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I dedicate to you a love everlasting.(東か)


頼りなく見えるかもしれないけれど、本当はとても頼もしいの。
ふと見せる表情はとても幸せそうで、なんだかこっちまでくすぐったくなるような気がする。夏の日差しに目を細めて、彼と二人、並んで歩くようになってどれくらい経ったでしょう?
私と、東風先生がお付き合いを始めたのは丁度あかねと乱馬くんが高校を卒業した年だから…5年くらい前になるかしら。あかねと乱馬くんは正式に婚約をして、なびきも仕事で立ち上げた事業が軌道に乗ったところで、学校を卒業しても私達姉妹は今も変わらずあの家で賑やかに暮らしている。
今日は日が暮れる前にと、久しぶりに東風先生と一緒に海へ来た。家族とじゃなく、恋人と来る海は初めてで、隣を歩く東風先生の横顔をちらりと見てはどきどきして落ち着かない。
それでもやっぱり、嬉しいって思うわ。



「おや、かすみさん、何かいいことでも?」

「……東風先生には秘密です」

「それは残念だなあ」



さりげなく手を握られて、ただただ砂浜を歩く。いつもなら自分から手を繋ぐことはないのに、東風先生も少し浮かれているみたい。でもそれが嬉しくて。
何かを語る訳じゃない。思い出したかのように、読んだ本の内容とか、天気とか、景色とか、些細なことをぽつりぽつりと話すだけ。何をするでもない。二人で一緒にいることが出来れば、それでいいの。言葉がいらないということではないけれど、こうして触れて、笑いあえていることは幸せだなって感じがする。おとうさんとおかあさんも、こんな風に二人でデートに行ったりしていたのかな。それはきっと幸せなひとときだったのだろうなって。



「…この海、毎年家族と来ているんです。あかねと、なびきと、乱馬くんたちと、おとうさんと、……おかあさんと」

「……。」

「だから、ここには素敵な思い出がたくさんあるんですよ。……今日、あなたと一緒に来れて良かった」

「――あの、かすみさん!」

「はい?」



波のさざめきが心地よく聴こえてくる。少し傾いてオレンジ色の光を増した太陽が水に反射して、とても綺麗な光景。
立ち止まって隣を見上げると、繋いだ手をぎゅっと強く握られる。ちょっと緊張しているように見える東風先生は、少し昔の、会う度にいつも面白いことをしている姿と重なって見えた。だけど、どこか真剣な眼差しに見つめられた。
高校生だった時はあかねの付き添いで接骨院に行くことが多くて、若先生だった彼は大人で、社会人で。高校を卒業して家事をやるようになってからも、私は私が大人になったという実感は持てずにいた。お酒が飲めるようになっても、妹たちが大学生になっても。周りからはしっかりしてると言われているけど、本当にそれが正しいのか、判断できない。
私は、東風先生にとって、もう子供ではないですか?
大人に、なれていますか?
誰にも聞けない言葉を、彼はいつも掬い上げて聞いてくれる。
そんな東風先生だから、惹かれたのだと思うの。


「ぼくは……頼りないかもしれないけど、あなたとこうしていられるだけで幸せなんです。でもね、いつかまた二人でここに来るときは、今よりもっと幸せになっていたらいいなと、思うんだ。だから……ぼくと、家族になってくれますか?」


明日も、明後日も、これから先の時間を、あなたの隣で過ごせる権利は、何物にも代えがたい。
おとうさんとおかあさんみたいな二人に、私達もなれるかしら?
お互いに分からないことはまだまだ沢山あるかもしれない。それでも私の思いを汲み取ってくれる東風先生が側にいてくれるのなら、彼が抱えているものを私も受け止めていきたい。支えになりたい。これから先の未来を、一緒に過ごしたい。自然と溢れ出す涙で言葉が出てこなくて、返事の代わりに微笑んだ。
あなたとなら、生きていけるの。
東風先生じゃなきゃ駄目なの。



「……これからも、あなたと一緒にいられるなら、私は幸せです」

「……うん。ぼくもだよ。…ありがとう、かすみさん」



そっと掌に載せられたシルバーリングと、夕日が反射してきらめく海が眩しくて、大きな手が私の肩を抱く。
少しずつ少しずつ、縮めてきた距離が0になる。
あなたと家族になれるのなら、どんなことも乗り越えていけるから。
多くの言葉はいらないから、あなたの笑顔と温もりをください。




end
感謝企画/桜愛さまへ

なんともない日(乱あ)


擦り傷、切り傷、打撲に捻挫。
骨折だってたまにする。
どーせすぐ治るし、大ケガしてもまあそんなに大事には至ってないし、気にしてはいなかったのに。



「あんたって人はホント生傷が絶えないわね…少しは懲りなさいよ」



そんなこと、初めて言われた。
今まで誰も気に留めなかったんだ、ケガをするのはまだまだ未熟な証。もっと延びしろがあるって。だから自分の身体を叱咤して修行してきたんだ。
でも、あかねは違う。オレがケガをすると辛そうな顔をする。泣きそうな顔をする。
いつも笑っていてほしいのに、なかなか上手くはいかなくて。



「…よくわかんねー」



どうして、ケガをしたオレ自身よりこいつは悲しそうな表情をするんだろう。
心配なんかいらねぇって、いつも言ってんのに。



「あたしがどんな表情してようと、乱馬までそんな顔しなくていいよ」

「え?」

「あんたは分からなくていいの」

「なんでだよ」



オレの腕に包帯を巻き付けながら、あかねは顔を上げる。怒ってるのか泣いてるのか、それとも笑っているのか、感情が全く読み取れない。
ただ真っ直ぐ見詰められて、何だか居心地が悪い。
後ろめたいことなんてないはずなのに、妙な焦りが生じる。



「……どうせ、乱馬には何言っても聞かないもん」

「…そ、そんなこたねーだろ」

「そんなことあるから言わないのよ」

「んなっ」



人を馬鹿にしやがって、なんてぶつぶつ呟いていると、あかねは微笑うんだ。
慈しむような表情で。
別にあかねが素直になった訳ではないし、オレだって意地を張っていることには変わりないのにドキドキしてしまう。
女の子じゃなくて女の人に見えてくるから不思議だ。



「あんまり大きな怪我じゃなくて良かったわね。念の為に東風先生のとこでも行ってきたら?」

「いーよんなもん、めんどくせーし」

「本当に、大丈夫なの?」

「え、ああ。大丈夫」

「無理とかしてないわよね?」

「してねーけど…何、お前がそんなに心配するなんて珍しいな」

「……」



本当に珍しい。反論もしてこねえ。拍子抜けもいいとこだ。
また俯いたあかねをそうっと覗き込むと、顔を見るなとばかりに手で頬を押される。…ビンタされるかと思った。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、いつもと様子の違う許嫁に溜め息を吐く。



「あのさ、何かあったのか?」

「何も、ないわ」

「あ…そ」

「うん」



何もない、ね。
そう虚勢を張るのもこいつの癖だと最近やっとわかるようになってきた。
側にいられることと側にいることは同じ意味のようで少し違うこともわかってきた。
初めてあかねに逢った頃より成長したよな、。
自分でうんうんと頷いていると、ふとしたこいつの表情や仕草を気にかけるようになっていることにも気付いて気恥ずかしくなる。



「〜…その、さ」

「?」

「オレは何ともねーから安心しろ」

「…何よ、急に」

「だっだから何も…何ともねえって言ってんだ!」

「怪我のこと言ってるの?それなら大したことないってわかってるわよ」

「あっそ。ならいーけど」



うそつけ。
震える手でオレの手当てをしながら涙目になってるあかねは何度も見てきた。心配かけてんだなって、その度に反省したんだ。
どんと軽く背中を叩かれたかと思ったら、もういつものあかねがいた。



「ねえ、今日の夕飯、カレーでいい?」

「え。まさか…お前が作っ…」

「てないわよ。どおせあたしが作る料理はまずいですよーっだ」



フンとわざとらしく拗ねたような口調が可笑しくて、オレは思わず吹き出した。
ダメだ、全くなんなんだこいつは。
これだから本当に、見ていて飽きない。
堪らず笑いだしたオレを睨み付けるあかねはちっとも怖くない。何もない日、何でもないこんな一時にただただ、思うのは。



「お前、ほんっとかわいくねえ」

「なっ何よ!笑いながら言うことないじゃない!」

「ふはっ、あははっ!ダメだ、笑いすぎて腹痛ぇ」

「ら〜ん〜ま〜!」



"誰よりも愛おしい"
─その一言に尽きるのだろう。






end

Happiness Psychology(りん桜)


真宮桜がすきだ。
もちろん、友達としてだけじゃなくて。
いつまでもなかなか縮まらない距離が歯痒く、一歩踏み込めない自分が情けない。何度そう思っただろうか。



「六道くん、もう放課後だよ。今日は依頼きてた?」

「あ…いや、まだ、これから百葉箱を見てくる」

「そっか。じゃあ私も行っていい?」

「…ああ」



2人並んで廊下を歩き、他愛ない話をする。この学校にオレが登校し始めた頃に比べると、もう生徒には見慣れた光景になったのか、周囲の視線はさほどない。
今日は十文字も鳳もいないし、架印やくそおやじも奇襲してこないし、平和な1日だ。
隣を歩く真宮桜は、今何を考えているのかさっぱりわからない。好奇心で仕事を手伝ってくれているのか、同情か。
…オレだからか?
依頼があってもなくても、真宮桜は暇さえあればオレの所に来てくれることが多いと感じるのは気のせいではないはず。
そんな甚だしい自惚れも、曖昧な関係である証拠なのかもしれない。



「依頼あるといいねー」

「そうだな」



もう毎日繰り返しているこの会話。誰にも邪魔されないこの時間が幸せでもある。
真宮桜のペースに合わせて歩くのも随分慣れた。
自分以外の誰かが側にいてくれることなんておじいちゃんが輪廻の輪に乗って以来だったし、女子の歩く速さが自分より遅いことも知ったし、幽霊の見える奴がこの学校にいたことも知った。
高校生になって、彼女と出会って、大切なものが出来た。



「だいぶ寒くなってきたけど、クラブ棟に住んでて大丈夫?」

「…コタツの電気は絶たれたが、なんとか生きてる」

「うわあ…」



羽織りだけではなくコタツ布団を使えばなんとか寒さは凌げる、と思う。あとは六文を抱っこしてカイロ代わりにするしかない。
今夜も冷え込むかと思うとあの寒さを思い出してぞわりと鳥肌が立った。
首に巻いたマフラーに顔をうずめて、ふと気付く。



「でもまあ、…このマフラーもあるから平気だ」

「…え」



真宮桜がオレに編んでくれたと思うだけで嬉しくて幸せで、心が温かくなるから。
自分で言っておきながら気恥ずかしくなって、隣を歩く彼女の顔が見れない。何だか気まずい空気のまま校舎を出る。
靴を履き替えて真宮桜を待っていると、ひやりとした手がオレの手を掴んで引いていく。前を歩く真宮桜のおさげが揺れ、今何が起きているのか懸命に頭を働かせた。



「…お、おいっ」

「早く行こう、六道くん。誰か依頼してるかもしれないよ」

「そ、そうではなくてだな」

「雪も降ってきそうな天気だから急がないと、」

「待っ…おい、真宮桜!」

「──っ」



こちらを向いた真宮桜はいつもと変わらない表情のようだったが少し頬が赤みを帯びていて。
繋いだ手はすっかり熱くなっていた。



「あの、」

「…六道くんが、寒そうだから」

「え?」

「こうしたら、あったかくなるかなって」



真宮桜はそう言って繋いだままの手をぎゅっと握る。
身長差で自然と見上げられ、オレは体温が一気に上昇するのがわかった。心臓が早鐘を打ち、もう何がなんだかわからなくなる。
何も言えず口をパクパクさせていると、また急かすように彼女は腕を引いて歩き出した。
今度は手を繋ぐだけではなく、腕を組んで、だ。



「…な、ちょ…ま、まみ、」

「私も寒いから、もう少しだけ…いい?」

「っ…わ、わかった…」



本当に適わない。
そんなことを言われたら期待するしかないじゃないか。
マフラーでも、赤くなった顔は隠せない。真宮桜に対する想いだけがただただ募っていく。
繋いだ手より、組んだ腕より、心が温かくなる。苦しいくらいの幸せが切なくも嬉しい。こうして側にいてくれることが、この上なく嬉しい。



「ねえ、六道くん?」

「…なんだ」

「そのマフラー、使ってくれてありがとう」

「………」



にこっと微笑む彼女にまた鼓動が大きな音を立てる。
こんなにも愛しいと想う気持ちを、いつかちゃんと伝えたい。まだ不甲斐ないオレだけど、側にいさせてほしいから。



「後で何か温かいもの買ってくるよ」

「…オレもついて行っていいか?」

「!…うん、嬉しい」



─それに、この世界で独りだったオレを見つけてくれた彼女はやっぱり特別な存在であることに変わりはないんだ。





end
相互御礼/夕夏さまへ!

baby's-breath(天道姉妹+乱)

※かすみ視点


とくん、とくん、とくん、
小さな鼓動が聴こえる。
大切な大切な新しい命が生まれてくるのを、沢山の人が待ち遠しく思っているの。



「あ、今ぽこんってお腹蹴ったよ!」

「うわ、マジだ…」

「予定日がここ2、3日だから、早く出たいって思ってるんじゃないかしら」

「違うわね。きっとあかねと乱馬くんがうるさいから静かにしろって怒ってるのよ」

「もぉなびきおねーちゃん!」

「そんなにうるさくしたつもりはねーぞっ」



真っ白な病院のベッドで少し身体を起こしたまま、いつもの和やかな風景に私は目を細めた。
大きくなったお腹を撫で、なびきとあかね、乱馬くんがこうして側にいてくれることはこんなにも心強く思えてくる。
お父さんはおどおどして落ち着かないから逆にこっちが心配してしまうけれど。私達姉妹3人が生まれてくる時も、毎回あんな感じだったのかなと思うとなんだか可笑しい。



「…なんか、かすみおねーちゃん…本当に"お母さん"になるんだね」

「確かに。今までもおねーちゃんは家の母親みたいだったけど」

「ふふ、まだまだ私達のおかあさんには適わないわよ。…でも、うん、そうね。おかあさんみたいなお母さんになれたらいいわね」


「へー、じゃあ天道家のかーちゃんってかすみさんにそっくりなのか?」



乱馬くんの問いにあかねは数少ない思い出を探っていたけれど、私となびきは顔を見合わせた。
私達のおかあさんは、いつも笑顔でいて優しくて、ちょっと不器用で気が強い所もあるけど何事にも一生懸命で、怒る時には怒って、泣きたい時に泣かせてくれて、厳しい一面もあったけれど、沢山の愛をくれた。
姉妹みんながおかあさんの性格を引き継いでいるとは思うけど、一番似ているのはきっと……。



「あかね、よ」

「あー…そうよね、あかねだわ」

「え、え?あたし?」

「見た目は親子だから似るのは当然だけど、結構性格も似てるんじゃない?」

「きっと、あかねちゃんがお嫁に行く時はお父さん大泣きね」

「そ、そう、かなぁ」


「?でもあかねは結婚してもずっと家にいることになるんじゃねーの?」


「えっ、」
「まあ…」
「へえ?」


「え……あ゛!?いや、そのっ、別に深い意味はなくてだなあ!」



顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振る乱馬くんと、同じように真っ赤になって『わかってるわよ!』と意地を張るあかね。微笑ましい2人を眺めるのはとても楽しくて、嬉しい。
おかあさんもこの光景をどこかで見守っていてくれたらいいなと思う。
私はずっと、おかあさんの代わりに家族を守らなきゃと責任感に囚われていたけれど、あかねもなびきもしっかり者だから逆に助けてもらうことも多かった。家族って助け合いながら絆を深めていくものなのね。



「乱馬くんとあかねちゃんが祝言を挙げるの、お父さんだけじゃなくておばさま達みんなが楽しみにしているわよ?」

「そーよそーよ、早くプロポーズしなさいよね乱馬くん。あかねだって待ちくたびれちゃうっつの」

「なっ、なんでそんな話になるんだよっ」

「あああああたしは別に待ちくたびれてなんか…!」

「え」

「な、何よっ!」

「…あーあ、まったくバカップルは見てらんないわ」

「ふふ、ホントね」



でも、早く2人が形だけの許婚ではなくなることをみんなが望んでいるのは確か。あかねは意地っ張りだけど優しくて一生懸命な子だから、乱馬くんにはあの子を幸せにして欲しい。
もちろんなびきも、仕事ばかりじゃなく自分を大切にして、それを分かってくれる素敵な人と一緒になって欲しい。
私は結婚して、子供が出来て、こうしてみんながいてくれて、今とても幸せだから、お腹の中にいるこの子もきっと幸せな人生を歩めるんじゃないかと思うわ。



「ねぇ乱馬くん、あかねをよろしくね」

「えっ!?あ、えーと……はい」

「ちょ、ちょっと乱馬っ」

「あら、じゃあ近いうちに祝言挙げる準備しないといけないわね…予算とか決めないと」

「なびきおねーちゃんまで何言ってるのよ!」



大切な妹のためですもの、少しでも後押し出来るなら力になるわ。きっとお腹の子も私と一緒に応援してくれてる。
早く会いたい、みんなあなたを待ってるのよ。
そっとお腹を撫でると、またぽこんと蹴られる。その元気な証がとても嬉しい。



「あのね、私、なびきとあかねのお姉さんで良かったわ」

「…急にどーしたのよ、おねーちゃん」

「あ、あたしも!かすみおねーちゃんがおねーちゃんで良かったよ!」



おかあさんがいなくなってもあまり泣くことがなかったのは、なびきとあかねという妹の存在があったから。
お互いにコンプレックスもあった、ケンカをすることだってあった。それでもやっぱり姉妹だから、大切に思うことに変わりはなくて。
自分を受け入れてくれる人がいるだけで強くなれる気がするの。



「ありがとうね。なびき、あかね。乱馬くんも」



お腹の子が産まれたら、きっともっとみんなの笑顔が増える。…そう考えると、赤ちゃんはとてもすごい魔法を持っているみたい。
この大好きな家族の笑顔が、出産の不安も拭い去ってくれるから、頑張ろうって思える。
おかあさんも、私達を産む時はこんな気持ちだったのかしら?



「じゃああたし、飲み物でも買ってくるね。おねーちゃん達飲みたいものある?」

「私はお茶でいいわ」

「あたしレモンティー」

「オレは…まーいいや、自分で選ぶ。どっかの不器用女には持ちきれないだろーし」

「飲み物4人分くらい1人で持てるわよ!」

「どーだか」



病室を出て言い争いながらもあかねを気遣う乱馬くんは、初めてうちに来たときに比べると随分大人になった気がする。もちろんあかねも昔見た写真に写っていたおかあさんに似て大人びてきた。
なびきは私のお腹を触ると、不思議そうに首を傾げてから私を見て可笑しそうに笑う。



「この中に赤ちゃんがいるなんて、人間ってすごいわよね」

「そうね。なびきもおかあさんのお腹の中にいたのよ」

「あたし小さかったから覚えてないけど、おかあさんがあかねを産む時って今のおねーちゃんみたいな感じだったんだろうなって思ったわ」

「…自分じゃよくわからないけど…でもね、今とても幸せよ」

「うん、そんな風に見える」



ゆったりと流れる時間。
他愛ない話をして、お腹の子が産まれてからの未来を想像して、生まれてくる日が待ち遠しいねって笑う。
私はこれから先もずっと、大切な家族と共にありたい。
おかあさんみたいなお母さんになれますように。



「なんかさ、きょーだいっていいな」

「でしょ?乱馬は一人っ子だものね。おねーちゃん達とはケンカすることもあるけど…やっぱり家族だから、大切なことには変わりないのよ」

「あかねと結婚したら義姉が2人…あ、義兄の東風先生もいるから3人もきょーだい増えるのか」

「…あんたそれわざと言ってる?」

「子供は絶対1人以上だな、うん」

「かっ勝手に話進めないでよー!」



─可愛い姪っ子と甥っ子が見れる日も、そう遠くはないはずだから。





end
20万打企画/綾香さまへ

Desireに溺れて(九な)


いつも同じ表情、態度、あまり変わらないそれはとてもつまらないものだった。
だからほんの好奇心。好奇心で、ぼくは彼女の肩に手を─…



「ちょっと、気安く触らないでよ九能ちゃん」

「…すまん」



パシッと払いのけられた手をさすり、天道なびきを見る。
彼女は数字の書かれた紙を眺めてニヤリと笑ったかと思えば、ぼくの目の前に写真を突きつけてきた。
あかねくん、おさげの女、あかねくん、おさげの女…!!手を伸ばすが写真には届かず、天道なびきがいつものように手のひらを出して代金を請求してくる。
もう何度したかわからないこのやり取りのおかげで、値段の相場はだいぶ分かってきたが。



「1500円ってところかしらね」

「相変わらず写真の腕はいいな」

「アンタに褒められても嬉しくないわ」

「ふっ、照れ隠しか」

「んなわけないでしょ」



何も即答するほどのことではないと思うが、天道なびきには天道なびきなりの基準とやらがあるらしい。誰からも一定の距離を置いた生き方は、たまに彼女を孤独に見せる。
信じているものは金、か。
本当に不思議な女だ。



「貴様のような女が男にモテるというのが未だに信じがたい」

「そう?みんなあたしの上辺しか見てないだけでしょ」

「…確かに、そのがめつい性格はすぐ気付けんだろうな」

「うっわ、それこそ顔と財力だけの九能ちゃんに言われたくなーい」

「なっ、ぼくは剣道の腕前も一流だぞ!」

「アンタは女に対して不誠実なのよ」

「ぼくは紳士だ!」

「自分で言う?」



そりゃあ、あかねくんとおさげの女どちらか選べと言われても選べないけれど。
彼女達を想う気持ちに偽りなどない。
何故か今まできちんと"お付き合い"というものはしたことがないぼくではあるが、女性に対する振る舞いには気を配っているつもりだ。



「そういう貴様こそ、彼氏などおらんのだろう」

「そうね、一昨日別れたし」

「!?な、かっ彼氏がいたのか…!?」

「あたしは九能ちゃんと違って色んな経験してんのよ」

「む…」



まさか天道なびきが交際経験有りだとは思わなかった。
こんな奴でも男との交際が成り立つのか、という驚きと、なんだか自分より大人なイメージがついてとても違和感がある。
そもそも交際をして何をするのか、具体的な内容は浮かばない。
デートをして手を繋いで、一緒に飯などを食べ、遊園地に行ったり映画を観に行ったり?好きな女子と行きたい所は沢山あるが、ただそれだけでは何かが違う気がした。



「あ、キスもしたことないようなお子様相手にムキになることないわよね。ごめーん」

「キ、キスくらいならぼくだってしたことあるぞ!」

「へえ。地面?写真?」

「おさげの女とだ!」

「なによ妄想じゃない」



何故バレた。いやいや、そうではない。確かに妄想だが、キス寸前まではいったことがあるぞ!…なんて胸を張れる話ではないか。
ふうと盛大に溜め息を吐く天道なびきはぼくをじっと見て、また溜め息を吐いた。
そんなに溜め息を吐くことはないだろうと思いながらも返す言葉が出ない。愛する女子に対する言葉ならすぐ出てくるのに、目の前の女は彼女達と全く違うタイプだから難しい。



「ねえ、写真買うなら早くお金出しなさいよ」

「…本当に守銭奴だな」

「さっさと財布寄越しなさい」

「あ、こらっ!」



懐から出した財布をパッと取られ、天道なびきは慣れた手付きで札を抜き取る。毎度行動が読めなさ過ぎて、ぼくはこうしていつも振り回されてしまう。
こういう奴だとわかっているのに、何故か彼氏はすぐ出来るし、金回りはいいし、…あかねくんの姉だし、どう扱うべきか未だに掴めずにいる。一体何がしたいのか。



「九能ちゃんさー、あたしの扱いに困ってるでしょ」

「……まあな」

「ならいいわ」

「は?」

「その顔が見たかったの」

「か、お?」



ますます訳がわからない。
ずいと顔を近付けられて思わず後ずさると、天道なびきの人差し指がぼくの唇に触れる。
あまりに突然のことに心臓がばくばくと煩い。ニヤリと微笑った彼女の顔が、今まで見たことがないくらい妖艶で。
思わずその腕を掴んだ。



「あたしのことで困ってる九能ちゃんは好きよ」

「な……」

「その表情はあたししか知らないもの」

「貴様は…本当にタチが悪いな」

「あら、今更?」

「まあ、おあいこだろう?」



挑発するような視線、引き寄せられるように交わした初めての口付けは一種の毒薬のようにどろりと甘い。
いつも同じ表情、態度、あまり変わらないそれはとてもつまらないものだが、ぼくにしか見せない艶やかなその表情は、確かに好きかもしれないな。
だからほんの好奇心。好奇心で、ぼくは彼女の腰に手を回して抱き締めた。

天道なびきの不満気な表情に欲情した、なんて笑える話だ。





end
20万打企画/たかみさまへ
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