日が延びて桜の蕾が開き始めた季節。
やっとのことでシャンプーとウっちゃんを撒いた俺は、どうやって未だ怒っているだろうあかねの機嫌をとるか考えていた。
喧嘩の発端は俺があかねのケーキを食った事だったりするが、シャンプーとウっちゃんが来たことで更に状況が悪化したと言っていい。今回ばかりは、流石に俺も悪かったからなー…
「お兄さんっ、あんたは運がいいっ。お土産にぴったりのサクラもちがございますよ」
声に振り向くと、"手作り和菓子"の旗を持ったじいさんがいた。半信半疑で話を聞くと、以前あかねが言ってたサクラもちの恋占いの話と全く同じだった。
あの運命の人がわかるというサクラもち。
あかねが作ったやつを食った俺だけど、結局額に桜のマークが出たのか、ペケマークが出たのかは分からず終いだったんだよな。
……もし、俺が作ったサクラもちをあかねに食わせたら、どうなるだろう?
「ま、本当にあん時のじいさんかどうかもわかんねーし、こんなのインチキに決まってんだろ」
そうは言いながらも、道場の屋根の上でぺたぺたと作ったサクラもちを1つ、眺めてみる。
うん、あかねが作ったやつに比べりゃ我ながら美味そうに出来たじゃねーか。………これからどうするつもりだ、俺。
それに、本物かどうかも分かんねーし…誰かに試してみるしかねーよな。
「おーい親父っ」
「なんだ乱馬」
「これ、食わねーか?」
サクラもちを1つ、親父に向かって投げるとそのまま親父の口の中に消える。我が父ながら…パンダでも人間でも食い意地張ってんのが悲しいぜ……
ぐっと、親父の顔を見るとそこにはあのペケマーク。
じゃあ…やっぱりあのじいさんはあかねが言ってたのと同一人物ってことで……サクラもちは本物。
「ふむ…ちぃと甘さが足りぬな」
「食ってから文句言ってんじゃねぇクソ親父っ!」
親父を思い切り蹴って居間から池に飛ばすと、パンダが現れる。顔のペケマークは既に消えていた。
怒った親父を無視して、俺は再び屋根に上がる。よ…よし、今度はあかねに食わせてみるか……。いや、別に運命の人がどうとかじゃなくて、今日は良牙もまた旅に出たみたいだから邪魔者がいないし……って、夜這いに行く訳じゃねーんだよ俺は!!
そう、ただ…サクラもちをあかねに渡して食ってもらえばいいだけで…、待てよ、もしあかねの顔にペケマークが出たら?
「………悪い方向に考えるもんじゃねーな」
ごろんと、寝転んで空を見上げる。占いなんて信じてねぇ、口ではそう言ってもやっぱり気になる。
俺があかねのサクラもちを食った時、「見たくない」と言ったあかねの気持ちが今なら分かる。親の決めた許婚ってだけの関係だけど、相手を意識してるから余計に、だ。
あの時、俺の顔に桜の花びらが出ていたら……気持ちに、素直になれただろうか。
…そうでもないか、自分でも想像つかねーもんな。
「乱馬、あんたこんなトコで何やってんのよ」
「あかね…」
「かすみおねーちゃんが、もうすぐ夕飯出来るからって」
「………怒ってねーの?」
「…あのね、あたしだっていつまでも引きずったりしないわよ!どっかの誰かさんと違って、食い意地張ってないもん」
「相っ変わらず可愛くねーな」
「はいはい、勝手に言ってれば?………何よその顔は」
「べ、別に…」
拍子抜け、したんだ。
あかねの事だから真っ先に殴られるか飛ばされるか、って一応覚悟してたのに……いつまでもガキなのは俺の方?まさかそんな。
「って乱馬!これから夕飯だっていうのに何でサクラもちなんて持ってるのよっ」
「あ、いやこれはー…その、あ、あかねに、だな…」
「は?あたしにくれるっての?」
「あー…まあ、いや、うん…」
「なによ」
「後悔しねぇ?」
「あの…言ってる意味がさっぱり分からないんだけど……」
頭に?マークを浮かべ、あかねは俺を訝し気に見た。ここでそのサクラもちがあの恋占いのものだなんてバラしたら絶対怒るに決まってる。
でも、…あかねの顔にペケマークが出るなんて事、あってたまるか。運命の人はあかねじゃなきゃ、──嫌だ。
「…食ってみ?」
「今?」
「おう」
「何でそんなに汗かいてんのよ」
「ななな何でもねぇしっ」
夕飯前なのに…、
とか言いながらも、あかねは俺の隣に座ってサクラもちを口に運んだ。うわ、やっぱりなんか怖いっつーか…不安になる。あかねが見れない。
「うーん…美味しいけどもう少し甘くってもいいくらいね。ちょっと乱馬、聞いてる?」
背中を向けたままの俺を不思議に思ったのか、あかねが俺の顔を覗き込む。あーダメだ。もー無理。運命なんて自分次第だろ?こんなもんで決められてたまるか!
俺はあかねの顔をまともに見ないように、素早く腕を引いてあかねに口付けた。
「……っ」
「ん、…っふ…」
ゆっくり目を開けると、あかねの顔にはペケマークも桜の印もない。ほっとしたような、残念だったような。
甘い香りが桜の花びらと共に、ふんわり漂う。
「な、な、いきなり何すんのよっ」
「…甘かったろ?」
「……!!バッカじゃないの!?スケベ!」
「なんだよー」
悪態をつくのは相変わらずだけど、平手打ちが飛んでこないだけ有り難い。死ぬほど恥ずかしい事をしたと今更ながら、かああっと体が熱くなる。
平静を装って、あかねをからかっても鼓動はいつまでも治まらない。
「あかねー、乱馬くーん、夕飯……何やってたのあんた達?」
「げっ」
「な、なびきおねーちゃん、何でもないの!今行くから!」
「怪しいわねー」
「何でもねぇっ!!」
なびきにサクラもちの事がバレたらそれこそ一大事だ。内心どぎまぎしながら、俺とあかねは屋根から降りる。
「あら?あかね、おでこに花びら付いてるわよ」
「え?あ、ホントだ」
なびきの手鏡を覗くあかね。俺はその場でぎしっと固まった。
ま、まさかまさか、バレた…!?あかねには桜の印が出たって事なのか……!??
「買い物帰りに公園で桜を見てた時についたのかなぁ」
「ああ、あそこの桜、結構綺麗に咲いてるもんね」
「せっかくだから、この花びらでしおりでも作ろうかしら」
「いいんじゃない?」
「………」
思わず溜め息が出た。期待してなかったけどやっぱりそう上手くいくわけねーって事だよな?
ま、これでよかったのかもしれない。
「ねぇ乱馬」
「…ん、なに」
「さっきのサクラもち」
「………なんだよ」
「あたしには甘すぎるみたい」
ほんのり赤い顔をしたあかねと、真っ赤になる俺。
甘い甘い、サクラもちの余韻はまだ唇にしっかりと残っていた。
end