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僕は紅白なんて見たくない

僕は詩を書いていたい。俗物に流されて大晦日を形作られたくない。


勝浦の海、空、風は新しかった。まだ止まってはいけない。まだ終わってはいけない。そんな言葉が幻聴としてふりかかる。



時間なんてなくなればよいのに。毎日が大晦日だと思えば、人はセミにだってなれる。 毎日わめいて叫んで謳歌して生きていく。それは短命だけど、永遠なんだ。音は風に取り残されていくからね。


足に触れた川の嘆きは悲しく、冷たい。せせらぎだなんて温かいものではない。それでも歩を進めて石ころになって、僕たちはしがみついていかなくてはならない。



夢が空に消えていくと、彼は歌う。僕はその雨を全身に受けたい。

空を踏みながら息を流す

寒いですね。つらいと言えるうちはつらくないから理論を応用しても追いつかないくらい寒いですね。そのままどっかいけ



髪を切って肉をかみ切って(からあげ専門店で出来立てを待ち耐え忍んだ4分間) これから肉をかみ切りにいく。肉アゲイン。アゲイン!(かをちゃん)



明日友達と後輩がデートするの変な感覚。たぶん従妹の結婚を考えるおじさんみたいな気持ち。変なの。


おいしいものたべよう。明日世界が終わるならハンバーグがたべたい。


明日が来るかわからないから、眠るときにハンバーグおいしかったと叫んで夢を踏みつけて寝たい。


人を想う気持ちは光になる。そう、クルーズくんが輝けたように。恐怖を乗り越えることは字面よりずっと険しいけれど、踏んで行け。


踏みしめ踏みしめ、そして地球がおやすみなさい。

くじ引いたら赤で外れでした。なんだよ紅白かよ。


肉。

要するに、日常

医学が進歩しても人の心はいつまでもわからない。それって寂しいより神秘的。無駄な心配をするくらいなら忘れて生きていきたい。昨日ぐしゃぐしゃになった車をみてしみじみ思った。


読点がない文章は切迫感があるね。テロや飛行機墜落が日常的になりつつある。桂ヒナギクの台詞はもう笑えない。落ちるはずがないものが落ちる。死ぬはずがない奴が死んでしまう。あやつ、天国で笑っているだろうか。



1日を大切に生きることは難しい。ぼくは、寝るときに幸せだったと思えたら満足している。明日の課題や仕事の為に寝ない人がたくさんいる。それを嘆く人が多い。どうか嘆かないでほしい。明日がくることを無意識に念頭に置いている時点で幸せなのだと思う。予定がなくて毎日を生き抜く人が世界にたくさんいる。世界はそうかもしれない、わたしはわたしだから。そうだろうか、グローバルだと呟くならグローバルな思考も必要ではないだろうか。目の前の水に対する意識が変わったとき、景色の色が変わって見えるかもしれない。うん、よく寝られる夜が世界同時に訪れることを願って。
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