「ちょっとらんま!はしたない格好でうろつかないでよ!」

「うっせーなあ…文句ならおやじに言え、おやじに」

「ぱふぉっ」

「いーから早く着替えなさいっ!また池に落ちて全身ずぶ濡れになって変身しちゃうなんてほんとバカね!」



あらあら、今日も我が妹と義弟は仲がよろしい事で。
あたしがチャンスとばかりにカメラのシャッターを切ると、フラッシュの明かりが2人を照らした。目が眩んだらしい2人は一拍置いたのち、また勝手に写真撮りやがってだの、小遣い稼ぎにするなだの、いつもと変わらぬ文句を言い出す。
少しくらい別にいいじゃない、あんた達が汚れる訳じゃないんだし。
と言ったらますます怒りがヒートアップしたらしく、ここぞとばかりに2人はあたしに向かって説教をしようとする。
本当に面倒くさい。大人しくしていればもっと人気が出そうなのに。(あ、でもそれはそれで身内としては面倒くさいかもしれないわね)
カチカチとインスタントカメラのネガを巻いていると、どうやらさっきのものが最後だったみたいだ。あたしったらもうそんなに撮ったのね…やっぱり最新型のデジカメが欲しいわ。



「なびきー、お夕飯の買い物に行ってきてくれるかしら?」


「はーい。いいわよ、暇だし」

「ちょっとなびきおねーちゃん!?」

「まだ話は終わってねーぞ!」

「あんた達も暇なのねー、さっさとその濡れてる格好なんとかしたら?あかねもいつまで制服でいるつもり?」

「うっ」

「そんな、暇ってわけじゃ…」

「はいはい、もういいでしょ。行ってきまーす」



らんまくんとあかねを軽くあしらったあたしは財布を片手に家を出る。買い物ついでにこのカメラも現像しちゃえばいっか。それにしてもあの2人、いつも怒ってばっかりで疲れないのかしら。
のんびり歩いて写真屋に現像を頼んでから、またのんびり買い物をする。まだ外は明るいし、1時間もそう経たないうちに用事は終わってしまった。
写真が出来上がるまで少しの間、喫茶店にでも入って休んでようかな。



「む?」

「げっ」

「なんだ、天道なびきではないか」

「こっちの台詞よ。どうして九能ちゃんが商店街なんかにいるわけ」

「いや、今日は雑誌の発売日でな」

「へー…あんたもそういう人並みなこ…と…」



九能ちゃんは道端でわざわざ雑誌を袋から出し、これ見よがしに表紙を見せつける。
"男と女!デートプランはこれで決まり☆〜彼女を振り向かせよう特集〜"って…まだ剣道の雑誌だった方が良かった気がするわ。流石に気持ち悪い。
こんな雑誌に頼っている時点で軟弱だとは思わないのかしらね…。



「ふっふっふ…これでおさげの女とあかねくんが惚れ込んでくれるようなデートプランを考えようと思ってな」

「必死すぎて引くわ」

「丁度いい、貴様の意見も聞いてやろうではないか」

「なんで上からものを言うのよ。あたしはそろそろ現像に出した写真を引き取りに行かなきゃならないの」

「写真!?ま、まさかあかねくんとおさげの女の写真か…!?」

「まあね。だから九能ちゃんに構ってる暇はないってこと」



あかねとらんまくんに対する執着は常に九能ちゃんの頭の中にあるらしい。というか煩悩だらけだと思う。
剣道部主将として実力があって女子からの人気があったとしても、変人ってだけでアウトよね。もし九能ちゃんが真面目で誠実で本当に完璧人間だったらお金持ちのお坊ちゃんっていうオプションも映えそうだけど、想像がつかなかった。
写真を見せろと煩い馬鹿を無視して、あたしは写真屋に向かう。その間もずっと着いてくるせいで店員のおじさんにはそわそわした目で見られた気がする。
あたしはこんな奴を彼氏にするなんてごめんだわ!



「天道なびきっ!早く写真を見せるのだ!」

「チョコレートパフェと白玉ぜんざい」

「わかった奢ろう!」

「即答しないでくれる」



盛大にため息を吐けば、九能ちゃんはあたしがお遣いで買ったレジ袋をさり気なく持って早く喫茶店に行くように促した。
あまりに自然な行動に一瞬驚きながらも(まあ、奢りだしね)、あたしはその後を歩いていく。
店に入れば早速さっきあたしが言ったメニューを注文して、さあどうだと言わんばかりの顔でこちらを見た。



「これでいいだろう?」

「ほんっと九能ちゃんって強情よね…仕方ない」



写真を袋ごと渡すと、目の前の男は嬉しそうに一枚一枚眺めていく。こうなったら絶対高値で売りつけてやるんだから。
運ばれてきたパフェを食べ進めていたあたしは、ふと九能ちゃんが大人しくなったことに気付いた。



「…九能ちゃん?」

「……ふむ、天道なびきもやはり一応あかねくんの姉というだけはあるなと思ってな」

「は?」

「おさげの女と天道あかねの写真、それからこれを貰おうか」



これ、と見せられたのは何故かあたしの写真。こんなのいつ撮った?
てゆーか、なんで九能ちゃんがあたしの写真なんて欲しがるの?
ざわつく心を必死に抑え、写真を取り返そうと手を伸ばしてもぱっと避けられる。



「ちょっと、それは売り物じゃないわよ」

「じゃあ、売ってくれ」

「話がかみ合わないんだけど」

「ケーキでも追加してやろうか」

「流石に太るっつーの。その手には乗らないわ」



キッと睨みつけても、九能ちゃんは写真を離さない。
確かあれは乱馬くんとあかねが痴話喧嘩をしている理由がとてもくだらなくて、おとーさん達と笑いながら傍観していた時にかすみおねーちゃんに撮られたもの。
このカメラに入ってたの忘れてたあたしの落度ね。
机の上に提示された金額は決して悪いものじゃない。だけど九能ちゃんがあたしの写真を持つということになんだか違和感があって、どうしても渋ってしまう。



「…どうしてそんな写真が欲しいの」

「まだ貴様の写真は持っていなかったからな」

「集合写真とか、あるじゃない」

「それはまた別だろう」

「あたしの写真なんて持っていても、得することなんてないわよ」

「持ってみなくては分からないではないか」



何を言っても聞きやしない。
盛大に溜め息を吐けば、九能ちゃんはフッと笑った。いちいち腹立つ男ね。
少しからかってやらないと気が済まないわ。



「…なんなのよアンタ。まさかあたしのことが好きなの?なーんて」

「……は?」

「?」

「、はあああああ!?」

「うるさっ…何なのよやめてよここ喫茶店だって忘れてんじゃないでしょうね」

「ぼくは貴様が好きなのか?」

「なんであたしに聞くのよ」



全く訳がわからない。何故か真っ赤になる九能ちゃんはいつにも増して気色悪いと思う。
暴走し始めたこの男と話をするのも疲れてきたあたしは、運ばれてきていた白玉ぜんざいを咀嚼して机の上に置いてあったお金をひっ掴んで荷物を持ち席を立った。



「お、おい天道なびき!?」

「優柔不断な男は嫌いよ。あんたそーゆーとこ女々しいんだから」

「なっ、」

「あたしは忙しいの。いつまでも九能ちゃんなんかに構ってられないのよね。それじゃ」



スタスタと店を出て、九能ちゃんが追いかけてこないことを確認し、あたしは走り出した。
悔しいくらいにうるさい心臓が自分を混乱させていく。
あんな奴ただの金づるなのに、ただのクラスメイトなのに、あたしのことが好き?ばっかじゃないの。しかも自覚がないなんて。
……あたしは、からかってやろうと思っただけだったのに。



「写真…結局売っちゃった」



早く、家に帰らないと。
早く、心を落ち着かせないと。
早く、この変な感情を振り払わないと。
あたしはいつもの"あたし"でいたいの。訳の分からない思いに振り回されるなんてらしくない。
九能ちゃんのせいだ、九能ちゃんのくせに、馬鹿のくせに、あんな真っ赤な顔で好きなのか、なんて聞いてくるから。
気色悪いはずなのにこんなにも混乱させられるなんてほんと悔しい。ムカつく。



「好き、とか……ほんと馬鹿よ」



らんまくんやあかねの写真だけじゃなくて、あたしの写真も欲しがってくれて嬉しかったなんて絶対思うもんですか!






end
20万打企画/ひろなさまへ