※あかり視点
良牙さま、良牙さま。
いつでもどこでも、今何をしてらっしゃるのか考えてしまう。修行ははかどってるかしら、お手紙届いたかしら。お返事はいつ来るかしら。
ねぇカツ錦、次はいつお会いできると思う?
良牙さまを想えば想うほど、会いたくなって胸が苦しい。気が付けば溜め息ばかりついている私。
「……で、うちに来てないかと思ったワケか」
「はい…。すみません、乱馬さま。せっかくあかねさんと2人っきりでしたのにお邪魔してしまって……」
「ぶっ、な、何言って…」
「違うんですか?」
「…い、いや、違‥くもねーけど、俺らは別にそーゆーの気にしねぇって」
乱馬さまは両手をぶんぶん振って、少し顔を赤らめて首もぶんぶん横に振った。
……そんなに否定することもないと思うのですが…。
乱馬さまとあかねさん、お2人の祝言が延期になったとこの間、あかねさんから電話で聞いたばかり。でも、今日ここへ来て感じた雰囲気は前と少し違う。
「お茶持ってき……、何してんの乱馬。たこ踊り?」
「ちげーよ!なんでたこ踊りなんかせにゃならんっっ」
「だって…ねぇ?あかりさん」
「えっ」
「ふふ、相変わらず変な奴よねー。乱馬って」
「あかね…お前な」
お2人の間に流れる空気は、以前よりとても優しい。
そういえば良牙さま、乱馬さま達と中国へ行って来たと仰っていた気がする。乱馬さまとあかねさん、向こうで何かあったのかしら?
良牙さまとお話したいこと、沢山あるのに…。今頃はどこにいらっしゃるの?
「あ、あの…」
「どーしたの、あかりさん」
「良牙ならオレが町内探して来てやろーか?もしかしたらいるかもしれねーぜ」
「いえ…。その、約束をしていた訳ではないので…」
「…そう、か…」
「そうだあかりさん、良かったら今夜うちに泊まっていったら?」
「え…」
「あー、それがいいかもな。案外良牙の事だからひょこっとやって来るかもしれねぇし」
「でも、ご迷惑じゃ…」
「大丈夫よ。かすみおねーちゃんは沢山お料理作ってってくれたし。それに…」
『みんなあたしと乱馬を2人きりにしたがるから、あかりさんが来てくれて良かった』
こっそりあかねさんはそう言って恥ずかしそうに笑った。…やっぱり私、お邪魔でしたわよね……。断ろう、そう思って立ち上がった時、乱馬さまもあかねさんも、ホッとしたような表情なのが見てとれた。
「ゆっくりしてけよ、あかりちゃん」
「そうそう。遠慮なんていらないわ。乱馬なんて居候のくせに遠慮の"え"の字もないんだから」
「うっせーなぁ」
「そ…それじゃ、お言葉に甘えてお世話になります…」
あかねさんと乱馬さまを2人きりにしようと画策した天道家の皆さまに申し訳なく思いながらも、私は一泊することになった。
お夕飯の時は乱馬さまから良牙さまの学生時代のお話を聞き、お風呂上がりに居間へ行くと誰もいなくて、道場を覗くと乱馬さまが鍛錬を行っていて、あかねさんがそれを眺めている。
良牙さまもああして修行しているのかしら。
「あかりさん」
「…あ……。お風呂、ありがとうございました」
「うん。乱馬が言うには今夜あたり良牙くんが来るかもしれないって」
「ほ、本当ですかっ!?」
「本当よ。近くに来てたみたい。やっぱりあかりさんと良牙くんって赤い糸で繋がってるのかもね」
「そっ…そんな…!」
「ふふ、それじゃあたしもお風呂入って来よーっと。湯冷めしないようにね、あかりさん」
「はいっ。ありがとうあかねさん」
お庭にいたカツ錦、なんだか嬉しそう。早く来て、良牙さま。
鍛錬に集中する乱馬さまの邪魔をしてはいけないと、私はカツ錦と縁側で夜空の月を眺めていた。良牙さまもこの月を見ているかしら。
気付けばいつも良牙さまのことばかりで、なんだか可笑しくなってしまう。
「乱馬ー!」
「ん?どーしたあかね」
「Pちゃんが帰って来たと思うんだけど…見なかった?」
「Pちゃんだあ?…い、いや…見てねーけど」
「そう…気のせいだったのかなぁ」
「気のせいだろ。じゃ、オレは風呂入ってくっから」
「あ、乱馬…」
どうかしたのかしら。乱馬さまは道場から戻ってきたかと思えばそそくさとお風呂に向かってしまった。
あかねさんが言っていた"Pちゃん"って確か黒い子豚ちゃん……。
もしかして、良牙さまが…!?
私は考える間もなくお風呂場へ駆け出した。
「─良牙さまっ!」
「え゙。あか…!?」
「きゃああっ!す、すみません、私っ…」
浴槽に浸かった良牙さまと目が合った。良牙さまが裸なのを忘れてた自分が恥ずかしい。
思わず手で顔を覆ってその場にしゃがむ。
カラカラと扉が閉まる音に、そっと目を開けると、乱馬さまが苦笑していた。
「道場に良牙が来たの見つけたんだ。あかねは良牙の変身体質のこと知らねーから、秘密にしといてくれっかな」
「は、はい…」
「あー‥あのさ、あかりちゃん」
「?」
「良牙の奴も、会いたがってたみたいだぜ」
「え…っ」
これも秘密な、と乱馬さまは言って、私に居間で待っているよう指示をして下さった。
戻る途中、廊下には乱馬さまと良牙さまの声が響く。
「おい乱馬!あかりちゃんに変なこと吹き込むなよ!!」
「バーカ。誰のおかげで会えたと思ってんでえ。バーカ」
「なっ、バカはお前だバカ野郎!」
「つーかいい加減男に戻ったなら着替えてあかりちゃんに会ってやれよな」
「………」
居間に着くとあかねさんがカップアイスをひとつくれた。
甘いバニラ。
スプーンで一口掬って食べると、あかねさんのにこにこした視線に気付いた。
「もしかして良牙くん、来たの?」
「はい」
「そっか。良かったね、あかりさん」
「…はいっ」
「ね、そのバニラ一口ちょうだいっ」
「あ、私もあかねさんのチョコレート一口もらってもいいですか?」
「もちろん!」
あかねさんと楽しくお喋りしながらアイスを食べていると、廊下からは待ちわびた愛しい人の声が聞こえてきた。
冷たいアイスを食べたのに、ほっぺたはなんだか熱い。どきどき胸が高鳴る。
「あー!おいあかね、オレの分もアイスあんだろーな?」
「え?確かまだあった気がするけど…」
乱馬さまとあかねさんは台所へ行ってしまった。思いもしない早さで、居間には私と良牙さまの2人きり。
食べかけのアイスが、ゆっくりゆっくり溶けていく。
「あ、あの…良牙さま」
「はっはい!?」
「お座りに、なったらどうですか?」
「あ…そーだね。あははは‥」
「ふふ」
良牙さまは私の隣に礼儀正しく正座する。こうして一緒にいるのはいつ振りでしょう?隣に座るのは、いつ振りでしょう?
どきどき、お話ししたいこと、たくさんあったのに。
何から話せばいいかしら。
「お会いできて、嬉しいです」
「お、おれも…。あ、そうだこれっ」
「…草加せんべい…」
「長野に行ったお土産なんだ」
草加せんべいは確か埼玉だったと思うのですが…まあ、特に気にすることではありませんね。
お礼を言って、お土産を机の上に置く。
また少し、沈黙が流れた。
「…乱馬とあかねさん、遅いな……」
「そ、そうですわね。私、様子見てきます」
「あ、あかりちゃん!」
「はい?」
「その、…おれ……」
「良牙さま…?」
腕を引かれ、抱き締められる。アイスで冷えた私の唇に、温かい良牙さまの唇がそっと触れた。
ふわりと香るのはバニラの香り。
甘い甘いバニラの香り。
会えなかった時間を互いに埋めるように、手をぎゅっと握る。
「…会いたかった…。あかりちゃん…」
「わたしも…私もです。良牙さま」
会えて良かった。
大好きな貴方に。
「あかりさんと良牙くん、無事に会えて良かったね。乱馬」
「そーだな。……あかね、アイスねぇんだけど」
「あら残念。牛乳でも飲めば?」
「仕方ねー…チョコアイスでももらうかな」
「は?それはあたしが食べちゃったわよ」
「だから、ここにあんだろ?」
「何言って……っ、ん」
ふわりと香るはチョコレート?
──…甘い甘い、チョコレートの香り。
end