彼女には全てがあった。

世界の全ては彼女のために存在していた。
少なくとも、彼女の目に見える範囲の世界は、彼女に優しかった。

母親は早くに他界していたが、その分、父親が愛情を注いだ。
父親は元々在宅の仕事をしており、仕事の合間を見つけては、彼女の世話を焼いた。

代々の家業のおかげで、住む家は屋敷と呼べる程度の規模はあった。
父の代では収入が足りず、贅沢ではなかったが、それでも飢えを知らない程度には足りていた。


彼女は自分がこの上なく愛されていることを、知っていた。その事実に感謝していた。
彼女もまた、世界を愛していた。


幸福だった。


 * *


フランが目を覚まして最初にしたのは舌打ちだった。

燻る様な不快感が残っている。

不快感の原因は夢の内容そのものではなかった。
自分のものではない記憶を、まるで自分の記憶の様にまざまざと見せつけられることに対する不快さであった。

この夢を見るのは初めてではない。
それが不愉快に拍車をかける。
幾度も同じ夢を見た末に、最近ではフランは睡眠そのものさえも嫌悪し始めていた。

フランは自分が世界に愛されているとは思っていない。そもそもフランは、愛だの、何だの、に興味が無かった。
興味が無ければ理解も出来ない。

それはフランの幼さから来るのかもしれなかったが、フラン自身には判断がつかなかった。

フランは正真正銘の六歳だ。
六歳の姿のまま、六年を生きた。
そこらの六歳児よりも賢いという自負があったが、それでも理屈に経験が追いつかないことがままあった。
わからないものはわからない。
それをフランは認める。だが、それだけだ。

そもそも、ただ日々を生きるのに精一杯で、それ以外に目を向ける余裕は無いとフランは考えていた。

だからフランにとってそれは、大人の妄言に等しい。

「くだらないわね」

傍らで眠る、フランの一番の仲良し――巨大な白い犬――を起こさない様に伸びをする。

「なにもかもを持っていて、それでマンゾクして考えることを止めた、バカな子ども。甘いものはすきだけど、甘ったるい頭はきらいよ。……あたしはそうはならないわ」

決意を、新たに。
フランは自分の寝室として与えられた部屋を見回した。
そこはエクセドラ男爵の屋敷の一室。

小さな窓の外の、鬱蒼と繁る黒い森を睨む。

「そのためにここに来たのよ」