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one thing or another(乱あ)



「あたし達って、なんなんだろう」

「は?」



許婚、だけど。
なんなんだろう、ほんと。
分かっているのに、ふと分からなくなる。なんなんだろ、なんなの?
許婚だけど、許婚じゃなかったら、なに?
その"許婚"って言葉以外で、あたしと乱馬の関係を表すのはとても難しい。




「……やっぱり同居人、ってことになるのかなあ」

「オイ、さっぱり話が見えねえんだけど」

「あたしと乱馬は他人なの」




他人であるはずなの。本来なら干渉することなんてなかったはずなの。
きっかけは全てお父さんで、あたし自身は何もしてない。乱馬だって、きっかけはおじさまで、乱馬自身は何もしてない。
あたしと乱馬は他人なの。
許婚なんて、勝手に決められたに過ぎない。




「ずっと嫌だったはずなのに、怒ってたはずなのにな…」

「あのー、あかねー?おーい」

「…乱馬、は」

「あん?」

「あたしのこと、どう思う?」

「………へ…!?な、ななっ、何をいきなりっ…」

「許婚以外で、あたしは乱馬のなに?」




だって他人なのよ、あたし達。
"許婚"って結びつきがなければ、あたしと乱馬の間には何もない。
守ってもらう理由も、一緒に登下校する理由も、同居する理由も、何もないんだから。
─そう、何もない。
右京となら"幼なじみ"、
良牙くんとなら"旧友"、
シャンプーや小太刀、ムースとなら一応"友達"、になるのかな。

そしたらあたしは何なんだろう?
あたしにとって良牙くん達はみんな"友達"になる。乱馬との結び付きがなかったら、右京やシャンプーや小太刀はあたしの"ライバル"にはならなかった。
単純に考えたら、それが普通。あたしの世界に乱馬はいなくて、乱馬の世界にあたしはいない。
今こうして乱馬と一緒にいることが凄く不思議に感じて、無性に泣きたくなる。手が触れて、名前を呼んで、視線を交わして、ケンカして、笑いあって、恋をして。些細なことだけど、とてつもなく大きいことだから、すごく、不思議。



「…あかね、」



……名前を呼ばれるだけで、胸が締め付けられる。
顔を上げればすぐそこに乱馬の顔があって。あたしは一瞬戸惑い、そして瞳を閉じた。乱馬の奴、キスでごまかそうとしてるのバレバレよ。
"許婚"じゃなかったら、きっと出逢わなかったし、好きにもならなかったわ。だってそうでしょ?こんな無神経で馬鹿な男、他人だったら絶対関わり合いにはならないもの。
ちゅっとリップ音を立てて、唇が離れる。




「……ばか」

「許婚、以外に何があんだよ」

「答えになってないわ」

「じゃー何か?お前はオレと他人でいたいワケ?」

「そ、そんなこと、言ってないでしょ」

「だったら、別に考える必要なんかねーだろ。そもそも許婚であることは絶対に変わらねえんだから」

「…な……」




呆れた。ほんと脳天気なんだから。確かにそうだけど、不思議にならないの?
他人だったかもしれないのに、出逢わなかったかもしれないのに、考えたらキリがないのに。それを言っちゃ元も子もない。
慌てて視線を逸らすと、乱馬が溜め息をついた。




「そんっなに"許婚"って言われんのが嫌なら、"恋人"って表現じゃダメなのかよ」

「……あんたってほんと、単細胞…」

「あのなっ」

「ふふ、分かってるわよ。乱馬の言いたいことは」




考えるだけ無駄なんだって、意味のないことだって、そうなんだけど、考えちゃうんだもん。
そしたらあたしは、乱馬は、どんな人生を歩いていたのかなって思うと、色んな想像が出来るから。
一体何なんだろう、あたし達の関係って。
きっと少し前のあたしだったら、今よりずっと不安で仕方なかった。乱馬の気持ちが分からないから。月日が経って、少し素直になって、ようやく見えたお互いの気持ち。触れる度に鼓動が速くなる。

許婚であり、恋人でもある。
そっか、そっかあ。
あたしより乱馬の方が、実はよく考えてたりするのかな。
抱き寄せられた腕の中の温もりに、あたしはゆっくり身をゆだねた。




「あかねがちゃんとわかってんなら、大丈夫だろ」

「何が?」

「余計な言葉はいらねーだろってこと」

「…そーかも、ね」






end

メモワール(りん桜)※47号ネタバレ注意


学園祭…か。
秋も深まり、校内は学園祭に向けてお祭りムードが漂う。
今日のLHRは学園祭で何をやるのか決めるらしい。正直、どうでもいい。貧乏ってどうしようもなく毎日の活力を削ぐよなと思った。




「では今年の三界祭でうちのクラスは、多数決で喫茶店をやることになりました。衣装とかどうする?意見のある人は挙手して下さーい」

「はーいっ」

「どうぞ、リカさん」

「えーっとぉ、女子はメイド服みたいに可愛いカンジがいいと思いまーす」




クラスの話し合いに参加する気は全くない。
今月の家計簿を見てオレは溜め息をついた。毎度のことながら、赤字が黒字になった試しがない。
ざわざわと楽しげな雰囲気の中、あとどれだけ生活を切りつめなきゃいけないんだと考えただけで憂鬱だ。この学園祭で稼いだ金も、クラス費になるだけだし。やる気を起こすだけムダだな。




「他に意見ありますか?」

「(真宮さんのメイド服姿…真宮さんのメイド服姿……!!)…お、俺はその案、いいと思うな」

「あ、ほんと?委員長ー、十文字くんも賛成だってー」



「ちょっとリカちゃん、メイド喫茶にでもするつもり?」

「楽しそうじゃん。ミホちゃんも可愛い格好してみたいでしょ?ね、桜ちゃんも思うよね」

「え、えー…、まあ、楽しければいいんじゃない?」

「もー、桜ちゃんまでそんなこと言うー」




リカもミホも、真宮桜も学園祭の話し合いが楽しそうだ。
顔を上げて黒板を見ると、女子は接客担当、男子は宣伝、男女合同で調理、と3つのグループに分けると書いてある。調理は面倒くさいし、宣伝なら校舎の見回りも出来るな。お祭りなんてものは、いらん霊もやってくる可能性が高いから楽な役回りにしよう。




「六道くんは客寄せ係をやるの?」

「ん…、ああ」

「そっかあ。私は接客係やることになったんだ。学園祭の準備、頑張ろうね」

「それなりにな」

「ええ?ちゃんとやろうよ、初めての学園祭なんだからっ」

「お祭り騒ぎはほぼ毎日、向こうで見てるからな」

「向こうって…。ああ、確かに賑やかでお祭りっぽいよね。露店も沢山あったし」




真宮桜は納得したように頷く。"向こう"と言っただけで話が通じるんだからおかしなものだ。
最初はあの恋未練男子を成仏させるために仕方なく連れて行った死の世界。それからなんとなく自然に霊を輪廻の輪に導く手伝いをしてもらうようになって、思いがけなく真宮桜とおばあちゃんに面識があったことを知って。
最近はもう、真宮桜と六文と一緒に行動を起こすことが多くなった。



「………」

「…?六道くん、どうかした?」

「別に…」



ぼーっと真宮桜を見ていたことに気付き、慌ててふいと目を逸らした。
話し合いは着々と進んでいるようだった。
授業終了を告げるチャイムが鳴り、今日の放課後から準備を始めると委員長が言った。もちろんオレはサボる気満々である。




「真宮さん、さっき六道なんかと何話してたの?」

「あ、翼くん」

「別に、大して面白い話じゃないぞ」

「六道には聞いてないんだが」

「……」

「あー、えっとね。多分翼くんに話しても分からないと思うな…」

「え」

「だよね、六道くん」

「まあな」




真宮桜の言葉にショックを受ける十文字。この前、遊園地に行った時と同じように少し優越感を覚えたのは言うまでもない。
十文字の悔しそうな表情を後目に、オレはいつものように百葉箱へ向かう。依頼があれば食費が浮いて助かるんだが、現実はそううまくはいかないものだ。




「りんね様!依頼はありましたかっ?」

「あったらこんなに落ち込まないだろう」

「……無かったんですね、依頼…」

「いつものことだ。どうやりくりするかでオレの人生が決まると言っても過言じゃない」

「おおっ、なんだかカッコいいですりんね様!そういえば…今度学園祭があるんですよね?今日はそちらの準備に行ったらどうですか?」

「は?」

「せっかく高校に入学したんですから、楽しめる時に楽しまないと!あ、ほら。桜さまが来ましたよ」




六文の指差す方から、真宮桜が走ってくるのが見えた。大方、クラスの奴らから呼んで来るよう頼まれたんだろう。
一体いつからここが集合場所になったんだ、ふと疑問は浮かぶものの、六文の言うことももっともだと思った。貧乏だけど、こうして高校に通えてる。死神の仕事を忘れるつもりはないが、少しは息抜きしてもいいかもしれない。




「六道くん!学園祭の準備やろーよ」

「……」

「もしかして依頼、あったの…?だったら私も手伝う」

「桜さま、心配しないで下さい。今日も百葉箱は空でしたから」

「え。そーなの?」

「余計なこと言うな六文。さっさと敷地巡回してこい」

「わかりましたっ。りんね様も依頼がない時くらい、楽しんで息抜きしなきゃダメですよーっ」




六文は子猫に化けると軽快に校門へ向かって走って行った。
ようやくうるさいのがいなくなって静かになった。やれやれと百葉箱の扉を閉める。今夜の夕飯どうしよう…。おばあちゃんに頼るのは極力避けたい。
眉間にしわを寄せて考え込むと、くいとジャージの裾を引っ張られる感覚。振り向くと真宮桜がいた。




「ねえ六道くん、教室行こうよ。みんな待ってるからさ」

「なんで、お前は…」

「?」

「…なんでもない」




─どうしていつもオレの側にいてくれるんだ?どうして、気遣ってくれるんだ?

聞いてみたいことは沢山ある。なんだか気恥ずかしくて、言えそうな予感は全くしないのだが。
校舎に向かって歩き出すと、真宮桜はきょとんとした表情でオレを見る。一瞬だけ、鼓動が速くなったような気がした。




「ちょっと…六道くん?」

「教室」

「教室?」

「…準備、するんだろ」

「う、うん。……ははっ」

「何だよ」

「なんでもない!早く行こっ」

「おっ、おい!?押すな真宮桜!」

「早く早くっ!」




真宮桜はオレの背中を押して先へ先へと急かす。その様子がやけに楽しそうだったから、学園祭も悪くないと少し、少しだけど、思った。
教室に着くと女子は既に衣装作りを、男子は看板作りを始めていた。
うちのクラスって団結力が強かったのか。



「あ、桜ちゃんおかえりー」
「簡単にだけど、試作品の衣装一着作ってみたんだ。着てみてよ!」

「え?ちょっ、リカちゃ…!?」



真宮桜はリカ達に連れられて更衣室へ。
オレは何をすべきかイマイチ分からなかったが、とりあえずさっきから感じる痛い視線を何とかしたいと思う。




「…何の用だ、十文字」

「どうしてわざわざ真宮さんがお前を迎えに行くんだ?」

「オレが知るか」

「付き合ってないんだろ!?じゃあ何故だ」

「真宮桜に聞けばいいだろ。オレは知らんと言っている」

「聞けないから聞いてるんだろ!おい六道!」


「委員長、オレは何をすればいい」
「あ、じゃあこれを運んでくれっかな。助かるよ六道」


「おいっ、人の話を聞けー!!!」




六文より十文字はうるさい。…よな。
オレは委員長に渡された角材を教室の隅に運ぶ。騒ぐ十文字はスルーしておくに限る。関わるとロクなことがなさそうだ。
教室を見渡すとみんな楽しそうな顔をして準備をしている。そうだ、学校生活ってこういうものだったな。おじいちゃんが死んで貧乏になってからようやく学校生活をしていると実感出来たような気がする。



「六道くーん、十文字くーん、見てみてっ」

「わわっ、もーミホちゃん引っ張らないでよー」



リカとミホに衣装を着せられた真宮桜は、ちょっと拗ねたような表情をする。
何故わざわざオレと十文字を呼びつけたのは知らんが、予想以上の"衣装"の出来には驚いた。ささっとこんなものを作ってしまうんだから、女ってすごい。




「どうどう?桜ちゃん可愛いでしょー」

「ま…真宮さん!とっても似合ってるよ!!」

「あ、ありがと」


「ほら、六道くんは桜ちゃん見てどう思う?」

「‥は?」



オレにも聞くのか。何と言うべきか迷いつつ、もう一度真宮桜を見た。
…かわいい、とは思う。
周りの視線が痛いのもあって、余計なことは言えないと少し冷や汗をかいた。




「あの…やっぱり変、かな?」

「いや……いいんじゃないか。それで」

「ほんと?」

「……うん」

「わかった。ありがとね、六道くん!」


「ふっ、お前はもう少し気の利いた台詞を言えないのか?」

「十文字、うるさい」

「なんだと!?」




今のオレにはあれが精一杯だ。不器用だから、うまく伝わらなかったかもしれないけど、にっこり笑った真宮桜の顔が頭から離れない。
一体なんだというんだ、最近おかしいぞ、オレ。
こんなに真宮桜を意識し始めるようになったのはこの学校に十文字が来てからだと思う。ああくそ、厄介な奴だな、この野郎。ぼーっとしてる場合じゃないってのに。




「あ、そーだ六道くん。これ、昨日お母さんと一緒に作ったんだ。良かったら六文ちゃんと一緒に食べて」

「食べ…って、まさか食い物かっ」

「うん、クロワッサンなんだけど。…依頼が無くっちゃ食費大変だろうなって思ったから」

「真宮桜…。助かった。いつも悪い」

「別にいいよ。困った時はお互い様って言うしね」




…真宮桜にとって、オレだけ、特別なんだろうか。それとも同情されてるだけなのだろうか。そんなの分からないし分かりたくもない。
ただ、こんな日が続いたらいいなと心の奥でそっと呟く。
学校が楽しいなんて思えるようになったのも、死神の仕事を頑張ろうと今まで以上に強く思えるようになったのも、きっと真宮桜のおかげだ。




「…真宮さん、優しいなあ……。しかし何故こんな六道なんかにっ」

「……」

「なんだその目はっ!お前、こんな事で勝ったと思うなよ!!ちっとも悔しくないんだからな!」



「あ、やっぱり十文字くん悔しかったんだ」
「六道くんに対してライバル心の燃やし方が異常だもんねー」
「しっ、聞こえちゃうよ」




ミホ達の会話は丸聞こえだ。そう思っても十文字の怒りは収まらないらしい。次はどんな因縁をつけられるんだか。
真宮桜をどう思っているのか聞かれても、今はわからない。うまく表現出来る言葉が見つからない。でも、少なくとも、オレの中で真宮桜は他の女子達よりは"特別"な位置にいる。その特別が、死神の仕事に関してなのかそうじゃないのかという区別はまだ難しい。




「学園祭…か」

「言っておくが六道。真宮さんと出会ったのは俺の方が先だからな」

「へえ」

「話聞けよ」

「話なんてしてる暇があるなら、学園祭の準備でもしたらどうだ」

「…お前にそんな事を言われるとは思わなかったぞ」


「六道くんの言うとーりだよ翼くん。みんなでやればすごいのが出来るかもしれないし」

「真宮さんが言うなら…」




学園祭はもうすぐ。
少しならクラスの手伝いをするのも悪くないと思えた、そんな日。






end

深い思いやり(小右)


「小夏ー、皿洗っといてな」

「はいっ」



今日もお好み焼き"うっちゃん"は大繁盛。私がここで住み込みのお手伝いを始めて約半年。
毎日毎日、右京さまはお好み焼きを焼く。私も毎日掃除をしたりレジ打ちしたり。そんな日々にようやく慣れ、たまにいらっしゃる乱馬さまやあかねさま、それから、良牙さまとも知り合いになれた。
私くノ一小夏、生まれてこの方"友人"と呼べる人がいなかったせいか、この街に来てからというもの、毎日が新鮮な出来事ばかりで楽しくて仕方がなかった。



 + + +




「ほな小夏。ウチは学校行ってくるから、店の掃除頼むな」

「任せて下さい、右京さま!」




笑顔で右京さまを見送って、店内の掃除をするために箒を出す。
学校、かあ。
いつも気合いを入れて行くのは乱馬さまのためなんだろう。羨ましい、と思う反面、私は男として見てもらえてないんだなと悲しくなる。最近はもうずっと。
仕方ないのは分かってる。女装してるし、女口調だし、男を落とす為の技を幼い頃から身に付けていたから。

好きです、好きです、お慕いしています、右京さま。
あの巻物にしたためた想いは嘘偽り無い本当のこと。私に衣食住を与えてくれて、私をあのお色気喫茶から救ってくれて、今こうして自由を頂いて。
想いは更に募るばかり。



「思えば、お世話になりっぱなし…」



私に何か出来ないだろうか。右京さまへ日頃の感謝を込めて。今までの恩など、返しきれないのはもちろん分かり切っているけれど。
男であると分かってからも何ら変わりなく傍にいさせてくれる右京さまだから、心の広い、優しい右京さまだから、これからもお役に立ちたい。
迷惑ばかりかけてしまっているけど、何か、喜んで貰えるようなことはないかな。

料理…は右京さまの方が上手だし、商売も右京さまの方がうまくやる。私に出来ることといったら、掃除や雑用くらい?ああ、それからくノ一の特技を生かして用心棒とか。
………右京さまが喜んでくれるとは到底思えない。
じゃあ、それじゃあ何かプレゼントするというのはどうだろう?女性の喜びそうなもの、少しだけど思い当たるものはある。
私は財布を持って、店の買い出しのついでにプレゼントも買って来ようと戸締まりをして店を後にした。




「えーっと…鰹節と青のりとソースに海老、それから……」

「おっ、そこのねーちゃん!いいイカが入ってるよー、買っていかないかい?」

「お安くなります?」




右京さまから伝授された"値切り"の技。魚屋のおじさんや八百屋のおじさんは気前よく値引きしてくれる。(今日も安く材料を手に入れることが出来ました!右京さま!)
一通り買い物が済んだので、私は右京さまへのプレゼントを探すことにした。

アクセサリーがいいかな、それとも健康グッズ?ケーキも豪華で美味しそうだなあ、食べてみたいなあ…、じゃなくて、洋服とかもいいかもしれない。普段右京さまは洋服を着ないし。
キョロキョロとデパートの中を歩き回る。沢山の誘惑に負けそうだ。でも、右京さまに喜んでもらいたいから、しっかりしないと。
もう一度気を引き締め、私は歩き出した。



「…………あ」



ふわり、優しげな香りが鼻をくすぐる。
とある店に近付くと、赤、白、ピンク、黄色、鮮やかなバラの花達が並んでいた。一際目を引く赤いバラ。
この花束をプレゼントしたらどうだろう?お金は200円もあるし、沢山買っ…、え、一本160円…!?こ、こんなに花って高いのか……!私には一本しか買えないけど、右京さまは貰ってくれるかな?
恐る恐る店員のお姉さんにラッピングを頼むと、オマケとしてカスミソウを一緒にして、小さな花束を作ってくれた。
豪華とは言えないかもしれないけれど、一本きりのバラを差し上げるよりはずっといいと思った。




「あれ、小夏?おめー何やってんだよ」

「乱馬さま!こんにちは。私は買い物です、よ?」




乱馬さまに気付かれないよう、思わず私は花束を後ろ手に隠した。
一応右京さまの好きな人だから、私が出しゃばったりすることは望ましくないという思いと、恋のライバルである乱馬さまだから、どうにか出し抜けないかという思いが交錯する。
それでも、一番に優先するのは右京さまの気持ち。
嫌われるのがとてつもなく恐ろしいんだ。




「まだウっちゃんトコでバイトしてんだろ。もう慣れたか?」

「はい。右京さまは、とてもお優しいですし…。それに、私の居場所を作って下さいましたから、少しでもお役に立てるようもっと頑張りたいのです」

「そっかー、すげーな小夏」

「え?」

「素直に思ったこと言えるの、すっげえ羨ましい」




オレはなかなか上手く伝えられないから、乱馬さまはそう言って苦笑した。今、あかねさまの事を思い浮かべたのかな?
私は乱馬さまの方が羨ましいのに。右京さまに好いてもらえる乱馬さまの方が、羨ましいです。
私なんて、…。




「じゃ、オレは帰るわ」

「?デパートに買い物しに来たんじゃないんですか…?」

「いや、ちょっとヤボ用ってやつでな」

「はあ…」

「また近いうちに店にお好み焼き食いに行くってウっちゃんに伝えといてくれよ。んじゃな!」

「えっ、あの、乱馬さま…」




そそくさと逃げるように乱馬さまはデパートから出て行ってしまった。何か急ぎの用事でもあったのでしょうか。
私もそろそろ帰らなくては。乱馬さまが商店街にいるなら、右京さまも学校から帰ってくるはず。早くこのバラを渡したい。どんな顔するかな、右京さま。
店に着くと、右京さまは丁度出入り口付近の掃除をしていた。




「すっすみません右京さま!お帰りなさい!」

「ん。買い出しおおきに」

「はいっ!あ、あの、…それからこれ……っ」

「…?あんた、どないしたん?こんな立派なバラ…」

「右京さまにプレゼントです。私の所持金ではバラ一本しか買えなくて…すみません」

「今日って何かあったん?」

「いえ、ただ、日頃のお礼です。良かったら、貰って下さい」

「小夏…。そんな気ぃ使わんでもええのに」

「そんなんじゃありません!私、本当に右京さまに感謝してるんです!お礼なんてしきれません!」

「ははっ。おおきに、そーゆーことならありがたく頂いとくな」

「はい!」




右京さまは店内に入って戸棚から背の高めなグラスを1つ取って中に水を注ぎ、そこに私がプレゼントしたバラを挿した。
喜んで頂けた。
それが何よりも嬉しい。




「ウチ、花なんて貰ったの初めてや」

「え?」

「なんか久々に女の子扱いされた気ぃするわー」

「右京さまは、可愛らしいです!!他の女の子よりずっと、ずっと女らしいです!」

「………」

「はっ、すすすすみません…!!変なこと、言っちゃって…っ」

「相変わらずやなぁ、あんたも」

「う…右京、さま……」




ぽんぽんと右京さまは私の頭を撫でた。どきどきと心臓が煩い。ああ、ど、どうしよう。どうすればいいんだろう。
今、この想いを口にしたらちゃんと伝わるかな?でも、お側にいられなくなったら…?
怖い、こわい。
無意識に手や足が震える。




「なあ、小夏」

「は、い」

「…ウチが乱ちゃんのこと、ちゃあんと吹っ切れるまで……待っといてくれる?」

「…………え」

「乱ちゃん、な?近いうちに、あかねちゃんと籍入れるんやて。今日言われてん」




そんなの初耳だ。
先程会った乱馬さまは、そんなこと一言も言わなかった。
ただ、『また近いうちに店にお好み焼き食いに行く』と言っただけ。あれは、遠回しに気を遣っていたのだろうか。
あっけらかんと笑う右京さまは、痛々しくて見ていられない。



「わ…私は、右京さまのお側にいます。いたい‥です」

「こな…」



ダメだ。気持ちを抑えるのは既に限界。手を伸ばして右京さまを抱き締めた。
右京さま、右京さま、右京さま…!!
拒まれたくなくて、嫌われたくなくて、幻滅されたくなくて、ずっとずっと抑えていたこの想い。今にも泣きそうな右京さまを見たら、"聞き分けの良い小夏"ではいられない。




「私は…っ、右京さまが許して下さるなら、ずっとお側において欲しいです」

「……」

「女装もやめます。女口調も、くノ一もやめます。男らしくなって、私が右京さまをお護りします…!」

「……小夏、」

「はい」

「あんたは、それでええの?」

「はい」

「即答かい…」




私の腕の中で、右京さまはクスクス笑う。女の人ってこんなに華奢で小さいのか、私とは全然違う。改めて感じる男女の違いにまた胸がどきどきしてきた。
そっと自分の背中に右京さまの腕が回されたのを感じる。
隠してきた想いを吐ききるには今しかない。




「右京さまが幸せなら、私は幸せなんです。……右京さまが、すきなんです」

「…小夏のアホ」

「えっ」

「そーゆーのは、ちゃんと男らしくなってから言うもんや」

「…す、すみませんっ!でも、」

「ウチが乱ちゃんを忘れるのが先か、小夏が男らしくなるのが先か、競争やな」

「…右京さま?」

「小夏、あんたは赤いバラの花言葉知っとる?」

「い、いえ…」




─『あなたを愛します』って意味なんやで。あんたの気持ちなんてとっくにバレバレやっちゅーねん。


そう言った右京さまにピンと鼻先を弾かれる。ジンジンする鼻を抑え涙目になりながら見た右京さまは少し元気が出たみたいだった。
…華麗に告白をかわされてしまったけど、拒絶されなかっただけありがたいと思うことにしよう。

そうそう、あれから私も花言葉を調べたんです。右京さまはカスミソウの花言葉、ご存知ですか?


─『深い思いやり』っていうんですって。






end

eternal*journey(湧真)


今日もいい天気だ。
あまり車の通らない車道、あまり人気のない住宅街、のどかだなとしみじみ思う。
ふと、隣を歩いているはずの人物が居ないことに気が付き、立ち止まって後ろを振り返った。



「何してんだ、真魚」

「あそこに子猫がいたんだ」



真魚は車の下に潜む猫を指差して言った。
心なしか瞳はきらきらしている。まあ無理もない、外の世界にも、不老不死の身体にもやっと慣れてきたところだろうから。




「また猫か…。お前は動物が好きなんだな」

「湧太は嫌いなのか?」

「嫌いじゃねぇよ。嫌いじゃねぇけど…なんか虚しくなっちまうから」

「どうして?」

「前にも同じようなこと言ったろ。俺達よりも寿命はずっと短い分、別れが辛くなるだけだ」

「…そうか……。ばいばい、子猫」




真魚はとても純粋で、まっすぐな奴だ。幼い頃の環境の影響で、人間としての感情は多少欠落してしまっているが、きっとこうして一緒に過ごすうちに成長していくだろう。
たとえ見た目は変わらずとも、精神的な中身はいくらでも成長出来るから。




「湧太、腹減った」

「『お腹空いた』、だろ?お前も女なら言葉遣いくらいちゃんと…」

「だって湧太も言うじゃないか。腹減った、って」

「あー…うん。もーいいや何でも」




そうだった。
生きることについて一番経験が長いのは俺。真魚はまだ不老不死になって月日が浅い上に世間知らず。知らず知らず俺が手本になるのは当然のことだ。




「真魚、お前は何が食いたいんだ?」

「んー…湧太が好きなもの」

「え?」

「どんな食べ物があるのか、まだよくわからないからな」

「あ、そう」




変な期待も空回り。
俺自身もそんな気持ちは長いことしてないから、期待なんてするだけ無駄だ。一度は妻がいた身でも、500年という月日はあまりにも長かった。けれど老いた彼女の顔は、今でも忘れない。
俺達は道端にあった洋食屋に入った。生きている以上、腹が空くのは仕方がない。
席に着くと、愛想のいいウエイトレスがお冷やを持ってきた。




「オムライス2つ」

「かしこまりました。少々お時間頂きますのでお待ち下さい」


「湧太。おむらいすってうまいのか?」

「食えりゃいいだろ、何だって」

「……」

「…安心しろ。"おいしい"からさ」




ごくごくとお冷やを飲み干した真魚はテーブルに備え付けてある調味料が気になったようで、一つ一つこれは何だと聞いてくる。
まるで先生にでもなった気分だ。
やがてやってきたオムライスは美味しそうな香りを漂わせ、更に空腹を促す。



「いただきますっ」

「いただきます」



洋食を口にする機会はごくたまにであるせいか、久しぶりに食べたオムライスはとても美味かった。
俺達、周りの奴らから見たらどんな風に見えるんだろう?
兄妹?それとも恋人、かな。
生まれ故郷を離れて国内を転々として、随分と遠くまで来たもんだ。真魚といると、なんだか世界が変わって見える。




「湧太?どうしたんだ、おむらいす食べないのか?」

「食うよ。ちょっと考え事しちまっただけだ」

「考え事?ああ、またどっかの女のことか」

「『また』ってなんだ、『また』って」

「べつにー」

「………真魚のことだよ」

「へ?」

「真魚のこと、考えてた」




これからどのくらいの時間を一緒に過ごせるんだろう?
普通の人間とは造りが違う俺達だから、ゆっくり、ゆっくり焦らずに進んで行きたい。
人魚を探す旅に終わりはない。むしろ終わらせたくないと思ってしまうこともある。俺はもう独りじゃないから。真魚がいるから。




「なっ、何言ってんだ馬鹿。さっさと食えっ」

「へーい」

「…おい湧太。なんで笑ってるんだ?」

「ん?ふはっ、何でもねぇよ。気にすんな」

「気になるから聞いてるんだっ」




だってよ、真魚。お前の顔が赤くなるなんて珍しいじゃねーか?
いっつも無愛想な顔してるから、たまに見せるそんな表情が無性に愛しくなる。元々美人なんだから、笑っている方がいい。
にっこり笑って見せると、真魚は拗ねたようにオムライスをがつがつ食べ始める。あーあ、せっかく可愛いのにこれがなきゃなあ、…なんてな。
全て受け止めてやるよ。どんなお前も、"真魚"だから。側にいたいことに変わりはない。




「なあ、真魚」

「………なんだ」

「次はどこに行こうか?」




人魚探しを口実にして、ずっとずっとあてのない旅をしよう。
年をとらない、死ねない身体になって500年以上生きて、ようやく不老不死も悪くないって思えたよ。



「湧太と一緒なら、どこでもいい」

「そっか」




─真魚。
お前と出逢えて本当に良かった。孤独から救ってくれて、ありがとな。
さあ、また人魚を探しに行こう。
俺達がこうして生きている限り、ずっと。
ずっと。






end

不器用VOCALIST(乱あ)


「『文化祭の有志企画に参加しろ』だぁ〜?」


「頼むよ乱馬!このとーりっ!!俺らを助けると思ってさー」



今度開催される風林館高校の公開文化祭の中で行われるステージでの有志企画。
それにオレも出て欲しいらしい。
ひろし、大介、それから普段はあまり話さないクラスメートの晶、修太の4人がオレの机の前に集まって必死に懇願している。
つーかそもそも、オレは音楽とかやった事がないってこと、こいつら分かってんのかな。




「乱馬は楽器出来ねーだろうし、ボーカルでいいからさ!頼むよ!!」

「はあ?大体、お前らの誰かがやれば済むことじゃねーかよ」


「何言ってんだ!早乙女がいれば天道が見に来る!」
「そしたら観客も増えて可愛い女子が沢山来る!」
「カッコ良く演奏キメて、俺らも彼女ゲットしてやるんだー!!」


「……ほぉ。要するにお前らそれが目的か」


「トーゼン。健全な男子高生なら誰でも考えることだぞ」
「お前も目立つの嫌いじゃないだろ?なー頼むよ!」
「今度なんか奢ってやるからさ!な?な?」
「いーか乱馬。お前にもチャンスなんだぞ。あかねにカッコ良い所、見せたくないか?」




ひろしの言葉に、少し心がぐらりと動いた。バンドであかねにカッコ良い所を見せる…?オレが格闘馬鹿なだけじゃねぇって知らしめるチャンスっていやあ、チャンスだよな…。
でも自分の歌唱力に自信がある訳でもないし、正直言って曲の歌詞を覚えるのも面倒だって思う。危ない橋は渡りたくねぇ…、けど、その価値はありそうかもしれないし…。
眉間にシワを寄せて考え込むと、ひろし達は何故か既に曲目を決め始めていた。
オレが入るの決定かよ。




「おいひろし、大介!それから晶に修太!オレはまだやるなんて言ってねーぞっ」


「…なあ、ひろし、大介。早乙女あんな事言ってるけど」

「任せとけって。おーいあかねー」
「ちょっといいかー?」


「?ひろしくんに大介くん、どうしたの?」




さゆりと話をしていたあかねは、ひろしと大介に呼ばれてこちらを向く。
一瞬どきっとしたけど、そうあかねを持ち出されたくれーでバンドやるつもりはねぇ。いつもいつも、その許婚を引っ張り出せばいいって考えなんとかならねえのか?




「俺らさ、文化祭でバンドやるんだ」
「絶対見に来てくれよ!乱馬も出るしっ」

「オイ!だからオレは出るなんて一言も…」


「あはは、乱馬がバンド?楽器も出来ないのに大丈夫なのー?」

「乱馬はボーカル。楽器は俺らで分担するんだ」

「えーっ!?乱馬くんがボーカルー!?」
「乱馬ってそんなに歌上手かったっけ…?」




自分で思うならともかく、他人に言われるとなんだかムカつく。あかねの奴、オレが歌ってんのまともに聴いたことねーだろ。
ひろしと大介の言い方もだが、そんなにオレがボーカルやるのが意外なのか?




「いやいや、そこは演奏でカバーしなきゃ」
「そ。楽しむのが第一だしな」

「ふーん…文化祭楽しみにしてるわ。乱馬もみんなの足引っ張らないで頑張りなさいよねっ」

「けっ、あかねに言われたくねーよ!」

「でもあかね、乱馬くんが歌ってるの見てみたいでしょ?」
「えっ、な、何言い出すのさゆり!あたしは別にっ…、」


「よーし、もうやらない訳にはいかないよな?乱馬くーん?」
「あかねも楽しみにしてるってよ」

「んな゛っ…」

「さっすがひろしと大介だなーっ!」
「じゃあ早速曲決めよーぜ!」


「し、しまっ、ちょ、おいてめーら!」

「今更降りるなんて言わねーよなぁ?」
「俺らは今回のバンドに懸けてんだよ」




文句ねぇよな?
そう口を揃えて言った4人はなんかものすごく怖かった。え、オレもう逃げたい。
まるで蜘蛛の巣にでもかかってしまった気分だった。
それからは毎日、晶に借りたMDプレーヤーで決まった曲を何度も繰り返し流して頭に叩き込む。歌詞の意味なんて考える暇もねぇ。格闘技だったらすぐ覚えられんのに、なんて言い訳は通用しない。
ボーカルとか…大丈夫なのかオレは。




「乱馬!今日は音合わせすっからな」
「歌えるようにはなっただろ?」
「頼むぞ、ボーカル!」
「よーし!早く体育館行ってスタンバイしようぜ」

「おめーら人の事ばっか言いやがって…演奏は大丈夫なんだろーな?」


「「「「任せろ!」」」」




おー、頼もしいこった。
ひろしはギター、晶がベース、大介がドラム、修太がキーボード。そしてボーカル、オレ。
まだまだ不安は残るものの、文化祭はもう目の前だ。



 * * * *


乱馬がボーカル?
聞いたときはびっくりした。だって乱馬が歌ってるのなんて、まともに聴いたことないもん。
でも、やっぱり楽しみなものは楽しみで。
今日の文化祭当日、クラスでの催しは喫茶店だったけど、みんなが気を使ってくれたおかげで有志企画の発表時間にはシフトを外してもらうことができた。




「楽しみねー、乱馬くん達のバンド」
「あ、見てよあかね。なんかすごく女の子が沢山いるわ」

「さゆり…ゆか…。面白がってるでしょ」

「気のせいよ、気のせいっ」
「そーそー。早く席に座ろ!ひろし達、ステージ前の席空けててくれてるんだから」




2人に急かされ、あたしはステージ前の席へ。
多くの人がざわめく中、何故かあたしが緊張してて変な気分。大丈夫なのかしら、乱馬の奴。
体育館がだんだん暗くなり、ステージの幕が上がる。
ロック調になってるけど、TVとかで聴いたことのあるメロディーが流れ始めた。演奏が予想以上にすごくて、あたしだけじゃなく観客はみんな驚いていたようだった。
乱馬が歌い出した途端、会場が歓声とどよめきに包まれる。




『あれって1年F組の天道あかねの許婚じゃねぇか?』
『まじかよ!あ、前の席に天道いるぜ』

『早乙女くんが歌ってるのって今流行ってるドラマの主題歌だよね』
『あれじゃない?ほら、許婚のあかねちゃんに捧げる〜って!』
『この曲、かなり人気なラブソングだもんね。いいなぁあかね、愛されてるねー』




聞こえないフリしても、嫌でも聞こえてくる、あたしと乱馬の噂。
恥ずかしくてここから逃げてしまいたくなるけど、人が大勢いる分、下手に動けば逆に何か言われそうな気がして怖い。
ああもう!やんなっちゃうなあ。なんで乱馬ったらラブソングばっかり歌ってるのよ!




「ねえあかね、乱馬くんって家でもあんな風に歌って練習してたの?」

「さ…さあ…?練習のぞくなって言われてたから」

「いつも教室では煩い男子達なのに、あんな風にバンドやってるの見ちゃうとカッコ良く見えるんだから詐欺よねー」
「そうそう!普段は冴えない奴らだから尚更!」

「ふふ、そうだね」




どうしてラブソングばかり歌っているのかは謎だけど、乱馬も頑張ってることはちゃんと伝わってきた。まさか文化祭でこんな気持ちになるなんて思わなかったわ。
また、乱馬に告白したいっていう女の子が増えるんだろうな。
そういう意味では、やっぱり複雑。
演奏が終わると、体育館全体から大きな拍手が贈られる。
余韻に浸る間もなく、シフト交代の時間だからとあたし達は教室へ急いだ。


 * * * *



ステージから降り、辺りをきょろきょろ見回す。さっきまで前の席に座っていたあかね達の姿が見えない。
何曲歌ったか忘れちまったが、喉はカラカラだ。



「なあ、あかね達ってもう教室に戻ったのか?」

「だろーな、シフトギリギリで変えてもらってたみたいだし」
「俺らも片付けしたらクラスの手伝いに行こうぜ」
「なんか途中から女にモテるためとか関係なくなってたなぁ。楽しかったよ、ホント」
「これぞ青春!ってか?」



陽気な野郎共だぜ。
確かにオレも楽しかったし、バンドやって良かったと思う。…何を歌ったかなんて覚えてないけど、盛り上がってたし。
それにあかねが見に来てくれたことは、素直に嬉しいと思った。
機材を片付け、着替えたオレ達は喫茶店をやっているであろう教室へ向かう。するとそこには何やら行列が出来ていた。



「なんだこの行列…?」

「何してんだ乱馬、早く行こうぜ」

「あ、ああ…」

「あれ?もしかしてあそこにいるの、天道じゃねーか?」



修太が指差した方を見ると、ミニスカートのウエイトレス姿をした"髪の長い"あかねがいた。
久しぶりに見るその髪型に、思考が全て停止したような気分だ。
この行列は、そんなあかねの姿を一目見ようと集まって来たらしい。ひなちゃんやゆか、さゆりを始めとしたクラスの連中は大繁盛だと嬉しそうだったけど、オレは…。



「─おいあかねっ!」

「あ、乱馬。どうしたのよ、そんな大声出し……っえ、何!?ちょっとどこ行く気ー!?」



あかねの手を引いて、オレは教室を飛び出した。廊下にはもちろん人が沢山いるけど、そんなのお構いなしにずんずん進んで行く。文句を言うあかねにも、今は無言を貫いた。
文化祭期間は立ち入り禁止の屋上に着き、ぱっとあかねの腕を掴んでいた手を離した。

オレは、あかねのそんな姿、見たくなかった。
オレだけがあかねの良いところをわかっていればいいって、オレだけがあかねの心にいればいいって思ってたんだ。
今更思い出させるなよ。
こんな八つ当たり、自己嫌悪、嫉妬。全部カッコ悪ぃ。




「…乱馬?」

「………」

「もしかして…、あたしが昔みたいな格好してること、怒ってる?」

「さーな」

「……じゃー何よ。わざわざこんな所まで連れて来てっ。ハッキリしなさいよね!」

「っとに可愛くねーなぁ!昔とちっとも変わってねー」

「ケンカ売ってんの?」

「お前、浮かれすぎ」

「あんたに言われたくないわよ!ボーカルやったくらいでヘラヘラしちゃってみっともないっ」

「あんだと〜!?じゃあ何でそんな格好してんだよっ」

「何よ結局は八つ当たり!?信じらんない!」

「わ、悪いかよ!!そんな格好してんの見たら…嫌でも不安になんだろ」




あの時、オレと良牙のせいで短くなったあかねの髪。
あかねは東風先生への未練を断ち切るいい機会だと言ったけど、あの日の罪悪感も、やりきれなさも、何故だか全て思い出されて。
これ以上女にモテたいとは思わない。
振り向いて欲しいのはたった1人だけ。
ウィッグを取って、また短い髪に戻ったあかねは溜め息を1つ吐いてオレを見上げた。



「ばーか」

「なっなんだよ」

「あんたってホント馬鹿ね」

「オイ」

「今の乱馬より、ボーカルやってた乱馬の方がカッコ良かった気がするわ」

「……え」



馬鹿だと言われた意味も、ボーカルやってたオレの方がカッコ良かったと言われた意味も、よく理解出来ない。
ただ、呆れたように笑ったあかねの表情がいつになく優しげだった。



「言っておくけど、気がするだけよ!」

「わーったっての」



愛しいな、可愛いな、と。
側にいる度に感じる気持ちは膨らむばかり。
バンドに誘ってくれたひろし達に、少しは感謝してやろう。






end
23000打キリリク、ミメラさまへ!リクエスト有難うございました。
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