『おらはシャンプーが好きなんじゃ』
ムースは何故私を好いているのか、分からない。
女傑族の村に生まれたからには、掟が何よりも大事だと分かているものではないか?
私の恋路、邪魔する権利ないはずね。
それに、人のこと好きなんて言うくせにいつも私を怒らせてばかり。ホントにしょーもない男。
もっと乱馬を見習うよろしね。
幼なじみとして情けない、男として見れるわけないある。
「へー、なら"男として見てやりたい"とは思ってるんだな」
「何言うか乱馬!私は、あんな奴なんとも思ってないあるっ」
「あーそうかい」
「私が好きなのは…ムースじゃなくて乱馬ね」
「うそつけ。オレの事、今は前みたいな好きとは違うだろ」
「…違くないある」
"違う"と認めてしまえば、私が日本にいる理由はなくなてしまう。
乱馬があかねと祝言を挙げてから、私の気持ちにはケリがついていた。いつも見てたから、2人が互いを想っていたことはちゃんと分かってたね。
でも、今はムースが、ムースだけが、あの頃と変わらずに乱馬へ勝負を挑み続けている。
嬉しいような、悲しいような、哀れなような、私はこの気持ちが何なのか分からないまま、今までと変わらずこの街で毎日を過ごす。
「シャンプーも意地っ張りだよなぁ」
「それを乱馬が言うか!?」
「2人とも、そのくらいにしておきなさいよ。ただでさえ暑いのに」
「あかね、それ違う。乱馬が余計な事を言うからね」
「あのな…」
「どっちでもいいわよ。はい、麦茶でよかった?」
「え、ああ…いただくね」
冷たいコップをあかねから受け取る。……こんな風に私が天道家の居間で茶なんて飲むようになるなんて思わなかったから、少し違和感。
ケンカはしても、仲は良いのか、相変わらず。
私が取り入る隙なんてどこにもない。
「ムースの話、してたの?」
「ああ。まだオレに挑む気満々なんだと」
「ふーん…、やっぱりそうなんだ」
「『やっぱり?』」
「?どういう意味あるか」
「え?だって、シャンプーは強い男が好きで、村の掟もあって乱馬を好きになったんでしょう?幼なじみでシャンプーを見てきたムースなら、乱馬よりも強くなりたいって思うのも当然じゃない」
「そりゃーそうかもしれねーけど、ムースはシャンプーにフラれまくってんだぞ?」
「だからだと思うわ」
「何を言いたいあるか?」
ムースなんて眼中に無かった。昔から私の方が強い事もあったからか、私の中でどこか見下してたね。
乱馬の方が強い、
乱馬の方がカッコいい、
乱馬の方が、
乱馬の方が…
でも、胸の奥に閉じ込めた本音を言えば、ムースは優しい。と、思う。
私を困らせるけど、傷つけたりはしない。乱馬とあかねの祝言の時も、何も言わず飲茶を差し出してきたムースは……いい奴だと、思えたから。
「ムースがね、『シャンプーが振り向いてくれなくても、シャンプーが惚れた男はおらが倒しておきたいんじゃ』って、この間図書館の帰り道で会った時に言ってたのよ」
「え…」
「…おい、そんな事があったなんて聞いてねーぞ」
「だってわざわざ言う必要ないかなって思って…、乱馬はひろし君達とラーメン食べに行ってたじゃない」
「だ、だからってなぁ!…ムースだったからまだいいもののっ」
「何おかしなヤキモチやいてんのよ」
「ばっきゃろー、ヤキモチじゃねぇやい!」
「じゃーなんで拗ねるのよ」
「知るかっ」
「……そこの2人、いちゃつくなら私が帰ってからにしてもらえるか」
「どこがいちゃついてるよーに見えるのよ!」
「そんな余裕あるわけねーだろ!?」
「……」
私から見れば、今のがいちゃつくじゃなかったらなんなんだとしか言えないのだが。
あかねと乱馬の左手に輝く指輪が、なんだかとても胸を痛めた。
いつだって涙は堪えてきた。私が泣いて乱馬を困らせても意味はないから。……寂しい、ってこんな気持ち?
「そーだ、あのねシャンプー」
「おいあかね!まだ話終わってねーぞ!」
「うっさいわねー、今はシャンプーが来てるんだから騒いでばかりいられないでしょ!ばーか」
「こんっのアマ…!!」
夫婦、って言葉が信じられないくらい"いつもと同じ"乱馬とあかね。
羨ましいと思ってしまうのはどうしてなのだろうか。
「これね、あたしが福引きで当てた水族館のチケットなんだけど…良かったら貰って」
「急にどうしたあるか」
「この間、そこの水族館に行ったばかりなんだ。すっごく綺麗な所なのよ。本当はムースに渡そうと思ったんだけど……シャンプーにあげるわ」
「べ、別に私は…」
「素直に貰っておけよ、たまには息抜きして来いって」
「そーよ、遠慮しないで」
白い封筒の中にはイルカの絵が描かれたチケットが2枚入っていた。有効期限は今月一杯。
…チケット、使わないのはもったいないあるな。
でも誰と行く?
─ふと、一番に浮かんだのがムースだったことがなんだか悔しかった。
「私、帰るね」
「頑張れよ、シャンプー」
「乱馬に心配されるほど、私はヤワな女じゃないある」
「…そー言うと思ったぜ。ったく」
「また来てね。ムースとおばあさんに宜しく」
「あかね…、その、……っ、乱馬と別れたら教えるよろしね!」
「え」
「ばーか、別れねーっつーの」
「え!?」
「…お前ら2人、付き合ってらんないね。再見!」
精一杯の照れ隠し。
本当は、2人が結婚してほっとしてるなんて、言わない。あかねを憎いと思ったのは確かだし、乱馬を恨んだのも本当だし、私はそんなに"いい奴"じゃない。
よくわからないこの心のモヤモヤは、苛立ちにも似て、寂しさにも似ている。
天道家からの帰り道、自転車のペダルを踏んで感じる風は優しい。この街が好きだと思うようになったのはいつからだったか、今は思い出せないね。
チリリン、自転車のベルは軽快に鳴る。
「シャンプー!こんなとこにいただかっ」
「…ムース」
「?どうしただ?おらの顔になんかついとるのか?」
「な、なんでもないある!」
「ならいいんじゃが…」
思いがけなく感傷に浸っていたなんて、私らしくないね。
まだまだ、私はムースに弱みなんて見せない。見せられない。…見せたくない。もしかしたら、今では力で適わないのかもとすら不安になる私がいて。
ムースなら、と思うこともあるから余計に。
…私は、ちゃんとムースに向き合えてるのか?自分で思う以上に、"想われる恋"には臆病なのかもしれない。
「今度の定休日、暇あるか」
「ん?乱馬に勝負を挑みに行こうかと思っておったが…」
「ムースが乱馬に勝つ、無理に等しい。時間のムダ遣いね」
「なんじゃとう!?」
「だから…」
「…だから…?なんだというんじゃ」
2枚のチケットが入った封筒に触れるとカサッと音がする。
…男として見てやりたい、違う。男として見てるから、逆に距離を置いてしまう。
ムースは乱馬と違うから。昔から知ってる筈なのに知らないことが沢山見えてきて、戸惑いが生まれる。私は一体どうしたいのだろうか。
わからない。
わからない、けど。
「その…水族館、」
「すいぞくかん?」
「チケットお前にやるね」
「え…!?」
「好きに使うよろし」
封筒ごとムースに手渡す。
あかねには悪いけど、私が今更ムースへの態度を改めるなんて無理ある。私のプライド。
『すっごく綺麗な所なのよ』
あかねの言葉が頭の中で反芻する。水族館、か……そういえば行ったことはなかったかもしれない。
「シャ…シャンプー!今度の定休日、暇かのう?」
「……暇、ある」
「な、なら!おらと水族館に行かんか!?チケットがあるだ」
思いがけなく手に入ったんじゃ、ムースはそう言って屈託なく笑った。
甘えてしまう。私は嫌な女ね。いつも利用してばかりいたのに、ずっとずっと私を追うこの男はなんて一途なんだろう。
村の掟なんて関係ない、ムースはそれを伝えたいのだろうか。
これじゃ、私の方が子供みたいね。
「──…っ」
「行かんか…のう…?」
「…誰も、行かないとは言てないね」
「へ…?」
ちょっとずつ、近付いていけたら。ムースに対して見栄を張ることもなくなるだろうか。幼なじみから変わっていけるのか?
私、難しいことはわからないが…今は昔と違って向き合ってやりたいと思えるある。
だから、まだ一歩は小さいけれど、もう少しこの国で、この街で、過ごしていきたい。ひいばあちゃんや…ムースと。
「シャンプー、おらな、シャンプーが好きじゃ」
「もう聞き飽きたある、そのセリフ」
「おらはシャンプーとずっと一緒にいたいんじゃ。嘘ではないからなっ」
「馬鹿ムース…それもわかてるね。何年一緒にいると思てる」
「そうじゃなー…長すぎて覚えとらん」
「私もね」
幼なじみ。
掟は関係なくても、やっぱり特別な間柄ではある私達。
これからゆっくり、互いに成長していけばいい。
end