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ひた隠し、嘯く(りん桜)

臨海学校、最終日。
なぜか眠れなくて、日焼けしたところが痛くて、私はそっと部屋を抜け出し自販機で冷たいペットボトルのジュースを買った。気分転換にロビーに行くと、羽織を着た六道くんがソファーに座っている。




「あれ、六道くん」

「…真宮桜」

「六道くんも眠れないの?」

「あー…少し、息抜きしたくてな。『も』ってことはお前も眠れないのか」

「うん。リカちゃんとミホちゃんは寝ちゃったから、起こす訳にもいかないしね」

「そうか」




薄暗いこのホテルのロビーで、なんだか久しぶりに六道くんと会話をした。昼間はずっとリカちゃん達と一緒にいたし、遠泳コースや自由時間も男女別だったから。
毎日会って喋ってるはずなのに、なんか緊張する。




「そっちは?確か翼くんと同じ班だよね」

「みんなとっくに寝てる。特にうちの班の奴らは昼間はしゃいでたから余計疲れたんだろ」

「あはは、すっごく想像できるなー。六道くんは疲れてないの?」

「オレは…まあ、霊の見張りしてたくらいだし」

「そういえば、確かに幽霊浜程じゃないけど結構いたね…。悪霊っぽいのはいないみたいだったから良かったけど」




やっぱりどこの海でも集まって来ちゃうのかなー、幽霊って賑やかな所好きそうだし。
六道くんの隣に座ってぼんやり考えていると、ホテルの中をてくてく歩き回っている霊が何人か視えた。驚いて呆けていると、ロビーにある小さな噴水のモニュメントの中へ次々と消えていく。




「…徹底してるな、このホテル」

「え?あのモニュメント、どうなってるの?」

「霊道の入り口だ。おそらく」

「へー…あそこが…」

「客に危害を加えないよう、わざわざここに作ったんだろうな」




オレの出る幕は無さそうだ、と、六道くんは黄泉の羽織を脱いだ。臨海学校に来ても仕事する気だったのか…。
毎日暑くて、外にいるだけで疲れちゃう時期なのにタフだなあ。私は日焼けして赤くなった腕が熱くて、ピリピリして痛い。ここに来る前に買ったペットボトルで腕を冷やしながら、霊が消えていく様子をぼーっと眺める。
なんか、疲れてるのに眠くないって変な感じ。




「…六道くんは」

「ん?」

「あ、えと…いや、結構日焼けしてるなって」

「ああ…日差しが強かったしな」

「というか…すっごく痛そう…」

「………」

「あ、だから眠れないとか?」

「…そんなところだ」

「そっかー」




六道くんも腕や首が真っ赤だ。日焼け止めとか塗らなさそうだもんなぁ…。
会話が途切れて静かになる。
いつもは六文ちゃんや翼くんがいるから賑やかだけど、今日は違う。今は、六道くんと2人きり。
考えると、入学した頃より随分時間が経ったような気がする。六文ちゃんが六道くんの契約黒猫になる前はよくつっかかったりしてたけど。今は六道くんの力になれたらって思ってる。




「…あ…」

「え?」

「あ、あー…暑かったな、今日も」

「うん。でも明日は帰れるし、そろそろ夏休みも終わりだし、またすぐ学校で会えるね」

「学校、か」

「六道くん…?」

「いや、なんでもない」

「?」




一体どうしたんだろ。さっきから何かそわそわしてる…?気のせいかな。
冷たかったペットボトルが少しぬるくなった頃、やっと瞼が重くなってきた。部屋に戻らなきゃと思うのに、身体を動かすのが億劫で。
ちょっとだけ寝て、後で部屋に戻ろう。
携帯のボタンをカチカチ打ってアラームを設定しようと思いながらも、時刻設定をしてる間に意識が遠のいていく。隣の六道くんに寄っかかってしまった気がしたけど、誰かの体温は心地よくて、携帯を開いたまま私は眠りについてしまった。




 + + +




「んなぁーーーっっ!!?」




はっ、と
目が覚めれば明るいロビー。一拍置いて、今の叫び声は翼くんが言ったのだとまだ眠い頭で理解した。
…あれ、今何時?
目をこすりながら顔を上げると六道くんの寝顔がすぐ近くにあった。えー…と、落ち着け私。
携帯で時間を確認すると、まだ6時になる少し前。今から戻ればリカちゃんとミホちゃんにはギリギリ怪しまれないかも。




「お…おはよー翼くん」

「ままま真宮さん!?な、なな何を…!!」

「あは、ははは…」




あのまま寝ちゃってたのか。
六道くんが羽織をかけてくれたのか、そのおかげで私達の姿は翼くん以外に見えていないみたい。従業員の人達は翼くんを見て首を傾げている。
とにかく、人が集まってくる前に部屋に戻らないと。




「六道くん、起きてっ」

「……ん〜…」

「!ろく…っ……ちょ、起きて六道くん!」




肩を揺すって起こそうと声を掛けたら、ぐいと腰を引き寄せられ、抱き締められているような体勢になる。
これは流石に恥ずかしい…!
羽織が落ちたら見つかっちゃうし、早く起きて六道くんー!!




「ろ、六道くん!起き…っ」

「………っ…な、」

「あ」

「…──っっ!?わ、わわわる、いっ!?」

「危ないっ!六道く──」

「まっ…!?、い……つつ…っと…」

「……っ?」




起きた瞬間、後ろにのけぞって倒れそうになった六道くんを助けようと手を伸ばしかけた私までバランスを崩し、私達は2人一緒にソファーから落ちてしまった。
どすんと鈍い音がしたけれど、何故かどこも痛くはない。おそるおそる、ぎゅっと瞑っていた目を開ける。




「…大丈夫か、真宮桜」

「ご、ごめん。六道くんこそ大丈夫…?」

「ああ」


「真宮さん!大丈夫かい?」


「う、うん。六道くんがかばってくれたから」

「十文字…いたのかお前」


「いちゃ悪いか」

「別に」

「貴様一晩中真宮さんといたのか?!え?何とか言いやがれっっ」

「離せよ」

「おま…お前なぁ…!俺だって真宮さんの寝顔見たことないのに!!」

「んなこと知るかっ」




よく分からないけど、これは長引く予感がする。早く部屋に戻らなくちゃまずいよね。
私は周りの様子を伺いながら急いで羽織を畳み、2人に声を掛ける。



「あ…あのー…、私先に戻るね?羽織、ありがと六道くん。じゃあ」



もしかしたら聞こえてないかもしれないなー。翼くんの剣幕、なんかすごかったし。
階段に向かって走りながら、一度だけ後ろを振り返ると、六道くんと目が合った。さっき抱き締められたことを思い出して、少し頬が熱くなる。
まだ、眠いのかな、私…。

部屋に戻るとまだみんなは起きていない。ほっとして、まだ開けていなかったペットボトルのキャップを開けた。すっかり常温になったジュースは、それでも火照った私の心を冷やしてくれる。
ふと思い出した六道くんの力強い腕。男の子、だなぁって実感する。気付かないうちに守られていることも分かった。
六道くんと対等な立場には、どうやったらなれるんだろう?
溜め息を1つ吐いて、私は枕を抱き締めた。



「もー…心臓うるさい…」



あと5分。ううん、10分。
頭の中を整理して自分を落ち着かせるから。そしたら、いつもみたいに笑えるから。




「ふあぁ…おはよー桜ちゃん」

「おはよう、リカちゃん」




戸惑う自分は、もう少し心の奥に押し込めておくの。





end

那是愛‐ナーシーアイ‐(乱あ)


「乱馬のバカ!もう知らないっ」

「おー、上等でぇ!凶暴女!」




くるりと踵を返し、あかねは教室に入って行く。今にも泣きそうな横顔が、なんだかもやもやした気持ちにさせる。
…あーあ、またやっちまった。でも今回のはあかねが悪い。オレは悪くねぇ。だから自分から謝るなんて情けない真似は絶対しない。
向こうが勝手に嫉妬して、勝手に怒り出したこと。オレに非はないはずだ、多分。




「ちょっと乱馬くん!」
「あかねの気持ち、全然わかってないよ!」

「……何だよ、ゆか、さゆり」

「確かにあかねも言い方は悪かったと思うけど、乱馬くんも態度が悪い!」

「態度って…こーゆー性格なんだ、仕方ねぇだろ」

「そんなだからあたしたちがやきもきするの!」
「くっつくならくっつきなさいよ!じれったいわねー!」

「う、うるせーなっ」




一体何なんだ。何だってんだ。お前らの都合を押し付けられても困るっつーの!
女ってホント訳わかんねぇ。
うだうだ煩いゆかとさゆりから逃げるように、オレは教室に入った。…そういえばまだあかねの隣の席だったっけ……いや、別に気まずくねーし。オレには関係ねーし。
心情とはウラハラに、じわりと汗をかいてくる。隣からのオーラが痛い。




「………」

「………」

「………」

「………」




オレがあかねに怯んでる?そんなはずがない。
昼寝でもすりゃーどーせこんなんすぐ治まるだろ、深く気にする必要なんてナシ。あーめんどくせ。
机に突っ伏して目を閉じるとチャイムが鳴った。



「はぁーい、みなさんこんにちは!Hello everyone!」



そういや次は英語だったっけ…まあいいや。ひなちゃんだし。
あくびをひとつして、構わずオレは机に突っ伏す。授業はいつも眠くてたるくてやってらんねー。学校では体育やって弁当食ってりゃ充分!




「あらっ?早乙女くんたらまた居眠りしてるー!仕方のないコねーまったく!天道さん、起こしてあげてくれるかしら」

「え…はい」




あかねの声が聞こえて、一瞬どきりとした。いや、まだ仲直りした訳じゃねーし、あかねも謝ってこねーし、無視だな無視。
面倒ごとはスルーに限る。
オレが狸寝入りを決め込んだ瞬間、スパーン!という音と共に頭への衝撃。




「─ってぇな!何しやがんでぇ!!」

「狸寝入りもいい加減にしときなさいよ、このサボリ魔」

「にしたってもう少し起こし方ってもんがあるだろーが!」

「うるさいわねー、アンタが起きないのがいけないんでしょ!」

「その暴力的なトコ直さねーと一生女らしくなれねぇんじゃね?」

「…男らしくないアンタに言われたくないわね。ばっかみたい」

「んなっ、こんっのクソアマ…!やるかーっ!?」

「受けて立とうじゃないの!」


「ストーップ!2人ともまだ授業中ですよっ!」


「先生は黙ってて!」
「子供は危ねぇだろ!」


「んまあっ!先生に向かってそんな口のきき方するなんて悪い子よ!八宝五円殺ーっ!!」


「え、ひな子せんせ…っ!?」
「げっ!」




オレとあかね…というより、クラス全員に向かって五円玉を構えたひなちゃんを止めるには既に遅く。
クラス中の気が勢い良く吸い込まれる。
無意識にあかねに覆い被さると、全身から力が抜けていった。




「ら、乱馬っ!?あんた何して…」

「…ちきしょ…ひなちゃん容赦ねーなー…」

「ちょっと!なんでかばったの!?」

「あーうっせぇ…。身体が勝手に動いたんだよ、文句あっか」

「そんなの頼んでないわよ…!」




そんなの知るか。
あかねを護ることが身に付いちまってるのか、無意識にしたことにオレ自身が内心一番驚いてる。
こんな面倒で厄介な女、危なっかしくてほっとけねぇ。
ぐったりしながらあかねを見上げると、あかねはオレの服の裾を掴んで俯いた。




「さあみなさん!授業を再開しましょ…って、どうして先生の授業聞いてくれないの!?こんなにナイスバディなのにっっ」

「せ、せんせーが…」
「…クラス中に向けて八宝五円殺を使ったからでー…す…」

「まあっ、私としたことがっ!今先生呼んでくるわーっ」

「ひな子先生だって先生じゃねーのか…?」
「もーなんだっていいわよ…」




良くも悪くも今日の英語の授業はなくなった訳で、これでゆっくり休めるってもんだ…な、と。
ふと、頭の中がぼんやりしているせいかあかねが涙ぐんでいるように見える。




「…?あかね?」

「ほんと‥アンタって後先考えないバカなんだから」

「んなこた、わーってらぁ」

「…ごめん…、ありがとう」

「……?」




何を言ったのか理解しきれないまま意識を飛ばす直前、頬にあかねの温かい涙が一雫落ちた気がした。







end.
※那是愛…それは愛でした

日々、願うように(犬かご)


うつらうつら、
暖かい昼間の日差しに眠気を誘われる。




「かごめ、んな所で寝てっと風邪ひくぞー」

「んー」

「日が延びたっつっても、朝晩寒ぃんだから」

「んー」

「おい、聞いてんのか?」

「んー」

「かごめ、」

「ー…ね…」

「?」

「眠い…」

「………」




平和なんだと、思う。
奈落が、四魂の玉が消えた世界は以前にも増して空気が澄んだような気がする。まだ悪さをする妖怪もいたりするけど、私がいない3年の間にその数も減っていた。犬夜叉は少し退屈そう。
命懸けの戦いをしなくてもいいということはなんだか気が抜けてしまうようで、私が元いた世界に妖怪がいないのは、自然の摂理であるように感じられた。だから、きっと私は犬夜叉より先に死ぬだろう。半妖の犬夜叉だって、いつかは死んでしまう。
妖怪と戦わなくても、私は、私達は、人間は、妖怪は、生きているものは全て、いつだって死と隣り合わせなんだ。
考えただけで、怖くてたまらなくなる。




「……ね、犬夜叉」

「どーした」

「手、握ってていい?」

「お、おう」




温かくって、私の手よりずっと大きな犬夜叉の手。
両手で握って、頬に寄せた。
限りある時間の流れの中で、一生懸命に生きていくことはとても辛い。この戦国時代、今まで出会った人の中には、亡くなった人が沢山いる。桔梗だけじゃない。
楓ばあちゃんの手伝いをして、巫女の仕事を覚え始めた私は、まだ救いや癒やしを求める人が沢山いることに驚いた。曲霊に封印されていた本来の私の霊力が戻ったせいもあるけど、旅をしていた時より少しは成長してるといいなと思う。
桔梗にだって負けてないわよって、犬夜叉と並んで歩いていけるくらい。
じいっと犬夜叉の顔を見ながらそんな事を考えていた自分にハッとして、右手で額を押さえた。




「バカだなー私…」

「今に始まったことじゃねぇだろ」

「なにをーっ!?」

「わーっ!冗談!冗談だっっ!!」

「おすわり!」

「ふぎゃっ」




まだ、桔梗のことを意識している自分に苦笑。
私は私で、桔梗は桔梗で、違う人間だってわかっているのに。いつも、必ず心のどこかにその存在がいる。
犬夜叉は…ううん、犬夜叉も、ずっと心の中に桔梗がいるはず。
お互い言葉にしないだけ。
私は地面にめり込んだ犬夜叉の傍らにしゃがんで頬杖をつく。




「……犬夜叉ー…」

「っ…あんだよ!?」

「すき」

「はぁっ?」




色褪せることのない、沢山の出会い、思い出。
全て犬夜叉と見てきた景色。
中学生だった私が自分に与えられた運命を受け入れることは酷く唐突な出来事で。それでも今私がここにいられるのは、犬夜叉がいたから。
犬夜叉が、私を守ってくれてたから。
私は…この世界であとどのくらい犬夜叉といられるのかな?一年?十年?百年?
不安になるけどそんなの、関係ない。




「ずっと…一緒、よね…」

「かごめ…?おまえ…なに泣いてんだ?」

「え、あ?ははっ…ごめ、ちょっと私にしては壮大なこと考えてた

「なんだよそれ」

「うーん…犬夜叉は絶対理解出来ないと思う。なんか難しくって面倒くさいし」




果てしなく、

終わりなく、

永遠にループする。


理解するには困難で、

近かった未来はもう遠い。

だから、"今"を受け止めて…"未来"に向かって精一杯生きていく。この時代で、この世界で、私の人生を紡いでいくの。誰のものでもない、私の人生を。
さわやかに吹く風に目を瞑れば、ほら。会いたい人にはいつでも会える。草太、じいちゃん、ママ、…桔梗。
やっと手に入れたこの日々を、私はこれからも守っていく。




「……かごめ?寝たのか?」

「………」

「…たく、しゃーねぇなぁ。背負って帰るか」




─守るからね。頑張るから。
零れたひと粒の涙は、太陽の光に煌めいて地面に吸い込まれていった。





end

*SWeeTie!(りん桜)


「六道くん、あのさ」

「なんだ」

「試作品、食べてくれないかな」

「…は?」




真宮桜がクラブ棟に大きな紙袋を抱えてやって来た。確か以前も同じように、紙袋いっぱいに入ったクッキーを貰ったことがあったっけ…(十文字の呪いのせいで無駄になったが)。
今回は流石に何も起こらないだろう、とは思うが、ふと窓の外を見てカラスがいないか確認してしまう。…よし、多分大丈夫だ。




「六道くん?」

「え。な、何でもない」

「?あ、えーとね…これがママの作ったマドレーヌで、こっちは私が作ったの。それからパウンドケーキにアップルパイでしょ、グラタンパイ、紅茶クッキー、フォンダンショコラ、ピーチタルト、カスタードプリンと焼きプリンに…」

「……そんなに作ったのか」

「あはは、なんかママと作ってたら楽しくなっちゃって。うちでも食べきれなかったから、良ければ貰って?」


「ふわああ〜…!ごちそうがたくさん…っ!!ありがとうございます桜さまっ」

「いつも悪いな」

「ううん。お菓子作るの、結構好きだから」




紅茶持ってきたから淹れるね、真宮桜はそう言って自分の鞄から水筒と紙コップを取り出した。
女子ってマメだよなと改めて感心する。六文はさっそくタルトを頬張って幸せそうだ。紙袋の中には甘いものばかりでなく、惣菜系も少し入っているあたりから、気を遣ってくれたであろうことがうかがえた。




「あの、」

「ん?なあに、六道くん」

「お…お前も…その、」

「?」

「桜さまも一緒に食べましょーよー」

「…六文も、ああ言ってるし」

「いいの?‥じゃー少し貰おうかな」

「桜さま桜さま!オススメってどれですか?」

「オススメ…そうだなぁ、」




2人の様子を眺めながら胡座をかいて、シュークリームをかじる。
カスタードクリームのほどよい甘さにホッと一息つく。真宮桜の淹れてくれた紅茶も美味しくて、豪華なティータイムだと思った。
3つ目のシュークリームに手を伸ばそうとしたとき、オレより早く六文が飛びついてぱくりと食べてしまった。六文のどや顔が苛ついたが、仕方なくオレは紅茶をすする。




「りんね様、このケーキおいしかったですよー」

「そうか」

「桜さまー、あと何がオススメですかー?」

「んー…プリンかな?4種類くらい作ったから…」

「プリンですって、りんね様っ」

「六文」

「はい?」

「……なんでもない」

「なんですかそれ」

「六道くん、六文ちゃん、どのプリン食べる?」

「あ、ぼく焼きプリンがいいです!」

「六道くんは?」

「え、…ま、真宮桜に任せる」

「……それじゃあキャラメルプリンにするね」

「ああ」




手作りお菓子をこんなに食べるのは今までにない経験だ。誰かが自分に作ってくれたものを口にするのは、おじいちゃんが死んで以来真宮桜が初めてで、初めて貰った弁当がキラキラ輝いていたのを思い出す。
真宮桜はプリンとスプーンをオレと六文に渡し、自分も1つプリンを選んだようだった。




「りんね様っ、ぼくにもキャラメルプリン一口下さいっ」

「は?…ったく…、ほれ」

「わーいっ!…ん〜っ、やっぱり桜さまの作ったものはおいしいです!」

「え、ほんと?ちゃんと味見してなかったから心配で……。六道くん、私も一口もらっていい?」

「あー…ほら、」

「え……」

「?」

「…い、いただきます」

「ああ」




ぱく、と。
真宮桜がプリンを食べた時にやっと頭が理解した。スプーンで掬って六文に差し出した時と同じようにしてしまったことを。
しかも"オレの使っていたスプーン"で、だ。
これって、間接キ…




「…あ、良かったちゃんと出来てる…」

「桜さま、ぼくの焼きプリンも食べますかー?」

「じゃあ私のも食べる?六文ちゃん」

「いいんですか?いただきますーっ」


「………」




……真宮桜はあまり気にしていないようだし、オレの意識し過ぎか。
1人で挙動不審なのもおかしいし、真宮桜みたいに何事もなかったように振る舞うしかない、よな。開き直るしかないだろう?うん。
自問自答してぱっと顔を上げると、真宮桜と目が合った。




「な、なんだ、真宮桜」

「…六道くんも一口食べるかな、って」

「……え」




これは試されてるのか、?さっきの仕返し?
それともただ単に一口食べてみろってことなのか?
真宮桜がわからない。だがこのままでいるのも気まずい。いや、ついさっき開き直ると決めたばかりだ。取り乱してはいかん…!
自然にしていなければ。




「はい、」

「……ん、…うまい」

「抹茶もおいしいよね」

「そうだな」




心臓がうるさい。オレは"普通"を演じきれている…か?
内心ヒヤヒヤしながら、残りのプリンを食べようとした瞬間、扉が勢い良く開き、十文字がすごい形相をしてその場に立っていた。




「あ、翼くん」

「なっ…ど、どっどうし……いや、扉壊すなよ十文字」

「びっくりしたぁ…なんですかいきなり」


「…っ、六道貴様ぁー!!!!何ちゃっかり真宮さんに食べさせてもらってんだお前はー!!」


「ちょ、待て十文字!」

「今プリンの味見してたんだよ。ね、六道くん」

「あ、ああ」


「ま、真宮さん…、だからといってもしコイツに襲われたらどうするんだ!」

「いや、大丈夫だよ。六道くんは真面目な人だから」

「え」




…オレのイメージは真面目なのか?
この容姿のせいか普段あまり良いイメージを持たれないため、なんだか嬉しくなった。だがそれは"男"として見られていないのではないかと同時に不安にもさせる。
あたふたする十文字に平然とした表情で受け答えする真宮桜は何を考えているんだろう。




「あ、良かったら翼くんもプリン貰って?あと一種類、イチゴプリンが残ってたから」

「それじゃあぼくが家まで送ってあげますよ」

「え?あの、真宮さ」

「さー早く行きましょー」

「待っ、おい!俺はまだ六道に用が…!」

「りんね様ー、行ってきまーす」




十文字に反論させる隙も与えず、六文は変化して十文字と共に霊道へ消えた。
呆然としていたオレは、しんと静まり返った部屋に、ふうと息を吐いた。…なんか、一気に嵐が通り過ぎたみたいだな…。




「突然どうしたんだろうね、翼くん」

「え?」

「あ、紅茶おかわりする?」

「お…おう」




さっきは六文がいたから良かったのに、今は緊張して仕方がない。
甘い香りの漂う部屋の中、2人きりだと意識すると平静を保っていられなくなりそうだ。
だって、今はこんなに近い。




「あのね、六道くん。もし甘いものが苦手だったら言って?お菓子、無理して食べなくていいから…」

「…いや、貰ったものは有り難く頂く。ちゃんと食うよ、別に甘いものは嫌いじゃない」

「そっか、良かった」

「……っ…」




こんなにも、近い。
手を伸ばせばすぐに捕まえられる華奢な腕。
自分よりも小さな女の子。
触れたら、戻れなくなることが怖かった。それでも、今、この笑顔を独り占めしたくて。




「…?ろくどー、くん?」

「……」

「え、なに?何て言ったの?」

「…あまい」

「なにが?……っえ、」




お菓子も、香りも、真宮桜も、オレには甘過ぎる。
心地良くて、手放したくなくなるくらい。
真宮桜はオレを信用し過ぎだ。だけど、それに応えたいと思うオレがいることもまた事実。真面目でいなければ、と、頭のどこかで思ってる。
それでも、今だけでいい。


─引き寄せられるように重ねた唇は、やっぱり甘かった。






end

あなたが"いとしい" 。(りん桜)


無表情の中の、気持ち。
最近やっとわかるようになってきた。




「六道くん、お弁当作ってきたよ」

「…弁当…!!」

「今日はね、玉子焼きとシューマイなんだ」

「ご、豪華なメニューだなっ」

「そう?」




これは、喜んでる。…感動してる、ともいうのかな?
お弁当を開けて、しばらくぼーっとしてたかと思うと、噛みしめるように一口一口を味わって食べ始めた。
『美味しい』って言ってもらえて、私も嬉しくなった。
ベンチに腰掛けながら、他愛のない話をしていると、六文ちゃんが慌てた様子でやってくる。何かの封筒を六道くんに渡すと、中を確認してすぐ手紙らしきものをくしゃくしゃに丸めてしまった。




「…っ、あの野郎…」


「六文ちゃん、どうしたのあれ」

「堕魔死神カンパニーから請求書が届いたそうですよ」

「なるほど…」




俯きながらぶつぶつ言っているのは、もしかしてお父さんの愚痴とか…?
お金に関わることでショックを受けると精神的ダメージが大きいんだろうな。雲外鏡の時や、リカちゃんにたかられた時も同じような顔してたし。
六文ちゃんと顔を見合わせると、周りの景色がぐにゃりと歪んで黒い着物を着た女の人が目の前に立っていた。




「りんね、しっかりやってる?」

「あ…魂子さん、こんにちは」
「魂子さま!お久しぶりですっ」
「な、なんでおばあちゃんがここにっ」

「…お・ね・え・さ・んって言ってるでしょ〜?」

「コメカミがいでででででで」


「魂子さま、今日は突然どうしたんですか?」

「ああ、そうそう。百葉箱の依頼は順調なのかしらと思ってね。それから、桜さんの手作りお菓子、食べてみたかったのよー」

「え…私の、ですか?」

「や、やらんっ!それはオレが貰っ……言ってるそばから食うなおばあちゃん!」

「ほほほ、生意気いうのはこの口かしら〜?」

「いででででででででで!!」

「鯖人も相変わらずみたいね、私も何かあったら手伝うから頑張りなさい」

「魂子さま、それじゃりんね様に聞こえてませんよ」

「あら、確かにそうね」




魂子さんは六道くんの頭からぱっ拳を離すと、私が持ってきていたクッキーをパクパクつまむ。
もう少し持ってくれば良かったかな。まだママと作ったクッキー、家にあったし…。
コメカミを抑えてうずくまる六道くんは凄く痛そうな顔をしていた。




「だ、大丈夫?六道くん…」

「ああ……、くそっ…」

「え?」

「あ、いや、…その、せっかく、真宮桜がくれたのに…」

「クッキーのこと?」

「……」

「大丈夫だよ。今度また持ってくるね」

「…ほんと、か」

「うん。六道くんってクッキー好きなの?」

「まあ、嫌いじゃない」

「そっか」


「りんね、たまにはあんたも桜さんの買い出し手伝いでもしたらいいんじゃない?」

「「え?」」

「その間、私は六文からりんねの様子でも聞かせてもらうから。ね、」

「で、でも私…」

「たまにはいいわよそれくらい。クッキー美味しかったわ〜」

「全部食ったのかおばあちゃん…!!」

「お・ね・え・さ・ん」

「はい…」




魂子さんには六道くんも頭が上がらないみたい。やっぱり肉親って強いよね。
でも、本当に手伝ってもらっちゃっていいのかな。
隣をそうっと見上げると、六道くんはふいと顔を逸らしてスタスタ歩き出した。…怒ってる?…わけじゃないのかな?




「あの、六道くん?」

「放課後」

「えっ」

「放課後で、いいか」

「ほ、本当に手伝ってくれるの?」

「今日は依頼もないからな」

「……」


「決まりね!あらっ、もしかしてまだ授業あるの?早く教室に戻って勉強してらっしゃい」
「行ってらっしゃいりんね様!桜さま!」




魂子さんと六文ちゃんに見送られて、私達は教室に戻った。廊下を歩いている間中ずっと、六道くんは黙ったまま。
顔を見ようとしても、手で口元を抑えて視線を逸らされる。……照れてる、とか?
授業中の六道くんも今日はぼーっとしてて、なんか可笑しかった。不思議と、彼の表情がわかることが嬉しくなっていて、放課後が待ち遠しかった。




「…行くか、真宮桜」

「うん。あ、また明日ね、ミホちゃん、リカちゃん」


「じゃーねー」
「ばいばい桜ちゃん」




帰りのSHRが終わってざわめく教室の中、六道くんは立ち上がるとさり気なく私のカバンを持ってくれた。
ミホちゃんとリカちゃんに挨拶してから、急いで後を追いかける。どうして先に行っちゃうのかなー、表情は少し読めても、六道くんが何を考えているのかはわからない。わかったらわかったでエスパーだよね、それ。




「六道くん、いいよ、鞄くらい自分で持てる」

「オレは荷物少ないし…」

「だから、だよ。出来ればスーパーに行った時にカート押してもらえると嬉しいな」

「……そんなんでいいのか?」

「充分だよ、それで」




手伝ってもらうこと自体、ちょっと違和感があった。いつもと違うことは、いつもと違う発見がある。
六道くんの真剣な顔、喜んだ顔、辛そうな顔、怒った顔、楽しそうな顔に営業スマイル。これからはどんな表情を見つけられるだろう?




「卵と牛乳、それから砂糖……、六道くんどうかしたの?さっきから挙動不審だよ」

「このスーパー物価が高過ぎやしないか…!?」

「気のせいだと思うよ…、ここ、近場では一番安いスーパーだし」

「そ…そうなのか。すまん」

「あ、ウインナーの試食だって。食べる?」

「なっ!?た、タダなのか…!?」

「タダだよー、試食だもん」

「後で金を取られたりは…」

「無い無い。心配しないで六道くん」


「あらあら、かわいいカップルね〜。ご試食いかがです?」


「カッ…!?」

「ありがとうございます。はい、六道くん」

「な、え、カッ…、」

「?大丈夫?」

「あ、…だ、…うん」




店員さんにお礼を言って、六道くんにウインナーを渡すまでは良かった。六道くんの様子が明らかにおかしい。
さっきよりずっと挙動不審。
もしかしてカップル、って言われたこと気にしてるのかな…。私だってびっくりしたけど、実際付き合ってるわけじゃないし、六道くんが私を好いてくれてるのかも分からないし…、こうして手伝ってくれるあたり、嫌われてないことはわかるけど。
どうなんだろう。私は、六道くんの隣にいていいのかな?友達として、それとも違う立場として?
不安になる気持ちを抑えて、私は牛乳パックを1つカートに入れた。




「そーだ、ホットケーキミックスでカップケーキでも作ろうかな…。あ、でもプリンもいいなぁ…」

「………なあ」

「ん?」

「嫌じゃないのか」

「なに?」

「オレなんかと、買い物なんて」

「べつに…実際助かってるし」

「…なら…いいんだが…」




嫌じゃないよ。
むしろ感謝してる。六道くんだから、なんて、恥ずかしいから言わないけど。
この間の夏祭りから、思ってたことがあるんだ。




「ねぇ、もし、もしもの話だよ?私が六道くんにお金を払って、楽しそうに笑って欲しいって言ったら、営業スマイルしてくれる?」

「断る」

「もしもの話なのに…」

「あんなの、おやじの真似してるだけで本当のオレじゃない」

「………」




それってどういう意味だろう…、私には"素"の六道くんを見せてくれてるってこと?それとも、私に営業スマイルを要求されるのは嫌ってこと?
歩きながら、私は生クリームとバターをカートに入れる。
やっぱり他人の気持ちを理解するのは難しい。それだけ人間が複雑な生き物なんだって改めて思う。




「…真宮桜、オレは」

「六道くん、今、楽しい?」

「……え」

「私といて、楽しい?」

「………」




にこにこしてる訳でも、むすーっとして怒ってる訳でもない。呆けてるようで、でもちゃんと周りを見てて、楽しいって感情をなかなか表に出さない人だから、ほんの少し、気になった。
六道くんがさっき聞いてくれたみたいに、私でいいのかなって。
スーパーのアナウンスも、他のお客さんの声も、今は遠くに聞こえる。




「六道くん?」

「、…」

「……。なら、良かった」




無言のまま、六道くんはこくんと頷いた。言葉にしなくても、ちゃんと伝わってくる。それだけ、今は信頼してもらえてるのかな。
少し背伸びして棚の上にある小麦粉を取ろうとすると、横から六道くんがあっさりと取ってくれた。
身長の差って、こんなにあったんだっけ…。




「これでいいのか?」

「ありがとう六道くん」

「…というか、後は何を買うつもりだ?」

「え、えーっと…明日のお弁当のおかずとか。ママにおつかい頼まれてて。…六道くん、食べたいものとかある?」

「食べたいものって…」

「うん?」

「な、なんでもいいっ。オレは真宮桜が作るものなら…ほんと…なんでも…」

「……」




六道くんが真っ赤になるから、つられて私も少しほっぺたが熱くなった。
可笑しいなぁ。六道くんの言葉や行動にいちいち反応してる私。
おかしいなぁ。こんなにドキドキするなんて。
可笑しい、な。もう少しこうして一緒にいたいと思うなんて。
おかしいなあ。




「…おい、真宮桜。お前笑いをこらえてるだろう」

「ふ‥ふはっ、あはははっ」

「………」

「だ、だってなんか…嬉しくて」

「は?」

「六道くんのおかげだよ、きっと」




毎日が楽しいのも、一緒に過ごしていて嬉しくなるのも、六道くんと出逢ってからなんだ。
幽霊が見える能力があって良かった。誰かの役に立てることが、必要としてもらえることが、嬉しい。全部、あの時六道くんが導いてくれたのだと思う。




「?どういう意味だ」

「恋未練男子さんに感謝かもね」

「なにがだ」

「さ、早く買い物済ませなきゃ!」

「ったく…」




苦笑しつつも優しい六道くんの表情に新たな一面を垣間見た気がして、またトクン、と、心臓が音を立てた。





end.
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