時がとまればいいなって思うとき。
「今」がずっと続けばいいなって思うとき。
それって瞬間なんだよね。
その場にいることが続くからって、10分後は同じ気持ちじゃないし。
「次」が同じ気持ちになれる保証はないし。
「ずっとしゃべってたのにまだ○時だね」みたいなときは、たぶん瞬間が続いたとき。
連写したんじゃなくて、シャッターが開きっぱなしだった感じ。
天体の動き観察した写真みたいな。
ずっとシャッターが開いててほしい。
失態のあとは早く時間が過ぎてほしいから、連写すればいい。
話題がころころ変わったり、ひとつひとつの場面切り取りたい。
なんだけど、こういうときに限って、シャッターが重かったりする。
でも、あっという間に過ぎる楽しい時間は連写なんだよね。
それだけ話すことがありました、ってことなんだよね。
なんかうまく伝えられてないかもしれないけど、「瞬間の長さ」これが最近の発見。
わたしが頑固なのは、結局は自分が大好きだからなんだ、とか言ってみる。
とりあえず他人から畳み掛けられるのが嫌いです。
やられればやられるほど自分を守りたくなります。
(´ー`)
ぶどう畑論の続きのベルトコンベア論です
誰か偉い人のお言葉でもなく、勝手に書いてるだけなんで、ご了承を。
生活してく以上、時間は常に流れてて、自分が動かなくてもまわりの環境は変化しつづける
作動中のベルトコンベアの前にいるときみたいにね
その流れてくる中で、自分に必要なものと、ほしいものだけ選んで、あとはそのまま流す
逆にいらないものに無理に手を出して、重荷になってしまったり
人生も同じだと思う
これこそ理想的な人生を送るための鍵なんじゃないかなって思います