無表情の中の、気持ち。
最近やっとわかるようになってきた。
「六道くん、お弁当作ってきたよ」
「…弁当…!!」
「今日はね、玉子焼きとシューマイなんだ」
「ご、豪華なメニューだなっ」
「そう?」
これは、喜んでる。…感動してる、ともいうのかな?
お弁当を開けて、しばらくぼーっとしてたかと思うと、噛みしめるように一口一口を味わって食べ始めた。
『美味しい』って言ってもらえて、私も嬉しくなった。
ベンチに腰掛けながら、他愛のない話をしていると、六文ちゃんが慌てた様子でやってくる。何かの封筒を六道くんに渡すと、中を確認してすぐ手紙らしきものをくしゃくしゃに丸めてしまった。
「…っ、あの野郎…」
「六文ちゃん、どうしたのあれ」
「堕魔死神カンパニーから請求書が届いたそうですよ」
「なるほど…」
俯きながらぶつぶつ言っているのは、もしかしてお父さんの愚痴とか…?
お金に関わることでショックを受けると精神的ダメージが大きいんだろうな。雲外鏡の時や、リカちゃんにたかられた時も同じような顔してたし。
六文ちゃんと顔を見合わせると、周りの景色がぐにゃりと歪んで黒い着物を着た女の人が目の前に立っていた。
「りんね、しっかりやってる?」
「あ…魂子さん、こんにちは」
「魂子さま!お久しぶりですっ」
「な、なんでおばあちゃんがここにっ」
「…お・ね・え・さ・んって言ってるでしょ〜?」
「コメカミがいでででででで」
「魂子さま、今日は突然どうしたんですか?」
「ああ、そうそう。百葉箱の依頼は順調なのかしらと思ってね。それから、桜さんの手作りお菓子、食べてみたかったのよー」
「え…私の、ですか?」
「や、やらんっ!それはオレが貰っ……言ってるそばから食うなおばあちゃん!」
「ほほほ、生意気いうのはこの口かしら〜?」
「いででででででででで!!」
「鯖人も相変わらずみたいね、私も何かあったら手伝うから頑張りなさい」
「魂子さま、それじゃりんね様に聞こえてませんよ」
「あら、確かにそうね」
魂子さんは六道くんの頭からぱっ拳を離すと、私が持ってきていたクッキーをパクパクつまむ。
もう少し持ってくれば良かったかな。まだママと作ったクッキー、家にあったし…。
コメカミを抑えてうずくまる六道くんは凄く痛そうな顔をしていた。
「だ、大丈夫?六道くん…」
「ああ……、くそっ…」
「え?」
「あ、いや、…その、せっかく、真宮桜がくれたのに…」
「クッキーのこと?」
「……」
「大丈夫だよ。今度また持ってくるね」
「…ほんと、か」
「うん。六道くんってクッキー好きなの?」
「まあ、嫌いじゃない」
「そっか」
「りんね、たまにはあんたも桜さんの買い出し手伝いでもしたらいいんじゃない?」
「「え?」」
「その間、私は六文からりんねの様子でも聞かせてもらうから。ね、」
「で、でも私…」
「たまにはいいわよそれくらい。クッキー美味しかったわ〜」
「全部食ったのかおばあちゃん…!!」
「お・ね・え・さ・ん」
「はい…」
魂子さんには六道くんも頭が上がらないみたい。やっぱり肉親って強いよね。
でも、本当に手伝ってもらっちゃっていいのかな。
隣をそうっと見上げると、六道くんはふいと顔を逸らしてスタスタ歩き出した。…怒ってる?…わけじゃないのかな?
「あの、六道くん?」
「放課後」
「えっ」
「放課後で、いいか」
「ほ、本当に手伝ってくれるの?」
「今日は依頼もないからな」
「……」
「決まりね!あらっ、もしかしてまだ授業あるの?早く教室に戻って勉強してらっしゃい」
「行ってらっしゃいりんね様!桜さま!」
魂子さんと六文ちゃんに見送られて、私達は教室に戻った。廊下を歩いている間中ずっと、六道くんは黙ったまま。
顔を見ようとしても、手で口元を抑えて視線を逸らされる。……照れてる、とか?
授業中の六道くんも今日はぼーっとしてて、なんか可笑しかった。不思議と、彼の表情がわかることが嬉しくなっていて、放課後が待ち遠しかった。
「…行くか、真宮桜」
「うん。あ、また明日ね、ミホちゃん、リカちゃん」
「じゃーねー」
「ばいばい桜ちゃん」
帰りのSHRが終わってざわめく教室の中、六道くんは立ち上がるとさり気なく私のカバンを持ってくれた。
ミホちゃんとリカちゃんに挨拶してから、急いで後を追いかける。どうして先に行っちゃうのかなー、表情は少し読めても、六道くんが何を考えているのかはわからない。わかったらわかったでエスパーだよね、それ。
「六道くん、いいよ、鞄くらい自分で持てる」
「オレは荷物少ないし…」
「だから、だよ。出来ればスーパーに行った時にカート押してもらえると嬉しいな」
「……そんなんでいいのか?」
「充分だよ、それで」
手伝ってもらうこと自体、ちょっと違和感があった。いつもと違うことは、いつもと違う発見がある。
六道くんの真剣な顔、喜んだ顔、辛そうな顔、怒った顔、楽しそうな顔に営業スマイル。これからはどんな表情を見つけられるだろう?
「卵と牛乳、それから砂糖……、六道くんどうかしたの?さっきから挙動不審だよ」
「このスーパー物価が高過ぎやしないか…!?」
「気のせいだと思うよ…、ここ、近場では一番安いスーパーだし」
「そ…そうなのか。すまん」
「あ、ウインナーの試食だって。食べる?」
「なっ!?た、タダなのか…!?」
「タダだよー、試食だもん」
「後で金を取られたりは…」
「無い無い。心配しないで六道くん」
「あらあら、かわいいカップルね〜。ご試食いかがです?」
「カッ…!?」
「ありがとうございます。はい、六道くん」
「な、え、カッ…、」
「?大丈夫?」
「あ、…だ、…うん」
店員さんにお礼を言って、六道くんにウインナーを渡すまでは良かった。六道くんの様子が明らかにおかしい。
さっきよりずっと挙動不審。
もしかしてカップル、って言われたこと気にしてるのかな…。私だってびっくりしたけど、実際付き合ってるわけじゃないし、六道くんが私を好いてくれてるのかも分からないし…、こうして手伝ってくれるあたり、嫌われてないことはわかるけど。
どうなんだろう。私は、六道くんの隣にいていいのかな?友達として、それとも違う立場として?
不安になる気持ちを抑えて、私は牛乳パックを1つカートに入れた。
「そーだ、ホットケーキミックスでカップケーキでも作ろうかな…。あ、でもプリンもいいなぁ…」
「………なあ」
「ん?」
「嫌じゃないのか」
「なに?」
「オレなんかと、買い物なんて」
「べつに…実際助かってるし」
「…なら…いいんだが…」
嫌じゃないよ。
むしろ感謝してる。六道くんだから、なんて、恥ずかしいから言わないけど。
この間の夏祭りから、思ってたことがあるんだ。
「ねぇ、もし、もしもの話だよ?私が六道くんにお金を払って、楽しそうに笑って欲しいって言ったら、営業スマイルしてくれる?」
「断る」
「もしもの話なのに…」
「あんなの、おやじの真似してるだけで本当のオレじゃない」
「………」
それってどういう意味だろう…、私には"素"の六道くんを見せてくれてるってこと?それとも、私に営業スマイルを要求されるのは嫌ってこと?
歩きながら、私は生クリームとバターをカートに入れる。
やっぱり他人の気持ちを理解するのは難しい。それだけ人間が複雑な生き物なんだって改めて思う。
「…真宮桜、オレは」
「六道くん、今、楽しい?」
「……え」
「私といて、楽しい?」
「………」
にこにこしてる訳でも、むすーっとして怒ってる訳でもない。呆けてるようで、でもちゃんと周りを見てて、楽しいって感情をなかなか表に出さない人だから、ほんの少し、気になった。
六道くんがさっき聞いてくれたみたいに、私でいいのかなって。
スーパーのアナウンスも、他のお客さんの声も、今は遠くに聞こえる。
「六道くん?」
「、…」
「……。なら、良かった」
無言のまま、六道くんはこくんと頷いた。言葉にしなくても、ちゃんと伝わってくる。それだけ、今は信頼してもらえてるのかな。
少し背伸びして棚の上にある小麦粉を取ろうとすると、横から六道くんがあっさりと取ってくれた。
身長の差って、こんなにあったんだっけ…。
「これでいいのか?」
「ありがとう六道くん」
「…というか、後は何を買うつもりだ?」
「え、えーっと…明日のお弁当のおかずとか。ママにおつかい頼まれてて。…六道くん、食べたいものとかある?」
「食べたいものって…」
「うん?」
「な、なんでもいいっ。オレは真宮桜が作るものなら…ほんと…なんでも…」
「……」
六道くんが真っ赤になるから、つられて私も少しほっぺたが熱くなった。
可笑しいなぁ。六道くんの言葉や行動にいちいち反応してる私。
おかしいなぁ。こんなにドキドキするなんて。
可笑しい、な。もう少しこうして一緒にいたいと思うなんて。
おかしいなあ。
「…おい、真宮桜。お前笑いをこらえてるだろう」
「ふ‥ふはっ、あはははっ」
「………」
「だ、だってなんか…嬉しくて」
「は?」
「六道くんのおかげだよ、きっと」
毎日が楽しいのも、一緒に過ごしていて嬉しくなるのも、六道くんと出逢ってからなんだ。
幽霊が見える能力があって良かった。誰かの役に立てることが、必要としてもらえることが、嬉しい。全部、あの時六道くんが導いてくれたのだと思う。
「?どういう意味だ」
「恋未練男子さんに感謝かもね」
「なにがだ」
「さ、早く買い物済ませなきゃ!」
「ったく…」
苦笑しつつも優しい六道くんの表情に新たな一面を垣間見た気がして、またトクン、と、心臓が音を立てた。
end.