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恋人未満という幻想(翼)


真宮さんが好きだから、いつか恋人として彼女の隣に立ちたい。
なかなか進展しない距離に少し焦りを感じながらも、好かれたくて、嫌われたくないから、なかなか動けずにいる。
今日はバレンタインデー。
恋人じゃなくて友達だけど、優しい真宮さんはきっと俺にチョコをくれる。と思う。だって今好きな人はいないって言ってたし、たとえ義理でも、貰えたらそれだけで嬉しい。

─問題は、六道だ。




「ん?鳳?」

「………」



学校の塀に腰掛けている鳳に向かって声を掛ける。反応がないってことは気付いてないのか?
俺は懐から聖灰を取り出してぶつけてみる。
すると案の定、もくもく舞う灰の中から伸びた手が、俺の頭をぱぁんと叩いた。相変わらず暴力的でガサツな女だな。
ふと、鳳が手にしている紙袋が目に入った。


「頑張れよ」


一言声を掛け、俺は校舎に入る。
きっとあれは六道に渡すチョコレートだろう。絶対鳳に渡して貰わないといかん。六道にはコイツがお似合いなんだ。ライバルには早く消えてもらわねば。
教室に着き、自分の席に座って鞄から教科書を机の中に入れる。そのうち真宮さんが登校してきて、女子同士でチョコレートを交換していた。バレンタインというイベントが女子にとって楽しい行事であることが羨ましく思える。
今日の一時間目は国語。憂鬱な授業時間の始まりだ。




「えー…では次の所から六道、読んでくれ」


「あ、はい。……真宮桜、どこからだ?」
「ここからだよ。私の教科書使っていいから」
「いつもすまん」

「いい加減教科書くらい買えよ六道…!」

「また言ってるね、十文字くん」
「六道くんは貧乏だっていうんだから仕方ないじゃんねぇ?」




いくら貧乏だからって、いくら席が隣同士だからって、毎日毎日机をくっつけて授業を受ける2人を見るのはある意味拷問だ。すましたような六道の顔が余計にムカつく。
変な焦りが自分を急かして、いつもよりずっと授業が長く感じた。
真宮さん…いつオレにチョコをくれるんだろう…?過ぎた時間は長かった筈なのに、あっという間だ。百葉箱の前で真宮さんを待ちつつ空を見上げていると、羽織を着た六道が現れる。




「おい…十文字、百葉箱の前で何してるんだ」

「なんだ六道、真宮さんはどうした」

「あのな…」

「…貴様、もしかして既に真宮さんからチョコを貰ってるのか…!?」

「は?何故そんな話に…」

「そうだとしたら許さんぞ六道ぉぉぉ!!!!」

「人の話を聞けっっ」



六道に向かって聖灰を取り出し構えると、六道の動きが一瞬止まる。つられて後ろを振り向くと少し遠くに白いマフラーと、まだ冷たい風になびく三つ編み。真宮さんの姿が見えた。
さっきまでずっと真宮さんのチョコレートの行方について考えていたせいか、妙に緊張してしまう。




「2人とも早いねー」

「掃除当番お疲れ、真宮さん」

「今日の依頼はなさそうだぞ。百葉箱は空だった」

「そっか。あ、六文ちゃんはクラブ棟?」

「え、ああ」

「真宮さん、そういえばさっきの授業なんだけどさ…」




クラブ棟に向かって歩きながら、俺は真宮さんに話し掛ける。少しでもいいから気を惹きたくて。
どうしたら好きになってもらえるだろう?
友達以上になれるだろう?
顔色は変えぬまま話を聞いている真宮さんがどんなことを考えているのか…全く読めない。



「あー…えっと…」

「真宮さん?」
「?どうした」



真宮さんは鞄を探ったかと思うと、中から黄色の包みと赤色の包みを取り出した。



「はい、六道くんと翼くんに」

「わ、ありがとう真宮さん!」

「……わざわざすまん」



黄色い方の包みを受け取り、ホッと安心する。例え義理だとしても、貰えただけで嬉しい。
どうせなら放課後も一緒に過ごせたりなんかしちゃったりとか…出来ないだろうか…。



「俺が送るよ真宮さん!」

「なっ」

「ううん大丈夫。校門でリカちゃんとミホちゃんが待ってるんだ。それじゃあまた明日」

「そ、そっか…」

「…ああ、また明日」



すごく華麗にスルーされた気がする…いやでも、友達は大事にしないとな。自分にそう言い聞かせて真宮さんを見送る。
側にいたいなんて、贅沢な望みだ。



「真宮さんっ、本当にチョコありがとう!…ま、俺の方が本命に決まってるがな」

「どっから来るんだその自信は…」

「この中身を見れば分かることだ。どんなチョコだろう…だがしかし……もったいなくて食えーん!!」



だったら食わずに取っておけばいいだろう。
六道がそう小さく呟くのが聞こえたので、肘で小突いてやる。



「りんね!」


「え!?」
「お。鳳」

「あたしのチョコ、貰ってくれる?」

「あ…えーと…」



こいつ、まだ渡してなかったのか。そういえば、今日みたいな日にはすぐにでも教室に乗り込んできそうなもんなのに珍しいな。
早く渡せばいいのに。



「鳳、それ手作りだろ?貰ってやれよ六道」

「……さ、桜と作ったから、まずくはないと思うんだけど…」

「真宮さんと?珍しいな」

「さっきからうるさいわよ十文字!」



まさかチョコを美味しく作るために真宮さんを頼るとは思わなかったが、鳳にしては堅実な判断だろう。しかし六道は黙ったまま、鳳からチョコを受け取ることに渋っているように見える。
しばらくしてそっと手を伸ばし、鳳の手から六道が包みを受け取った。



「…食費の足しにする」

「…─うんっ!」


「良かったな、鳳」

「いちいちうるさいのよアンタは!」

「六道のが本命でも、義理で俺の分くらいあるんだろう?」

「はあ?あるわけないでしょ」

「1つやろうか、十文字」

「何故そうなるっ」

「そーよ!りんねにあげたんだから!」




こいつらには軽い冗談が通じない。融通くらい利かせて欲しいものだ。
鳳が六道の分しか持っていないことなど百も承知。それに俺は既に真宮さんからのチョコを含め女子から貰った(義理)チョコが4個ある為悔しくも何ともない。



「…あたし、帰る」

「そうか」

「こ…今度、感想!聞かせてよね!」

「だってよ、六道」

「……わかった」



よしよし、六道と鳳の仲も少しずつ近付いてると見ていいだろう。
良かったじゃないかという意味を込めた表情で鳳を見ると、何故か睨まれ、次の瞬間何かを顔に向かって思い切りぶつけられた。



「またね、りんね!」

「ああ」

「っオイ!鳳お前なあ!」



文句を言ってやろうにも時遅し。鳳は霊道の向こうに消えていった。
一体何をぶつけられたのか、拾ってみると一枚のチョコクッキー。もしかしてこれが義理チョコ?



「鳳の奴、俺に大しての扱いがぞんざいすぎるだろ…」

「十文字、オレに何か用でもあるのか?真宮桜はいないのに珍しいじゃないか」



六道に用なんて無い。
強いてあるとするなら、宣戦布告のようなもの。



「…俺は、真宮さんが好きだ」

「………」

「お前以上に女子からの人気もあると自覚している」

「は?」

「だがっ!俺は真宮さん一筋っっ」

「おい」

「貴様に負けるつもりはないと、改めて宣戦布告をしに来たまでだ」

「説得力はあまりないがな…」




俺が紙袋の中身を自慢気に見せると、六道は半ば呆れたようにそれを見る。どう考えても、女子に好かれる要素は俺の方が持っているはずだ。
だから真宮さんからのチョコレートが、どう違うかで好感度がわかるんじゃないかと思う。



「明日、真宮さんからのチョコがどんなのだったか教えろよ」

「…さっきの鳳と似たようなこと言うんだな」

「一緒にするなっ!」

「一緒だろう」



そりゃあ、俺にとっては鳳と六道が、鳳にとっては俺と真宮さんがくっつくことが望ましいから協力はしているけれど。アイツと似ていると言われてあまり嬉しいとは思わない。
俺はあそこまで世間知らずじゃないしな。

紙袋に入った4個のチョコレートと鳳から貰った一枚のチョコクッキーを見比べて、何だかんだ鳳がチョコをくれたことはとても意外で、ちょっとだけ微笑ましくなる。



「…さて、ホワイトデーには何を送ろうかな」



喜んでくれる真宮さんの顔が思い浮かんで、今から楽しみに思えた。





end
2月中にUP出来て良かっ…←

甘いビターハート(りんね)


2月14日。バレンタインデー。
だからどうした?オレには関係のないイベントだ。
期待したって、貰えるかどうかわからないものにそわそわするのも格好悪い。気になるけど、直接聞く訳にもいかない。
思い浮かべる女子は、ただ1人だけ。
欲しいのは、彼女の気持ち。




「りんね様ー、そろそろバレンタインですねぇ」

「…そんな日もあったな」

「恋未練な男女の霊が沢山出てきそうですよね」

「可能性はあるな」

「百葉箱に依頼が来るでしょうか」

「どうだろうな」

「………桜さまから、チョコレートもらえそうですか?」

「なっ……し、知らんな」

「最近は男子から渡す"逆チョコ"というのもあるそうですよ」

「………」




そんな金も余裕も、ウチにはない。慌ててその言葉を飲み込み、造花の箱を部屋の隅に片付けた。
真宮桜からバレンタインのチョコレート。
想像しただけでなんだかくすぐったく、気恥ずかしい気持ちになる。
貰えたらいいな、とは思うけれど。



「りんね様、行ってらっしゃーい」

「ああ。見回り頼むぞ、六文」

「はーい」



クラブ棟を後にして、校舎へ向かう。一時間目は国語だったか?教科書を使う授業は不便でならない。
だけど、隣の真宮桜に教科書を見せてもらえることは少し嬉しかったりする。付箋やマーカーで丁寧に線を引かれ、書き込まれたそれは、授業を分かり易くしてくれる魔法の教科書と言ってもいいだろう。…オレの贔屓目かもしれないが。




「あ、おいしいよ!桜ちゃんありがとう!」
「すっごーい!これ手作りでしょ?お菓子作り上手だね、桜ちゃん!」

「そ、そう?喜んでもらえて良かった」




教室に入ると、リカとミホが真宮桜の席を囲んで何かを食べていた。チョコレートの香りがして、どきり、と、一瞬心臓が跳ねる。
関係ない、関係ないと自分に言い聞かせても、それほど効果がないことは明らかだ。やはりバレンタインデーであることはクラスの雰囲気を心なしかそわそわさせている。ふと後ろの席でキョロキョロしていた十文字と目が合い、何故か奴はニヤリと笑う。
なんなんだ、あいつ。




「えー…では次の所から六道、読んでくれ」


「あ、はい。……真宮桜、どこからだ?」
「ここからだよ。私の教科書使っていいから」
「いつもすまん」

「いい加減教科書くらい買えよ六道…!」

「また言ってるね、十文字くん」
「六道くんは貧乏だっていうんだから仕方ないじゃんねぇ?」




授業中の、ささやかな幸せとでも言うのだろうか。この時間がある意味一番平和だと思う。
恋心なんて自覚してしまえば厄介なもので、今まで知らなかった感情がいつもオレを戸惑わせる。真宮桜の横顔をこんなに近くで見れるのは隣の席の特権。
十文字の悔しそうな声に、少し優越感を覚えた。




「真宮さん…いつオレにチョコをくれるんだろう…」

「おい…十文字、百葉箱の前で何してるんだ」

「なんだ六道、真宮さんはどうした」

「あのな…」

「…貴様、もしかして既に真宮さんからチョコを貰ってるのか…!?」

「は?何故そんな話に…」

「そうだとしたら許さんぞ六道ぉぉぉ!!!!」

「人の話を聞けっっ」




放課後になるとここに集まるのはもう暗黙の了承なのだろうか。少し遠くに白いマフラーと、まだ冷たい風になびく三つ編み。真宮桜の姿も見える。
今日がバレンタインデーだからか、十文字と話をしたせいか、妙に緊張してしまう。




「2人とも早いねー」

「掃除当番お疲れ、真宮さん」

「今日の依頼はなさそうだぞ。百葉箱は空だった」

「そっか。あ、六文ちゃんはクラブ棟?」

「え、ああ」




クラブ棟に向かって歩きながら、しきりに十文字は真宮桜に話しかけている。
手持ち無沙汰なオレは羽織を片手に空を見上げ、自分の吐いた白い息を眺めた。立春を迎えたにも関わらず、まだ夕方は寒い。
こんなにバレンタインデーを意識するなんて初めてかもしれないな。自分は関係ない、関係ないと平静を保とうにもなかなかうまくいかないのだから。



「あー…えっと…」

「真宮さん?」
「?どうした」



真宮桜は鞄を探ったかと思うと、中から黄色の包みと赤色の包みを取り出した。



「はい、六道くんと翼くんに」

「わ、ありがとう真宮さん!」

「……わざわざすまん」



赤い方の包みを受け取り、ホッと安心してしまう。期待なんてしてなかったつもりだけれど、やはり嬉しいものだ。
ぼーっと感動していると、十文字が一歩前に出ていたことにハッとした。



「俺が送るよ真宮さん!」

「なっ」

「ううん大丈夫。校門でリカちゃんとミホちゃんが待ってるんだ。それじゃあまた明日」

「…ああ、また明日」



やけに今日はあっさりしてるな。そう感じるのは気のせいか?…オレが、おかしいのかもしれない。
側にいて欲しいなんて、贅沢な望みだ。



「真宮さんっ、本当にチョコありがとう!…ま、俺の方が本命に決まってるがな」

「どっから来るんだその自信は…」

「この中身を見れば分かることだ。どんなチョコだろう…だがしかし……もったいなくて食えーん!!」



だったら食わずに取っておけばいいだろう。
小さく呟くと、肘で小突かれる。



「りんね!」


「え!?」
「お。鳳」

「あたしのチョコ、貰ってくれる?」

「あ…えーと…」




そういえばこいつもいたな。考えてみれば、今日みたいな日にはすぐにでも教室に乗り込んできそうなものだが、珍しいな。
真宮桜から貰えただけで、充分に満足していただけに、受け取り難い。



「鳳、それ手作りだろ?貰ってやれよ六道」

「……さ、桜と作ったから、まずくはないと思うんだけど…」

「真宮さんと?珍しいな」

「さっきからうるさいわよ十文字!」



真宮桜と作ったということは、鳳がオレにチョコを渡すことを知っていた…ってことか?もしかして、だから今日は早く帰ったのか?
1つあればそれだけで幸せ。けれど常に家計が火の車であるから断るのも勿体ない。
鳳の気持ちには応えてやることが出来ないと分かっているのに、オレは貧乏を理由にして決断から逃げてる。



「…食費の足しにする」

「…─うんっ!」



鳳が笑うと胸が痛む。真宮桜からのチョコを見ると胸が痛む。
これは罪悪感、だ。"タダ"とか"無償"という言葉に弱い自分が情けなくなる。
鳳は暫く十文字と言い合いをしていたかと思うと、今日はやけにあっさり帰っていった。真宮桜も、鳳も、女は何を考えているのかよくわからん。こういう時はおやじの性格が羨ましくも思えるが、ああはなりたくないものだな。



「鳳の奴、俺に大しての扱いがぞんざいすぎるだろ…」

「十文字、オレに何か用でもあるのか?真宮桜はいないのに珍しいじゃないか」



なんとなく鳳の話題から離れたくて、オレは百葉箱の所からずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。
一瞬で変わる空気、見え透いたような視線を向けられる。




「…俺は、真宮さんが好きだ」

「………」

「お前以上に女子からの人気もあると自覚している」

「は?」

「だがっ!俺は真宮さん一筋っっ」

「おい」

「貴様に負けるつもりはないと、改めて宣戦布告をしに来たまでだ」

「説得力はあまりないがな…」




十文字が見せびらかすように紙袋の中に入った数個の箱、コイツは自慢しに来ただけか。
半ば呆れながらも、十文字が言った言葉はオレの心に影を落とす。
真宮桜は十文字の気持ちを知っている。その上で友達になっている。
オレは真宮桜の気持ちを知らない。真宮桜にも気持ちを伝えている訳じゃない。友達だけど、友達と言い切れる関係には思えない。少なくとも"友達より上"であると、思っているだけなら許されるといいんだが。




「明日、真宮さんからのチョコがどんなのだったか教えろよ」

「…さっきの鳳と似たようなこと言うんだな」

「一緒にするなっ!」

「一緒だろう」




なんとなく、十文字と鳳は似ていると思った。そのひたむきさにはある意味尊敬の念を抱く程。

その晩、六文のいない間に真宮桜からもらったチョコレートの包みを開けると、中には綺麗に丸められた…確か、トリュフチョコレートとかいう贅沢品が入っていた。こんな高級なものも作れるなんて、真宮桜はすごいと思う。
もったいなくて、一粒だけつまんでみる。
口の中で溶けていくほろ苦い甘さがまるで今の気持ちみたいで、少し切なく、少し苦しく、幸せな気持ちになった。




「来月には…何か返さないとな…」




どうにか家計をやりくりして、何か真宮桜にプレゼントでもしよう。その頃には曖昧なこの気持ちの整理も着いているといいんだが。
真宮桜の喜んだ顔、笑顔が、なんだか無性に見たくなった。






end
ギリギリセーフ…!

優しさが痛く、(鳳)


ダメで元々。
分からなくて作れないなら聞くしかない。だけどばあやは教えてくれないし、十文字やりんねに聞くわけにもいかないし、お姉ちゃんもいないし、あたしに残された選択肢は一つしかなかった。
ライバルだから貸しなんて作りたくないけど、桜がどんなチョコをりんねにあげるのかも気になっていたから、迷っている暇はなかった。大急ぎで材料を見繕って(チョコとトッピングの飾りと…よくわかんないから適当でいっか。)、家を訪ねた。
ダメで元々、だったのに。


『じゃあ…一緒に作る?』


余裕の表れなのかと思った。
だけどこのコがそんな嫌味ったらしい人間ではないことを知ってる。
お人好しだと思った。
ライバルなのに、嫌な顔ひとつしないなんて。
私にまでチョコをくれるなんて、どれだけお人好しなんだろう。もしかしたらそんな優しさに、りんねは惹かれているのかしら。



「…なんだか渡しにくくなっちゃった」



14日の朝。りんねの学校の塀に腰掛けて、遠目に校舎を眺めていた。
桜と作ったおかげで、見た目も味も満足のいくものになったけれど、どうしてもあのコに勝てる気がしない。
りんねと同じクラスだから、とか。りんねの隣の席だから、とか。りんねが桜のことを気にしているから、とか。…りんねが、このチョコを受け取ってはくれないんじゃないか、とか。
ネガティブな方向に考えが傾いていく。




「ん?鳳?」

「………」

「おーい。お前こんな所で何してるんだ?」

「っ…灰投げつけながら言うんじゃないわよ!」




もくもくと舞う灰にむせながら、十文字を一発叩く。
毎度毎度、なんでコイツは大して効きもしない灰をあたしにぶつけるのかしら。
ふと気づけば目の前の男は、あたしが手に持っていた紙袋を見てニヤリと笑い、『頑張れよ』と一言だけ言って校舎に入っていってしまった。



「訳わかんない…なんなのアイツ」



言われなくたって頑張るわよ。渡すだけだもん。前にお弁当を渡した時みたいに、出来るもん。バカにしないで。
そう思っているのに、あたしは何故か授業中の教室を窓の外から覗き込む。




「えー…では次の所から六道、読んでくれ」


「あ、はい。……真宮桜、どこからだ?」
「ここからだよ。私の教科書使っていいから」
「いつもすまん」

「いい加減教科書くらい買えよ六道…!」

「また言ってるね、十文字くん」
「六道くんは貧乏だっていうんだから仕方ないじゃんねぇ?」




隣同士で席をくっつけている2人。抜け駆けみたいに見えるけど、教科書の必要な授業中じゃ仕方がない。そう自分に言い聞かせて早くチャイムが鳴ることを望み、あたしはその場で目をギュッと瞑ったまましゃがみ込んだ。
桜はもうりんねに渡したのかな。
あたしのチョコ、本当にもらってくれるかな?
チャイムが鳴り、教室が賑やかになっていく。渡すなら今。だけど、足が動かない。




「あ、やっぱり鳳だ」

「!」

「こんなとこで何してるの?」

「桜…」

「六道くん、呼ぼうか?」




同情?ううん、本当に気にかけてくれている表情。りんねに近づくあたしのことをあまりよく思っていないくせに、どうしてこのコはこんなに優しいんだろう。
首を横に振り、あたしはクラブ棟に向かった。
こんな気持ちのままじゃ、とてもりんねに直接手渡すことは出来ない。
でも、でもね。
直接渡したら、りんねはどんな表情で受け取ってくれるだろう?
りんねも優しいから、笑顔で受け取ってくれるかもしれない。いつも通りぶっきらぼうに受け取ってくれるかもしれない。
だから…帰ってきたら、渡そう。その時に桜や十文字がいても気にしない。だって遠慮するなんてあたしの性に合わないもの。このまま逃げてしまうより、桜に言った手前、正々堂々と勝負したい。それまでに、勇気をチャージするの。
勝ち負けの基準は、りんねの表情。




「あれー?鳳だ!りんね様に何かご用ですか?まだ学校から帰ってきてませんけど…」

「用っていうか…そう、だけど…、いいの。待ってるから」

「はあ…」




紙袋の中を見る。
ピンク色の包装紙で包んだ箱の中には、桜と一緒に作ったチョコレート。ハート型のそれを詰め込んだけど、あたしの気持ちはそれじゃ足りない。




「はい、六道くんと翼くんに」

「わ、ありがとう真宮さん!」
「……わざわざすまん」

「それじゃ私、今日は帰るね」

「俺が送るよ真宮さん!」
「なっ」

「ううん大丈夫。校門でリカちゃんとミホちゃんが待ってるんだ。それじゃあまた明日」

「ああ、また明日」

「真宮さんっ、本当にチョコありがとう!…ま、俺の方が本命に決まってるがな」

「どっから来るんだその自信は…」




近づいてきたりんね達の足音に背筋がぴんと伸びた。
桜がいないことにどこか安心したけど、りんねが手にしている見覚えのある包みにどきっとする。必死に身体を奮わせて、あたしは駆け出した。




「りんね!」


「え!?」
「お。鳳」

「あたしのチョコ、貰ってくれる?」

「あ…えーと…」
「鳳、それ手作りだろ?貰ってやれよ六道」

「……さ、桜と作ったから、まずくはないと思うんだけど…」

「真宮さんと?珍しいな」

「さっきからうるさいわよ十文字!」



りんねは何かを考えた後、少し困ったような顔をしてあたしの手から紙袋を受け取った。



「…食費の足しにする」

「…─うんっ!」



あたしは、りんねがチョコレートを受け取ってくれたことが嬉しくて嬉しくて。その表情の意味を深読みすることはしなかった。
十文字もその様子を満足気に見届け、にっこり笑う。



「良かったな、鳳」

「いちいちうるさいのよアンタは!」

「六道のが本命でも、義理で俺の分くらいあるんだろう?」

「はあ?あるわけないでしょ」

「1つやろうか、十文字」

「何故そうなるっ」

「そーよ!りんねにあげたんだから!」




りんねにあげたんだから、全部食べて欲しい。だけど、十文字にも義理チョコ作れば良かったかな。
桜の気配りが行き届いていることが、なんだか悔しい。
みんな友達だっていうの?
特別扱いはないっていうの?
考えていることがわからないから余計に苛立つ。




「…あたし、帰る」

「そうか」

「こ…今度、感想!聞かせてよね!」

「だってよ、六道」

「……わかった」




急に息苦しくなった。
あたし、りんねに喜んで欲しくてチョコレートを作ったのよ。そんな顔をしてもらう為じゃない。
桜には、笑顔を向けたの?
ずきずきと、あのコの優しさが痛み出す。
やっぱりあたしは桜のことが苦手だ。あたしが出来ないことをあのコはすぐにこなしてしまう。同じ学校で席も隣同士なんてずるいわ。
あたしはピエロになんてなりたくないのに。
どこにぶつければいいのか分からない苛々が、涙腺を緩ませる。スカートのポケットに手を入れると、そこにはハンカチの代わりにチョコクッキーが一枚あった。
今こんなのあっても使えないじゃない!
へらへら笑う十文字にそれを思い切り投げつけて、あたしは霊道を開く。




「またね、りんね!」

「ああ」

「っオイ!鳳お前なあ!」




チョコの代わりよ、バカ。
そう呟いた言葉が十文字に聞こえたかは分からない。
霊道を駆け抜けながら、りんねにチョコを渡せた胸の高鳴りとあの表情が二律背反する。少しでいい。少しでいいから、あたしが桜に勝てる所を探したい。
りんねが喜んでくれたって、思ってていいよね?
相談できるお姉ちゃんがいたら、話をたくさん聞いてもらうのに。誰にも言えずに抱える気持ちは、ゆっくりと大きくなっていく。



「チョコみたいに、甘くないわね」



恋をするのは楽しいけど、難しいものだって。
あたし、初めて知ったわ。







end
鳳語りになってしまった…

融解する恋の欠片(桜+鳳)



「桜ーっ、お友達がいらしたわよー」

「友達…?」



六道くんかな、リカちゃん達かな。階段を下りて玄関に向かうと、意外な人物がそこにいた。




「…お邪魔するわ」

「う、うん。じゃあ…部屋に…」

「後で部屋にお茶持ってくわね。ごゆっくり」

「ありがとママ」




少しぎこちなく、また部屋に戻る。一体何しに来たんだろう?
机の上にあった小説に栞を挟んで片付けてから、私は彼女と向き合った。




「と、突然悪かったわね」

「いや…それはいいけど。鳳、私に何か用?」

「用っていうか…あんた、りんねにチョコあげるんでしょ?」

「え、あ…ああ、バレンタインのことか。うん、一応渡すよ。いつも助けてもらってるから」

「買うの?」

「ううん。作る予定」

「そう」

「?」




鳳は何をしに来たのか告げないまま、もじもじとして俯く。
バレンタインのことが聞きたかっただけだったのかな?それともまだ何か用があるとか?




「………あ、あたしが、材料買ってきてあげたから!」

「え」

「だから、その…」

「じゃあ…一緒に作る?」

「うんっ!…あ、そ、そこまで言うなら一緒にやってもいいけどっ」

「ふふ」

「ちょ、なんで笑うのよ!」

「素直じゃないなあって思って」

「〜〜…っ、いいからとっとと作り方教えなさいよね!」




なんだ。それが目的か。
鳳が私の家を1人で訪ねてくるなんて珍しいと思ったけど、チョコを六道くんにあげる為だと思うけど、思っていたより鳳には嫌われていないみたいで、ちょっと嬉しかった。
どうせみんなに作るつもりだったし、丁度いい。



「台所行こ。エプロンある?」

「あ、当たり前でしょ!」



ひらひらでキラキラして、新品のエプロンを素早く身に着けた鳳は、早く早くと私を急かす。
もし私に妹がいたらこんな感じだったのかな。



「どんなチョコ作る?」

「なんだっていーわよ、どうせ溶かして固めるだけなんだから」

「あ、そう」



私が細かくチョコを刻むと、鳳はそれを見て目を輝かせた。
お嬢さまっていつも人任せなんだろうか。
交代しながら作業を進めていくうちに、鳳から向けられる視線がだんだん痛くなる。




「桜って、いつもお菓子とか作るの?」

「うん。ママが作るの好きだから、その手伝いだけど」

「ふーん…」

「鳳は、えーと…ばあやさん?と、一緒に作ったりしないの?」

「しないわよ。あたしはそんなのすることないって言われるから」

「…そう、なんだ」

「……それに、あたし1人で作ったものなんか、りんねは食べてくれないもん」

「え?」

「桜!これ次はどうするのよっ」

「あ、それはこの型に入れて冷やし固めるんだ」

「わかった。貸して!」




大きなハートと小さなハートが並んだ型に、鳳は慎重にチョコを入れていく。台所中に広がる甘い香りが、いつもより鳳の気持ちを聞かせてくれるみたい。
私は刻んだチョコレートに沸騰した生クリームを入れてかき混ぜ、ガナッシュを作った。家にあったスポンジケーキを土台にし、二種類のガナッシュを交互に塗って、ピーラーで削ったチョコを飾りにのせる。




「よし、こんな感じでいいかな」

「…な、なによアンタ!そんなケーキなんか作って、あたしより料理上手っていうアピールのつもり!?」

「違うよ。これは友チョコ」

「ともちょこ?」

「うん。冷やしたら食べようね」

「え?あたし、食べていいの?」

「一緒に食べるために作ったんだよ?2人じゃ食べきれないから、半分はリカちゃんとミホちゃん用にするけど」

「……」

「…いらない?」

「そ…そんなこと言ってない!食べるわ!」

「ありがと」

「……なんであんたが礼なんて言うのよ」

「え。なんとなく」




六道くんと、翼くんにはトリュフチョコレート。冷やしたものを箱に詰めながら、片方の、六道くんへの箱に、ひと粒多く入れる。感謝の気持ちってことにしておけばいいよね…?
義理とか本命とか、形にして表すのはちょっと恥ずかしい。
だから、こっそりと。
綺麗にラッピングを終えると、鳳はニコニコして自分の作ったチョコを包んだ箱を眺める。
2人で台所の片付けを済ませた後、私はママが淹れてくれた紅茶と、見栄えよく切り分けたケーキを居間のテーブルの上に並べた。



「…あんたさ」

「ん?」

「あたしが誰にチョコあげるか聞かないのね」



ぱく、と、鳳はケーキを口に運びながら言う。
私に聞いて欲しかったのかな?でも六道くんにあげるつもりだろうことは何となくわかる。わざわざ聞く必要はないと思ってた。



「……だって、六道くん、でしょ。聞かなくてもわかるよ」

「そりゃそうだけど…」

「なに?」

「止められるかと思った」

「?」

「あたしだったら絶対に言う。りんねにチョコ渡すのはあたしだけだって」

「………私は、」

「訳わかんないのよ、あんたは。今日だって断られるかと思ってダメもとだったのに、すんなり受け入れてくれちゃって」

「それは…っ」



鳳のことを自分があまりよく思っていないのは何となく分かっていた。
原因はよく分からないけど、感じていた。
だけど、少しずつ打ち解けられていけたらいいなって思ってたから。驚いたけど、少し心も痛くなったけど、私は嬉しかった。
私にないものを鳳は持っている。六道くんとの"死神"という共通点は、私が望んでも手に入ることはない。羨ましく、疎ましく、小さな嫉妬を抱える自分がひどく浅ましく思えて、奥の感情に蓋をしたまま動けずにいる。



「こうなったらバレンタイン当日は正々堂々と勝負だからね!桜!」

「え、しょ…勝負?」

「バレンタインっていったら聖戦でしょ!」

「そ…そうなの…?」



確かに乙女の戦い、とかよく耳にするけど…実際のところ勝ち負けの基準は昔も今もよく分からない。
想いが実ったら勝ち?
じゃあ、その想いが理解できないままだったら?前になかなか進めなかったら?
焦りが、生まれる。




「その…えっと……チョ…チョコ、ありがと。おいしかった」

「──…うん、どういたしまして」

「だけど、14日は負けないからね!!」

「わ、わかったってば」




ふしぎ、不思議。
新しい友達が増えたこと。私にはないものを持つ人に出会えたこと。憧れや嫉妬の対象になる人。
苦手だと思うけど、嫌いじゃない。
鳳には負けたくないって、他の女の子にも負けたくないって、初めて感じたかもしれない。

バレンタインは勝負の日。
頑張って作ったチョコレート、貰ってくれるといいな。

ふと頭に浮かんだあの人の表情に、思わず笑みがこぼれた。



「桜?何笑ってんのよ」

「あ。えと…喜んでくれたらいいなって、思って」







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姉妹みたいな2人いいよね^^
(とても美味しそうだったのでこちらのレシピを参考にさせていただきました。)
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