スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

道路脇に浮かんだ枯れ葉 さん

起きたら全てが終わっていますように。

楽観でも絶望でもない。


褪せる色を破りたいだけ。


びりびりと。その瞬間、きっと草は歌う。


「嗚呼。咲きたい」


彼らが眠る頃、わたしたちは終わる。


だから、なにも思わない。ただ、ただ、終わる。不可思議な摂理を隅におしやり、抱きしめて受け入れよう。


紫も赤も。

青の琴線に詞をのせて。

道路脇に浮かんだ枯れ葉 に

嫌気がさすので、カチャカチャしてたらマトリックスやってた。


珈琲のみながら、湯船につかり外は嵐のような洗濯機の音。


「風呂場に鋭利なものは置かないこと」


死に際のセリフが、キスして、だなんて。

現実世界ならその遺言めいたキスをされても、明日には感触は残らない。


だから刹那、宇宙、光。そんな言葉がその残らない感触を救う。


「珈琲が赤い。これは血か?それとも聖女の涙か?」


「晴れた空を、見たかったのに」


「きみは流れてくるんだろう?」

「…」

「安心して。分解されたあとは養分になるんだ」

「………」

「踏んだところで鳴り響かない」


「叫びたいのに、口がない」


「もう一度」

道路脇に浮かんだ枯れ葉 いち

表題。

戦場で拾われない死体となにが違う。


水溜まりに銃弾が跳ねる。


それを眺めるぼくは生きているんだろうか。


足裏から匂う悲鳴に、ガレの愛を込めて。


ガレは陶器に、ぼくは自身に。

雨と足音と紫色の背景

引き寄せられる。吸い込まれる。


そして消える。消え失せる。一ミリも残さず。


だから、わたしは紫がすきだ。飲み込まれたいから。

なくなったあとにわたしは赤色を残したい。決して黒に染まらず、鮮やかな赤でありたい。


だから赤くなるように物を摂取する。それはいま食べたラーメンにラー油を入れたように。赤色。


たしかにイチゴジュースを見つけたときに妙に興奮したのは、赤色だったから。


気づけば赤いパンツ。上にグレーのセーターなんか羽織るから、中途半端なんだよ。


振り切れ、極地へ。


さようなら紫。明けたら赤におはようさん。

傘越しに見る水滴は透明だった。

手首に垂れる赤い直線

映像とはいえ、人が手首を切る映像は初めてみたかもしれない。


だからといって何かが変わることはない。


淡々と呼吸するだけ。からだのどこかで叫び声が聞こえたような気がしたけれど。


昨夜から食欲が消え去り、きっと台風一過で全部元通りになるという楽観視。湯船で半身浴をして生を謳歌する錯覚。


覇気はなく吐き気はする。世界にか、自分にかはわからない。



瞼が開くとき、狂気の箱が私を見つめる。正面からにらめつける紫に打ち克てるほど、強くはないんだ。気づいたときには、染め上げられているだろう。



途切れ途切れの血に愛を込めて。