その秋は、水平線

京都音博に行った。

フェスが好きな理由は、大音量を身体中に浴びせられるから。ばかでかい風呂に入りながら、温かい栄養がからだに溶け込むような感覚。ビートに体を右へ左へと揺らしながら、毒素を抜いていく。くるりの温水は本当に染みた。沁みた。BABY。


再検査だってさ。肝臓の数値がことごとく悪いらしい。だんだん、中島らもになっていくのね。あなたがたどり着いた、目の前の人と同じ時間を体験するためには、抱き締めるしかないという表現。なかなかわからないので、まだ倒れるわけにはいかないんだけどさ。

足首痛いなあ折れてないかなあと病院に行ったら、全治3週間の捻挫。左足が青々としていて、見るたびに他人事のように見てしまった。足との関係はよくないみたい。左足を温める処置をしてもらった10分間、担当のおばちゃんが婦人雑誌を読んでいて、永遠を感じた。

「働いたぶんだけ陽の光浴びればいい。脳ミソは関係ない。当たり前の愛を貫けよ。」

こういう歌詞に僕は救われる。

そう、音楽は魔法ではない。

実体を持った愛になりうる。

どうでもいいよこれ以上苦しめないで。当たり前の愛を、せめて。

夏に揺れる

わたしのそらには藍が移り、彩りのなかで落ち葉が溺れている。

そとにでると、夏の魔物が「生きていけますか?」と迫ってくる。

まあ幽霊を信じているわけではないけれど、なんだかひんやりしたい今日の気候。


今日映画をみた。映画にクローンの女の子が出てきたのだけれど、「クローンの女の子????」とならずに、へえクローンの女の子だったのかと腑に落ちる自分がいる。それはかなり奇妙な話で、自分もすっかりSFの見すぎである。本当に、こわい話だ。


いま横切ろうとしている赤い葉は、向こう岸に波を起こす。

それは、きっと恋に似ている。

さようならと十回唱えてみる

さようなら。

11回目にはこんにちは。


目の前はゆらゆらした現実で、ぼんやりとした窓の中から鋭利な赤ペンが眉間を刺す。

刺さった先から、こぼれ落ちる砂。


そう、わたしは海。君たちの守護者。


頭や壁をかきむしっても、今朝の夢にはつゆも届かない。

伸ばした手のひらに液体が垂れる。


その色は。

僕にとっては紫にみえて、きみには無色にみえる。

12回目のさようなら。

夢のような人でなくても、夢のように消える

絶望のなかに渇望を見出だし、焦がれる感情を愛して、毎日歩いてる。今日はバスだけれど。


時計を忘れた。多分、永遠を感じていいんだよという誰かの計らいなんだろう。


ずっと体調が悪い。もはや体調が悪いのが通常の体調かもしれない。異常はいつだって日常の一面。

横文字に押し潰されないように、愛を。

悲しみはいつも湯船の中で

なんだろう。

歩いていても、食べていても、止まっていても。

ゆっくり考える時間がなくて、いつのまにか感情が流れ出ていく。


あと少し。


命には色があって、特に春のきらめきはわたしを反射する。


その光の先には、次の季節があって、明日がある。


どこかが腐って、多分枯れていく。


See youネクストらいふ。


どうせなら、最後は愛してるを挨拶に。
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