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【創作】裏庭、三

三、夜半


目が覚めた。僕を起こした風は開け放した窓から忍び込んだものだった。膝を抱え、本格的に寝入る体制に無意識になっていたことに気づき、掛け布の下でそっと衣服を整えた。
視線。ベッドの老人がじっと僕を見ている。
僕はどきりとはやる息を抑え、ベッドに歩み寄る。彼の手を取り、そっと握った。
脂気の少ない、枯れ枝に似た手だ。
骨にしっかりと吸い付き、皮下脂肪の存在を感じさせない皮、それに住み着くしみ、太さはあるのにとても軽い骨、赤に青に浮いた血管がところどころ破けて広がる鬱血、そして痣。

彼の死期はとても近いのかもしれない。
漠然とそう感じた。

「…る、」

かさついた薄い唇が何かを吐き出した。
そしてもう一度、

「かおる、こ」

と。
僕は言い付けの通り、ただ微笑み、彼の手を握り続けた。

「…ああ、あぁ」

言葉とも吐息とも判別つかない声を上げ彼は力無く僕を抱きしめる。枯れ枝の指が僕の髪を梳き、背をなぜる。
彼が僕をだれと混同しているのか、恐らく、かおるこ、という人なのだろうが、知らないその人に僕は微かに、…嫉妬をした。

僕はこのように慈しまれ抱き締められたことなど、記憶にない。
享楽的な父親と彼に逆らわない内向的な母親、見たことのない家を出た兄、養子に出された弟という家庭で育ち、時に僕は父親の娯楽費を生み出すために幾度となく売られたことがある。
その買い手たちも僕を商品としか扱わず、このように、優しく抱き締めたことなど、ない。

僕は老人が再び寝入るまでされるがままになっていた。かさついた指先がどこをなぞろうと、体臭にどこか死を感じようとも。
そして眠ったあとは彼の手を握り続け、時折、こもりうたを歌いながら夜明けを待った。
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