あたしは乱馬が好き。
そう自覚してからどれだけ毎日を過ごすのが大変か、アイツは絶対分かってない。
一緒に住んでいる、なんて普通じゃ有り得ない。親同士が決めた許婚っていうのも今時なかなかない。とても特殊な関係で、シャンプーや右京はあたしを羨ましいと言うけど、そんなことない。
良いところだけじゃなくて嫌なところも目に付くし、ムカつくことだってあるし、意地悪だし、優柔不断だし。…なんで好きになったのか今でも謎。
不思議だわ。
「ニーハオ、乱馬っ」
「だあぁっ!ひっつくなシャンプー!」
「……」
「乱ちゃん。お好み焼き差し入れや!はい、あーん」
「ちょっ…、あの、ウっちゃん?」
「……」
「オーホッホッホ!お待ちになって、乱馬さま〜!」
「く、来るなあぁぁ!!」
「……」
…ほんっと不思議だわ。
なんであたしはこんな奴を?
苛立ちがなかなか収まらない。そんなにひっついてニヤニヤしてんじゃないわよ。嬉しそうな顔しちゃって、バッカみたい。
あたしが料理を作っても食べてくれないくせに、あたしがお裁縫してもすぐ貶すくせに。シャンプーや右京や小太刀にばっかりいい顔するなんてどーゆーこと?許婚のあたしなんて、なんとも思ってない証拠なの?
あまりにも腹が立ったから、あたしは無言で乱馬のお腹に拳をひとつ打ち込んだ。3人娘に囲まれている乱馬はあたしを見て焦ったような顔をしていたことなんて、知らない。関係ない。
仲良くしてればいいでしょ。あたしより可愛くてスタイルが良くて、器用で優しい女の子達と、仲良くしてればいいのよ!
「あいやー、大丈夫か?乱馬ぁっ」
「ウチの乱ちゃんに何してくれんのや、あかねちゃん!」
「ワタクシが介抱してさし上げますわっ」
「……勝手にすれば?乱馬のバカッ!」
あたしが悪いの?あたしだけが悪者なの?こんな感情、どうしてあるの?
嫉妬なんてしたくない。でも、乱馬があたしを何とも思っていないなら、こんな気持ちは迷惑でしかないよね。行き場を失った想いはどうしたらいいんだろう。
好きなのに、言えない。嫌われてたら怖いもの。
好かれたいのに、意地ばかり張ってしまう。バカみたいって自分でも分かってるのに。
「む、天道あかねではないか」
「あら、ムース」
「丁度いい所におっただ!実はのう…」
「シャンプーならまだ学校近くで乱馬や右京達と騒いでるわよ」
「なにぃ!?って、今はそれどころではない!少し手伝って欲しいんじゃ」
「手伝い?」
「ああ。今おらはシャンプーを驚かせるために新しいデザートの開発中でな、お主に味見してもらいたいという訳だ」
「はあ…」
「良牙にも手伝ってもらっとるんじゃが、おなごの好みはおなごに聞くのが一番かと思ってのう」
「そういうことなら協力してあげてもいいけど…あたしでいいの?」
「おぉ、やってくれるか!助かるだー!早速猫飯店にゴーじゃっ」
「ちょっ、え、今から!?」
「さっさとするだ、天道あかね」
ムースはあたしの腕を掴んだまま猫飯店を目指し走り出す。よろけながらも慌てて付いて行くと、ムースの言った通り、良牙くんがテーブルに座って杏仁豆腐を食べていた。
息を切らしながら席に着くと、おばあさんが水をくれた。
「ご苦労じゃのう、あかね」
「本当に…」
「ほっほ。シャンプーに婿殿を譲る気にはなったかの?」
「…なんでそういう話になるんですか」
「冗談じゃよ、冗談。ほらムース!さっさと準備せんか!」
「分かっておるわくそばばあ!」
「誰がくそばばあじゃ!」
ムースはおばあさんに喝を入れられながら、デザートを作っているみたいだった。
乱馬を譲るって、なんでそうなるの?乱馬は物じゃないのに。…まあ、あたし自身もなびきおねーちゃんと喧嘩した時に取り引きしたことはあるけど。
おばあさんの言葉を反芻しながら、もうあの時のような思いをするのは嫌だと強く思った。
そういえば良牙くんに挨拶してない。ぱっと顔を上げると、良牙くんはうつらうつらと船をこいで今にもお皿に顔を突っ込んで寝てしまいそうだった。
「…りょ、良牙くーん?」
「………」
「良牙くん、起きてー」
「ん…あかね、さ……?─っ!?え、ええっ!?ああああかねさん!?」
「わっ!?つ、机が壊れちゃうよ、良牙くん」
壊したら弁償じゃぞ、とおばあさんが低い声で言う。
がたがたと大きな音を立てて椅子から落ちた良牙くんは顔を真っ赤にしてあたしを見ていた。いきなり声掛けちゃって悪かったかしら?
「す、すみません、驚いちゃって…」
「ううん。あたしこそ起こしちゃってごめんね。でも良牙くん、顔ごとお皿に突っ込んじゃいそうだったから」
「え!あ、ありがとうあかねさんっ」
「良牙、天道あかね、出来ただー!」
ムースが作ってきたのは桃と苺を乗せた可愛らしい杏仁豆腐。だからさっきも良牙くんが食べてたのか。
確かに女の子向けで、美味しそう。ムースもこんなの作れるのね。感心しながら一口食べると、つるんとした食感がとても美味しかった。
「ど、どうじゃ?」
「さっきのバナナや林檎よりはこっちの方がうまいぞ」
「そんなのもあったんだ…。でもあたし、これ好きだなぁ」
「本当か!?おばばはどうじゃ!」
「ま、合格ラインにしてやるかの」
乱馬とのわだかまりはまだ心に蠢くように残っていたけど、嬉しそうなムースと、久しぶりに会った良牙くんのおかげで少し元気が出てきたかも。
お土産に苺と桃の杏仁豆腐を貰って、夕飯に良牙くんを誘って、良牙くんと帰り道を歩いていると、通りがかった公園から乱馬とシャンプー達の声が聞こえてきた。今一番聞きたくない声。
「乱馬の奴…、また女をたぶらかしやがって!しょーもない野郎だ」
「良牙くん、早く行きましょ」
「え?あ、はいっ」
歩く速度を速めて、家へと急ぐ。早く、早く帰らなきゃ。苦しくてたまらない。
不意に、手首を掴まれる。
「……え…りょ、が、くん?」
「どうかしたんですか?あかねさん」
「ど、どうもしないわよ?いつも通り、いつも通りっ」
「…そう…ですか……」
「うん。気のせいよ、きっと」
鋭いなぁ、良牙くん。
でも、友達を困らせるのは嫌だもん。良牙くんに甘える訳にはいかない。
今この思いを口にしたら、きっと止まらないから。
結局、夕飯の時間を過ぎても乱馬は家に帰って来なかった。あたしは久しぶりに帰って来ていたPちゃんを抱っこして、布団に入る。
今日のあたしはヤキモチ妬いて、すぐカッとなって、悪態ばかりついて。
「……ほんと、可愛くないよね、あたし」
「ぶきっ、ぶききーっ」
「もしかしてPちゃん、励ましてくれてる?」
「ぶ」
「…ありがと」
電気を消そうと立ち上がると、ドアをノックされる。
乱馬、かな。
言い訳なんて聞きたくない。許婚を解消しよう、なんて言われたらどうしよう。急に手が震えて、ドアノブに手を伸ばせない。
怖い、よ。
「あかね、入るぞ?」
「ぶ、きーっっ!!!」
「ぴ、Pちゃん!?」
「でぇっ!?りょう…じゃ、ねぇ、こんのブタ野郎っ!」
「ぶききっ」
「っんの…エロブタがーっ!」
ドアを開けた乱馬に向かってPちゃんは勢い良く飛びかかった。
突然のことに頭の中が一瞬真っ白になる。
呆然として様子を眺めていると、乱馬はPちゃんを部屋の外に出してドアを閉めた。
「…な、何してんのよPちゃんに!」
「お前なぁ、いくらペットだからって毎回毎回寝るときも一緒なんてやめろよな」
「あんたには関係ないでしょ!?Pちゃんが励ましてくれてたのにっ」
「ばっ、バカじゃねーの?ペットに励ましてもらう、なんて」
「うるさいっ!Pちゃんに変なヤキモチ妬かないでよ!悔しかったら乱馬こそ、猫シャンプーと一緒に寝たら?」
「あかねこそ嫉妬してるじゃねーか!大体、猫となんて寝たらオレ本当に死ぬっつの」
「へえぇ?人間だったらいいんだ」
「なんでそーなるっ!」
もう埒があかない。
同じことの繰り返しだ。苦しいよ。苦しくてたまらない。ぼろぼろと涙が零れて、ほら、止まらない。辛さを堪えるのは限界だよ。
言葉にならない思いは空気に溶けてしまって、乱馬まで届かないんだ。
もうやだ、もうやだ、気付いてよ!
「…っ、乱馬のばぁかっ」
「んなっ」
「Pちゃんはブタなのにっ、なんでそんなに怒ってるのよぉ!乱馬はいっつもシャンプーや右京達に迫られてニヤニヤしてるくせに、自分のことは棚に上げてあたしばっかりー!!!!」
「…う゛……っ」
「あた、あたしがっ、いつもどれだけ傷ついてるとっ…っふぇ、うぅ〜…」
ぺたんと座り込んで顔を両手で覆う。
自分で言ってて悲しくなるなんて、あたしはどれだけ乱馬に惚れてるのよ…。しゃくりあげながら、だんだん冷静になっていくのが分かった。袖は涙で濡れて冷たい。
机の上からティッシュを取って鼻をかんで、涙を拭いて、気まずそうな顔をして正座している乱馬を見た。
「……で、あたしに何か用だったわけ?」
「…………用っていうか…ご、ごめん」
「あたし、は…乱馬の許婚でいていいの?」
ずっと思ってた。
許婚って言葉が枷になっているなら、乱馬はそれを嫌がっているんじゃないかって。あたしだから、嫌なんじゃないかって。
気丈に振る舞おうと思っても無理みたい。また視界が涙でぼやける。
「…いいに、決まってんだろ。バカ」
「……バカはあんたでしょ!バッ…」
お互い様だろ。
耳元でそう囁かれて、あたしは思わずギュッと目を瞑った。急激に速くなる鼓動に目眩がする。
好きだから不安になるのよ?乱馬はちゃんと分かってる?そう思って睨んだら、当然だろってアイコンタクト。
…こんな奴をなんで好きになったのかは、今でも謎。
end!
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