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夢ゆめユメ(ム→←シャ)


私のワガママ。

乱馬は私のものね。
誰にも渡さない。
許婚なんて関係ない。
だって村の掟だもの。
乱馬が好きなんだもの。
私を倒せるのは乱馬だけ。
キスするのも乱馬だけ。
ねぇ、どうして?
私じゃどうしてだめあるか?


遠ざかる背中、
振り向いたのはムースで。
開いた口の動きは、
僅かでしかないけれど、
私にとってはあまりにも─…








「…………っ、」




何、今の夢。
いや、夢だったあるか?
本当に?
瞳を閉じると、ぽたりと涙が落ちた。どうしようもなく、悲しい。布団をぎゅっと顔に押し付けて、声を殺して、泣いた。
苦しいのに、もうどんな夢だったかよく思い出せない。



「シャンプー、朝じゃぞ」



部屋の外からはひいばあちゃんの声。
─涙の訳が、やっとやっと分かった気がした。




「い、今すぐ起きるある!悪かたなひいばあちゃん」

「構わん構わん。ムースの奴が故郷に帰ったばかりじゃからな、それも仕方のうて。わしは店におるぞ」

「わかたある」




…ムースが中国へ帰ったの、忘れてたね。
私は涙を拭って、布団を畳んだ。
そう、もうムースは私の傍にいない。清々したのが半分、パシリがいなくて不便なのが半分…寂しいのも、少しあるけど。少し。
でも、この涙はあいつのせいで流したんじゃないある。絶対、そう、……多分。
良かったあるよ、邪魔者がいなくなって。
私には乱馬がいればいい。
ムースなんていらない。
ずっとずっとそう思っていて、ムースもそれは承知の上だったはず。

自分勝手な考えに虚しくなった。私はいつもこうね。
ワガママ猫娘。
ほんと、ワガママ。
素直になんてなれやしない。ムースの存在に救われていたのは確かだというのに。
"誇り高き女傑族"、そんなプライド、今はいらない。

もういいの。
もう、いいある。
私が本当に欲しいのは乱馬じゃないって、心の奥では分かってた。



「…っ、う……ばか、……ムースのばか…っ」



引き止めてしまいたかった。
その腕にしがみついてでも、引き止めれば良かった。
心に空いた穴はあまりにも大きくて、埋めることが出来ない。

遠ざかる背中、
振り向いたムース。



『別了』



─それは、別れの言葉。
まさかムースの口から聞くことになるなんて。

何ですぐ諦めるあるか?
お前の私への気持ちなんて、やっぱりそんなもんだったあるか。
なら私なんて追いかけて来なければ良かったのに。
私に優しくなんてしなくて良かったのに。
待ってなくて、良かったのに。
今までの全部が、嘘だったら
……いいのに。
いつだって私は私を中心に世界が回っていると思ってた。
私が私でいられるのは、プライドのおかげじゃなく、私より弱くて意固地で近眼な幼なじみの存在だった。


憂鬱な考えを、頭をぶんぶん振って散らした。
今日も開店、猫飯店。
自転車に乗ってどこへでも出前に向かう。
秋の風がまたもの寂しくさせるけど、こみ上げる気持ちはぐっと飲み込んだ。さあ、気持ちを切り換えて出前するある。ムースはいない。
私はひとり、自転車に乗って街を走る。




「あ、シャンプー!」

「ん?…あかねあるか」

「何よその言い方ー…じゃなくて!これ、ムースのメガネよね?家の前に落ちてたから、今届けに行く所だったの」

「え……」

「これ、ムースに渡してくれる?」

「ムースは…中国に帰ったある」

「?そーなんだ…じゃあ日本に戻って来たらでいいわよ」

「─もうムースは帰って来ない!」

「え?」

「び‥別了って言ってたある。だからっ、…もう、二度と帰っては来な……っふ…」

「シャ、シャンプー!?え、え、な、泣かないでよぉっ」




思いがけなく手にしてしまったムースの物。
少しでいいから、私の気持ち伝えてあげれば良かった。
せき止めてた想いはあっけなく崩壊する。あかねにしがみついて泣くなんて情けないけど、もうそんなのどうでもよかった。

蔑ろにしてた、私のせい。
私のワガママのせい。
独りになんて、しないでよ。
好きだって言ったじゃない。
ほらもう、
涙が止まらない。
遠ざかる背中、引き止められなかった私は臆病者ある。




「…ひっ、く…〜…ぅ…」

「あ、シャンプー!雨が降ってきたわ。濡れちゃうからどこか屋根のあるところ…」

「…っいい…」

「シャンプー?」

「このままで、いいね…」




しとしと降り注ぐ雨は私の身体を猫へと変身させる。
涙じゃ変身出来ないんだな、と嗚咽しながら冷静な自分が考えていた。私はあかねの腕の中でうずくまる。
そのまま、そっと目を閉じて、私は眠りについた。





 + + + +


「…無茶をしおって……」



暖かい、ごつごつした手が、私を撫でる。
私が一番聴きたかった、あの声がすぐ傍で聴こえる。
また、夢?
また『別了』って、言われてしまう?
ゆっくり目を開けると、ムースが笑って私を見た。
…ああ、やっぱり夢あるか。都合のいい夢ね。きっと今だけ。もう一度瞳を閉じて、もう一度開けば現実が待ってる。


…いや、って思う素直な私。
バカらしい、さっさと目を覚ませって思うプライドだらけの私。
手を伸ばせば、大きな手に包まれる。




「天道あかねに礼を言わねばのう。シャンプー、おらな、」

「…聞きたく…ない、ある」

「聞いてくれ」

「いやある」

「聞いてくれ」

「いや」

「聞かんか」

「…いや、ある」




いつものムースが目の前にいる。夢なら、いいかな。



「シャ…!?」



ムースの背中に腕を回した。さっき泣いていたのが嘘みたいに、心の不安が消えていく。意識がハッキリしないうちに、私はまたうつらうつらと夢の世界へ。
あれ、じゃあこれは現実あるか?
答えを出す前に、睡魔には勝てなかった。




「あんな事言ってすまんかった。…ゆっくり休むだ、シャンプー。」







(…ムース、お前どうして戻ってきたんじゃ?)(‥‥どっかの泥棒に荷物を盗まれたんじゃい)(ほっほ。情けないのう。まだまだ、シャンプーの婿になるには修行が足りんわ)(んなこと分かっておる!)



end

私に出来ること(りん桜)

六道くんにはいつも助けられてばかりで、私のしてることなんてほんのちょっとしたことでしかない。でも、六道くんは何も言わず、私がいることを許してくれている。
私が出来ることなんて、無いに等しいかもしれないけど…力になりたいって、思うんだ。




「桜さま、どうしたんですか?」

「え。う、ううん。何でもないよ六文ちゃん」

「具合が悪いなら帰っていいぞ、真宮桜」

「六道くんまで…、私は大丈夫だってば」




大丈夫、とは言いつつも最近体調は優れない。けど役立たずなんて思われたくないから、秘密。大丈夫。

百葉箱に届いた依頼の手紙には、交差点の歩道橋に、毎日毎日おにぎりをくれるおばあさんの幽霊が出ると書いてあった。数時間経つとおにぎりは砂の塊になってしまうらしい。
夕方、空が薄暗くなった頃。
今私達はその歩道橋にいる。目の前には、優しそうなおばあさんがこちらを見て微笑んでる。




「お腹空いてるでしょう?おにぎり、おひとついかが?」


「あ、あの…おばあさん。どうしていつもおにぎりを…?」

「あなたはここに留まっていてはいけない。未練があるなら、成仏出来るようお手伝いしましょう」


「まあ…あなた達……、私を見ても驚かないのねぇ」

「慣れてるからな」

「さらっと言うね六道くん…」


「私の未練…そうね…。孫とはぐれてしまったことかしら」

「お孫さんっておいくつなんですか?」

「お嬢さんくらいよ。ポニーテールのよく似合う可愛い女の子だった…」




おばあさんはどこか懐かしむように目を細めた。一体何年ここにいるんだろう?早く成仏させてあげたい。
なんだか強くそう思った。



「よし。その孫を探すぞ」

「りんね様、どこに行くんですか?」

「近くの公園だ。結構前からその霊は見かけてたしな」



六道くんが指差した公園は歩道橋を下りてすぐの所にあった。
でも、どうして公園?
不思議に思いながら後についていくと、鉄棒の近くにあるベンチにポニーテールの女の子の幽霊が腰掛けていた。セーラー服を着て、膝より長いスカートで。…昔なら女学生、って呼ばれる人かなあ。



「おい、何を探してるんだ?」

「だ、誰よあんた!私が視えるの!?」

「まあな。お前を探している人がいる。心当たりはあるか」

「あたしを探してる…?そんなの、誰もいないわ。友達も、家族も、あたしの味方なんて誰もいないもの」




女学生霊は私と六道くんをぎろりと睨みつけてため息をついた。
もしかしてこの人、悪霊化する寸前なんじゃないかと嫌な予感が頭をよぎる。
六道くんは、いつもの調子で六文ちゃんに何かを言いつけたかと思えば、黄泉の羽織を私に渡す。




「え…」

「着てろ。風邪は悪化してからじゃ遅い」

「だ、大丈夫だよ。熱とか無いし、身体がだるいワケでも──っくしゅん!」

「言わんこっちゃない。さっさと帰れ」

「大丈夫だってば。それに、早くあのおばあさんに成仏してほしいもん」

「…わかった。とりあえず真宮桜はここで大人しくしてろ」

「六道くんは?」

「もう一度向こうの歩道橋に行ってくる。ちゃんとそれ着てろよ」

「う…うん。ありがと……」




六道くんの後ろ姿を見送って、私は渡された黄泉の羽織を着た。そういえばこれ、着ると幽霊と同じになるんだよね。
本当に普通の人から見えなくなってるのかな。



「あんた、さっきから何やってんの?」

「え」



はた、と声のする方を見ると、女学生霊が呆れた様子でこちらを見ていた。
い、今の見られてたかな?見られて…た、よね。あははと軽く笑って、私は霊の隣に座った。きっとこの人があのおばあさんのお孫さん。




「さっきの男の子もそうだけど、あんたもあたしが視えるなんて変な奴らねー」

「えーと…あの、あなたのお名前はなんていうんですか?」

「あたし?あたしはヨーコ」

「ヨーコさん…」

「ああ、あんた達あたしの探し物が何か聞きに来たんだっけ?」

「…とりあえずそういうことにしといて下さい」

「結構いい加減なのねー」




ヨーコさんはくすくす笑う。
六道くんから何も指示されなかったから、何をどうしたらいいかなんて分からないけど、ヨーコさんの話を聞こうと思った。
さっきの辛そうな表情からして、きっと大切なものを失くしたんだろうな。



「あ、あの。ヨーコさんは何を探しているんですか?」

「え…」

「その、言いたくないならいいんですけど。もし良ければ探すお手伝いしたいなーって思って」

「…変な子ねー、あたしなんかに構ってくる人なんてあんたが初めてよ。まあいいわ。どうせ見つからないと思うし」

「でも、失くしたのは大切にしていたものじゃないんですか?」

「そりゃあ…。でも見つからないんだから仕方ないじゃない。あんなハンカチーフに縋ってるなんてあたしも子供よね」

「ハンカチーフ?」



それがヨーコさんの未練。
仕方ない、って言ってるけど、さっきからずっと辺りをキョロキョロしてる。そういえば、ミソラさんの時も同じようなことがあったよね。
あの時はミソラさんの失くした差し歯を六道くんが買ってあげてた。
でも、今回はそう上手くはいかないんだろうな。代わりのものじゃいけない気がする。




「おばあちゃんが…あたしの名前を刺繍して、いつもそれにおにぎりを包んでくれてたの」

「あ…」

「いつも持ってたのに、あの日、どこを探しても見つからなくて…。ブランコから落ちてそのまま……」

「だから‥ずっと公園にいたんですね」

「そーゆーこと。あーあ、こんな話するの、あんたが初めてよ」




聞いてくれてありがと。ヨーコさんはそう言ってくしゃっと笑った。何十年も前のハンカチなんて、見つかる可能性はとても低い。
どうしたらヨーコさんは成仏できるかな。
自分の服装を見て、ハッとした。黄泉の羽織があるじゃん。ヨーコさんをあのおばあさんの所に連れて行ってあげよう。




「あの、ヨーコさん。おばあさんはどうしているか知ってますか?」

「え?…知らないわよ。両親は何も教えてくれなかったから。唯一信じられるのはおばあちゃんだけだったけど、今はもういないでしょ」

「ヨーコさん、私と一緒に来てくれませんか?」

「何言ってんのよ。あたしはこの公園から出られないの」

「えっと、この羽織を裏返して着てみて下さい」

「は…?」




裏返した羽織を着たヨーコさんは実体化。突然の出来事に驚いたのか、ヨーコさんは目を丸くして私を見た。私は手を引いて、あの歩道橋へ向かう。
その上には六道くんが立っていて、おばあさんの霊も一緒だった。



「ようやく来たか、真宮桜」

「え?どういうこと?」

「すぐ分かる」



六道くんは私の頭にぽんと手を置いて、何かを取り出した。それは古ぼけたハンカチで。おばあさんは六道くんからそれを受け取って頷いた。
急いで視線をヨーコさんに戻すと、おばあさんを見て涙を流していた。




「ヨーコちゃん、どこに行ってたの?探したのよ」

「なんで…おばあちゃ…」

「おにぎり、渡し忘れちゃってごめんなさいね。早く届けようと思っていたのだけど、とても遅くなっちゃったわ」

「ずっと、あたしを探してたの…?」

「ええ。私に出来ることなんてそれくらいだもの」

「…っ、おばあちゃん…!!」

「はい、ヨーコちゃん。おばあちゃん特製のおにぎりよ」

「っく、…っ…あ、あり、がと……!」




ヨーコさんとおばあさんの身体がだんだんと透けていく。おばあさんは私と六道くんに向かって一礼し、ヨーコさんは涙目ながらも笑っていた。
すうっと2人の影が消えて、黄泉の羽織がふわりと落ちた。成仏したんだ…良かった……。




「あのばあさん、孫におにぎりを届ける途中で事故に遭ったらしい。そのため霊になってから通行人に助けを求めていたそうだ」

「へー…。良かったね、無事に2人とも成仏出来て。あ、そういえばあのハンカチってどうしたの?」

「ああ…ばあさんが持ってた」

「そーだったんだ…。じゃあ今回はお金かからなくて儲かったねー」

「いや、予想外に金はかかったな」

「え?何か買ったの?」

「まあ、な」



「りんね様ー!桜さまーっ!」




六道くんと歩道橋を降りながら、そんな会話をしていると、六文ちゃんが霊道を抜けて私に向かって走って来た。
六文ちゃんの手には何かが入った紙袋。手を伸ばして六文ちゃんを抱っこすると、袋が温かいのが分かった。六道くんはふ、とため息をついて紙袋を六文ちゃんから取り上げる。




「ご苦労だったな、六文」

「これくらいお安いご用ですっ!ぼくも食べたかったし」

「六文ちゃん、何買ってきたの?」

「へへ、桜さまの風邪が悪化しないようにって、りんね様が。それでぼく、あったかくって美味しいものを買って来たんですよー」

「余計な事言うな六文。…ほら、真宮桜」

「へ?」




六道くんから渡されたのはあったかい焼き芋。歩きながらじゃなんだから、とさっきの公園のベンチに3人で腰掛けた。
六道くん、私、そして私の膝の上に六文ちゃん。なんだかこうしていることにすっかり慣れてしまったような気がする。冷たい秋風も、あったかい焼き芋と、膝の上にいる六文ちゃんのおかげでとても温かい。
せっかくお金使わずに済んだのに、気を遣わせちゃったみたいで悪かったかな…。




「桜さま、具合は大丈夫ですか?」

「あ、うん。六文ちゃんと六道くんのおかげであったまったよ。ありがと」

「それなら良かったです!ね、りんね様っ」

「別に。…いつもの弁当の礼だ」


「またりんね様ってばそんなこと言ってー、桜さまにあの霊の説得してもらったからでしょ?りんね様じゃ取り合ってもらえなさそうだったし…」

「……」

「やっぱり桜さまがいてくれると助かりますね、りんね様!」

「お前がもっとしっかりしていればいい話だと思うがな」

「え。いやー、それはあの、ほらっ」




いつものように口喧嘩する六道くんと六文ちゃん。
その様子を眺めながら思うのは、こんな私でも役に立てたんだって、実感する度に嬉しくなること。六道くんに出逢ってから、六文ちゃんにも出逢って。色んな幽霊を見て、成仏する手伝いをして。
お金がかかるのは大変だけど、やりがいのある仕事だなって今は思える。



「あの…六道くん、六文ちゃん」



おばあさんの霊が言ってたこと、私もすごくよく分かる。
無力に等しい人間で、大した特技もない私だけど、私だから出来ることだってきっとあるから。




「どうした、真宮桜」
「桜さま?」


「私に出来ることなんて少ししかないかもしれないけど…、また、お手伝いさせてね」



2人に向かって微笑んだ。
今出来ること、考えられる精一杯の、心からの私の気持ち。
ヨーコさんの笑った顔が思い出された。




「とーぜんですよ桜さま!ぼく大歓迎です!」

「ほんと?六文ちゃん」

「はい!りんね様もですよねっ」

「六道くん、も…?」


「え…。まあ、六文だけじゃ役不足だからな」

「ぼくが役立たずみたいじゃないですか!ちょっとりんね様ー!!?」




六道くんと六文ちゃんのやりとりはいつも見ていて面白いから飽きることがない。
そしてここに私がいることを許されているのがとても嬉しい。これからもみんなで頑張りたいな。







end
翼くんが転校してくる前辺りの話ということで…。
無駄に長くてすみません;

虹色コントラスト(あ+か)


あたしは強い。
男なんかに負けない。
もっと鍛えて、あたしはもっと強くなるの。

あの頃のあたしは、そう考えるのにいっぱいいっぱいで、その先にどうしたいのか考える余裕が無かった。東風先生のことだって、叶うはずのない気持ちをずるずると引きずってたし。
雨の日だからなのか、ぼんやり縁側に座ったまま、そんな事を考えた。




「あかねちゃん、縁側にいたら雨に濡れてしまうわよ」

「…ねえ、かすみおねーちゃん?」

「なあに?」

「おねーちゃんは…東風先生のこと、好き?」

「そうねぇ…、面白い方だと思うわ」

「あのね、あたし、昔東風先生が好きだったんだ」




そう、"好きだった"。
初めての恋は叶う望みなんて無くて、分かりきっていても踏ん切りがつかないままずるずる引きずって、あたしは高校生になった。
きっと、乱馬に出会ってからなんだ。ちゃんと諦めなきゃって強く思ったの。




「あかねは昔から、東風先生が大好きだったものね」

「うん。でも…でもね、今は違うの」

「ふふ、そうね」

「うん」




今は違う。
なんであんな奴を好きになったんだろうって思った事は何度もあるし、きっとこれからも何度も思うんだろう。それがあたしの在り方。
苦しいだけだった恋を、かすみおねーちゃんに打ち明ける日がくるなんてね。




「そういえば乱馬くん、今日は東風先生の所に行ったって?」

「みたいね。東風先生に稽古つけてもらうんだって張り切ってたわ」

「まあ…。東風先生って乱馬くんより強いのかしら」

「強いよ」

「え?」

「すごく、強いのよ。東風先生」

「へえ…。あかねちゃんは何でも知ってるのね。羨ましいわ」




かすみおねーちゃんはそう言って笑った。どこか寂しそうな笑顔に胸が痛む。
さあああ…外の雨は未だ止まない。池に広がる沢山の波紋。
羨ましい、なんて。あの頃のあたしはかすみおねーちゃんが羨ましくてしかたなかったのに。東風先生に想われているかすみおねーちゃんになりたいって思う事だってあるくらい。
でも、今は普段の東風先生の事を知らないのは勿体ないよって、かすみおねーちゃんに見せてあげたいって、心の底から強く思う。




「おねーちゃん」

「どうしたの、あかね」

「今から東風先生見に行こう!」

「え?でも、診療や乱馬くんとのお稽古の邪魔になるんじゃ…」

「大丈夫。陰から見るだけだもん。かすみおねーちゃんも知った方が絶対いい!」

「ちょっ…」




傘を持っておねーちゃんの手を引いて、あたしは家を出た。
始めは驚いてぽかーんとしてたかすみおねーちゃんだけど、小野接骨院へ近付いていくにつれて少し不安そうな表情になる。
もしかしたら今までもこんな表情をしてたのかな。幼いあたしじゃ分からなかった、無意識なかすみおねーちゃんの緊張した表情。のほほんとした気配すらなくて、あたしの視線に気付いたおねーちゃんは無理に笑顔を作っているように見えた。




「乱馬くーん、そこの掃除が終わったらこれを向こうに運んでね」

「なっ、オイ東風先生!いつになったら稽古つけてくれんだよ!?」

「今はまだ診療時間だからね。それが終わったら一緒にトレーニングしようか」

「オレはトレーニングじゃなくて手合わせがしてえんだよ!」

「まあまあ、そう慌てないで。あ、いらっしゃい田中のおばあちゃん。今日はどうしたの?」


「東風せんせー…。ったく、何でオレがこんなことせにゃならんのだ」




乱馬はぶつぶつ言いながら雑巾を絞っている。
東風先生はいつも通りに診療を始めていて。あたしは横目でちらっとかすみおねーちゃんを見ると、おねーちゃんは驚いたように一瞬目を丸くしてから、穏やかに笑った。
固い笑顔じゃなく、本当に安心した笑顔。




「…東風先生、毎日あんな風に診察してるんだよ」

「あんな先生初めて見たけど…、いい人よね。いつもはとても面白いのに」

「はは、かすみおねーちゃんの前だと緊張しちゃうんだよ」

「緊張?」

「だって東風先生はね、かすみおねーちゃんが───…」




びっくりした。かすみおねーちゃんにでも、東風先生にでもなく、あたし自身に。
すんなり『東風先生はかすみおねーちゃんが好きなんだよ』って言い切れてしまう自分がいたことに本当にびっくりした。
あんなに執着していた恋なのに、そこに辛さも悲しみもなかったから。




「あかね…?」

「や、やっぱり秘密!いつか東風先生の口から聞いてね」

「まあ。教えてくれてもいいんじゃないの?」

「だーって、勝手に言ったら怒られちゃいそうだもんっ」




ゆっくり明るくなっていく空。
傘を閉じて空を見上げると七色の虹が綺麗にアーチを描いている。
あたしはまたかすみおねーちゃんの手を引いて、再び家へと歩き出す。




「あかねちゃん、先生にご挨拶しなくていいの?」

「いいのよ。乱馬と東風先生が驚いちゃうと思うし、早く帰って溜まってる洗濯物干さなきゃいけないでしょ?」

「あ、そうね。涼しくなってきたからお日様の出てるうちに干さないと乾かないもの」

「そうそう。だから帰ろ、かすみおねーちゃん」

「ええ」




思えばかすみおねーちゃんと一緒に小野医院からの道を歩くのは久しぶりだ。
あたしが小学生の頃なんて毎日通ってたのにね。
…あたしが東風先生に恋しなければ、勝手に一方通行に、かすみおねーちゃんとぎくしゃくすることもなかったんだろうなぁ。なんて、今更思ってしまうけど。
幼いあたしの初恋とはもうサヨナラしたから。だから、今あたしは笑顔でいられる。
かすみおねーちゃんも、東風先生も大好きなままでいられる。
悔しいけど、乱馬がうちに来てくれてから、やっと心に余裕が出来たような気がするんだ。




「おとーさん達、まだ居間で囲碁やってるのかな」

「今日は将棋をやるって言ってたわよ」

「あ…そう」


「‥‥あの、あかねちゃん。今日はありがとう」

「え?」

「東風先生のお仕事してる時の姿、あかねちゃんのおかげで初めて見れたもの」

「おねーちゃん…」




あたしにとってかすみおねーちゃんはお姉ちゃんでお母さんで、一番の憧れ。
姉妹でも、似てる所ばかりじゃなくて違う所も沢山ある。もちろんなびきおねーちゃんとだってそれは同じ。
今は心から、東風先生の恋を応援出来るよ。




「ねぇ、あかね。虹が綺麗よ」

「うん。そうだね、すっごく綺麗!」

「ああやって一色一色がそれぞれ輝いて見えると、なんだか元気が出てくるようね」

「かすみおねーちゃん…」




今、何を考えているんだろう?ぼんやり遠く虹を眺めるおねーちゃんは嬉しそうにも見える。
やっぱり、かすみおねーちゃんも東風先生が好きなんだな…って思った。傘から滴る雫が、足元を濡らす。何故か、乱馬に会いたくなった。
いつの間にか一番に浮かぶ顔が東風先生じゃなく乱馬になっていたことに思わず苦笑する。こんなに好きになってしまうなんて、こんなに心を支配されるなんて、初めてよ。




「そうだ。このまま商店街に行きましょ」

「え。かすみおねーちゃん、お財布持って来たの?」

「いつもポケットに入れているのよ。置き忘れたりしたら困るから。あかねは今夜何が食べたい?」

「そーだなぁ…唐揚げとか食べたいかな」

「じゃあ鶏肉は必ず買わないといけないわね」

「かすみおねーちゃん。あの…えっと、今夜久しぶりに東風先生もうちに呼んだらどうかな?」

「東風先生?そうね。乱馬くんやあかねがいつもお世話になっているし…。そうと決まれば沢山作らないといけないわね」




帰ったらお電話しなきゃ。
笑顔でそう言ったかすみおねーちゃんは本当に嬉しそう。楽しそう。
かすみおねーちゃんを連れて"普段"の東風先生を見せてあげられたことに、あたしは後悔なんてしてない。そんな気持ちは遥か遠くに置いてきてしまったから。


空に映える七つの光。
ゆっくりゆっくり時間をかけて、青空に溶けるように消えていった。






end

throbbing(りん桜)※41〜43号ネタバレ含


なんでかな。
六道くんの淡々とした表情や態度を見てたら急に寂しくなった。
『興味がない』って言葉は私にもわからなくないけど、心のどこかでは違う言葉が欲しかったのかもしれない。
でも、翼くんが来てからかな。なんだか六道くんに避けられてるような気がする。あのメガネくんの未練がミホちゃんだって言ってくれたら、手伝ったのに…。なんでかなぁ?



「なんで…だろ」



心がもやもやする。
ミホちゃんとあのメガネくんは気になるけど…今日はあんまり乗り気になれない。でも六道くんがいない分、私が翼くんを見張らなきゃいけないもんね。
自分の部屋の鏡の前で帽子をかぶって、私は待ち合わせ場所に向かった。
そこにリカちゃんが連れて来たのが六道くんで、びっくりしたけど。……本当は、少しホッとした。

遊園地で遊ぶのはすごく楽しくて、メガネくんもとい臼井くんもミホちゃんと一緒に過ごせて嬉しそうだった。
六道くんがクレーンゲーム得意っていうのも驚いたな。結構おっきなイルカのぬいぐるみも取ってもらっちゃったし。避けられてるって感じたのは、やっぱり気のせいだよね。
テラスでリカちゃんとミホちゃんと一緒に休憩しながら思った。




「でもさー、十文字くんって六道くんに対してすごくライバル心燃やしてるよね…」

「うん。六道くんも桜ちゃんのこと好きみたいだし、これは桜ちゃんのモテ期到来だね」


「えー……(なんでまたそういう話になるかなぁ)」


「三角関係だよ、絶対!いいなあ桜ちゃん。ミホちゃんもいつの間にか彼氏いるみたいだし…」

「え、臼井くんは彼氏じゃないよっ。友達。でも、いい人だなーって思った」




ミホちゃんはそう言って笑った。良かったね、臼井くん。後でこっそり教えてあげなくちゃ。翼くんも今のところ臼井くんを浄霊しようとする気配はないし、このまま無事に成仏出来るといいな。
赤字になってまで幽霊の気持ちを大切にする六道くんの努力、報われて欲しい。




「…ねぇミホちゃん、リカちゃん。みんなで観覧車にでも乗らない?」

「あ、いいね!今の時間帯なら観覧車から花火が観れるかもっ」

「えーっ、ミホちゃん本当?楽しみだね桜ちゃん!」

「うん。六道くん達にも声かけてみよっか」

「そーだね」

「あー待って待って2人ともー!今アイス食べちゃうからっ」




ミホちゃんが3人に声をかける。六道くんと翼くん、何を話してるのかは知らないけど、私はリカちゃんとミホちゃん、そして臼井くんと4人で観覧車に乗った。
高いところから観た景色はとても綺麗だけど、ちょっぴり淋しく感じられて。
花火の音と一緒に、笑顔で消える臼井くんを見送った。…無事に成仏出来たんだね。悪霊化もしなかったし、何事もなくて本当に良かった。




「中学の時、出会えてたら良かったな」

「え?」

「あ、ホラ、私同じ中学だったのに接点とか無かったから。もし出会えてたら、もっと色んな所に遊びに行けたなって思って」

「ミホちゃん…」

「幽霊だったとしても、友達になれてよかったよ。今日は一緒に来てくれてありがと、桜ちゃん、リカちゃん」

「ううん、私も楽しかったもん。またみんなで遊園地に来たいね!あ、その時はまた六道くんと十文字くんも一緒の方が面白そー」


「いや、リカちゃんそれは…」




翼くんはともかく、六道くんには死活問題だと思う…。ただでさえ、今日も財布とにらめっこしてやりくりしてたようだし。
帰り道。ちらりと見た六道くんは、やっぱり財布をじっと見てる。二倍のデート金額、結構したんだろうな。あの雲外鏡くらい?
ぱっ、と視線を感じて気が付けば翼くんと目が合った。




「真宮さんっ」

「翼くん」

「今日はすごく楽しかった。…アイツがいなけりゃもっと良かったけど」

「私も楽しかったよ。みんなで遊ぶのって楽しいよね」

「桜ちゃーん、早く早くー」

「はーい」




リカちゃんの呼ぶ声に、私は前を歩く3人の所へ急いだ。手にはもちろん六道くんが取ってくれたぬいぐるみを持って。




「…うん。俺、友達と遊園地に来るの初めてだったし、真宮さんと来れたからすごく楽しかっ─…あれ?」



「ばいばい十文字くーん。おごってくれてありがとー」
「それじゃあまた学校でね」
「翼くん、またねー」
「じゃーな」

「え、ちょ待っ…!?」




翼くんと別れてから、リカちゃんの家に行って、ミホちゃんの家へ。さり気なく六道くん、私達を送ってくれてる。意識してるのか、無意識なのか、わからないけど。
暗い夜道、2人並んで歩きながら話すのは今日1日の出来事。




「臼井くん、ちゃんと成仏出来たみたいだね」

「かなりの赤字だったがな」

「でも、遊園地は楽しかったでしょ?」

「…それは、まあ‥」

「リカちゃんがまたみんなで遊園地に行きたいって言ってた」

「げ。あの女…遊ぶ金には糸目をつけないのか」

「そんな言い方しなくても…」

「クレーンゲームの時も思ったがあんなに金をムダ使いするなんて許せん…!!」

「あはは、でも六道くんは元取ったと思うよ?あんなに沢山取っちゃうなんてすごいなー」

「……」

「?」




よくわかんないけど、六道くんは急に黙り込んでしまった。何て話を続けるべきか思い付かなくて、私も言葉を噤む。
……そういえば、霊道を使わずに家まで送ってもらうの、初めてかもしれない。
歩きながら、また六道くんをちらっと見上げてみる。



「……、なんだ」

「あ、いや。そのー…」



ぬいぐるみ取ってくれてありがと、は言ったし。楽しかった、も言ったよね。
ええと、何て言おう。
ぐるぐると頭の中で言葉を探していると、いつの間にか自分の家に着いてしまった。




「着いたぞ、真宮桜」

「あ…」

「どうかしたのか?」

「う、ううん!あの、わざわざ送ってくれてありがとう」

「…いつものことだろ。今更気にするな」

「でも、今日は霊道使わずに家まで送ってくれたし…」

「は?」

「な、なんでもないっ!じゃあまたね、六道くん」

「ああ」




六道くんは黄泉の羽織をふわりと着て、どこからともなく現れた霊道の中へ消えて行った。きょろきょろ周囲を見渡しても、人影はもうどこにもない。
やっぱり、わざわざ歩いて送ってくれるなんて珍しいよね?
家に入り、自分の部屋に向かいながら、イルカのぬいぐるみに向かってちょっと小首を傾げてみる。
あれ、なんかこのぬいぐるみ、よく見ると…。



「桜ー、お風呂沸いてるから入っちゃいなさい」

「わかったー」



お母さんの呼ぶ声に返事をして、私はまた部屋を出た。
お風呂に入って部屋に戻ってくると、部屋の中は真っ暗。電気を点ければイルカのぬいぐるみと遊園地で買ったお土産がベッドの上に散乱しているのが目に入る。
とりあえずお土産を片付けて、早く寝よう。そう思って片付けをしているうちに、イルカの置き場が見つからないことに気付いた。



「うーん…ぬいぐるみだし、枕元に置いておこうかな。ね」



当然、ぬいぐるみが喋るはずはないんだけど。
今日は楽しかったし、臼井くんも嬉しそうだったし、いい1日だったな。



「やっぱりこのイルカ…よく見るとかわいくないな。まーいーけど」



せっかく六道くんが取ってくれたんだもんね。
ベッドに潜って、イルカのぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。なんだか今夜はいい夢が見れそうな気がする。

…おやすみなさい。
今日はほんとにありがと、六道くん。





end

Happiness(乱あ+良)

※良牙視点(数年後設定です)



『俺は、あなたの幸せを祈っています』


いくら見栄を張っても、苦しいことには変わりない。それだけ、俺はあなたが好きでした。
好きという気持ちも、変身体質ということも言えないままだったけれど、あなたを好きでいれたこと、それはすごく幸せなことだと思います。俺に人を好きになるということを教えてくれたのはあかねさん、あなたなんです。




「なーにアホ面してんでえ」

「……乱馬か」

「まだ、怒ってんのかよ。その…オレ達が祝言挙げたこと」

「今更だな。むしろ遅いくらいだろ」

「…だよなあ、やっぱ。オレも思ったんだけど、祝言挙げたところで別に大きく変わることなんてあんまねぇだろ?結構長いこと一緒に住んでんだから」




それはお前とあかねさんが許婚だから許されていた事じゃないのか?
ずっとずっと疑問に思っていた事も、今では当たり前で。結婚とか、就職とか、どんな奴も当然社会に出て行くワケで。急に遠い存在になってしまったような気になる。乱馬やあかねさんも、また。
それが悲しいというよりは、寂しい、という表現の方が合っていると思う。



「というか…、何故お前がここにいるんだ」

「それはオレが聞きたいっつの。この方向音痴」



乱馬は下、下と指を指す。見慣れた屋根に、見慣れた庭、そして池。……知らず知らずのうちに、俺は天道家に辿り着いていたようだ。
こんな時ばかり、ちゃんと目的地に辿り着いてしまう自分が恨めしい。
いつものリュックの中には、いつものあかねさんへのお土産が入っている。初めて会った時からずっと、"友達"としか思われなかったけれど、優しさに触れる度、あかねさんの気持ちが分かる度、どうにもならない自分の恋に嫌気が差していた。
それでも好きだったのは、きっと俺が好きになったのが"乱馬を好きなあかねさん"だったからなのだろう。




「…なあ乱馬」

「ん?」

「あかねさん、元気か?」

「……人に聞かねえで会ってきゃいーだろ。久しぶりに顔出してけよ。あかねも喜ぶと思うし。つーか何遠慮してんだ?」

「わ、悪かったな!」




乱馬の余裕っぷりが鼻につく。相変わらず無意識な独占欲の強い奴だ。
でも、コイツも幸せなんだろうな。昔からこういう奴だと分かっているけど、乱馬も自分も大人になったのだとしみじみ思った。




「乱馬ー、誰かそこにいたのー?」


「!」




家の中から聞こえた声。今でもまだ声を耳にするだけでドキドキと緊張してしまう。多分、これは一生治らないんじゃないだろうか。
あかねさんが、いる。
そう思っただけで、きつく胸が締め付けられた。




「おう、良牙がいたぞー」

「えっ、良牙くん!?ほんとに?」

「あー待て待て待てっ、今連れてくからお前は動くな。いいな!」

「別に平気だってのに…過保護なんだから、まったく」




呆れたようなあかねさんの声。少し焦ったような乱馬の様子。
この間会った時より、何かが変わっていると、ふと俺は確信してしまった。怒りも悲しみも苦しみもなく、ただ理解して最初に感じた気持ちは、安堵。




「…乱馬、もしかしてあかねさん……?」

「い‥いずれ分かることだから言うけど、今だいたい4ヶ月なんだよ」

「子ども、が…?」

「まあ‥な」




照れくさそうに乱馬は笑った。ああ、コイツも親になるのか。すごく不思議な感覚だ。
昔の俺だったら、もしこんな事が起こったら間違いなく暴走してたに違いない。けど、今は違う。ただ、良かったなと、おめでとうと、素直な気持ちでいれる。




「そうか…」

「ほら、行くぞ良牙。今日は丁度かすみさんやなびきも揃ってっからさ」

「え?ちょ、待て、引っ張るな乱馬!!おいっ───」




どべしゃっ
もの凄い音を立てて、俺は屋根から庭に落ちた。
その後にスタッと乱馬が降りてきた音がしたが、体中のあまりの痛みに俺はぴくぴくと動けずにいた。




「良牙くん!!大丈夫?もう乱馬ったら!危ないから気をつけなさいよねっ」

「悪ぃ良牙、ちょっと勢い付けて引っ張り過ぎた」


「う…、この、馬鹿野郎…っ!悪ぃで済むなら警察はいらねぇんだよ!!」

「そんな怒んなよー、こうして人が頭下げてんだから」

「お前がいつ頭なんぞ下げた!」


「はいはい、2人とも。久しぶりに会ったんだからケンカするのやめてよね」




ぴたりと動きが止まる。久しぶりに見たあかねさんは、また綺麗になったんじゃなかろうか。会えたことが単純に嬉しかった。
今更だろう?
安堵してるのは、やっと乱馬とあかねさんが祝言を挙げたから。あかねさんが幸せそうだからだ。




「…お久しぶりです、あかねさん」

「うん。久しぶり、良牙くん」

「あ、ご懐妊おめでとうございます」

「え?あ‥乱馬から聞いたのね」

「何だよ、言っちゃマズい事でもあんのか?」

「だって…言うなら自分で言いたかったんだもん」




変わってないようで、やっぱり変わってる。好きが苦しいだけだったのに、今は嬉しい。この人を好きになって良かった。
恋が叶うなんて淡い期待も思い出になったけど、大切な記憶。
乱馬とあかねさん。そしてこれから生まれてくるもう1人。幸せそうな笑顔が見れて、俺も思わず微笑んだ。




「そうだ、あかねさん」

「なに?」

「これ、お土産です。みんなで召し上がって下さい」

「わあっ、梨が沢山!ありがとうっ。早速かすみおねーちゃんに剥いてもらうね」

「あかね、オレが台所に持ってくよ」

「ありがと乱馬」


「…あの、」

「どうかした?」

「あかねさんは、‥幸せになれましたか?」




あの祝言の日。
俺があかねさんに言った言葉。悔しさと悲しさと祝う気持ちがごちゃ混ぜだった俺が、あの時唯一祈ったこと。
あかねさんは一瞬きょとんとして、またにっこり笑った。



「良牙くんが祈ってくれたんだもの。当然よ」



泣きたく、なった。
その笑顔に何度助けられたか、今になって思い出されて。出逢えて良かった。本当に。後悔なんて絶対しない。
俺は精一杯、笑った。




「祈ったかいがありましたね」

「ふふ、そうね。ありがとう」

「今度は無事に生まれてくるよう、祈っておきますよ」

「本当?じゃああたしは良牙くんの幸せを祈るわ」

「え…?」

「あかりさんのこと、大切にしてあげてね」




俺の気持ちなんてつゆ知らず、あかねさんは言う。でも今日は清々しい。やっと吹っ切れたんだと自覚できた気がする。
交わした握手は、とても温かくて。
開けた縁側の向こうにある居間には、天道・早乙女一家が勢揃いだ。




「あかねー、良牙くーん、いつまでそこにいんのよ。早く上がって来なさい」

「いやあ良牙くん、久しぶりだねぇ」

「良牙くんが持って来てくれた梨、今出しますね」

「はいはい、お茶がはいりましたよー。あかねちゃん、それから良牙くん、こっち来て座んなさいな」

「かあさんや、わしは酒が欲しいのだが」

「だめです。昼間っからお酒なんていけませんよ」

「そーだぜオヤジ。梨食って大人しくしてろ」




─家族って、こんなにキラキラしたものだったっけ。
家族となかなか会うことの出来ない俺にとって、ここは憧れの象徴だ。それは今も同じで、眩しいくらいに、憧れる。
なんだか無性にあかりちゃんに会いたくなった。




「行きましょ、良牙くん」

「はい」




大人は自由で、窮屈で、子供の頃を懐かしむけど、やっぱり根本は変わらない。見栄なんて、もう張ってられないだろ?
あかねさんが俺の幸せを祈ってくれるなら、俺は絶対幸せになれる。いや、絶対になる。
だからそれまで、もうひと頑張りだ。



「乱馬、あかねさん」

「どーした?」
「なあに?」


「おめでとう」




俺も、自分の幸せを掴みに行くよ。





end!
ひっそりなをさまへ、一周年祝いに捧げます(*^^*)
こここんなもので良ければ貰ってやって下さい…!!!←
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