六道くんにはいつも助けられてばかりで、私のしてることなんてほんのちょっとしたことでしかない。でも、六道くんは何も言わず、私がいることを許してくれている。
私が出来ることなんて、無いに等しいかもしれないけど…力になりたいって、思うんだ。
「桜さま、どうしたんですか?」
「え。う、ううん。何でもないよ六文ちゃん」
「具合が悪いなら帰っていいぞ、真宮桜」
「六道くんまで…、私は大丈夫だってば」
大丈夫、とは言いつつも最近体調は優れない。けど役立たずなんて思われたくないから、秘密。大丈夫。
百葉箱に届いた依頼の手紙には、交差点の歩道橋に、毎日毎日おにぎりをくれるおばあさんの幽霊が出ると書いてあった。数時間経つとおにぎりは砂の塊になってしまうらしい。
夕方、空が薄暗くなった頃。
今私達はその歩道橋にいる。目の前には、優しそうなおばあさんがこちらを見て微笑んでる。
「お腹空いてるでしょう?おにぎり、おひとついかが?」
「あ、あの…おばあさん。どうしていつもおにぎりを…?」
「あなたはここに留まっていてはいけない。未練があるなら、成仏出来るようお手伝いしましょう」
「まあ…あなた達……、私を見ても驚かないのねぇ」
「慣れてるからな」
「さらっと言うね六道くん…」
「私の未練…そうね…。孫とはぐれてしまったことかしら」
「お孫さんっておいくつなんですか?」
「お嬢さんくらいよ。ポニーテールのよく似合う可愛い女の子だった…」
おばあさんはどこか懐かしむように目を細めた。一体何年ここにいるんだろう?早く成仏させてあげたい。
なんだか強くそう思った。
「よし。その孫を探すぞ」
「りんね様、どこに行くんですか?」
「近くの公園だ。結構前からその霊は見かけてたしな」
六道くんが指差した公園は歩道橋を下りてすぐの所にあった。
でも、どうして公園?
不思議に思いながら後についていくと、鉄棒の近くにあるベンチにポニーテールの女の子の幽霊が腰掛けていた。セーラー服を着て、膝より長いスカートで。…昔なら女学生、って呼ばれる人かなあ。
「おい、何を探してるんだ?」
「だ、誰よあんた!私が視えるの!?」
「まあな。お前を探している人がいる。心当たりはあるか」
「あたしを探してる…?そんなの、誰もいないわ。友達も、家族も、あたしの味方なんて誰もいないもの」
女学生霊は私と六道くんをぎろりと睨みつけてため息をついた。
もしかしてこの人、悪霊化する寸前なんじゃないかと嫌な予感が頭をよぎる。
六道くんは、いつもの調子で六文ちゃんに何かを言いつけたかと思えば、黄泉の羽織を私に渡す。
「え…」
「着てろ。風邪は悪化してからじゃ遅い」
「だ、大丈夫だよ。熱とか無いし、身体がだるいワケでも──っくしゅん!」
「言わんこっちゃない。さっさと帰れ」
「大丈夫だってば。それに、早くあのおばあさんに成仏してほしいもん」
「…わかった。とりあえず真宮桜はここで大人しくしてろ」
「六道くんは?」
「もう一度向こうの歩道橋に行ってくる。ちゃんとそれ着てろよ」
「う…うん。ありがと……」
六道くんの後ろ姿を見送って、私は渡された黄泉の羽織を着た。そういえばこれ、着ると幽霊と同じになるんだよね。
本当に普通の人から見えなくなってるのかな。
「あんた、さっきから何やってんの?」
「え」
はた、と声のする方を見ると、女学生霊が呆れた様子でこちらを見ていた。
い、今の見られてたかな?見られて…た、よね。あははと軽く笑って、私は霊の隣に座った。きっとこの人があのおばあさんのお孫さん。
「さっきの男の子もそうだけど、あんたもあたしが視えるなんて変な奴らねー」
「えーと…あの、あなたのお名前はなんていうんですか?」
「あたし?あたしはヨーコ」
「ヨーコさん…」
「ああ、あんた達あたしの探し物が何か聞きに来たんだっけ?」
「…とりあえずそういうことにしといて下さい」
「結構いい加減なのねー」
ヨーコさんはくすくす笑う。
六道くんから何も指示されなかったから、何をどうしたらいいかなんて分からないけど、ヨーコさんの話を聞こうと思った。
さっきの辛そうな表情からして、きっと大切なものを失くしたんだろうな。
「あ、あの。ヨーコさんは何を探しているんですか?」
「え…」
「その、言いたくないならいいんですけど。もし良ければ探すお手伝いしたいなーって思って」
「…変な子ねー、あたしなんかに構ってくる人なんてあんたが初めてよ。まあいいわ。どうせ見つからないと思うし」
「でも、失くしたのは大切にしていたものじゃないんですか?」
「そりゃあ…。でも見つからないんだから仕方ないじゃない。あんなハンカチーフに縋ってるなんてあたしも子供よね」
「ハンカチーフ?」
それがヨーコさんの未練。
仕方ない、って言ってるけど、さっきからずっと辺りをキョロキョロしてる。そういえば、ミソラさんの時も同じようなことがあったよね。
あの時はミソラさんの失くした差し歯を六道くんが買ってあげてた。
でも、今回はそう上手くはいかないんだろうな。代わりのものじゃいけない気がする。
「おばあちゃんが…あたしの名前を刺繍して、いつもそれにおにぎりを包んでくれてたの」
「あ…」
「いつも持ってたのに、あの日、どこを探しても見つからなくて…。ブランコから落ちてそのまま……」
「だから‥ずっと公園にいたんですね」
「そーゆーこと。あーあ、こんな話するの、あんたが初めてよ」
聞いてくれてありがと。ヨーコさんはそう言ってくしゃっと笑った。何十年も前のハンカチなんて、見つかる可能性はとても低い。
どうしたらヨーコさんは成仏できるかな。
自分の服装を見て、ハッとした。黄泉の羽織があるじゃん。ヨーコさんをあのおばあさんの所に連れて行ってあげよう。
「あの、ヨーコさん。おばあさんはどうしているか知ってますか?」
「え?…知らないわよ。両親は何も教えてくれなかったから。唯一信じられるのはおばあちゃんだけだったけど、今はもういないでしょ」
「ヨーコさん、私と一緒に来てくれませんか?」
「何言ってんのよ。あたしはこの公園から出られないの」
「えっと、この羽織を裏返して着てみて下さい」
「は…?」
裏返した羽織を着たヨーコさんは実体化。突然の出来事に驚いたのか、ヨーコさんは目を丸くして私を見た。私は手を引いて、あの歩道橋へ向かう。
その上には六道くんが立っていて、おばあさんの霊も一緒だった。
「ようやく来たか、真宮桜」
「え?どういうこと?」
「すぐ分かる」
六道くんは私の頭にぽんと手を置いて、何かを取り出した。それは古ぼけたハンカチで。おばあさんは六道くんからそれを受け取って頷いた。
急いで視線をヨーコさんに戻すと、おばあさんを見て涙を流していた。
「ヨーコちゃん、どこに行ってたの?探したのよ」
「なんで…おばあちゃ…」
「おにぎり、渡し忘れちゃってごめんなさいね。早く届けようと思っていたのだけど、とても遅くなっちゃったわ」
「ずっと、あたしを探してたの…?」
「ええ。私に出来ることなんてそれくらいだもの」
「…っ、おばあちゃん…!!」
「はい、ヨーコちゃん。おばあちゃん特製のおにぎりよ」
「っく、…っ…あ、あり、がと……!」
ヨーコさんとおばあさんの身体がだんだんと透けていく。おばあさんは私と六道くんに向かって一礼し、ヨーコさんは涙目ながらも笑っていた。
すうっと2人の影が消えて、黄泉の羽織がふわりと落ちた。成仏したんだ…良かった……。
「あのばあさん、孫におにぎりを届ける途中で事故に遭ったらしい。そのため霊になってから通行人に助けを求めていたそうだ」
「へー…。良かったね、無事に2人とも成仏出来て。あ、そういえばあのハンカチってどうしたの?」
「ああ…ばあさんが持ってた」
「そーだったんだ…。じゃあ今回はお金かからなくて儲かったねー」
「いや、予想外に金はかかったな」
「え?何か買ったの?」
「まあ、な」
「りんね様ー!桜さまーっ!」
六道くんと歩道橋を降りながら、そんな会話をしていると、六文ちゃんが霊道を抜けて私に向かって走って来た。
六文ちゃんの手には何かが入った紙袋。手を伸ばして六文ちゃんを抱っこすると、袋が温かいのが分かった。六道くんはふ、とため息をついて紙袋を六文ちゃんから取り上げる。
「ご苦労だったな、六文」
「これくらいお安いご用ですっ!ぼくも食べたかったし」
「六文ちゃん、何買ってきたの?」
「へへ、桜さまの風邪が悪化しないようにって、りんね様が。それでぼく、あったかくって美味しいものを買って来たんですよー」
「余計な事言うな六文。…ほら、真宮桜」
「へ?」
六道くんから渡されたのはあったかい焼き芋。歩きながらじゃなんだから、とさっきの公園のベンチに3人で腰掛けた。
六道くん、私、そして私の膝の上に六文ちゃん。なんだかこうしていることにすっかり慣れてしまったような気がする。冷たい秋風も、あったかい焼き芋と、膝の上にいる六文ちゃんのおかげでとても温かい。
せっかくお金使わずに済んだのに、気を遣わせちゃったみたいで悪かったかな…。
「桜さま、具合は大丈夫ですか?」
「あ、うん。六文ちゃんと六道くんのおかげであったまったよ。ありがと」
「それなら良かったです!ね、りんね様っ」
「別に。…いつもの弁当の礼だ」
「またりんね様ってばそんなこと言ってー、桜さまにあの霊の説得してもらったからでしょ?りんね様じゃ取り合ってもらえなさそうだったし…」
「……」
「やっぱり桜さまがいてくれると助かりますね、りんね様!」
「お前がもっとしっかりしていればいい話だと思うがな」
「え。いやー、それはあの、ほらっ」
いつものように口喧嘩する六道くんと六文ちゃん。
その様子を眺めながら思うのは、こんな私でも役に立てたんだって、実感する度に嬉しくなること。六道くんに出逢ってから、六文ちゃんにも出逢って。色んな幽霊を見て、成仏する手伝いをして。
お金がかかるのは大変だけど、やりがいのある仕事だなって今は思える。
「あの…六道くん、六文ちゃん」
おばあさんの霊が言ってたこと、私もすごくよく分かる。
無力に等しい人間で、大した特技もない私だけど、私だから出来ることだってきっとあるから。
「どうした、真宮桜」
「桜さま?」
「私に出来ることなんて少ししかないかもしれないけど…、また、お手伝いさせてね」
2人に向かって微笑んだ。
今出来ること、考えられる精一杯の、心からの私の気持ち。
ヨーコさんの笑った顔が思い出された。
「とーぜんですよ桜さま!ぼく大歓迎です!」
「ほんと?六文ちゃん」
「はい!りんね様もですよねっ」
「六道くん、も…?」
「え…。まあ、六文だけじゃ役不足だからな」
「ぼくが役立たずみたいじゃないですか!ちょっとりんね様ー!!?」
六道くんと六文ちゃんのやりとりはいつも見ていて面白いから飽きることがない。
そしてここに私がいることを許されているのがとても嬉しい。これからもみんなで頑張りたいな。
end
翼くんが転校してくる前辺りの話ということで…。
無駄に長くてすみません;