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Karmic relationS(りん桜)


これと、それと、そーだあれも持って行こう。
あれこれ考えるうちにぱんぱんになってしまった鞄を持って、私は六道くんのいるクラブ棟の階段を上がる。
すると突然、ドアの開く音がした。




「りんね様のっ、ばかー!!」



「わ、六文ちゃん!?」

「さくら、さま…、っ」

「え、六文ちゃんどこ行くのっ!?」




六文ちゃんは私の顔見て、またすぐどこかへ行ってしまった。
一体何が…?
状況がつかめないまま、私は六道くんの住んでいる部屋の戸をノックする。ガチャ、とドアを開けた六道くんはちょっと疲れた顔をしてた。




「……あの」

「…何しに来た」

「おすそ分け、持ってきたんだけど……。その、六文ちゃんとケンカでもした?」

「あー…」

「私で良ければ、話聞くよ?」

「…まあ、入れば」

「あ、うん」




相変わらず寒い部屋。
また風邪ひいたら大変だなぁ。でも部屋の中に私がクリスマスにあげた六文ちゃんのブランケットが置いてあることと、六道くんが首に巻いているマフラーを見て嬉しくなった。
とりあえず荷物を置いて畳の上に座ると、隣りに座った六道くんは重く溜め息を吐いた。




「……六文が」

「うん」

「気を遣ってくれてるのはわかるんだが…」

「?」

「何でもかんでも言ってくるのが、少し鬱陶しくなった」

「…そっ、か」




六文ちゃんはよく気の付くいい子だなって思う。六道くんの役に立とうと一生懸命で、そんな姿勢が羨ましかったりする。
魂子さんからお目付役を任されているのか、六文ちゃんの働きの良さは目に見えてわかる。でも、まだ見た目は子供。きっと心も。そのせいか、六道くんに追い付きたくて必死なんじゃないかな。
私から見てて、2人が年の離れた兄弟みたいに見えることもあるし。




「六文ちゃんは、六道くんが大好きなんだよ」

「…あいつが好きなのはお前もだろ」

「そうかな?そうだったら‥嬉しいなぁ」

「え」

「ん?あれ、家族愛的な意味でしょ?」

「…ああ」




慕ってくれる六文ちゃんといると、弟が出来たみたいで嬉しい。
六道くんとは…家族とはちょっと違う感じ。よく分からないけど。友達になれただけで、実際すごいことだと思うんだよね。
不思議だなぁ。
ついこの間まで、足手まといみたいな言い方されてたのに、今は何も言わず、私がここにいることを許してくれてる。




「ねぇ六道くん、六文ちゃんてミカン好きかな?」

「何でも食うだろ」

「そっか。はい、じゃあこれは六道くんに」

「…どーも」

「ミカン食べたらさ、一緒に六文ちゃんを迎えに行こう?ねっ」




六道くんは手に持ったミカンを見つめたまま、こくんと頷いた。
ミカンは思っていたよりとても甘くて、これでコタツがあったら最高だな、と思う。でも、なんかこういうのもいいな。
少し空腹感から解放されて元気が出たのか、六道くんはぐっと伸びをした。




「さて、…行くか」

「六文ちゃんがどこに行ったか、心当たりあるの?」

「多少はな」

「どこ?」

「寒さを凌げて、かつ食いもんが手に入る所」

「ふーん…?どこだろ……」

「保健室」

「あ…そっか!サトウ先生、よく六文ちゃんに食べ物あげてるし、保健室なら暖かいもんね。さすが六道くん!」

「大したことないだろ、それくらい」




そんなことないよ。
六文ちゃんが頑張ってること、六道くんはちゃんと認めてあげてる。たまに意見が合わなくても、それだってきっと一緒にやっていくには必要なことじゃないかな。
六道くんが六文ちゃんに対して罪悪感があるなら、六文ちゃんだって六道くんに対して同じ気持ちを抱いてるはず。男の子っていいよね、そうやって絆を深めていくんだ。
女の子同士じゃなかなか出来ないことだから、なんだか羨ましい。
校内には警備員さんと、数人の先生しかいなかった。年末だから当たり前か。保健室の前に来ると、サトウ先生の声と猫の鳴き声が聞こえてきた。すごい六道くん、本当に当たった。




「失礼します」

「し、失礼しまーす…。こんにちは、サトウ先生」


「あら真宮さん。それにあなたは‥真宮さんと同じ4組の六道りんね君ね。どうしたの、こんな時期に」

「あ、あの‥その、黒猫を探してて……」

「黒猫?ってこの子かしら」

「あ、六文ちゃん!」




みー、
一鳴きして、六文ちゃんはサトウ先生の後ろに隠れた。…六道くんのこと、まだ怒ってるのかな?




「六文ちゃん…」


「ホラホラ、何隠れてるの。お迎えが来たわよ。はい真宮さん」

「あ、すみません」

「いいのよ。私も仕事納めで休憩していた所だから。楽しかったわ」

「ありがとうございます、サトウ先生」




六文ちゃんは私の手の上で俯いたままじっとしていた。六道くんの方は見ずに、身体を丸める。
保健室を出て廊下を歩くと、足音がこだまする。私が何か言っても意味ない気がするから、隣を歩く六道くんをそっと見上げた。
六道くんは溜め息を一つして、六文ちゃんの首根っこを掴む。




「ちょっと、六道くん!?」


「…六文」

「……」

「さっきは言い過ぎた。…すまん」

「……」

「六道くん…」




正直、びっくりした。六道くんが誰かに素直に謝るところ、初めて見た気がする。
でも、優しい彼らしい。"まっすぐ"だもんね、六道くんは。だまし神のお父さんと戦った時だって一生懸命だったし。同じ高校1年生なのに、一人暮らしで貧乏で、大変でも頑張る六道くんはすごく偉いよ。
六文ちゃんは床にすたっと下りると、人型に変化して私と六道くんを見上げた。




「…ぼくも、おせっかいが過ぎたかもしれません……。ごめんなさい、りんね様」

「ああ」


「良かった。これで仲直りだね、2人とも!」

「桜さまぁ〜…」

「どうしたの?」

「ぼく、ぼくっ、りんね様に解雇されるのかと思いましたぁ〜!!」

「ええ?」

「何故そうなる」




私はぐしぐしと泣きじゃくる六文ちゃんを抱き上げて、ぽんぽんと背中を叩いた。
六道くんは呆れたような顔をして六文ちゃんのほっぺたをつまんだりしてたけど、もういつも通りの2人だ。なんだかすごくホッとした。
クラブ棟に着く頃、六文ちゃんは泣き疲れたのかすやすやと寝息を立てている。解雇されると思ってよっぽど怖かったのかな?




「悪いな真宮桜。重くないか?」

「ヘーキだよ。それに六文ちゃん温かいから」

「全く、見栄ばっかり張るからな。六文は」

「あはは、六道くんに追い付きたいんだよ」

「…何だそれ」

「役に立てるよう、一生懸命なんだって。六道くんが一生懸命死神のお仕事を頑張ってるのを見てるから、六文ちゃんも影響されてるんじゃないかな」




ガチャリ、と、六道くんが部屋のドアを開けてくれた。
お礼を言って中に入ったはいいけど、どうしようかな…私。六文ちゃんは眠ったまま私の服をギュッと掴んで離さない。腕を少しずらして見た時計の針はまだ昼を過ぎたばかり。




「時間、大丈夫なのか」

「大丈夫。六文ちゃんが起きるまでいるよ」

「…すまん、助かる…」

「………」

「…なんだよ」

「あ、うん、えーっと…何でもない……」




六道くんが本当に安心したような顔をするから、思わず言葉に詰まっちゃった。
そっと肩にかけてくれたブランケットはとても暖かくて、部屋の温度が少し上がったんじゃないかと錯覚させる。まだ吐く息はとても白いのに。




「風邪、ひくなよ」

「ありがと…。あ、六道くん」

「?」

「私が持ってきた鞄の中、色々入ってるから使って」

「色々って…」




使い捨てカイロやミカンにリンゴ、それからビタミン剤とか。あれこれ考えて入れているうちに鞄がぱんぱんになっちゃったけど、家で使わなかったり、沢山あったりするものだから是非とも使って貰えたらいいなと思ったんだ。
文化祭の時に貰ってたカップラーメンだけじゃ栄養も偏っちゃいそうだしね。
驚いたような、感動したような、そんな表情で六道くんは私を見る。
喜んでもらえたみたいで嬉しいな。そう笑顔で言うと、六道くんはぱっと顔を逸らして鞄の中身一つ一つを確認していく。




「……さ…くらしゃま…」

「六文ちゃん?」

「ん〜…」

「…寝言……」




六文ちゃんの夢に、私が出てるのかな?私はくすっと笑って、また六文ちゃんの背中をぽん、ぽん、と優しく叩く。なんだかお母さんにでもなった気分だな。
…じゃあ、お父さんは六道くん?
そこまで考えて、心臓が一際大きく脈打ったのが分かった。んん?何だろ、何今の?え?あれれ?




「…真宮桜、」

「え?」

「顔赤いぞ?まさか熱…」

「だ、大丈夫だよ!大丈夫っ!」

「……なら、無理はするなよ」

「うん」




あー‥驚いた。
何だったんだろ、今の?ちらりと六道くんを見上げると、なんだか胸がきゅっと締め付けられるような気がする。
その気持ちがなんだか切なくて、六文ちゃんを抱きかかえ直してそっと目を閉じた。
部屋の中は北風で窓がガタガタ揺れて、六道くんが動いている気配を感じて、自分の鼓動が聞こえて、ゆっくり意識が遠のいていくのが分かった。
眠っちゃダメって分かっているけど、襲いくる睡魔には、逆らえなかった。




「…真宮桜?もしかして寝た、のか……?」

「……ん…、ろくどーく…」

「はー……無防備にも程があるだろう…」




誰かの大きな手が、優しく私の頭を撫でてくれた夢を見た。
はっとして顔を上げると、六道くんの背中がすぐ近くにある。まだぼーっとする頭で、こてんと彼の背に寄りかかった。




「ま、真宮桜?」

「……」

「……ったく」




…やっぱり六道くんは優しいや。ぽかぽかする温もりに、私はまた目を閉じた。






end

終止符のあとに(桔+犬かご)


夢を視た。
青白い光がたゆたう中に私と、彼女が立っていて。桔梗が消えたあの日を思い出させる。それくらい綺麗な景色。
頭の中で夢だと分かっていても、嬉しい。また、桔梗に会えたってことがすごく。




「桔梗」

「…なんだ、かごめ」

「私ね、あなたとちゃんとお話してみたかったの」




夢だから、今しか会えないんだから、いいでしょう?
そう言えば、桔梗はフッと微笑った。改めて美人だなぁと思い知らされる。私が桔梗の生まれ変わりなんて、未だに信じられないわ。
並んで座って、まずは私が、私の生まれた世界の話をした。ママやじいちゃん、草太のこと。学校の友達のこと。神社のこと。御神木のこと。受験のこととか。戦国時代じゃ体験出来ないことも沢山あるのだと、一生懸命言葉を探して話した。
息切れして、喉が乾くまで喋った。夢なのにね。
その間もずっと、桔梗は所々相槌を打ちながら聞いてくれた。穏やかな空気が流れていた。




「桔梗のこと、私、ずっとずっと憧れてるわ。羨ましい。会えて良かったって思うもの」

「…私が、憎くはないのか?」

「なんか、いつもそればかり聞くわね……」

「そうかもしれないな。私はお前が怖いのかもしれない」

「え?」




桔梗が、私を?
一瞬だけ白霊山での出来事を思い出した。あれは私の作り出した幻覚。でもすごくリアルで、私はすごく苦しくて、悲しくて、必死だった。桔梗に認めてもらいたくて、いっぱいいっぱいだった。
私だって、あんたと同じくらい犬夜叉が好きなのよって。
私だって、あんたと同じく奈落を倒す目標があるのよって。
桔梗の所に行く犬夜叉を見るのはとても辛かったけど、2人を見るのは嫌だったけど、私も桔梗を頼りにしてたから、『行かないで』なんて犬夜叉には言えなかった。




「私は…、私も、お前が羨ましいよ。かごめ」

「桔梗……」

「犬夜叉の側にいたかった…、犬夜叉を癒やしてやりたかった…、もっと、沢山の毎日をあいつと、一緒に過ごしたかった……。私はただの女になりたかったんだ、犬夜叉の前では」

「巫女であることなんて関係ないわ。きっと犬夜叉も、あなたといるときはそんなの気にしてない。犬夜叉が半妖だってことを気にしたりしなかったでしょ?」

「……そうだな」




目を細めて、桔梗は懐かしむような表情をする。
ああ、本当に犬夜叉が好きなんだ。分かっていたことだけど、やっぱりちょっと悔しい。私の知らない彼を知ってるんだ。絶対私が欲しくても手に入れることなんて無理な過去。犬夜叉と、桔梗だけの思い出。逆に私が持っているのは、桔梗が絶対手に入れることの出来ない思い出。
お互い相手が羨ましい。
もともと同じ魂のはずだから、それも不思議な感じがするけどね。それは別としても、私達は似てるのよ。きっと。




「犬夜叉は…桔梗を忘れたりしない。絶対」

「ああ」

「私も…絶対忘れない」

「……強いのだな、かごめは」

「強くなんかないよ…。今だって、夢から醒めることがすごく怖いわ」

「そうか?」

「そうよ」




俯いて手をぎゅっと握りしめた。
もし私じゃなく、犬夜叉がここにいたらなんて桔梗に声を掛けたかな?
強くなんかない。私はいつも誰かに支えられて、勇気をもらって、前に進んでいるから。傍目からはそう見えるのかもしれないけど、私は、本当の私は、すごく臆病だ。




「なら…お前は優しい奴だ」

「え?」

「後を任せて良かったと、心から思うよ」

「で、でも私、まだまだ桔梗には何も適わない。あなたみたいになりたい…」

「お前らしく生きていけばいいじゃないか。私のことなんて気にするな」

「だって、」

「犬夜叉を…頼む。かごめにしかできないことだ。もう私にはその資格がない」

「何言ってるのよ‥桔梗‥‥」

「私の代わりに、とは言わない。犬夜叉には私ではなくお前が必要なんだ」




そんなことない。
そんなこと、ないよ…。
犬夜叉が一番好きなのはずっと桔梗。私はずっと二番目。初めて逢った時から、ずっとよ。
代わりじゃないのは分かっているけど、それでもやっぱり、考えるだけで切なくなる。桔梗が生きていたら、この世界に私は必要なかったんだから。
初めから、私の中のあなたに出逢うこともなかったんだから。




「……っ」

「泣くな、かごめ…」

「私…、犬夜叉が好きよ。でも、桔梗のことも大切なの。女性として、すごく憧れてる。弥勒さまも、珊瑚ちゃんも、七宝ちゃんも、楓ばあちゃんもみんな大好きだから…っ、桔梗を憎んだり出来ないし、代わりにもなれない。でも、私がこの世界に来た意味があるなら……」

「お前は私だ。そして私はお前だ。ちゃんと意味はある」

「…見守ってて、くれる?」

「いつでも」




優しく、桔梗が私の頭を撫でた。もう逢えないのだと、もうこうして話をすることも出来ないのだと、どうしようもなく歯車が回っていく予感がして、視界がぼやける。まばたきする度に、涙が頬を濡らす。
もっと桔梗と話したいこと、沢山あったのに。聞きたいことも沢山あったのに。
その時間は残されていなかった。誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。




『かごめ』


「……犬夜叉…?」




聞いただけで、ホッとする声。とくん、と心が温まっていく。
顔を上げれば星が煌めく。
桔梗も同じように空を見上げていた。私の視線に気付いた彼女は、にこ、と優しい笑みを浮かべる。




「ありがとう」

「ききょ…う?」

「私の分もお前は幸せになって……生きてくれ」

「いっちゃうの?もう…」

「かごめ」

「?」

「私も、お前が嫌いじゃなかったよ」

「なっ…」

「じゃあな」

「!待って桔梗!待ってよ!待っ……」




─空に星が流れた。
懸ける願いは、彼女の幸せと、愛した彼の幸せを。もう1人の自分に、自分を重ねて、祈りを捧げる。
空に伸ばした指先に光の粒が触れて、輝く。
嗚呼、時間が来た。
…かごめ、ありがとう。お前に逢えて良かった。




さよなら

「…き、」




……ふわっ、と。
優しい風が、頬を撫でて吹いていく。一緒に舞った白い花びらがとても綺麗で。悲しいほど綺麗で。
まだ私、お礼言ってないのに、言い逃げなんてずるいわ。
いってしまうなんてずるいわ。犬夜叉に会ってからにすればいいのに、私の所に来て良かったの?
子供みたいに声を上げて泣きたい気持ちを必死に堪えた。
また誰かが、私の名前を呼んでいる…。

『かごめ』、って。






 + + +



「…ごめ、かごめっ!」

「……う…?」

「どうしたんだよ、お前」

「犬夜叉…?」




蝋燭の火が灯る温かな部屋の中。犬夜叉が私の傍らで心配そうな顔をしていた。
身体を起こすと、布団にぱた、と涙の滴が落ちる。




「具合、悪ぃのか?」

「……」

「かごめ?」




そっか。
夢…だった、んだ。分かってたはずだけど、やっぱり悲しい。
桔梗──…。
犬夜叉は何も言えずに黙っている私をそっと抱き締めてくれた。こんな優しさが心地良い。ここはとても安心する。
夢の中で会った桔梗を思い出すと、自分の心臓の音が聴こえた。

『お前は私だ。そして私はお前だ。』

…そうだね、私は桔梗。桔梗は私。あなたは私の中で生きてる。




「…犬夜叉…、私ね、夢の中で桔梗に会ったわ」

「桔梗?」

「うん。主に私ばっかり話をしてたけど」




励ましてもらった。勇気をもらった。笑顔が見れた。見守ってる、って言ってくれた。私のことも嫌いじゃないって、言ってくれた。
それ、好きってことよね?
犬夜叉に言ったら、ちょっと笑って『桔梗らしいな』って頷いた。


"さよなら"


そんな寂しい事言わないで。
もう一度会いたくなるじゃない。聞こえなかったけど、聞こえた台詞はとても儚い。
また流れた涙を犬夜叉が拭ってくれた。




「泣くな、かごめ…」

「…あは、は……。桔梗にも同じこと言われた…」

「そうか」

「ん…、もう大丈夫よ。心配かけてごめんね、ありがと‥」




ひゅうっと家の外から風の吹く音が聞こえる。簾の隙間から入ってきた白い花びらがとても綺麗で。悲しいほど綺麗で。
犬夜叉も私の言葉で桔梗を思い出したのか、花びらを見つめたまま無言で、抱き締める力を強くする。
犬夜叉にも聞こえない小さな小さな声で、私の中の私に呟いた。





「ありがとう、桔梗。…さよなら」




生きるよ、精一杯。
私らしく、これからも。
犬夜叉と、ずっと一緒に。

あなたが過去と未来を繋いでくれた縁だものね、桔梗。





end

夕方5時のてりとりー(良+右)


ウチには、女の魅力が無いんやろか。
きっと小さい頃から男の子みたいに扱われてた影響が今でも根強いせいやな、親父のアホ。
悔しいけど、女らしさっちゅー点ではシャンプーに負けてもうたような気がしてならんねん。積極的に行動するのは五分五分やけどな。小太刀には絶対負ける気ぃはせん。でも、一番手強いのはあかねちゃんや。
"許婚"、どうしてもその言葉が特別な意味を持ち過ぎていて。
羨ましなぁ。ウチかて許婚やのに、乱ちゃんの態度は昔となーんも変わらん。女だと知ってからはちょっと気遣ってくれるようにはなったかと思う。でも、"許婚"に対する態度じゃないねん。
乱ちゃんの許婚はあかねちゃん。周りではみぃんなそう言って、もう1人の許婚なんて、ウチの存在なんて、あってないようなもんや。悔しい、悲しい、情けない。乱ちゃんにずっと恋して追っかけてきたウチが阿呆みたいやんか。
そのくせ意固地になって、張り合って。シャンプーや小太刀だけじゃなく、こないだは良牙にまで乱ちゃんは諦めた方がいいんじゃないかと言われてもうた。

ええよな、良牙は。
あかねちゃんと同じくらい、いや、それ以上に可愛いガールフレンドが出来て。




「あかんなぁ」




しっかりせな。諦め悪い性分なのは自分がよう分かっとるんやから。
呟いて、ため息をついて、顔を上げた。天井の蛍光灯がチカチカ光る。そろそろ替え時やろか。
叶う望みのない恋なんてしたくはなかったのに、いつから無謀なものに感じてしまうようになったんやろ。こんなことを考えるウチ自身がすごく嫌や。店を開ける気にもならないくらい、憂鬱で。もっと気楽に考えられたらええんやけど、今はそんな気分やない。
バンバン、店の戸が叩かれる。
人が感傷に浸ってる時に誰やねん、空気読めや、まだ準備中の札が下がっとるやろ。
イライラしながらカウンターを出て、戸を開けた。




「……─りょ…」

「よ、よぉ右京。久しぶ…」

「ほな」

「なっ!?待て待て待てえぃっ!!!いきなり戸を閉めるな!」

「うっさいわドアホ!まだ準備中や、さっさと帰り!」

「そ、そんなに怒ることねぇだろ…。やっと東京に帰って来て、ここの看板が見えたから土産を置きにきただけだ」

「ウチ、そんなん頼んだ覚えないんやけど」

「知ってる。…ったく、何怒ってるかは知らねーが早く機嫌直せ」

「なんであんたなんかにそないなこと言われなアカンの。ウチがどんな態度で、どんな気分でいるかなんて関係ないやろ」

「これ」

「だから、頼んだ覚えは─」

「いいから受け取れっ」




ぐい、と何かの箱を押し付けられる。良牙の目があまりにも必死だったから、ウチは仕方なく受け取った。
すぐ開けるよう促され(そんな良牙の態度がまたイラつくんやけど)、ぶつぶつ言いながら淡い緑色の包装紙を開ける。箱を開けると、中にはピカピカのヘラが入っていた。




「……なん、で」

「旅先で見つけたんだ。前に新しくしたいって言ってただろ」

「そんなん、かなり前の話やんか…」

「いいだろ別に。使ってくれよな、それ。んで、美味いお好み焼きを沢山作ってくれ」

「勝手やなぁ」

「悪かったな」




いや、悪うないわ。
おかしなことにイライラした気持ちが一気にしぼんでいく。変やな、ウチ、どないしたんやろ。
嬉しい。ようわからんけど、めっちゃ嬉しい。
はた、と良牙のガールフレンドの存在を思い出せば、チクリと胸が痛んだ。好きなんやって気付きたくなかったのに、苦しいねん。ウチの恋はいつだって片思い。




「‥あんた、ガールフレンド、大切にせなあかんよ」

「あかりちゃんのことか?」

「そや」

「分かってるよ。でもオレはあかねさんも、お前も、大切だと思ってるから」

「……誰もて?」

「だから、お前。右京」

「は?」

「仲間だろ、俺とお前は」




出会った時は、そりゃまあ男と間違えられて色々あったけど、利害が一致してよく一緒に行動してた。絶叫温泉とか、破恋洞とか、もっといっぱい、沢山の時間を過ごしてた。
恋人でも友達でもなく、仲間として、一緒にいた。
それが当たり前やったのに、良牙には新しいガールフレンドが出来た。ウチは置いてけぼり。
悔しいなぁ、寂しいなぁ、なんで今日はこんなにナーバスになってるんやろ、ウチ。寒いせい?ストーブはガンガン焚いとるのに、店の中は暖かいのに、指先は氷のように冷たい。




「…こういう時ばっか、仲間扱いせんといてよ」

「あ、す、すまん」

「あかねちゃんのこと諦めてへんくせに二股かけよって」

「ふ、二股なんぞかけとらんっっ」

「男はそーやって言い訳すんねん、しょーもない」

「なにぃ!?」

「あんたも、乱ちゃんと一緒や。…ほんま、バカで、アホで、しょーもない男……」




なんで惹かれたんやろ、なんで好きになったんやろ。
世の中には沢山の人がいるのに、ウチには乱ちゃんしかおらんくて、良牙しか分かり合える奴がおらんくて。それでも、報われない想いは行き場を失ってさまよう。
動けず、ただ、その場に立ち尽くす。
いつになったらウチは前に進めるんやろか。いっそのこと違う街に行こうか。考えることはいくらでもできるけど、離れることが出来ない。…気付かないうちに、この街が好きになっていた。




「乱馬はそうかもしれんが、俺は違うぜ」

「あ、そうやな。方向音痴が抜けとった」

「おいっ」




報われない恋が実る兆しはない。新しい恋が見つからない限り、ウチは動けないんじゃないかと不安になる。どうしたらいいんやろか、どうしたらウチらしく前に進めるやろか。
銀色に輝くヘラを眺め、そこに映った自分の顔を見た。
まだ大丈夫や。ウチはウチでいられる。もっと頑張れる。こんなことでめげたりせえへん!根性はあるさかい、一生懸命やりたいことやったる。うん。




「よしっ、やったるでえ!」

「は?何だ、突然」

「何でもあらへん。そや、良牙」

「やらんぞ」

「まだ何も言ってないやろ」

「……」

「店、手伝ってくれへんかな」

「言うと思った…。やらんぞ、俺は」

「なーんや、せっかくこのヘラでお好み焼き焼いたろ思たのに」

「っ!」

「ま、ええんやけど。帰るなら帰って構わんで。気ぃ付けてな、方向音痴くん」

「卑怯だぞ右京…!!」

「どこがや?言ってみ?」

「………はー…。分かった、手伝ってやるよ」

「おおきに」




お好み焼き職人としても、女としても、ウチはまだまだこれからや!





end

交錯mind(りん桜+翼)


クリスマスソングが流れる街には恋人達が溢れ、どうにも居心地が悪い。
俺だって、来年の今頃は真宮さんと…!なんて思っても、未だに進展はない。むしろ真宮さんと六道の仲が以前にも増して深まっているようで、焦りさえ感じる。



「おい十文字、ちゃんと宣伝しろよ」

「分かってる。俺に指図するな六道っ」



学校も冬休みに入った。
俺は真宮さんから六道がバイトしていることを聞き、負けてたまるかと目に入ったケーキ屋のバイト募集チラシにすぐさま食いついた。それがまさか六道のバイト先だったとは思いもせずに。
店長は機嫌よく、俺にトナカイの衣装を渡し、六道にはサンタの衣装を渡す。
……別にサンタが2人でもいいんじゃないのか、店長。




「あ、ホントに翼くんもバイト始めたんだー」

「ま、真宮さん!?」


「…何しに来た、真宮桜」

「お母さんにケーキ買って来るように頼まれたんだ。予約してたんだけど、1箱貰える?」

「わかった。ちょっと待ってろ」




六道は真宮さんから予約券を受け取って店に入っていき、俺と真宮さんが残される。これはチャンスじゃないか!?
思い切って話し掛けようとした時、手に持っていたチラシが落ちる。



「あ゛…しまっ、」

「うわ、大丈夫?翼くん」



拾うの手伝うよ、と真宮さんは言って道端に落ちたチラシを拾ってくれた。
俺もチラシを拾ううちに、2人の手がぶつかって……、なんてうまくはいかないものだ。すんでのところでかわされてしまった。




「はい」

「あ…ありがとう、真宮さん。助かったよ」

「うん。そーいえば翼くんはトナカイの格好なんだね、六道くんがサンタだから?」

「これは店長が勝手に決めたんだ、俺の意志じゃない」

「ふーん…?でも、似合ってると思うよ」

「えっ」




こんな格好、笑われるんじゃないかと不安だったのに。真宮さんの目は嘘をついてる風じゃない。なんだかとても嬉しくなった。トナカイも悪くない、と思えた。
真宮さんの一言が凄く嬉しくて、俺だけが特別みたいな錯覚を引き起こす。



「真宮桜」

「あ、六道くん」

「1500円だ」

「はーい」



六道は真宮さんからお金を貰い、また店の中に戻っていく。寒いからか、金額に緊張してか、その手はぶるぶると震えていた。…まあ、後者だろうな。
今度はすぐ戻って来て、六道はケーキの入った箱を丁寧にビニール袋に入れて真宮さんに渡した。




「あ」


「六道くん?」

「どうした」


「十文字、200円貸してくれないか」

「はあ?小銭くらい持っておけよお前…」

「いいよ翼くん、私まだ小銭あるから」

「ま、真宮さんがわざわざ払う必要ないよ!俺が出す」

「さっさとしろ、十文字」

「いちいち腹立つ奴だな…!ほら、」




ポケットから200円出して渡すと、六道は真宮さんに声を掛けて店の近くに置かれていたクレーンゲームの所に行く。
しばらく様子を見ていると、六道は真宮さんの指差したクマのぬいぐるみを見事一発で取り、それを真宮さんに渡していた。俺の金で何してんだアイツ。店長にサボリを告げ口してやろうかっっ。
嬉しそうな真宮さんの様子が、チクリと胸に刺さった。所詮俺はトナカイ…、サンタには適わないってことなのか?
クリスマスなんて、嫌いになりそうだ。




「悪い十文字、後は俺がやる」

「何をだ」

「200円分、働いてやるから」

「現金で返せ、現金で」

「…一週間程かかるぞ」

「お前な」


「だから、200円くらい私が出すって言ったのに」

「真宮桜が出したら意味ないだろ」

「そんなことないよ、私だったら1回じゃ取れないもの。それに翼くん、六道くんに上着とかも貸してるから、あんまり迷惑かけちゃいけないかなって思うし…」

「…え、いや、真宮さんなら全然迷惑なんて……」

「でも…」

「……ちゃんと返しておくから安心しろ、真宮桜。それでいいな」

「うん」




六道は溜め息を1つ吐き、俺の手からチラシを取って、代わりにプラカードを渡してきた。
そういえば俺、真宮さんにクリスマスプレゼント、まだ渡してない。六道がクレーンゲームで取ったクマのぬいぐるみを大事そうに抱える真宮さんを見て、また胸が苦しくなった。
でもなんでまた、六道は真宮さんに?
じっとチラシ配りをする六道を見ていると、見たこと無いマフラーを首に巻いていた事に気付いた。もしかしてあれ、真宮さんから貰ったのか…!?



「……っ、情けない、な」



バカみたいだ。こんな奴に張り合って、何か意味があるのか?
真宮さんにとって、俺はずっと友達でしかないのか。六道と同じ位置、いやそれ以上の位置にはいると思っていたのに、とんだ誤算だ。
今日のバイトが終わったら、辞めよう。虚しいだけだ。




「あ、そうそう翼くん」

「なんだい?真宮さん」

「渡すの忘れるとこだった。はい」

「え…これは?」

「クラスのみんなから、クリスマスパーティーの招待状だよ」

「パーティー…って」

「クリスマスの日、みんなでパーティーやろうってミホちゃんが言ってたんだ。だから25日、良かったら学校に来てね」

「あ、ありがとう、真宮さん…!」

「プレゼント交換もするらしいから、各自何か持って来て欲しいって」

「わかった。必ず持って行くよ」




真宮さんに、六道なんかよりずっと喜んでもらえるようなクリスマスプレゼントを!
そんな俺の心情を知ってか知らずか、真宮さんは可愛い、じゃなくて!、柔らかに笑った。この笑顔を独り占め出来たらどんなにいいだろう。



「それじゃ、私はそろそろ帰るよ。バイト頑張ってね、翼くん」

「ああ!もちろんだよ!」



やっぱりバイトをもう少し続けてみようと思ったのは言うまでもない。真宮さんを店の前で見送って、辺りをキョロキョロ見回すと六道の姿がない。
奴はどこまでチラシ配りに行ったんだ?
まあいい。今はバイトだ。嬉しい招待状をポケットに入れて、頭に着けたトナカイの角のカチューシャを軽く直す。
仕事は確実にこなすさ、好きな女の子に励まされちゃ尚更な。





* * *


「あ、いたいた六道くん」



手元のチラシは残り数枚。ここで配り終えたら店に戻るか。
そう思って街中を歩いていたら、真宮桜に呼び止められた。…十文字と話をしてたんじゃなかったのか?




「…まだ帰ってなかったのか」

「バイトの邪魔だったらごめん。ただ、ちゃんとお礼言っておこうと思って」

「は?」

「このぬいぐるみ、ずっと前から欲しかったんだ。取ってくれてありがとね」

「………べ、別に、お互い様だろうっ」

「でも、嬉しかったから」

「………っ…」

「六道くん?」

「…なら、いい」




なんなんだ、この女は。
この間から、でもないが、何かある度に鼓動が速くなる。赤くなる顔を、先日貰ったマフラーで精一杯隠す。
たった200円の(オレにとっては大金だが)、こんなぬいぐるみで喜んでもらえるなんて。喜んでもらえただけで、自分まで嬉しく思えるなんて。
真宮桜も、この間はこんな気持ちだったのだろうか。




「それじゃ、25日に学校でね」

「本当にやるのか?そのクリスマスパーティーとやらは」

「やるみたい、だよ。だから、その日は六道くんもちゃんと来なきゃダメだからね」

「持ってくものなんて何もないぞ」

「あ、そーか。でも、今年みんなで集まれるのは最後だし、」




それからお菓子も沢山用意するって聞いたから、六道くんも助かるんじゃない?
何を言えばオレが反応するのか、真宮桜は分かってるみたいだ。単純かもしれないが、そんな心遣いがまた嬉しくなって、くすぐったいような気持ちに背中を押される。
口から出る言葉はぶっきらぼうだけど。




「わかった。行けばいいんだろ、行けば」

「うん、待ってるからね」

「………真宮桜」

「ん?」

「あー‥その、なんだ、こないだ」

「こないだ?」

「んんっ…、ま、マフラー、ありがとな」

「…どういたしましてっ」




…この気持ちが何なのか自覚はしてきた、でも、認めてしまうのがなんだか不安で。怖い、というのはオレらしくないかもしれないけど。
もう少しだけ、葛藤してみよう、自分の心と。
もちろん、貧乏とも。

手元にあった数枚のチラシは、びゅうっと勢い良く吹いた北風に飛ばされて空高く飛んでいった。







end

シーズン・ラバー(乱あ)



「う〜…さっみぃ〜」

「冬だもん、トーゼンよ」

「なんでお前はそんなに平気な顔してられんでぇ」

「あたしだって寒いわよ!でも、冬だなーって実感出来るし、雪が積もったら綺麗な景色が見れるし、素敵な行事もたくさんあるし、わくわくしない?」

「しねーよ…」

「そう?」




休日、朝のトレーニング。
たまたまロードワーク時間がかぶったこともあり、オレ達は珍しく2人で走っていた。
まだ空は薄暗いし、とてつもなく寒い。
顔をしかめるオレとは対照的に、前を走るあかねは楽しそうだ。冬だけじゃない。オレが夏の暑さに対して文句を言っていた時も、あかねは楽しそうだった。




「あかねはどんな季節が来ても楽しそうだよな」

「だって四季折々、楽しいことがたくさんあるじゃない」

「楽しいこと、ねぇ…」

「そ。もうすぐクリスマスだし、お正月だし、冬休みよ」

「どーせ稽古ばっかになるだろ」

「それは自分で決めることだわ。また年末に修行へ行くなら、止めはしないけど…大晦日には帰って来なさいよね」

「行かねぇよ、修行なんか」

「え?だっておじさまは行く気満々じゃない」

「あのおやじが冬の山籠もりを真面目にやると思うか?ただでさえ毎日ぐーたらしてんのに」

「それもそーか」




夏ならまだしも、冬の山籠もりじゃすぐにおやじが山を降りる様子が目に浮かぶ。
修行なんてやるより、家にいた方がよっぽどいいってもんだ。
でも、オレにとってクリスマスや正月は楽しみであり恐怖でもあるイベントだから、あんまり悠長なことを言ってられないのも本当だ。シャンプーやウっちゃん、小太刀からどう逃げるべきか算段つけねーと。なびきも信用ならねぇからどうにかしなきゃいけないし。
あかねとのケンカは嫌いじゃないし、嫉妬してくれるのも嬉しいけど、わざわざ機嫌を損ねるようなことはしたくない。




「あたしそろそろ家に戻るけど…、乱馬はもう少し走る?」

「んにゃ、オレも帰るわ」

「いいの?」

「何がだよ」

「べつに…。ただ、いつもはもう少し走ってるのに、あたしに合わせていいのかなって、思っただけよ」

「…いーんだよ、寒いし、腹も減ったしな」

「ふーん」




そんなことだろうと思った、
あかねはそう言って少し走るペースを上げる。オレよりも小さな身体に、格闘やるだけの力があるんだから、あかねの努力はすげーなって思う。もしあかねが男だったら互角だったかも、とも。
でもあかねは女で、オレの許婚で。
そんな空想が現実になることはない。多分、あかねが間違って男溺泉に落ちない限り、絶対ない。
白んでいた空が、段々晴れてきた。




「乱馬!」

「ん?」

「あそこ、白鳥がいるわ」

「白鳥?」

「ほら、見て」

「一体どこに……って、おー!結構いるもんだなぁ」




走るのを止めてあかねが指差した川に、白い姿が転々と見える。羽ばたく姿は流石白鳥、綺麗だと思った。
もう冬、か。
白鳥まで飛来してくんだから寒いに決まってるわな。これから更に冷え込むかと思うと、先行き不安だ。




「毎年ここに白鳥が飛来するのよ。あーあ、カメラでも持って来れば良かった」

「今じゃなくてもいいんじゃねぇの?まだ冬だし、そう早く白鳥もどっか行かねーだろ」

「それもそうね…。じゃあ乱馬、朝ご飯食べたらまた見に来ようよ」

「え」

「寒いからいや?」

「いやだ」

「なにも即答することないじゃない!」

「嫌なもんは嫌だっつの!このくそ寒ぃ中何度も外に出る気になんかならねーよ!」

「じゃあいいわよ!せいぜい暖かい家の中でぐーたらしてれば?宿題も自分の力でやりなさいね」

「げっ。ず、ずりーぞあかねっ!」

「どこがずるいってのよ。宿題を自分でやるのは当然でしょ」

「オレが自分で全部出来るわけねーだろ!」

「…開き直らないでよ」




あかねは重く溜め息をつき、呆れた顔でオレを見る。
なんだよ、だからオレはこんな寒い中外に出るのはロードワークくれぇでいいって……、〜〜ああもう!




「わーったよ!行けばいいんだろ、行けば!」

「…無理しなくていいわよ」

「ったく可愛くねぇなー。そこは素直に『ありがとう』って言うとこだろ?」

「どーせあたしは可愛くないですよーだ」

「あのなー」

「…ありがと」

「いちいちそうやって……、…え?」




拍子抜けしてあかねを見ると、少し顔を赤らめて俯く。
どきん、と、心臓が跳ねた。
その瞬間、バサバサと羽音を立てて、何羽かの白鳥が空に飛び立った。
家から出た時には肌を刺すように冷たかった風が、太陽の光で少し和らいで雲の隙間から差し込む。



「…は、早く帰ろ、乱馬。汗冷えたら風邪ひいちゃう」

「あ、うん」



オレ達はまた走り出す、今度は2人並んで。
何だかんだ言っても、春夏秋冬、どんな季節も楽しみたいって思うようになった気持ちは、あかねの影響かもしれない。さっきまで嫌だと思っていた冬も、それほど嫌ではなくなっていた。…すげーな、好きな奴の影響って。
ちらっとあかねを見ると、目が合って勢い良く視線を逸らす。
だあっ、心臓うるせー!!




「…ねー乱馬」

「んだよ」

「冬っていいよね、あたし好きなんだ」

「どの季節も、だろ?」

「ふふ、わかる?」

「そりゃーな」




わかるに決まってる。
オレは誰よりもずっとあかねの側にいるんだから。
嫌でもわかるさ。
好きだから、もっとわかる。



「乱馬は?」

「………好き、かな」




どんな季節も、あかねと一緒なら好きになれそうだ。






end
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