お昼休みに食堂へ向かう時のこと。
「そういえば、このあいだは十五夜でしたね」
キサラギこと山口如月は口を開くなりこんなことを言ってきた。
「あー、曇ってて満月は拝めなかったけどな」
ナミコこと野崎奈三子は眉をひそめて、悔しそうに応える。
…こくん。
キョージュこと大道雅もまた残念そうに……但し、表情は読み取れないが……うなずいた。
「昨日の満月はさぞかしきれいだったんでしょうね…」
残念そうな声をあげるキサラギに、キョージュは何か思いついたように口を開いた。
「…それなら、これから月見をしようか」
『………?』
キョージュの言葉にキサラギもナミコもお互いに顔を見合わせて首を傾げるばかりだ。
「……月見って、そばのことか!」
食堂に着くなり、月見そばを三つ頼んで三人ともそれに見入っている。
「…うむ、キサラギ殿が前にやっていた黄身を最後に吸うというのをやってみたくてな」
そう言いつつ、キョージュは早速そばをすすっている。
「ま、たまにはこういうのもいいか」
「そうですね、それじゃいただきます」
三人がそばをすすってしばらくした頃、「あっ」というキョージュの言葉と共に三人の動きが見事に止まる。
「どうした、雅?
……あぁ、卵をつぶしたのか」
キョージュの月見そばの黄身が破けてしまい、なんとはなしにうなだれているとキサラギが助け舟を出してきた。
「あの、キョージュさん。よかったら私のと交換しませんか?」
しかしながら、キョージュは首を横に振って断ろうとする。
「…いや、キサラギ殿も楽しみにしているのだろう?」
キサラギは軽く首を振ると、微笑んで自分のお椀を差し出してきた。
「いいんですよ。私はまた食べられますし、キョージュさんものすごく楽しみにしていたじゃないですか。だから、大丈夫です」
キサラギからお椀を受け取るとキョージュは軽く頭を下げて礼を言う。
「…感謝する、キサラギ殿」
心なしか嬉しそうに笑顔を浮かべると、キョージュは最後の黄身を飲み込んだ。
「しっかしキサラギも思い切ったことをするよな」
少し呆れた顔をして、ナミコはため息をついている。
「………?
ナミコさん、どういうことですか?」
まったくわかっていない表情でキサラギが聞き返すとナミコはしどろもどろな口調になってしまった。
「いや、その…。
……一種の関節キスじゃないのか、それ?」
キサラギはしばらく目を丸くしたまま固まっていたけれど、ナミコの言わんとしていることを理解したとたん、一気に顔がみるみる赤くなっていく。
「べ、別にそんなつもりじゃ…」
あまりにも動揺しているせいか、最後のほうは言葉にならない。
さらに、キョージュの一言でキサラギの顔は爆発したように赤くなってしまった。
「…別にキサラギ殿ならまったく問題ないが?」
その日、キサラギは放課後になるまでずっと顔を真っ赤にしながら固まっていたという。
十五夜もかなり過ぎてしまいましたが、お月見な話です
自分もキサラギちゃんと同じように好きなものは最後までとっておくタイプだったりします
ただ、好きなものがとられない限りの話ですが
(そりゃ、とられそうな時は真っ先に食べますよ)