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fortunately(乱あ)


「いいなぁ」



あかねが雑誌を見ながらそんなことを呟いた。
いつになく嬉しそうな表情だったから、オレは思わずミカンの皮を剥く手を止める。



「何が?」

「あ、ううん。別に大したことじゃないの」

「そう、か」

「かすみおねーちゃーん、ハガキあるー?」



コタツから出たあかねは台所にいるかすみさんの所に行く。ハガキって、手紙でも書くんだろうか。
……誰に?
雑誌を見てたって事は、モデルとか芸能人か?でも、あかねがそういった有名人に興味津々な様子は初めて見た。
あかねがまだ戻って来ないことを確認して、そっと開かれたままのページを覗く。そこには今人気上昇中らしい、爽やかな笑顔をした男性モデルが載っていた。
けっ。オレだって、こんくらい爽やかに笑おうと思えば笑えるっての。大体、こーゆー奴に限って性格は最悪だったりすんだよな。



「ふー、ハガキあって良かった。これで書けるわ」

「な、なあ、誰に書くんだ?」

「秘密。結果がどうなるか、わからないから…」

「結果?」

「あ。なっなんでもないわ!あたしもう寝るね」



ばたばたと慌てたようにあかねは雑誌を持って二階に上がっていった。わざわざ隠すようなことなのか?それに結果って一体?
オレは少し面白くなさげにミカンを一房ほおばって、またテレビに視点を戻した。

次の日の朝。
あかねはポストにハガキを入れて、何故か手を合わせて祈っていた。なんだよ、そんなにあのモデルが好きなのか?それはただの憧れからくる好きであって、別にオレが気にするようなことじゃないのは分かってる。もちろんオレだって、東風先生みたいな人には憧れてるから。
でも、なーんか面白くねぇんだよな。
あかねは大して気にした風でもねーし、疑り深く考えるオレがいけないのかもしれないけど。



「何してんの乱馬。遅刻しちゃうわよ!」

「あ…おお」



その後もあかねの様子に変化はなく、いつしかオレ自身もハガキのことなんて忘れていた。






 + + + +


「天道さーん、宅配便でーす」



「あ、はーい!乱馬くん、私今お料理してるから、代わりに取って来てくれるかしら」

「へーい」



毎日毎日、炊事に洗濯にとかすみさんは大変そうだ。あかねは自分の部屋、なびきはまだ帰って来てねーし、親父達はまた囲碁かあ?
オレはやれやれと立ち上がり、ハンコを持って玄関に向かった。



「こちらにハンコをお願いします」

「これでいいか?」

「はい、有難うございます。それでは失礼します」



結構小さめな箱。誰宛てかと思い宛名を見ると、そこにはあかねの名前。差出人はどっかの出版社だ。…何だこれ?
箱を持ったまま階段を上がっていると、数週間前のことを思い出した。もしかして、あの時あかねが送ったハガキの返事、とか?宅配便でよこすってどんな神経してんだ、あのモデル。
またあの時の不快感が蘇って、オレは少し不機嫌にあかねの部屋をノックした。
戸を開けると、あかねはベッドの上に寝転がって本を読んでいた体を起こしてオレを見る。




「どうしたの?」

「これ」

「なにその箱。あたしに?」

「みたいだな」

「あ!もしかしてあれが当たったのかしら…!!」

「は?なにが?」

「雑誌の抽選よ、抽選」

「…え、抽選?」

「そーよ。そんなに驚いて、あんたは一体何だと思ったわけ?」

「いや、べ、別に…」




あかねに動揺を察せられたことにまた焦り、慌てて言葉を繕う。
今思えば、ファンレターとかなら普通便せん使うよな。あのモデルに変な対抗意識燃やして、嫉妬して、なんかバカみてぇ。あかねは芸能人に興味津々ってわけじゃなかったんだな。
全部オレの早とちりってやつ。うわーなんか情けなっ。



「乱馬。それ開けていいよ」

「オレが?なんで」

「あげる」

「は?」



あかねはまるで中身が分かっているかのように言う。それも頭に「?」マークを浮かべているオレが可笑しいのか、クスクス笑って。
ちょっと居心地悪い思いをしながらも、箱を開けた。




「どう?その手袋」

「……」

「雑誌見てたら乱馬にも似合いそうだなって思って、懸賞に応募したの」

「おめー、こんなもんの為にわざわざ…?」

「…一か八かの賭けだったけど、当たって良かった。少し早いけど、あたしからのクリスマスプレゼントだとでも思って」

「そりゃ早過ぎねーか」

「何よー、文句があるなら当日渡してあげるわ。じゃあそれ返してくれる?」

「やだね。貰ったからにはもうオレのもんだし」

「………貰ってくれるの?」

「…まーな、断る理由もねーしよ」

「なら良かった」




本当は、あかねの気遣いがすっげー嬉しかったりする。毎日の登下校はすっかり冬の気温で、寒さに耐えるのにもそろそろ限界を迎えるところだったから。
箱から取り出して身に着けた手袋はぴったりで、何気なく感動した。
あんな雑誌を読みながらでも、ちゃんとオレの事を考えてくれていたんだと思うと、なんだか顔が熱くなる。



「…あ、そのー……えっと…ありがと、な」

「どういたしまして。寒い日はそれ使ってね」

「おう」



あかねってクジ運だけじゃなく懸賞運も持ってんだなーと関心すると共に、オレもあかねへのクリスマスプレゼントを何にするか考えなきゃいけないと思った。
わざわざ見繕ってくれたこの手袋は、去年あかねがクリスマスにくれたボロボロの手編みマフラーと同じくらい心がこもってる。
当たり前のことだけど、それが何よりも嬉しいんだ。




「クリスマス当日は、あたしが腕にヨリをかけてケーキを作るわねっ」

「それだけはやめてくれ…!!」





end

日がな一日(りん桜+翼)


AM08:10
真宮さんが登校してくる。
俺は自分の席から立ち上がり、真宮さんに一番最初に挨拶をする。


「おはよう、真宮さん」

「おはよー。いつも早いね、翼くん」


六道に邪魔されないこの時間がとても至福だ。




AM08:30
遅刻ギリギリで六道が登校してくる。あの変な羽織と、内職(だと思う)のバラの入った段ボールを1つ抱えていた。
あいつは学校に何しに来てるんだろう。


「おはよー六道くん、また内職?」

「ああ。今日中にノルマを達成しないといけなくてな」

「うわ、大変だね。私も手伝おっか?」




AM08:40〜PM00:00
俺は六道への怒りと真宮さんを独占したいという気持ちでしばらく授業中は自己嫌悪に陥る。
休み時間には六道の内職を真宮さんやその友達が手伝っていた。仕方ないからとりあえず六道と真宮さんの間に陣取って俺も花を1つ作った。
何で俺がこんなこと…。




PM00:30〜PM01:00
昼休み。六道がいなくてチャンスだ、と思ったのも束の間、真宮さんもいなかった。もしかして2人は一緒にいたり…?いや、まさか、そんな。
……と思っていたら真宮さんが教室に戻ってきた。
よし、この間公開になった映画にでも誘ってみよう。


「あの、真宮さん」

「ん?」

「今日の放課後ヒマ?良かったら一緒に映画でも行こうよ」

「あー、ごめん翼くん。今日はちょっと…」

「え゛。な‥何か用でも?」


真宮さんは横目でちらっと六道の席を見た。
何で、どうしていつも六道ばかり…。俺だって、役に立てるのに。今日も六道の手伝いをしに行くのか?


「用っていうかー…、六文ちゃんにドーナツ渡しに行こーと思って。昨日約束したんだ」

「へ…へえ…、そっか〜。六文、って…(あのクソ猫‥!)」

「うん、六道くんの契約黒猫の六文ちゃん。ほんとごめんね、翼くん」




PM03:00
1日の授業が終わる。俺はこっそり放課後の六道と真宮さんを追跡することにした。
六道の奴め…!ちゃっかり真宮さんを部屋に連れ込むなんて許さん!!
物陰に隠れてみるものの、2人は気付いているのかこちらをちらちら見る。いや、まだ大丈夫、気付かれてなんていないはずだ。根拠のない自信がふつふつ湧いてくる。
間違いがあっては遅い。俺が真宮さんを守らねば…!!


「あっ、りんね様!桜さまー!お待ちしてましたっ、お帰りなさーい」

「はい六文ちゃん。約束してたドーナツだよ」

「ありがとーございますっ!」

「いっぱいあるから六道くんとも分けてねー」

「はーいっ」


…楽しそうだな、真宮さん。悔しい思いが込み上げてくる。俺が見たことない表情を六道が見てるなんて、苦しい。
俺だって、俺だって…。
ギュッと右手を握りしめた。


「おい十文字、お前さっきから何─‥」

「‥─もしてねーよ!ばーか!いい気になるなよ六道ー!!!!」


「…何なんだ一体……」




PM06:00
真っ直ぐ家に帰る気にならなくて、すっかり暗くなった道を1人歩く。
俺は六道に勝っていると思っている。けど実際はそうじゃないんだろうか。真宮さんに気にかけてもらうには貧乏にならなきゃダメなのか?いやまさか。
どんな男だったら、真宮さんが好きになってくれるんだろう。
どうしたら頼ってもらえるだろう。
どうしたら、カッコいいと思ってもらえる?

見上げた空は澄んでいて、沢山の星が見えた。
明日は休日、真宮さんには会えない。




PM09:30
携帯が鳴った。画面に映った名前を見て、慌てて通話ボタンを押す。


「もっもしもし!」

《あ、翼くん?》

「どうしたんだい?真宮さん」


どっきどっきどっき。
真宮さんから電話がかかってきたの、初めてじゃないか…!?携帯を持つ手が震えた。


《来週、調理実習があるからエプロン忘れないようにって》

「…あ、連絡網?」

《うん。六道くん携帯持ってないから、変わりに伝えてくれって頼まれたんだ。じゃあまた学校でね》

「ま、待って!」

《ん?》

「その…、真宮さんは、」


俺の気持ち、ちゃんと分かってくれた上で友達からって言ってくれたんだよね?少なくとも、俺は六道より進んだ位置にいるよね?
ハッキリ聞けたら、どんなにいいだろう。


《翼くん?》

「……やっぱり、また今度にするよ。おやすみ、真宮さん」

《うん、おやすみなさい》


溜め息をついて、椅子に座ったまま部屋の天井を見上げた。
メールじゃなく直接電話を貰えただけでいいじゃないか。真宮さんとこうして連絡を取ることは六道には出来ないんだから。
そうだ、もっと余裕のある男になろう。
そしてもっと、強くなろう。
六道より先に、真宮さんを守れるくらいに。




PM11:00
部屋の中で腹筋、背筋、腕立て、スクワット開始。
六道なんかに絶っ対負けん!!



こうして今日も、俺の1日が終わっていく。





end

君が幸せを逃さぬように(ムシャ+乱)


今日も猫飯店は、息つく暇のないくらい大忙しだ。
料理を運んでは食器を片付け、運んでは片付け、の繰り返し。忙し過ぎるのも困ったもんじゃ。店にとっては嬉しい悲鳴かもしれんが、こう慌ただしいと運ぶ時に気をつけないと危なくて仕方がない。



「シャンプー、そんなに急ぐと転んでしまうぞ」

「煩いねムース。私に指図するのやめるよろし」

「なっ、心配じゃから言っておるのに!」



そりゃあ、シャンプーは運動神経抜群じゃから、おらの心配なんていらないかもしれん。でも、気にかけるくらい良いではないか。
シャンプーは両手の盆に拉麺と炒飯を乗せて歩いている。言ったそばからこれじゃ。
やれやれと思いながらシャンプーを見ていると、1人の客がシャンプーのすぐ前に足を出す。危ない!と叫ぶ前に体が動いた。
料理を全て無事にキャッチし、シャンプーが運ぶはずだったテーブルに素早く置く。床に手をついたシャンプーの腕を引っ張って自分の後ろに隠し、足を出した客を睨みつけた。



「え…」

「申し訳ないだ。拉麺と炒飯お待ちどーさん」

「……ムース」

「足、気をつけてもらえると助かるんじゃが」



思っていた以上に、強張った自分の声。シャンプーに危害を加えようとする奴はおらが許さん。その後は目立った混乱もなく、無事に昼間の忙しさにも目処がたった。
おらは沢山の食器を洗う。シャンプーは店内のテーブルを拭いている。
いつものことなのに、なんだか沈黙が重く感じた。
…シャンプーから、イライラしたような気配を感じるのは気のせいだろうか。




「のうシャンプー!今日の夕飯は麻婆豆腐にしようと思うんじゃが…どう思う?」

「…か、勝手にするといいね。私は乱馬の所に行てくるある!」

「え!?急にどうしたんじゃシャンプー!」

「どうもしないある!」

「ま、…っ待つだ!」

「きゃっ‥」




止まらない衝動が、おらを突き動かす。
思わずシャンプーの肩を掴み、そのまま店の壁に押し付けた。乱馬の所になんて行くなと、言いたい。振り向いてもらいたい。
驚いたような表情から一変、いつもの調子で睨まれる。
おらが勝ったら、シャンプーは"男"として見てくれるのか?…そうじゃない、きっとそういう問題じゃないのかもしれない。
でも、それでも。



「シャンプー、おらは…おらだって、強くなった。だから…」

「や、離せ!離すある!」

「おらはただ、お前にちゃんと"男"として見てもらいたいだけなんじゃ!」

「私は…っ、私が好きなのは乱馬ね!!お前なんかじゃない!」

「シャンプー!」



力一杯腕を振り切られ、シャンプーは店を飛び出した。
1人になって、ようやく自分がヤケになって焦っていたことを悟った。情けないのう。大切にしたいのに、現実はなかなか上手くいかない。
シャンプーはやはり乱馬の所に行ったんじゃろうか。そう思うと悔しくて。
おらは真っ直ぐ、天道家に向かって歩いて行った。途中、道路に水を撒いている老人に水をかけられてアヒルになってしまったが、とりあえずなんとか服を持って天道家の門に辿り着いた。体がアヒルだと何をするのも一苦労じゃな。
トコトコと中に入ると、家の中からは八宝斉のじじいが暴れている音がする。おらはシャンプーがいないと確信し、門前で乱馬を待つことにした。



「……何してんだ、ムース」



言葉を発することが出来ないため、おらはガーガー鳴きながら漸く帰ってきた乱馬をつつく。
あえなく取り押さえられ、ヤカンの熱湯を一気に体にかけられた。熱湯をかける奴がどこにおる!動物虐待じゃ!



「いきなり何すんじゃいっ」

「そりゃーこっちの台詞だ」

「…シャンプーは一緒ではないのか」

「は?オレ1人だけど…。ああ、シャンプーじゃなくて悪かったなあ」

「や、やかましい!」

「つーか、もしかしてあかねってまだ帰って来てねーの?」

「おらがここに来てからは見とらんぞ。悪かったのう、天道あかねではなくおらが迎えて」

「うっせえ。さっさと服を着ろっ」

「言われんでも着るわいっ」




全く、相変わらずいけ好かない奴だ。
とりあえず服を着ると、天道あかねの姉に声をかけられ、おら達はぬくぬくと居間のコタツに入っている。
不審な目で乱馬はおらを見て、時計を見た。もしかして、まだ帰って来ていない天道あかねの心配をしとるのじゃろうか。



「乱馬くん、はいお茶。ムースくんもどうぞ」

「サンキューかすみさん」

「すまないだ」



何だか気まずい沈黙の中。
乱馬は運ばれた菓子をつまみ、ずず…、とお茶をすすっておらを見る。な、何でこっちを見るんじゃ。
見透かされたような気がしておらは慌てて目を逸らす。




「おいっ」

「何じゃ」

「お前さ、またシャンプーと何かあったんだろ」

「…お前には関係ない」

「関係ねーのは知ってるけどよ、どうしてうちに来たんだ?」

「そ、それは…シャンプーがお前の所に行って来ると言って店を出て行ってしもうたから……」

「でも、うちには来てなかったんだろ」

「まさかシャンプー…、どこかで乱馬のような質の悪い男に絡まれとるんじゃろうか‥!」

「ああ?誰が質の悪い男だって?」

「そのままの事を言ったまでじゃ。怒られるような筋合いはないのう」

「てめえ…」




乱馬ほど質の悪い男はそういない。何人も女をはべらせ、一番好きなおなごにも素直に気持ちを伝えようとしない。
どうしてお前はシャンプーと出逢ってしまったんじゃ。どうして、シャンプーに勝ってしまったんじゃ。おらの欲しい居場所は乱馬が持っていて、それを持て余しているのは明らかだ。
もし、おらがシャンプーに勝ったら、おらに確固たる居場所を与えてくれるだろうか?




「……なあ、おらがもし、シャンプーに勝ったと言ったらどうする」

「どうするって…、何だよ。勝ったのか?」

「た、例えばの話じゃ!」

「………」

「おらは…、どうしたらいいのか分からん」

「でもよ、ムースはシャンプーが好きなんだろ?だったら普通は喜ぶべきなんじゃ…」

「シャンプーの気持ち、全てを否定しろというのか?」

「!」

「おらはずっと昔からシャンプーを見てきた。でもシャンプーは乱馬に出逢ってからずっとお前を追っている。男でも、女でも」

「それだって村の掟で、だろ。確かにシャンプーは本気でオレに惚れてたとは思うけど、最近はそうでもない気がするぜ?現に朝も追いかけて来なくなったしな」




乱馬はあかねに惚れている。2人が付き合い始めたことはシャンプーも知っているはずじゃ。
確かに最近、朝もシャンプーは店にいる。開店前に店の掃除をして、たまにどこか遠くを見つめている。きっとシャンプーなりに、乱馬を想ってのことなのだろう。
それに気付かずに毎日を過ごしている乱馬が腹立たしい。
傷付いている人がいることを理解しようともしない。初めて会った時からムカつく奴じゃ。




「お前は成長しとらんな」

「え?」

「もっと周りの人間のことを考えるべきだと思うだ」

「なっ、何だよ!じゃあお前は考えてるってのか?」

「少なくともお前よりは考えてるつもりじゃ。…抑え込んだ気持ちは、苦しみしか生まん」

「……結局お前は何しに来たんだよ。オレに説教しに来たのか?」

「シャンプーを探しに来たついでに、説教しに来ただ」

「げ。迷惑にも程があるな」

「おかげでいい憂さ晴らしになっただ。そろそろおらは帰る。シャンプーもこの時間じゃ、店に戻っておるはずだからのう」

「あーそうかい、さっさと帰れ帰れっ」




のっそり立ち上がると、乱馬は机の上にあったミカンをおらに向かって1つ投げる。一瞬何事かと思ったが、こういった変に不器用な優しさが何だか可笑しくて、ふっと笑った。
玄関の戸を開けて外に出ると、乱馬もまた外に出てきた。
おらの見送りか?いやまさか。きっと何度も時計を気にしていたから、あかねを迎えにでも行くのかもしれんな。



「なんじゃ、見送りはいらんぞ」

「誰もするつもりねーよ、オレは外に用があんの」

「……素直じゃないのう、天道あかねを迎えに行くつもりのくせに」

「う、うるせーっ」

「羨ましいだ、お前達を見ていると。羨ましくてたまらない」

「別に‥羨ましがられる程のもんじゃねぇだろ」




いつまで経っても、素直にはならんのだな。天道あかねも苦労する。ある意味、乱馬とあかねを見ていると微笑ましくなる理由が分かった気がした。
猫飯店に帰るにも、今シャンプーと顔を合わせるのは何だか気まずい。
少し遠回りをして、頭を冷やして帰ろう。
いつもと反対方向の道に一歩踏み出すと、乱馬が呆れたように溜め息をついて、道が違うんじゃないかと声をかけてきた。



「だいぶ店番をサボってしまったからな、少し遠回りして頭を冷やして帰ろうと思ったんじゃ。再見、乱馬」

「…ああ」



乱馬から貰ったミカンをお手玉のようにひょいひょいと回しながら、おらは薄暗い住宅街を進んで行く。シャンプーに会ったら、まず謝ろう。1人で考える時間はとても必要だと改めて思った。
キキィッ、突然ブレーキ音が聞こえ、顔を上げると自転車に乗ったシャンプーがいる。



「シャ…シャンプー…?」

「………っ」



何故シャンプーがここに?
どこに行っていたんじゃ?
メガネをくいっと持ち上げて、目を凝らしシャンプーを見た。
出前の帰りか、彼女の首に巻かれたマフラーが木枯らしに靡く。吐く息は、既に白い。




「……」

「……」

「…さっきは、すまんかった」

「……」

「シャンプーがおらを見てくれるまで、辛抱強く待つと決めていたのに…最低じゃな。嫌いと言われるのには慣れておるが、やっぱり……辛く、て」

「…だからお前は弱いある」

「え」

「だから、私はお前より乱馬の方が好きある」

「なっ、何もそんな言い方せんでも…!」

「私なんかに構ってないで、もっといい女を見つけるよろし」




どうしてそんな事を言うんじゃ?いつだって真剣なおらの言葉、伝わっていなかったんだろうか。
どんなに突き放されても、好きな気持ちは変わらないというのに。



「おらにはシャンプーだけじゃ。シャンプー以外の女なんて興味はない。この気持ちは誰にも負けんぞ」



自信満々に答える。
忘れるなんて出来ない。シャンプーの幸せを一番願っているのはおらだと分かっておるのか?
気付いて、気付いて、早く気付いて欲しい。
おらはずっと側にいるから。
手に持っていたミカンをシャンプーに向かって投げた。
訝しげな目で見られるが、大したことは何もない。ただ、乱馬とは話をしただけだから。




「乱馬と話をしたら、何だかスッキリしただ。シャンプーに会うまで頭を冷やそうと1人で歩いてきて、偶然にもここで会えて、今おらはすごく嬉しい」

「私も…、あかねに会った。話なんてしたとは言えないあるが、気分転換にはなったね」

「そうか、」

「‥ひいばあちゃん、怒ってたあるぞ」

「!!!」

「店のことも忘れないよう、以後気をつけるよろしね」




再び猫飯店へ帰ることに恐怖を感じていると、ふふんとシャンプーは不敵に笑み、自転車のベルを鳴らして先へ行ってしまう。
おらは慌ててその後を追いかけた。

もうしばらく、振り向いてもらえるように努力しよう。
弱い男なんて言わせない。
そう、きっと。





end

君が私を忘れないように(ムシャ+あ)


今日も猫飯店は大忙しね。
拉麺、蟹玉、炒飯、餃子、焼売、小籠包、中華丼、八宝菜、杏仁豆腐…自分の国の料理が、沢山の人に食べてもらえることはとても嬉しい。
私もひいばあちゃんみたいに素早く美味しく大量に多くの種類を作れるようになりたいものある。



「シャンプー、そんなに急ぐと転んでしまうぞ」

「煩いねムース。私に指図するのやめるよろし」

「なっ、心配じゃから言っておるのに!」



ムースの心配なんていつも杞憂に過ぎない。大体、私だって鍛えてるんだから、そう簡単に転ぶ訳ないね。
両手の盆に拉麺と炒飯を乗せて歩いていると、1人の客が私のすぐ前に足を出す。あまりに咄嗟のことで、私はその足に躓いた。
両手が床について、料理が台無しになってしまったと心の中で焦った瞬間、誰かが私の腕をぐいっと引っ張って自分の後ろに私を隠すようにした。予想していたような料理がこぼれてしまう音は一切しない。



「え…」

「申し訳ないだ。拉麺と炒飯お待ちどーさん」

「……ムース」

「足、気をつけてもらえると助かるんじゃが」



目の前のムースは私を転ばせた客を一睨みして、無事料理を運んで空になった盆を私に渡す。
…何で私、ムースなんかに助けられて…?誰もそんなこと頼んでないね。大声でそう言ってやりたかったけど、客が沢山いたから悔しさを堪えて私はまた料理を運んだ。
一通り昼間の混雑が収まり、客がいなくなると、店の奥からはカチャカチャとムースが食器を洗う音が聞こえてくる。
私はテーブルを拭きながら心を落ち着かせようと思ったのに、苛々が増すばかり。
ああもう!私は一体どうしたあるか!




「のうシャンプー!今日の夕飯は麻婆豆腐にしようと思うんじゃが…どう思う?」

「…か、勝手にするといいね。私は乱馬の所に行てくるある!」

「え!?急にどうしたんじゃシャンプー!」

「どうもしないある!」

「ま、…っ待つだ!」

「きゃっ‥」




ムースに肩を掴まれ、そのまま店の壁に押し付けられた。こんな力、どこに隠していたんだか不思議で仕方ない。もしかしたら、今はムースに勝てないかもしれない、なんて思う自分がいる。
弱気な心を気付かれないように、ムースを見上げてキッと睨み付ける。メガネの奥に見えた力強い瞳が私を捉えていて、決して逸らそうとしない。
いや、いやだ。
だめ、だめある。
私は、私が好きなのはムースじゃないある!!違うんだから、乱馬なんだから、鼓動、速くなるのは、おかしい…っ!



「シャンプー、おらは…おらだって、強くなった。だから…」

「や、離せ!離すある!」

「おらはただ、お前にちゃんと"男"として見てもらいたいだけなんじゃ!」

「私は…っ、私が好きなのは乱馬ね!!お前なんかじゃない!」

「シャンプー!」



力一杯ムースを振り切って、私は店を飛び出した。
怖、かった。ムースにあんな力があるなんて。まだ手が震えてる。今まで見たことなかった、私に対してのあんな必死な表情。
乱馬の所に行くと言ったけど、もうそんな気分じゃない。独りになりたい。
冷たい木枯らしに誘われるように、私は夕暮れの公園のベンチに腰かけた。ここには誰もいない。
私しか、いない。
何も考えたくないから、丁度いいね。
キイ、と鎖を掴み、私は立って空を見上げたままブランコを漕ぎ始める。
朱い空から紺色の空に変わっていく。時の流れはあっという間。私は…このまま乱馬を好きでいていいのか?あかねと付き合いだしたこと、ちゃんと分かっているのに。溜め息を吐いてブランコを漕ぐ。行き来する同じ景色、辺りはだんだん暗くなる。
ふと、あかねが公園の入り口に立ったままこちらを見ているのが分かった。



「あいやー、何であかねがいるあるか?」

「…乱馬じゃなくて悪かったわね」

「まだ何も言てないね」

「おばあさんにシャンプーを呼んで来てくれって頼まれたのよ。そんなに残念そうな顔しなくてもいいじゃない」



なんでこんな時に。今は会いたくない奴だと思っていたから、思わず顔をしかめた。ひいばあちゃんが私を呼んでる?ということは、あかねは猫飯店に行ったんだろうか。
イライラした様子のあかね。私は気にしないフリをしてまたブランコを一漕ぎ、二漕ぎする。
ムース…、逃げてしまた私のこと、どう思った?




「…ムースに会わなかたか」

「え?会ってないけど…」

「ならいいある」

「何だってのよ」

「何でもないね」

「……じゃあ、どうしてここにいるの?ムースのこと、待ってたんじゃないの?」

「あかねに心配されるとは驚いたな」

「あのねえ」

「本当に何でもないある。ただ、少し1人になりたかっただけね」



あかねには絶対分からない。私の気持ちなんて、絶対に分かるはずない。
私より弱いのに、私より乱馬に好かれてるあかねが羨ましい。女の子らしいあかねは、私とは全然違うから。色気や格闘の強さで勝っていても、想いを寄せた人が振り向いてくれなきゃ意味なんてない。
私の気持ちはいつだって否定されることも肯定されることもなかった。
ムースはそんな私をどう思っただろう。もし、私があの時ムースを振り切れなかったら"負け"を認めたことになっていただろう。そこまで考えてから、あかねを見ると何故か身構えている。




「……」

「何身構えてるか?」

「い、いや…別に……。何でもないわよ」

「…。あかね」

「なっなに?」

「もし私が…ムースに負けたと言ったらどうする」

「………………え!?」

「『もしも』の話ね!本気にするのは止めて欲しいある」

「ど、どうするって聞かれても…」

「私が乱馬を追うことを止めたなら、都合が良くなるのは確かね」

「ちょっと…、何でそんな言い方するの?今日のシャンプー、何か変よ」

「変じゃないある。私は…こんなに掟が枷になるなんて思わなかっただけ」

「シャンプー…、あなたもしかして……」




掟に従っていなければ、恋を失う痛みなんて知らずに過ごせただろう。らんまに出逢ってしまったこと、それが全ての始まり。
ムースの気持ちはずっとずっと無視してきた。
それでも、ムースは私を好きだと言う。私は一体どれだけムースを傷付けてきたんだろう。あんな奴どうでもいいって、昔からずっと思っていたね。私よりも弱い男だから。
それでも今、私の乱馬への気持ちを否定されたら、一体どうなってしまうだろう?突き動かしてきたものが突然消えてしまったら、私はきっと動けない。
…まだ、平気。そろそろ店の手伝いに戻らないといけないある。




「…今日はあかね1人あるか、珍しいな」

「え、今更?」

「ひいばあちゃんが呼んでるあるね、今行くある。…さっきの話は忘れるよろし」

「シャンプー?」

「あかね、お前も猫飯店に用があるのか?だったらさっさとするね」

「わ、わかったわよ!」




あかねなりに気を遣ってくれているのか、私がつっかからないせいか、今日はいつもより落ち着いた気分。乱馬のことがなかったら、友達としてはいい奴かもしれないあるな。
けど、猫飯店へ向かう足取りは少し重い。意を決して店の戸を開ける。



「ただいま、ひいばあちゃん」

「おぉシャンプー。待っておったぞ」

「出前あるか?」

「ああ。こき使える奴がおらんからな…、ムースの奴、どこに行ったんじゃか。シャンプーは知っておるか?」

「……さあ、知らないある」

「そうか。じゃあこれを六丁目の…」



ムースの奴、いないのか。私はホッと胸を撫で下ろす。気まずくて、どんな顔をして会えばいいのか分からないから良かったある。
マフラーを首に巻いて、私はひいばあちゃんが用意していたおかもちを持って、また店を出た。
自転車に乗って感じる風が清々しい。いくら冷たくたって構わなかった。
私はテキパキ出前を済ませ、また自転車に乗る。靡くマフラーを片手で少し直して、地面を蹴って。小さなライトが照らす真っ暗な道を進んで行く。
…あ、

キキィッ、思わずブレーキをかけて自転車を止めた。



「シャ…シャンプー…?」

「………っ」



何故ムースがここにいる?
今まで何してたあるか?
目の前にいる男は、メガネをくいっと持ち上げて驚いたように私を見る。
一気に鼓動が速くなる。嫌な汗が背中をつたう。
まただ、また、怖くなる。
何が怖いのか。自問自答してもこの気持ちにぴったり合う言葉を、私は知らない。




「……」

「……」

「…さっきは、すまんかった」

「……」

「シャンプーがおらを見てくれるまで、辛抱強く待つと決めていたのに…最低じゃな。嫌いと言われるのには慣れておるが、やっぱり……辛く、て」

「…だからお前は弱いある」

「え」

「だから、私はお前より乱馬の方が好きある」

「なっ、何もそんな言い方せんでも…!」

「私なんかに構ってないで、もっといい女を見つけるよろし」




私なんかムースに想われていても、プライドが邪魔してきっと応えられない。いくら嫌いと言ったって、いくら突き放したって、ムースだけはずっと私を好きだという。
バカじゃないか。私に対する気持ちなんて、忘れてしまった方がいいね。
心からそう思ってる。思ってるのに。



「おらにはシャンプーだけじゃ。シャンプー以外の女なんて興味はない。この気持ちは誰にも負けんぞ」



誇らしげに微笑むムース。
ほんとバカね。
忘れた方がきっと楽なのに、その方がムースの為なのに。私だけなんて、一途にも程がある。
そんなムースの言葉が嬉しいと思ってしまう私は、ずっとずっと追いかけていて欲しいと思ってしまう天の邪鬼な私は、きっともっとバカだ。



「さっき、乱馬に会うてきただ」

「!」



ひょいっと投げられた何かをキャッチして見ると、オレンジ色のミカンだった。
乱馬に会ってきた、って…どういうことね?
訝しげにムースを見れば、大した話はしておらん、と言って歩き出した。このミカンが乱馬に貰ったものだとも言って、良かったな、と言う。
…このバカ男。
私を責めずに乱馬を責めるのか。やっぱり私よりムースの方が何倍もバカあるな。



「乱馬と話をしたら、何だかスッキリしただ。シャンプーに会うまで頭を冷やそうと1人で歩いてきて、偶然にもここで会えて、今おらはすごく嬉しい」

「私も…、あかねに会った。話なんてしたとは言えないあるが、気分転換にはなったね」

「そうか、」

「‥ひいばあちゃん、怒ってたあるぞ」

「!!!」

「店のことも忘れないよう、以後気をつけるよろしね」




暗い夜道にちりりんと自転車のベルが響く。
やっと調子が戻ってきた。いつもの私、そう、弱気じゃいけない。誰にだってある不安を飲み込んで、進むの。
自転車のカゴに入れたミカンが跳ねる。
後ろから走って追いかけてくるムースが可笑しくて、自然と笑顔になった。

もう少し踏ん張るよろし。……まだ振り向いてなんて、やらないんだから。
そう、きっと。






end

君の心に寄り添うように(乱あ+ム)


バスケ部の助っ人が終わり、体育館の外に出ると空は真っ暗だ。
そろそろチャイナ服一枚じゃ厳しい寒さになってきたなと思い、ぶるっと体を震わせる。
久しぶりに1人で歩く帰り道、あかねはかすみさんのおつかいがあるって言ってたけど、きっともう家に帰ってるよな。
天道家の門をくぐると、何故か一羽のアヒルが俺を出迎えた。



「……何してんだ、ムース」



ガーガー鳴きながら、ムースはアヒルのままオレに向かってつっかかって来る。
いきなり何なんだと思いながら、何とかムースを取り押さえ、おやじが使おうとしていたヤカンをかっぱらって中のお湯をアヒルにかけた。



「いきなり何すんじゃいっ」

「そりゃーこっちの台詞だ」

「…シャンプーは一緒ではないのか」

「は?オレ1人だけど…。ああ、シャンプーじゃなくて悪かったなあ」

「や、やかましい!」

「つーか、もしかしてあかねってまだ帰って来てねーの?」

「おらがここに来てからは見とらんぞ。悪かったのう、天道あかねではなくおらが迎えて」

「うっせえ。さっさと服を着ろっ」

「言われんでも着るわいっ」




全く、いきなり何だってんでぇ。
とりあえずかすみさんにムースを家の中に上げてやれと言われたから、オレ達はぬくぬくと居間のコタツに入っている。ムースの奴はうちに何しに来たんだ。
ちらっと時計を見ると、まだ夕方の5時を少し過ぎたところ。あかねはまだおつかい途中かな。もう外は暗くなるっつーのに大丈夫か?



「乱馬くん、はいお茶。ムースくんもどうぞ」

「サンキューかすみさん」

「すまないだ」



何だか気まずい沈黙の中。
かすみさんが持ってきてくれた菓子をつまみ、ずず…、とお茶をすすってムースを見る。あ、コイツ目ぇ逸らしやがった。
こりゃシャンプーと何かあったんだな、絶対。




「おいっ」

「何じゃ」

「お前さ、またシャンプーと何かあったんだろ」

「…お前には関係ない」

「関係ねーのは知ってるけどよ、どうしてうちに来たんだ?」

「そ、それは…シャンプーがお前の所に行って来ると言って店を出て行ってしもうたから……」

「でも、うちには来てなかったんだろ」

「まさかシャンプー…、どこかで乱馬のような質の悪い男に絡まれとるんじゃろうか‥!」

「ああ?誰が質の悪い男だって?」

「そのままの事を言ったまでじゃ。怒られるような筋合いはないのう」

「てめえ…」




ぴくぴくと青筋が立つのが分かる。ムースだけじゃなく良牙にも言えることだが、毎度のことながら、オレを目の敵にし過ぎじゃね?
いっそのことオレが男であるとシャンプーにバレなければ、こんな風にムースが悩むこともなかったのか?不可抗力とはいえ、オレが女の姿でも男の姿でもシャンプーに勝っちまったことで女傑族の掟にシャンプー自身が縛られていると言ってもいいんだろう。
どう話したものか頭の中でまとめきれずにいると、ムースが重く口を開いた。




「……なあ、おらがもし、シャンプーに勝ったと言ったらどうする」

「どうするって…、何だよ。勝ったのか?」

「た、例えばの話じゃ!」

「………」

「おらは…、どうしたらいいのか分からん」

「でもよ、ムースはシャンプーが好きなんだろ?だったら普通は喜ぶべきなんじゃ…」

「シャンプーの気持ち、全てを否定しろというのか?」

「!」

「おらはずっと昔からシャンプーを見てきた。でもシャンプーは乱馬に出逢ってからずっとお前を追っている。男でも、女でも」

「それだって村の掟で、だろ。確かにシャンプーは本気でオレに惚れてたとは思うけど、最近はそうでもない気がするぜ?現に朝も追いかけて来なくなったしな」




だから最近は、毎朝あかねと一緒な登校してる。たまになびきがいる日もあるけど、奇襲がかけられないおかげで遅刻も減った。
きっとオレが、あかねとちゃんと向き合う決意をして、付き合い始めてからだ。
周りの奴らはやっとくっついたかー、なんて言いながらも喜んでくれたし、ウっちゃんともそれほど気まずくならない程度に、昔と変わらず過ごしてる。…九能兄妹は未だにしつこいけど。




「お前は成長しとらんな」

「え?」

「もっと周りの人間のことを考えるべきだと思うだ」

「なっ、何だよ!じゃあお前は考えてるってのか?」

「少なくともお前よりは考えてるつもりじゃ。…抑え込んだ気持ちは、苦しみしか生まん」

「……結局お前は何しに来たんだよ。オレに説教しに来たのか?」

「シャンプーを探しに来たついでに、説教しに来ただ」

「げ。迷惑にも程があるな」

「おかげでいい憂さ晴らしになっただ。そろそろおらは帰る。シャンプーもこの時間じゃ、店に戻っておるはずだからのう」

「あーそうかい、さっさと帰れ帰れっ」




のっそり立ち上がったムースに向かって、机の上にあったミカンを1つ投げる。それをぱしっとキャッチしたムースは一瞬驚いた顔をして、ふっと笑った。
オレは時計を見る。6時ちょい前…か。あかねの奴、何してんだ本当に。
仕方ねぇ、おじさん達が騒ぐ前に迎えに行くか。確か猫飯店だっけ?しかし目的地は同じでも、ムースと行くのは気が進まない。



「なんじゃ、見送りはいらんぞ」

「誰もするつもりねーよ、オレは外に用があんの」

「……素直じゃないのう、天道あかねを迎えに行くつもりのくせに」

「う、うるせーっ」

「羨ましいだ、お前達を見ていると。羨ましくてたまらない」

「別に‥羨ましがられる程のもんじゃねぇだろ」




ムースはオレの様子を可笑しそうに見て、門を出ると猫飯店とは逆の道に向かって歩き出した。
…あいつ、方向音痴にでもなったのか?
呆れたように溜め息をついて、ムースに道が違うんじゃないかと声をかける。



「だいぶ店番をサボってしまったからな、少し遠回りして頭を冷やして帰ろうと思ったんじゃ。再見、乱馬」

「…ああ」



ミカンをお手玉のようにひょいひょいと回しながら、ムースは薄暗い住宅街を歩いて行った。
オレも猫飯店に向かって正規の道を歩き出す。
いつも思うけど、この辺りの街灯少ないよなぁ。陽が短くなると、寒くなるのも早い。
しまった、上着でも着てくるんだったぜ。前方にあかねらしき人を見つけ、少し駆け出す。



「あ、いたいた」

「っ!?いやー!!!」

「うおっ!?ちょ、落ち着けあかね!危なっ、お、おい!」

「やだやだっ、離してー!!」

「あかね!オレだって、乱馬!」

「………へ?ら、乱馬?」



危うく殴られそうになり、あかねの腕を掴む。涙目になってオレを見上げるあかねに、どきりと鼓動が跳ねた。
オレだと分かって安心したのか、あかねはその場にしゃがみ込む。
色んな意味で心臓がばくばく言って、なんか気恥ずかしい。



「あーびびった…。大丈夫か、あかね」

「う、うん…」

「怖いくせにこんな暗い道歩くからいけねーんだぞ」

「悪かったわねっ」

「おつかいは終わったのか?」

「あ、うん。これ餃子…」



あかねは座り込んだまま、ガサッと餃子の入った袋を持ち上げて見せた。
何で立たないんだ?いや、立てない、とか?



「………おい、まさかお前」

「あは、は…。こ、腰抜けちゃって立てなかったりして?」

「ったく、バカだなー」

「乱馬に言われたくない!」

「ほら、仕方ねーからおぶってやるよ」

「………」

「早くしろよ、餃子が冷めちまうだろーが」

「………うん…」




夕飯の餃子のため、そう言ってはみたものの、見栄を張るのに一苦労だ。
たまにあかねを抱えることはあっても、おぶるのは久しぶりだな。前より痩せた、か?
寒い夜道でも、背中はとても熱い。
この時間がかけがえのないものに思えて、歩みは自然とゆっくりになる。でも、気が付けばもう家に着いてしまった。



「……着いた、な」

「…うん」

「………」

「あ、あのね、乱馬」

「ん?」

「あたし、猫飯店にペンケース忘れて来た…」

「は?」

「………」

「…じゃあ、戻るか」

「…うんっ」




あかねは読心術でも使えるのだろうか。思わずそう考えてしまうくらい、もう少しこのまま一緒にいれることが嬉しかった。
なんかいいよな、こーゆーの。口に出しては言えないけど。
じわじわと体温が上がっていくような気がした。
忘れ物とか、いつもだったら茶化したりするけど、今はそれが有り難い。たとえ嘘でも、本当でも、構わないから。




「餃子、冷めちゃうね」

「あかねのせいでな」

「う…」

「はは、大丈夫だろ。まだ夕飯まで時間あるし、かすみさんも怒らねーって」

「だと、いいな」

「そーいやあ、今日うちにムースがいてよぉ。シャンプーと何かあったみてーでさ」

「!やっぱりそうなの?シャンプーも何か様子がおかしかったんだ」

「シャンプーも?あいつら最近よくギクシャクしてるよなー」

「…あたし達も人のことは言えないけどね」

「まーな」




ケンカしてケンカして、仲直りしたと思えばまたケンカ。ほんと懲りねえよな、オレら。
でも、そんな日々が楽しかったりする。
あかねといると、負の感情がどっかに行っちまうような気分になる。疲れたとか、寒いとか。口では何とでも悪態つけるけど、実際本当に思っていることは上手く言えない分、側にいることで補えてると思いたい。
今は昔よりずっと誰かの気持ちを考えるようになったと思ってたけど、ムースの言葉が何だか重くのしかかる。
本当にオレはちっとも成長してねぇのかな?




「…なあ、」

「な、何?」

「オレ、成長してねーのかな」

「は?身長だいぶ伸びたじゃない」

「そーゆー意味じゃなくて」

「成長、ねー…。少しはしてると思うわよ?」

「あかね…」

「だって乱馬、昔より優しくなった」

「頭を撫でるなっ」

「ふふ、照れてる?」

「うっせーやい!」




優しくなった、か。
じゃあ昔のオレは優しくなかったっていうのか?…そんな疑問もあったけど、あかねの口調が柔らかかったから、貶すつもりじゃなくて本気で言っているんだと思う。
そんな一言一言に救われる。
重かった心がふわりと軽くなる。
あかねが急に強く背にしがみついてきて、思わず神経が背中に集中する。嬉しそうなあかねの笑顔はやっぱり、可愛いと思った。
もう少し、もう少しこのままで。そう思う気持ちは強くなるばかり。

オレが"女の子"として守ってやりたいのは、あかねしかいねぇんだよな。
そう、きっと。





end
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