「おはようございます10代目!!」
春になりかけの3月半ば。まだ北風が寒い季節。
真っ赤な鼻をした獄寺くんが、今学期最後となる授業に出席するため、教室に入ってきた。
「おはよ、獄寺くん。」
俺だけに向けられた挨拶に、優越感を感じながら返事を返す。
「今日、異常に寒いっすね!」
「……スカート短くしてるからだよ。」
そういいながら仕度を始める彼女は、凶悪風紀委員が幼馴染ということもあり、
通常では許されない長さのスカート丈でも、大目に見てもらえている。
真っ白な足が、惜し気もなく晒されている太腿は、健康な中学男子には目の毒だ。
これでスカートの中身でも見えてしまえば一発K.Oノックアウトものなのだが、
どれだけ暴れても、一切晒されることのないその甘美な領域は、
流石、幼いころから植えつけられた雲雀さんの躾の賜物としか言いようがない。
「ツナ、獄寺おはよ!」
「おはよ山本。」
「馴れ馴れしくすんじゃねー!」
彼女の美脚に見惚れていると、突如現われた山本。
どうやら朝練帰りなのだろう、寒い北風もなんのその。
ブレザーを着ず、白シャツのボタンも適当にしか留めていない状態だ。
そんな薄着のまま、寒そうにしている獄寺の肩を後ろから抱き、爽やかスマイル装備だ。
鬱陶しそうに山本を押しのける獄寺くんだが、
山本の高体温に、満更でも無さそうな顔をしている。……実に面白くない。
「山本、寒くないの?」
「走ってきたから暑いのなー!」
だったら余計離れろよ。そう思ったが、当の獄寺君自身はそんなこと思っていないようなので、口出しはやめておく。
俺の恋人だったなら、速攻離れさせるけど。
そうこうしているうちに、山本の体温で温まってきたのか、なかなか外さなかった彼女に似合う白いマフラーを外す。
「…………ご、獄寺……それ、目に毒なのなー」
獄寺くんを見て苦笑いをしながら視線を逸らし、肩から腕を外した山本に、
なんだ?と思って首元を見ると、
(うわ……、)
火傷や虫刺されだなんて誤魔化せないほど、くっきりとついたキスマーク。
「え、えっ?」
山本の態度と、自分を見て真っ赤になった俺ににうろたえている。
恐らく、何が起こっているのか獄寺くん自身は分かっていないのだろう。
「な、何……?」
慌てて、身だしなみを確認するが、首元は自分では見えないので、気付かない。
教えてあげたいが……何と言うのが正解か分からず、何も言えない。
「獄寺、首。」
そんな俺を察したのか、気を利かせた山本が、近くの席の女子の手鏡を断りもなく奪い取って獄寺に渡す。
「首?
…………っっっ!!!」
自分で確認した獄寺君も、真っ赤になる。
その反応は、つまりそういうことですよね。
「獄寺くん彼氏いたの?」
友達だから、当然報告してくれるものだと思ってたのに。というニュアンスを含めて口を尖らせる。
本当は、それだけの理由じゃないんだけど。
それにどうせ相手は雲雀さんだ。自分で言うのは情けないが、勝ち目は……ない。
「俺も知らなかったのなー。」
俺に便乗した山本も、当然好ましい顔はしていない。
しかしコイツの言葉の意味は、「どういうことだ説明しろ」と、男として問うている。
つまり醜い嫉妬だ。
「あーぁ、獄寺冷てぇのー」
なんていつもどおりの笑顔と口調で話しているつもりかもしれないが、目が据わっている。
「や、別に彼氏とか、そんなんじゃ……!!」
真っ赤な顔して、必死に否定する獄寺君。可愛い……じゃなかった、
「じゃぁ、それは…?」
まさか、キスマークじゃないなんて言い訳、しないよね?という目で見れば、
「ぁ、あの……これは恭弥に……その、多分昨日……」
真っ赤な顔を伏せながら、歯切れの悪い答えが返ってきたが、
つまり「昨日、雲雀さんにつけられた。」ということだろう。
「多分って?」
僅かな可能性に期待をかけるが、
「俺、その、…………最中のコトはあんまり覚えてられないので、
いつ、どのタイミングでつけられたかまではちょっと……分からないです。」
その多分かよ。
せめて、雲雀さんじゃないかもしれない的な台詞とか、……最中って……
「つまり獄寺は雲雀と付き合ってるのか?」
「っ何言ってやがる野球馬鹿!!別に俺とアイツはただの幼馴染で…!!」
「ただの幼馴染はね、キスマークはつけないんだよ獄寺君。」
そう言うと、真っ赤な顔をさらに赤くし、
「そっそんなことは分かっています10代目!!
ただ、アイツの気まぐれでっ、たまにヤるだけで、
別に付き合ってるとかじゃないんです!!!」
そんなとんでもないことを、朝礼の始まる前、
教室に人がほぼ全員集まっている中で、彼女は堂々と叫んだ。
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発狂してしまいそうな山本と、自分で叫んだのに全く状況が理解できていない獄寺くんを、
唖然とする女子と、真っ赤な顔で俯いた男子という、
かなり気まずい空気の教室にこのまま居ても状況が悪化する。と、屋上へと引き摺り出した。
「10代目!!信じてください!
俺、恭弥とヤることはヤってますけど、別に付き合っているわけじゃないんです!本当です!!」
「も、もう分かったから!!」
「付き合ってないので、ヤっていはいますが報告もしなかったんです!」
「分かったってば!落ち着いて!!」
報告をしていない=裏切り
とでも頭の中の回路でなっているのだろう。必死に付き合っていないことを強調するが、問題はもうそこにはない。
今は「ヤっている」ことが、問題なのだ。
必死で弁解する獄寺くんと、発狂してフェンスに頭突きをしている山本。
……頼むから飛び降りたりはするなよ…。
「本当、恭弥の欲求を満たすだけで…!
あっ、たまに俺から誘うこともありますけど…!!」
「っっじゃぁ、俺でもいいじゃねーかー!!」
と、空に向かって叫ぶ山本。
俺も、正直山本の気持ちに同感だ。
そりゃ、彼氏でもない男とヤってるなんて、
獄寺君に思いを寄せてる俺らからすれば、理解できないし、なにより雲雀さんが憎い程羨ましい。
「とりあえず、もう分かったから獄寺君。とにかく落ち着いて、ね?」
これ以上、余計なことを言わないでくれ。
「俺、別に裏切られたなんてそんな小さなこと思ってないから安心して?」
「………はい、」
本心を隠した沢田の台詞。とりあえず優しいその声色に癒されでもしたのか、大人しくなる。
「獄寺君はどうして雲雀さんとシてるの?」
「え?………自然と、恭弥がそういう雰囲気にするんで。」
なんだそれ!!
雰囲気だけでヤれるんかい!!
「雲雀さんに『付き合って』とか『好き』とか言われたりはしてないの?」
「そ、そんなこと言われたことないです。」
雲雀さんに言われる想像でもしたのか、真っ赤になって俯く。
「じゃぁ獄寺くんは、雲雀さんのセフレなんだ。」
「せ、セフレ…!!!」
「そう、セックスフレンド。分かる?」
「分かります。山本がたまに家に連れ込んでいる不特定多数の女のことですよね。
確か「別に好きでもなんでもないけど、自分の欲求を満たすためにセックスする相手」のことですよね……あれ?」
そこまで自分で解説して、どうやら気付いたらしい。真っ赤だった顔がどんどん青褪めていく。
可哀相だけど、心を鬼にする。
そして比較対照とされた山本は、「どうして知ってるんだ…」と遺言を残し、そのまま地面に沈んだ。
「じゅ、じゅうだいめ…!!そういうことって、好きな女には普通しないものなんじゃ…!!」
「俺ならそうだね。もし付き合っているなら、毎日「好き」って伝えるし、ましてや付き合ってもいない状態でシたりしないよ。」
「っ、」
やっと結論に至ったのか、
瞳にいっぱいの涙を溜めた状態で、床のタイルと睨めっこしている。
(全く、手の掛かる……)
雲雀さんといい、獄寺君も。
「……ねぇ、獄寺君。俺と付き合ってみる気ない?」
+++++++++++
10代目に言われ、どうしたらいいか分からず、授業もなにもかもサボったまま校内をうろつき、
とうとう恭弥がいるであろう応接室の前に着いてしまった。
(ど、どうしよう。)
何て、言ったらいいのか。
(………………………………………………駄目だ。何も思いつかない。もう一周してから考えよう。)
そう思い、もと来た道を戻ろうと踵を返すと。
「隼人、さっきからそこで何してるの。入りな。」
言葉と共に、扉を開けて出てきた張本人。
当然、逃げるなんていう選択肢はなく、そのまま応接室に通される。
「どうしたの。」
「あ、いや……授業サボってたから。」
「ここに来た理由じゃなくて、
思いつめたような顔してる理由を聞いてるんだけど。」
じっと正面から見つめられ、
自分の考えを見透かされてしまいそうなその強い瞳に、慌てて目を逸らす。
「ほら、言いな。昔から隠し事、向いてないんだから。」
本当はもう少し考えて、良い言い回しで話したかったのだが、
自分がどれだけ考えて、言葉を発したとしても、結果を出すのは結局恭弥。
ここは覚悟を決めて、言うしかない。
「あのな、」
「うん。」
意を決して、自分の正面に座った恭弥を見れば、
肘掛に手を置いて、とてもふてぶてしい態度で聞いているのに、
驚くほど優しい漆黒の瞳とぶつかった。
「っ、」
(そーいう顔を、どうでもいい女にするんじゃねぇ!!)
咄嗟に熱くなってしまった顔を背け、
落ち着け。と自分に言い聞かせ、結局そちらを見ず、話を再開する。
そんな獄寺を、(いくつになっても可愛いな。)と微笑ましく見ていることは、
当の本人は全く気付いていない。
「それでな、恭弥。
俺達のこの曖昧な身体の関係、いい加減はっきりさせたほうがいいと思うんだ。俺達、ただの幼馴染だし。」
「あぁ、……まぁそうだね。」
なんだ、そんなことで思いつめていたのか。と、あまり自分にとっては深刻ではない話に、ホッと溜息をつき、「言葉に囚われるのは好きじゃないけど、隼人が気になるって言うのであれば、幼馴染はやめて恋人になろうか。」と言おうとした雲雀の耳に入ってきたのは、
「それに……10代目に告白されたから、お前とはもう手を切りたいんだ。」
「…………何だって?」
予想を遥かに上回る、とんでもない言葉だった。