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それは、はかない駆け落ちごっこでした。

繋いだこの手の温もりだけが、たった一つの居場所だった。


帰るところは捨ててきた。

もう戻らないと決めた時から、まるで終わらない悪夢を見ているような
そんな不安が襲ってくる。

それでも貴方と一緒なら、と
精一杯笑ってみせた。


川のほとりを二人で歩き、
誰もいない世界で、静かに唇を重ねた。

ああ、このまま
ずっとずっと、永遠に
貴方といられたらいいのに。




「おいで」


月明かりの下で、わたしを呼ぶ声がする。
辺りに響く、低い声。
その声で、何度わたしの名が呼ばれたんだろう

ふたりの原点は御伽噺のように滑稽で、曖昧だった。


「ねえ、見て」


その声から逃れて、わたしの身体は川端にそっと近寄り、一つの花を指差す。


「花?」

「夜露が光って綺麗ね、そう思わない?」

「そうだね」


彼は、わたしの右手をふわりと握った。
瞬間、胸がギュッと締め付けられる。

彼の温もりが、やけにリアルで、


「なんて名前なのかしら?」

「分からないから、君の名前でも付けておこうか?」

「やだ、」

「  。」

「」

「…悪くないんじゃない?」


貴方はニコリと笑って、わたしもつられて笑った。



でもどうして
どうしてこんなに、泣きたくなるの?

貴方と一緒で幸せなはずなのに、
どうしてこんなにも苦しくて、不安なんだろう


「行こう、先はまだ長い」

「はい」


繋がっている掌が、いつか離れていくのが怖いから?
この幸せが、長く続かないって分かっているから?

分からない。

どれも当たりで、どれも外れのような気がする。
でも、答えはいつもひとつしかありえなくて、。


ねえ、誰か教えてよ、
わたし達、これから、どこに行けばいいの?

誰も分からない未来なら、どうか今の幸せが、
少しでも長く続きますように。




宛先不明の、迷子道。
道中、誰かが泣いているように、雨が降り始めた。

生憎、雨宿りの方法を知らなかったわたし達は
走って急いで、小さな小屋に転がりこんだ。


牢屋のように吹きすさぶ一つの部屋で
明かりもないまま
わたし達はお互いの存在を指先で確かめあった。


「君は、怖くないの?」


不意に、彼が呟いた。


「え?」

「君は、本当に後悔していないの?」


その言葉に、わたしはすぐに返事が出来なかった。

ホントにこれでいいのだろうか
そんな気持ちが、まだ、あって。


だってわたし達のしていることは、
誰にも許されないこと
ふたりの世界を作って、そこに逃げ込むなんて
誰がそんなオママゴトを許すだろうか

きっと、見つかったら全ておしまい。
わたし達は永遠に一緒になれないまま、お互いの時を過ごすだろう。


そんなの嫌!と
言ったのは、わたし。
ここから連れ出して、と泣きすがったのも、わたし。


なのに、どうして、



「僕は、」


風がいたずらに吹き、小屋をたたき付ける。
彼の言葉を一文字も聞き漏らさないように、少しだけ、彼に近付いた。


「 僕は、とても怖いんだ。怖くて怖くて、本当にこれでよかったのかと思う。」


でも、
と顔を上げた彼の瞳は、何かにすがるように、柔らかく濡れていた。


「君がいれば、僕は幸せだ。だからずっと、傍にいてくれ」




ああ
そんな、悲しい瞳でわたしを見つめないで

世界が揺れる。
滲んで、ふるえた。




どれくらいの時が過ぎ去っただろう
気付けば、辺りは音を忘れてしまったように静かに消えていた。


「嵐が過ぎ去ったみたいね」

「ちょっと見てこようか…危ないから、君はここにいて」

「はい」

「すぐ帰ってくるから、待ってて」


後ろ姿が、ドアの向こうに静かに消える。
途端、一人分の空気が冷えた気がした。

暗がりの中で、自分を励ますように
掌を強く握る。


「後悔なんてしていない」

「わたしは、今、とても幸せ」

「彼がいれば、もう何も怖くない。」



そう、それはホントの気持ち。
嘘偽りない気持ち、の、はずなのに。



「(本当に後悔してない?)」


「(それが君にとって、本当の幸せなの?)」


「(本当は、不安で不安でたまらないくせに)」


「(本当は、あの、居心地よかった場所に、未練があるんだ)」



そんな声が、
どこからか聞こえてくる。

目を閉じても、
耳をふさいでも、
脳の中心部まで聞こえてくる。

やめて!
もう、わたしを惑わさないで!



「本当に、幸せだと、そう言えるのかい?」



それは、一瞬の迷いだった。
暗闇をさ迷うわたしの掌を、彼じゃない、誰かが掴んだ。



「帰ろう」



声も出せないまま、わたしは大きなものに連れ去られてしまった。

ゆらゆら。と。
夜の闇に紛れて。




***

それは、ほんの一瞬の出来事だった。
嵐が過ぎ去ったかどうか、外に行って確認するだけ

だった、はずなのに。


「、。」


戻ると、君はどこにもいなかった。
小さな小屋だ、隠れるスペースなんてどこにもない。


どこへ行ってしまったの?
どこにいるの?
だってさっきまで一緒にいて、確かにその存在があって、温もりがあって、指先で確かめて、なのに、なぜ、どうして、なんで。



それともこれは夢だったのだろうか
僕にとって、最高の夢を見ていたのだろうか


指先が冷える。
不意に、さっき彼女と見たあの花を思い出した。

名もなき花
あの花も、幻だったのだろうか。



白玉か何ぞと人の問ひし時
露と答へて消えなましものを




間違っていたのは、夢かうつつか
君と一緒に、僕も消えてしまいたかった。

消えてしまった淡い幸福
あの花に寄り添っていた夜露は
きっと僕の涙だった、のに。




【伊勢物語の芥川っぽく
在原業平が最近すき!
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