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ハルカゼ注意報(乱あ)


素直になれないもどかしさ。
一緒にいたいって思うのに、気付いた時には傷つけてしまうこともある。

オレはしょーもない男だよな。どうしてシャンプーやウっちゃんや小太刀から好かれんのか分からない。イケメンで強いってことは認めるけど。
…なんて言うとあかねから平手打ちくらうんだよな。すっげー痛いやつ。
今日も今日とて、あかねは先に帰っちまった。こんな性格だから、オレだっておだてられりゃ調子に乗るし、売られた喧嘩は買う。でも、あかねを怒らせたい訳じゃないんだ。




「乱馬くん、まーたあかねと喧嘩したんだって?」

「…うっせーなぁ。ほっとけ」




居間に行って座ると、なびきがからかうような口調で話し掛けてくる。大方、仲介料でも取る気なんだろう。
…夕食時になっても、あかねは2階から降りて来なかった。ちくちく刺さるみんなの視線を無視して、オレは奥歯で白米を噛み潰しながら、ゆっくり今日の出来事を思い返す。
シャンプーとウっちゃんの手料理対決でまた教室が半壊した、くれぇだったよな?いつものことだから、とあっけらかんに言ったオレに、あかねが凄く怒ってたような気がする。バカだのアホだの女たらしだの優柔不断だの問題児だの、好き勝手言いやがって。
確かにオレも軽率だったかもしれねぇけど、そこまで言うこたねーだろ。あかねの奴っ。




「乱馬、何をしたか知らんがさっさとあかねくんに謝って来んか」

「なんでだよ」

「どうせまたお前が何かしたのだろう?」

「何もしてねーよ!大体、教室半壊したのはシャンプーとウっちゃんが…」

「あー…、そりゃあかねも怒るわね」

「え?」

「そおねぇ…。あかねちゃん、大丈夫かしら。私ちょっと見て来ます」
「あ、おねーちゃん。あたしも一緒に行くわ」




どおゆーことだ?なびきとかすみさんがあかねを慰めに行くって相当なことじゃ…?
嫌な予感にぞくりと悪寒を感じてゆっくり振り向けば妖怪化したおじさんが、どんどろどろと効果音が聞こえてきそうな勢いで迫ってきた。




「ら〜ん〜ま〜く〜ん!?一体どぉいうことだい!!?」

「お、落ち着いてよおじさん」

「天道くん!すまないうちのバカ息子がっ」

「いでっ」




ごち、と床に頭を押さえ付けられたと思った途端、身体が浮いて廊下に投げ出される。
ひんやり冷たい床に一瞬たじろいだ。




「今すぐあかねくんに謝って来い馬鹿者!」

「いきなり投げんなくそおやじ!」

「早く行けっ」

「…わ、わーったよ」




ぶっちゃけ、あかねがいつも以上に怒る理由が分からなかった。でも、オレを見据えたあの瞳が、いつもより突き刺さって心が痛い。
階段を上がると、あかねの部屋の前にはなびきがいた。
かすみさんが見当たらないことを見ると、部屋の中にかすみさんがいるんだろう。




「…何しに来たの、乱馬くん」

「何しにって…」

「あんた、あかねがどうして怒ってるか分からないんでしょ」

「………」

「………」

「……いくr「2000円ね」

「半額に「ビタ一文まけないわよ」

「…ほら」

「どーも。乱馬くんさ、昨日の夜のこと覚えてる?」

「昨日の夜?何かしたっけ…」

「あかねと、約束したんでしょ?」

「…約、束……、っあ!?」




そう言われてみれば、だ。
今日の放課後に買い物手伝えって言われてたっけ…?でも、放課後に騒ぎが起きてそれどころじゃなくなること、今までもよくあったのに。




「約束なんて普段めったにしてくれないから、って嬉しそうに言ってたわよ」

「………」




遠くを見つめながらそう言ったなびきの言葉に、いつになく罪悪感がこみ上げてくる。
あかねの奴、バカじゃねーの。
これじゃいつもシャンプー達から逃げ回ってるオレの方が子供みてぇだ。拳をぎゅっと握り締めて顔を上げると、突然あかねの部屋のドアが開いた。




「余計なこと言わないでよ、なびきおねーちゃん!」

「あら、病人は無理しない方がいいんじゃない?」

「そうよ、あかねちゃん。38度もあるんだから大人しく寝てなさい」

「寝てなんかいられないわよっ!このバカを一発殴っておかなきゃ気が済まな──…」


「え。ちょ、あかね!?おい、大丈夫かっ」




ぽす、と力無くオレの腹に当たったあかねの拳。
そのままふらりと倒れたあかねを慌てて支える。かすみさんの言っていた通り、あかねは熱が高いせいかとても熱い。
…具合、悪かったのか。




「無理しちゃダメよ。悪化したら大変」

「乱馬くんのことはあたしが叱っておくから、あかねはゆっくり休みなさいね」

「はあ?何勝手なこと言ってやがんだなびきっ」


「ありがと、おねーちゃん」

「おまっ、…あかね、てめぇ病人だからって態度でかくね?」

「うるさい」

「………すんません」




いつもより怖い。
それだけあかねがオレに対して怒ってるんだろう。笑顔で放たれる冷たい言葉に内心ひやひやする。
しっかし風邪引いてるくせに、オレとの約束なんかを楽しみにしてたなんてかわいいとこもあんじゃねーか。…あかねのくせに。




「乱馬くん、あかねのことお願いね。私、お粥作ってくるから」

「あたしはおとーさん達に説明してきてあげる」


「はっ?ちょ、ちょっと…」




そそくさと階段を下りて行ってしまった2人を恨めしく思いながら、オレは仕方なくあかねを抱えてベッドに下ろす。
抵抗しないあたり、相当辛いんだろうな。
そっとあかねの手を握ると、少し汗ばんでいる。無意識に指を絡めていた。




「……乱馬…?」

「悪かった」

「………」

「約束、破って」

「…いいよ。アンタに期待なんてしてないもん」

「…ごめん」




─それだけじゃない。
あかねが具合悪いのに気付けなくて。優柔不断な態度のせいで迷惑ばかりかけて。一生懸命頑張ってるあかねを、素直に応援してやれなくて。
許婚なのに、オレはあかねに何もしてやれてない。
繋いでいない方の手で、あかねはオレの頭を撫でた。悔しいけど、どこかホッとしてる。




「バーカ」

「…うっせ」

「約束破った罰として、アイス買ってきてね」

「はいはい、かしこまりましたー」




今度はオレが、あかねの頭を撫でた。少しくらいならコイツのワガママ聞いてやるか。
今オレに出来るのはきっとそれくらいだから。




「…乱馬、」

「ん?」

「今度は約束、破らないでよ」

「あのなぁ…、アイス買いに行くくらい朝飯前だっつの」






end

昔も今も恋人同士(犬かご)


雲の流れを眺めていた。
風が吹いて、地球は回っている。だんだんと陽が傾いていく。お昼ご飯を食べるのさえ忘れて、ただ、空を眺めていた。
そんな私を見て、隣りに胡座をかいて座る犬夜叉はいささか呆れたような表情をしてる。
あ、そうか。




「そうだったんだ」

「はあ?」

「私は犬夜叉に逢うために生まれてきたの」

「……いきなりなんだよ」




奈落との、四魂の玉との戦いを終えてやっと理解できた。
私は桔梗の生まれ変わり。
桔梗はこの戦国時代で犬夜叉と心を通わせていたけれど、奈落によって2人の仲は引き裂かれる。桔梗は犬夜叉に逢いたくて、ただ側にいたかっただけなのに、一緒にいる未来を奈落に奪われた。きっと死にゆく間際に思い描いたのは犬夜叉のこと。
四魂の玉と共に埋葬された桔梗は願ったんだ。"もう一度犬夜叉に逢いたい"…と。
願いを聞き入れた四魂の玉は、戦国時代に戻るために、現代で生まれ変わった桔梗、つまり私を使ってこの世界に戻ってきた。桔梗の願いと四魂の玉の利害が一致したから、"かごめ"として生まれ変わることができた。
私は桔梗で桔梗は私。
だから私は、犬夜叉に逢うために生まれたの。犬夜叉に惹かれるのは当然だったんだ。




「犬夜叉」

「あ?」

「これからも、ずっと側にいさせてね」

「な…なんでえ急に」

「思ったから言っただけよ」

「わ、訳わかんねぇ…」

「犬夜叉は分かんなくていーの。私が分かってればいーの」

「気になるっての。…教えろよ」

「い や よ」

「教えろっ」

「ぜーったい教えてなんかあげない!」




暖かな陽気の下、ぐ〜っと伸びをして見上げる空はとても広くて綺麗だ。
犬夜叉はかまってもらえなかったことに拗ねているのか、むすっとしてる。わざと意識してた訳じゃないけど、流石にお昼抜きで外にいたのは意地悪だったかしら。
そう思ったらだんだんお腹が空いてくる。




「こーなったら何が何でも言わせてやるぜ!覚悟しろかごめ!」

「…なんでそんなに張り切ってんのよ」

「うっせー!」

「あーもー、うるさいのはアンタでしょー!?」

「気になるんだよ!悪いか!」

「おすわり」

「どわっ!?」




べしゃっと地面にへばり付く犬夜叉を後目に、私は立ち上がって家に向かう。何か食べるものあったかなー。
頬を撫でる風が気持ちいい。今ここにある長閑な景色は幸せの証ね。私達が自分で掴んだ未来。
こちらに向かって手を振っているのは珊瑚ちゃんかな。あ、弥勒さまもいる。手を振り返していると、背後から物凄い勢いで近付いてくる足音。




「─おすわり」

「ふぎゃ!」

「しつこい犬夜叉!」

「お、まえ…なぁ〜…」




振り返ってしゃがむと、犬夜叉はさっきより一層眉間にシワを寄せて私を見上げた。
出逢った頃はすっごく生意気な奴って思ってたけど、ほんとはそうじゃないんだよね。強がってたんだって、今ならわかる。
懐かしいな。思い返すと色んなことがあったんだなぁって、一緒に乗り越えて来たんだなぁって、懐かしくて、嬉しくなる。




「大丈夫?」

「てめーでやっときながら何言って……、おい、笑うとこじゃねーぞ」

「…はは、ふ、ふはっ、あははは!」

「かごめ!」

「あー、ごめんごめん。なんかさ、犬夜叉とこうやって言い合いするの久しぶりだなって思って」

「…確かに、1日に二回も地面を拝ませられんのは久しぶりだが。理不尽だろー!!」

「たまにはいいじゃん。たまには」

「あのなぁ…」

「ねっ」

「〜〜……っ」




今度はちゃんと手を繋いで、歩き出す。
大好きな人と一緒にいたいという前世からの"私"の願いは、あの井戸を通して、四魂の玉を通して、時を越えて、ようやく叶ったのね。
きっと犬夜叉には難しくて分からない。だから、私がちゃんと分かっていればいい。
追求するのは諦めたのか、握り返してくれた犬夜叉の手はとても優しく私の手を包む。また、優しく風が吹いて髪を靡かせる。




「私お腹空いちゃった。帰ってご飯の用意するから、犬夜叉も手伝って?」

「……もう夕飯作るのか?」

「うーん…今の時間帯ならおやつってことになるかしら。何か食べたいもの、ある?」

「なんでもいーよ。腹減ってるからなんでも食えるぜ」

「何その言い方!私だって料理くらい出来るわよっ」




昔も今も、"私"は犬夜叉の恋人。
犬夜叉は"私"の恋人。
昔の私の代わりじゃなくて、互いに互いを必要とする、特別な存在なんだよね。
今までもこれからもずっと。





end

背中合わせの信頼(あ+な)

なんとなくやる気が起きない日ってあるじゃない?
直感的に、今は運気が低迷してるなぁって思うの。こういう時は何もしたくない。色んなことにイライラして、その度に自己嫌悪に陥るから。
後悔するのが分かっているのに、自分で無意識に行動しちゃうからもっと辛くなるのよ。
もうやんなっちゃう。こんな自分、大っ嫌い。




「はああぁ〜……」

「また盛大な溜め息ですこと」

「むー…ほっといてよ、なびきおねーちゃん」

「ほっとくわよ。八つ当たりされたらたまんない」

「しないってば。…はぁ……」

「……」

「うぅ〜……あ〜…」

「うるっさいわねー、あんたがそんな風にうじうじするなんて珍しいこともあるのね」

「…あたしだって…たまにはうじうじするわよぉ…」




TVを観てても虚しくなる。かすみおねーちゃんの作ったお菓子も、なんだかお腹が空かなくて食べる気にならない。ただ、苦しい。
今誰かに優しい言葉をかけられたら、あっという間に涙腺崩壊しそうだわ。
何があった?って聞かれても、他の人には大したことじゃない。そんな些細なことでも気になる自分が恨めしい。胸に詰まったモヤモヤが渦巻いて、時間が経つにつれて憂鬱になる。
もうやだ。やだやだやだ!




「…ま、そーゆー時ってあるわよねぇ」

「……なびきおねーちゃんも?」

「そりゃそうよ。どーしようもなくイライラして、虚しくなって、やり場のないストレスが溜まって、自分が嫌になることくらい誰でもあるっての」

「そっか…なびきおねーちゃんもなるのか……」

「面白そうなことなら話聞いてあげるわよ?30分500円で」

「いーわよ、別に」

「素直じゃないなあ、あかねは」

「わかってるもん」




それくらいわかってる。
結局は自分で解決するしかない。今ここで愚痴を言うのも、辛くて苦しくて泣きたいのも、自己満足にしかならないの。根本的には何も解決しないのよ。
どうしたらいいのかわからなくて、動けずにいる。
今のあたしは気分転換しても心の中はどんより分厚い雲がかかってて、雨が降りそうで降らないギリギリの所を保っているんだ。




「…あかねー。あんた少し肩の力抜いた方がいいんじゃない?」

「え…」

「無理し過ぎるのも、あんまり良くないわよ?」

「無理…してるのかな、あたし」

「はあ?」




乱馬が来てから、あたしは前と比べて鍛錬に取り組む時間よりも家事を手伝おうとする時間が増えていて。
トラブルに巻き込まれることは増えたけど、気が付けばいつも乱馬に守ってもらってた。
何をしたらいいんだろう。
不器用だから何をやってもうまくいかない。




「自分のことなのに、どうするのが一番いいのか分かんないよ。何がしたいんだろ、あたし」

「そんなの、考えられないなら考えなくていいんじゃないの?あんまり悩みこんだって良いことないわよ」

「……」

「少なくともあたしは、そういう時には自分の好きなことに没頭したわね。貯金箱の中身を数えたり顧客リストの整理したり」

「お、おねーちゃんらしいね…」

「なんか文句あんの?」

「…ううん。ありがと、なびきおねーちゃん」




スッと心が軽くなった。
考えられないなら考えなくていいって言葉が魔法の呪文みたいだ。今は分からないくてもいい、立ち止まっても、少しずつ前には進めるのよね。
私自身が先へ進むことを諦めなければ、きっと。




「あかね」

「なに?」

「あんたは笑顔の方がいいと思うわよ」

「え……」

「そんな落ち込んだ顔してたら、かすみおねーちゃんやお父さんが心配するでしょ」

「………なびきおねーちゃん、」

「さっさと乱馬くんと仲直りしてきなさい」

「う…っ」




ケンカした、なんて一言も言ってないのに。
なびきおねーちゃんは何でも知ってる。意地悪そうに笑うその表情は『お見通しよ』って言ってるみたい。
やっぱりおねーちゃんはすごいなあ。なびきおねーちゃんもかすみおねーちゃんも、周りのことをよく見てる。あたしももっと視野を広げて見れるようになりたいな。




「それに乱馬くんも、あかねと仲直りしたがってるみたいだしね」

「乱馬が?」




首を傾げたあたしに、なびきおねーちゃんは廊下に繋がる障子戸を指差した。
そこに見えたのはおさげのシルエット。
…もしかしてあいつ、立ち聞きしてたのかしら。なんだか可笑しくなって、あたしは立ち上がる。




「ありがとなびきおねーちゃん、あたしのケーキあげるわ」

「あら、いいの?」

「うん。500円の代わりね」

「……ま、いっか。どーいたしまして」




足取り軽く障子戸を開けると、慌てたように突き当たりの角を曲がる乱馬の背中が見えた。
難しく考えないって、素直になるための一つの方法かもしれない。




「待って乱馬!」

「…ごめん」

「え、いや、あたしも…ごめんね」




ケーキ一個、なびきおねーちゃんにあげた甲斐はあったかな。







end

今日も心臓が甘く痛む(りん桜)


梅が咲き終わり、今度は桜の蕾が花開く。
おじいちゃんは今頃どの海を回遊してるんだろうか。いい鯖ライフを送っているといいんだけど。
ひとりでボーっと感慨に浸っていると、霊道の開く音と共に嫌いな"奴"がやって来た。無意識にオレは死神のカマを構える。




「りーんねっ。久しぶりだなあ!」

「帰れ」

「今来たばっかりだぞう?全くりんねはせっかちだな。ほら、パパから進級祝いをやろう」

「いらん」

「パパのお祝いの気持ちが受け取れないっていうのか!?」

「請求書の束以外なら貰ってやるよ」

「えぇ〜?仕方ない…これをあげよう」

「言っておくが借用書もいらないからな」

「何言ってるんだ。お前もそろそろ若社長という自覚を持って…」

「勝手に決めつけるな」




くそおやじのせいで苛立ちがわき上がる。誕生日だって、クリスマスだって、祝い事の度に請求書や借用書を届けに来るなんて有り得ないだろう。
何度おばあちゃんが言い聞かせても態度を改めないのが問題だ。
どうしてこいつが実の父親なんだ。




「りんね、」

「帰れと言ったはずだ」

「…ならしょうがないな。あの可愛いお嬢さんでもデートに誘って来るとするか」

「は?」

「それじゃあな、りんね」

「本当に、何しに来たんだお前はーっ!!!」




カマを振り回しても、おやじはひらりと身をかわして霊道に消えていった。その後にはオレ名義の借用書が舞う。あの野郎、ちっとも懲りてねぇ。
『あの可愛いお嬢さんでもデートに誘って来るとするか』
…誰のことだ?
考えを巡らしても、思い当たる人物は1人しかいない。オレは立ち上がって部屋を出る。




「…っくそ!」

「あれ?りんね様、どこ行くんですか?」

「来い六文!」

「えっ」

「真宮桜がおやじに攫われるかもしれん」

「えええぇぇー!!?」




黄泉の羽織を着て霊道に入ろうとすると、いきなり何かをぶつけられ、粉がぶわっと舞い上がる。
それが十文字の聖灰だと理解するのにそう時間はかからなかった。
羽織を脱いで視界がいくらか見えるようになった瞬間、胸ぐらを掴まれる。




「真宮さんをどこへ連れて行ったんだ!!」

「………あのな」

「せっかく一緒に帰るチャンスだったのにいきなり現れたかと思ったら真宮さんを攫いやがってー!!!」

「それはオレじゃない。…おやじだ」

「お前のおやじ?あのロクデナシのか」

「あのロクデナシの、だ」

「なんっでお前のおやじが真宮さんを攫うんだよ!ああ!?」

「そんなこと、オレが知りたいな」

「真宮さんに何かあったらただじゃすまさんぞ六道…!」

「真宮桜は無事だと思う。多分」

「どうしてお前に分かるんだよ」

「……なんとなく」




おやじは多分、本当に真宮桜をデートとやらに誘ったんだろう。それなら真宮桜に危害が及ぶことはない。むしろまた借金ばかり作ってそうだが。
十文字の手を振り払い、オレはまた羽織を着る。




「おい六道、俺も連れてけ」

「断る」

「お前ばかりにいい格好させられるか!」

「知らん」


「りんね様、ここはぼくに任せて、早く!」

「六文?」

「桜さまを頼みます!」

「………わかった」


「あっ!?おい!」




霊道を開いて飛び込むと、ぐにゃりと景色が歪んで空間が切り替わった。
六文と十文字の姿も声も消えた。
早く真宮桜を探さないと……。何だか前にもこんなことがあったような気がする。
あの時は確か真宮桜が輪廻の輪に乗ってしまいそうになっていたんだっけ。状況は違えど、まずはどこにいるのか見つけるのが先だ。
オレは声を張り上げながら霊道を駆けていく。




「…どこだっ、真宮桜ー!」






 * * * *




「─え?」

「どうかしたかい?お嬢さん」

「今、なんか声が…」

「そんなのいいからいいから。次は向こうのお店に行こう。欲しいものはあるかな?」

「いや、私は…」

「遠慮なんていらないよ。さ、さ、」

「あのー…」




六道くんのお父さん‥鯖人さんに連れられて、私は何故かあの霊界にある出店を見て回っていた。放課後だったから別にいいけど、突然どうしたんだろう。
鯖人さんはニコニコしながら私の腕を引いていく。親子だから六道くんと容姿が似てるのは当然かもしれないけど、性格は全然違うや。




「どうかした?」

「え」

「何か悩み事でもあるのかな」

「…あー…あの、聞いてもいいですか」

「ん?」

「鯖人さんは、どうして私をここに連れてきたんですか?」

「可愛いお嬢さんとデートがしたかったからだよ」

「……」

「あれ?信じてない?」

「そりゃー‥」

「いつもりんねが世話になってるんだ、お礼くらいさせて欲しいな」

「でも、また借金作るつもりなんじゃ」

「……」




鯖人さんは笑顔のまま黙り込んだ。
…図星だったのかな。
半ば呆れつつ、賑やかな通りを見ていると鯖人さんはまた私の腕を引いて歩き出し、綿あめを買ったかと思うと私に渡す。
何も言わないけど、本当にただデートしたかっただけなのかな?




「ありがとう、ございます」

「うん」

「これ、」

「大丈夫。これくらい借金しなくても買えるよ」

「…そうですか」

「りんねはとても君を信頼しているみたいだ」

「へ?」




綿あめからパッと視線を上げて隣を見ると、鯖人さんは空に浮かんだ輪廻の輪をどこか寂しげに眺めているような気がした。
よく分からないけど、鯖人さんにも何か事情があるのかな。
魂子さんと鯖人さん、もちろん六道くんもだけど、よく考えてみればまだまだ知らないことが多すぎる。




「りんねを頼むね」

「?」

「お嬢さんなら安心出来そうだし。娘にするのも嬉しいし」

「で、でもあの、私…ただのクラスメート……」


「真宮桜!」


「わっ!?」




名前を呼ばれると同時に、鯖人さんに掴まれていた腕を誰かが引き離す。見慣れた羽織に顔を上げると、鯖人さんと同じ赤い髪。額を伝う汗、息切れして上下する肩。
もしかして私を探してくれていた?




「ろ、くどーくん…?」

「無事か、真宮桜」

「え、うん。特に何も」


「やあ、りんね」

「……」

「そんなに睨まなくても、今日はまだ借金作ってないぞ?いや、作れなかった、が正しいかな」




六道くんの後ろにいる私に向かって、鯖人さんはパチンとウインクした。
どういうことだろ。
そりゃ、確かにお金使おうとした時にはやんわりと止めたりしてたけど。咎められてるような気はしないし、なんだかその逆のような感じがする。




「そう毎日借金押し付けられても困るんだよ」

「はは、でも…いい子じゃないか。お前には惜しいくらいの」

「なっ」

「パパも欲しくなっちゃいそうだな」

「……」

「りんねはどうだ?桜お嬢さんをお母さんに!」

「ふざけるなっ!」

「えー」

「いい加減にしろ。真宮桜はお前のオモチャじゃない。…帰るぞ」


「えっ、ろ、六道くん!?」


「またね、お嬢さん。今日は楽しかったよ」


「…はい」




ひらひら手を振る鯖人さんにぺこりと頭を下げて、どこかへ歩いていく六道くんを急いで追いかけた。
いつもより歩くのが速い。やっとのことで手を伸ばし羽織を掴む。




「待ってよ、六道くん!」

「……」

「…っ、なんか、怒ってる?」

「別に」

「じゃあ、こっち向いてよ」

「……なんだよ」

「迎えに来てくれて、ありがとう」

「え…」

「この綿あめ、さっき鯖人さんが買ってくれたの。六道くんにあげる」




袋ごと六道くんに渡すと、拍子抜けしたのか目を丸くして私を見る。
思ったんだ。本当は鯖人さん、六道くんと向き合いたいんじゃないかって。一緒に歩きながら、…女の人に声を掛ける場面は沢山あったけど、ちゃんと六道くんのことは心配しているんだろうなと思う。気のせいかもしれないけど。




「おやじが、か」

「うん。ちゃんとお金払って買ってたよ」

「……」

「ねえ、どうして私が鯖人さんといるってわかったの?」

「ああ。十文字が騒いでた。それに…」

「それに?」

「(おやじなら有言実行しかねないからな)…………なんでもない」

「?」

「行くぞ。早く帰らないと日が暮れる」

「う…うん」

「ほら、」




そっと差し出された六道くんの手を握って、霊道を通る。
何度こうしてこの道を通っただろう。いつの間にか当たり前になってしまってて、日々の中では見失いがちだけど、私っていつも六道くんに守ってもらってばかりだ。
『りんねを頼むね』なんて鯖人さんに言われたけど、私は六道くんの力になれてるのかな。
霊道を出て、夕焼けに染まった校庭に降りる。




「わ…綺麗…」

「…満開、だな」

「うん」




風に揺れる枝には桜の花が咲き乱れている。
しばらく見とれていると、六道くんが私の頭に手を伸ばして触れた。少し驚いて動けずにいると、目の前に花びらを突きつけられる。




「花びら、付いてたぞ」

「…あ…そう?でも、六道くんも頭に花びら付いてるよ」

「え?」

「届かないからちょっとしゃがんで?」

「……わ、わかった」




赤い髪に少し触れ、淡いピンク色の花びらを取る。
繋いだ手はそのまま。
重なった視線に、紅い瞳に、捕まってしまったような感覚に陥る。指先から伝わる体温と、鼓動がゆっくり共鳴していく。




「…六道くん、取れたよ」

「ん、ああ」


「あー!おかえりなさいりんね様ーっ!!」
「真宮さーん!無事かー!?」


「六文ちゃんに翼くん?」

「…まだいたのか十文字」

「いちゃ悪いかよ。…いつまで真宮さんの手を握ってるんだ六道!」

「あのな」

「なんかさ、みんなでお花見でもしたいねー」

「お花見ですか!?楽しそうですねっ」

「そんな金はないぞ。ただでさえ今日おやじが持ってきた借用書のおかげで借金が増えたんだから」

「お弁当なら、私作ろうか?」

「真宮さんがわざわざすることないよ!準備くらい俺がやるって!」

「…勝手にしろ」

「楽しみですね、桜さま!」

「うん、そうだね」




ひらひら、ひらり。
桜が咲いて春が来た。
この世界の空に輪廻の輪は浮かばないけれど、見上げれば綺麗な景色が広がっている。







end.
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