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永遠曖昧ライフ(りん桜)


柔らかな風が吹いていて、窓からは暖かな日差しが差し込んでいて、いつの間に眠ってしまったんだろう。
木々の揺れる音や鳥の鳴き声が聞こえてきて、だんだんと眠りが浅くなってきたことがわかった。オレはゆっくり目を開ける。
その瞬間、飛び込んできたのは真宮桜の寝顔。




「っ……!?」




思わず身体を起こしかけて、逆に真宮桜の顔が近くなることに気付き仕方なく頭を置いた。畳とは違う違和感に変な動悸がばくばくとうるさく鳴り始める。
今、オレ、真宮桜に膝枕されてる…!?
自覚してかあっと顔が赤くなるのはもはや当然のことで、一体何が起こっているのかを冷静に考えようにも頭がうまく回転してくれない。
眠る前に何をしていたんだっけ?確か空腹に耐えつつ造花を作っていて、六文は会合に行ったかと思えば箱を持ってすぐ戻ってきて何かに躓いて転んだのを見て…そこから先の記憶がない。何が起こったんだ?どうして真宮桜がいるんだ?一度意識してしまえば、しんどいもので、心地良さそうに眠る真宮桜の顔をじっと見上げる自分が、なんだか悪いことをしているような気がしてきた。
起こすか?でも…、もう少し、このままで。




「ん…」

「!」




いつ起きるか分からないけど、改めてじっと顔を見ることはなんだか初めてのような気がする。どきどき早打つ鼓動と一緒に、指先も震えた。今、触れてみたらどうなる?
すると突然、かくん、と真宮桜が前屈みになり、必然的に顔が更に近くなる。
…み、身動き出来ん。
あと少しで唇が触れてしまいそうな距離。部屋には二人きりで、誰もいない。真宮桜だって眠ったままだ。




「…真宮桜」




すうすう聞こえてくる寝息。
今だけ、時間が止まってしまえばいいのに。
勢いに身を任せてしまおうか、理性と欲望の間でぐらぐら揺れていると、真宮桜がゆっくり目を開けた。至近距離のせいか、真宮桜は目を丸くする。オレはぎしりとそのまま固まってしまった。
…ヤバい。こ、れは、この状況はマズいんじゃ…?
しかしぱっと顔を上げて伸びをする真宮桜は、さほど気にした風もなく固まったままのオレを見下ろす。




「…六道、くん?」

「……っ」

「大丈夫?」

「はっ?な、何がっ」

「いや…。六道くん、六文ちゃんが持ってきた箱が頭に当たって倒れてたんだよ?ここ、たんこぶ出来てるの」

「いっ…!?」

「あ、ごめん」




たんこぶの痛みと、そこを真宮桜に撫でられたことへの驚きで変な声が出る。というか、今、キっ…キスしそうだったことについてはスルーなのか!?オレはこんなに心臓が煩いのに、真宮桜は何とも思ってない、のか…?
ホッとしたような、がっかりしたような、妙な気分だ。
赤くなった頬がまだ熱い。




「…六文は」

「そろそろ帰ってくると思うよ。六道くんが作った造花の箱を持って出かけたみたいだから。部屋の隅にも新しい造花の材料置いてってたし」

「……」

「六道くんはあの材料が入った段ボール箱の角に頭ぶつけたんだって。覚えてる?」

「さっぱり…だな」

「あはは、六文ちゃんがすごい勢いで私を呼びに来たからびっくりしたよ。最近ちゃんと寝てないって聞いたし、もう少し寝たら?」

「…ん、ああ」

「?なに?」

「……いや」




何でもない。
気にするだけ無駄なんだ。期待していいのかも曖昧で、オレはどうするのが一番いいのか、道を見失ってるような気がする。
そもそも、こんなに心臓がばくばく煩いのは、オレが真宮桜を好きだから、なのか?
分からないことだらけで混乱してしまいそうだ。




「造花作るの、手伝おうか?」

「え」

「暇だし」

「…いいのか」

「今更それ聞く?」

「………」

「六道くんは寝てていいよ」

「寝…てられるかっ」

「わっ、びっくりした」




これ以上さっきみたいなことになってしまうのはごめんだ。あのまま膝枕されていたらどうにかなってしまいそうで、そんな自分自身が情けなくて、身体を起こし胸に手を当てて深呼吸した。
心臓の鼓動が手のひらに伝わってくる。息苦しい。




「六道…くん…?」

「…………大丈夫だ。すまん」

「…ならいいけど」

「あの」

「ん?」

「そ…その、だな…」




オレのことを心配して、ずっとここにいてくれたのか?
そうっと後ろを振り向いても、真宮桜はいつものきょとんとした表情をしている。何を考えてるんだろう。
…オレは、一体何を言うつもりだったんだろう。




「どうかした?」

「あー…き、今日の夕飯、どうしようかと‥思って」

「……」

「……」




自分でもかなり不自然な言い訳だと思う。だけど、真宮桜を見るとさっきのことを思い出してまた顔が熱くなる。
あと少しで触れそうだった唇に、名前を紡がれる度にどきどきしてしまう。
すると突然、真宮桜はオレの額に手を伸ばした。少し冷たい手が、火照った頭には心地いい。振り払うことも出来ずにそのまま大人しくしていると、目が合った真宮桜はにこっと笑った。




「そんなことだろうと思って、おにぎり持ってきた」

「え」

「熱があるわけじゃないみたいだけど、今日は早く休んだ方がいいよ」

「……そうする」

「うん」




今まで感じたことのない感情。真宮桜と過ごす時間はなんだか気が休まる。
一緒にいたい、一緒にいてほしい。
2人で造花を作りながらぼんやり考えていると、そのうちに六文が帰ってきた。




「ただいま帰りましたりんね様!桜さまっ」

「おかえり、六文ちゃん」

「なんだ、…もう帰ってきたのか」

「『なんだ』ってなんですか!」

「別に…」




もう少し遅くても良かったのに。…なんて、決して口には出さないけれど。
薄暗くなった空が窓から見え、オレは立ち上がった。




「りんね様?」


「真宮桜、…送ってく」

「え、具合大丈夫なの?」

「ああ」

「…ありがと」




ニヤニヤする六文の頬をつねって、オレは黄泉の羽織を着る。
左手を真宮桜に差し出すと、華奢な手がきゅっとオレの手を掴んだ。いつもしている些細なことではあるが、最近はほんの少し緊張する。
明日も学校で会えるというのに、もうしばらくこうしていたいと思うのは何故だろうか。
言葉に出来ず、繋いだ手を握ると、真宮桜が握り返してくれる。
オレにとって真宮桜は、少なくともただのクラスメートではない。でもうまい言葉が見つからない。

ただ、一緒にいる。
…今はそれでも充分だ。






end

はちみつ色の夜(りん桜)


ふ、と目が覚めた。
ベッドからゆっくり身体を起こす。未だ部屋の中は暗い。頭もボーっとするなぁ…。今、何時だろう?
手を伸ばして、目覚まし時計を見る。時計の針は2時を指していた。窓の外はもちろん真っ暗。こんな時間に目が覚めるなんて滅多にない。眠気はすっかり消えていて、私は少し起きた方が良さそうだと判断して立ち上がる。
覚束ない足取りでようやく階段を降りて居間に行くと、誰もいない。テレビも変な通販番組ばっかり。とりあえず、牛乳でも温めて飲みたいな。
冷蔵庫から牛乳パックを出して、マグカップに注ぐ。




「桜さま」

「ひえっ!?」

「あっ、六文です桜さまっ!こんばんは!」

「ろ、六文…ちゃん?びっくりしたー」

「えへへ、すみません。りんね様と一緒に霊を追い掛けていたら見失ってしまって…、たまたま桜さまの家の前を通りかかったら、急に明かりのついた部屋があったので気になっちゃって」




六文ちゃんはとてとて歩いて私を見上げる。
小さな夜のお客さんだ。
まだ眠くはなかったから、戸棚からもう1つ小さなマグカップを取り出す。




「そっか。六文ちゃんも温めたミルク、飲む?」

「わあっ!いただきます!」

「しーっ。お母さん達が起きてきちゃうかもしれないから」

「わかりましたっ」

「そういえば、六道くんはまだお仕事中?」

「いえ、霊を見失ったので夜が明けてからにすると仰ってました。あ、」

「どうしたの?」

「さ…桜さまの家の様子を見てくると言って、りんね様のこと、門の前で待たせてしまってたんです」

「……なら、六道くんも呼んで来たら?まだ外寒いし、少し暖まっていくといいよ」

「ほんとですか!?ありがとうございますっ!ぼく早速りんね様のこと呼んで来まーす!」




マグカップ、もう1つ追加。
あ、そういえば私、パジャマのまま。カーディガンくらいは羽織っておこうかな。急いで部屋に戻って服を着て、ちょっとだけ鏡を見て髪を梳く。流石にボサボサの髪じゃ恥ずかしいもんね。
足音を立てないように、また階段を降りて台所に向かうと六文ちゃんと一緒に黄泉の羽織を着た六道くんがいた。
ん?そっか。黄泉の羽織を着てるから壁はすり抜けられるのか。霊と同じ体質になれるお宝グッズってすごいなぁ。




「こんばんは、六道くん」

「ああ。その、すまん。六文が」

「ううん。たまたま私も目が覚めちゃって、まだ眠れそうにはないから平気。六道くんこそ、明日も学校なのに寝なくて大丈夫なの?」

「慣れてるからな」

「ふーん…」




ピーッ、電子レンジが牛乳を温め終わったことを知らせる。私はマグカップを3つ、机の上に置いて、ソファーに腰掛けた。隣に六文ちゃん、その隣に六道くんが座る。
テレビの画面は真っ暗。でも六文ちゃんはなんだか楽しそうだった。




「いただきまーすっ」

「熱いから気をつけてね、六文ちゃん」

「はいっ」

「?六文ちゃん?」

「だってりんね様、桜さまと一緒にいると嬉しそ…んむぐっ」

「………六文」

「どうしたの六道くん」

「い、いや、なんでもない」




六道くんは六文ちゃんの口を手で塞いで、何かぼそぼそと2人で話していた。
どうしたんだろう?ホットミルクを飲みながらそんな様子を眺めていると、まるで学校にいる時みたい。でも、ちょっと違う。
何が違うのかな。
こんな時間だからかな。




「ま、真宮桜」

「ん?」

「この時間帯…いつも起きているのか?」

「いつもは寝てるよ。でも、今夜は目が覚めちゃったんだ。どうしてかなぁ…」

「変な霊がいるとかは…」

「それはない。いたらすぐ六道くんに報告するし」

「!………そう、だよな」


「…りんね様、背景にお花飛んでます」

「き、気のせいだろ」

「顔赤いですよ?」

「気のせいだっっ」




六道くんはぐいっとホットミルクを飲み干して、マグカップを置いた。急にどうしたんだろ。私何か変なこと言ったかな。
ちらっと六道くんを見ると目が合った。あ、ほんとだ。顔赤い。




「六道くん、熱あるなら早く休んだ方が…」

「違いますよ桜さま、りんね様は照れてらっひゃうんれす…っていんへはまー!!!」

「余計なことは言わんでいいっ!」




六文ちゃんは六道くんにぎゅーっと引っ張られた両頬を押さえて少し涙目。六道くんは耳が真っ赤。
私は頭に?マークが浮かぶ。
でも、楽しいな。夜だからかな。ここが学校じゃないからかな。…まあいいや。考えても答えが出ないんじゃ仕方ない。




「2人とも、おかわりいる?」

「あ…」

「いりまーす!」

「六文っ、真宮桜だって迷惑だろ。真夜中だっていうのに」

「いいよ、もう一杯くらいなら。今温めてくるね」

「あ、桜さま。ぼくはまだ残ってるのでりんね様にお願いします」

「え?うん」


「(なんでわざわざ頼んだんだ六文っ)」
「(だってぼく猫舌だから少し冷ましてゆっくり飲もうと思ってたのに、りんね様がさっさと飲んじゃって、早くしろっていう視線が痛いんですよー!桜さまとお話すればいいのに)」
「(なっ…)」




私は台所で、六道くんの飲んであたマグカップに牛乳を注ぐ。その時ふと、蜂蜜の入ったビンが目に付いた。
確かはちみつミルクって、安眠効果があったような…。
ビンを開けようと力を入れる。でも、フタが堅くて開かない。ここで諦めるのもなんか悔しい。




「は〜開かない…やっぱり無理か…」

「どうかしたか、真宮桜」

「六道くん」

「…もしかしてそのビン、開けたいのか?」

「うん…」

「貸してみろ」

「あ、開かないよ?だって精一杯力入れても開かなかっ…」

「ほら、」

「わ、開いたの!?やっぱり男の子は力強いねー。ありがとう」

「いや…。そ、そうだ、牛乳を温めていたんじゃなかったのか?」

「うん、そうなんだけど…。はちみつミルク、作ろうかと思って。簡単だし、飲んだらぐっすり眠れそうだなって」

「成程な。何にせよ、早く寝た方がいいぞ」

「どういうこと?」

「丑三つ時は何かと霊が騒ぐ。お前は霊感を持っているから、奴らがつけ込みにくる可能性だってある。真宮桜は大丈夫だと思うが用心するに越したことはない」

「う、うん。わかった」




そこでピーッという二度目の電子音が鳴った。
私はスプーンで蜂蜜をひとさじ掬って、マグカップの中に入れてかき混ぜる。甘い香りが鼻をくすぐって、まるでミルクの中へ蜂蜜と一緒に優しい気持ちが溶けていくみたい。




「はい、六道くんに」

「え…」

「寝不足も疲れの元だよ。六道くんも早く寝なきゃ」

「…ああ」




ソファーのある居間からは、六文ちゃんが眠ってしまったのか、『りんね様ー、ぼくキレイに造花が作れましたよー』なんて聞こえてくる。
六道くんは呆れたような顔をしていたけど、さっきより優しい顔をしてた。
立ったまま、なんて行儀悪いかもしれないけど、六道くんと2人で幸せそうな六文ちゃんを眺めながら飲んだはちみつミルクはとても甘い。スプーン一杯しか入れてないのにおかしいな。




「ね、六道くん。帰ったら眠れそう?」

「おかげさまでな。真宮桜こそ、どうなんだ」

「私は……私も、眠れそう」

「なら、良かったな」

「六道くんと六文ちゃんが来てくれたからだよ、きっと」

「は?」

「きっと、そうだよ」




ぽかぽか温かい心と身体。今布団に入ったらすぐ眠れそう。
学校に行くために、朝がきたら起きなくちゃいけないけど、また学校で六道くん達に会えると思ったら嬉しかったの。今日は六道くんのお弁当も作っていこうかな。




「りんね様ぁ…、桜さまとの結婚式の司会はぼくがやりますからねー…」


「ばっ…やらんでいい!」

「六道くん、寝言なんだからそんなにムキにならなくても…」






end!
一周年企画/尾池昴さまへ

wOndEr(乱あ)


あたしは乱馬が好き。
そう自覚してからどれだけ毎日を過ごすのが大変か、アイツは絶対分かってない。
一緒に住んでいる、なんて普通じゃ有り得ない。親同士が決めた許婚っていうのも今時なかなかない。とても特殊な関係で、シャンプーや右京はあたしを羨ましいと言うけど、そんなことない。
良いところだけじゃなくて嫌なところも目に付くし、ムカつくことだってあるし、意地悪だし、優柔不断だし。…なんで好きになったのか今でも謎。
不思議だわ。




「ニーハオ、乱馬っ」
「だあぁっ!ひっつくなシャンプー!」


「……」


「乱ちゃん。お好み焼き差し入れや!はい、あーん」
「ちょっ…、あの、ウっちゃん?」


「……」


「オーホッホッホ!お待ちになって、乱馬さま〜!」
「く、来るなあぁぁ!!」


「……」




…ほんっと不思議だわ。
なんであたしはこんな奴を?
苛立ちがなかなか収まらない。そんなにひっついてニヤニヤしてんじゃないわよ。嬉しそうな顔しちゃって、バッカみたい。
あたしが料理を作っても食べてくれないくせに、あたしがお裁縫してもすぐ貶すくせに。シャンプーや右京や小太刀にばっかりいい顔するなんてどーゆーこと?許婚のあたしなんて、なんとも思ってない証拠なの?
あまりにも腹が立ったから、あたしは無言で乱馬のお腹に拳をひとつ打ち込んだ。3人娘に囲まれている乱馬はあたしを見て焦ったような顔をしていたことなんて、知らない。関係ない。
仲良くしてればいいでしょ。あたしより可愛くてスタイルが良くて、器用で優しい女の子達と、仲良くしてればいいのよ!




「あいやー、大丈夫か?乱馬ぁっ」
「ウチの乱ちゃんに何してくれんのや、あかねちゃん!」
「ワタクシが介抱してさし上げますわっ」


「……勝手にすれば?乱馬のバカッ!」




あたしが悪いの?あたしだけが悪者なの?こんな感情、どうしてあるの?
嫉妬なんてしたくない。でも、乱馬があたしを何とも思っていないなら、こんな気持ちは迷惑でしかないよね。行き場を失った想いはどうしたらいいんだろう。
好きなのに、言えない。嫌われてたら怖いもの。
好かれたいのに、意地ばかり張ってしまう。バカみたいって自分でも分かってるのに。




「む、天道あかねではないか」

「あら、ムース」

「丁度いい所におっただ!実はのう…」

「シャンプーならまだ学校近くで乱馬や右京達と騒いでるわよ」

「なにぃ!?って、今はそれどころではない!少し手伝って欲しいんじゃ」

「手伝い?」

「ああ。今おらはシャンプーを驚かせるために新しいデザートの開発中でな、お主に味見してもらいたいという訳だ」

「はあ…」

「良牙にも手伝ってもらっとるんじゃが、おなごの好みはおなごに聞くのが一番かと思ってのう」

「そういうことなら協力してあげてもいいけど…あたしでいいの?」

「おぉ、やってくれるか!助かるだー!早速猫飯店にゴーじゃっ」

「ちょっ、え、今から!?」

「さっさとするだ、天道あかね」




ムースはあたしの腕を掴んだまま猫飯店を目指し走り出す。よろけながらも慌てて付いて行くと、ムースの言った通り、良牙くんがテーブルに座って杏仁豆腐を食べていた。
息を切らしながら席に着くと、おばあさんが水をくれた。




「ご苦労じゃのう、あかね」

「本当に…」

「ほっほ。シャンプーに婿殿を譲る気にはなったかの?」

「…なんでそういう話になるんですか」

「冗談じゃよ、冗談。ほらムース!さっさと準備せんか!」


「分かっておるわくそばばあ!」

「誰がくそばばあじゃ!」




ムースはおばあさんに喝を入れられながら、デザートを作っているみたいだった。
乱馬を譲るって、なんでそうなるの?乱馬は物じゃないのに。…まあ、あたし自身もなびきおねーちゃんと喧嘩した時に取り引きしたことはあるけど。
おばあさんの言葉を反芻しながら、もうあの時のような思いをするのは嫌だと強く思った。
そういえば良牙くんに挨拶してない。ぱっと顔を上げると、良牙くんはうつらうつらと船をこいで今にもお皿に顔を突っ込んで寝てしまいそうだった。




「…りょ、良牙くーん?」

「………」

「良牙くん、起きてー」

「ん…あかね、さ……?─っ!?え、ええっ!?ああああかねさん!?」

「わっ!?つ、机が壊れちゃうよ、良牙くん」




壊したら弁償じゃぞ、とおばあさんが低い声で言う。
がたがたと大きな音を立てて椅子から落ちた良牙くんは顔を真っ赤にしてあたしを見ていた。いきなり声掛けちゃって悪かったかしら?




「す、すみません、驚いちゃって…」

「ううん。あたしこそ起こしちゃってごめんね。でも良牙くん、顔ごとお皿に突っ込んじゃいそうだったから」

「え!あ、ありがとうあかねさんっ」


「良牙、天道あかね、出来ただー!」




ムースが作ってきたのは桃と苺を乗せた可愛らしい杏仁豆腐。だからさっきも良牙くんが食べてたのか。
確かに女の子向けで、美味しそう。ムースもこんなの作れるのね。感心しながら一口食べると、つるんとした食感がとても美味しかった。




「ど、どうじゃ?」


「さっきのバナナや林檎よりはこっちの方がうまいぞ」

「そんなのもあったんだ…。でもあたし、これ好きだなぁ」


「本当か!?おばばはどうじゃ!」

「ま、合格ラインにしてやるかの」




乱馬とのわだかまりはまだ心に蠢くように残っていたけど、嬉しそうなムースと、久しぶりに会った良牙くんのおかげで少し元気が出てきたかも。
お土産に苺と桃の杏仁豆腐を貰って、夕飯に良牙くんを誘って、良牙くんと帰り道を歩いていると、通りがかった公園から乱馬とシャンプー達の声が聞こえてきた。今一番聞きたくない声。




「乱馬の奴…、また女をたぶらかしやがって!しょーもない野郎だ」

「良牙くん、早く行きましょ」

「え?あ、はいっ」




歩く速度を速めて、家へと急ぐ。早く、早く帰らなきゃ。苦しくてたまらない。
不意に、手首を掴まれる。




「……え…りょ、が、くん?」

「どうかしたんですか?あかねさん」

「ど、どうもしないわよ?いつも通り、いつも通りっ」

「…そう…ですか……」

「うん。気のせいよ、きっと」




鋭いなぁ、良牙くん。
でも、友達を困らせるのは嫌だもん。良牙くんに甘える訳にはいかない。
今この思いを口にしたら、きっと止まらないから。
結局、夕飯の時間を過ぎても乱馬は家に帰って来なかった。あたしは久しぶりに帰って来ていたPちゃんを抱っこして、布団に入る。
今日のあたしはヤキモチ妬いて、すぐカッとなって、悪態ばかりついて。




「……ほんと、可愛くないよね、あたし」

「ぶきっ、ぶききーっ」

「もしかしてPちゃん、励ましてくれてる?」

「ぶ」

「…ありがと」




電気を消そうと立ち上がると、ドアをノックされる。
乱馬、かな。
言い訳なんて聞きたくない。許婚を解消しよう、なんて言われたらどうしよう。急に手が震えて、ドアノブに手を伸ばせない。
怖い、よ。




「あかね、入るぞ?」

「ぶ、きーっっ!!!」


「ぴ、Pちゃん!?」


「でぇっ!?りょう…じゃ、ねぇ、こんのブタ野郎っ!」

「ぶききっ」

「っんの…エロブタがーっ!」




ドアを開けた乱馬に向かってPちゃんは勢い良く飛びかかった。
突然のことに頭の中が一瞬真っ白になる。
呆然として様子を眺めていると、乱馬はPちゃんを部屋の外に出してドアを閉めた。




「…な、何してんのよPちゃんに!」

「お前なぁ、いくらペットだからって毎回毎回寝るときも一緒なんてやめろよな」

「あんたには関係ないでしょ!?Pちゃんが励ましてくれてたのにっ」

「ばっ、バカじゃねーの?ペットに励ましてもらう、なんて」

「うるさいっ!Pちゃんに変なヤキモチ妬かないでよ!悔しかったら乱馬こそ、猫シャンプーと一緒に寝たら?」

「あかねこそ嫉妬してるじゃねーか!大体、猫となんて寝たらオレ本当に死ぬっつの」

「へえぇ?人間だったらいいんだ」

「なんでそーなるっ!」




もう埒があかない。
同じことの繰り返しだ。苦しいよ。苦しくてたまらない。ぼろぼろと涙が零れて、ほら、止まらない。辛さを堪えるのは限界だよ。
言葉にならない思いは空気に溶けてしまって、乱馬まで届かないんだ。
もうやだ、もうやだ、気付いてよ!




「…っ、乱馬のばぁかっ」

「んなっ」

「Pちゃんはブタなのにっ、なんでそんなに怒ってるのよぉ!乱馬はいっつもシャンプーや右京達に迫られてニヤニヤしてるくせに、自分のことは棚に上げてあたしばっかりー!!!!」

「…う゛……っ」

「あた、あたしがっ、いつもどれだけ傷ついてるとっ…っふぇ、うぅ〜…」




ぺたんと座り込んで顔を両手で覆う。
自分で言ってて悲しくなるなんて、あたしはどれだけ乱馬に惚れてるのよ…。しゃくりあげながら、だんだん冷静になっていくのが分かった。袖は涙で濡れて冷たい。
机の上からティッシュを取って鼻をかんで、涙を拭いて、気まずそうな顔をして正座している乱馬を見た。




「……で、あたしに何か用だったわけ?」

「…………用っていうか…ご、ごめん」

「あたし、は…乱馬の許婚でいていいの?」




ずっと思ってた。
許婚って言葉が枷になっているなら、乱馬はそれを嫌がっているんじゃないかって。あたしだから、嫌なんじゃないかって。
気丈に振る舞おうと思っても無理みたい。また視界が涙でぼやける。




「…いいに、決まってんだろ。バカ」

「……バカはあんたでしょ!バッ…」




お互い様だろ。
耳元でそう囁かれて、あたしは思わずギュッと目を瞑った。急激に速くなる鼓動に目眩がする。
好きだから不安になるのよ?乱馬はちゃんと分かってる?そう思って睨んだら、当然だろってアイコンタクト。

…こんな奴をなんで好きになったのかは、今でも謎。







end!
一周年企画/乱馬Loveさまへ

呼応する想い(乱あ)


ひとつひとつ積み上げてきたものはとても大事で、失いたくないものだ。鍛錬して得た強さや、ケンカしながらもゆっくり距離を縮めてきた許婚や、この街で出逢った物事全てが大切なんだ。
気持ちを声に出して言えるくらい、オレはまだ成長してないけれど。
すごく、感謝してるんだ。だから…何があっても守る。守りたい。そのために出来ることなら何でもやるさ。




「んじゃーまず、乱馬はもう少しあかねに優しくしてやれ」

「それから、暴言禁止な。他の女子にずん胴とか怪力とか、不器用なんて言ったらお前、一生口聞いてもらえねーぞ」

「あとはー、あかねが困ってたらさり気なく助ける!威張ったりすんなよ、ガキじゃねぇんだから」

「ケンカするのは仲良い証拠って言うけど、たまにはケンカしないで1日過ごしてみたらどうだ?」


「……なぁ、ひろし、大介」


「ん?何だよ、おれと大介の作戦に文句でもあんのかー?」
「協力してやってんだから、感謝くらいして欲しいよなぁ」


「そうじゃなくて、思ったんだけどよ…、オレがいきなりそんな事したら逆に気味悪がられねぇ?」


「ばーか。何事もやり過ぎかもって思うくらいが丁度いいんだよ。な、大介」

「うんうん。あかねくらい鈍感なら充分だと思うな」




いきつけのラーメン屋、[大歓喜]の一角。
オレ達3人はいつものようにラーメンを注文して、他愛ない話で盛り上がっていたはずだった。いつの間にか大介の恋愛相談が始まったかと思えば、オレとあかねの話になっていて。うまく誘導されたおかげで、後戻りは出来そうにない。
2人の意見を聞いていると、なんだかすごく真之介に当てはまるような気がして、それも何故か面白くない。
真之介に笑いかけてた、楽しげなあかねの笑顔は可愛かったし、それがオレに向けられたものじゃないって、分かっているから余計に苦しいんだ。オレは真之介みたいにはなれないって、わかっているから。




「無理だって。性格的に無理」

「お前がそこまで消極的なのも珍しいよなぁ」
「少しは努力してみろよ?」

「わかっちゃいるけど…、それが出来ねーから苦労してんだろ」

「エンドレス〜ってか?全く、早くくっ付けばいいのに」
「じゃあさ、乱馬があかねに何かプレゼントするとか」

「は?どういうことだよ大介」

「だから、乱馬があかねの為に何かをプレゼントするんだって。でも…そーだなぁ、お前がバイトして貯めた初任給で指輪とか買ってさ」
「おっ、成程!『オレの初給料で買った指輪…あかねにやるよ』」
「『嬉しいわ乱馬!ありがとうっ』っていう展開に」

「なるわきゃねーだろが」




けっ、と頬杖をつきながら、オレは餃子を1つ食べた。
バイトは別にいいけど、指輪とか意味深過ぎるだろ。何でもない日にプレゼントってゆーのも怪しまれそうだし、とにかく問題点は沢山挙げられる。
オレとあかねのモノマネをしているんだろうけど、ひろしと大介が演っているのを見ると正直言って気色悪い。男同士のくせに何やってんだこいつら…。間違いなく、オレで遊んでやがる。




「そうしかめっ面すんなよ。もうすぐホワイトデーなんだから、それに合わせりゃいいんじゃねぇ?」
「チョコレート貰ったんだろ?今年もあかねに」

「あ…、そうかその日があったのか……!!」

「まだ日はあるんだし、実行してみるか?」
「なら、14日にはプロポーズ決行だな!」

「なんでそーなるっっ!」




プロポーズは冗談だと分かっているけど、わざわざホワイトデーのお返しを渡すって…、なんかすごく違和感がある。
でも、まああれだ、要はお礼ってこと。
真之介みたいに真っ直ぐ気持ちを伝えることは無理でも、たまにはちゃんと誠意ってもんを見せてやるのもありだよな。
そしたら、あかねが喜んでくれるかもしれねーし…。
黙々と考え込んでいると、2人は大歓喜の店主と何かを話していた。一体何を話しているのか聞こうと腰を上げかけた時。




「よーし乱馬!お前は今日からこの店の店員だ!」

「へ?」

「前にも出前レースの時にここの店で出場したんだろ?店長さんがお前なら大歓迎だってさ」
「良かったなー、すぐバイト先が決まって」

「てめーら勝手に…!」

「え、紹介料でおれらのラーメンタダっすか!?ありがとーございまーす」
「いやー、店長さんが太っ腹な人で良かったなひろし」

「ちょ、まさか最初からそのつもりで」

「じゃ、早速今日から頑張れよ乱馬」
「おれらも常連客として、明日も来るからさ」

「待てコラ、ひろし!大介!おいっ!!」




すたこらと逃げるように店を出た2人を追い掛けようと立ち上がると、店長に肩をガシッと掴まれる。確かおやじに出前レースに出ろって言われた時もこんな風に無理矢理だったよな…。
流石にこう似たようなことがあると、諦めざるを得ない。ため息を吐きながら、オレは残っていたお冷やを飲み干した。
そろそろ夕暮れ時。飲食店が忙しくなる時間帯だ。




「君は早乙女さんとこの娘…いや、息子さんだよね。今日から一週間、よろしく頼むよ」

「はあ…。よろしくお願いします…」




手渡されたエプロンを着ける。こうなったら腹括ってやるしかねーな。目的はともかく、オレに出来ることは自分なりに頑張ってみようじゃねぇか。
袖をまくって自分達の食べた食器を流しに運ぶ。店長から大まかな仕事を教えてもらい、意気込んで机を拭いて、食器を洗って、ラーメンを運んだ。ムースは毎日こんなことをやってるのか。すげーな…。
でも、客に声をかけられるのは結構嬉しいもんだ(おっさんばかりだけど)。指輪なんて買わないけど、あかねの為に頑張ろうって、心の中で決めたから、14日までやるだけやるさ。




 + + + +




「乱馬、今日の放課後…」

「悪い、先帰っててくれっ」

「さ…最近忙しそうね。どうかしたの?」

「ちょっと、な。あ!?やべー遅れる!」

「え?あの、らっ…」




時計を見ると15時30分。バイトは16時から。
急がねーと遅れる!あと2日なのに、給料減らされちゃ困るんだよなぁ。廊下を走って、すれ違いざまにひろしと大介がニヤニヤ笑いながら『頑張れよ』なんて言ってくる。
言われなくても頑張ってるっつの!ったくあいつらは!
少しだけ、さっき帰り際に見たあかねが気になったけど、オレはそのまま大歓喜に向かって駆けていった。




「ギリギリセーフ、だね。乱馬くん」

「す…すんまっせん…」

「着替えたら器を洗ってくれるかい?」

「あ、はい」




働くことの大変さは、この数日で分かってきた。金を稼ぐってそもそも大変なことだよな。なびきの奴が恨めしくなるぜ。
このバイト代で、あかねに何を買おう?普通、ホワイトデーって何を返すんだ?チョコレートを貰ったら、チョコレートを返すのかな。それとも渡す相手の欲しいものを渡せばいいのか?
…つーか、あかねの欲しいものって何?
ホワイトデーまであと2日。どーしたもんかな、こりゃ。




「よー乱馬!」
「ちゃんとやってるかー?」

「やってるっつの!大介、ひろし、冷やかしなら来んなよっ」

「そう言うなって。あかねの為に頑張れよ」
「プレゼントはもう決めたのか?」

「ま、まだ、だけど…。てか買いに行く暇もねーし」



「あれ、もしかして天道さんとこのあかねちゃんにかい?」




店の奥で仕込みをしていたはずの店長は楽しそうな顔をしてこちらを振り向いた。何でこう、オレの周囲の人間は人の苦悩を楽しいことのように解釈すんのかな…。
からかいの視線に囲まれてすごく居心地が悪い。




「なんだ、そんなことなら今行ってくるといい」


「え?」


「この数日よく働いてくれたし、あとは明日1日来てくれればいいから。あ、そうそう、早乙女さんにまたラーメン食べに来いって言っておいてくれよ」

「しゃーねぇ、乱馬の代わりにおれらが手伝うか」
「ちゃんと指輪買って来いよー」


「え、あの、」


「ほら、行った行った!あ、これ今日までのバイト代だ」


「はあ…」




ガラガラ、ピシャン。
…………………なんか見事に追い払われたような…。
渡された封筒の中には諭吉と野口が2枚ずつ。一体何を渡したらいいんだろう。あかねが喜びそうなものって、…何だろう?あかねに直接聞くか?
そういえば、最近バイトが忙しくてあんまり喋ってない。
今日だって、何か言いたそうにしてたよな。とぼとぼ歩きながら、とりあえず本で調べてみようと書店に入る。




「あ」

「あ、あかね?」

「珍しいわね、乱馬が書店に来るなんて」

「まあ…」

「何か用でもあったんじゃないの?」

「…あるにはあるけど、あかねに聞きたいことがあって」

「あたしも、乱馬に聞きたいこと、あるの」




あかねが、オレに?不思議に思ったけど、とりあえずオレ達は書店を出て公園へ。
ベンチに座って一息つくと、あかねがこちらをじいっと見る。




「な、なんだよ」

「あんた、あたしに隠し事してるでしょ」

「え゛!?いやっ、それは…」




あかねを喜ばせたくて、黙っていたつもりだったけど、まさかこんな剣幕で怒られるとは思わなかった。焦りながらも、内心どこか嬉しい自分がいる。
一緒にいるだけで、こんな気持ちになるもんだっけ?……あ、そっか。オレ達に必要なものってもしかしたら。




「最近よそよそしいし、話しかけてもすぐどっか行っちゃうし、何なのよ、一体」

「……あの、さ」

「なによ」

「お前、明後日ヒマ?」

「は?明後日?特に何もなかったけど…」

「じゃーその日1日、オレの時間をあかねにやるよ」

「え…どういう、こと?」

「んー…、ホワイトデーだし?」

「……もしかして、そのためにバイト?」

「なっ、何で知って…!?」

「いや、この間大歓喜の前を通った時に見かけたから…」

「は、ははは…」

「…でも、そっか、なら…」

「ん?」

「明後日、遊園地行きたいな」

「…それって」

「お返し、くれるんでしょ?」




あかねが微笑んだ瞬間、心臓がどきっと跳ねた。
給料がすぐ消えてしまうのは目に浮かぶけど、それでもまあ、いっか。誰よりも眩しい、愛しいこの笑顔を見れるのはオレだけ。
どんな物より、一緒に過ごす時間の方が喜んでもらえたみたいだ。
久しぶりに触れた手の温もりを、そっと握り返した。






end
一周年企画/なつみさまへ!

言い訳レター(乱あ)


ぽたり、ぽたり。
あかねの髪から滴が落ちる。
頭くらいちゃんと拭けよな、ばかやろう。つーかさっさと着替えて来いよ。てか着替えてきて下さい。
どきどき煩い心臓の音で周囲の音が聞こえない。




「─っくしゅ!」


「…なあ、頭くらい乾かして来いって」

「平気よ。今日は暖かいもん」

「そうじゃなくてさ…」

「なに?」




薄着し過ぎなんだよ。
いくら春になって暖かくなったとはいえ、風呂上がりにキャミソール姿でアイスなんてかじって。
普段以上に色っぽく見えて、どうしても意識してしまう。オレは大きく溜め息を吐きながら、タオルであかねの頭をわしわし拭いた。




「風邪ひいても知らねーぞ、ばか」

「平気だって言ってんのに…」




ぶつぶつ言いながらも、オレが髪を拭いていることにはお咎めなし。
あかねの細い髪はまだ湿っているけど、触れるとなんだかサラサラしてた。時折見えるうなじとか、キャミソールを着ているせいで直に触れる肩とか、見えそうで見えない胸、とか、。思わずゴクリと生唾を飲む。
これはなんて拷問だ?




「あかね、乱馬くんの言うとおり、ちゃんと髪は乾かさなきゃ傷んじゃうわよー」

「もー、なびきおねーちゃんまで!」

「はっはっは。微笑ましい光景だねぇ天道くん」

「いやー素晴らしいっ!かすみー、熱燗おかわりっ」

「2人とも呑みすぎですよ。あかねちゃんも早く着替えて来なさい?ごめんね乱馬くん」


「あ、はあ…」




この場にみんながいなきゃ、きっと理性なんて保っていられなかっただろうな。いつもは邪魔者扱いするけど、こんな時ばかりは心底ホッとする。
あかねのこーゆー子供っぽい所は直して欲しいような、そうでもないような、微妙な気分だ。
抱き寄せたくなる欲望を必死で抑えて、オレはなんとか、ようやく、あかねを部屋に行かせることに成功した。これでちゃんと服を着て、髪を乾かしてきてくれるといいんだが。
居間にいるおやじ達はオレの葛藤に気付くわけもなく、テレビを見てはしゃいでる。…オレばかり過剰なようで、なんだか悔しいと思った。
とりあえず茶でも飲むかと湯のみを持った時、居間の戸が開いた。




「ねぇかすみおねーちゃん!あたしのスカート見なかった?」

「スカート?どんな?」

「黄色のプリーツスカート!探しても見あたらないの」

「なびき、知ってる?」

「黄色のスカート、ねぇ…。……ああ、確かあれ、借りてたっけ」

「…なびきおねーちゃん、また勝手に人の部屋漁ったのね!?」

「借りただけよ」




わあわあ騒ぐ姉妹を見てると本当に仲が良いんだなと思う。
お茶を口に含んで、あかねに目をやった瞬間、思いがけなく咳き込んでしまった。あかねの奴っ、着るもの考えろ、着るもの!
白いTシャツを着ているせいで、下着の色が丸分かり。廊下が暗いお陰でやっぱりオレ以外の連中は気付いてないみたいだけど。本人にその気がなくても、これは誘惑されてるみたいで頭がくらくらしてくる。
おおお落ち着け、冷静になれ、オレ1人で挙動不審じゃそれこそ怪しまれちまう。




「どうした乱馬、顔が赤いぞ」

「な、なんでもねぇやい!」




だああくそおやじ!みんな一気にオレの方を見たじゃねーか!
気まずさと恥ずかしさでこの場に居づらい。すごく居づらい。…それもこれも、あかねが悪いんだ…!
ヤケになって責任転嫁。今のオレは冷静な判断が出来ない。
がらりと立ち上がって、ひんやりした廊下を走って洗面所に向かう。鏡で真っ赤な顔を見て、冷たい水で何度も顔を洗った。落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け!
もう一度鏡を見れば、案の定、女に変身している。そこでやっと、頭が冷えてきた。




「オレってこんなにヘタレだったっけ…」




がっくり肩を落として、タオルで顔を拭う。
女の身体なんて見慣れてるのに。あかねだとドキドキするなんておかしくねぇ?いや…普通の男だったらドキドキするのは当たり前、か?
どっちにしろ情けない。
しゃがんで頭を抱えていると、ドアの向こうからあかねの声。




「らーんーまー、ドライヤー取ってよ!」

「……」

「聞こえてんでしょ、乱馬っ!開けるよ?」

「……あー」




ドアを開けて洗面所に入ってきたあかねは、オレを見て目を丸くした。
なんだかバツが悪くて、オレは俯く。




「どうしたの?女になってるし…」

「や、何でもないからほっとけ」

「何でもなくないでしょ。悩み事?」

「別に」

「人が聞いてあげてるんだから答えなさいよ、らんま」

「………いやだ」

「は?」




オレが言ったら負けじゃね?
つーかあかねはまだ着替えてねぇし、髪も濡れてるし。襲われても文句言えねーぞ?
盛大に大きな溜め息を吐くと、あかねが顔をしかめた。
どーせオレの葛藤なんて、あかねは知らねーだろうよ。どーせオレ1人で挙動不審だよ。悪かったなヘタレで。
少しは警戒しろっての。




「…どーせ見せるんなら、もっと色気ある下着着ろよな」

「え」

「透けてるから」

「…っ、な、ななっ、何よバカッ!変態!スケベー!!!」

「ってぇー!!!いきなりビンタかますなアホ!」

「らんまが悪いんでしょ!さいってー!」

「あかねが薄着してるからだろ!?オレは悪くねー!!」

「見る方が悪いのよ!ばかばかばかばかばかばかばかーっ!」

「ばかばか言うな!」




あかねにビンタされた頬を押さえながら、今日初めての口喧嘩。
これに懲りたらしばらくは薄着しないでちゃんと服着るだろ。内心ホッとしながら、ビンタ第2弾をかまそうとするあかねから逃げるために洗面所を飛び出した。




「待ちなさいらんま!」

「やーなこった!」






end!
一周年企画/ひろなさまへ^^
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