「『文化祭の有志企画に参加しろ』だぁ〜?」
「頼むよ乱馬!このとーりっ!!俺らを助けると思ってさー」
今度開催される風林館高校の公開文化祭の中で行われるステージでの有志企画。
それにオレも出て欲しいらしい。
ひろし、大介、それから普段はあまり話さないクラスメートの晶、修太の4人がオレの机の前に集まって必死に懇願している。
つーかそもそも、オレは音楽とかやった事がないってこと、こいつら分かってんのかな。
「乱馬は楽器出来ねーだろうし、ボーカルでいいからさ!頼むよ!!」
「はあ?大体、お前らの誰かがやれば済むことじゃねーかよ」
「何言ってんだ!早乙女がいれば天道が見に来る!」
「そしたら観客も増えて可愛い女子が沢山来る!」
「カッコ良く演奏キメて、俺らも彼女ゲットしてやるんだー!!」
「……ほぉ。要するにお前らそれが目的か」
「トーゼン。健全な男子高生なら誰でも考えることだぞ」
「お前も目立つの嫌いじゃないだろ?なー頼むよ!」
「今度なんか奢ってやるからさ!な?な?」
「いーか乱馬。お前にもチャンスなんだぞ。あかねにカッコ良い所、見せたくないか?」
ひろしの言葉に、少し心がぐらりと動いた。バンドであかねにカッコ良い所を見せる…?オレが格闘馬鹿なだけじゃねぇって知らしめるチャンスっていやあ、チャンスだよな…。
でも自分の歌唱力に自信がある訳でもないし、正直言って曲の歌詞を覚えるのも面倒だって思う。危ない橋は渡りたくねぇ…、けど、その価値はありそうかもしれないし…。
眉間にシワを寄せて考え込むと、ひろし達は何故か既に曲目を決め始めていた。
オレが入るの決定かよ。
「おいひろし、大介!それから晶に修太!オレはまだやるなんて言ってねーぞっ」
「…なあ、ひろし、大介。早乙女あんな事言ってるけど」
「任せとけって。おーいあかねー」
「ちょっといいかー?」
「?ひろしくんに大介くん、どうしたの?」
さゆりと話をしていたあかねは、ひろしと大介に呼ばれてこちらを向く。
一瞬どきっとしたけど、そうあかねを持ち出されたくれーでバンドやるつもりはねぇ。いつもいつも、その許婚を引っ張り出せばいいって考えなんとかならねえのか?
「俺らさ、文化祭でバンドやるんだ」
「絶対見に来てくれよ!乱馬も出るしっ」
「オイ!だからオレは出るなんて一言も…」
「あはは、乱馬がバンド?楽器も出来ないのに大丈夫なのー?」
「乱馬はボーカル。楽器は俺らで分担するんだ」
「えーっ!?乱馬くんがボーカルー!?」
「乱馬ってそんなに歌上手かったっけ…?」
自分で思うならともかく、他人に言われるとなんだかムカつく。あかねの奴、オレが歌ってんのまともに聴いたことねーだろ。
ひろしと大介の言い方もだが、そんなにオレがボーカルやるのが意外なのか?
「いやいや、そこは演奏でカバーしなきゃ」
「そ。楽しむのが第一だしな」
「ふーん…文化祭楽しみにしてるわ。乱馬もみんなの足引っ張らないで頑張りなさいよねっ」
「けっ、あかねに言われたくねーよ!」
「でもあかね、乱馬くんが歌ってるの見てみたいでしょ?」
「えっ、な、何言い出すのさゆり!あたしは別にっ…、」
「よーし、もうやらない訳にはいかないよな?乱馬くーん?」
「あかねも楽しみにしてるってよ」
「んな゛っ…」
「さっすがひろしと大介だなーっ!」
「じゃあ早速曲決めよーぜ!」
「し、しまっ、ちょ、おいてめーら!」
「今更降りるなんて言わねーよなぁ?」
「俺らは今回のバンドに懸けてんだよ」
文句ねぇよな?
そう口を揃えて言った4人はなんかものすごく怖かった。え、オレもう逃げたい。
まるで蜘蛛の巣にでもかかってしまった気分だった。
それからは毎日、晶に借りたMDプレーヤーで決まった曲を何度も繰り返し流して頭に叩き込む。歌詞の意味なんて考える暇もねぇ。格闘技だったらすぐ覚えられんのに、なんて言い訳は通用しない。
ボーカルとか…大丈夫なのかオレは。
「乱馬!今日は音合わせすっからな」
「歌えるようにはなっただろ?」
「頼むぞ、ボーカル!」
「よーし!早く体育館行ってスタンバイしようぜ」
「おめーら人の事ばっか言いやがって…演奏は大丈夫なんだろーな?」
「「「「任せろ!」」」」
おー、頼もしいこった。
ひろしはギター、晶がベース、大介がドラム、修太がキーボード。そしてボーカル、オレ。
まだまだ不安は残るものの、文化祭はもう目の前だ。
* * * *
乱馬がボーカル?
聞いたときはびっくりした。だって乱馬が歌ってるのなんて、まともに聴いたことないもん。
でも、やっぱり楽しみなものは楽しみで。
今日の文化祭当日、クラスでの催しは喫茶店だったけど、みんなが気を使ってくれたおかげで有志企画の発表時間にはシフトを外してもらうことができた。
「楽しみねー、乱馬くん達のバンド」
「あ、見てよあかね。なんかすごく女の子が沢山いるわ」
「さゆり…ゆか…。面白がってるでしょ」
「気のせいよ、気のせいっ」
「そーそー。早く席に座ろ!ひろし達、ステージ前の席空けててくれてるんだから」
2人に急かされ、あたしはステージ前の席へ。
多くの人がざわめく中、何故かあたしが緊張してて変な気分。大丈夫なのかしら、乱馬の奴。
体育館がだんだん暗くなり、ステージの幕が上がる。
ロック調になってるけど、TVとかで聴いたことのあるメロディーが流れ始めた。演奏が予想以上にすごくて、あたしだけじゃなく観客はみんな驚いていたようだった。
乱馬が歌い出した途端、会場が歓声とどよめきに包まれる。
『あれって1年F組の天道あかねの許婚じゃねぇか?』
『まじかよ!あ、前の席に天道いるぜ』
『早乙女くんが歌ってるのって今流行ってるドラマの主題歌だよね』
『あれじゃない?ほら、許婚のあかねちゃんに捧げる〜って!』
『この曲、かなり人気なラブソングだもんね。いいなぁあかね、愛されてるねー』
聞こえないフリしても、嫌でも聞こえてくる、あたしと乱馬の噂。
恥ずかしくてここから逃げてしまいたくなるけど、人が大勢いる分、下手に動けば逆に何か言われそうな気がして怖い。
ああもう!やんなっちゃうなあ。なんで乱馬ったらラブソングばっかり歌ってるのよ!
「ねえあかね、乱馬くんって家でもあんな風に歌って練習してたの?」
「さ…さあ…?練習のぞくなって言われてたから」
「いつも教室では煩い男子達なのに、あんな風にバンドやってるの見ちゃうとカッコ良く見えるんだから詐欺よねー」
「そうそう!普段は冴えない奴らだから尚更!」
「ふふ、そうだね」
どうしてラブソングばかり歌っているのかは謎だけど、乱馬も頑張ってることはちゃんと伝わってきた。まさか文化祭でこんな気持ちになるなんて思わなかったわ。
また、乱馬に告白したいっていう女の子が増えるんだろうな。
そういう意味では、やっぱり複雑。
演奏が終わると、体育館全体から大きな拍手が贈られる。
余韻に浸る間もなく、シフト交代の時間だからとあたし達は教室へ急いだ。
* * * *
ステージから降り、辺りをきょろきょろ見回す。さっきまで前の席に座っていたあかね達の姿が見えない。
何曲歌ったか忘れちまったが、喉はカラカラだ。
「なあ、あかね達ってもう教室に戻ったのか?」
「だろーな、シフトギリギリで変えてもらってたみたいだし」
「俺らも片付けしたらクラスの手伝いに行こうぜ」
「なんか途中から女にモテるためとか関係なくなってたなぁ。楽しかったよ、ホント」
「これぞ青春!ってか?」
陽気な野郎共だぜ。
確かにオレも楽しかったし、バンドやって良かったと思う。…何を歌ったかなんて覚えてないけど、盛り上がってたし。
それにあかねが見に来てくれたことは、素直に嬉しいと思った。
機材を片付け、着替えたオレ達は喫茶店をやっているであろう教室へ向かう。するとそこには何やら行列が出来ていた。
「なんだこの行列…?」
「何してんだ乱馬、早く行こうぜ」
「あ、ああ…」
「あれ?もしかしてあそこにいるの、天道じゃねーか?」
修太が指差した方を見ると、ミニスカートのウエイトレス姿をした"髪の長い"あかねがいた。
久しぶりに見るその髪型に、思考が全て停止したような気分だ。
この行列は、そんなあかねの姿を一目見ようと集まって来たらしい。ひなちゃんやゆか、さゆりを始めとしたクラスの連中は大繁盛だと嬉しそうだったけど、オレは…。
「─おいあかねっ!」
「あ、乱馬。どうしたのよ、そんな大声出し……っえ、何!?ちょっとどこ行く気ー!?」
あかねの手を引いて、オレは教室を飛び出した。廊下にはもちろん人が沢山いるけど、そんなのお構いなしにずんずん進んで行く。文句を言うあかねにも、今は無言を貫いた。
文化祭期間は立ち入り禁止の屋上に着き、ぱっとあかねの腕を掴んでいた手を離した。
オレは、あかねのそんな姿、見たくなかった。
オレだけがあかねの良いところをわかっていればいいって、オレだけがあかねの心にいればいいって思ってたんだ。
今更思い出させるなよ。
こんな八つ当たり、自己嫌悪、嫉妬。全部カッコ悪ぃ。
「…乱馬?」
「………」
「もしかして…、あたしが昔みたいな格好してること、怒ってる?」
「さーな」
「……じゃー何よ。わざわざこんな所まで連れて来てっ。ハッキリしなさいよね!」
「っとに可愛くねーなぁ!昔とちっとも変わってねー」
「ケンカ売ってんの?」
「お前、浮かれすぎ」
「あんたに言われたくないわよ!ボーカルやったくらいでヘラヘラしちゃってみっともないっ」
「あんだと〜!?じゃあ何でそんな格好してんだよっ」
「何よ結局は八つ当たり!?信じらんない!」
「わ、悪いかよ!!そんな格好してんの見たら…嫌でも不安になんだろ」
あの時、オレと良牙のせいで短くなったあかねの髪。
あかねは東風先生への未練を断ち切るいい機会だと言ったけど、あの日の罪悪感も、やりきれなさも、何故だか全て思い出されて。
これ以上女にモテたいとは思わない。
振り向いて欲しいのはたった1人だけ。
ウィッグを取って、また短い髪に戻ったあかねは溜め息を1つ吐いてオレを見上げた。
「ばーか」
「なっなんだよ」
「あんたってホント馬鹿ね」
「オイ」
「今の乱馬より、ボーカルやってた乱馬の方がカッコ良かった気がするわ」
「……え」
馬鹿だと言われた意味も、ボーカルやってたオレの方がカッコ良かったと言われた意味も、よく理解出来ない。
ただ、呆れたように笑ったあかねの表情がいつになく優しげだった。
「言っておくけど、気がするだけよ!」
「わーったっての」
愛しいな、可愛いな、と。
側にいる度に感じる気持ちは膨らむばかり。
バンドに誘ってくれたひろし達に、少しは感謝してやろう。
end
23000打キリリク、ミメラさまへ!リクエスト有難うございました。