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淡く色付いて(りん桜)


「ふぁ…」



真宮桜にしては、珍しく大きな欠伸をして眠そうな顔をしていた。オレは相変わらず、真宮桜が何を考えているのかさっぱりわからない。
無事に堕魔死神カンパニーから帰って来たのはいいが、あれからずっと、心にもやがかかったように何も考えられずにいる。十文字の陽気さが少し迷惑にも思う。
あの場を鎮めるためとはいえ、おばあちゃんはどういうつもりでオレと真宮桜がつきあってる、なんて言ったんだろう。…まあ、何も考えてなかったということも考えられるけど。女ってよくわからない。
真宮桜は、イヤじゃなかったのか?おばあちゃんのついたウソに、十文字みたく苛ついていたりしなかったのか?




「おい六道、」

「ん?」

「辛気くさい顔してんなぁ、お前」

「十文字は能天気でいいよな」

「能天気とは失礼だな。俺にはこのペンダントがあるから大丈夫なんだよ」

「…へー、そりゃまた(どう見てもぼったくられてるだろ…)」

「これがある限り、俺は真宮さんがまだフリーだと信じられる!」




十文字の高笑いが頭に響く。そういえばコイツ、真宮桜のことが好きなんだっけ。
遊園地に行った時、すごく楽しかったよな。おじいちゃんが輪廻の輪に乗ってから、楽しい、と思うことが減っていたから、幽霊(俗名・臼井)のこともあったけど充実した1日だった。

『ありがとー六道くん。大切にするよ』

真宮桜の笑顔が、消えない。消えてくれない。




「六道くん?」

「……え、ああ…なんだ」

「いつもよりボーっとしてるような気がしたから…。何か私に手伝えることがあったら言ってね」

「…うん」




金を貸してくれて、弁当を作ってくれて、側で支えてくれて。オレは自分で思っている以上に、真宮桜に感謝しているのだと思う。いつも、いつも。
これが"恋愛感情"というやつなのだろうか。
温かく優しげな鼓動が鳴り、思わず真宮桜に触れたくなった。髪に、肩に、手に、頬に…。ぶんぶん頭を振って、そんな考えを散らす。意識しすぎ、だろ。
真宮桜はどう思っているんだろう。気になりだすと止まらない。眠るフリをして、赤くなった顔を隠した。




「真宮さん!良かったら今度の土曜日さー」

「あ、残念でした十文字くん」

「え?」

「桜ちゃんは私達と買い物に行くんだよーっ」

「そ、そうなのかい真宮さん!?」


「うん。先週から決めてたんだ。だからごめんね、翼くん」

「…いや、うん。なら仕方ないね……」




はらはらしながら隣の会話を聞いていたが、真宮桜の対応に何故かホッとして、一度深呼吸して顔を上げた。
ホッとした…、?何でだ?
首を傾げつつ十文字の落胆振りを見た途端に目が合う。




「…っ、いい気になるなよ六道!」

「はあ?」

「とぼけんな!今笑っただろ」

「笑ってねーよ」

「笑っただろ」

「気のせいじゃないのか。というか、いつもそればっかりだよな、十文字」

「…き、気のせいだろ」

「そうか?」

「そーだっっ!相変わらず気に食わない奴め」

「お前に言われたくない」




毎度毎度、何かと理由を付けてつっかかって来る十文字にはうんざりだ。真宮桜に至ってはそんな俺達の様子を見て笑ってる。
何を考えてるんだろう。
オレのこと、どう思っているんだろう?
考えれば考えるほど分からなくなっていく。他人の気持ちが分からないことがこんなにも苦しいなんて思わなかった。




「六道くんと翼くんって仲良いよね」

「「良くない」」


「あはは、ハモってる」


「真似すんな六道!」

「こっちの台詞だ」




十文字の口撃をかわしつつ、元気そうな真宮桜の様子に、少し首を傾げた。さっきまですごく眠そうだったのに。
…もしかして無理してるんじゃ?
オレの頭によぎった考えを見抜いたかのように、真宮桜は苦笑した。十文字は気付かない。立ち上がってドアに向かう途中、真宮桜に向かって声を掛けた。




「おい」

「え。何よ六道くん」

「いいから」




有無を言わさぬように少し強く言うと、真宮桜は観念したように席から立ち上がった。十文字はその場に固まり、リカとミホがざわついていたような気がしたが、気付かないふりをして廊下に出る。
後を追って出てきた真宮桜は、周りに人がいなくなって安心したのか、さっきより顔色が悪かった。




「具合悪いなら無理するな」

「平気だと思ったんだけどなぁ。どうして分かったの?」

「どうしてって…」




いつも見てたから、なんて言えるか。ストーカーじゃあるまいし。
不思議そうな様子で、額に手をあてながらこちらを見る真宮桜に動揺を悟られないよう、慌てて言葉を紡ぐのに少し咳き込んでからあやふやに続ける。




「と、隣の席だし、こないだはオレも六文もインフルエンザにやられたんだ。一応気にかけない方がおかしいだろ」

「そっかー…。インフルエンザではないと思うけど、心配してくれてありがとう」

「あ‥ああ。少し保健室で休んで来いよ」

「うん、そーする。…ホントは教室にいるの、結構きつかったんだよね。六道くんのおかげで助かったよ」

「別に…」




大したことはしていない、そう言おうと思って口を開いた時、瞬時に頭が考察する。
どうしてオレ、真宮桜の具合が悪いって分かったんだ?あれほど真宮桜が何を考えているのか分からないと思っていたのに。心なんて読めないのに、何故?
そういう気持ちについては今でも全く読めない。不思議なこともあるものだ。




「六道くんも治ったばかりなんだから、またぶり返さないように気をつけて」

「…わかった」

「?」

「その…休み時間だし、保健室まで送る」

「……はは」

「なんだよ」

「ううん、なんでもない」




真宮桜はオレの隣を歩きながら、どこか機嫌良さそうだった。顔色はまだ悪かったけど。
どんな些細なことでも、気付いてやりたい。
今までだって、真宮桜の優しさに救われてきた。だから、恩返しというわけではないが、オレが真宮桜の為に出来ることを、少しずつ考えていこうと思う。




「今度から、辛い時はすぐオレに言えよ」

「ありがと。そーするよ」






end

夕暮れに、恋心(りん桜)


気付かないように。
気付かれないように。




「桜ちゃん、どうしたの?」
「今日元気ないねー」

「え。あ…ミホちゃん、リカちゃん」

「何か考え事?」

「うー‥ん、そんな感じ」

「私もリカちゃんも相談なら乗るから、いつでも言ってね」
「そーだよっ!だから辛いときはあまり無茶しないでね桜ちゃん」

「ありがと。その時は言うよ」

「うん。じゃあまた明日」
「ばいばーい」

「またねー」




夕暮れ、オレンジ色の光が差し込む教室に1人で机に突っ伏した。
チャイムが校舎内に響いて、外からは部活動をやっている人達の声が聞こえる。
今日はなんだか朝からずっと頭が痛い。溜め息ばかりついて、授業も上の空。リカちゃんとミホちゃんが帰りに買い物へ誘ってくれたけど、あまり乗り気にもならなくて断ってしまった。
六道くん達、今日は依頼あったのかな…?

どうしちゃったんだろ。今までこんなことなかったのに。
風邪を引いたわけじゃないのに、身体が怠いような気がして、頭が痛くて、熱っぽい。それなのに指先はとても冷たい。
……そろそろ帰らなきゃ、いけないよね。
カバンを机の上に上げて、教科書を詰め込んだ。中に入れた2つのお弁当箱に、一瞬どきりとする。嬉しそうに、お弁当を受け取ってくれた六道くんを思い出して、何故か急に淋しくなった。
こんな気分になるのは夕方だから?教室という空間に1人だから?
じわりと涙で視界が歪み、バタバタと廊下から聞こえる足音が近付いてきて、私は慌てて涙を拭った。




「─ここにいたのか、真宮桜!」


「…え?」




ガシッと手首を掴まれて、顔を上げれば六道くんがいて。
校内を走り回ったのか、息を切らし、額には汗がにじんでいた。もしかして、今まで私を探してた?
驚いた瞬間に涙が一粒ころんと落ちた。




「えっ、な、どうしたんだ!?」

「…いや…その、…びっくり‥した……」

「わ、悪い」

「……っ」




私は首を横に振る。六道くんがここに来てくれて、すごく嬉しかった。心の中のもやもやは晴れないけど、なんだかとても安心したの。
どうしてこんな気持ちになるのか、分かりたいようで分かりたくない。
誰かが側にいてくれることが、こんなに嬉しいなんて。




「…?何か、あったのか?」

「ううん。大したことじゃないの」

「……」

「六道くんこそ、私に何か用事?」

「あ、ああ…。いや、用事というか……えっと…」

「?」

「その…今日、というか最近、様子おかしかったろ、お前。放課後も来ないし……、だから心配してだな、…あー‥っと、六文が」




たどたどしく、六道くんは言う。六文ちゃんが私を心配していたというのは本当だろう。でも、それだけじゃない…よね?
がしがしと頭をかいて、気恥ずかしそうに六道くんは私を見た。
掴まれていた手が、六道くんの手の体温でゆっくり温かくなっていく。
気付かないように、気付かれないようにと、気持ちをぐっと押し込めておくことにも限界を感じ始めた。




「…そっか、六文ちゃんが‥」

「…おう」

「じゃあ六道くんにも…心配かけちゃった、ね」

「……金がなくて仕事にならん」

「うん」

「よく気の付く助手がいないと、仕事も捗らない」

「うん」

「依頼が来なくて腹が減った」

「うん」

「…心配、した」

「………うん」




六道くんの言葉はいつも、私に元気をくれる。気付かないうちに存在がどんどん大きくなってた。
毎日ではないにしろ、一緒にいることが多いから、ふとした瞬間に思う。
近付いた距離にまだ、慣れないけど。
再びこみ上げてくる涙を見られないように、私は慌てて下を向く。必要とされていたことが嬉しくて、六道くんに対する想いとかがぐちゃぐちゃで、整理するにはもう少し時間がかかりそうだ。
小さく聞こえた六道くんのお腹の音に、思わず吹き出す。




「……」

「はは、」

「仕、方ないだろ。金がない上に依頼もないんだから…」

「六道くん、クッキーで良ければ食べる?」

「え」

「リカちゃんとミホちゃんと食べようかと思ってたんだけど、結局開けなかったから」




六道くんにクッキーの入った袋を渡して、私は席に座った。
今日1日、なんだか憂鬱で動きたくなくて。じっとしていれば、考えたくないことを考えてしまって、もっと気が滅入ってしまったけど、今はそんな気分が払拭されてる。
不思議だな。
─ぱちり、と。
クッキーをくわえた六道くんと目が合った。




「…なんだ」

「えー…と…、クッキーおいしいかなって」

「ん。ほら」

「へ?」

「口開けろ」

「な、」




むぐ、とクッキーを食べさせられる。ふわりとアーモンドの香ばしいにおいがした。
…おいしい。けど、びっくりした…っ。
少し空腹感がなくなって満足したのか、六道くんはガサガサと袋を丸めて教室の隅にあるゴミ箱へ投げ入れた。




「行くぞ」

「え。あ、待って!」




外はすっかり紺色に染まっていて、街の灯りがぽつぽつ見えた。
鞄を持ち、慌てて教室を出ると、先にスタスタと歩いて行ってしまったと思った六道くんが、待っていてくれた。
小さな優しさに、また胸がきゅっと苦しくなる。
リカちゃんやミホちゃんなら、この気持ちの意味が分かるかなぁ?




「真宮さーん!」

「桜さまーっ!」



「あれ?翼くんに六文ちゃん、どうしたの?」

「どうしたのじゃないですよぅ桜さまー!ぼくさみしかったですーっ」

「ちっ。六道お前、抜け駆けしてないだろうな」

「はあ?」

「もしかして翼くんも私のこと探してたの?」


「そ、そりゃあ…!だって真宮さんが六道のところにいるんじゃないかと思ったら、最近来てないって言うし、下駄箱に靴はあったからまだ学校にいると思って」

「さすがりんね様ですよ!桜さまを見つけちゃうんですからっ」

「この黒ネコ野郎」

「大人気ないですよ」




六文ちゃんと翼くんは仲が悪いのだろうか。今にもうなり声をあげそうな勢いで2人はにらみ合い、その様子を六道くんが呆れたように見ていた。
そう、私はこんな"いつも通り"の毎日の中にいることが大好きなんだ。
だから、気付きかけてる気持ちをもう少し、あと少し、気付かれないようにしたいと思う。不安定な想いが、決して揺るがないように。




「(まだ、大丈夫)」




何が、とは考えない。
私は温まった手のひらをそっと握りしめた。






end

ワンステップ(乱あ)


なんでこんな奴にドキドキしちゃうんだろう。




「お、おろ、おろしてよ!」

「何言ってやがんでぇ。ケガしてるくせに意地張んなっつの」

「あたしはそんなの頼んでないでしょ…!」

「周りがうっせーの。そんくらい分かれよな」

「………」

「大体、おめーみたいな奴に合わせてやれんのなんてオレくらいだろ」

「…自意識過剰」

「あんだとぉ!?」




どきどき。ばくばく。
あたし自身が心臓になったみたいに脈打ってる気がして、気まずさに目を逸らす。
なんであたし、乱馬なんかにお姫様だっこされてるんだろう。




「乱馬ぁ、あかねが嫌がてるならおろしてやるよろし。代わりに私を抱き締めるといいね」

「そーはいくかいシャンプー!乱ちゃんはウチのもんや!!」

「そうですわっ!乱馬さまはワタクシのもの!あなた達みたいに野蛮な女には渡せませんっっ」


「お前らなぁっ、いつもいつもいい加減にしろよ!!こちとらケガ人抱えてんだからな!」




ひょいひょいと身軽に屋根の上を駆けていく乱馬を、いつもの3人娘が追いかける。

今日も学校に襲撃してきたシャンプーと小太刀に、右京が加わって教室が破壊されていた時。
たまたま飛んできた机を避けたところにまた机があって、背中をぶつけたせいで動けなくなったあたしを乱馬が抱き上げ逃げ出して…、今に至る。
まだ午後の授業があったのに。ぼんやり思うけど、背中の痛みで現実へと引き戻されて、瞳に少し涙がにじむ。こんな自分を乱馬や右京達に気付かれたくなくて、あたしは歯を食いしばって身を捩った。




「おい、バカ!危ねーから動くなっ!」

「いいからさっさとおろして!!あたしがいたら邪魔でしょ!?」

「あのなー、ケガ人置いていけるわけねぇだろ!?」

「小乃医院で診てもらえばすぐ治るもん!」

「なっ」

「…ケガしてるあたしを抱えてちゃ、あんたの足手まといでしょ?」

「………あかね、お前…」




乱馬の顔が見れない。
いつだって本当は、乱馬の邪魔になりたくなくて、でも素直になれずに嫉妬しちゃって、意固地になって、すれ違って。
もうそんなの嫌なんだ。辛くて苦しいだけなんだ。
シャンプー、右京、小太刀を見てると、否が応でも自分の弱さを突きつけられてる気がして逃げたくなる。あたしだって強くなるために努力してるのに、適わないんだもん。乱馬になんて到底追いつけない。
こんなあたしが、乱馬の足かせになってるかもしれないと思ったら…耐えられなかった。




「ほっといてよ…。あたしなんて、ほっといて!!」




乱馬は黙ったまま、屋根から屋根へと飛び移る。顔を見るのが、目を合わせるのが怖くて、俯いていたら無意識に身体が震えてた。
次第にシャンプー達の声が遠退いたように感じた時、乱馬は地面に降りてようやくあたしをおろしてくれた。
顔を上げれば、目の前に「小乃医院」の看板が飛び込んできてハッとする。




「…お前の荷物、あとで持ってくるから、東風先生んとこで待っとけ」

「ちょ…っ」




あっという間に乱馬は見えなくなってしまう。言えずに飲み込んだ、『待って』と『ありがとう』を噛みしめるように、震える喉で空気を吸った。
堪えきれずに零れた涙が一粒、アスファルトに落ちてしみていく。
乱馬に助けてもらったのに、どうして、あんな言い方しか出来ないんだろう…。
覚束ない足取りで、あたしは小乃医院の戸をカラカラと開けた。懐かしい病院のにおいと、しんとした院内に少しホッとする。




「おや、どうしたの。ここに来るなんて久しぶりだねぇ」

「と…、東風先生…」

「ケガでもしたのかな?…それに、何か悩んでるみたいだね」




東風先生はにこっと笑って言った。どんな隠し事をしていても、昔から先生には見抜かれてしまう。それがとても不思議で、何でも理解して背中を押してくれる先生だから、乱馬に出逢う前のあたしは惹かれていたんだろうなあ。
背中の打撲は一週間程で良くなると診断を受け、東風先生が淹れてくれたお茶を飲む。
こうやって先生と一緒に過ごす時間はとても久しぶりな気がして、あの頃のあたしも可愛かったな、と思う。今のあたしは、ただ想うだけの一方通行な気持ちで満足してた昔とは違うから。




「あの…東風先生、ありがとうございます」

「ん?何言ってんのあかねちゃん、お礼を言う人は僕じゃないでしょ?」

「えっ!?で、でも、」

「治療のお礼はさっき聞いたよ。お茶のお礼もね」

「あ……」

「2人とも意地っ張りだから、難しいかな?」

「………」




こぽぽ…、東風先生が湯のみにお茶を注ぐ音がやけに大きく聞こえた。
あたしはぶんぶんと首を横に振る。
確かにあたしも乱馬も意地っ張りだけど、ここ最近はあたしより乱馬の方が寛大になったような気がして、少し遠く感じるんだ。
さり気ない優しさに気付く度、戸惑いが増える。わがままばかりな自分に苛立ちが募る。




「大丈夫。言えるよ。素直になれるよ。あかねちゃんなら絶対」




先生の言葉は、いつだって私の心の中のわだかまりを消してくれる。すごくすごくありがたい存在で、かすみおねーちゃんと同じくらい憧れる。
昔のように胸が高鳴ることはないけれど、この人を好きだったあたしはまだ子供だったんだなと改めて実感した。それでも、好きだったことは、恋だったことは本当だから、伝えられなかった想いはそのまま心に仕舞っておく。今一緒にいてくれる人が、あたしはとても好きで、確かに恋しているんだから。
ゆっくり落ち着いて考えると、答えはとてもシンプルだった。




「こんちわー」


「おっ。迎えが来たみたいだね」




東風先生の笑顔が、なんだかからかいの色を含んでいて少し恥ずかしかったけど、また高鳴る鼓動を落ち着かせるように、あたしは深呼吸をした。
ドアが開いて鞄を2つ持った乱馬が現れる。




「ケガ、大丈夫か?あかね」

「平気よ。一週間程度で治るって。でもそれよりアンタ…いつにもましてボロボロじゃない?」

「あー、なかなかあいつら撒けなくってなぁ」


「大丈夫かい乱馬くん?僕が診てあげるよ」

「いや、別に大したケガじゃねーし…」

「診てもらえばいいじゃない。東風先生は名医なんだから」

「ほらほら、そこに座って」

「え、あ。…すんません」




渋々乱馬が椅子に座ると、東風先生はいつもの調子で乱馬の身体、関節という関節をごきゅごきゅとものすごい音を立てて動かす。
先生には乱馬の悲鳴も聞こえないのか、見ているこちらが恐ろしくなるような光景だ。ぜーはーと、ようやく痛みから解放された乱馬は少しスッキリした顔をしていた。
流石は名医の東風先生ね。




「乱馬くん、大事な人を守るために身体を張るのもいいけど…あんまり無理しちゃいけないよ」

「え?」

「んなっ、何言ってんだよ先生っっ!」

「若いっていいねぇ」

「オイコラ、東風先生!?」




あたしは東風先生の笑みも、乱馬が少し赤くなって騒ぎ出す意味も、はじめはよく分からなかった。
帰り道、薄暗くなった通学路を歩きながら、フェンスの上を歩く乱馬を横目で見て、ある1つの結論に行き着く。




「…乱馬」

「んー?」

「あんまり、無理しないでね」

「だっ、誰があかねの為なんかに無理するかよ」

「あ。やっぱりあたしの為だったんだ」

「ち、違っ……もーいいっ」




天の邪鬼な言葉に思わず吹き出すと、フェンスから降りてきた乱馬にぱこんと軽く頭を叩かれた。
前をすたすた歩く彼の顔は見えないけど、街灯に照らされて赤く染まった耳が見える。何よぉ、しっかり照れてんじゃない、乱馬のやつ。
そういえばあたし、まだ乱馬に言ってない。言わなきゃ。
…言えるかな?




「ら…乱馬っ」




あたしの声に乱馬はきょとんとした顔で振り返った。
好きって苦しい。でも、恋って楽しい。こんな風にドキドキするの、乱馬にだけよ。




「?なんだよ、あかね」




本当は、ほっといてほしくない。乱馬に側にいてほしい。あたしを抱えたまま逃げ出してくれて、ほんとは嬉しかったの。
ケガの痛みもあったけど、さり気ない優しさに救われてる。
さらりとそんなことは言えやしないけど、ちゃんと伝えておきたい。さっき言えなかった言葉を、ちゃんと。




「心配してくれて、ありがと」




あたしを助けてくれるのは、"許婚"としての義務じゃないって、信じていいよね?
ぶっきらぼうな乱馬が、何だかんだ好きなんだ。あたし。







end

無色な夢幻(神無+白夜)


私には、何も無い。
生まれた時から、何も無い。

感情も、触覚も、夢も、希望も、私には必要なものではないと、奈落の側にいることで思った。
そんなもの持たない方がいいんだと、私自身も思っていたから、疑問にはならなかったの。



『あたしは奈落の野郎から解放されて、自由になりてぇんだ』



…神楽の言っていた意味が、始めはよくわからなかった。
自由?自由って、何?
どんなことが自由なの?
奈落に言われるがままに行動する私とは違い、よくふらりと出掛ける神楽は奈落からあまりよく思われていないみたいだったけど、彼女自身それは気にしてないようだった。
『自由になりたい』、それが神楽の口癖だった。




「どうした神無」

「………」

「奈落に切り捨てられることが怖いか?」

「………」

「ま、何も感じねーんじゃ仕方ないわな」

「……白夜」

「ん?」

「…なんでもない…」

「そーかよ」




奈落に逆らうなんて、私には出来ない。生を受けてから今までに得たものが全て消えてしまうから。
何も無いから、怖かった。
恐怖なんて感じないけど、嫌だった。
感情なんてないけど、苦しかった。
だから私は、神楽が羨ましかったのかもしれない。神楽だけじゃなくて白童子も、魍魎丸も、赤子も、白夜も、…琥珀も、みんな自分の意志を持っていた。私には無いものを持っていた。

名のままに、私は『無』だ。

ずっとそれでいいと思った、思っていた。
それなのに、風が吹くから。




「(……神楽…)」




自由になれた?
奈落から解放された?
問うても答えは返ってこない。ただ花が咲いているだけ。一部朱く染まった花のある場所が、彼女のいた証。
いいな、神楽。
自由になるってどんな気分なんだろう。私には分からない。
心のままに生きることが出来ない私は、存在している意味さえも無いんじゃないかと思うことがある。




「おい、神無?」

「……」




決して、奈落が正しいことをしているとは思わない。
けれど、悪いことをしているとも思わない。
そういう風に、私は奈落に造られたのだ。痛みや苦しみを感じないのは哀しいことなの?犬夜叉やかごめ、人間達はなぜ私を心配するの?
神楽に対してもそうだった。どうして?私は、私達は敵なのに。
私達は、憎まれるべき存在なのに。




「かーんーなー?おい、聞いてる?」

「……白夜…」

「…どうした?」

「神楽も…こんな気持ちだったのかな……」

「はあ?」




私には何も無いのに。
何も無かったはずなのに。
なんだか心が温かい。奈落を裏切ってまで自由になりたいと願っていた神楽の横顔が凛としていたことを思い出した。
私の中に初めて生まれた気持ちは、言葉にしないまま終わるだろう。
だから、彼らに託す。




「鏡を…解放しに行く…」

「奈落が言ってたけど、解放するとどーなるわけ?」

「…犬夜叉の……鉄砕牙の妖力を映し取る」

「ほー。じゃあ奴らの次なる敵は鉄砕牙そのものってことか」

「………」

「お前は死ぬことに対してまで無関心なんだな」

「…そういう風に……造られたから…」

「…いつになく喋るなあ。お前」

「………」




白夜だって、いつもより話し掛けてくるくせに。
それはただ、話し相手が奈落以外に私くらいしかいないせいなのは分かっているから、何も言わなかった。
私はもうじき、この鏡と共に壊れて消えるだろう。跡形もなく、消えるだろう。
…それでいい。




「俺だって死ぬのは怖くねぇけど、仲間が死ぬのはいい気しねーんだよ」

「……」

「それが運命ってやつなのかもしれねーけどさ。神無と違って俺にゃ感情があるんでね」

「…そう」




それがどんなに羨ましいと思ったことか。
手元の鏡に映った自分の顔をじっと見る。後ろからひょっこり覗く白夜も映って、鏡の中には私と白夜がいる。
これはなんて気持ちなのかな。悲しいのか寂しいのか、死にたくないのか、私にはその気持ちが分からない。分かりたいのに、分からない。

湖に着き、水中に鏡を沈めるとしばらくして水面が光り出す。
準備は出来た。
あとは犬夜叉達が来るのを待つだけだ。
迫り来る死を待つだけだ。




「…最期の仕事だ。頑張れよ、神無」

「………はい」

「え…、今お前、笑った?」

「?」

「うっわー…、こりゃ、神無に感情があったらいくら俺でもやべーかも」




白夜は少し頬を染めて、私の頭にぽんと手を置く。
私は何がなんだか分からなくて、ただぼーっと、かがんで苦笑する白夜を見ていた。
ああ、夜が明ける。
風がぴゅうっと吹いて、私の髪を靡かせた。




「風、強ぇなあ」

「…神楽の、風」

「へぇ?」

「……」




神楽も『頑張れ』って、言ってくれてるみたいで。何かが、私の頬を伝って湖に落ち、波紋が広がる。
無音の世界が広がった。




「…神無、お前……?」




何も無かったはずの私の世界に、いつの間にか神楽がいて、琥珀がいて、白夜がいて、人間達がいた。
この想いを表現出来ないことが、"苦しい"と、思った。
あるはずの無かった感情に支配されてしまう前に、私は無のまま消えるべきなんだ。
私の最期の言葉は、かごめに託すと決めた。
奈落のいない未来、神楽の言っていた自由な世界、それがどんなものか知りたかったけど、私にその猶予は残されていないから。
顔を上げて湖の傍らに座り、空を見上げる。
風に舞う鳥の羽と、飛んでいく白夜の姿が重なって、日差しの眩しさもよくわからない私は、しばらくそのまま座って、自然の中にいた。

……日が傾く。
そろそろ時間だ。

最期まで、与えられた役目をこなすことが、私が私でいるために必要なこと。
切り捨てられることに苛立ちも悔しさも感じない。だって私には、何も無い。生まれた時から、何も無いんだから。



─最期まで、"神無"として生きることが、私のわがままだったのかもしれない。






end
神無は笑うと美人だと思う←

Beginning.(乱あ)


年末年始だからか、放送されるTV番組は特番ばかり。つまらない訳じゃないけど、なんだか退屈。
昨日の元旦のうちに家族で初詣を済ませていたあたしは、出し忘れていた年賀状の宛名を居間で書きながら、楽しそうなTVの中の人達を羨ましく思った。もう年が変わったのか。一年って早いなぁ、あっという間よね。
廊下から電話の鳴る音が聞こえたと思うと、すぐやんだ。誰か取ったのかな。




「あかね、電話」

「なびきおねーちゃん、誰から?」

「さゆりちゃんよ」

「はーい」




名残惜しいけど、コタツから出て急ぎ廊下に向かう。
そこですれ違った乱馬も、半纏を着て寒さを凌ごうと必死な様子が窺えた。てか、すごい半纏よね。後ろに"早乙女乱馬"って書いてあるんだもの。あれ、おばさまが作ったのかしら。
首を傾げながら、あたしは受話器を取った。




「もしもし…」

《あかね?久しぶりー。あけましておめでとうっ》

「ふふ、そうね。終業式振りだわ。あけましておめでとう」

《今年もよろしく。乱馬くんとはなんか進展あった?》

「…な、ないわよ。そんなの」

《あやしーなぁ》

「そっそれより!何か用?」

《あ、そうそう。あかねってもう初詣行った?》

「え、うん。昨日家族みんなで…」

《だよねー。じゃあさ、これからゆかも呼んで3人でお参り行かない?》

「お参り?」

《うん、冬休み明けるまで待てないもん。みんなで遊ぼーよ》

「楽しそうね。分かった、今からすぐ準備して行くわ」

《じゃあ13時に神社の鳥居前に集合ね》

「うん、それじゃ後で」




受話器を置いて階段を登り、急いで部屋に向かう。さゆりとゆかに会うの、楽しみだな。
さっきまでの退屈な気分が吹っ飛んじゃった。神社に行くついでにさっき書いてた年賀状も出せばいいわね。うん、完璧。
着替えを済ませて鞄を整理していると、ドアがノックされた。




「はーい?あ、乱馬」

「ノート返しに来た。サンキュな」

「うん」

「…お前、どっか行くの?」

「まーね。さゆりとゆかと、神社で待ち合わせしてるんだ」

「へぇ…」

「乱馬も行く?」

「え」

「ジョーダンよ」

「……」




ふふふ、と笑えば乱馬は少しムッとした表情をして、溜め息を一つついた。何よ、新年早々、ケンカ売るつもり!?
軽く警戒したものの、乱馬は軽く笑ってあたしの頭を優しくぽんと叩く。
予想外のことで拍子抜けしたあたしは目を丸くした。




「ん?どーした」

「……や、それはあたしのセリフなんだけど」

「なんだよ、一緒に行って欲しかったか?」

「ばーか」

「ばかとは何だ、ばかとはっ」

「らしくないこと言うからよ」




気のせいかな、乱馬が急に大人っぽく見えた。
そのことにあたしは何故か焦りを感じる。どうして、今、こんなに不安になるんだろう。




「いや、神社に行くんだろ?オレもひろしと大介に呼ばれてんだ」

「あ、そうなんだ」

「風強ぇし、寒ぃし、行くのすっげー嫌んなるよな」

「でも楽しみなんでしょ?」

「まぁな。あかねもだろ」

「そりゃーね。乱馬は何時頃行くの?」

「あー…、そろそろ行くかな。お前は?」

「すぐ行くって言っちゃったから、もう行くわ」

「そっか。んじゃオレも行くかー」




乱馬はそう言ってあたしの部屋を出て行く。…あいつも一緒に行くのかな。
はた、と淡い期待にぶんぶん首を振った。
財布とハンカチ、携帯を入れた鞄を片手に、あたしも階段を降りて玄関に向かう。そうだ、かすみおねーちゃんに言っておかなきゃ。
台所に向かうと、かすみおねーちゃんは昼ご飯の片付けをしていた。




「かすみおねーちゃん」

「あら、どうしたのあかね」

「これから友達と遊びに行ってくるね。夕方には帰るから」

「分かったわ。気をつけてね」

「うん」


「かすみさーん、オレも出掛けて来まーす」


「まあ…乱馬くんも?」


「デートかな早乙女くん」
「デートじゃないかい天道くん」


「おやじ達は黙ってろよ!つーかそんなんじゃねぇし!」


「デートですって、おばさま」
「デート!?乱馬、頑張って男らしいところをあかねちゃんに見せるのよ!」


「だからちがぁ〜う!!!」




居間で騒ぐおとーさん達に向かって、必死に弁解する乱馬。いつの間にか早乙女のおばさまとなびきおねーちゃんまでやってきて、家族総出であたし達をからかい始める。
新年になってもこれは変わらないのね…。
って、しみじみしてる場合じゃないわ。早く行かなきゃ!
乱馬には悪いけど、あたしはそぉっとこの場を抜け出して玄関に向かった。
靴を履いてホッとしたのも束の間、背後から聞こえた足音に振り向く間もなく、あたしは乱馬に腕を引かれ家を飛び出していた。




「ちょ、ら、乱馬っ!?」

「いいから急ぐぞ!」

「な…」




乱馬は何をそんなに急いでるのかしら?疑問に思いながらも繋がれた手に意識がいってしまう。
ずるいわ。新年早々こんなにドキドキさせられるなんて。絶対無意識でやってるし。あたしは顔が赤くなるのをマフラーで必死に隠した。
まだ神社は見えない。




「なあ、あかね」

「…なによ」

「えっと‥なんだ、えー…」




乱馬は足を止めて、あたしを真っ直ぐ見た。
走ったせいで動悸がうるさいのにプラスして、心臓をギュッと掴まれたみたいに苦しい。額にかいた汗を、手の繋いでいない左手で拭う。




「……乱馬…?」

「…オレ、」




繋いだ手を引っ張られ、乱馬があたしを抱き締める。ドクンドクンと聴こえる心音はあたしと乱馬、どちらのもの?
あまりに突然の事で、あたしは頭の中が真っ白になった。




「………」

「……今年は、」

「───え?」




パッと顔を上げると、乱馬の顔がすぐ近くにあってまたどきりとする。
目を合わせられずに逸らしていると、それを許さないように名前を呼ばれる。なんなの、なんかいつもの乱馬じゃないみたい。
あんな事言われたら混乱するわよ。逃げられない、と思った。嫌じゃない、自分がいた。
ゆっくり近付く距離にそっと目を閉じる。




「あ、いたいた乱馬ー!」



「「!!!」」




ひろしくんの声に、あたし達は慌てて離れた。
い、今あたし…!?
やっと頭が正常に動いた気がして、さっきまでのことを思うと恥ずかしくてたまらなくなった。いくらなんでもあれは、あたし、流されてた…っ!




「よっ、あけましておめでとー。どーした乱馬?」

「…っんでオメーはこういうタイミングだけはいいんだよ!あと3センチだったのに!」

「3センチ?何が」

「何がって…そりゃ……」

「何が3センチだったんだ〜?ん〜?」

「か、からかうんじゃねー!!バカ野郎っ」


「あれ、あかねも顔赤い…な?まさかお前ら新年早々……」

「なっ何変な妄想してんだっ」
「そ、そーよ!あたし達別に何も…!」

「うんうん、分かった分かった。邪魔して悪い」

「だから違うっつの!なんなんだよおやじ達だけじゃなくひろしまでっ」

「だぁってな〜?」




ニヤニヤと笑うひろしくんに、乱馬はまた抗議する。
あたしはさっきまでの雰囲気をぶち壊してくれたことがありがたかった。心底ね。あのままじゃどうにかなっちゃいそうで怖かったもの。
今のうちに、早く神社に行こう。携帯の時計はすでに13時を指していた。




「じゃあ…あたし、さゆり達が待ってるから行くわね!」


「だとよ、乱馬」

「お、オレには関係ねーだろ」

「お前なぁ…」


「そうね、乱馬には全く関係ないから。じゃ」


「けっ、…可愛くねぇなぁっ」

「悪かったわね、ばーか。…なぁにがあと3センチよ」

「い゛っ!?」




べーっ、と仕返しとばかりに乱馬に向かって思い切り悪態ついてやる。顔を真っ赤にして固まるあいつが面白かったから、まあいいとするか。
足取り軽く、あたしはまた神社の鳥居を目指す。

また一年が始まった。
去年とはまた違うあたしがいて、乱馬がいて、家族がいて、友達がいる。
2人の距離は、出逢った頃より確実に縮まっていて、近付く度に戸惑うことが沢山ある。きっとこれからも増えていくんだろうな。



『……今年は、もう少し素直になる、から』



…あたしも、昨日の初詣で同じ願いを祈った。
乱馬とケンカするのは嫌いじゃないけど、仲良くしたいって思うから。それは許婚だからじゃなくて、同居人だからじゃなくて、友達だからじゃなくて。
あたし達の関係をうまく言い表せる言葉がないから、互いに譲歩する必要があると思うの。意地を張らずに素直になれたら…、きっともっと近付ける。
3センチなんてまだまだ遠い距離よ。
そっと自分の唇に指で触れて、マフラーを巻き直した。




「あっ、やっと来たー!」

「遅いよあかねっ」


「ごめんね、ゆか、さゆり。あけましておめでとう」



─…今年もよろしく、ね。






end
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