異性として意識して、側にいて守りたいって思うあたり、きっとオレは自分で思っているよりあかねに惚れ込んでるんだろう。
自覚して、それを受け入れるまで時間はかかるけど。
「あかねちゃん、今日は学校お休みしなさいね」
「……え…大丈夫だよぉ」
「ダメよ。そういう事は熱が下がってから言いなさい?学校には電話してあげるから」
「あかね、かすみの言うとおりにしなさい。風邪の時は無理しちゃいかん」
「…はい…」
オレがあくびをしながら居間に行くと、いつもより具合の悪そうな顔をしたパジャマ姿のあかねが、かすみさんと早雲おじさんと何か話をしていた。
そういえばあかねの奴、昨日から喉が痛いとか言ってたな…
「おはよーございまーす…」
「ああ、おはよう乱馬くん。あかねの事なんだがね、どうも風邪を引いたみたいで熱が高いから今日は学校を休ませることにしたんだ」
「はあ…。おいあかね、おめー大丈夫か?」
「大丈夫よ。熱が高いから少しフラつくけど…休めばすぐ治るだろうから」
「ふーん?ま、日頃無茶してる疲れでも出たんじゃねーの」
「そうだとしたら大方アンタのせいね」
「……病人のくせに口だけは達者だなー」
「うるさい!それより、早く行かないと遅刻するんじゃないの?」
「あ、やべっ」
慌ただしく用意されていた朝飯をかきこみ、オレはカバンを背負ってひとり家を出た。
カンカンカンとリズム良く走るフェンスの上。見下ろすアスファルトの道路にはいつもの姿がない。久しぶりに1人で走る通学路だ、と思うのも束の間、お馴染み3人娘が現れて、オレはいつものように全速力で登校した。
午前授業だけで、いつもより長いと思ってしまうのはどうしてなんだろう。
「乱馬くん、あかねの具合ってどうなの?」
「本人は1日休めば治るって言ってたから、明日は学校に来れるんじゃねーかな」
「そっか、お大事にって伝えておいて」
「頼むわよ、早乙女くん」
「ああ」
ゆかやさゆりに加え、他の女子からあかねの具合はどうなんだと聞かれるのにもうんざりした頃、ひなちゃんとなびきがやってきた。
今度は何だってんだ?
珍しく神妙な顔をして、2人はオレを教室の外に呼ぶ。
「早乙女くんっ、早くカバン持って来なさい」
「え?」
「かすみおねーちゃんから、学校に連絡があったんだって。あかねの事で…」
「あかねの事って…なびき、なんかあったのか?」
「八宝斉のおじーさんが、良く効く漢方薬と間違えて惚れ薬をあかねに飲ませちゃったらしいわ。幸い、とっさにお父さんが目隠ししたから今はまだ大丈夫らしいんだけど」
「あのジジイ…、絶対わざとだな」
「あかねの具合はまだ良くないらしいから、お父さんが乱馬くんをって呼んでるそうよ」
「けっ、あかねに惚れられてくれって?」
「そ。嫌ならあたしがウチに他の誰かを送り込むけど…どうする?」
「なっ、ど、どうするって…」
「早雲さまのピンチよ早乙女くん!お義母さんのゆーこと聞いて早く帰りなさいっ」
「誰がお義母さんだ。……ったくよー、また厄介な事になってきたな」
「じゃ、乱馬くん。緊急情報料1000円ね。あ、もちろん九能ちゃん達への口止め料も込みだから」
「……」
オレは"渋々"、財布から1000円札を出してなびきに渡した。これ以上騒ぎになるのは御免だし、なにより具合の悪いあかねに無理をさせるのは嫌だと思ったから。声に出して言うつもりはないが、なびきはニヤリと笑ってオレを見る。ふつふつと怒りが込み上げてくるが、深呼吸して心を落ち着かせる。
クラスの連中へ挨拶もそこそこに、中身が入ったままの弁当とカバンを持って、オレは家へと急いだ。
「乱馬!ようやく帰ってきたかっ」
「ようやくってなぁ…わざわざ早退させんなよ」
「仕方あるまい。あかねくんの一大事、許婚のお前が側にいなくてどーするっ!」
「あのなぁ」
「天道くーん!乱馬が帰って来たぞーっ」
ドタバタと玄関に向かって走ってくる音。早雲おじさんはオレを見るとぱあっと目を輝かせた。
とりあえず居間に行き、事の経緯を聞く。八宝斉のジジイは怒り狂った早雲おじさんの手によって空高く遠くへ飛ばされたらしい。ひとまずあかねが飲まされた惚れ薬の効果は1日から2日だそうで、明日には効き目が切れるが、それまでオレに何とかして欲しいそうで。
「頼むよ乱馬くん、まだあかねは熱が下がらないし…。わしと早乙女くんは今夜、町内会の会合でね」
「私も高校のお友達と会う約束をしてて…、なびきもね、今日は映画に行くって言ってて、あかねちゃんの面倒をみられる人が乱馬くんしかいないの」
「え゛…」
それはそれでヤバいんじゃねーか?あかねの具合が心配なら誰か予定をキャンセルとか…するだろフツー。まあ、どんな状況でも利点を考えて行動するこの家族らしいっちゃらしいのかもしれねーけど。
周りがそんなにはやし立てると素直にもなりづれぇってわかんねーかな。反論する間もなく、オレは1人居間に残された。ケホケホと、二階からはあかねが咳き込む声が聞こえてくる。弁当のおにぎりだけ、ひとつ食べてから重い腰を上げた。仕方ねぇから、仕方ねぇから面倒見てやるんだ。相手は病人。そう言い聞かせて、スポーツドリンクの入ったペットボトルを持ち、あかねの部屋をノックした。
「…あかねー、入るぞ?」
カチャ、と音を立てないようドアを開ければ、苦しそうにベッドで眠るあかねがいた。何気なくそっと汗ばんだ頬に触れると、あかねがゆっくり、目を開ける。
目が合って、どきんと心臓が跳ねた。
「、ら…乱馬…?なんで、学校…は?」
「あ、あー…っと、その、おじさんに呼ばれたんだよ」
「…もう……お父さんったら…」
もぞ、とあかねは布団を頭までかぶってしまった。心なしかまた体温が上がったんじゃないかと不安が募る。ぽんぽん布団を叩いて、あかねに声を掛けても『うー』とか『あー』と唸るばかり。
…とりあえず、熱計った方がいいよな?
「あかね、熱計ってみろよ」
「わ、わかっ、わかっ…た」
「どーしたんだよ?潜ってねーで顔見せろって。少しは水分摂取らねぇと…」
「う、や、だめだめだめっ!無理ぃっ!」
「はあ?」
「だめ、だよっ…!あたし、あたし、なんか変…っ」
「変、って…………、あ゛」
そういえばコイツ、惚れ薬飲んだんだっけ?じゃあもしかしてオレに惚れ……、うん、ちょっと落ち着こうかオレ。いつもよりあかねの声が弱々しいせいか、少しくらくらしてくる。
スポーツドリンク片手に意識を整えて、オレはあかねが潜り込んでる布団を剥がした。
「きゃっ!?ちょ、乱馬…っ」
「ホラ、いーから飲めって」
「…っ……あた、し…、変なの…。ら、乱馬が、いると…っ、気持ち、コントロールできなくって…」
「だからそれはっ、ジジイのせいだろ?分かってっから大丈夫だって。(…それに、お前が惚れるのは、オレだけで充分だ)」
「偽物じゃない…の、」
「…偽物じゃない?何が」
「あたしの、気持ち。薬のせいじゃなくて……あたし、ね」
「あ、あかね?おい…」
「あたし、乱馬が、すきなの。…苦しいの、すごく。なんでか、分からないけど……側にいて欲しいって、やだぁもー…どうしたらいいのか、わかんな……っ」
ぽろぽろ大粒の涙があかねの瞳から零れる。惚れ薬と風邪のせいか、思考が上手く働かないんだと思う。でも、『偽物じゃない』と言ったあかね。その言葉が、伝えてくれた言葉が本物の気持ちなら、オレは応えていいのだろうか。
堪らなくなって思わず抱き締めれば、熱い体で息の荒いあかねが驚いた様子でオレを見る。
「その、あの、あかね?えっと、」
「…すき、すきよ、乱馬」
「っ…!!ば、ばっ…いいから寝ろって!風邪引いてんだから!」
「乱馬は、あたしの事すき…?可愛くなくて、不器用で、……嫌い?」
「だあああっ!嫌いなワケねぇだろ!!」
「……すき?」
「う…っ」
涙ぐむあかねがオレを見上げる。ドクドクドクと全身が心臓になったような感覚。
…げに恐るべし、惚れ薬。あのあかねがこんなに積極的になるなんて、こういうパターンに免疫の無いオレはどうしたらいいんだ。助けを求めたくても、現在この家にはオレ達2人きり。学校もまだ終わらないからひろし達に連絡も出来ない。
「乱馬…?」
「その、だなー…、」
「…あたし、早く風邪治す。だから……今日は、一緒にいて?」
「んな、ななな…!?」
何度も落ち着けと自分に言い聞かせる。こんな状態が明日まで続くなんて冗談じゃねぇ。オレの精神が保たないっつの。
けど、いつものようにからかったりすることは出来なくて。あかねの側にいてやりたいって思いが少なからずあって。おそるおそる、あかねの差し出した手を握る。
「ふふ…だいすき、乱馬」
「お、おお、そうかよ」
「乱馬の手、冷たくて気持ちいい…」
「…それはっ!おめーの熱が高すぎるんだっっ」
熱のせいか薬のせいかは知らないが、こんな状態のあかねを他の奴には絶対見せられねぇな。惚れ薬の効き目は多大だけど、だるそうな様子は今朝と変わらない。
いつもみたいに威勢よくいる方があかねらしい。だから、早く元気になれよって。
オレの腕にしがみついたまま、ようやく眠ったあかねの額に濡らしたタオルを乗せて、身動き出来ないオレもそのまま眠りについた。
「すきだよ…乱馬…」
「……っ、っばーか」
あかねが積極的になったって、オレはなかなか素直になれない。気持ちを自覚して、それを伝えるまでの時間はもう少し必要だ。
だから、いつか必ず。
惚れ薬なんかに頼ってあかねから告白されるより、ちゃんと向き合って言葉にしなくちゃな。
「だいすき…」
「……はあ〜…、マジで、早く治せよ」
とりあえず今は惚れ薬の効き目が切れる事と、脱ヘタレを目指そうか。
end!
謝謝企画・すみれいろさまへ