リングワンダリング

リングワンダリング。それは英名で、どちらかというとリングワンデルングというドイツ名のほうが通り名であるらしい。

自分が「これだ」と思って書いている小説の題名にした。行き先がわからず生きている主人公には、ぴったりの題名ではないだろうか。


最近うんざりすることがあった。うんざりしているだけで、特に嫌いというわけではない。


一つ。人が鬱屈した感情をさらけ出すことのどこが「メンヘラ」なんだろうか。多分、メンヘラという言葉は魔法がかかっている。その魔法は自分の語彙や思考を全てゼロにする。そんな野蛮な魔法を使うのはもうやめませんか。


〜休息〜 BGM さよなら、パーフェクトワールド/ミドリ

休憩にならないよってね。

「命を大切にしないやつなんかだいっきらいだ」とテルーは言う

そうね。


昨年一人でアイルランドとイギリス縦断旅行をした時、120人くらいの人にお世話になったんだけど、「図書館でせっかくの休日を過ごしていたおじいちゃんがstピーターズチャーチまで案内してくれたし、コンビニ勤務中のロシア人アルバイト4人ガールズはGooglemapで宿調べて印刷して渡してくれるし…」

とか思いだしたら意外と不思議な気持ちに。よくまあ毎日次の宿の名前だけしか知らなくて、昼間から夜まで酒飲んで9ヵ所ちゃんとたどり着けたし、一人でパブで飲んでるのにダルがらみはだれもしてこず、無事に生きて帰ってきたよね。

ダブリンで見た住人たちの美しい親切心、エディンバラ城で見た透き通った空、グラスゴーで聴いた心の芯まで響く笛の音色、思わず二回も言った僕を惹きつけるリバプール、イングランド最古のアフタヌーンティーがあったオックスフォード、なぜ行ったかわからないけれど大好きな街並みのカンタベリー、そして6才からの憧れであったロンドン。

サービス旺盛だったゲストハウスの人たち。毎回「え?」っていう謎の高低クオリティーでまったくどこも飽きなかった。

また、ぜったい。行きたい、つまり、生きたい。

海風に遺言を乗せて

3日連続で朝、海へ行った。


東京湾。わけもわからず夜に膝までつかり泣き叫んだり、ランニングがてら走ったり。海まで1分ほどで、着く環境であるからこそ、ああこの海も僕のことを知っているのだなと。

冬は基本的には窓を閉じているのであまり会わないが、夏場は毎日のように海からの砂が僕の部屋を訪れる。微生物や貝たちの歴史の結晶だとか思うと、なんだか愛しい。砂ってあったかいもんね。

窓を開かないと。でも、もうそんな気力はない。

海は受け入れてはくれなかった。波や海風、ましてや渡り鳥たちさえ僕を拒んできた。そうそもそも受容されるわけがなかった。

年をなんとか越した愛犬なながいる。3ヶ月前に亡くなったいちの想いを一身に引き受けて、懸命に生きている。臓器にも癌があるが、特に喉は腫瘍だらけ。そのせいで常に喉が締め付けられ、あんなに大好きだった食事が進まない。

犬には死の恐怖がないんだとか。僕はそうは思わない。今だって「喉がいたい」「苦しい」と叫んでいるはずだ。不安でたまらないと思う。

でも、僕にはどうすることもできない。

こんな状態で必死に生きている愛犬を前にしても、僕は生きたいと思えない。

なぜかは僕もわからない。もう生きたい理由と死にたい理由どちらも探すのが億劫になった。

ナミブ砂漠で骨のようになってしまったおばあちゃんライオン。あのライオンと僕は多分似ている。というより、似ていたい。最後まで、高貴さを失いたくない。


静かに、囁きながら、あとは海風に。






道化師の毛繕い

取り残された私は、取り残される人たちに文章を遺す。


『冷たい熱帯魚』をみた。私は「きれいだ」とただただうっとり。なにかを奪われた跡に、なにかを移植されたみたい。


「記憶の国の王女」。私が大学1年の時に書いたものと世界が一緒。久しぶりに再会できてしみじみ。

上記の本もそうだが、最近会社宛に購入した本が届くようにしている。ちょっと派手なニットを毎日羽織っているのも、珈琲やハーブティーを自前のコップて飲んでいるのも、本を送っているのも、「いまある風景から逃げたい」サイン。


誰も読みとってはくれない、孤独の闘い。


そう、私は風前の灯

焼け野はらを照らす刺と嘘つきの首飾り

率直に書くと、僕はとてつもなく死にたい。


それはネガティブな感情では、決してない。ただただ死にたい。

「生きてりゃ楽しいことがある」「死ぬだなんて失礼だ」


そういう次元じゃない。無の状態であっても死んでいたい。そういう時は誰にでもあるですって?一緒にしないでほしい。


身勝手なくだらない文章かもしれない。でも、わたしたちは本当は身勝手で、くだらない。いつからだろう。脚色や嘘を覚えたのは。


キレイゴトもザレゴトもない。あるのは自分の言葉だけ。


だから貪るほどに、自分を愛しなさい。自惚れなさい。そうして、痛みを知り、自分を知るのです。

だから、もうくだらないものは選別して廃棄して。ライムジュースがあなたの喉を毒す前に。


終わらないレクイエムを口ずさみ、消えない愛を虚空で抱きしめて。

手のひらに残る、足音と吐息。

いつまでも見つめていたら、きっと眠ることができる。


嗚呼。絶対零度。

私を、焦がさないで。

差し込む光に貫かれたわたしの心臓

仰ぐ。叫ぶ。泣いてみる。


信じても捨てられる。だからといって嘘をついていい理由にはならない。


もう時効だと思うので、少し告白をしておく。


快楽。そして、嘘と少量の狂気。そのあたりを配合したのが当時の私。

つなぎ止めるために取り繕い、口からは嘘と綺麗な言葉ばかり。

結局、事実だけに満足し、浸り、本質など興味すらなかった。

まだ続くのかの確認をする日々。


そんな日々なんて、真っ黒な偽りでしかない。

最初に止めていたら。そう悔もうとするのは表向きの顔。

あとは墓場まで。


個人個人には独自の世界がある。

僕はもう、その世界にはいない。いたくもないし、いてはいけない。なにより、もう取り繕うのは疲れたから。

またどこかで…といったうっすら存在しているような気配、匂いすら残したくない。

透明になる。そんなとききっと光は私を貫通していくだろう。

さようなら1つの私。


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