まだ朝なのに今日も暑いなぁ。
六道くんは幽霊を成仏させるため、土曜日の早朝から体育館にいる。私もまた然り。
翼くんは家の仕事を手伝わないといけないらしいから、今日はいない。久しぶりに六道くんと六文ちゃんの3人での仕事になった。
……とは言っても、もうそろそろ仕事は終わりそう。



「─これで成仏できる…」

「では、輪廻の輪に乗っていただけますね?」

「ああ。ありがとう」

「じゃあぼくが向こうへ連れていきます!りんね様、桜さま、いつもの所で待ってて下さいねっ」



理科室で飼っているメダカが心配で成仏できなかった男子生徒の霊が、ゆっくり消えていく。六文ちゃんも霊道を通ってあっという間に見えなくなった。
六道くんは安心したのか、重く溜め息をつく。
…なんか具合悪そう?



「六道くん、風邪でもひいたの?」

「は?バカ言うな。オレがそんなもんひくか」

「だって、なんか顔色悪いし…。この時期は寒暖差激しいから、クラブ棟に住むのは大変じゃない?」

「住めば都と言うだろう」



廊下を歩きながらそんな会話を交わすけど、六道くんの歩き方はなんだかおぼつかない。
横になって休んだ方がいいと思うけど、今日は休日だから部活で使う教室以外はみんなカギがかかっていて保健室を使うことは出来ない。でもクラブ棟にいたままじゃ、もっと悪化しそう。
いつものベンチに座った時、六道くんはとても具合が悪くて辛そうだった。



「六道くん、やっぱり病院に行った方がいいんじゃ…」

「そんな金はない」

「でも、具合悪いなら無理しない方がい……、え?」

「…っ…悪い、ちょっと肩貸せ」



こつんと六道くんが私の肩に寄りかかる。呼吸はいつもより荒くて、外は蒸し暑いのに身体は少し寒そうに震えてた。
やっぱり風邪ひいてるんだ。
なんだか自分の鼓動が早くなることを不思議に思いつつ、しばらく動けずにじっとしていたら、なんだか六道くんがぐったりしてくる。



「ろ、六道くん?大丈夫?」

「……ああ」

「って、すごい熱…!!とにかく、どこか横になれるところ……」


「桜さま?どうしたんですか…ってりんね様!?」

「あ、おかえり六文ちゃん、六道くんが風邪ひいてるみたいなの。だからクラブ棟……、じゃなくて、私の家に運んでくれる?」

「えっ、桜さまの家にですか!?」

「うん、うちなら薬もあるし、空調あるし…少しなら六道くんの看病できるよ」

「でも、…いいんですか?」

「今日は家族みんな仕事とかで出かけてるから、気にしなくていいよ。お願い、六文ちゃん」

「わかりました!りんね様、乗って下さいっ」



大きい猫に変化した六文ちゃんは六道くんを乗せて霊道を開く。私もその後を追って走ると、見慣れた我が家が見えてきた。
私は急いで玄関を開けて、六道くんと六文ちゃんを中に入れる。
なんとか私のベッドに六道くんを寝かせ、体温計を六文ちゃんに渡して六道くんの体温を計るように言ってから台所に行く。冷えピタと氷のうと…風邪ひいた時って、あと何が必要だったっけ?
とりあえず冷蔵庫の中にあったスポーツドリンクを500mlのペットボトルに入れて、私はまた部屋に戻った。



「六文ちゃん、六道くんの熱はどれくらいだった?」

「ささささ38度7分ですよ桜さまっ!あわわ、りんね様大丈夫ですかー!!」

「……六文、うるさい」

「ま、まあ落ち着いて六文ちゃん。きっと六道くんは疲れが出たんだよ。ゆっくり休めばすぐ治るって」

「はい…」

「六道くん、飲み物持って来たから飲んでね。えーっとそれから…」



私はそっと六道くんの額に手を当てて、冷えピタを貼る。
それから枕を氷のうに替えて、クーラーの設定温度を少し高めにして電源を入れた。
薬を飲んだ方がいいと思うけど、もう少しでお昼になるしなぁ。どうしよう。



「あの、六道くん。何か食べたいものってある?」

「…何でも、構わない。すまん」

「分かった。じゃあちょっと待ってて、お粥か何か持ってくる……」



立ち上がろうとした時、六道くんが私の腕を掴んで引き留める。
びっくりして振り向くと、自分でも驚いたのか、六道くんも一瞬目を丸くしていた。



「………あ…わ、悪い」



パッと離された熱い手。熱が高いせいで辛いんだろう。
私もよく、風邪をひいた時は寝付くまでママが側にいてくれたっけ。六道くんの場合は…おじいさんがいてくれたのかな?
もう一度座って、私は布団をかけ直した。



「…ここにいるよ。だから、ゆっくり休んで」

「……ああ」



苦しそうに呼吸する六道くんの額の汗を拭いて、そっと手を握ってみる。いつもより熱く汗ばんだ手が私の手を握り返したかと思うと、六道くんの呼吸がゆっくりと規則的になってきた。
風邪薬とかご飯とか、六道くんが起きたら口に出来るよう準備しておかないと。
そう頭ではわかっているのに、手を離すことが名残惜しく感じられて、私はなかなかその場から動けない。

─それはまるで、はじめから逃げるという選択肢を消されていたみたいに。



「どうかしましたか?桜さま」



六文ちゃんの声にハッとするけど、ただ、それだけで。
何故か六道くんの側から離れがたいこの気持ちに敢えて名前をつけるならば、きっと。



「…ううん、どうもしないよ。ちょっとだけ…自分に素直になろうかなって」

「?」



もう少しだけここにいたい。
あと少しだけ、六道くんの寝顔を独り占めするくらいは許されるよね?
繋いだままの手に頬を寄せて、願う。



「六道くんが、早く元気になりますように」



とくん、とくん…。
柔らかに聴こえる心の音が穏やかに時を刻んでいた、夏の午後。






end!


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去年コピー本でも作ろうかと思って書いてたものをボツったので修正してこちらに。元々は冬の話でした^^