※次男ほとんど出ません
時が経つのは早いもので。
「あかね、体調どうだ?」
「へーき。乱馬こそ、ちゃんと2人の面倒見ててよね」
「見るっつってもなぁ…、おやじ達がいるから大丈夫だろ」
「ふふ、おとーさん達ってほんと親馬鹿ならぬ孫馬鹿よね」
白い部屋の中、あたしはベッドの上。傍らには乱馬が座ってる。
大きくなったお腹を撫でると、ぽこん、中から反応が返ってきた。あたしと乱馬の赤ちゃんがここにいる。そう思うだけで、この腕に抱く日が待ち遠しい。
「陣痛きたらすぐ言えよ」
「わかってるってば。もう3度目なんだし、ちゃんと言うわよ」
「…ならいい」
「アンタ緊張し過ぎ。まーったく、情けないなぁ」
「なっ、悪いか!」
「もう少し男らしくしてなさいよね、お父さん?」
「無理して笑ってるお前に言われたくねぇんだけど…。あー、もういいから辛いなら寝てろ。あおいと勇馬のことは心配すんな」
「うん」
「今日おふくろは泊まるっつってたから、何かあったら言えよ」
「うん。ありがと」
乱馬とこんな会話をするなんて、昔のあたしには全然想像出来なかったな。相も変わらずぶっきらぼうで素直じゃない優しさは、どこか安心する。
心の片隅で、結婚する前の、許婚になったばかりの頃のあたし達は鮮やかに思い返せるのに、随分遠い所まで来たみたい。
ドアが開いてぱたぱたと聞こえて来る足音に、乱馬が立ち上がった。
「あのねおかーさん、えっとね、そーうんおじーちゃんにね、うさぎさんのぬいぐるみね、かってもらったの」
「おれのもっ、かーさんおれのもみてみて、くるま!かっこいいでしょ!とーさんにはあげないよーっ」
「良かったね。あおい、勇馬」
「こーら。お前ら、病室では静かにするって約束したよな?」
「あ、そうだった」
「あおいがうるさいんだよ」
「ゆーまもでしょ!ていうか、あたしはゆーまのおねえさんなんだからおねーちゃんってよんでよ!」
「えー、めんどくさい」
「ゆーま!」
「やっぱりあおいのほうがうるさいじゃんか」
長女のあおいと、2つ下の長男、勇馬。
ケンカもするけど仲の良い姉弟で親としてはとても嬉しい。もうすぐ、ここに1人増えるんだね。
「はいはい、2人ともそのくらいにしときなさいね」
「お前ら毎日ケンカしてるよなぁ」
「あたし達が言えるセリフじゃないわよね、それ」
「……」
「あおいも勇馬も、ほんと乱馬そっくり」
「オレ達の子供なんだから、似るのはトーゼンだろ」
まるで昔のあたしと乱馬。
兄弟だったらこんな感じだったんだろうな。でも実際のあたし達は夫婦。子供の頃って好奇心旺盛だから、何でもやりたくなるのよね。
ましてやあおいは小学校、勇馬は幼稚園に入ったばかり。
「おなかいたい?おかーさん」
「まだ大丈夫よ」
「おとこのこかな、おんなのこかなっ」
「あおい、生まれてからのお楽しみだぞー」
「おれおとうとがいい!」
「お兄ちゃんになるんだから、勇馬は早くおねしょ治さなくちゃね?」
「…わ、わかってるよ!」
大切な存在が、家族が増えた。毎日毎日、昔と変わらず賑やかで楽しくて。
早く退院して、赤ちゃんと一緒に家に帰りたいな。
そう呟いたら、乱馬はさっさと帰って来いって言ってくれた。家事…というか料理や裁縫が苦手なあたしでも、居場所があって待っていてくれる人がいるのはとても嬉しいことだ。
「ねぇ乱馬」
「ん?」
「"家族"って…、やっぱりいいものだよね」
「……これからまた1人増えるんだぞ。オレは、お前の手を握ることくれーしか出来ねぇけど…」
「それで充分。あたし、頑張るから」
「おう」
お腹を痛めて産んだ、大切な子供達。みんなあたしと乱馬の宝物。
ケンカしたって、嫉妬したって、憎まれ口を叩いたって、結局は"ここ"に戻ってくるから。
愛しくて大切な存在を守るためなら、あたしも乱馬も努力を惜しまないの。そういう風に、育ってきた。
素敵なお母さんになりたいと思うけど、正直言ってそれがどんなお母さんなのかはまだわからない。幼い頃の、お母さんの記憶と、早乙女のお義母さんとを重ねて、想像を膨らませる。
『おかーさん』
『なぁに?あかね』
『あのね、おねーちゃん達がね、あかねにキャンディくれたの!いっしょにたべよ!』
『まあ…ありがとう。あかねは優しいわね』
『えへへ、おかーさんだぁいすき!』
お母さんみたいに、なりたいな。懐かしい記憶はいつしか私の目標とする"お母さん"のお手本になっている。
今ある幸せを噛みしめて、これから先の未来も、家族みんなで過ごしていけるといいなと思った。
退院したら、家事に育児、頑張らなくちゃ!
「……っ、」
「…どうしたあかね?まさか陣痛…」
「ち、違うわよ!ばかっ」
「なっ、人が心配してやってんのにお前って奴は…!何年経っても可愛くねぇっ」
「なんですってぇ!?」
「おかーさん、おとーさん、けんかしちゃだめだよ」
「ここびょーいんだよ。しずかにしろっていってたのとーさんじゃん」
「「………」」
我が子に仲裁されるあたし達って一体…。
内心そんな自分を情けなく思うけど、それは乱馬も同じようで。顔を見合わせて苦笑した。
あおいと勇馬はきょとんとしてこちらを見上げてる。
「あーあ、お前らにゃ適わねぇなー」
「ほんと。あたし達よりしっかりしてるみたい」
「「?」」
あたしは手を伸ばしてあおいと勇馬の頭を撫でた。
もうすぐ家族が増えるよ。お姉ちゃんとお兄ちゃん、仲良く面倒見てあげてね。
そう囁けば、2人とも嬉しそうな顔で笑った。
「はやくあいたいな」
「おれも」
「みんな待ってるぞ。早く生まれて来いよな」
お腹に向かって掛けられる声に反応したのか、ぽこん、と中でお腹を蹴った感覚。
おとーさん達もやってきて、病室は賑やかになる。
ふとお腹に痛みが走ったと思って乱馬に言えば、あれよあれよという間に分娩室へ運ばれて、部屋に響いた産声。
「おめでとうございます。元気な男の子ですよ」
「っ……、ありがとう、ござい‥ます…!」
しわしわの顔だけど、あおいや勇馬の面影が重なって、涙が零れた。側でずっと手を握っていてくれた乱馬も、涙ぐんでいたような気がする。
隣にはタオルにくるまれた赤ちゃんが寝かせられ、指でそっと小さな手に触れれば、きゅっと握ってくれた。
それが何より嬉しくて。
「頑張ったな、あかね」
「…何泣いてんの、」
「ば、泣いてねぇよっ」
「うそつき」
「……悪ぃか」
みんなに、ありがと。
支えてくれて、見守ってくれて、側にいてくれて、笑顔でいてくれて、愛してくれて、ありがとう。
新しい家族が増えて、幸せがまたひとつ増えた。
「乱馬、名前どうしよっか」
「そりゃー考えてた通り、人望の厚い人になってくれるよう、湊馬で決まりだな」
「なに威張ってんのよ」
「…でも、いいと思うだろ?」
「ま、ね」
新しい家族。
これからどんな風に成長していくのか、楽しみで仕方ない。
「湊馬、生まれてきてくれて…ありがとう」
「これからよろしくな、湊馬」
20100514