いつも同じ表情、態度、あまり変わらないそれはとてもつまらないものだった。
だからほんの好奇心。好奇心で、ぼくは彼女の肩に手を─…



「ちょっと、気安く触らないでよ九能ちゃん」

「…すまん」



パシッと払いのけられた手をさすり、天道なびきを見る。
彼女は数字の書かれた紙を眺めてニヤリと笑ったかと思えば、ぼくの目の前に写真を突きつけてきた。
あかねくん、おさげの女、あかねくん、おさげの女…!!手を伸ばすが写真には届かず、天道なびきがいつものように手のひらを出して代金を請求してくる。
もう何度したかわからないこのやり取りのおかげで、値段の相場はだいぶ分かってきたが。



「1500円ってところかしらね」

「相変わらず写真の腕はいいな」

「アンタに褒められても嬉しくないわ」

「ふっ、照れ隠しか」

「んなわけないでしょ」



何も即答するほどのことではないと思うが、天道なびきには天道なびきなりの基準とやらがあるらしい。誰からも一定の距離を置いた生き方は、たまに彼女を孤独に見せる。
信じているものは金、か。
本当に不思議な女だ。



「貴様のような女が男にモテるというのが未だに信じがたい」

「そう?みんなあたしの上辺しか見てないだけでしょ」

「…確かに、そのがめつい性格はすぐ気付けんだろうな」

「うっわ、それこそ顔と財力だけの九能ちゃんに言われたくなーい」

「なっ、ぼくは剣道の腕前も一流だぞ!」

「アンタは女に対して不誠実なのよ」

「ぼくは紳士だ!」

「自分で言う?」



そりゃあ、あかねくんとおさげの女どちらか選べと言われても選べないけれど。
彼女達を想う気持ちに偽りなどない。
何故か今まできちんと"お付き合い"というものはしたことがないぼくではあるが、女性に対する振る舞いには気を配っているつもりだ。



「そういう貴様こそ、彼氏などおらんのだろう」

「そうね、一昨日別れたし」

「!?な、かっ彼氏がいたのか…!?」

「あたしは九能ちゃんと違って色んな経験してんのよ」

「む…」



まさか天道なびきが交際経験有りだとは思わなかった。
こんな奴でも男との交際が成り立つのか、という驚きと、なんだか自分より大人なイメージがついてとても違和感がある。
そもそも交際をして何をするのか、具体的な内容は浮かばない。
デートをして手を繋いで、一緒に飯などを食べ、遊園地に行ったり映画を観に行ったり?好きな女子と行きたい所は沢山あるが、ただそれだけでは何かが違う気がした。



「あ、キスもしたことないようなお子様相手にムキになることないわよね。ごめーん」

「キ、キスくらいならぼくだってしたことあるぞ!」

「へえ。地面?写真?」

「おさげの女とだ!」

「なによ妄想じゃない」



何故バレた。いやいや、そうではない。確かに妄想だが、キス寸前まではいったことがあるぞ!…なんて胸を張れる話ではないか。
ふうと盛大に溜め息を吐く天道なびきはぼくをじっと見て、また溜め息を吐いた。
そんなに溜め息を吐くことはないだろうと思いながらも返す言葉が出ない。愛する女子に対する言葉ならすぐ出てくるのに、目の前の女は彼女達と全く違うタイプだから難しい。



「ねえ、写真買うなら早くお金出しなさいよ」

「…本当に守銭奴だな」

「さっさと財布寄越しなさい」

「あ、こらっ!」



懐から出した財布をパッと取られ、天道なびきは慣れた手付きで札を抜き取る。毎度行動が読めなさ過ぎて、ぼくはこうしていつも振り回されてしまう。
こういう奴だとわかっているのに、何故か彼氏はすぐ出来るし、金回りはいいし、…あかねくんの姉だし、どう扱うべきか未だに掴めずにいる。一体何がしたいのか。



「九能ちゃんさー、あたしの扱いに困ってるでしょ」

「……まあな」

「ならいいわ」

「は?」

「その顔が見たかったの」

「か、お?」



ますます訳がわからない。
ずいと顔を近付けられて思わず後ずさると、天道なびきの人差し指がぼくの唇に触れる。
あまりに突然のことに心臓がばくばくと煩い。ニヤリと微笑った彼女の顔が、今まで見たことがないくらい妖艶で。
思わずその腕を掴んだ。



「あたしのことで困ってる九能ちゃんは好きよ」

「な……」

「その表情はあたししか知らないもの」

「貴様は…本当にタチが悪いな」

「あら、今更?」

「まあ、おあいこだろう?」



挑発するような視線、引き寄せられるように交わした初めての口付けは一種の毒薬のようにどろりと甘い。
いつも同じ表情、態度、あまり変わらないそれはとてもつまらないものだが、ぼくにしか見せない艶やかなその表情は、確かに好きかもしれないな。
だからほんの好奇心。好奇心で、ぼくは彼女の腰に手を回して抱き締めた。

天道なびきの不満気な表情に欲情した、なんて笑える話だ。





end
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