご主人たちを守る気はない。そこまで興味ないからね。まぁ、二人の命が心配なら早く決着つけることだね、じゃあね」
凪子はそれだけ言うと更なる追求が面倒なので、強く地面を蹴って数十段階段を飛び越え、山門へと向かった。セイバーは一瞬追いかけてくる気配を見せたがそれよりも先にアサシンが攻撃を再開し、しばらく視線でのみ凪子を追っていたようだったが、アサシンとの勝負に戻っていった。