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If…(乱あ)


もし、オレが格闘をやってなかったら。
もし、オレが呪泉郷に落ちなかったら。
もし、オレがあかねの許婚じゃなかったら。

今こうして天道家に世話になることも、この町で高校生として学校に通うことも、毎日といっていいくらいするケンカも、何もなかったんだろう。
こんなオレの人生は全てが偶然の出来事じゃなくて、必ず何らかの理由があると、思う。
オレは頭がそんなに良くねーから、それ以上深く考えるのはいつも諦めてるけど。




「わっかんねーなぁ」

「ぱふぉ?」

「…親父には絶対に分かんねーから、安心しろ」

「ぱっふぉふぉ」
《いつになく悩んでるな》

「オレだってたまにゃ悩んだりもするよ」

「ぱふぉぱふぉ」
《あかねくんの事か》

「ばっ、ち、ちげーよ!!」



「─何の話?」

「うぇっ!?あかね…」

「ぱふぉ」
《おはようあかねくん》




朝のトレーニングを終えて来たのか、まだランニング姿でタオルを持ったあかねがいた。
オレと親父は朝稽古で池に落ち、濡れて変身したまま、日差しの差す縁側で服を乾かしていた所で、あかねは上半身裸のオレを呆れた様子で見る。




「女の子になった時くらい、恥じらい持ちなさいよね」

「うっせーなぁ。普段は男なんだから、んなもんいらねーだろ」

「夏だから平気だとか、油断してると風邪引くわよ?」

「誰が引くかよ」

「あ、そっかー。らんまはバカだから風邪なんて引かないよねぇ」

「あんだとぉ〜?」

「せっかく人が忠告してあげてるのに」

「あのな、オレは鍛えてるから風邪なんて引かねぇっつの!あかねとはそもそも鍛え方が違うしなー」

「あっそ、じゃあ知らなーい」

「おー、ほっといてくれて結構けっこーコケコッコー」

「バッカみたい。ガキ!」

「ガキはおめーだろーがよ」

「なによ!」

「やるかぁ!?」

「フン、らんまなんかと話してたら貴重な日曜の朝が台無しになっちゃうもん」

「そーかいそーかい」



「あかねちゃーん、らんまくーん、早乙女のおじさまー、朝ご飯ですよー」




かすみさんの呼ぶ声に、あかねはくるりと踵を返して居間に向かった。
…なんだよあかねの奴、今日はいつになくつっかかってくるじゃねーか。何かあったのか?
濡れた服をぎゅーっと絞りながら、オレはあかねの後ろ姿を眺めていた。




「あかね、行く前にお花買って来てくれる?」

「…うん。分かった」

「おねーちゃん、確かお線香も無かったんじゃないっけ」

「あら、本当?なびき」

「ホラ、こないだ八宝斉のおじーさんが仏壇の前で騒いだ時に折っちゃってなかった?」

「うむ、お師匠さまだから仕方ないとしても…今日はきちんとしないとな。あかね、花と一緒に買ってきてくれるかい?」

「うん。お父さん、道場の掃除は帰って来てからでいいよね?」

「ああ、それで構わないよ。ありがとうあかね」




オレと親父はそんな天道家の様子を見ながら、もぐもぐと朝飯を食べていた。そういえば今日は…あかねのかーちゃんの命日、か?
どこかみんな慌ただしい。親父はそれを知ってか知らずか、のっそり立ち上がって台所に向かった。




「またらんまくんも一緒に行く?」

「え、あ…その、墓参り?」

「ええ。そうよ」


「オレ…、っどわぁちっ!!」




じょぼぼ…と背後から急に熱湯をかけられる。振り向くとパンダから人間の姿に戻った親父がいて。
あーあ。せっかく着替えたのに、また服が濡れちまった。恨めしく親父を睨むと、親父は無言のままオレをパカンと殴る。




「何しやがんだクソ親父!」


「天道くん、わしらも連れて行ってくれ」

「早乙女くん…」

「かあさんも、きっと行くと言うだろう。君の奥さんだ、いずれ家族揃ってご挨拶に行かねばと思っていた所でね」

「…早乙女のおじさま、ありがとうございます。母も喜びますわ」

「なーに、もう家族同然ではないか」

「はっはっは、そうだね。君の言う通りだよ」




朗らかなムードの中、殴られた頭を押さえていると黙ったまま箸を進めるあかねと目が合った。
冷ややかな視線を向けられたかと思うのも束の間、あかねは何事もなかったように目を逸らす。やっぱり、なーんかおかしいよなぁ…?




「─ごちそうさま。それじゃあ私、買い物に行ってくるね」

「あかね、乱馬くんと一緒に行けば?お墓参りはお昼過ぎに行くんだし…って、ちょっとぉ」




なびきの制止も聞かず、あかねはすたすたと廊下を歩いて行ってしまう。みんなの視線が一斉にオレに向けられる。
なんだよ、なんだってんだよ、追いかけろってか?わざわざ?




「さっさと行かんか」
「頼むよ、乱馬くん」
「車に気をつけてね」
「お昼までに、あかね連れてちゃんと帰って来なさいよ」

「は?ちょ、なん…」

「この時期のあかねは独りにしちゃいけないの。あたし達が行ったんじゃ逆に気を遣わせちゃうし…アンタが行くしかないでしょ」


「あら?乱馬、お買い物に行くの?」


「おふくろ…」




台所からとたとたやって来たおふくろは、白い紙をオレの手に握らせる。それと一緒に財布も。
その様子にオレがあっけに取られていると、おふくろはにっこり笑う。




「おつかい、お願いね。乱馬」

「え」

「行ってらっしゃーい」

「え!?」




促されるまま天道家を追い出され、仕方なく商店街へ向かう。
おふくろがくれた紙には野菜や肉、米…って、どんだけ重いもん買わねーといけねぇんだ?ため息を吐きつつ歩いていると、あかねが花屋の前にいるのを見つけた。




「乱馬」

「よ、よぉ」

「何しに来たの、アンタ」

「おふくろに買い物頼まれてな。…あ!そーだ丁度いいや。結構買うもんあっから手伝え」

「はあ!?ちょ、勝手に決めないでよ!」

「おめーは買うもん少ねぇんだから、文句言うな」

「ワケわかんないんだけど…!!、っえ…」




昼まで時間もねぇんだよなー、なんてぼやきながら、オレは無意識にあかねの手を引いて商店街を歩く。八百屋に入るまであかねが俯いて大人しい理由がわからなかったりして。
オレって最近、無意識にあかねに触れることが多くなってないか…?
一通り買い物を済ませると、オレは両手に買い物袋4つ、あかねも花束と買い物袋を2つという結構凄い量になった。




「…おばさま、何作るつもりかしら?」

「さーな…」




自然と、口数が少なくなる。
あかねは…やっぱり自分のかーちゃんを思い出してんのかな。オレは物心ついた時から片親だったから、おふくろがいた事に驚いたけど、今では大切な家族で。
そんな存在が欠けてしまうのはとても辛い事だと思う。
ふと、あかねの歩みが止まる。




「…?どーした、あかね」

「あ…、ううん。ここの和菓子屋さんの豆大福、お母さんがよく買ってきてくれたなぁって‥思い出しちゃっただけ。帰ろ」

「買ってかなくていいのか?」

「だって…そろそろお昼になっちゃうし」

「少しくれー遅れたって平気だろ。それに、そーゆー気遣いはお前のかーちゃんが喜ぶんじゃねーの?」

「乱馬…」




朝から様子が変だったのは、今日があかねのかーちゃんの命日だから。何年経っても、大切な人を悼むのは当然の事で。
…でも、それでも、毎年悲しいばかりじゃなくて、年を重ねる毎に悲しみも和らいでいって欲しいと思った。生きているなら必ず死は迎える。そこに"もし"なんてない。

もし、オレがこの世に生まれていなかったら、こんな考えをすることも出来ない。
だから、親父にもおふくろにも、感謝しなきゃいけない。
あかねに出逢えたのだって、早雲おじさんとあかねのかーちゃんがいたおかげなんだ。


─…もし、




「あかね、オレの分も宜しくな」

「分かってるわよ。この食いしん坊」

「ぬわにぃ〜?」

「ふふ、冗談。みんなの分買ってくるわね」




…もしも、オレの願いが叶うならば。あかねや、おじさんや、…オレの"家族"が笑顔でいられるように願う。
よく亡くなった人は空の星になるって言うだろ?
だから願うよ、あかねのかーちゃんに。誓うよ、まだあかねには言えねーけど、オレがずっと側にいるって。




「なあ、あかね」

「ん?」

「もしオレが風邪引いたら看病してくれる?」

「なによ、引かないって豪語してたくせに」

「だから、"もしも"の話だよ」

「うーん…そぉね…、看病してやってもいいわよ」

「なんだそりゃ」

「"もしも"の話でしょー?乱馬が言ったんじゃないの」




朝より、笑顔が増えた。
いつもからかっちまうけど、あかねは怒ったり元気がない表情より、笑顔の方がずっといい。
その時は、いつもオレが側にいたい。…なんてワガママだろうか。

もし、あかねのかーちゃんがオレ達を見守ってくれてるなら。
毎日を精一杯生きる。
想像はいくらでも出来るから。行動するのは、いつも自分次第だから。






end

単純に感じて(弥珊)

あたしは、多分法師さまが好きだ。
自覚するのが悔しいから、絶対に本人には言わない。それに、法師さまは色んな女の人に片っ端から話しかけるし。(かごめちゃんはそれをナンパって言うんだと教えてくれた)

いつも思う。あたしは法師さまのどこが好きなんだろうって。
女好きだし、初めて会った女には片っ端から子供を産んでくれなんて言うし、大人っぽく見えて、やることはスケベだし。強さは認めてる。
…けどやっぱり、法師さまはあたしなんて何とも思ってないんだろうな。




「どうしたのです、珊瑚」

「何でもないったら」

「先程からそればかりではないですか」

「ほっといて」



「…のう、かごめ。珊瑚はどうしたんじゃ?」
「私達が口出しすることじゃないから…ねぇ」
「まー、弥勒のせいじゃねーのか?あれは」




犬夜叉達は気を使ってくれて、あたしよりも少し前を歩く。
今は誰とも話なんてしたくない気分なのに、法師さまはあたしの隣を歩く。何なんだ一体。あたしに何を言ってもらいたいワケ?
あたしが、ヤキモチやいてるの見て喜んでるの?
からかってるだけなら、ほっといてよ。恋心なんてなくなってしまえば、あたしだって平静を装っていられるのに。




「珊瑚」

「……」

「珊瑚」

「……」

「…珊瑚、無視しないで下さいよ」




あたしは、法師さまにとってただの仲間としか思われてないんだろうな。だからいつもからかわれて。思わせぶりな態度を取るのは、あたしの反応を面白がってるだけなのかも。
…あたしが、意識するのがおかしいんだよね。




「珊瑚」

「……法師さまの、バカ」

「え?」

「バカだって言ったの、バカ」

「な、何です。やっと口をきいたと思えば急にバカとは!」

「ほっといてって、言ったのに…何でほっといてくれないのさ…!!」




そうやって優しい態度をとられたら、また勘違いしちゃうよ?あたし。
法師さまに、あたしだけ見ていて欲しいって。他の女なんか口説かないで欲しいって。ハッキリ言えたらどれだけいいだろう?
─そんな権利、あたしにはないから言えない。




「おまえが大切だからに決まっているでしょう」




…バカだよ、法師さま。
ずるいよ。
真っ直ぐな瞳で、そんな事言われたら嫌でも期待しちゃうじゃないか。期待して、その分落ち込んだ時はすごく辛いのを分かりきっているのに。
惹かれてしまう。




「…っ、」

「お、おい、珊瑚?」


「あーっ!弥勒さま、珊瑚ちゃんに何したのよー!?」
「泣いとるぞ…」

「い、いやこれは私にもよく分かりませ…」

「弥勒さまのせいじゃなかったら何で珊瑚ちゃんが泣くのよ!」
「弥勒、お前さぁ…少しは珊瑚の事も考えてやれよ。女に人気があるからって浮かれてんなっつの」

「おや犬夜叉、それはひがみですかな?」

「バカ言うなっ」
「そうじゃそうじゃ!犬夜叉は弥勒と違ってかごめと桔梗にしか興味ないんじゃ!」
「てめーは黙ってろ七宝!!」
「ふぎゃっ!?」
「…弥勒さま、ふざけるのもいい加減にして」

「か、かごめ様…」




あたしをぽつんと残して、法師さまはかごめちゃん達から叱咤されている。…別に法師さまだけに非がある訳じゃないと、分かってるけど。
心配そうにあたしを見つめる雲母を抱き上げた。
いつもの事だよ、大丈夫。そう口に出しても、心が晴れる事はない。
こんな恋なんて、本当はしてる場合じゃない、けど…かごめちゃんと犬夜叉を見ているとなんだか羨ましくて。あたしを立てて、守ろうとしてくれる法師さまは、やっぱり好きで。諦めることは一緒に旅をしている限り出来そうにない。




「…あの、珊瑚」

「…………なに?」

「その、仲直り、しませんか」


「…どうしてもっていうなら、いいよ」

「どうしても、です」

「‥‥うん。わかった」




──素直になるまで、時間はもう少し必要だな。
困った表情で、本当に申し訳なさそうに法師さまが言うから、それが少し可笑しくて、思わず微笑んだ。
互いに握手を交わせば、心がなんだかぽかぽかする。

だから、法師さまの顔が真っ赤になってたことなんて気が付かなかった。




「法師さま?」

「な、なん、何でもないですから…!」

「?」

「ほら、行きますよ珊瑚」




呼ばれた名前が嬉しくて。
あたしはもう一度微笑んだ。



「待ってよ、法師さま!」






end

練習のあとに(乱あ)

もう午後の7時なのに、まだ空は明るい。梅雨が明けて、もう夏休みだ。
バレー部の助っ人を引き受けてから、毎日蒸し暑い体育館の中で練習、練習、練習!の日々。県大会がもうすぐだから、それも仕方ないんだけど。
茜色の夕焼けが、だんだん紺碧に変わっていく様子が見れるこの時間帯は気に入ってるの。

カンカンカン…
後ろからフェンスを走る"いつもの"足音がぴたりと止む。
振り返って見上げると、あたしと同じ理由でサッカー部の助っ人になった乱馬が気まずそうな顔をして立っていた。




「乱馬も今帰りだったのね」

「ま、まあな」

「サッカー部の調子はどう?」

「勝てんじゃねーの、オレがいるし」

「もー、1人でサッカーは出来ないんだからね」

「んなこたわーってるよ。…つーか早く帰らねーのか?」




─早く帰らないと夕飯食べ損ねるだろ。

どうやら、それが乱馬の急いでいた理由らしい。
かすみおねーちゃんにあたしの分は取っておくように頼んでいたから、そう焦ってはいなかったんだけど…。それに、この景色は今の時期しか見れないから。
星がちらほらと見え始めた空を仰いで、少し暑さの引いた空気を吸う。




「あたしは…もう少しゆっくり帰る。やっと涼しくなってきたし」




ちりん、どこかの家からは風鈴の音が聞こえる。
乱馬はあたしを抜こうとはせず、そのままゆっくり、あたしのペースに合わせて歩き出した。




「乱馬?」

「…仕方ねーから、散歩くらい付き合ってやるよ」

「なんでまた急に…お腹空いてるなら早く帰りなさいよ」

「なっ!かわいくねー奴だなぁ、暗くなってきたから人が心配…っ、……、っなんでもねーし!」




乱馬の言葉に思わずきょとんとしてしまう。でも、嬉しかったのは確かで。
心配させるつもりは全然なかったんだけど、乱馬との時間って結構貴重なものだから、今日くらいは甘えてもいいかな?
最近ずっと朝練があったし、放課後も帰りはバラバラで、一緒にいた時間はとても短かったから。同じ家に住んでいても、練習で疲れてすぐ寝ちゃってたしね。




「…あんたに心配されるほど、あたしは弱くないもん」

「大して強くもねぇくせによく言うぜ」

「それは乱馬が強いからそう言えるのよ!あたしだって結構強い方なんだからバカにしないでよ」

「いや、バカにはしてねーけど…な?」

「そおいう態度がバカにしてるって言うのよ…!!」




むかむかと怒りはこみ上げてくるのに、暑さのせいか疲れのせいか、いつもの調子が出ない。拳を振り上げても、どこか虚しい。
やっぱりここ数日の練習で心より身体が疲れてるのかしら。
今日も1日、暑かったものね。




「な、なんだよ。やるかっ」

「やらないわよ。暑苦しい」

「え」


「帰ろ、乱馬」


「へ?え、……ああ、うん」




ぎゅっと乱馬がフェンスを降りてあたしの手を握ったことに、ハッとする。
今あたし、無意識にフェンス上の乱馬に手を伸ばしてた。ホント、無意識に。気付いた所で振りほどくことは出来なくて、黙ったまま、あたし達は手を繋いで歩いていた。
そんな時間もあっという間に過ぎ、もうすぐ、家に着いてしまう。




「あの、乱馬」

「んー?」

「県大会…頑張りなさいよ」

「おめーもな。人の心配すんなら自分の心配しろっての」

「なによーっ」

「─県大会、終わったらさ」


「え?」




一瞬だけ、手を強く握られて、ぱっと離れたと思うとあたしの頭に乱馬が手を置いた。
いつになく緊張した面持ちの乱馬があたしを見る。




「…そ、その……」

「?」

「ど、どっか行かねーか…?」

「えっ…、それって、ふたり、で?」


「文句あっか」

「っ…」




文句、なんて、あるわけないじゃない。まさか乱馬から誘ってくれるなんて思わなかった。…顔、真っ赤だし。
このまま家に入るのが、ちょっぴり名残惜しい。もう少しこの時間が長く続けばいいのに。乱馬を見上げると、一瞬戸惑ったような表情をしてからあたしの身体を抱き寄せた。まるであたしの心を読み取ったみたい。




「あ…あのさ」

「な、に?」

「もうちょい‥こうしてていいか?」

「……暑いんだけど」

「…そんくれー我慢しろよ」




拗ねた口調の乱馬がなんだか可笑しくなる。本当、素直じゃないな、お互いに。
夏はまだまだこれから。泳げないけどやっぱり海にも行きたいし、お料理の特訓もしたい。やりたいことは沢山。乱馬の腕の中で、あれもこれもと考え出したらキリがない。




「どーしよっかなぁ」

「何が?」

「乱馬とのデート、何着ようかと思って」

「ぶっ」


「ふふ、真っ赤」

「ば、ばかやろーっ!悪ぃかよっ」

「何ムキになってんの?」




笑いながら門をくぐれば、カレーのにおいがした。
もう空には星が見える。お腹も空くワケだわ。早く夕飯食べて、宿題を片付けて、今からデートの準備でも始めようかしら。なんだか無性に楽しくなって、足取りが軽い。




「…はー‥、腹減った…」

「食べるのは手を洗ってからよ、乱馬」

「はいはい」




─今日もお互い1日、練習お疲れさま。







end

零れたスペル(乱あ)


可愛くて、意地っ張りで、真面目で、不器用で、鈍感で、無防備。
だから気になっちまうっつーか…ほっとけねぇってゆーか。天の邪鬼な言葉ばかりを互いに口にするから、近付いた思いもまた一進一退。…ていうんだっけ?まあとにかく、オレがいなきゃダメだろってこと。




「乱馬!猫飯店の新メニューのカニ玉持て来たね、食べるよろし」

「何ぬかしとんねんシャンプー!乱ちゃんはウチのお好み焼き食べるんやで!」

「右京のお好み焼きなんて、ワンパターンで面白みがないね」

「なんやて〜!?」


「お、おいシャンプー!ウっちゃん!」




がたがたと教室がまた破壊されていく。クラスの連中もこういう騒ぎには慣れてしまったのか、ほとんどが廊下に避難している。オレもまた然り。
次いで背後にひやりと感じる視線はもちろん許婚のもの。オレは毎度の如く身構える。しかし今日は少し違った。




「あんたってホント……ばっかみたい」

「あのなぁっ!あれはあの2人が勝手におっ始めたことで…」


「あかねー、ひな子先生が呼んでるよー」

「え?あ、分かった。今行く」




突然話を遮られ、拍子抜けしたオレを見るとあかねは、ふんっ、と踵を返して職員室に向かった。
なんでえ、可愛くねーの。中途半端なやり取りのせいか、少し物足りなく思う自分がいる。ぶっちゃけ、あかねとの些細なケンカは嫌いじゃないから。
あかねが向かった方をぼーっと眺めていると、後ろからヘラが飛んでくる。




「乱ちゃん!ウチのお好み焼き食べたいやろ?」
「私のカニ玉の方が美味しいね。乱馬、あかねなんかほっとくべきある」

「…あのなー、いい加減にしてくれよ!」




外に飛び出して猛ダッシュ。授業が始まる前には戻らねーと……………ん?
シャンプーとウっちゃんを撒いたころ、渡り廊下の所にあかねの姿が見えた。側には見覚えのない男子生徒。…もしかして告白、とか?あかねが誰かに告白される場面を見るのは別に初めてじゃない。今までだって何度も見たことがある。許婚としてオレが現れてからも、懲りずにあかねに告白する奴は何人もいた。
ああ、ほら。またあかねは作り笑顔。他人を気遣うことには人一倍長けているから、そういう奴が増えるんだ。可愛いし、強いし、頭も良いし、優しくて、人気者。だからあかねは同性からも異性からも好かれるのだろうとひろしや大介は言っていた。




「ふー…、何よ乱馬?」

「べ…別に、何も」




放課後になっても、昼休みの時に考えた事がオレの心をもやもやさせる。あかねが他人からの告白を断るのは分かっているけど、不安なんだ。コイツお人好しだし、鈍感だし。
少しは警戒心とか持てっつー話だ。そうじゃなかったらワザとか?だったらタチ悪くねぇ?いや、まだそうと決まったワケじゃねーしな。空を眺めていた視線を、フェンス下を歩くあかねに戻す。さっきから溜め息ばかりで、会話はいっこうに弾まない。




「あの!て、天道さんっ」

「え?あ、…」




オレ達の後ろに立っていたのは見覚えのある奴。今日の昼休み、あかねに告白してた奴だ。オレがいるのに話しかけたってことは、挑発でもしてるんだろうか。
真っ直ぐな目で、そいつはあかねを見ている。オレはどうしたらいいか分からなくて、黙ったまま2人を見ていた。




「僕、…その、えっと……早乙女くんには適わないかもしれないけど…、天道さんのこと、ずっと思ってるから!」

「高崎くん…」

「諦めの悪い奴なんだ、よろしくたのむよ」

「ううん。あのね高崎くん、あたし……中途半端なままってやっぱり嫌なの。気持ちはとても嬉しいけど、あたしはきっと応えられない」




あかねの凜とした声が響く。ぴんと空気が張り詰め、本当に真剣なあかねの様子が窺えた。
『高崎くん』と呼ばれた男子は、あかねとオレとを交互に見て、苦笑する。それも馬鹿にしてるような笑いではなく、すっきりしたような清々しい表情で。




「参ったなぁ、やっぱり天道さんはすごいよ」

「え?」

「ちゃんと"自分"を持ってる感じ。だから、凄く憧れてた」

「そ、そんなことないのに…」

「あるよ。だから、好きになったんだ。……でも、天道さんってさ…」


「!…〜っ、か、勝手に言ったりしないでね!それ!!」




『高崎くん』は、あかねに何かをそっと耳打ちした。フェンスの上からじゃ何も聞こえねぇ。
面白くも何ともない苛立ちを感じながらも、俺はその場を動く気にならなかった。…悔しいけど、もう自分の中であかねへの想いを認めてしまっているから。




「天道さんの気持ちは分かった。ありがとう」

「う、ううんっ!あの…あたしなんかを好きになってくれて、ありがとう。気持ちは、嬉しかったよ」

「…うん。あ、そうそう早乙女くん!そーゆー訳だから、安心していいよ!」


「…………は?」

「僕、E組の高崎っていうんだ」




高崎はにっこり笑って、今度はオレに寄ってくる。フェンスから降りれば、こそっと耳打ちされ。




「早乙女くん、僕思うんだけど……人間やっぱり深呼吸して心をリラックスさせるのが大切だと思うよ?そしたらきっと、今より素直になれるんじゃないかな」


「よっ余計なお世話だっ!」

「僕が諦めるんだから、ちゃんと天道さんを幸せにしてくれよ」

「………」


「じゃ、そういう訳だから!今度F組に遊びに行くなー」




すたこらさっさと高崎は本当に吹っ切れたように帰ってしまった。ぽつんと残されたオレ達2人。
あかねを見れば目が合って、ふと、何だか気まずい。
あかねは高崎に何を言われたんだろう?




「ら、乱馬は高崎くんに何て言われたの?」

「んー…、今度拳法教えてくれってさ」

「ウソばっかり。顔に『違う』って書いてあるわよ」

「そーゆーあかねこそ、何言われたんだよ?」

「え?え、えーっと…、………ないしょ」

「はあ?」

「ないしょだもん!」




顔を赤く染めて、あかねはずんずん歩き出した。
ぶっちゃけた話、高崎との秘密っていうのが面白くねぇって思ってしまう。でも、オレだってあかねに気持ちを伝えていない分、それはおあいこだよな。どんな些細なことでも気になるのは、それだけ相手を想っているって事で、一度自覚してしまえば予想以上に冷静な自分がいた。開き直りとか、そんな類のものなのかもしれねーけどさ。




「乱馬!そんなとこで突っ立ってるなら置いてくわよっ」

「あ゛。待てよ!」

「もー、早くしなさいよね」

「オレだって考え事くらいすんだよっ!…で、高崎に何言われたんだ?」

「しつっこいなぁ、いいでしょ何だって!」




よくねぇから聞いてんだろ、この鈍感。
あかねの頭を小突くと、反応は返ってこない。いつもなら必ずと言っていいくらい反撃されんのに。不思議に思ってあかねの顔を覗き込むと、その表情に、不覚にもドキッとした。




「あ…あの……?」

「言え、ないわよ…っ、そんな簡単に、伝えられることじゃないもん…」


「…ごめん」

「乱馬が謝ることじゃないの。あたしに勇気がないだけだから」




ばかよね、とあかねは言い、そして笑った。
オレに対してなのかあかね自身に対して言った言葉なのか、それは分からない。オレは無意識に、あかねの手を引いて歩き出す。
高崎が言った"憧れ"、何だかオレも分かるような気がした。あかねの潔さはすげーって、思った。結構長いこと一緒に住んでんのに、分かっていたようで分からなかったのかもしれねぇ。
オレもいつかちゃんと、あかねに伝えてーな。高崎みたいに勇気があればと、考える事はいつもループする。


高崎があかねに言った言葉。
─オレはまだ、知らない。





『天道さんってさ、本当は誰よりもすっげー早乙女くんの事好きなんだよな』







end.

居場所(犬かご)

※かごめ語り

泣きたくなるくらい、好きで、好きで、側にいたくて。
いつも不安だった。私の存在なんて、この時代では不安定なものだから。ここは私の世界じゃない。ここは私にとってずっとずっと昔の世界。そう思っていたのに、割り切れなくなったのはいつからだっただろう?
いつだって"桔梗"の存在が大きくて、私が出来ることなんて限られていた。

さわさわ、風が吹けば御神木の葉が揺れる。




「かごめ様?こんな所でどうかしたのですか」

「あ、ううん!何でもないっ。弥勒さま、犬夜叉の様子…どう?」

「楓さまが診て下さってます。ご安心下さい」

「そっか…」




さわ、御神木に風が吹くと鳥も飛んだ。
昨晩、ある村で妖怪と戦って、犬夜叉と珊瑚ちゃんは怪我をしてしまった。いつものことだから気にするなって2人は言うけど、そんなの無理だよ。大切な仲間が怪我をするのは嫌なんだ。
楓ばあちゃんのいるこの村に帰って来てから、私はずっと御神木の根元に座っていた。



『桔梗…っ』



痛みでうなされる犬夜叉の口からこぼれた名前は、私の心を締め付ける。苦しそうな表情と声が、何度も何度も頭の中でリピートされる。
桔梗なんて関係なく、犬夜叉の側にいたいって、思っていたけど。そんな気持ちへの不安に拍車がかかって、私は1人、骨食いの井戸と御神木があるこの場所でずっと空を眺める。蒼く澄んだ空の色はいつの時代も同じ。




「かごめ様、そろそろ皆の所に戻られては?」

「…もう少し、ここにいたいの。迎えに来てくれたのに、ごめんね弥勒さま」

「いえ…。心中お察し致します。犬夜叉の奴は女々しい所がありますからなぁ」

「いいのよ。わかってるもの。それでもいいって言ったのは私、だし……」

「かごめ様…」




自業自得なのよね。どんなに辛くても犬夜叉と一緒にいれればいいって思うくせに、それだけじゃもの足りない自分がいる。
またじっと空を見る。そのうち弥勒さまの気配もなくなった。ゆっくり目を閉じて耳を澄ませてみる。鳥のさえずりと、風の音、草木が揺れる音。自動車の音なんてしなくて、空には飛行機雲も、電線もない。
ここには調和のとれた"自然"がある。でも私がどう考えても"不自然"な存在であることに変わりはない。

…自己嫌悪に陥ってる暇じゃないよね。早く帰らなきゃ。


─帰るって、どこへ?
─ママや草太、じいちゃんがいる私の世界?
─楓ばあちゃんがいるあの村?


そんな問いが頭にひっかかって、歩みが止まる。
私は、どこに帰ればいいんだろう。大切な場所が沢山あって、手放せないから、混乱してしまうのは分かってるけど、現代と過去の境はそもそもあの骨食いの井戸。どっちが私の居場所なのかな?



「なんか…分かんなくなってきちゃったなぁ」



ここに居たくて、居たくなくて、気持ちがあべこべになる。
1日だけ、家に帰ろうかな?ママに話、聞いてもらいたい。数学よりもずっと難しい心の問題は、私ひとりじゃ解けそうにないもの。…そうと決まれば、挨拶くらいしてこなくちゃね。
私は立ち上がってスカートに付いた草を払い、楓ばあちゃんの家に向かった。




「ねぇ法師さま、やっぱり犬夜叉にかごめちゃんの事迎えに行かせた方がいいんじゃない?」

「しかし珊瑚、お前と同じで犬夜叉は怪我を負っているんだ。無理をさせてはいかんだろう」


「さよう。このバカ犬じゃ、結界でも張って動きを封じぬ事には治るものも治らん」

「楓おばばも犬夜叉を大人しくさせるのに一苦労じゃったしなー…。おらは絶対あんな風にはならんぞ」


「それはよい心がけですね、七宝」


「お前らなあっ!!おい楓ばばあ!さっさと結界解きやがれっっ」

「よさんか犬夜叉。また傷口が開くぞ」

「まったく…ぎゃんぎゃん騒ぐ子供みたいなお前をかごめ様が見たら呆れられてしまうぞ?七宝を見習いなさい」

「一緒にすんじゃねぇ!」


「もー、法師さまが煽るからいけないんだよ」

「珊瑚の言う通りじゃな。弥勒の奴、犬夜叉をからかって遊んでおるようじゃ」

「ああやって喧嘩する元気があるなら、わしの薬ですぐ治るさ」




家の前まで来ると、中から騒がしい声が聞こえる。犬夜叉ったらまた手当てしてもらったのに騒いでるんだ……。
怪我人のくせに、元気というか‥威勢だけは人一倍あるもんね。
簾を上げて中に入ると、みんなの視線が私に向けられる。遅くなってごめんね、笑顔でそう言うと犬夜叉だけが私から視線を逸らした。




「かごめちゃん、平気?」

「え?何が?そんな事より、珊瑚ちゃんこそ具合は大丈夫?これ、薬草ね」

「あ、ああ…ありがとう」



「み、弥勒、かごめは元気そうではないかっっ」

「ふむ…。七宝には、そう見えますか?」

「え?」



「………かごめ、」

「あ、楓ばあちゃん、私、ちょっと実家に行ってくるね!薬とか補充したいし。珊瑚ちゃんと犬夜叉の事お願い」

「いつ帰ってくるんじゃ?遅くなるのかのう」

「…すぐ、帰ってくるわよ。七宝ちゃんにも何かお菓子持ってくるね」

「わーいっ!それは楽しみじゃーっ」


「じゃあ私、行くね」

「待てかごめ」




楓ばあちゃんの声に足がぴたりと止まる。笑顔を作るのも疲れてきた。ぐっと気力を振り絞って、また笑顔で振り返る。
心配そうな弥勒さまと珊瑚ちゃん、私と目を合わせない犬夜叉。それを見て不思議そうな顔をする七宝ちゃん。…楓ばあちゃんは何もかも分かってるみたい。




「なぁに、楓ばあちゃん」

「…焦ることはない。たまにはゆっくり休むのも必要だぞ」

「─ありがと。それじゃっ」




黄色のリュックを背負って、夕暮れの森を走って、私は井戸に飛び込んだ。そういえば、犬夜叉とは何も話さずに来ちゃったな。…まあ、すぐ帰ってくるつもりだから大丈夫よね。
祠の戸を開ければ、戦国時代と同じオレンジ色の夕焼け空。
少し眩しくて目を細めると、家から草太とじーちゃんの声が聞こえた。




「あら、かごめじゃない。お帰りなさい」

「ママ…」

「今夜はハンバーグなのよ。すぐ作るから、早く中に入りなさい」




にっこり、優しい微笑みがじわりと心を温かくする。いつだってママは、ううん。ママだけじゃなくて、じーちゃんも草太も、温かく私を迎えてくれる。
ほっとして、心が落ち着く。きっと"家族"だから。
夕飯食べたら、ママに話そう。1人で考えるのは、もう疲れてしまった。




「あ、ねーちゃん帰って来たんだ。おかえりー」

「おおかごめ!土産はないのかっ」


「…じーちゃん」

「じ、冗談じゃよ。冗談。」


「かごめ、お夕飯の準備手伝ってくれる?」

「うん」




ママの隣で台所に立つのも、家族でご飯を食べるのも、ゆっくりお風呂に入るのも、以前は当たり前のことだったのになんだかすごく懐かしく感じて。
それでもやっぱり、ここにいて安心するのは私がこの世界の人間だからなんだろう。




「あのね、ママ」

「どうしたの?」

「…自分の居場所……っていうか、存在が、本当にあっていいものなのかなって、なんか…考えちゃって」




戦国時代に私が存在する意義は、四魂のかけらを集めるためであって、その後はもう私なんて意味のない存在になる。
現代では、普通に学校行って、受験勉強して、家族みんなで仲良く暮らして…私が生を受けた時代だから、余計にそう思う。
けれど今の私にとって、この時代も、戦国時代も、みんな大切なものになっているんだ。
犬夜叉の側にいたいって思ってしまったから。
犬夜叉に惹かれたから。

だから、不確定な戦国時代での私の存在が、不安で仕方ない。犬夜叉の心にはいつも"桔梗"がいるんだもん。




「かごめの居場所はいつだって"ここ"にあるわよ。不安になることないわ。ママも、おじいちゃんも、草太も、かごめの友達も、いつもあなたを心配してる。ママは会った事ないけど、向こうの時代にいるかごめの友達も同じように思っているはずよ?」

「……」

「そこが、かごめの居場所。家族や友達、仲間、好きな人がいるところ。不安になるのは悪い事じゃないし、たまには甘えるのも必要。いつでも待っているから、頑張りなさい。苦しくなったら帰ってきなさい。ママ達はここにいるから」




優しく抱き締められて、ママのにおいに包まれる。あったかくて安心する。心にあった重い塊が、ふわっと軽くなった。
なんだか犬夜叉に会いたくなった。まだ少し、不安はあるけど。

ふかふかのベッドで、ごろんと横になる。
目を閉じれば窓の外の音が聞こえる。風の吹く音、カエルが鳴く音。うつらうつらと眠りが深くなりかけた時、私の頬に誰かの大きな手が触れた。
私、この手知ってる…。




「…ぬ、…しゃ…?」




瞼が重くて目が開けられなくて。為すすべもなく私は意識を手放した。
夢の中では、犬夜叉も、弥勒さまも、珊瑚ちゃんも七宝ちゃんも、みんなみんな笑ってて、ママに草太にじーちゃんもみんな、私の側にいた。
初めから悩む必要はなかったんだ。私が誰かの心に存在して、必要とされているなら、きっとそこが私の居場所になる。過去も現在も未来も関係ない。身近な所に、私の居場所はあるんだ。



朝日の眩しさにゆっくり目を開けると、目の前には見慣れた半妖の整った顔があった。
何よ、『すぐ帰る』って言ったのにわざわざ迎えに来るなんて。怪我だってまだ治ってないはずなのに、無茶ばっかりするんだから。




「かごめ…」




不意に呼ばれた名前にどきっとする。
犬夜叉の心に、私がいるの?必要としてくれてるの?犬夜叉の側が、私の居場所って自惚れてもいい?
いい、かな?

ぴくりと耳が動いて、犬夜叉がぱちりと目を開ける。あまりにも驚いた様子が、可愛く見えて、私は笑った。




「お、お前なぁ!起きてたなら言えよ!」

「だ、だって犬夜叉、気持ちよさそうに眠ってるんだもん」

「……っ、さっさと準備しろっ。帰るぞ」

「分かってるわよ。朝ご飯食べてからね」

「……あの、さ」

「大丈夫よ。…もう大丈夫。ママに元気もらったの」

「そう…か」

「うん。私の居場所は、大切な場所は沢山あるんだって、わかった」




家族の力はやっぱり偉大ね。昨日より自然に笑えた。
犬夜叉は少しふてくされて、不意に私の手を握った。突然何だろ、思っただけで、言葉にはしなかった。




「…おれにとって、かごめがおれの居場所だ」

「…へ?」

「お前がいなきゃ、おれの居場所がねぇんだよ」

「犬夜叉…」

「だから…っ」

「ありがと。わかった、充分よ。そう言ってもらえるだけで嬉しいわ」

「かご…」


「よーし!早く顔洗って来なきゃっ」

「は?」




犬夜叉がぽかんとしてる間に、私は階段を降りて洗面所へ向かう。
小鳥のさえずり、昨晩とは違う柔らかい風が、開けた窓から入ってくる。なんだかとっても清々しい気分。
悩んでた昨日の私、晴れた気分の今日の私。
根本的な不安がなくなった訳じゃないけど、ママの言葉、犬夜叉の言葉が元気をくれた。




「おはよー、ねーちゃん」
「かごめ、やっと起きたのか」
「おはよう。朝ご飯出来てるから、早く顔洗ってらっしゃい」


「おはよう。草太、じーちゃん、ママ!」





end
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