話題:ひとりごと
おじいちゃんの一周忌がやっと終わった!!お葬式に始まり、49日、新盆、一周忌、長かった。
田舎の独特な風土の特に濃い地域に生まれ、仏事を大人になってから経験した。
朝、7時過ぎに食パンを口に放り込んで、歯を磨き喪服に着替えてトイレに行き、台所にて待機。母はおばあちゃんの喪服の着替えの手伝いをして、
8時半頃に、親戚が来るかもしれないとの事で、お湯を沸かし、急須にお茶っぱを入れ、湯呑みを近所用と、親戚用に母が分けてくれたのを布巾で拭き、としているうちに親戚が来た。
お茶を注いでいるうちに、隣の親戚のお家がきて、隣のおばちゃんが御給仕の助けをしてくれた。よく気がついてくれて、テキパキ仕事ができるおばちゃん。すごく助かりました。1つ、申し訳ない事をしたのがお坊さんを父が迎えに行って、早くに到着してしまい、おばちゃんが「お坊さんがきたよ!お茶出しするよ」って言ってくれたのに、「?」頷くだけで、上手く理解できなくて、おばちゃんが「お母さんに聞いてみるね!ごめんね」って言って行っちゃった事。母が準備した、お坊さん用のお茶セットを取りに来た。
そうこうしているうちに、お経が始まってしまい、私はかけていた夜間の火を消していたら、父の妹がお勝手から入って来た。「時間間違えちゃったー。ごめんねー」と土間の戸を開けた。私は「お早うございます」と言ってお茶を入れていた。慌しくなたてきたから、奥座敷に行かなければならず、母がおばちゃんを支えて、ギュウギュウに並べられた座布団の上を、フラフラしながら来客の間を縫うように前に進んだ。
姉が人が集まった部屋の端から丸椅子を取ってくれたけど、母がおばあちゃんちはパイプ椅子だからと、また取ってもらい、おばあちゃんの右には母が、左には姉が、姉の横には私が、私の前には父が、座るというような座席位置になった。
そういう慌ただしいなかを、供物を持った父の妹夫婦がやって来た。旦那さんは時間に遅れた事に腹を立てていたみたいで、ドシドシと威嚇するような歩き方で供物を置きに来た。
念仏を六文章くらい読んで、終わった。お経が終わると、お墓の方に近所の人たちと親戚の人たちで歩いて行き、その間に私と姉は疲れたおばちゃんを居間の炬燵に移動してもらってお茶を入れ、テルビをつけ、温風ヒーターを入れ、一緒に居て様子を見ていた。クロネコヤマトの人が何か届けに来て喪服に驚いていた。
母がお坊さんを車に乗せてお墓から家に戻ってきた。それから、おばちゃんを母の車に乗せて、先にバスで会食会場に行った近所や親戚の人達の後を遅れながら行った。
家の戸締りや火の元を見なければならず、時間に合わせるのは大変だった。
10:00に集まり10:30に始まるところを父が間違えて10:30に集合と伝え間違えたり、お坊さんを迎えに行くのが早くなり時間が余った所を父が、開始を急かしてしまったらしく、20分も早く始めてしまったらしい。
余った時間の調整のためか、お坊さんは「他力本願とは、他人任せにする事ではなく阿弥陀様に全て任せるという事。自力は自分の力で悟りを開く事。他力は、それが出来ない人たちを、阿弥陀様が全ての救いたいという心を表した言葉です。」という話をしてくれた。
会食会場に着き、母と姉と私でおばあちゃんを支えて階段を登り、出迎えてくれた祭場の人が足元に塩をまいてくれた。
会場の席に着く頃には、みんな食べ始めていた。母と姉はお酌に周りに行き、私はおばあちゃんを見ていた。おばあちゃんの食べられるもの、食べられない硬いものがないか、おばあちゃんが何を食べるか、食べる量をチェックしていた。
さしみ、おすし、魚を焼いたもの、すき焼き、茶碗蒸し、天ぷら、つみれ、和菓子、などなど。
父の妹が、「おばあちゃん、茶碗蒸し食べな茶碗蒸し!」とたくさん食べている、おばあちゃんにまた食べるように進め、親戚のおばちゃんは蕎麦が美味しいと進め、父は肉をおばちゃんに進め、おばあちゃんは、その気になり食べようとしたから、姉が父に「お父さん!お肉を切ってあげて」
とお願いする。
私が献杯のお酒を一口飲んで美味しいと言ったらおばあちゃんも飲もうとしたから、私が「おばあちゃん!それお酒だから、のまないほうがいいよ!」って止めた。
隣で父は料理に貪りついている。64にもなって犬食い。
おばあちゃんは、誰も止めなきゃ際限なく食べ続けるから、困るから、「おばあちゃん、もうそろそろ、止めた方がいいかも。無理して食べないでね!食べ過ぎちゃうと、後が大変だからね!」って止めに入った。
顔が赤くなってきたから母の判断で会食の途中だけど、姉の車に乗せて、姉とおばあちゃんと私で帰った。
家に帰ったら、私が裏から玄関に周り鍵を開けおばあちゃんをまず奥の父の部屋に連れて行って、「もう寝る」というから、喪服から寝巻きに着替えてもらい、私はハンガーを探し回り、喪服をかけ姉は着替えの手伝いをしてくれた。
その後、私が先に着替えに願いに行き、姉はお湯を沸かしてポットに入れてくれた。私があまりにも遅いから二階に上がってきて、「遅いけど、どうしたの?」って着替えに来た。私が「ズボンの筋を合わせて、喪服を綺麗にかけてクローゼットに入れていた」と言ったら「遅かった」と言われてしまった。
下に母が帰ってきた音がしたから、降りてお茶の準備をして、供物にもらったお菓子を6袋に分け帰りに持って行ってもらった。2時間ちょい座していた。あとは、ひたすら皿洗いをして、供物リストを作り、まとめた。
父と母と姉が祭壇を解体して、ダンボールに詰め、母が掃除機をかけ、父と母が眠るおばあちゃんを乗せたまま、父の奥座敷にから、客間の奥座敷へベッドを運んだ。その横で私と姉は縁側のはじのスペースのいらないものを出して、確認していた。
捨てていない本があったから、燃えるゴミと一緒にゴミに出してきた。炭酸ジュースを買って帰った。
縁側は、作品を置いておくと邪魔になるため裏の物置に持って言った。
みんなが帰ったあとは父、母、姉、私は炬燵で放心状態だった。