窒素

生きるって窒素を吸うことだと思う。だって空気中には窒素がありふれてるんだもの。それでも地球には色々な物質があるんだって。不思議




具合が少しよくなりました。アルバイトは社会の包容力を受ける手段だし、自分が一部になるのは巻かれてくるまってあたたかい。ぬくもりを求めて大移動。その翼はたどり着くためのしもべ。ちっとも従順じゃないけど。




課題図書は進まないし脚本はあと24時間。一部が虚構になるまえにモヤモヤの死海でぷかぷか。浮遊ってどこか楽観的。





ギリギリの体調で母親の誕生日プレゼントを買いました。ナノユニバースだって。宇宙みたい。ミトンを買いました。ちょっと高価だけど、ミトンというものをよく知らないのでミトンは今日から高級品にしちゃう。ついでに自分の新しい色鉛筆も。





なんもない。からっぽ。心の中も冬型の気圧配置。

ベッド生活二日目。なんとかコンビニまでを往復。タマゴサンドとアイスとのど飴を買った。つらくても食欲はわくのです。明日の朝世界が終わるとしても、夜食は食べたくなるのです。



以前古本屋で見つけた、谷川俊太郎のアルファベット26講を手にお茶。 気取らない文章。Aはアニマルをもってくるあたりこの人好き。いつまでも生きていてほしい詩人。あの世でも詩人でいてほしいな



江國香織の小説に手を伸ばしかけて、気づく。脚本を書かねばと。雨の音が少しだけ聞こえる。絶妙な窓の厚さ。



寝込むと見えるもの。世界は自分の部屋。庭は外国。門外は宇宙。一歩踏み出すことは宇宙遊泳だったりしてね。

天井

体調が悪いときはなにかが研ぎ澄まされる。咳をするたびに、砥石の上で削られていく。そして出来上がった感情。


ああ、好きなんだなあ。物語。多分物語がないと生きていけない。




限界。そうかもしれないけれど、中身は宇宙。広がるからこそ薄まる。その連続のなかで僕は物語を繋ぎ止めたい。目撃者になりたい。そうでないともう生きていけないから。



世界中にまだ知らない物語があるって思うとワクワクする。うん。


孵化

端的に言うと体調が悪い。喘息になるたびに肺の存在を認識できる。肺のおかげで生きているんだなあと思うと水分がほしくなる。バランスをとりながら淘汰され、良質な骨になり棺桶に埋まるのです。




相棒の陣川くん。はじめて被害者を好きになったね。見ていて涙がほろほろ。エンディングまですばらしい脚本。悲しいけれど、その悲しみから逃げずになんとなく温かくなる話っていいなあ。自宅で飲むお茶のようで。





ひさしぶりに小学生のときの人と。みんな変わらないよなあ。他人の価値観や大自然に出会ってもみんな変わらない。この変わらない風景を抱きしめていきたい。ときには旋回する鳶だったり、川底の石の裏に暮らしている微生物だったり。変わらないものを探しにいくのではなく、変わらないものは本当のところしっかり見つけている。見逃してしまうから探しにいかないといけない。結局のところ変わる行為は恣意的なもの。外部から変えられるものは変わったようで変わっていない。メディアリテラシー同様に人間リテラシーも大切になってくると思うよ。だってヒューマンドラマが流行っているのだもの。流行りは共感と羨望。最近のヒューマンドラマ系は後者だと思う。ないものをねだってる。そんなものはブラウン管の向こうにはないよ。ましてや洞窟のなかには光がない。さまざまな哲学者は光を求めて洞窟から這い出た。その光は善のイデアだったのかはしらない。しかし、出てみて浴びて初めて正体がわかることもある。僕は小説の世界が大好きだ。よく逃避もする。ただしたまには小説のなかから出て、光を浴びないといけないのかもしれない。探求とは、暗闇のなかで手探りをしながら進むだけではなく、ときには誰しもが見たなかに盲目的に潜むものをスコープで凝視する行為であると思う。結局は見えないのだけれど、近づいてみようという思考のきっかけにはなりうる。そんなこんなで、僕は体調が悪いのである。

楕円形の水滴(ショートショート)

ねえ、お風呂で紅茶を飲むと体にかかるの。わたしの飲みかたがへたくそだって?そだね、いいですよへたくそですよ。溢れた紅茶は、浴槽の隅まで広がっていく。でも、見た目にはわからないの。だって、色が変わらないから。それって海に汚染水を流しても、海が青いのと似てると思わない?

お風呂の詮を抜いたら、浴槽の水はなくなる。だから似てはいないよ。


はあ。ひろゆきにはロマンが足りないよ。あと論理性。わたしは、色が変わらないことが似てるって言ったの。もう。


そうかそうか。ゆりの口から論理なんて言葉が溢れるとはね。あ、でもちょっと溢れただけだから、ゆりが馬鹿であるということは変わらないよ。


溢れるはあふれるとも読めるのよ。わたしは、積み重ねた論理があふれてるの。


あふれるのもこぼれるのも、いっぱいなものからオーバーすることにちがいないじゃんか。


いいの。なんとなく違うの。こぼれるのはいやなの。寂しいの。響きが。



寂しさか。ふうん。海ってあふれもこぼれもしないね。地球は論理どれくらい積み重ねているのだろうか。


知らないわ。いくらでも馳せなさい。そうすれば、ちょっとはロマンチックな人になるかしら。楽しみ。じゃあ、わたしお風呂わかしてくる。ひろゆきはごはんね。


バタンとなぜか玄関が閉まるような音が聞こえた。今思うと、気に留めておけば良かったと思っている。


「○△湾で女性の溺死体が見つかりました。全身に無数の傷があり出血多量の状態で海に入ったと見られています。地元警察は、他殺自殺の両方の線で捜査をしているが、現場近くで被害者が一人でいたという通報もあり自殺の可能性が高まっている、とのことです。」


くだらない会話をしていた自分が悔しくて、涙が溢れ落ちる。きれいな円の水滴だ。そして海への畏怖がまた涙を溢させる。ふとしたを見る。見ると先程の水滴のちょうど真上にまた涙が落ちたみたいだ。きれいな円は大きな楕円へと変わっている。不謹慎かもしれないが、なんだかそれが地球の形のような気がして、思わず笑ってしまった。完


ひさしぶりのショートショート。風呂で書きました。


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