デパペペだよ!
赤阪さんきてから川上アナが一傍聴者になってしまったが。DJとアナの違いってこれだよね。グッジョブ。
ゴンチチを聴き逃しちゃったんだけど。リクエストでもっかい流れるかな?
昼休み、食堂からの帰り道で餅屋に会った。
「間宮ちゃん3コマある?」
「空きコマだけど」
「じゃあお兄さんとお茶しようか」
「おごりなら、ね」
二人連れだって大学の裏にある小さな喫茶店に行った。
「で、」
注文して切り出したのは餅屋からだった。
「聞きたいことがあるんでしょ?」
優男風なのに男前、ざっくりすっぱり話すのが餅屋だ。笹山の自他共に認める親友。
「…最近笹山見ないんだけど」
美容室の帰り、緑頭の笹山に会ってから笹山に会っていない。
「大学来てるし、昨日の1コマ一緒の講義だったっしょ」
そう、正確には見かけているけど話していない。あの緑の髪は目立つから毎日見る。けれども笹山が私に話しかけることはない。私も話しかけるってことをしないから、そんな状態がずっと続いている。
「話ってか、笹山なんだけど、」
コーヒーが運ばれ、しばしの沈黙。私はブラック、餅屋は砂糖なしミルク入り、笹山は砂糖ありミルクなしだったっけ。
「笹山、何か悪い病気とか?」
「健康そのものだけど、不治の病ではある」
にやり、笑って餅屋は私を見た。
「何よ」
「知ってるくせに、間宮ちゃん」
不治の病、草津の湯でも治らない。
「…どうしろっていうのよ、」
熱いブラックコーヒーあおって舌火傷して。それでも苛立ちがおさまらない。
私が悪いのか。悪い魔法使いに魔法をかけられたのは笹山なのに、私のせいなのか。
「どうしろもこうしろも。間宮ちゃんの気持ちありのまま、笹山に返してあげれば」
「やってるつもりなんだけど」
「変わんなすぎでしょ」
「…だから、」
立ち上がって、伝票取り上げておごりなこと思い出して置いた。
くそ餅屋。
「…変わんないのよ。アイツがカエルだろうが、何だろうが」
「間宮ちゃん、」
「笹山がカエルだからって私が揺さぶられたりしないの。今更」
笹山にもうとっくに揺さぶられてたなんて、告白、させんじゃない。餅屋のばか。笹山のばか。
私にだって魔法がかかってるの、知らないくせに。
「ごちそうさま」
「間宮ちゃん今笹山呼ぶからちょい待ちっ」
「待たない」
「後生だから!笹山の前で今のもっかい!」
「嫌」
間宮ちゃーん、とすがる餅屋の声がしたけど私は足早に店を出た。赤くなってる顔なんて、誰にも見せる気はなかったから。
美容室の帰り道のことだった。
「よう、間宮」
「さ、さやま?」
さっぱり切ったらなんとなく落ち着かなくて、パーマかけたらよかったかな、と髪をいじりながら歩いていたら、笹山らしき人に会った。
笹山らしき、男。
「髪切ったんだな」
「こっちのセリフだって」
私、間宮はこの度ロングをセミロングに切りました。が、笹山は五分刈り?よりもっと短く、いや短髪になったのはこの際問題ではない。
「なんで緑なの?」
アッシュなんでものじゃない、鮮やかなグリーン。そんな色によく染めてくれたもんだと思うほどの。
「元の色に近づきたくて」
「あんたアオガエルか」
「たしか、ね。昔のことだから種類とか忘れちゃったけど」
緑髪の笹山はいつものように、ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま、首をかしげた。
それがそこそこさまになっていて。
「顔がいいやつってとっぴなことできていいわよね…」
「ん?何か言った?」
「なんでもないわよ」
こっそり愚痴り、落ちてくる前髪をかき上げて離れようとした、ら、笹山が着いてくる。
「着いてこないで」
「方向一緒だから送るよー」
「結構よ」
「まーみや、」
「なに」
「まだキスする気になんない?」
「なんないね」
「けーち」
笹山の横顔がすぐ近くに会って、笹山妹の言葉が頭をよぎった。
ひょうたん池で拾ったんですよ。
「笹山さあ、最近何かあった?」
「何だよ急に」
「いや突然カエルだの髪緑だの、気になるし」
「俺、カエルなの。髪は元に戻りたかったから」
「それが変なの」
「変じゃねえって」
「変わったって」
「間宮が変わらなすぎなんだよ」
は、と思わず立ち止まって、数歩先で笹山が止まった。
「間宮、変わんなすぎなんだって」
「…私だって髪切ったわよ、今日、今さっき」
「全然変わんねえよ」
「失礼ね」
「カワイイけど」
「そりゃどうも」
「…やっぱ変わんねえ」
はあ、と溜め息ついた笹山は、右手で頭を掻いて歩きだした。
「笹山?」
「おーう、」
ひらひら後ろ手に手を振って、笹山はどこかに消えてった。私はよくわからないまま、家に帰った。
やっぱり、パーマもかければよかったかな。そう思っても遅かった。
帰り道に笹山の妹に会った。
「あ、」
「あ、」
二人で立ち止まって、一拍置いて、思い出した。
「間宮さん?」
「笹山の妹?」
うなずくのも同時だった。それから慌てて二人でこんにちは。
「…笹山さあ、」
「はい?」
笹山を名前で呼んで、返事されて笹山妹も笹山なんだって気付いた。ああ、笹山の名前、名前…思い出そうとしてさっぱり出てこず、こめかみを叩いていたら笹山妹がくすりと笑った。
「笹山でいいですよ。笹山兄と笹山妹で」
「あ、ああ…ごめん」
「謝ることもないですけど。で、お兄ちゃんが何か?」
笹山妹が話を促す。
「…そう、笹山兄さ、何か最近変じゃない?」
「そうですか?」
笹山妹は髪の毛をくるくるいじりながら心当たりを探している。
「基本スタンスが変ですけどね」
「ま、ね」
「あ、もしかして間宮さん、カエルの告白されちゃったとか?」
首を傾げる笹山妹はたいそう可愛らしい。私高校のときこんなに可愛らしい仕草できたっけ、と思い出そうとして無駄だと諦めた。
「そう、カエルって言い出して最近じゃあカエル男って呼ばれてるわよ」
「しょうがないですね、本当のことだから」
「は?」
「お兄ちゃん、カエルなんです」
きょとんとしてしまった。何言ってんの、笹山妹。
「どう見ても人間でしょうが」
「魔法かかってますからね」
「…悪い魔法使いの?」
「そうです」
何だろ、こういうの、流行ってるの? それとも妹まで巻き込んでんのか笹山め。
「元に戻るには、キスしてもらう必要があるんです」
「知ってる。ファーストキスの告白までされたもの」
「じゃあ間宮さんキスしてくれます?」
「はあ?」
「お兄ちゃんにキスしてほしい、っていわれたでしょ」
「…どこまで知ってるの」
「お兄ちゃんの魔法は知ってますよ。家族だもん」
「じゃあお兄さんがカエルなのはホントなの」
「本当ですよ」
うそつけ。
「お兄ちゃん拾ったとき、びしょ濡れだったし、やたら水に飛び込みたがったし。それに孵化してからカエルになるまでの記憶が生々しいし」
ゲンゴロウとの生存競争なんでホラーですよ、と言う笹山妹。
…まじ?
「ってか、笹山拾ったの?」
「ええ、ひょうたん池で」
ぽかんとする私の前で、笹山妹の携帯が鳴った。着信に出た彼女は今行くから、と私を伺う。
ごめんごめん、大丈夫、と手をひらひら振って待ち合わせらしい笹山妹を送り出す。笹山妹は携帯で話しながらぺこんと頭を下げ、行ってしまった。
笹山、ひょうたん池で拾ったんだって?
笹山のカエル告白より笹山妹のひょうたん池告白のほうが衝撃的で私はしばらく呆然としていた。
帰り道で笹山が待ち伏せしていた。
「今日こそカエルに戻りたいんだけど」
「他当たって」
「ちょっとキスしてくれるだけでいいんだってば」
「うんうん。、他当たれ」
両手をポケットに突っ込んだ笹山が後ろを追いかけてくる。バイト先に着いてこられるのは面倒、だけど時間もないのよね。
「間宮ってばーカエルに戻って池に飛び込みたいんだってー」
「あんたねえ、そういう妙な発言してるからアンリちゃんに引かれるのよ」
笹山大好きなアンリはカエル発言以降、微妙に距離を置くようになった。最初はふざけてキスしに迫ってたけど、近頃じゃホントにカエルになったら嫌、と笹山に近づきもしない。
「上手くやりゃアンリちゃんのキスでとっくにカエルに戻れてたでしょうが」
「俺は間宮がいーの、」
笹山は黙ってりゃそこそこなのに、最近じゃ“カエル男”としてある意味一目置かれている。
この前図書館横でやってた、“いつカエルに戻れるか”トトカルチョ。
ばかだろ。
「まーみや、」
「ウザい」
「キスだけでいいのに」
「それが嫌なの」
大体キスしたからってカエルになるわけないだろう。笹山妹にも会ったことあるし、カエルがなんで大学通ってんのよ。
つーか、キスもしたことないのかその歳で。
「…笹山あんたさあ、」
「んん?」
「まさかファーストキスまだとか言わないよねぇ」
まさかねぇ、と笹山を伺い見る。顔はそこそこなんだから、そこそこの経験は積んでんでしょ、ファーストキスなんていちご味かなんかですませてんのよね。
「まだですよ勿論」
「…マジ?」
「キスしたことあったらカエルに戻れてんだろ」
なーにいってんの、と、首をかしげ笑う笹山の、私は脛を蹴った。
「いでっ」
「…ざけてんじゃないわよ」
むかつく。
バッグを抱え直し、うずくまる笹山を置いてバイト先に急いだ。間宮、と呼ぶ声がしたけと知らない。