頼りなく見えるかもしれないけれど、本当はとても頼もしいの。
ふと見せる表情はとても幸せそうで、なんだかこっちまでくすぐったくなるような気がする。夏の日差しに目を細めて、彼と二人、並んで歩くようになってどれくらい経ったでしょう?
私と、東風先生がお付き合いを始めたのは丁度あかねと乱馬くんが高校を卒業した年だから…5年くらい前になるかしら。あかねと乱馬くんは正式に婚約をして、なびきも仕事で立ち上げた事業が軌道に乗ったところで、学校を卒業しても私達姉妹は今も変わらずあの家で賑やかに暮らしている。
今日は日が暮れる前にと、久しぶりに東風先生と一緒に海へ来た。家族とじゃなく、恋人と来る海は初めてで、隣を歩く東風先生の横顔をちらりと見てはどきどきして落ち着かない。
それでもやっぱり、嬉しいって思うわ。



「おや、かすみさん、何かいいことでも?」

「……東風先生には秘密です」

「それは残念だなあ」



さりげなく手を握られて、ただただ砂浜を歩く。いつもなら自分から手を繋ぐことはないのに、東風先生も少し浮かれているみたい。でもそれが嬉しくて。
何かを語る訳じゃない。思い出したかのように、読んだ本の内容とか、天気とか、景色とか、些細なことをぽつりぽつりと話すだけ。何をするでもない。二人で一緒にいることが出来れば、それでいいの。言葉がいらないということではないけれど、こうして触れて、笑いあえていることは幸せだなって感じがする。おとうさんとおかあさんも、こんな風に二人でデートに行ったりしていたのかな。それはきっと幸せなひとときだったのだろうなって。



「…この海、毎年家族と来ているんです。あかねと、なびきと、乱馬くんたちと、おとうさんと、……おかあさんと」

「……。」

「だから、ここには素敵な思い出がたくさんあるんですよ。……今日、あなたと一緒に来れて良かった」

「――あの、かすみさん!」

「はい?」



波のさざめきが心地よく聴こえてくる。少し傾いてオレンジ色の光を増した太陽が水に反射して、とても綺麗な光景。
立ち止まって隣を見上げると、繋いだ手をぎゅっと強く握られる。ちょっと緊張しているように見える東風先生は、少し昔の、会う度にいつも面白いことをしている姿と重なって見えた。だけど、どこか真剣な眼差しに見つめられた。
高校生だった時はあかねの付き添いで接骨院に行くことが多くて、若先生だった彼は大人で、社会人で。高校を卒業して家事をやるようになってからも、私は私が大人になったという実感は持てずにいた。お酒が飲めるようになっても、妹たちが大学生になっても。周りからはしっかりしてると言われているけど、本当にそれが正しいのか、判断できない。
私は、東風先生にとって、もう子供ではないですか?
大人に、なれていますか?
誰にも聞けない言葉を、彼はいつも掬い上げて聞いてくれる。
そんな東風先生だから、惹かれたのだと思うの。


「ぼくは……頼りないかもしれないけど、あなたとこうしていられるだけで幸せなんです。でもね、いつかまた二人でここに来るときは、今よりもっと幸せになっていたらいいなと、思うんだ。だから……ぼくと、家族になってくれますか?」


明日も、明後日も、これから先の時間を、あなたの隣で過ごせる権利は、何物にも代えがたい。
おとうさんとおかあさんみたいな二人に、私達もなれるかしら?
お互いに分からないことはまだまだ沢山あるかもしれない。それでも私の思いを汲み取ってくれる東風先生が側にいてくれるのなら、彼が抱えているものを私も受け止めていきたい。支えになりたい。これから先の未来を、一緒に過ごしたい。自然と溢れ出す涙で言葉が出てこなくて、返事の代わりに微笑んだ。
あなたとなら、生きていけるの。
東風先生じゃなきゃ駄目なの。



「……これからも、あなたと一緒にいられるなら、私は幸せです」

「……うん。ぼくもだよ。…ありがとう、かすみさん」



そっと掌に載せられたシルバーリングと、夕日が反射してきらめく海が眩しくて、大きな手が私の肩を抱く。
少しずつ少しずつ、縮めてきた距離が0になる。
あなたと家族になれるのなら、どんなことも乗り越えていけるから。
多くの言葉はいらないから、あなたの笑顔と温もりをください。




end
感謝企画/桜愛さまへ