手を繋ぐ。
腕を引かれる。
お姫さま抱っこされる。
お弁当を食べてくれる。
頼ってくれる。
いつの間にか助けられてて、守られてた。
私はどこまで干渉することが許されているんだろう?
窓の外から聞こえてきた雨音で、私は目を覚ます。
昨日も一昨日も雨。
やっぱり今日も、雨。
どんよりした雲から落ちる雨粒は、時間が経つにつれて大きくなって、通学路を歩く私の足元を濡らす。
校門をくぐると、百葉箱のある方に向かって空から女の子が飛んで行くのが見えた。あれって鳳さん…?手に持ってるのは大きな鎌と、小さな包み。
気になった私は、百葉箱が見える所まで小走りに近付いた。
そこには羽織を着た六道くんと六文ちゃんがいて、鳳さんは六道くんに包みを渡していた。もしかして、お弁当かな?
前にも一度、六道くんが鳳さんに貰った重箱弁当を持ってきたことがあったけど、また作ってきたのかな。…気まぐれにお弁当2つ持ってくるんじゃなかった。
踵を返して、私は教室へ急ぐ。どろどろの校庭、水たまりを避けても靴の中は濡れて冷たい。
「おはよう真宮さん。今日もすごい雨だね」
「あ…おはよう翼くん。傘さしても意味ないよね、こんな雨じゃ」
「全くだ。風邪引かないよう気をつけないと。あ、真宮さん、俺のタオル貸すよ」
「え?」
「髪も制服も鞄も濡れてるし、拭いた方がいいよ。傘の意味、なかったんだろ?」
「……ありがとう」
タオルを受け取ると、翼くんはにっこり笑う。だけど、頭の中からはさっきの六道くんと鳳さんのシーンが消えなくて、何故か苦しい。
以前2人が手を握ってたことを思い出したらもっと苦しくなる。
鞄と制服をぱぱっと拭いて、濡れた髪を一度解いた。コームで梳くと、ウェーブがかった髪は真っ直ぐになる。朝のSHRが始まるにはまだ時間があったから、この時間で髪を結び直す。気持ちを落ち着けるには充分だ。
隣の席からカタンと音がして、目の端に赤い色が見えた。それと一緒に、机の上の包みも。
「六道、何だそれ?」
「…貰った」
「弁当?ってことは鳳か」
「………」
…否定しないんだ。
翼くんはやけに嬉しそうな顔をして六道くんを小突いてる。
まあ、そうだよね。いつも生活に困ってるのは事実だから、誰かの助けは有り難いものだろうし。別に私がいちいち世話を焼く必要なんてない訳で。
同情でも好奇心でもなく、ただ、お手伝いしていたかったんだ。
今まで幽霊が見えていても何をするでもなく過ごしてきた私にとって、六道くんのお仕事はとてもすごいものだと思ったから。
ちょっと、寂しいかな。
「…らちゃん、さーくーらーちゃん」
「あっ、ご、ごめんリカちゃん」
「どうしたの?なんかいつにも増してぼーっとしてるねー」
「そんなこと、ないよ。平気」
「でもさー、毎日こう雨ばっかり降ってると気も滅入っちゃうよね」
「あ、それわかるー!私も毎日髪をセットするの大変でねー、」
リカちゃんとミホちゃんの会話を聞きながら、私は鞄から教科書を出す。良かった、教科書は濡れてなくて。
ふと、鞄の中にある2つのお弁当箱を見て、私は小さく溜め息を吐いていた。
…どうしよう、このお弁当。
そぉっと六道くんの方を見ると、ぱちっと目が合って。私は思い切り顔を逸らしてしまった。い、今のはあからさま過ぎたかな…?
一度も話すことのないまま、気が付けばお昼休みになってしまった。
「ミホちゃん、桜ちゃん、お弁当食べよー…って、桜ちゃんは?」
「あれ?ついさっきまでいたのに……どこ行っちゃったんだろ」
授業が終わってすぐ、私は鞄を抱えたまま階段を降りていた。何してるんだろう、私はどこに行くつもりなの?
雨が降っているせいか、廊下を歩いている生徒はいつもより少ない。
渡り廊下を歩くと、いつものベンチが見えてくる。今日も雨は止みそうにないなぁ。お弁当、どこで食べよう…。
「え?ちょっ、いらないってなんで!?ねえ、りんねってば!」
この声、鳳さん?
六道くんも一緒にいるの?
心がどうしようもなくざわついて、危うく鞄を落としそうになる。とりあえず、早くここを離れよう。
来た道を戻ろうとUターンすると、誰かが私の腕を掴む。雨で濡れた冷たい手、それが六道くんだと私はすぐに気付いた。今は気まずい。気まず過ぎる…!
振り向けずに立ち止まったまま俯いていると、今度は前方から近付いてくる足音。
「あ、真宮さ……と、六道?」
「つ、翼くん」
「…悪い十文字。オレは真宮桜に用があるんだ」
「なっ…お前、鳳の弁当はどうしたんだよ」
「返した」
「はあ?」
「え、六道くんっ!?」
そのままぐいと手を引かれて、六道くんは歩いていく。翼くんの姿はもう見えなくて、なんだか少し不安になった。
だけど、不思議と鼓動が高まるのも本当で、自分がよく分からない。
誰もいない廊下を通って空き教室に着くと、賑やかな生徒の声は遠く、雨音が小さく、自分の心音は大きく聴こえた。
「……突然、すまん」
「いや…あ、あの、私に用って…?」
「………」
「それに、昼休みが終わっちゃう前に鳳さんから貰ったお弁当食べた方が…」
鞄をぎゅっと抱きしめて、唇を噛んだ。
今朝のことは思い出す度に心が痛む。六道くんにとっては良いことなのに、変だよね。私の作ったお弁当を食べて欲しい、そんな風に思うなんて。
ふう、と溜め息が聞こえて、ゆっくり顔を上げると、六道くんは少し照れたように頭をかいて私を見る。
「…オレは、……」
「なに‥?」
「ま、真宮桜の、…いつもの、弁当がいいんだ」
「………」
「…その、だから…」
「…お弁当、今日は持って来てないって言ったら?」
「え゛っ」
「鳳さんから貰ったお弁当…食べる?」
「………」
「………」
何言ってんだろ、私。
六道くんがどうしようと自由なのに、意地悪言って困らせて。天気が悪いせいか私も卑屈になってるみたいだ。
「……さっきも言ったろ、オレは…真宮桜のくれる弁当がいい」
「…え」
「ないなら、仕方ないが」
「あ、あるよ!今日はたまたま、作ってきた、から…」
慌てて鞄からお弁当箱を出して手渡すと、六道くんはホッと安心したような顔をした。
なんか、ずるい。
優しい声に、どこか私も安心して。私と六道くんは"ただのクラスメート"なのに、一喜一憂してる自分にびっくりだ。
美味しそうにおかずの唐揚げを頬張る六道くんを眺めながら、私も隣に座ってお弁当を食べる。
誰もいない教室は、いつものベンチよりも静かな空間。そういえば、鳳さんから貰ったお弁当って…もしかしてさっき返してたの?
「…?なんだ、真宮桜」
「う、ううん。別に何も…」
「……誤解するなよ。鳳とは何もない。向こうが勝手につきまとってくるだけだ」
「なんで私にそんなこと?」
「そ、それはっ…、誤解されたくないからに決まってるだろ」
どうして?私に誤解されると困るの?
六道くんの真意は分からない。でも、なんだか、そんな気遣いがすごく嬉しかった。心の中にかかってた雲が、少しずつ晴れていくようで。
チャイムの音が、昼休みの終了を告げる。
「…六道くん、食べてくれて、ありがと」
「あの…ま、また作ってくれる、か?」
「………私が作ったので良ければ」
「それじゃあ、…頼む」
「あはは、わかった」
「何故笑うっ」
手を引かれて、お弁当を食べてくれて、頼ってくれて、いつの間にか惹かれてた。
気が付けば一緒に"死神のお仕事"をすること、一緒にこんな時間を過ごすこと、私にとって大切な意味を持つようになっている。
空になったお弁当箱を2つ、また鞄に入れて教室を出る。次の授業はなんだったかな。
「六道くん。放課後、クラブ棟に行ってもいい?」
「…好きにしろ」
「うん。ありがと」
昨日も一昨日も雨。
やっぱり今日も、雨。
それなら明日は、明日になったら、晴れるといいな。
end