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優しさに触れ(りん桜)


関係ない奴を巻き込む気は毛頭無かった。おばあちゃんのノルマなんて、正直押し付けられた感はかなりのものだが、1人でやると決めていたから。
でも、幽霊が視えてなおかつ怖がらない、それも女子に出逢ってからはそんな気持ちもどこかほぐれていった。いつの間にか、協力者として俺の側にいた。死神にも、人間にもなりきれない、微妙な立場の俺の側に。




「りんね様っ、桜さまからおにぎり頂いたんですよっ」

「え」

「ホントお優しい方ですよね、桜さま好きだなぁ」

「……そう、か」




六文が差し出したおにぎりを一口かじる。…中身が鮭だなんて真宮桜の家は金持ちか。いや、俺が貧乏なせいでそう感じるだけかもしれないが。
おじいちゃんが生きていた頃をふと思い出す。幽霊なんて見えるのは変だと子供の頃は思っていた。でもおじいちゃんの幸せ、おばあちゃんの幸せがそこには確かにあったんだ。懐かしむ気持ちの余裕は、真宮桜と出逢って生まれたもの。
ガチャンと音を立てて、不意に部屋のドアが開く。




「こんばんは、六道くん」


「ま…真宮桜…?」

「桜お嬢さま!こんばんはーっ!」

「六文ちゃんもこんばんは。あのね、これ。おすそ分け」

「おすそ分け?」



タッパーに入っているのは、見間違いでなければ唐揚げ。鶏肉なんて、贅沢品にも程が…っっ!
普段そんなものを口にしない俺はキラキラ輝いて見える高級食品を目の前にして、嬉しさで飛び跳ねそうな勢いだ。内職のバラを作る手を休めて、俺は真宮桜を見た。




「最近依頼も少ないし、おにぎりだけじゃ足りないかなと思ったんだ」

「…す、すまないな」

「ん?」

「わざわざこんな高級食品…」

「(高級…?)気にしなくていいよ。ウチで作り過ぎちゃったから、良ければあったかいうちに食べてね」

「ああ」

「食費が浮いて良かったですねりんね様っ」

「うるさいぞ六文」




くすくす、真宮桜は笑って六文の頭を撫でる。六文の奴、ホント甘えん坊だな。見た目からして子供だし、実際のところ役に立つのか立たないのか分からん。おばあちゃんの元契約黒猫でも、俺と同じで未熟なのだと思う。
今までずっとひとりで多くの幽霊を輪廻の輪に導いてきたが、こうして周りに誰かがいるという感覚は何だか不思議で。




「六道くんってさ」

「なんだ?」

「結構優しいトコあるよね」

「…は?」

「えっ、そんな驚いた顔しなくても…」

「お前が変な事を言い出すからだろ」


「そうかなー。六文ちゃんも思うよねぇ?」

「りんね様はいつも無愛想ですが、他の死神よりずっとまともです」

「…六文、それは褒めてるのか?遠回しにけなしてるのか?」

「え゛。や、やだなぁりんね様。褒めてるに決まってるじゃないですかっ」




そそくさと真宮桜の後ろに隠れ、六文はへらっと笑う。心の中に、何だかよく分からない苛立ちが募る。…、何だと言うんだ?別に六文が真宮桜にくっ付いていようと俺には関係ないのに。
高校生になってから、初めて感じる気持ちに戸惑うばかりだ。




「じゃあそろそろ私帰るね」

「待て」

「何よ?」

「…暗いし、送ってってやる」

「いいの?だって、唐揚げ冷めちゃうよ?」

「うっ…。だ、大丈夫だそれくらい。六文、俺の分まで食うなよ」

「ぎくっ。は、はーい!わかってますよぉ」




黄泉の羽織を着てドアを開けると霊道が現れる。俺はいつものように、真宮桜の手を掴んでふわりとその中に飛び込んだ。
きゅ、と少し強く握られた手は、俺よりも小さくて、何だか急に意識してしまう。特に意味なんて無いはずなのに、こんな風に真宮桜と手を繋ぐのは初めてじゃないのに。




「ねえ、六道くん」

「……どうした?」

「あはは、やっぱり優しいなぁって思って」

「またその話か…」

「だって六文ちゃんの事も何だかんだ面倒見てるし、幽霊を導く時もその人の気持ちをちゃんと優先してあげてるでしょ?それに私が向こうの世界で輪廻の輪に乗りそうだった時も助けてくれたし、今だって送ってくれた」

「仕事だからな」

「そぉ?私は六道くんが優しいからだと思うけどなー」




何故コイツはそんなこっぱずかしい事を簡単に言ってのけるんだ。生まれてこの方、面と向かって『優しい』なんて言われたことはない。それに俺はおばあちゃんの代わりに死神の仕事をしてるんだ。そんな言葉、似合わない。
真宮家の玄関前に着き、繋いでいた手を離す。




「俺は…きっとお前が思ってるような奴じゃない」

「そんなの、まだ知り合ってから半年も経ってないんだから分からなくて当たり前だよ。私は六道くんが一生懸命おばあさんとおじいさんの為に仕事をやってるのを見てそう思っただけ。分からないことは沢山あるよ」

「…真宮桜……」

「送ってくれて、ありがと。六道くん」

「いや…、その、おすそ分け、有り難く頂くな」

「うん。じゃあまた明日ね」




どくどくどく、心なしか脈が速い。一体どうしたというんだ俺は。霊道を通る帰り道、どんなに頭をひねっても、この気持ちに答えが出ない。
おじいちゃんが生きていたら、これが何という気持ちなのか教えてくれただろうか?




「あ、お帰りなさいりんね様!……どうしたんですか?顔が赤いですよ?」

「何でもないっ」

「?」

「………っ」




気のせいだ。気のせいなんだ。こんな訳の分からない気持ちなんて。
気を紛らわせるように唐揚げを頬張って、久しぶりの高級食品をゆっくり噛みしめる。…うまい。



「桜さまのお気遣いに感謝ですね」

「…まあな」

「りんね様は桜さまのこと、好きですか?」

「な、」



げほごほと思わず咳き込む。すき?好きってなんだ?どういう意味合いで?
そりゃ確かに、"嫌い"とかの部類には入らないけど。



「りんね様以外の人間と接する機会なんて、初めてですけど、桜さまは好きだなぁ」

「…ああ、そういう意味か」

「え?他にどんな意味があるんですか?」

「……、さあな。俺は知らん」

「何ですかそれーっ」




少しだけ分かりかけた"気持ち"。未だ自覚するには早いから、ぐっと心に押し込めた。
高級感溢れる鮭入りおにぎりと、鳥の唐揚げを夕飯に、内職を早く終わらせねば。この世界で生きていくために必要なこと。仲間が増えていくことで救われることもある。おばあちゃんが残したノルマはまだまだ沢山。それが契約だから、やり遂げるまで俺はまだこの貧乏生活と付き合っていく。

真宮桜と繋いだ左手。残る感覚にまた頬が熱くなる気がした。





end

conscious(乱あ)


異性として意識して、側にいて守りたいって思うあたり、きっとオレは自分で思っているよりあかねに惚れ込んでるんだろう。
自覚して、それを受け入れるまで時間はかかるけど。




「あかねちゃん、今日は学校お休みしなさいね」

「……え…大丈夫だよぉ」

「ダメよ。そういう事は熱が下がってから言いなさい?学校には電話してあげるから」

「あかね、かすみの言うとおりにしなさい。風邪の時は無理しちゃいかん」


「…はい…」




オレがあくびをしながら居間に行くと、いつもより具合の悪そうな顔をしたパジャマ姿のあかねが、かすみさんと早雲おじさんと何か話をしていた。
そういえばあかねの奴、昨日から喉が痛いとか言ってたな…




「おはよーございまーす…」

「ああ、おはよう乱馬くん。あかねの事なんだがね、どうも風邪を引いたみたいで熱が高いから今日は学校を休ませることにしたんだ」


「はあ…。おいあかね、おめー大丈夫か?」

「大丈夫よ。熱が高いから少しフラつくけど…休めばすぐ治るだろうから」

「ふーん?ま、日頃無茶してる疲れでも出たんじゃねーの」

「そうだとしたら大方アンタのせいね」

「……病人のくせに口だけは達者だなー」

「うるさい!それより、早く行かないと遅刻するんじゃないの?」

「あ、やべっ」




慌ただしく用意されていた朝飯をかきこみ、オレはカバンを背負ってひとり家を出た。
カンカンカンとリズム良く走るフェンスの上。見下ろすアスファルトの道路にはいつもの姿がない。久しぶりに1人で走る通学路だ、と思うのも束の間、お馴染み3人娘が現れて、オレはいつものように全速力で登校した。
午前授業だけで、いつもより長いと思ってしまうのはどうしてなんだろう。




「乱馬くん、あかねの具合ってどうなの?」

「本人は1日休めば治るって言ってたから、明日は学校に来れるんじゃねーかな」

「そっか、お大事にって伝えておいて」
「頼むわよ、早乙女くん」


「ああ」




ゆかやさゆりに加え、他の女子からあかねの具合はどうなんだと聞かれるのにもうんざりした頃、ひなちゃんとなびきがやってきた。
今度は何だってんだ?
珍しく神妙な顔をして、2人はオレを教室の外に呼ぶ。




「早乙女くんっ、早くカバン持って来なさい」

「え?」


「かすみおねーちゃんから、学校に連絡があったんだって。あかねの事で…」

「あかねの事って…なびき、なんかあったのか?」

「八宝斉のおじーさんが、良く効く漢方薬と間違えて惚れ薬をあかねに飲ませちゃったらしいわ。幸い、とっさにお父さんが目隠ししたから今はまだ大丈夫らしいんだけど」

「あのジジイ…、絶対わざとだな」

「あかねの具合はまだ良くないらしいから、お父さんが乱馬くんをって呼んでるそうよ」

「けっ、あかねに惚れられてくれって?」

「そ。嫌ならあたしがウチに他の誰かを送り込むけど…どうする?」

「なっ、ど、どうするって…」


「早雲さまのピンチよ早乙女くん!お義母さんのゆーこと聞いて早く帰りなさいっ」

「誰がお義母さんだ。……ったくよー、また厄介な事になってきたな」

「じゃ、乱馬くん。緊急情報料1000円ね。あ、もちろん九能ちゃん達への口止め料も込みだから」

「……」




オレは"渋々"、財布から1000円札を出してなびきに渡した。これ以上騒ぎになるのは御免だし、なにより具合の悪いあかねに無理をさせるのは嫌だと思ったから。声に出して言うつもりはないが、なびきはニヤリと笑ってオレを見る。ふつふつと怒りが込み上げてくるが、深呼吸して心を落ち着かせる。
クラスの連中へ挨拶もそこそこに、中身が入ったままの弁当とカバンを持って、オレは家へと急いだ。




「乱馬!ようやく帰ってきたかっ」

「ようやくってなぁ…わざわざ早退させんなよ」

「仕方あるまい。あかねくんの一大事、許婚のお前が側にいなくてどーするっ!」

「あのなぁ」

「天道くーん!乱馬が帰って来たぞーっ」




ドタバタと玄関に向かって走ってくる音。早雲おじさんはオレを見るとぱあっと目を輝かせた。
とりあえず居間に行き、事の経緯を聞く。八宝斉のジジイは怒り狂った早雲おじさんの手によって空高く遠くへ飛ばされたらしい。ひとまずあかねが飲まされた惚れ薬の効果は1日から2日だそうで、明日には効き目が切れるが、それまでオレに何とかして欲しいそうで。




「頼むよ乱馬くん、まだあかねは熱が下がらないし…。わしと早乙女くんは今夜、町内会の会合でね」

「私も高校のお友達と会う約束をしてて…、なびきもね、今日は映画に行くって言ってて、あかねちゃんの面倒をみられる人が乱馬くんしかいないの」


「え゛…」




それはそれでヤバいんじゃねーか?あかねの具合が心配なら誰か予定をキャンセルとか…するだろフツー。まあ、どんな状況でも利点を考えて行動するこの家族らしいっちゃらしいのかもしれねーけど。
周りがそんなにはやし立てると素直にもなりづれぇってわかんねーかな。反論する間もなく、オレは1人居間に残された。ケホケホと、二階からはあかねが咳き込む声が聞こえてくる。弁当のおにぎりだけ、ひとつ食べてから重い腰を上げた。仕方ねぇから、仕方ねぇから面倒見てやるんだ。相手は病人。そう言い聞かせて、スポーツドリンクの入ったペットボトルを持ち、あかねの部屋をノックした。



「…あかねー、入るぞ?」



カチャ、と音を立てないようドアを開ければ、苦しそうにベッドで眠るあかねがいた。何気なくそっと汗ばんだ頬に触れると、あかねがゆっくり、目を開ける。
目が合って、どきんと心臓が跳ねた。




「、ら…乱馬…?なんで、学校…は?」

「あ、あー…っと、その、おじさんに呼ばれたんだよ」

「…もう……お父さんったら…」




もぞ、とあかねは布団を頭までかぶってしまった。心なしかまた体温が上がったんじゃないかと不安が募る。ぽんぽん布団を叩いて、あかねに声を掛けても『うー』とか『あー』と唸るばかり。
…とりあえず、熱計った方がいいよな?




「あかね、熱計ってみろよ」

「わ、わかっ、わかっ…た」

「どーしたんだよ?潜ってねーで顔見せろって。少しは水分摂取らねぇと…」

「う、や、だめだめだめっ!無理ぃっ!」

「はあ?」

「だめ、だよっ…!あたし、あたし、なんか変…っ」

「変、って…………、あ゛」




そういえばコイツ、惚れ薬飲んだんだっけ?じゃあもしかしてオレに惚れ……、うん、ちょっと落ち着こうかオレ。いつもよりあかねの声が弱々しいせいか、少しくらくらしてくる。
スポーツドリンク片手に意識を整えて、オレはあかねが潜り込んでる布団を剥がした。




「きゃっ!?ちょ、乱馬…っ」

「ホラ、いーから飲めって」

「…っ……あた、し…、変なの…。ら、乱馬が、いると…っ、気持ち、コントロールできなくって…」

「だからそれはっ、ジジイのせいだろ?分かってっから大丈夫だって。(…それに、お前が惚れるのは、オレだけで充分だ)」


「偽物じゃない…の、」

「…偽物じゃない?何が」

「あたしの、気持ち。薬のせいじゃなくて……あたし、ね」

「あ、あかね?おい…」


「あたし、乱馬が、すきなの。…苦しいの、すごく。なんでか、分からないけど……側にいて欲しいって、やだぁもー…どうしたらいいのか、わかんな……っ」




ぽろぽろ大粒の涙があかねの瞳から零れる。惚れ薬と風邪のせいか、思考が上手く働かないんだと思う。でも、『偽物じゃない』と言ったあかね。その言葉が、伝えてくれた言葉が本物の気持ちなら、オレは応えていいのだろうか。
堪らなくなって思わず抱き締めれば、熱い体で息の荒いあかねが驚いた様子でオレを見る。




「その、あの、あかね?えっと、」

「…すき、すきよ、乱馬」

「っ…!!ば、ばっ…いいから寝ろって!風邪引いてんだから!」

「乱馬は、あたしの事すき…?可愛くなくて、不器用で、……嫌い?」

「だあああっ!嫌いなワケねぇだろ!!」

「……すき?」

「う…っ」




涙ぐむあかねがオレを見上げる。ドクドクドクと全身が心臓になったような感覚。
…げに恐るべし、惚れ薬。あのあかねがこんなに積極的になるなんて、こういうパターンに免疫の無いオレはどうしたらいいんだ。助けを求めたくても、現在この家にはオレ達2人きり。学校もまだ終わらないからひろし達に連絡も出来ない。




「乱馬…?」

「その、だなー…、」

「…あたし、早く風邪治す。だから……今日は、一緒にいて?」

「んな、ななな…!?」




何度も落ち着けと自分に言い聞かせる。こんな状態が明日まで続くなんて冗談じゃねぇ。オレの精神が保たないっつの。
けど、いつものようにからかったりすることは出来なくて。あかねの側にいてやりたいって思いが少なからずあって。おそるおそる、あかねの差し出した手を握る。




「ふふ…だいすき、乱馬」

「お、おお、そうかよ」

「乱馬の手、冷たくて気持ちいい…」

「…それはっ!おめーの熱が高すぎるんだっっ」




熱のせいか薬のせいかは知らないが、こんな状態のあかねを他の奴には絶対見せられねぇな。惚れ薬の効き目は多大だけど、だるそうな様子は今朝と変わらない。
いつもみたいに威勢よくいる方があかねらしい。だから、早く元気になれよって。
オレの腕にしがみついたまま、ようやく眠ったあかねの額に濡らしたタオルを乗せて、身動き出来ないオレもそのまま眠りについた。




「すきだよ…乱馬…」


「……っ、っばーか」




あかねが積極的になったって、オレはなかなか素直になれない。気持ちを自覚して、それを伝えるまでの時間はもう少し必要だ。
だから、いつか必ず。
惚れ薬なんかに頼ってあかねから告白されるより、ちゃんと向き合って言葉にしなくちゃな。



「だいすき…」

「……はあ〜…、マジで、早く治せよ」



とりあえず今は惚れ薬の効き目が切れる事と、脱ヘタレを目指そうか。







end!
謝謝企画・すみれいろさまへ

恋と心のバランス(乱あ)


ねぇ、好きって言って?
もちろん素直になれないのは分かってる。あたしだって、言いにくい言葉、だし。
想いが伝わって欲しいんだけど、なかなか上手くいかない。




「天道あかね!ぼくは君が好きだっ!」

「あー、そうですか」

「早乙女の許婚などさっさとやめて、僕と一緒になろうではないか!」

「九能センパイ、寝言は寝てから言って下さい」




いつものように、あたしは九能センパイを一蹴する。毎度毎度、ほんと懲りないんだから。
…でも、なんで九能センパイは簡単に『好き』なんて言えるんだろう?八宝斉のおじいさんも、シャンプーや右京や小太刀も。なんで?どうして?




「ねぇゆか、さゆり、2人はどう思う?」

「「は?」」

「だっ、だからね、簡単に『好き』とか…言えるものなのかなって、思っ……て…」




2人は目を丸くしてあたしを見る。あたしの質問が意外だったのか、一拍置いてゆかとさゆりはくすくすと笑い出した。
今度はそれにあたしが目を丸くする。




「あかねったら、ほーんと可愛いんだから」

「え?」


「誰にでも素直に伝えられたらいいかもしれないけど、実際はなかなか言えないものじゃないかと思うなぁ…。ま、あかねと乱馬くんは極端だけどね」

「きょ、極端って…」

「気になるなら、乱馬くんにも聞いてみなよ?」

「なっ…ちょっとさゆり、なんで乱馬が出てくるのよ」

「なんでって…当然じゃない。ねー、ゆかっ」

「うんうん。ファイトだぞ、あかね!」


「えー!?」




全っ然答えになってないじゃないのーっっ!ゆかとさゆりも意地悪なんだから。からかわれてるのは分かってるけどね…
でも、乱馬にかぁ。聞いてみるのは参考になるかもしれないよね、今夜あたり聞いてみようっと。あたしは自分の席に戻って、午後の残りの授業を受ける。隣の席の人物は気持ちよさそうに眠っていた。




「ふぁ〜…終わった終わった。帰るか」

「あんたねー、少しは真面目に授業受けなさいよ」

「あんだよ、体育は真面目にやってるだろ」

「体育だけでしょーが」




毎日毎日、乱馬は友達に会うことと体育をやるためだけに学校に来ているんじゃないかと些か疑問に思う。だってその証拠に毎日あたしのノートを写しに来るし。それが嫌なワケじゃないけど、やっぱり素直にはなれないから。
あたしは溜め息をついてカバンを持つ。今日の帰りは本屋さんに寄って行こうかな。




「?あかね、放課後どっか行くのか?」

「うん、ちょっと寄りたい所があるの。乱馬も来る?」

「え?…うーん……今日は金もねぇからいいや。腹減ったし」

「そう…」




乱馬とあたしは学校を出て別々の道へ。なんだか1人で商店街を歩くのは久しぶりかもしれない。
本屋さんを目指して歩いていると、何人もの人に『今日は許婚クンは一緒じゃないのかい?』なんて聞かれる。そんなに一緒にいる自覚はあまりなかったけど、周りの人は見てるものなのね。
あたしはやんわり今日は乱馬と一緒じゃないことを説明して、歩みを速める。

ちりりん、



「待つだシャンプー!おらの話を聞いてくれんかっ」

「……ちょっとムース」




突然後ろから抱き付いてきたムースを顎から一発殴って引き剥がす。いっそのことコンタクトにした方が楽じゃないかと思うんだけどな。
…そうだ、この際ムースにも聞いてみよう。




「天道あかね、何もいきなり殴ることなかろう」

「自業自得でしょ。それよりムース、聞きたいことがあるんだけど」

「…聞きたいことじゃと?」

「そう。あのね、何でムースは簡単に好きって気持ち、シャンプーに伝えられるのかなって思って」

「そんなの、シャンプーが好きだからに決まっとる」

「へ」




そんなあっさりした答えが返ってくるとは思わなかった。でもムースの性格を考えたら、納得はいく。そうよね、ムースは昔からシャンプーが好きだって言ってるみたいだし、シャンプーもだけど、中国の人って愛情表現がストレートな人が多いのかしら…。
ふむ、とどこか納得はいくものの、やっぱりあたしの中では"何か"が引っかかってる。




「昔からずっと、ずっとシャンプーを好いとるが…シャンプーはおらなど見ようともせん。だから気を引くために『好き』と、ハッキリ伝えるんじゃ。どんなに冷たい目で見られようとも、シャンプーの心の中に少しでも"おら"という人間がいることが出来れば、それで良いと思っておる。今は、な」

「…すごい、ね。なんかムースがカッコ良く見えるわ」

「おらはカッコ良いんじゃっ」

「フツー自分で言う?」




ぷっ、と互いに笑う。いつもふざけてるように見えるけど、真剣に物事を考えてるなんてすごい、と。心から思った。ムースみたいな考えをすることはあたしには難しいと思うけど。
出前があるから、とムースはまた自転車を漕いで街中に消えていった。
あたしも目当ての本屋さんに着き、物語や小説のコーナーをぐるりと一周見渡した。それこそ、ファンタジーから冒険もの、もちろん恋愛ものもみんな。ふと手に取った淡い黄色の装丁の本。パラパラめくると、それはとある女の子が恋をして奮闘する物語だった。



【恋をするのは楽しいけど、気持ちを素直に伝えるのは…こわい。仲がぎこちなくなったり、今みたいに話せなくなったら、私はどうしたらいいんだろう?行動しようと思うと、決まって私の心は不安でいっぱいになる。心が重くなる。恋をするのは楽しくて、苦しいもので、こわいものだって、初めて知った。】




目に止まったその文章は、まさに今のあたしの心情そのもの。
そうだ、あたしは"こわい"んだ。乱馬に気持ちを伝えたら、ちゃんと伝わるかな、受け止めてくれるかな、拒絶されたりしないかなって。本を開いたまま、泣きそうになってしまったあたしは本を元に戻してから本屋を出た。
どうして私はムースやシャンプー達みたいに気持ちを素直に言えないのか。それは意地っ張りだからって理由もあるけど…こわいから。臆病だから。自覚したら自分がとても情けなく思えて、家への足取りが重く感じた。




「おせーよあかね」

「乱、馬」

「…どした?」

「あの、…その、」




門の前で、2人で話をすることは何度もあるのに、今は何故かうまく話せない。何て言えばいいんだろう。いくら考えても言葉が浮かばない。好きなのに、伝えたいのに、こわくて言えない。
乱馬は?乱馬は、こわいとか、思うのかな?




「早く家ん中入ろーぜ。早雲おじさんが心配してるし」

「ら、乱馬!」

「ん?」

「そ、その…っ、乱馬は、簡単に『好き』って、言える?」

「はあ?なんだよいきなり」

「う……、じゃあ、やっぱり答えなくていいわよ」

「なんじゃそら」

「そんなに深く考えないで。この話はもうおしまい!」




…そこまで言って、自己嫌悪。またあたし、こわくなって逃げた。こんなんじゃダメなのに。さっきの本を思い出して、また視界がぐにゃりと歪む。
胸が苦しい。こわい。でも…好き。すき、なの、。




「…言っとくけどなー、オレは好きとか嫌いとか、大して重要じゃねぇと思う。まあ、根本的には重要なのかもしれねぇけど。……でも、気持ちを口に出せなくても、側にいたいと思ってる、って答えじゃダメか?」

「……」

「ったく、ムースと何かあったのかと思って一瞬心配したじゃねーか」

「なんでムースが出てくるの?」

「は?おめー、本屋に行く前に話してただろ」

「…あんた、あたしの後をつけてたのね?」

「え゛、いや、その、そ、そそそんなわワケねーだろっ!オレはさっさと帰ってきて道場にいたし!」




だらだらと汗を流して乱馬はしどろもどろ言葉を紡ぐ。ウソ付くの、相変わらず下手だなぁ。乱馬らしいっちゃらしいけど。
『好き』と伝えるには、口下手だから、まだ不安で臆病な恋心を、もう少しもう少し、育てていきたい。乱馬の言葉があたしの心を軽くしてくれたのは確かだもの。

明日になったら、あの本を買いに行こうかな。伝えられないもどかしさを、どう乗り越えたのか。ヒントと勇気を貰うために。




「ねぇ、乱馬」

「なっ…なんだよ」

「明日、一緒に本屋さん行かない?」

「…そこまで言うなら、行ってやってもいいけど」

「ありがと」




まずは深呼吸してみよう。
素直になるコツなんてわからないから、これからゆっくり探していけばいいよね。






end!
謝謝企画・グラポウさまへ!

繰り返す非日常的日々(乱あ)


乱馬がやって来てから毎日騒がしくってしょうがない。
乱馬に出逢う前が決して騒がしくなかったワケではないけど(毎朝グラウンドで男子と戦ったりしてたし)、なんていうか、あの頃のあたしにはそれが日常で、平和だなぁって思ってた。
今ではシャンプー、小太刀、右京が学校で乱馬に絡むのも、ムースや良牙くん、九能先輩が乱馬に勝負を挑むのも、八宝斉のおじいさんが厄介事を起こすのも日常茶飯事。
なびきおねーちゃんまで、『あかねやらんまくんの写真は以前にも増してよく売れる』なんて言い出すし。
今日もまた、そんな1日が過ぎていく。




「皆さんおはよーございまーす。出席取りますよーっ。…あら?天道さんと早乙女くんは?」

「ひな子先生、あかねと乱馬はいつもの事だから気にすることねぇよ。なー大介、ゆか、さゆり」
「うんうん」
「ひろしの言う通りね。先生、気にする事ないわよ」
「あの2人ならどーせ仲良く来るだろうし」

「そぉ?じゃー2人は遅刻…っと。悪い子ねぇ、学校に遅れるなんてっ」




キーンコーンカーンコーン、
チャイムが鳴ってあたしと乱馬は大急ぎで階段を駆け上がる。今朝は九能兄妹に加えシャンプーとムースが現れたせいでいつもより時間がかかってしまった。
でも、遅くなったのはそのせいだけじゃない。




「も〜!!乱馬が寝坊するのがいけないのよ!」

「何言ってんでぇ!あかねが走るの遅ぇからだろ!」

「あたしが起こしてもなかなか起きなかったくせに!今月に入って何回目だと思ってるの!?」

「あーわかったわかった、悪かったなぁっ!」




ガラッと教室を開けて、あたしと乱馬が中に入るとやっぱり好奇な目で見られる。
いつものことながら、なんとも言えないこの空気はすごく気まずい。黒板に文字を書いていたひな子先生は、あたし達を見てニッコリ笑う。




「おはよー早乙女くん、天道さん。遅刻はダメよ、廊下に立ってなさいっ!」

「げっ」
「…はぁ…」




机にカバンを置いて、廊下に立つ。何だかこうして乱馬と一緒に立たせられるのも久しぶり。遅刻の理由はあたしなりに納得がいかないけど、教室の音が遠く聞こえて、涼しい空間にいるのはとても心地良かった。きっとばだばた騒がしかったせいもあるんだろうな。
ちらりと乱馬を見ると、大きなあくびをして、まだ眠そう。




「ちょっと、立ったまま寝たりしないでよ」

「ああん?誰がするかっ」

「どーだか」

「可愛くねーなー」

「悪かったわね、文句言うなら明日からは自分でちゃんと起きなさいよ」

「そりゃー無理な話だ」




乱馬はあっけらかんとそう言った。無理?基本的に毎朝ロードワークしに行く奴が何言ってんの?矛盾してるじゃない。
あたしだって朝早く起きるのは辛いけど、昔からそれが日課になってるから起きられる。かすみおねーちゃんだって毎朝ずーっと一番早く起きて朝ご飯の準備してるんだから。
乱馬だって今までおじさまと暮らしていたなら、早く起きることなんて慣れたものでしょ?…あ、でも、ウチに来てからはそうでもないのかな。




「なんで無理なの?」

「なんでって…もー習慣付いちまったからなぁ」

「は?」

「あかねに起こしてもらうのも、毎朝走って学校行くのも日課、っつーかさ」

「日課って…」

「ま、走って学校行きゃートレーニングにもなるし、一石二鳥!ってな」

「そ…そういうものかしら」

「そーゆうもんだろ」




それがさも当たり前であるように乱馬は言ってる。毎日繰り返されることは、きっとこれからもずっとそうなんだろうって事?
どうしてそんなに自信が持てるんだろう。人生何があるかなんて、分からないのに。
手に持つバケツの中の水に、ぼんやり自分の顔が映る。考えてみれば乱馬と学校に行くのも、喧嘩をするのも、あたしの日課。乱馬と出逢ってから、確かに習慣付いたものが多くて何だか可笑しい。それだけたくさんの時間を乱馬と過ごしてきたってことなのかなぁ。




「早乙女乱馬ー!あかねくんと廊下で2人きりなどこの僕が許さーん!!」


「なっ、九能!?」

「九能先輩も廊下に立たされてたんだ…」




しゅたしゅたと九能先輩は水がたっぷり入ったバケツを両手に持ってこちらに向かってくる。ああ、こんな場面、乱馬が転校生として来た日にもあったわね…
乱馬は投げつけられたバケツをよけて、華麗に先輩の頭の上に立つ。




「いきなり何しやがんでぇ」

「でええいっ!貴様、人の頭の上に乗るなっっ!!」


「ちょ、乱馬!九能先輩!今授業中…っ」


「ふっ…案ずるな天道あかね。僕がいるからにはノープロブレムだ」

「のぉぷろぶれむ?テメーがいると問題ばっかり起こるじゃねーか!」

「何だと!?それは僕のセリフだ!」




あたしが止めるのも聞かず、乱馬と九能先輩はどかばきといつもの取っ組み合いを始めてしまった。こうなると手がつけられない。
溜め息をつくと、いきなり教室のドアが開いた。




「授業を妨害する悪い子はあなた達ねっ!」

「あ、ひな子先生…」

「いい加減にしなさぁい!八宝五十円殺ーっ!!」


「い゛!?」

「ち、力が…っ」




ズズズ…と2人は闘気を吸い取られて、どしゃりとその場に倒れてしまった。ひな子先生はアダルトチェンジして、何事もなかったように教室に戻って授業を再開する。
静かになって気が済んだのかしら、なんてね。




「おーい乱馬、らーんまっ、大丈夫?」

「…大丈夫に、見えるか?」

「そうね、見えないこともないかも」

「お前な…あー、まあいいや、手ぇ貸して。力入んねぇ」

「情けないわねー、時と場合を考えて行動しなさいよ。九能先輩ものびちゃってるじゃない」




あたしが手を差し出すと、乱馬はその手を掴んでゆっくり立ち上がる。ひな子先生にだいぶ闘気を吸い取られたせいかぐったりした様子で、乱馬はふらつく。
慌てて肩を支えると、乱馬があたしに寄りかかってきた。どきん、と、心臓が跳ねる。




「うー…わり、ちょっと寝かせて」

「は!?な、何言ってんのよ!起きて乱馬!離れ…っ」




すーすー聞こえる乱馬の寝息。夜更かしでもしたのかしら。いくら闘気を吸われたからって、こんな風に乱馬が眠ってしまうのも珍しい。とくんとくん、ゆっくりではあるけど、いつもより速い鼓動が聞こえる。これはあたしの心音?乱馬の心音?よく分からないけれど。
はた、と辺りを見渡せばまた静かな廊下がそこにある。でも背後にはちくちくと視線が集まっていて。




「乱馬も随分ダイタンな…」
「いいわね〜、2人とも仲がよろしくて」
「おのれ早乙女えぇぇ!!!呪ってやる呪ってやる呪ってやる〜っ!」
「おい五寸釘、ワラ人形なんか持って何してんだ?」
「んまっ、早乙女くんたら廊下で寝るなんて悪い子にも程があるわねっ」
「ちょおあかねちゃん!乱ちゃんのこと誘惑でもしよったんか!?」


「ゆ、誘惑なんてするかっ!これは乱馬が…」




ダメだわ、これ。もう何と弁解しようと通じないパターン。トホホと肩を落としてあたしはうなだれる。毎日こんな調子だもんね、『またか』って思うのは仕方ない。
乱馬があたしの"許婚"としてやって来てからそれはもう毎日騒がしくってしょうがない。
彼に出逢ったばかりの頃のあたしにとってはそれが非日常的で、鬱陶しいと思っていたけど、時を重ねていくうちにこれが日常で、平和なんだなぁって思うようになってた。
慣れって怖いな。




「ふふ」

「あかねちゃん?どないしたんよ、いきなり笑い出して…」

「ううん、なんかね…」




毎日こうして友達と騒いで、喜怒哀楽して、目まぐるしく変わる感情は忙しいけど、毎日充実してるんだなって。昔とは違う、何だか清々しい気持ちになる。
楽しいんだ。毎日が。




「すごく、平和なんだなあって思ったの」




こんな風に過ごせるのは、今ここにいる人達のおかげよ、って。あたしにとっての非日常は日常に変わる。青春してるってこういうことなのかな?
あたしが笑うと、クラスのみんなも笑顔になって。きっと思うことは同じなんだと実感した。昔と今は違うけど、感じる思いも変化するけど、まだまだ高校生活を楽しまなくちゃ損よね。
ぐっすり眠ってしまっている乱馬を見て、あたしはもう一度微笑んだ。

─こうして今日も、"いつもの"1日が過ぎていく。─






end!
謝謝企画・乱音さまへ!

主導権の行方(乱あ)


日差しが暖かい。…むしろ暑いくらいに。縁側でごろんと横になると、スッと吹く風が気持ちいい。
あー…平和だ。
こんなに静かな1日は初めてじゃねぇか?




「あかね」

「なぁに?」

「眠い」

「じゃあ眠ればいいじゃない。今日はみんな出掛けちゃったし、猫飯店の3人も中国に一時帰国してるし、右京も出稼ぎに行ってて、久能先輩と小太刀は大会だって言ってたから…のんびり過ごせるでしょ」

「まあ…な」




今日は機嫌が良いのかいつもと同じ可愛げのない言葉も、言い方がなんだか柔らかく思えた。
けど、いつも騒いでいるせいか落ち着かない、気がする。
そうだ、だって今、2人っきり…じゃねーか!?しかも邪魔者っつー奴はみんな居ないし。




「?乱馬、どうしたの?」

「べ、べべべ別に…どうもしねぇよっ」

「眠らないならケーキでも食べる?かすみおねーちゃんが焼いていってくれたんだ」

「ケーキ!?かすみさんの手作りなら食うっ!」

「あんた遠回しにあたしをバカにしてるでしょ」

「さーなぁ」

「ったくもー…」




あかねは立ち上がって台所へ向かった。しばらく経つとふんわり、ほろ苦いコーヒーと甘いシナモンの香りが部屋に漂ってくる。
昼飯も結構食ったのに、また腹が鳴りそうだ。あかねが戻って来ると、手に持つ盆の上には香りと同じコーヒーの入ったカップとケーキがのっている。




「うまそーだなーっ」

「シフォンケーキですって。まだ残ってるけど、あんまり食べ過ぎないでよ?」

「分かってるって。いっただきまーす!」

「ほんと単純なんだから…」




呆れるあかねをよそに、オレはケーキをぱくりと食べる。甘さが口いっぱいに広がって、なんだか幸せな気分になるんだよな。いつも甘いものは喫茶店とかで女になって食ってるから、男の姿のままで洋菓子を食べるなんて久しぶりといっていい。
あかねもテレビを見ながらゆっくり食べ進めている…が、先に食い終わったオレはやっぱり物足りなくて。台所に行くのもぶっちゃけた所、めんどくさい。まあ今はいいか。
そう思ったオレはコーヒーをすすった。




「乱馬、」

「ん?」

「あたしのケーキ、食べる?」

「は…?なんで?いらねーのか?」

「んー…そういうワケじゃないんだけど、ね」

「?なんだかよく分かんねーが、貰えるなら貰うぞ」

「ホント?」

「ああ。…、ん?」




はい、と目の前に差し出されたのはケーキの皿…ではなくて、あかねがケーキの一口分を取ったフォーク。
─つまりは、だ。




「はい、乱馬。あーんして?」

「ぶっっ……っな、え、何、は、はあぁ!?」




夢?これは夢なのか?あかねがこんなことするなんて!
オレは真っ赤になって口をぱくぱくさせる。いやいや、おかしいだろう。落ち着けオレ。都合の良い夢でも見てんだって。
自分にそう言い聞かせても、どっくんどっくん心臓が煩い。家の中にはオレ達以外誰も居ないし、さっきあかねが言ったように今この空間を破壊するような邪魔者はどこにもいない。『据え膳食わぬは男の恥』、親父の言葉が浮かんできたからオレは頭をぶんぶんと横に振った。
あかねはきょとんとしたままこちらを見ている。




「ほら乱馬、あーん」

「あ、あ、あのさ…っ」


「…やっぱり、嫌だよね?ごめん、じゃあ今のナシっ」

「ん゛?今のナシ、って?あれ?え?」


「もー、やっぱりひろしくんと大介くんの言う事ってあんまり信憑性ないのよねー」




あかねは何事も無かったように再びケーキをぱくぱく食べ始めた。…ケーキはオレにくれるんじゃなかったのか、お前。オレは心底残念がってるのがバレないよう、またコーヒーをすする。
何だったんだよさっきのはっ!?ひろしと大介って…あいつら一体あかねに何吹き込みやがったんだ。




「……何聞いたんだ?あいつらから」

「え?…ふふ、秘密」

「おまっ‥わ、笑ってんじゃねーよっ!」

「だ、だって乱馬っ…、あははっ、顔真っ赤〜!!」

「うーるーせーっっ!!」




きゃいきゃいはしゃぐあかね。そんなにオレが可笑しいか、こんにゃろ。あんな事されたら嫌でもドキドキするに決まってんだろ!いつもはオレがあかねをからかう立場だからか、逆にからかわれるとなんだかすっげー悔しい。
さっきのあかねはいつも以上に可愛くて、くらくら眩暈がしそうだったのに今はどうだ。恥ずかしさからくる苛立ちがこみ上げる。




「ね、ドキドキした?」

「うっせぇ」

「じゃー、あたしに食べさせてもらいたかった?」

「ばっ…〜〜っっ!」


「…え、ホントに?」

「う…っ、うるせぇよっ」

「へー、そっかぁー」




嬉しそうな顔をして、あかねはもう一度『ごめんね』、と言った。
ずりぃよな。どんなに苛立っていてもあかねが笑ってると、ごくたまに素直だと、オレの中の負の感情が消えていく。それが計算なのかそうじゃないのかは分からないけど、鈍いあかねのことだから自分ではそんな意識がないのかもな。
2人きりっていう状況なのに、オレはまるで意識されてねぇっつーかナメられてるっつーか…。




「お前さぁ…頼むからもーちょっと警戒心を…」

「乱馬みたいないくじなしは怖くないもん」

「オイ」

「……ひろしくんと大介くんから、乱馬は何をしたら喜ぶか聞いたの」

「は?だ、だからさっきの…」

「うん。乱馬は嫌がるんじゃないかって思ったんだけど…そうでもないみたいね」

「‥ばーか」




誰が嫌がるか。むしろ驚いてたんだっつーの。ひろしと大介の奴、余計なこと言いやがって。休み明けに学校へ行くのが憂鬱でしょーがねぇ。
家族は未だ帰って来ない。このシチュエーションで何もしないのは勿体ない、けど。




「そーだ乱馬、夕飯作るの手伝って」

「はあ?お前…悪魔か」

「なによー、そこまで言うことないでしょ!」

「言いたくもなるっつーの」




やれやれと立ち上がり、あかねについて台所へ向かう。面倒だけど食えるものを作らねーと命にかかわるからな。以前に比べて隠し味を入れたがらなくなったのはいいけど、まだまだ危なっかしいし。
からかってからかわれて、ムキになって張り合って、いつもより意地悪だけど憎めない。ずりーよな、この小悪魔がっ。




「あかね、サラダ油取って」

「えーっと…はい」

「…ちゃんと見ろって。これ油じゃなくて料理酒だから」

「あ、あはははー」

「やる気あんのかお前はっ」

「なっ、あるわよ!あるに決まってんでしょ!!なかったら乱馬に頼んだりしないもん!」

「え」

「あ」




あかねは真っ赤になって口を抑えた。今更恥ずかしがっても意味ねーだろって。あかねからの信頼が素直に嬉しかった。
やっぱりあかねがオレより優位な態度を取るのは似合わねぇよな?




「そこまで言われちゃー、仕方ねーな」

「〜っ…」

「くくっ…ほら、みんなが帰って来る前に早く作っちまおーぜ?」

「う…うん、…もー笑わないでよ乱馬!」

「そんなのお互い様だろ」




こんな風に過ごせるのも2人きりだからこそ。大切にしたい時間は、いくらあっても足りない。
何だかんだ言ったって、好きなもんは好きだから、どんなあかねでもオレにとっては"あかね"なんだ。……ん?なんか頭ん中がこんがらがってきたけど。まあそういうワケで。
可愛くねー許婚との夕飯作りは、あかねじゃなくオレが優位な立場で無事に作る事が出来た。




「これならちゃんと食えそうだな。やっぱり、お前にはオレがいねーとダメだろ?」

「な、…か、勝手に言ってればっ」







end!
謝謝企画・なつみさまへ*
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